4話 優先輩…ですよね?
葦原優は僕に向かって棒状のスナック菓子(税込11円)を投げ渡してきた。
「はい、これあげるよ」
「これは…?」
「お礼だよ」
「お礼…?何のですか?」
「昼休みにおもしろいものを見せてもらったお礼」
僕は動揺していたが平常を装って話を続けることにした。
「…でもあれは僕じゃなくて友達…、美愛の能力なんですけどね」
「細かいことは気にしない気にしない!俺がお礼を言いたかったから言った。それで充分じゃないかな?」
「はぁ、そうですか」
「あ、俺の能力は《ヘスティア》。能力って言っても、無能力に等しいんだけど。《ゼウス》のヤツは俺のことをオリンポスの落ちこぼれって呼んでたよ」
「無能力…ですか?オリンポス十二柱にそんな能力者が…」
「あ、そうそう!高校生としても能力者としても先輩の俺が一つアドバイス!」
「…え?」
「俺達のリーダー、ゼウスの能力者はうちの学園ではかなりの有名人だから、そのうち会えるかもね」
「…何で敵の僕にそんなことを教えるんです?」
「あー、怖い怖い。そんなに睨まないでよ。俺は戦争なんて興味ないし、誰かの下で働くのは嫌いなんだよね。だから君達みたいな『反逆者』を待ってたんだよ」
(信じてもいいのかな?この人…)
「何か裏があるんじゃないか…、とか思ってるね?俺も信用がないな~」
「……」
「よし!じゃあこうしよう!今から俺と手合わせしない?」
「何でそうなるんですか…」
「いやいやいや、戦うことでお互いを理解しあう!実に美しいじゃないか!」
この人には何を言っても無駄だよな…。
「…分かりました。やりましょう」
「ククッ、君ならそう言うと思っていたよ!じゃあ、始めよっか…!」
「何でこんなことに…。はぁ、こっちからいきますよ。落雷、優先輩に落ちろ!」
眩い雷撃が優先輩に直撃した。
「はぁ…。もう終わりでいいでしょう、優先輩?」
「ひ、ひどいじゃない、東雲君。いきなり撃ってくるなんて…」
「へ…?」
優先輩とは違う可愛らしい声が聞こえたので優先輩が立っているはずの場所を見ると、きれいな茶髪の女の子がしゃがみこんでいた。
「え、えーと…、どなたですか?」
「私よ!葦原優よ!戦闘モードになろうとしたら突然雷が降ってきたから驚いたわよ!」
「優先輩…なんですか?口調も女っぽくなってるし、見た目も全然違いますけど?」
「戦闘モードになると、女の子になって人格も変わるのよ、記憶は共有されるけど。どう、驚いた?」
今更ファンタジーな展開に驚いている場合じゃないか…。
「でも、戦闘モードって言っても無能力には変わりありませんよね?」
「それはどうかしら。説明するの面倒だからもう一回雷お願いしていい?」
「いいですけど…。落雷、優先輩に落ちろ」
さっきと同じように雷光が女の子になった優先輩に直撃する…とおもった次の瞬間!
「アイギスの盾!」
巨大な盾が現れ、雷撃を防いだ。
「何ですかそれ!無能力じゃないんですか!?」
「無能力だよ、男の優の方は、ね」
「女の姿のときは別の能力をもっているってことですか?」
「そういうこと。飲み込みが早くて助かるわ」
能力を2つもってるなんて…。信じられないけど、実例が目の前にいるのだから信じざるを得ない。
「この姿のときの能力は《アテナ》。能力はさっき見たように盾を出す、防御専門の能力よ」
「厄介ですね…。どう攻めようかな…」
「あ、手合わせはこれで終わりでいいわよ?」
「えっ?どうして?」
「これを見せたかっただけ。あ、ちなみにこの能力はゼウスも知らないわよ。これで信用してもらえるかしら?」
「はぁ…。分かりました…、信用しますよ。で?優先輩は何が目的なんですか?」
優先輩は男の姿に戻って、僕の質問に答えた。
「別に?俺はただ君達とオリンポス十二柱の戦いの観客、もしくは傍観者でありたいだけさ。実際に戦うのは嫌いだけど、観る方は好きだからね」
「…あまり好きになれそうにないですね、優先輩のこと」
「うわ、ひどいなぁ!…でも、女の姿の俺は男子的に見て好みなんじゃないの?」
「からかわないで下さい!僕には彼女がいるんですから!…まぁ、確かにスタイルいいし、可愛かったけど…」
「あれ?最後の方が聞こえなかったよ?」
「だからからかわないで下さい!」
「アッハッハ!いやぁ、君、本当におもしろいよ…。じゃあ、今日はこの辺で。じゃあね、東雲君!」
優先輩はそう言って暗い夜道の向こうに消えた。
「はぁ、なんか変な人だったな。今日は疲れたし、飯食って早く寝よう」
翌日――
「おはよう、東雲君」
