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『王子が絶対に欲しいもの』を先に読まれる事をおすすめしております。


思いつくままに書いた物語ですが、少しでもお楽しみいただけると嬉しいです。

 アイフォルン王国の王都にある十三歳から十七歳までの貴族が通う学校の食堂。そこは昼時ということもあり、全寮制の学校に通う者達で溢れかえっていた。


 そんな中で友人のおしゃべりに耳を傾けながら歩くのはロザンネ・サイソニア、サイソニア伯爵の長女である。サイソニア伯爵家は、長く王家に仕えてきた歴史ある家ではあるが、大きな成果を上げることもない、可もなく不可もなく、そんな印象の家だ。当主も社交界シーズン以外は領地から滅多に出ることはない。


 そのため、ロザンネの学校での印象も可もなく不可もなくであった。邪険に扱うには歴史が長く、しかし敬うほどの家柄でもない。亜麻色の髪に薄緑色の瞳、美しいというよりは可愛らしいそんな顔立ちの目立たない生徒だ。



「聞きました? アリス・マニロエス様のこと」

「えぇ。やっぱり何かやったんでしょうね。オーランド殿下やガイレル様まで取り巻きになったと噂がたった時は、まさかと思いましたけど」

「本当ね。でも、オーランド殿下は昔からシャルロッテ様を溺愛しているって有名だったから、何かあるのかもと思っている人も結構いたそうよ」

「結果、何かあったみたいね。あの子、先日退学したそうよ」

「マニロエス男爵の姿も見えないとか。何があったのかしらね。ロザンネは何か知らない?」



 突然話を振られたロザンネは「さぁ、知らないわ」と答えただけであった。今、学校中の話題になっているのは、多くの男を侍らせていたアリス・マニロエス男爵令嬢の突然の退学の件である。

 取り巻きとされていたアイフォルン王国第一王子オーランド殿下やバイセロン公爵家子息ガイレル様、騎士団長子息、魔術師長子息、伯爵家子息も学校で普通に過ごしているため、様々な憶測が飛び交っている。


 興味はない、と言いたげにそそくさと食事を受け取りに行くロザンネの背を追いながら、友人達は「ロザンネはこういうの興味ないのね」と話している。

 その言葉を聞き流し、ロザンネは食事の乗ったトレーを受け取った。席に着き、皆で食事を始める際、ロザンネは皿の下に挟まる紙切れをサッと抜く。


 少し癖のある流れるような字体はロザンネにとって見馴れたもの。そこに書かれていたのはたった一言だった。


 〈貴女の友人を待つ。〉



 ****


 人々が寝静まり、月が雲に隠れ辺りが闇に染まる頃、ロザンネは寮の部屋の窓を開ける。ロザンネはある事情で裏から手を回し一人部屋で過ごしていた。


 開いた窓にちょこちょこと動く小さな影。おいで、とロザンネが囁けば、ぴょんと飛び跳ねロザンネの元まで駆け寄ってくる。ふわふわの茶色い毛に覆われた可愛らしい栗鼠がロザンネの目の前にやってきた。

 栗鼠の背中にくくりつけられている物を取り外し、中を確認すると、手元に用意していた紙にペンを滑らせ、手際よく栗鼠の背に括り付ける。栗鼠の好物の種を与え、ロザンネは再び窓から送り出した。



「しっかりガイレル様にお届けしてね」



 栗鼠を見送ったロザンネは再び手元の手紙に目を落とす。そこには昼間見た癖のある流れるような字体が連なっていた。


 〈報告。マニロエス男爵処刑決定。娘アリスは知らなかったとしてゾイド修道院に収容。協力感謝する。〉


 読み終えたロザンネは苦笑いを浮かべる。



「ゾイド修道院……外との接触を絶たれるあそこなら彼女にとっては地獄でしょう。それにしても、本当にガイレル様らしい事務的な報告よね」



 そう言いながら、ロザンネは手紙を燃やす。正直、ガイレルから貰ったものは取って置きたいのだが、証拠は残すな、と幼い頃から教え込まれているため隠し持つという選択肢はロザンネにはなかった。


 表向き、サイソニア伯爵家は当たり障りのない歴史だけが長い家とされている。しかし実際は代々、アイフォルン王国の諜報員を束ねるという重要な役割を担っていた。初代サイソニア伯爵当主から続いており、その初代当主が王家に命を救われたとして、未来永劫王家にお仕えすると誓いを立てた時から十二代目当主のロザンネの父まで、その誓いは守られ続けている。


