6:犯罪者討伐の依頼
「ミック!」
村長が目を丸くしながら叫ぶ。
吹き飛んできた男はミックという名前らしく、地面に投げ出され蹲っていた。
そして吹き飛ばされた家から新たに二人の人物が出てくる。
一人は太っていて頭がツルツルのスキンヘッドで、もう一人はツンツンとしたホウキのような髪型をした細身の男だ。ホウキ頭はミックを見下ろしながら唾を吐きかけている。
「けっ! もう一度言ってみやがれ!」
細身の男、ツンガリと呼ぶに相応しい男が凶悪そうな顔で睨みつけている。隣では恐らく店の物であろう果実に美味そうにかぶりついている、日色が心の中でツルデブと名付けた男がいた。
「ひぃっ! で、ですがもうこれ以上は! こちらも商売なんです!」
ミックは必死に嘆願するように頭を下げている。恐らく無料で店の物を寄越せとか言われたのだろう。それを拒否しているのだ。
しかしツンガリはイラッとして額に青筋を浮かべるとミックの顔を蹴り上げた。
鮮血がミックの口から辺りに撒き散る。
すると見かねた村長が慌てて彼らのもとへ向かう。
ツンガリが、現れた村長を不愉快そうに鋭い目つきで睨みつける。
「ああ? 何だ村長さんよぉ? 何か文句でもあんのか? おお?」
まるで三流のヤクザ、いや、不良だなと日色は冷静に見つめている。
「お、おで、もっと食いたい」
ツルデブが涎を垂らしながら店の方へ戻ろうとする。恐らく食べ物をあさりに行きたいのだろう。
「おい弟よ、いい加減にしてそろそろ行くぞ」
「お、おで、腹減った」
「チッ、じゃあさっさと平らげろや」
「分かった」
「もう止めてくれ!」
村長はとうとう見かねて叫ぶが、ツンガリの睨みによりたじろいでしまう。周りにいる他の者も男の殺気にビビッて近づいてこない。
(どうやら権利書が理由だけでなく、アイツらに敵わないから泣き寝入りしてるらしいな)
腕の立つ人物が村にいないので、二人組に挑んでも殺されると思い、村人たちは反抗しようとしなかったのだろう。
(国軍にでも頼めばと思ったが、そんなことをすれば、権利書を持って逃げられてしまうかもしれないしな。それに報復されるかもしれない。一番良いのは誰かがアイツらを討伐することなんだが)
そう考えていると隣にいる少年がこちらを見上げている。まるで何とかしてくれと懇願しているようだ。
「何を願ってるのか知らんが、オレには関係無いことだからな」
「なっ! それでもにいちゃんはニンゲンなのかよ!」
「ちょっと、やめなよニース!」
ココという少女が少年のことをニースと呼んだので、そこで初めて名前が分かった。
「何だ? モンスターにでも見えるか?」
「みえるよ! どうしてたすけてくれないのさ! おんなじボウケンシャなら、アイツらをとめてよ!」
ニースの言葉に、ココも落ち着かない様子でこちらをチラチラと見つめてくる。ニースには止めろと言ったが、やはり期待感がその目に宿っているみたいだ。
「……いいかガキ、オレは確かに冒険者だが、別に正義の味方じゃない。無償の正義なんてのは勇者にでも頼め」
腕を組みながら平然と言ってのける。ニースは怒りのこもった視線をぶつけてくるが、痛くも痒くもない。
「な、なんでそんなこというんだよ! たすけてくれたっていいじゃんかぁ!」
「断る。オレを動かしたければ、オレが納得するような対価を払うんだな」
「た、たいか? な、なんだよそれぇ! あ~もういいよ! どうせボウケンシャはみんなオマエみたいなヤツらばっかだ!」
そう言ってニースはツルデブたちの方へと向かって行った。
「ニース! どこいっちゃうの!」
「あ、こらニース! そっち行っちゃいかん!」
