13話 そして僕達は真実を知る
放課後。天気はあいにくの雨。僕達は今度こそ接触するために篠宮家に来た。
「よし、ここは俺っちに任せてよ」
そう言って透はインターホンを鳴らした。
ピンポーン。
「夏希さ~ん!遊びましょ~!」
「はは、透…、そんな古典的な手で出てくるわけ…」
『ん~。檜山くん…?久しぶり。…何の用?』
「…!?」
「久しぶりに話さない?俺っちの友達も一緒にさ」
『ん、分かった。玄関行くからちょっと待ってて』
そう言って、インターホンの向こうの声は途切れた。
「…なあ、透」
「…何さ」
「どうなってんだ!?結構親しげじゃないか!誰も篠宮には関わろうとしなかったんじゃないのか!?」
「いやあ、俺っちもぼっちという点では一緒だったからね。よく話してたんだ。ほら、類は友を呼ぶって言うだろ?」
「なるほどな…、っと、出てきたぞ」
玄関のドアを開けて出てきたのは、銀髪の少女?だった。
「ほんとに久しぶり。2年ぶり…だよね?」
「合ってるよ。それにしてもさ、なんで引きこもりなんて…」
「僕は、外に出るべきじゃないんだよ。それぐらいのことをしたんだ。3年前のあの日にね」
「…3年前?」
篠宮の言葉を聞いて、琳音が眉をひそめた。
「ま、それも含めて話そうよ。さあ入って?檜山くんのお友達もどうぞ。他人を家に入れるなんて久しぶりだから、散らかってるけど…」
「あー、いきなり押しかけた僕達が悪いんだ。あまり気を遣わないでくれ」
「そう?…えーと、君は…?」
「あー、ごめん。自己紹介してなかったな。僕は東雲慎。篠宮さんの所属する2年B組のクラス委員をしてる。よろしくな」
「同じくクラス委員の四条美愛!よろしくね~!」
「同じクラスの南雲琳音。よろしくね」
「東雲くんに四条さんに南雲さんか~。うん、よろしくね。じゃあ話の続きは中で…」
「あー、そうだな。じゃあ、おじゃましまーす」
僕達はリビングに通された。確かに少し散らかってはいるものの、思っていたよりキレイだった。
「じゃあ、早速だけど…、何から話そうか?」
「えーと、篠宮さんは…男?女?どっちなんだ?」
「えーとね~。それは乙女のヒ・ミ・ツだよ」
「いや、自分で乙女って言いましたけど!?」
「あ…」
「相変わらず天然だな…。てか、女だったのか」
「いちいちうるさいなぁ、檜山くんは…」
「でも、学校には男子生徒として通ってるんだろ?」
「うん。いろいろ事情があってね。過去の自分を忘れるために、男の子のふりをしていたんだ」
「それって…、3年前のことと関係あるの?」
唐突に琳音が尋ねる。
「まあね。…じゃあ、まずは3年前に私が犯した罪について、話そうか…」
そう言って、篠宮は自分の過去について話し始めた。
「私はね、小学校までは普通の子だったんだよ。ただ、両親の仲が悪くてね。それでも中学2年まではなんとかやってこれたんだ。でも、始業式の迫ったある日、お父さんの浮気がお母さんにバレちゃってね。ケンカになったんだ。離婚してやる!とか、勝手にしろ!とかね…。私だってもうそういうことも理解できる年齢だったし、2人の口論にどんどんストレスが貯まってきてさ。不登校になっちゃったんだよ」
「3年からいなかったのは、そのせいか」
「うん…。それである日、2人に向かって言ったんだ。仲直りして、やり直そうよって。そしたらいきなりお母さんが包丁を持って襲ってきたんだ。あなたに何が分かるの!ってね」
「え…っ?」
篠宮の話に僕達は驚きを隠せない。
「驚いて咄嗟に避けたら、お母さん、転んじゃってさ。恐くなって僕…」
篠宮は少し躊躇うような素振りをして、こう言った。
「倒れてるお母さんの手から包丁を奪って、お母さんを殺したんだ。この手で、ね」
「そんな…」
「お父さんは逃げようとしたよ。人殺し!とか叫んで。でも、その背中を僕は…刺したんだ」
「警察には…行ったのか?」
「うん。でも、正当防衛で無罪。あの家からは引っ越して、この家で暮らし始めたんだ」
「それから、どうしたんだ?」
「うん。数週間後にあてもなくさまよってたら隣町に来ちゃってさ。そこで幸せそうに話してる3人家族を見かけたんだ」
「…!嘘…」
…?琳音?どうしたんだ?
