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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒーローはつらいよ

作者: K-Y

 ――赤い世界の中、青年は駆ける。


 目の前には炎上する建物。パニックを起こし逃げ惑う人々。そして災禍の中心地では異形の人型が狂ったように哄笑を上げている。そこはまさにこの世の地獄だった。


「ふ……はは、ははは、はははははははははは!!」


「いい加減にしろッ! お前は絶対許さないぞッ!!」


 陳腐な台詞とともにビシッ! と相手を指差す青年に、怪人は不愉快げに顔をしかめる。


「あん……? なんだ小僧?」


「貴様に名乗る名などない! ゆくぞ! 変っ……身っ!!」


 青年が何処からともなく取り出したブレスレットを装着すると同時に、彼の体を眩い光が包み込んだ。光は徐々に集束し、彼の姿を変貌させてゆく。


 赤を基調としたメタリックのボディー。黒いバイザーで顔を隠すフルフェイスのメット。ブレスレットを装着した右腕には大型獣の爪を思わせる凶悪なフォルムのナックルが輝きを放っている。


「装ォ甲ォ獣神ッ! フェンリルッ! セイバー!!」


「…………名乗ってんじゃねぇかよ」


「うるさい! こういう仕様なんだ!!」


 怪人の冷静なツッコミに青年、フェンリルセイバーが逆ギレする。


 そう。ヒーローとは変身した時には高らかに名乗りを上げ、必殺技を放つ際には喉が裂けんばかりに叫び、そして勝利した暁には誰も見ていなくとも決め台詞と共にポーズを取らなくてはいけない。それがヒーローの“お約束”なのだ。


「ふん……なんだか知らんがこの俺様に敵うと思っているのか!」


 怪人が口から紅蓮に燃える炎の塊を吐き出す。自身に迫る死の業火を見据え、フェンリルセイバーは不敵に笑う。


「は! ぬるいんだよ!!」


 フェンリルセイバーは無謀にも自ら火球に突っ込んだかと思うと、右手のナックルを叩きつけて火球を爆散させた。爆炎を切り裂いて怪人に迫るフェンリルセイバーのナックルが赤熱したかのように紅蓮の輝きを纏い、


「朱き月光の輝きよ! 不浄の闇を喰い尽くせええええええっっ!! 必ィッ殺ッ!! ガルム、バイトォォォォォォォッッッッ!!!!」


 天にも届けと言わんばかりに厨二病的必殺技の名前を叫びながら突き出した拳は怪人をやすやすと貫き、その身体に大きな風穴を穿つ。


「ば、馬鹿な……この俺様が敗れるなんて……ぐあああああああっっ!?」


 これまた“お約束”の台詞を残し、名も知らぬ怪人は爆発して果てた。


「朱き月夜の露と消えろ……」


 そして誰も見ていないというのに恥ずかしい台詞を吐いて決めポーズをとるヒーロー(笑)。


「やかましいわっ」


 ひとしきりポーズを決めたヒーロー(笑)はすぐさま変身を解き、いそいそと片づけを始める。なぜか怪人はいつもやられた後に爆死する“お約束”という名の世界のルールに縛られているので、爆死した怪人の肉片やら部品やらを回収しておかないと後々大変な事になってしまうのである。名目上はその進んだ遺伝子・機械技術を悪用されないため、という事になってはいるが、正直なところは視覚的にグロいとの事でヒーローの人気を下げかねないという理由の方が大きい。


 ちりとり片手に肉片を集めるヒーロー(笑)。実にシュールな光景である。


「うるさい。黙れ」


 どうせ世間にはあまり認知されていないマイナーヒーローなのだからそこまで丁寧にやらなくても――――


「俺だって、俺だってなぁ! もっとメジャーなヒーローに改造されたかったわ! ちくしょーーーーーーっっ!!」


 泣きながら走り去るマイナーヒーロー。それでもきっちり片付けを済ませてあるのは彼なりのプロ意識なのだろうか。煤けたその背中は何ともいえない哀愁に満ち溢れていた。





「やってられるかーーーーーーーっっ!!!!」


 研究所に帰るなり、青年はキレた。


「……何なのかね、いきなり」


「博士! 俺は東京へ進出するぞ!!」


 博士と呼ばれた初老の男性はそれを冷めた目で流し見る。


「またかね。いつも言っているだろう、東京はすでにメジャーなヒーローたちが席巻している。バッタ顔のバイク乗りや五色の戦隊ヒーローたちが跋扈する激戦地に赴いたところで君のようなマイナーヒーローが相手にされるものか」


