3‐4 緊急出動
メモに書かれた場所は、新宿から私鉄に乗って四十分程もかかる郊外の駅前だった。それでも時間に余裕がありそうだったのだが、実際に行こうとしてみると乗換えをどうしたらいいのか分からずに一本やり過ごしてしまったりして、五分程遅れて駅に着いた。
階段を駆け下りて改札を出ると、僕は例のうさぎのステッカーをよく見えるように手に持って、駅前でたむろしている人を見回した。しかし、反応する人はいない。
真夏の昼下がりで、あたりは露出がとんだ写真のように白っぽく平板に見えて、人や車の動きもスローモーションのようだ。路線バスが大きな音をたてて目の前のロータリーを旋回して向こうの方へ遠ざかっていくと、そのあとには深い沈黙が訪れた。汗がじわりと滲み出て来るのが分かった。遠くのほうに真っ白な入道雲が見えて、そこへ向かって丘の斜面にびっしりと建てられた住宅が太陽光線を乱反射させているようで、僕は眩暈がしてきた。
気がつくと、僕の目の前に真っ白なレースのパラソルがあった。眩しくてまばたきをしていると、そのパラソルがゆっくりと横にどかされて、その影から色白の女の顔があらわれた。
「うさぎ……倶楽部の方でいらっしゃいますね」
とても物静かな声が聞こえた。この女がクライアントなのか。いくら慌てていたとはいえ相手が女性だとは思っていなかったから、僕は戸惑った。
「あ、ええ。遅れてすみません」
「あら、いいんですのよ。わたくしも今参りましたところですから……」
女は不気味なくらいに丁寧な口調でそう言うと、ほっとしたように僕のことを見上げた。
この暑いのにきれいに化粧をして汗一つかいていない。髪もきちんと後ろに束ねていて、クリーム色のブラウスと白いスカートも上品だ。三十代の半ばくらいだろうか、どこかの裕福な家庭の奥様といった感じだが、こんな人が一体どんな話をしたがっているんだろう。どのくらい自分が恵まれた生活をしているかといった自慢話を延々と聞かされるんじゃあたまらないなと思いながらも、僕は早速この女に興味を持ちはじめていた。
「もう一回電車に乗ってもらっていいかしら」
「え?」
「ここだと、喫茶店でも公園でも人目があるでしょ。うちに来ていただくわけにもいきませんから、隣の駅まで行きましょう。少し離れてついてきてくださる?」
「あ、はい」
なるほど、主婦には主婦の悩みがあるものだ。別に不倫でも何でもないのだけれど、確かに学生が昼間旦那の留守に奥さんと会ったとなると、一昔前のポルノ映画の設定と変わるところはない。
隣の駅の前には広々とした喫茶店があって、彼女は先に立って店に入って行くと一番隅のテーブルに座った。それはあまりにスムーズな流れで、これは初めてではなく、よくこうしてここで人と会っているのではないかと思わせた。