 もちろん段位を引き継ぐロザンネの兄もその誓いを十八歳の成人を向かえる際にたてているし、ロザンネも成人となる二年後にたてるつもりだ。

 そんな家柄に生まれた訳だから、ロザンネは幼い頃から諜報活動のいろはを教わってきているし、先ほどのように動物に協力してもらうような魔術も習得している。



 それがガイレルとの繋がりとどんな関係があるのかといえば、そんな家柄のためロザンネはガイレルの婚約者なのだ。

 貴族のほとんどが知らない、というか知らされていない事実である。知っているのは国王陛下、王妃、そして宰相にしてガイレルの父バイセロン公爵とサイソニア伯爵家の者だけ。


 何故そうなったかといえば、元々サイソニア伯爵家の事情は貴族や他国に警戒されないために、国王と宰相にしか知らされない。そのため、歴代のサイソニア伯爵家の令嬢は家業を黙ったまま嫁ぎ、王宮との繋がりが薄くなると宰相となった者の家に嫁いできたのだ。

 宰相になる者は国王の任命のため、退任する際にはサイソニア伯爵家の事は他言しないと誓約書を書かされるほどまでに徹底している。


 そんなわけで、ロザンネは当主が宰相であり、そのまま引き継ぐだろうと言われている一歳年上のガイレルの婚約者となった。

 表への発表はロザンネが学校を卒業し、成人を向かえてからとなっており、それまでは学校でも秘密とされているのだが、実際はロザンネが学校内での諜報活動をしやすくするためというのが本音だろう、と思っている。



「くぅぅう、今回の件では結構活躍したと思ったんだけどなぁ。協力感謝する、だけかぁ。褒めてもらえると思ったんだけど、やっぱり無理だよね。なんたってオーランド殿下命! の真面目さんだもん」



 ロザンネは盛大なため息を吐き、ベッドへと倒れこんだ。侍女のいない寮の部屋ではやりたい放題である。



 アリス・マニロエスを調べて欲しいとガイレルに頼まれた時、ロザンネは役に立てると大張り切りだった。学校の敷地内の警備は固いため諜報員を派遣するのは難しい、と父に言われた時など、私の活躍にかかっていると気合いを入れたものだ。



 ガイレルが学校に入学する前、婚約者として顔合わせした時、ロザンネはガイレルに恋をした。それは正しく一目惚れであった。

 銀色に輝く美しい髪、何もかもを見透かすような橙の瞳、すっと通った鼻に緩むことのない薄い唇。天使のように可愛らしく美しいと評判だったオーランド殿下とは正反対の夜空にひっそりと輝く月のような、冷たく凛々しい、それでいてふっと目がいってしまう。ガイレルはそんな人だった。


 こんな素敵な人と婚約できるなんて、と喜んだのも束の間、ロザンネは大きな壁にぶつかる。それがオーランド殿下であった。

 ガイレルは一にオーランド殿下、二にオーランド殿下、三四がなくて、五が幼馴染みのシャルロッテ様。それほどまでに、王家への忠誠心が強いというか、真面目というか、融通がきかないというか……とにかく、ガイレルの中にロザンネの入る隙間はなかった。


 最初は色々とやってみようと思ったものの、関係を秘密にしなくてはいけないため接触もままならない。結局、ロザンネの導き出した答えは、この政略結婚の意図を汲み取り、サイソニア伯爵家との橋渡しとなりガイレルの役に立とう、という恋する乙女には少々悲しいものであった。



「どうにかして私にも興味を持っていただけないかしら。それとも、婚約者である事に満足すべき? はぁ……仕事のように上手くはいかないわ」



 今回のように栗鼠など動物を使った連絡は、問題や依頼がない限り行われたことはない。ガイレルと手紙のやり取りをするために、問題が起きるのを待つのも王家に仕える者としてはいただけない。ロザンネの心は複雑に揺れ動く。



「せめて少しでも私の気持ちが伝わればいいのに」



 ロザンネは栗鼠に持たせたガイレルへの返事を思い出し、深い溜息を吐いた。


 〈貴方様のお役に立てて嬉しいです。〉


 せめて直接言えたら気持ちに気付いてくれるかもしれないのに、そんな叶わない願いを抱えつつロザンネは目を瞑った。

 まさか翌日、ガイレル・バイセロン様には婚約者がいる、という噂が学校に広まることも知らずに。

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