 博士は青年の夢見がちな発言を一蹴するが、青年はそれに不敵な笑みで応える。


「何も新番組を立ち上げようってんじゃないんだ。バッタ顔のバイク乗りにはいつもライバルキャラが登場するだろ。そこでだ! この俺、フェンリルセイバーがかっこよく乱入して敵の怪人をぶっ飛ばしたら一気に有名になれるじゃないか!!」


 どうやらこの青年、身の程知らずにも日曜朝にテレビでも放映されるほどのメジャーヒーローに殴り込みをかける心積もりのようだ。


 鼻息荒く妄言を吐く青年を一瞥し、博士は深いため息をつく。


「やめておきたまえ。あそこのヒーローや怪人たちは君程度の敵うような相手ではない。無理に乱入して返り討ちにでもあってみろ。それこそいい恥さらしというものだ」


「く……お、俺が弱いっていうのかよ、博士!」


「というよりは彼らが強すぎるのだがね」


 にべもない博士の酷評に青年は気色ばむ。そんなはずはない、自分ならば十分に戦えるはずだと。なおも食い下がろうとする青年に博士はとどめの一言を放つ。


「身の程をわきまえたまえ。君は所詮、マイナーヒーローでしかないのだからな」


「ぐ……ぅ……」


 マイナーヒーロー。その言葉が青年に重く圧し掛かる。何故だ、何故自分はこんな片田舎の平和を守るヒーローになってしまったのか。




 日本のヒーローには大まかに分けて三種類が存在する。まずはバッタ顔のバイク乗りや五色の戦隊ヒーローのように、テレビに放送枠を持つメジャーヒーロー。彼らは主に東京周辺を守る花形部隊、一部の選ばれた者にしか到達できないエリートの中のエリートだ。


 二つめは各地の名産品とその産地を守るご当地ヒーロー。親しみやすい外見や奇抜な名前とは裏腹にその実力は高く、ご当地では根強い人気を博している。


 そして三つめ。メジャーヒーローやご当地ヒーローたちだけではカバーしきれない地域に派遣され、人知れず町の平和を守る裏方とも言うべき存在……それがマイナーヒーローである。一見何の旨みもない彼らマイナーヒーローだが、ここで実力を認められればメジャーヒーローとまではいかなくともそのライバルキャラに抜擢される事くらいはある。


 青年は強引に割り込んでライバルキャラの椅子に納まろうとしたわけだが、実力の伴わないマイナーヒーローが乱入したところで結果は知れている。それほどまでにメジャーとマイナーの間に広がる溝は深く大きい。実際、彼と同じように不埒な事を考える輩は何処にでもいるもので。毎週の放送にあわせて乱入を試みるマイナーヒーローたちが夢半ばに返り討ちに遭う事もしばしばだ。当然テレビで放送されることもなくカットされる憂き目に遭うわけだが。




「まぁ、不正など考えず地道に実績を積むことだな」


「それができたら最初からやってるってんだよ!!」


 博士の正論に青年は苛立ちを募らせる。そもそも、こんな片田舎を襲う物好きな怪人など年に数度あるかどうかといったところだ。めぼしい実績など望むべくもない。毎週のように戦っているバッタ顔やら原色戦隊やらに追いつく事など出来ようはずもないではないか。


「……ふむ。ひとつ訊くが、君は衆目を浴び喝采を得る事が目的でヒーローになったのかね?」


「あん? どういう意味だよ?」


「君は理不尽な暴力から人々を守るためにヒーローとして生きる道を選んだのではなかったのかね。私は君のそういうところを高く買っていたのだが。どうやら私の買いかぶりだったようだね?」


「――――っ!」


 博士の言葉に青年はハッとする。


 それはヒーローを志した始まりの理由。何も始めから望んでこんな体になったわけではない。悪の秘密結社に捕らわれ、この身は人であることを捨てさせられた。命からがら逃げ出した後、胸に燃えていたのは義憤。このような理不尽、許せるはずがない。せめて理不尽に抗う牙を持たぬ人々のためにこの力を振るおうと誓ったのは一体いつの事だったか。