ココが叫び、パニスも止めようとするが、ニースは全力で走って行った。そしてパニスはこちらを歯噛みしながら睨みつけてくる。だがすぐに力を抜き溜め息を吐く。
「いや、分かってるんだ。君には関係無いことだ。物語のような、人のために無償で働く勇者なんていないんだ」
「そうだな。そんな存在がいるかどうかは知らんが、オレは違う。オレは無償で働くなんてゴメンだ」
これはありきたりな英雄物語ではない。戦いには危険が付き纏う。それなのに無償で戦うという選択は日色にはできないのだ。
「お、おにいちゃん……たすけてくれないの?」
ココは上目使いで見上げて嘆願してくるが、日色は口を噤む。
そして段々と彼女の目が潤んでくる。さすがに目を合わせ辛く、腕を組み目を閉じた。
そんな日色を見て、「うぅ……」と、ココがもう少しで泣き声を上げるかといったその時、
「……無償」
「……は? 何だ?」
突然パニスが声を漏らしたのでつい目を開いて聞き返してしまった。
「無償……じゃなきゃいいのかい?」
何だか嫌な予感がしてきた。
「ならもし助けてくれたら、私の店にある最高の武具をあげよう」
「…………」
「助けてくれるかい?」
「…………」
パニスは真剣な表情で見つめてくる。
めんどくさいし、ハッキリ言って自分には関係無い。それに最高の武具とやらには興味はあるが別に欲しいとは思わない。
「わ、わたしもおかあさんとつくった、てづくりのおかしあげる! だから……」
口を一文字に結び、泣きそうな顔を向けてくる彼女の目をチラリと見つめてからパニスと視線を合わせる。
かっちりと合い、逸らすタイミングが見つからず、しばらく見つめ合うことになった。
しばらくして、パニスの根気強さに負け日色は嘆息する。
「……この村には美味い食べ物や珍しい書物とかは無いのか? オレはできれば武具よりそっちの方がいいんだが?」
「え? 食べ物に書物……かい?」
「おかしならある……よ?」
パニスは眉をひそめ、ココは可愛く首を傾ける。
そしてパニスはしばらく考えた後、ポンと手を叩く。
「この村には代表するような食べ物は無いけど、古い本なら村長が持っているはずだよ。だから頼んでみよう。どうだろうか?」
古い本というのは良い。とても興味がそそられる。あのクズどもを片づけただけで手に入るなら申し分は無い。
「分かった。手を貸してやる。その代わり約束はしっかり守れよ?」
瞬間パニスとココは反射的に笑みを浮かべるが、パニスだけはすぐにまた暗くなる。
「た、頼んではみたが、君はその……強いのかい?」
日色を頭から足先まで見て不安そうに聞いてくる。
「さあな。けど、あの程度ならどうとでもなるだろ」
デブガリコンビを見て言う。その自信にパニスはポカンとする。だが無視して日色は足早に向かって行く。
※
ニースは地面に落ちている小石を拾い上げ、ツンガリに向かって投げつける。見事横っ面に命中してニースは喜んだが、それを見た他の村人たちは青ざめる。
「でていけ! バーカ!」
そしてゆっくりとニースを見たツンガリの表情は語っていた。このガキを殺そうと。
先程まで攻撃が当たって喜んでいたが、ツンガリの殺意を全身で感じ、ニースは足が竦んでしまう。
「や、止めて下され!」
慌てた村長が庇うようにして立ち塞がるが、「邪魔だ」と拳で思いっきり殴り飛ばされてしまう。
ツンガリが腰に携帯している剣を抜き、ニースに剣先を向ける。
徐々に近づいてくる死の恐怖でガチガチになりニースは動けない。
「ガキィ、覚悟できてんな?」
「い、いや……」
涙を流しながら首を振っているが、それで止まるツンガリではない。
さも楽しそうに笑みを浮かべながら剣を上空に向けて上げ、そしてそのまま振り下ろす。
――ブシュッ!
