2-2 仕事を引き受ける
「はい。松井です」
「あ、お電話いただいた水村と申しますけど」
「は?」
「あ、ええと、登録番号七十二番の水村です。先ほど、留守番電話に仕事の連絡をいただきました」
「ああ、ええと、七十二番………と。あ、分かりました。で、大丈夫なのですね?」
「はい、よろしくお願いします」
「そうですか。では、新宿西口のエムタワービル、わかりますか? そこの二階にラベイユという喫茶店がありますから、明日六時にそこへ行って下さい。えーっと、あなたは初めてでしたね。念の為言っておきますが、店に入ったらこの前渡したうさぎのステッカーをよく見えるようにテーブルの上に載せておいて下さい。クライアントは少し遅れて店に来てそのステッカーを探しますから、あなたは時間厳守でお願いします。じゃ、よろしく」
そこまで一気にしゃべると、彼は電話を切ろうとした。僕は慌てて、
「あ、ちょっと、すいません」と言った。自分でも情けないくらい自信のない声だった。
「は? なにか?」
「いえ、実は、一体どんなふうに話を運んだらいいのかと思いまして………」
「だって、この前いろいろと説明したでしょう」
「ええ。でも、一応お金もらってやる仕事だから失敗は許されないし、その、なんというか、お客さんを間違いなく満足させるテクニックみたいなのがあるんじゃないかと思って………」
「そんなマニュアルのようなものはありませんよ。一番最初に言ったと思うけれど、要は人柄と忍耐力です。そうして、とにかく自分を押し殺して相手の話に耳を傾けていればいいのです。あとは自分で段々と身に付けていってもらうしかないけれど、明日のクライアントはまずトラブルになるようなことはないから安心してください」
「はあ……」
「なんだ、困ったな。まあ、一番最初というのはあれこれ考えるし、不安なものだというのはわかりますけどね。ええと、ちょっと待ってくださいよ。あ、これか。そう、もしどうしても話に詰まったりしてうまくいかないようだったら、資料によれば彼はオーディオのマニアのようだから、そちらの方に水を向けてみるのもいいでしょう。その代わり、わけの分からない型式番号やら何やらを延々と並べられるかも知れませんが、そこはじっと耐えてついていくしかありません」
「わかりました。どうもありがとうございます」
「はい。じゃあ、頑張ってください。それと、一応終わったらあさってでもいいけど結果がどうだったか聞かせてくれますか? これはこの前説明しなかったっけ………」
「ええ。でも、そうします」
そこまでで電話は終わった。僕は、いよいよ初めての仕事をすることになって少し緊張した。この高揚感だけで、少なくとも明日の夜までは空虚さを感じることなく過ごしていけそうだった。