 よくある話。怪人に対抗するためにはヒーローという名の怪人の力が必要なのだ。だからとて自ら望んで怪人ヒーローになる者などほとんどいない。故に青年のような人の心を失わぬ怪人がヒーローになる必要があるのだ。


「ああ……そうか……」


 青年の心にあの頃の想いが蘇る。


 そうだ。有名になる必要なんてどこにもなかった。たとえ一生マイナーのままでも、一生誰からも感謝されなくても構わない。こんなものはただの自己満足だと。


「そうだ、そうだとも!」


 青年はどこか吹っ切れたように笑う。


「博士、俺が間違ってたよ! やっぱりヒーローは世のため人のために戦わないとな!」


「あ、静かにしてもらえるかね? 今電話中なので」


「って、聞 い て な か っ た の か よ !!」


 無論、博士はそんな青臭い回想やら決意表明やらを聞く耳は持ち合わせていない。脳細胞の無駄遣いである。


 不貞腐れる青年を完全に無視して電話を続ける博士。


「ふむ……ふむ……ほう、なるほど」


 ほどなく電話を置いて博士は青年に向き直る。


「で、何の話だったかな?」


「もういいよ……」


「確かメジャーデビューは諦めると聞こえたのだが」


「ってやっぱりちゃんと聞いてたんじゃねぇかっ!!」


 当然ながらそんなわけはない。単純な青年の事、適当に煽っておけば勝手にやる気を取り戻すだろうという推測である。


「で、本当に諦めたのか?」


「ああ、俺は間違ってた。重要なのは知名度なんかじゃないって気付いたんだ!」


 晴れ晴れとした笑顔で語る青年。その顔に迷いなど微塵も見られなかった。


「ふむ……そうか。わかった」


 博士は一つ頷くと再び電話を手にする。


「ああ、待たせてすまない。いま本人に確認を取ったがやはり今回の話は辞退するそうだ」


「――――――へ?」


「うむ、せっかくだが申し訳ない。ああ……ではな」


 と、青年が事態を把握する間もなく博士は電話を切ってしまった。


「あの……博士?」


 なにやら不穏な空気を感じ、青年は博士に声をかける。


「今の電話って……何だったんだ?」


「ん? ああ、君にメジャーデビューの話が来ていたのだがな。断っていたのだよ」


「はああああああああっっ!?」


 あっさりと言い放つ博士に青年は開いた口がふさがらない。


「何で!? 何故に断った!?」


「何故も何も、君が自分で言ったのではないか。メジャーデビューは諦める、とな」


「いや……でも……ッ!」


「重要なのは知名度ではないのだろう?」


 にやり、と人の悪い笑みを浮かべる博士。


「それはそれ! これはこれだこのクソ爺ぃ!!」


「はっはっはっは」


 涙目で睨んでくる青年をいなしながら博士は思う。


 こんな愉快なオモチャをメジャーデビューなんてさせてなるものか。老い先短い人生、このくらいの道楽は許されるだろうと。


 やはりヒーローにはマッドサイエンティストが付き物なのか、この博士も十二分にイカた感性の持ち主であった。元々、実力はあるはずの青年がいつまで経ってもメジャーデビューできないのはひとえにこの博士の裏工作によるものであった。


 運も実力の内とはいうが、この博士に目をつけられた時点で彼の実力(運)不足は致命的であろう。


「まぁ、頑張りたまえ。そのうちいい事もあるさ」


 無論、その全ては博士がシャットアウトしてしまうのだが。


「~~~~っ! ちくしょーーーーーーーッッ!!」


 泣きながら走り去る青年を生暖かい目で見守る博士。


 青年の不幸は続く……博士が生きている限り。


 ……でも博士、そのうち彼に殺されるんじゃないの?


「ふ……伊達にアレの調整はやっておらんよ。すでに自爆スイッチは仕込んである」


 と、リモコンを弄りながら博士は笑う。


 ……やはり青年に明るい明日はないようだった。


「ふははははははははははははは!!」








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