1-4 謎の男
僕は、この松井という男が僕の今の状況をほぼ言い当てているのに驚いた。しかし、考えてみれば、バイトをしたいといって電話をしてくるのは大体そんなところなのだろうから、僕もそのパターンにはまったというだけのことだ。ただ、仕事の内容が見当もつかないのに出掛けていくのもなんとなく気がすすまなかった。
「でも、仕事の中身がまったく分からずにお伺いしても、お断りすることになったらそちらにもご迷惑でしょうし………」
「それはそうだけど、よくあることだから気にしませんよ。それに、たぶんあなたなら大丈夫です」
「え?」
「電話の感じで分かるんです。ご心配なら、これだけ言っておきましょう。特にきつい肉体労働でもないし、資格や技術も要りません」
「お金、入会金みたいなものも要らないんでしょうね」
「用心深いですねえ。もちろんそれも要りません。ただ、強いて言えば、人柄と忍耐力だけが必要だ、と言っておきましょう」
「人柄?」
「ははは、そう難しく考えることはありませんよ。ただ、いくら電話でさぐりっこしていても埒があきませんからね。いまからお越しになってはいかがですか」
僕は、いまだに何か得体の知れないところへ足を踏み入れるようで引っ掛かるものはあったが、どうせ暇なのだし、あのアパートの感じでは本当に用心しなければいけないような恐ろしいことにはなるまいと思った。
「じゃあ、おうかがいしてみます。今からでいいですか?」
「いいですよ、場所は前を通ったはずだから分かりますよね。あ、一応お名前を聞いておきましょうか」
「あ、はい。水村といいます」
「分かりました。お待ちしています」
そういうと、電話は切れた。
それにしてもおかしなことになってきた。一体うさぎ倶楽部というのは何なのだろう。人柄と忍耐力で時給千五百円になる仕事とは、そして電話では話せない仕事というのはどんなものなのか。
アパートのところまで戻ってくると、アブラゼミが鳴いているのが聞こえた。僕は松井という男との電話でいっとき忘れていた暑さを思いだし、急に気分が萎えて来た。そのアパートを見上げると窓が開いていて、ということは要するにエアコンがなくて熱風が吹きだまっているに違いなく、それがまた気を滅入らせた。が、そうはいっても約束だからすっぽかすのもよくないだろう。まあ、簡単に話を聞いて、気がすすまなかったら帰省の予定があるとか何とかいって早々に退却してくればいいのだ、と思って階段を上っていった。




