1-2 取り残されて
ところが、さっきラウンジで恵美から聞かされたことは、何でも友達に誘われたとかで、あさってから三週間くらい沖縄に行くということだった。そんな話は聞いていなかったし、今までの恵美の行動パターンからはちょっと想像が付きにくかったから、僕は慌ててしまっていろいろと聞いて見ようとしたのだが、恵美は僕の疑問に正面から答えようというつもりは最初からないようだった。
私だってたまにはそういう生活をしてみたくなったのよ、自分で自由に使える最後の夏休みなのだから少し思い出に残ることをしてみたいわ、などという言い分はいちいちもっともなのだけれど、どうもそこに、あなたと今までどおりのお付き合いをしていっていいのかどうか分からないわ、少し距離を置いてみたいのよ、というニュアンスが感じられて仕方がなかった。
それは、肝心の誰と行くのか、どこに泊まるのか、についての答えがまったく要領を得ず、わざとはぐらかしているようなところからも漂ってきていた。たとえそれが僕の思い過ごしとしても、この夏休みを、突然僕をひとりこの暑い東京に残してしまうという選択をしたという事実は動かない。
そんな不満が僕の表情に現れたのだろうか、恵美は、あなたも田舎に帰るなり旅行にいくなりすればいいじゃない、と言っていたが、その言葉は、ひどく遠くの方から聞こえてくるようで、僕の頭の中に虚ろに響いていた。
じゃあ、私はこれからいろいろと持っていくものをそれえなきゃいけないから生協にいってみるわ、まさかあなたに付き合ってもらうわけにもいかないでしょうから、また帰ってきたら連絡するわ、あなたもいい夏休みを過ごしてね、恵美はそう言うと立ち上がり、右手をひらひらさせて七号館のむこうに消えていった。
僕は、今まで決して恵美一人だけを頼りに生きてきたわけではなかったけれど、これからさき、授業もなく友達もいない夏休みの三週間を一人でどうして過ごしていけばいいのか、正直なところ途方にくれた。
今からどこかに旅をしようと思っても資金面でも予約面でもまず不可能だったし、バイトを探してもろくなのはないだろう。田舎に帰るのも億劫だったし、そうはいってもせっかくの休みなのだから何かそれなりの使い方をしなければいけないように思い、僕はすっかり気が重くなっていた。
うだるような暑さの中、重い足を引き摺りながらキャンパスを出てバス通りに沿って歩き始めたが、通り過ぎる車の音がいちいち癪に触った。こんな気分の時はせめて余りうるさくないところを歩きたいと思い、適当なところで曲り細い裏通りにはいると、そこには木造の古い作りの家が並び、車の音がセミの鳴き声に変わり、そうして、ほんの少しだけ涼しい風が吹いてきた。
道の両側に連なる家の玄関の前には朝顔の鉢植えなんかが並べられ、どこかから子供達が水遊びをしている声も聞こえてきて、それは、幼い頃の、何の悩みごともなかった空白の夏を思い出させた。あの頃は本当によかったなどと思いながら、それでも毎日の絵日記のネタに苦労していたようなことも思い出した。今もし僕が毎日絵日記をつけろといわれたら、こんな拷問はないだろう。




