9話 月の女神
楓が作ったパラレルワールドから出てきて一週間が経った頃、僕と美愛は僕の部屋で話していた。
「そういやさー、あのときの手紙のZってゼウスの雷道だったんだな~」
「そういえば…、今考えてみるとそうだね~」
僕と美愛は春の晴れ空の下でそんなことを話していた。
「ねぇ、シン?」
「ん?なんだよ」
「あのときは…ごめんね。ボクの能力で佳奈ちゃん、助けられたかもしれないのに…」
「しょうがないだろ。あのときはお前だって傷だらけで倒れて動けなかったんだから」
「うん。それは…そうなんだけど、力不足だって分かったんだよ」
「お前が申し訳なく思う必要はないんだって。あのとき、何も出来なかったのはお前だけじゃないんだから」
そう、あのときは僕も透も何も出来なかった。それに、一番その感情を背負ってるのは風邪で寝込んでた優先輩なんだから…。
「うん、ありがとね。強く…ならなきゃね…」
「ああ、そうだな。…さてと、学校にでも行くか?」
「え?でも今日は休日じゃ…」
「部活があるんだし開いてると思うぞ。暇だし、いいだろ?それに優先輩も学校にいるだろうしな」
「そうだね。うん、じゃあ行こ?」
「あ、いたいた。優先輩~!」
学校に着くと、ベンチに座っている優先輩を見つけた。
「なんだ、東雲君か。どうして学校に?今日は休日だろう」
「家で美愛と2人で遊んでいたんですけど、やること無くなっちゃって…」
「全く…。そんなことだからまだ童貞なんだろ、東雲君は」
「な、何言ってるんですか優先輩!?」
横の美愛を見てみると、顔を赤くしてうつむいていた。
「冗談だよ!あ、暇なら2人ともウチに来ない?昼ご飯、ごちそうするよ」
「えっ?いいんですか?」
「で、でも悪いですよ…」
「いいのいいの、遠慮しないで。俺の能力、見せてやるからさ」
「分かりました。先輩がそう言うならお言葉に甘えさせてもらいます。ほら美愛、行こうぜ?」
「うん!優先輩、ありがとうございます!」
「お礼はいらないよ。ほら、ついて来て?」
僕達は昼食を食べるために優先輩の家へと向かった。…僕達を見つめる視線に気づかずに。
それから数分後、僕達は優先輩の家についた。
「どうぞ、上がって上がって」
「「お邪魔しま~す」」
中に入ると優先輩は早速昼食の準備を始めた。
「で、先輩の能力のヘスティアって、無能力なんじゃ…」
「ほとんど、って言っただろ?確かに俺のヘスティアは戦いにおいては役に立たないけど、日常生活では大活躍するんだから。まあ見ててよ」
「はい、分かりました…」
優先輩はテーブルに並べられた食材に手をかざした。
「そうだな。この材料なら…ハンバーガー3つ!」
優先輩がそう言うと、テーブルの上の食材がハンバーガーへと変わった。
「え、えぇっ!?せ、先輩、どうなってるんですか?」
「すっご~い。本物のハンバーガーだ…」
「驚いたかい?材料をそろえて念じれば任意の料理を作ることができる。これが俺のヘスティアの能力さ」
「一般人から見たら欲しい能力ベスト5に入ってそうですね」
「ねえねえ、ボクお腹減ったよ~」
「じゃあ食べようか」
「そうですね、それじゃあ…」
「「「いただきま~す」」」
僕は早速ハンバーガーを一口食べてみた。
「う、うまい!なんだこれはぁ~!?口の中で絡み合うハー…」
「はいストップ!シン?危ないところだったよ?」
「お、おお。すまない。ありがとな」
「まあ、喜んでもらえて俺もうれしいよ」
「ごちそうさまでした。じゃあそろそろ失礼しますね」
「ああ、気をつけてね。最近、オリンポスにも新しいメンバーが入ったらしいしね、ソースはアリア」
「アリア先輩ですか…、分かりました。気をつけます」
「まあ、アリアもそのメンバーには会ったことがないし、名前も知らないらしいしね」
「まあ、近付いてくるやつに気をつけておけば大丈夫でしょう」
「ああ、じゃあまた明日学校で」
「はい。お邪魔しました」
「お邪魔しました~!」
優先輩の家をあとにすると、僕と美愛は夕焼けの道を家に向かって歩き始めた。
「もうすっかり夕方だね~」
「そうだな。長居しちゃって、先輩には迷惑だったかな」
「そんなことないよ。優先輩、楽しそうだったもん」
「ああ。やっぱり学校に行って良かったな」
そう言って僕と美愛は笑いながら顔を見合わせた。
「それはそうと…、さっきから尾けてきているけど、何のようだ?」
「…!」
「えっ、嘘!?」
僕がそいつの方を向くと、そいつは逃げ出した。
「あ、待て!」
「えっ?シ、シン!?ボクも行くよ~!」
こうして僕達とストーカー(?)との追いかけっこが始まった。
「美愛、そっちに行ったぞ!」
「よ~し!もう逃がさないよ!…ってえ~っ!?」
相手は慣れた様子で美愛をかわし、逃げていく。
僕達の追いかけっこは夜まで続き、ようやく路地の行き止まりまで追い込んだ。
「さあ、もう逃げられないぞ?なんで僕達をつけ回していたんだ?」
「……」
無言を貫いている相手は、パーカーを着てフードをかぶっており顔は見えないが、下にスカートをはいていることから、女子だと分かる。
「なあ、黙ってないで何か言えってば!」
「……っ!」
「ったく、困ったな…」
「…くくっ、くふふっ、ふふふふふっ!あははははははは!」
「…えっ?お前は…」
突然少女が笑い出した。だが、僕が驚いたのはそのことではなく、その笑い声が聞き覚えがある、懐かしい声だったからだ。
「ふふっ、一年ぶりだねっ。慎兄、美愛姉♪」
再会した、死んだと思っていた少女、東雲佳奈は僕達の方を見て、楽しそうに笑っていた。
「嘘…でしょ?」
「佳奈…、お前生きてたのか…!?」
「うん、私はあれくらいじゃ死なないよ!能力者は普通の人よりも頑丈だからね」
「そうか…、良かった…」
「うん、うん!」
「え、ちょっと…、2人とも泣かないでよ~」
「あ、ああ。じゃあ…おかえり、佳奈!」
「うん、ただいま!そして…」
佳奈の笑顔が突然冷たいものへと変わった。
「…さようなら、慎兄♪」
「え…っ?」
光が一瞬通り過ぎたかと思うと、僕の真横の地面はクレーターのようになっていて、白煙か上がっていた。
「えっ?シ、シン!?」
「あ、危ないだろ、佳奈!?
「ごめんね慎兄。でも、これがゼウスの、雷道先輩の指示だから。私は私を生かしてくれた人に恩返ししなきゃいけないの」
「な、何を言ってるんだ?アイツはお前を殺そうとした張本人じゃないか!」
「そうだよ。でもね、あの人は私を目覚めさせてくれたの。オリンポスの能力という素晴らしい力に!」
「お前が…、オリンポスだって…?」
「うん!慎兄達には改めて自己紹介しなきゃね」
敵となった佳奈は、笑顔で名乗った。
「私はオリンポス、《アルテミス》の能力者、東雲佳奈。慎兄達の敵だよ♪」
続く




