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3-6 本題へ

 気がつくと、彼女はうつむいて黙り込んでしまっている。僕が彼女の話題から少しずれたことを考え始めたのが分かってしまったのだろうか。

 それではまずい。僕は慌てて話をつないだ。

「確かにそうかもしれないですね。やっぱりいくら友人とはいっても自分の弱みは見せたくないものだから………。でも、少なくともご主人にはたまには心を開いて話してみるのでしょう?」

「そんなこともないわね。彼はいつも忙しい忙しいって言っていて、まあ確かにその通りなのだけれど、とても私の話を本気で聞く余裕は持っていないわ。もちろん時々は話を聞くポーズは見せるけれど、それにつられてしゃべったことをいい加減に聞かれて生返事されたりしたら、なおストレスがたまっちゃうわ」

 また彼女の語りに流れが戻って来た。僕はほっとしてまた聞き役に回った。


「ただね、それは本質的な問題ではないの。どうしてもその気になれば、食事してる時だってあるし寝室に追い掛けていってだって話はできるわよ。きちんと聞くまでわめいていることだって戦略上不可能ではないわ。でも、本当の問題は、そういうことをするってことは彼のイメージする妻の役柄のなかには入っていないのよ」

「えっ?」


 僕は、「役柄」という言葉が突然この女の口から出てきて、うろたえた。が、彼女のほうはそんな僕の心の動きには気がつかないまま続けた。

「なんていうのかしら、どんなものでもかならずそのもの固有の役柄ってあるわよね。ボールペンは字が書けなきゃいけないし包丁はお野菜やなんかが切れなくっちゃいけない。同じように、八百屋さんや魚屋さんは威勢が良くなきゃいけないし、パン屋さんや花屋さんはやさしそうじゃなきゃけないの」

「………」


「まあそれだって人の好みだけれど、うちの主人はね、自分の奥さんはこうでなくっちゃいけない、例えば朝はかならずお味噌汁を作るとか、会社から帰ってきたときにはそれがどんなに遅くてもちゃんとしたお洋服を着てお化粧してなきゃいけないとか、お休みの日曜日には洗濯や掃除はしないとか、そんな細かいところから始まって、とにかく自分のイメージというものができあがっちゃってるのよ。だから婚約をした頃からはもっぱらそんなことの聞かされっぱなしで、要するに私は自分の生活をしているんじゃなくて、彼のイメージした妻という役柄を忠実にこなしているだけなのよ。でもこれも恐ろしいもので、最初は、なるほどそういうふうにしなきゃいけないのかなんて新人のOLのようなノリでそれを身に付けようと努力したわ。そうしたらいつの間にか習慣になっていって、気がついたらそういうふうに演じ続けることが私の生活になっていたの。だから、私の家庭生活というのは職場とおんなじようなもので、決して自然体になることはできないのよ」

「………そうですか」


「あまりぴんとこないかもしれないけど、でも、たぶんどこの家庭もそんなものだと思うわよ。皆それぞれの舞台に上がって期待される役柄をひたすら演じ続けるのよ。私なんて、ここだけの話だけれど、うちの主人だって同じで、いや、私以上に演技に無理をしていて、結局自分で自分の首を絞めてるんじゃないかと思うことがあるのよ」

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