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3‐5 美女と向かい合う

「あなたも大変なお仕事ね」

「え? いや、別に………」

「でも、こんなことを依頼する人間というのは不思議に見えるでしょうね」

 彼女は、こちらが答えようもないことを次々と話し掛けてくる。それは困ったことだけれど、多分こうすることで話のリズムをつかもうとしているのだろう。そういえば、だんだん言葉遣いも自然になってきた。


「でもね、主婦というのは、本当に自分の思っていることを話せる相手はいないものなのよ。もちろん、毎日夫や近所の奥様たちとしゃべったり、たまには昔の友達に電話することはあるわ。でも、そういう会話というのは自分の心とはずいぶんと駆け離れたものなのよ。それでもいいと思えば悩むことはないのだけれど、やっぱりそうはいかないの。

私の場合はね、もうだいぶ前からだけど、無意識のうちに、どのくらい私のしゃべっていることが自分で本当に考えていることとずれているかを、どこかでチェックするようになってしまったの。もちろんそれはもうかなり昔、いつだったか忘れちゃったけど、あまりに心にもないことを言っている自分に気が付いて愕然としたのがきっかけなんだけれど、一度そういうことが気になりはじめちゃうと、もうどうしてもそこから逃れられなくなるのよ。

わかるかしら。つまりね、私が何かしゃべるたびに、『あら、また嘘ばっかし』ってケチをつけるう一人の自分がいるの。だから人と話せば話すほど自己嫌悪に陥って、気が滅入ってきてしまう………」

「そんなものなんですか……」


「まあ学生さんには想像もつかないかもしれないわね。私だって学生の頃は、もう少しフランクに自分の心の中を言葉にしていたんだと思うわよ。でも、建前の世界ばかり気にしている夫やいつも人の暮らしぶりを探っては自分と引き比べてばかりいるような人達に囲まれているとね、もう気がついたときには自分の思った事とは全然違う言葉が口から出ているのよ。

訓練されてしまったというか、一種の条件反射のようなものかもしれないわね。世間的な会話をするということは、相手が満足するような虚構の世界を咄嗟に作り上げて差し出してあげることになっていくのよ」


 ずいぶん面白いものの言い方をする人だ。しかし、今はどうなのだろう。今この瞬間は少なくともフィクションではないのだろうか。


「でも、せめて学生時代の友達と電話で話したりするときはそうでもないんじゃあないですか?」

「同じことなのよ。男の人はどうなのかよく分からないけれど、女の場合、それも卒業してすぐはともかく、それぞれに結婚をして別々の暮らしを始めてしまうとね、要するに見栄の張り合いになってしまうだけなの。

本当はお互いにこぼしたいことは一杯あるはずよ。わかってほしいこともあるし、友達の助けになれればとも思っているわよ。でも、自分のことをさらけ出した後で、友達の方はそんな悩みはなくてもう少しましなんだと思った瞬間に、もうこんなことだったら自分の話なんてするんじゃなかったって後悔することになるの。

みんなやっぱり自分の選択した道、それは直接的には職業であったり結婚相手であったりするんだけど、要するに人生の全体というか生活そのものよね、それが自分にとっては最善の選択だったんだって思いたいわけ。そこが崩れたら、もう自分が惨めでどうしようもなくなってしまうわ。

だから、それを自分で確信するためっていうか、友達に突っ込まれて迷い始めたりしないようにって思って、ついつい見栄を張って、あることないことをしゃべってしまうのよ。それは兄弟や、いいえ、自分の親に対してさえもそうなのよ。だから、思わずついてしまう嘘も決して悪気があってやってるわけじゃなくて、いわば自己防衛本能にもとづくものなのね」


 なるほど、これは説得力を持っているように思えた。が、僕はこの話が彼女の本題なんだか単なる前置きなんだかよくわからなくなっていた。ほんとうに話したいことが他にあるのだったらそちらのほうへ話しを移していかなければいけないが、まあ要するにこうしてざっくばらんにしゃべりさえすれば中身はどうでもいいのかもしれない。確かにこのわずかの時間の間だけでも、最初に会ったときの顔付きよりはよっぽど人間らしく表情が豊かになってきているようだ。

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