琳音の様子の変化に疑問を抱いていると、構わずに篠宮は話を続ける。
「私、その様子を見たら急に怒りが沸いてきて…、なんで私はあの家族みたいに幸せになれないの?って。そのときだよ。僕の中で不思議なチカラが目覚めたのは」
「不思議な…チカラ?」
(それってもしかして『モチーフ』のことか?)
「うん。他人の真似をする能力だ、って聞こえてね。誰とも関わってこなかったはずなのに、僕の手のひらから電気の球が出てきたんだ。最初はビックリしたよ。でも、この能力があれば、私以外の幸せな人達を消すことができる。そう思ったんだ。…そう。思っただけなんだ。それなのに、いきなり電気の球が空に飛んでいって、その家族に落雷が降り注いだ。もちろん、その家族は跡形もなく消え去り、そして、それを自分がやったんだって気づくまで分からないくらい時間がかかったよ。…これが僕の犯した罪。分かったでしょ?私は外に出るべきじゃないって」
「それは…」
「あなただったんだ…」
「え?」
琳音は手を震わせ、篠宮を睨んだ。
「あなたがパパとママを…あたしの家族を殺したのね!」
「え?じゃあ君は…」
「私はパパとママに雷が落ちる直前にジュースを買ってくるように言われたの。戻ってきたら、いきなり雷が落ちてきて…。私はそのときもう能力者だったから分かったの。これは雷を使う能力者にやられたんだって。まさか、それが篠宮さん…あなただってなんて…」
「南雲さん…」
「黙れ」
「私、本当に後悔して、謝ってすむ訳ないと思うけど…」
「黙れ、黙れ…!」
「本当にごめんなさい…!」
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!うああああ!」
その瞬間、この部屋…正しくは部屋中を覆っていた影が一斉に篠宮に襲いかかった。
「琳音!?おい篠宮、逃げろ!」
「これでいいんだ」
「え…?」
「いいんだよ…、私の罪なんだ。それで済むなら私は…」
「いい訳…ないだろ!」
篠宮が諦めの言葉を呟いたとき、僕は必死に叫んだ。
「やめろ、琳音ええええ!」
刃となり、篠宮にあと数センチで届きそうだった影は動きを止める。
「どうして…?どうして止めるの…?やっと見つけたパパとママの仇なのに!」
「お前まで人殺しになってどうすんだ!この際、天国の両親が望んでないとか悲しむとかは言わない。そんなこと、死んだ人の気持ちなんて分かるわけないしな。だけど、これだけは言うぞ…」
僕は深呼吸をしてこう続けた。
「そんなこと、僕が望まない!琳音が本当に人を殺したら僕が悲しむ!だから、復讐なんてやめてくれ!‥お願い…だから…!」
「慎…君…?」
「ボ、ボクも!ボクも悲しいよ!だからやめて、琳音ちゃん!」
「俺っちも、南雲さんが人を殺すのは…見たくない」
「美愛ちゃん…?透くん…?ズルいよ、みんな…。そんなこと言われたら、あたし…」
「…あの、南雲さん?」
篠宮が琳音に話しかける。
「私、罪を償いたい。精算できるなんて思ってないけど…。それでも…!」
篠宮が琳音に思いをぶつけた。きっとこれが篠宮の心の中に引っかかっていたわだかまりだったのだろう。そして、篠宮の言葉に琳音は顔を下に向けたまま震える声で答えた。
「…私は篠宮さん、あなたを許せないかもしれない…」
再び沈黙が流れる。そして、少し考えてから顔を上げ、篠宮の顔を真っ直ぐに見つめて琳音はこう言った。
「でも、あたしは心のどっかで許したいって思ってるのかもしれない。自分でも自分のことなんて完璧には理解できないからよく分からないけど…、それでもあたしはあなたを許すために、あなたと一緒にいたい…と思う」
「…ありがとう。ありがとうね、南雲さん。…ううん、琳音…!」
「改めてよろしくね、夏希…!」
「あ、そうだ」
「…む、この感動的な雰囲気のときに、どうしたのシン?」