「あ、優先輩。おはようございます」
登校した僕を校門の前で待っていたのは優先輩だった。
「シン、知り合い?」
「ああ、まあね」
「初めまして四条美愛さん。俺は葦原優。ここの2年生だ。よろしく?」
「よろしくお願いします、先輩」
「うん、君達は観察してて飽きなさそうだね!」
「えーと、どういう関係?」
美愛が困ったように小声で聞いてきた。
「オリンポスの落ちこぼれだよ」
「へぇ~、オリンポスの…。って、オリンポス!?」
「ああ、俺はオリンポス十二柱の能力者、《ヘスティア》だよ?」
「ってことは、敵ぃー!?」
「早まるな、僕の話を聞け」
僕は驚きっぱなしの美愛に、女の姿のことは本人に説明してもらうとして、それ以外の事情を話した。
「うーん、それって信じてもいいのかなぁ?」
「もちろん、無理に信じてもらわなくてもいいよ。こっちだって秘密の一つや二つはあるからね。ただ、味方につけられる人はつけといた方が得だと思うけどね」
「あの、そろそろ行かないと遅刻しますよ?」
「ああ、そうだね。じゃあまた放課後、君の教室に行くよ」
「分かりました~」
その後、美愛は授業中も休み時間もずっと浮かない顔をしていた。
そして放課後…
「…ったく、そんなに心配か?」
「だってシン、オリンポスの人をそんな簡単に信じていいのかな?」
「ああ、もうすぐお前も優先輩のことが分かるさ」
「失礼するわよ?」
「え?誰…ですか?」
「優先輩だよ」
「え?」
「だから優先輩だって」
「は?」
「優先輩!」
「冗談はやめてよ~。この人は女の子だよ?先輩なわけないじゃん!ボクをからかわないでよねっ!」
「あのー、優先輩。一回男の方にもどってもらえますか?」
「分かったわ」
そう言って優先輩は男の姿に戻った。
「これでどうかな?俺のこと分かってもらえた?」
「え!?ホントに先輩…なんですか?」
「ああ、そうだよ。東雲君!あれお願い!」
そう言って優先輩は女の姿になった。自分の能力が通じないってのは嫌なんだけどなぁ。
「分かりました。落雷、ターゲット優先輩!」
「アイギスの盾!」
昨夜と全く同じように僕の雷は止められた。
「え?え?え?さっきシンが無能力って言ってたのに!どういうこと!?」
「私はこの姿のとき、別の能力を使えるのよ。これはゼウスも知らないことよ。今のは私の能力。防御専門の能力だから1対1は不利だけど」
「…信用していいんですよね?先輩のこと」
「ええ。少なくとも私の方はね。あっちの方は知らないけど」
「分かりました」
「じゃあ私はそろそろ帰るわ。また明日ね?」
「はい。ありがとうございました、優先輩」
優先輩は教室から出て行った。
「ねえ、シン。ボク達も帰ろうよ?」
「ん?ああ、そうだな」
「誤解してたよ、先輩のこと。男モードの方はまだ信じられないけど」
「男の姿の優先輩は何考えてるか分からなぁ…」
「うん、じゃあまた明日ね!」
佳奈は用事があっていなかったから、明日紹介しないとな。
僕は美愛と別れると家に帰り、夕食をとるとすぐに眠ってしまった。
男の優先輩か…。確かにあっちは信用できないな…。
一方その頃…
俺こと葦原優は帰り道で金髪の外国人に襲われていた。
「やあ、俺に何か用かな《アフロディーテ》の…アリア=ヴィーナスさん?」
「あら、わたくし達を裏切ったあなたを始末するのは当然ではありませんこと?」
「あはは!始末か。面白いこと言うねぇ。でも、君に俺が殺せるかな?」
「殺す必要はありませんわ。あなたを洗脳すれば、殺す必要はないと言われていますから…!」
アリアは俺に向かって《アフロディーテ》の能力を放った。
「殺されない方を選ぶなんて君は案外優しいね。まあ、君程度の能力なんて俺には効かないんだけど?《アポロン》はまだ未熟だったみたいだけど…。ねぇ、俺の反抗心の強さ、理解してもらえたかな?」
「くっ!なぜあなたは《ゼウス》に逆らおうとするのです!?」
俺は心底嫌な気分になって答えた。
「あのさぁ、俺は面白いことが好きなんだよ。でもゼウスの野郎は戦争だ支配だって、つまらないことばっかりいってさ。だから俺はアイツのことが大っ嫌いなんだよ。もちろん君もね」
そして俺はアリアにさらに語りかけた。
「それに、俺は能力なんて無くてもアリア…、君を叩き潰せるんだよ?」
「ひっ…」
(単なる脅しだったんだけど、思った以上の効果だね…。)
「用が済んだなら帰りなよ。俺に殺されないうちにね」
俺がそう言うとアリアはこちらを睨んでから帰っていった。
「さてと、俺はどう動こうかな…」
続く