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「なんですって!?」



 今日一日の授業も終わり、友人数名と庭で紅茶とお菓子を楽しんでいたロザンネは、己が貴族令嬢であることも忘れ大声を上げた。ロザンネの反応に驚き目を見開く友人達を見て、ハッと我に返ったロザンネは「失礼したわ」と呟き、落ち着かせるために紅茶を一口飲む。



「そ、そ、それで?」

「やっぱりロザンネもショックよね。私もショックだったもの。まさかガイレル様に婚約者がいたなんて」

「本当よね。でも、将来有望で、最高学年のガイレル様に婚約者がいない方が可笑しいといえば可笑しいものね」



 友人達はアリス嬢の話はもう古いとばかりに新たに湧いてきた話題で盛り上がり、ロザンネもその噂でショックを受けている仲間のような括りになっている。しかし、ロザンネにとっては他人事のように笑って話せる内容ではなかった。側から見れば、お茶会を楽しむ令嬢の一人に見えるが、内心は動揺しまくりである。

 そんなロザンネを嘲笑うかのように、友人達は次々と手に入れた情報を開示していく。



「ねぇ、婚約者誰だと思う?」

「そこまでわからないのよ」

「私、知ってるわよ」



 ロザンネはビクッと身体を揺らし、紅茶のお代わりをもらう。もはや口が乾き、お腹は紅茶でタプタプだ。

 何か私がヘマをしてばれてしまったのか、私がガイレル様に迷惑をかけることになるなんて、とロザンネは友人の続く言葉を想像して落ち込んだ。



「その婚約者はね、トレドリュー伯爵家長女のミランダ・トレドリュー様よ」

「へ?」

「そうなの? なんだ、つまらないわねぇ」

「そうよねぇ。ミランダ様といえば、ガイレル様を好きなことで有名な方じゃない。ただ想いが通じただけよね。もう少し面白い展開を望んでいたのに。ねぇ、ロザンネ?」

「……何故」

「え? なんて? ロザンネ、どうしたの?」



 もはや周りの声などロザンネの耳には入ってこなかった。ミランダ・トレドリューは、ロザンネのサイソニア伯爵家と同じくらい歴史があり、また功績もある由緒あるトレドリュー伯爵家の令嬢だ。流れるウェーブのかかる金髪に、エメラルドのように澄んだ瞳。可憐な顔立ちは、顔のタイプは違うが、オーランド殿下の婚約者であるシャルロッテ・ハリスフォットと共に、アイフォルン王国の二大美女の一人とまで言われている。


 ロザンネの頭の中は、混乱でパンク寸前であった。




 その後の事ははっきり覚えていないが、ロザンネはいつの間にか自室へと帰ってきていた。夕食を食べる気にもならず、いつも一緒に食堂へ行く友人には断りを入れた。友人達は、そんなにショックだったのだろう、とその断りを受け入れてくれたようだ。



「どうしてあんな噂が」



 ロザンネの疑問に答えてくれる者はいない。


 正直、婚約者が自分であることがバレなくてよかった、とロザンネは思っている。どう考えても何故ロザンネなのかと思う者は出てくるだろう。学校を卒業してしまえば、情報操作が得意な家柄だから、なんとか丸め込める。しかし、学校という家が手を出しにくい閉鎖的空間では、そう簡単におさめることはできないだろう。

 その点に関しては、よかったと思いたい。


 しかし、何故ミランダが婚約者という噂が流れているのか。ロザンネとの婚約が破棄されたという話は家から聞いていない。ということは、誰かが故意に流したことになる。



「どうせ、ミランダ様の崇拝者達よね」



 ロザンネは面倒な事になったと深いため息を吐いた。

 ミランダはガイレルと同学年で、とても優秀な生徒と学校での評価は高い。そして、とても世渡り上手なのか、友人というか崇拝者が多いのだ。素晴らしい女性であると言われているが、ロザンネからしたら、優しい言葉をかけて操っているようにしか見えなかった。

 男を侍らせて他の生徒には煙たがられていたアリスと違うところは、崇拝者は男女関係なく、統率が取れていて、学校での評判が高いところだろうか。


 そんなミランダ崇拝者達は、ミランダのためなら何でもやってしまう。きっと、作戦とはいえガイレルがアリスに近づいていたのが気に食わなかったのだろう。ミランダがガイレルのことを好きなのは有名な話だ。

 だからといって、ガイレルの婚約者だという噂を流すのは強引だと思うが。



「でも結局、噂好きが集まってるからすぐに広まるのよね。外堀を埋めるには強引すぎると思うけど、一度流れた噂を否定するのは大変だから」



 なんせ、婚約者がいます、と発表できないのだ。トレドリュー伯爵家は王国の中でも影響力の強い家、オーランド殿下命のガイレルが、ズバッと切り捨てるはずがない。しかし、やんわり断わっても崇拝者がそれを許さないだろう。