「いや、そろそろ本題に入ろうと思ってさ」
「ん?…あ、そういえばみんな僕の家に何しに来たの?」
「ああ、それなんだけどさ。明日から、学校…来ないか?」
「え…?い、いいの?私、今までずっと来てなかったのに?今更学校なんて…」
「大丈夫だって。最初も言ったけど、クラスには僕も美愛も、それに琳音だっているんだからさ」
「そっか。琳音もいるんだ…。う~ん…、ねえ、琳音。僕も行っていいのかな?迷惑じゃない?」
「さっき一緒にいたいって言ったでしょ?学校に来ないと一生許せないかもよ?」
「うぅ…、それは困るかも。…うん、分かった。私も明日から、学校行くよ」
「そうだ、夏希、一ついい?」
「何、琳音?」
「あのときあたしのパパとママを殺したのは男の人に見えたんだけど…」
「ああ、それはね…私の能力、《ドッペルゲンガー》は他人の能力をコピーすると、その能力を使うときだけその人に姿が変わっちゃうんだ。…まあ、あのときは誰の能力かも分からなかったし、あの能力も捨てちゃったけどね」
「そうなんだ…。教えてくれてありがと。じゃあまた明日ね」
「うん!じゃあ、学校で」
「ああ、教室で待ってるよ」
「ちぇっ、俺っちだけ別のクラスか…」
「まあまあ、透は昼休みに会えるじゃないか」
「ふふっ、じゃあ今日はそろそろ帰ろうよ。夏希ちゃん、学校で待ってるからね!」
「うん、バイバイ。また明日ね!」
はあ…。まさか、琳音の両親を殺したのが篠宮だったなんてな。まあ、和解…とまでは行かなかったけど、とりあえずは一件落着ってことでいいのかな。
「…にしても、琳音。あのときはヒヤッとしたぞ?」
「取り乱しちゃってごめんね。…でも、またあたしを止めてくれたよね?」
「うんうん!あのときのシン、かっこよかったよ!惚れ直しちゃった!」
「けっ、このリア充め」
「ははっ、お前には篠宮がいるだろ?」
「なっ、なんでアイツが出てくるんだよ!?」
「そうだよ?夏希はあたしのモノだもん」
「…こりゃ、強敵出現…だな。がんばれよ、透」
「あーもう、分かったよ!望むところだ!」
この日常がいつまでも続けばいい。そう思う。でも、オリンポスとの戦いは何も終わってはいないんだ。気が抜けないな、しばらくは…。
みんなが帰ったあと、私はみんなの連絡先が書かれた紙を見つめた。帰る前に琳音が書いてくれたものだ。そして、久しぶりに使うスマートフォンで私はメールを打ち始めた。
─────────────────────
To 南雲琳音、檜山透、東雲慎、四条美愛
件名 これからよろしく
《ドッペルゲンガー》の能力者、篠宮夏希です。明日から学校でもよろしくお願いします。今日はみんな、ありがとね。
─────────────────────
少したつと返信が来た。琳音からだ。僕はその文章を読むと自然と笑みがこぼれてしまった。
「ふふっ。琳音…、ありがとね」
壁に掛けられた時計が目に入る。針はもう夜の11時を指していた。
「あ、もうこんな時間…、遅刻しちゃう!早く寝なきゃ。それじゃあ、おやすみ…」
疲れていたのだろう。僕はスマホの画面が表示されたまま寝てしまった。画面にはさっき届いた琳音からの返信のメールが表示されている。
─────────────────────
To 篠宮夏希
件名 Re:これからよろしく
あたしも夏希のこと、許すためにがんばるよ。あと、そんなに気を遣わないでいいからね。同じ能力者としてがんばっていこうね。あたしも転校してきたばっかりだし、一緒にがんばろうね。あ…、あたし、がんばろうしか言ってない!ま、いいや。それじゃあ、これからよろしくね。
─────────────────────
琳音達とならきっとやり直せる。これはチャンス。私はきっとやり直せる。だからまずは…、明日遅刻しないようにしなきゃね。
続く