「ガイレル様はどうするつもりかしら」



 考えてはみたものの、これといって良い策が思いつかなかったロザンネは思い切って聞いてみようと決めた。

 今頃は夕食中だろうし、突然手紙を動物に届けさせて非常識と思われたら嫌だ。ここは明日の朝、食堂に早めに行って言付けしよう、と思い、ロザンネは早速ペンをとった。ちなみに、言付けを頼む食堂の人間の中にはサイソニア伯爵家配下の者がいるのである。



「あぁ、どうしよう。ただ言付けを頼むだけなのに緊張してきた」



 実はロザンネからコンタクトをとるのは初めてのことだった。ガイレルと手紙のやり取りをするのは仕事の時のみで、基本的にガイレルからの依頼ばかり。調べた結果は全ての情報をまとめてロザンネの実家からガイレルの実家に報告されるため、ロザンネから連絡する事はない。


 兄からは仕事以外でも婚約者なのだから少しぐらいは手紙のやり取りをしていいぞ、と言われるのだが、オーランド殿下命! のガイレルに迷惑がられたらと思うだけで尻込みしていた。

 今回は仕事の内容じゃない、そう思うだけでドキドキするのは何故だろう。現実では悪い事が怒っているというのに、早く明日にならないかな、と期待し始めたロザンネであった。



 ****


 次の日、無事言付けを頼めたロザンネは、そわそわしながら一日を過ごしていた。ガイレルの婚約者はミランダ、という噂はすごい勢いで広まっている。

 ロザンネは何とか噂が耳に入らないよう意識して避けていた。諜報活動をする者としてはいただけない行動であったが、心の平穏のためには致し方ない、とロザンネは誰ともわからない人に言い訳してみる。


 そして待ちに待った夜、ロザンネは魔法で栗鼠を呼び出し、手紙を背中に括り付けるとガイレルの元へ送り出した。


 〈貴方様の婚約者の件、いかがなさいますか?〉


 何度も書き直したというのに、結局仕事の文と代わり映えしない内容になってしまった、とロザンネは項垂れる。

 本当は、こんな噂がたつのも嫌です、と伝えたい。ミランダ様より私の方が貴方が好きです、と言ってしまいたい。


 でも、なんて思われるのかを考えると、そんなことは言えなくて。どうせガイレル様と結婚できるのだから、と逃げ出して、向き合う事ができないのだ。



 送り出した栗鼠が帰ってきた。すぐに帰ってきたということは、ロザンネの手紙の内容を予め予想して、手紙を書いていたのかもしれない。そう思っただけでロザンネの心は弾んだ。しかし、手紙の内容を見て、ロザンネの心は一瞬で沈んでいく。


 〈放っておいていい。〉


 返事は一言。これなら手紙を書いて待たなくても、栗鼠の帰りは早いだろう。それも放っておくのか。

 ロザンネは力なくベッドに腰を下ろした。


 確かに、ガイレルが認めない以上、噂はあくまでも噂となり、ミランダが婚約者という事実にはならない。ロザンネが卒業してから婚約者として発表された際には、なんだただの噂だったのか、と思う人が大半だろう。絶対に崇拝者達には恨まれそうだが。

 しかし、ただの伯爵家のロザンネと由緒正しい伯爵家で評判も良く美女であるミランダを比べれば、誰もがミランダを選ぶべきだったんじゃないか、と思うはずだ。



「あぁ、嫌だなぁ。でも一番嫌なのは……」



 ロザンネの事が発表されるまで、ミランダがガイレルの婚約者なのだろう、と思われることであった。


 アリスの件の時でさえ、作戦とわかっていてもガイレルがアリスと親しく話しているのが嫌で仕方がなかった。独占欲が強いと言われればそれまでだが、片思いの時なんて皆大なり小なり嫉妬するだろう。


 今回の件は、嫉妬とは少し違う。どちらかと言えば恐怖心だ。ガイレル様と結婚できるのだから、と心を広く持って噂と向き合えばいいのだが、ガイレルの気持ちが全くわからない以上、安心などできない。噂の力を借りてミランダがアタックしようものなら、ガイレル様がミランダに惹かれたらどうしよう、と気が気でないだろう。



「どうせなら放っておかないでよ。せめて情報操作しろって言ってくれたら、例え、崇拝者達対私一人になるとしても動くのに」



 懇願するような小さな呟きを聞くのは小さな栗鼠だけ。ちょこんと首を傾げた栗鼠に苦笑いを浮かべ、ロザンネは机へと向った。



 〈わかりました。そのように致します。〉



 よろしくね、と栗鼠を送り出したロザンネは窓を閉め、ベッドへと入る。


 朝起きた時、机の上にあるガイレルからの手紙を見て、燃やすのを忘れていたことに気づいたロザンネは、初めて仕事と関係のない手紙を燃やした。

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