皆が息を吞んで目を閉じる。誰もがニースの命はここで終わったと思った。
「ぐわぁぁぁっ! 痛ぇぇぇぇっ!」
血を撒き散らし、痛みにもがいていたのはツンガリの方だった。
彼の剣を持った腕を何かが貫いていた。
それは間違いなく刃物だった。彼の腕から突き出た刀身から真紅の液体が滴り落ちている。皆も唖然としてその異様な光景を眺めていた。
何故なら彼の腕を貫いているのは確かに刃物なのだが、刀身の長さが明らかに長過ぎる。
そしてその刃の先、誰かの攻撃だとしたら、それを成した人物がいるはずだ。皆がその先に一斉に視線を向ける。
そこにいたのは、この村にやってきた赤ローブの少年であった。
※
(やはり《文字魔法》の『伸』の文字は便利だな)
刀身に『伸』と書いて、刀身を伸ばしたのである。その長さは畳四畳なのは知っての通りだ。しかしその違和感抜群の有り様に、一同は何が起こったのか理解してはいないようだが。
すかさず『元』の文字を書いて元の刀身の長さに戻す。ブシュッとツンガリの腕から刀身は抜き去り、彼は激痛のため呻き声を上げて剣を落とした。
ブルブルと腕を振るわせて、その顔からは相当量の脂汗も滲み出ている。
「下がってろガキ」
「に、にいちゃん……な、なんで?」
「無料働きじゃなくなったからな。手を貸してやる」
日色が無愛想にそう言うと、ニースは嬉しそうにホッとした。
「な、何だぁ! てめえはぁぁぁぁっ!?」
目を充血させて目一杯開けながら痛みに耐え必死に叫ぶツンガリ。
「答える義務は無い。早々に――」
「なっ!?」
物凄い速さで懐に飛び込まれ、ツンガリは全く反応できない。
何の躊躇もなく日色は、手にした剣で斬りつける。
「――潰れろ」
ツンガリはまともに一太刀を体に受け、左肩から右脇腹にかけて鮮血が飛び散る。ガクッとそのまま膝を折り地面に崩れる。
「ば……かな……」
死んだと皆が思ったようだが、ピクピクッと痙攣しているのでまだ絶命はしてはいない。だが完全に意識は奪われているようだ。
「やはり、こんなことするような連中だ。大したことなかったな」
するとようやくツルデブも、外の異変に気づき店から出てくる。
「あ……コレ何? 何で兄倒れてる?」
「そんな疑問はいいからさっさと」
そう言って日色はまたも素早く懐へと飛び込む。
同時に剣を振るが、小気味の良い金属音によって阻まれる。
(コイツ! 中に鎖帷子でも仕込んでるのか!)
体を斬りつけたが、肉を斬った手応えは一切なかった。それどころか鉄に阻まれた感触が手に残る。
「お、おでの服をよくも!」
そう言って破けた服を更にビリビリと破り出す。
おいおい、服のことで怒ったんじゃないのかと問いたいが、やはり中に鎖帷子を身に着けていたようだ。
ツルデブが背中に背負っている大剣を取り出すと、ブンブンと振り回してくる。
「う~ん、オレの防御力じゃ、まともにくらったらアウトかもな」
冷静に分析し、一旦距離を取る。
「お、お前挽き肉にしてやるぅぅぅぅっ!」
「ぬかせツルデブ、さっさと来い」
「デ、デブ? ふんぬぅっ! デブって言うなぁぁぁっ!」
力一杯剣を振ってきた。首狙いだと分かったので、屈んで避ける。
すかさず足を剣で斬ってやる。しかしまたも金属音がした。
「おいおい、このツルデブ、全身を鋼で覆ってるのか? よく動けるな」
普通は重くて歩くのも億劫になるだろうと思う。しかし動きは鈍いが、確かに動いているので、相当の力の持ち主だと判断できた。
「だが、どんな力も当たらなければ意味は無いし。それに、こういう戦い方だってあるんだぞ」
そう言いながら今度は剣を納めて素早い動きで相手を翻弄する。
「う、うぅ、どこ? どこ行った?」
日色はその持ち前のスピードで背後を取った。ツルデブはいまだにキョロキョロと日色を探している。指先に魔力を集中させる。そしてある文字を鎖帷子に書く。
素早く離れると発動と心の中で念じる。するとツルデブは急に顔を真っ赤に染め上げ、地面を転がり始めた。
「あ、あ、あづいィィィッ!? な、なにいきなりィ! なんであづいィィィィッ!?」
書いた文字は『熱』だ。それも鎖帷子が真っ赤になるほどのものなので、熱いどころではないだろう。
突然地面を転がり出したツルデブの様子に人々は茫然としている。
「よし、これでようやくだな」
ツルデブを見下ろす形で微かに微笑む。
「ぐぅ……あ……あづい……お前……なにした……?」
「さあな? 疑問を浮かべたままさよならだツルデブ」
そう言いながら右拳を握り全力で顔面に叩きつけた。ようやく自分の手で納得のいくダメージを与えることができる。
「ぼごへっ!」
シュ~っと体から湯気を出しながら意識を失うツルデブ。その瞬間頭の中に聞きなれた音が鳴り響いた。
(お、こんな奴らでもレベルアップの足しになったか)
少し機嫌を良くしてツンガリの所へ行き、そそくさと懐を探る。
「……お、あった。ほらよ」
そう言って村長に紙を投げ渡す。村長は慌ててそれを受け止める。
「次は知らんぞ」
「こ、これは村の権利書……?」
「それと、さっさと国軍を呼んで連行してもらえ。しばらくは目が覚めないだろうが、きつく縛っておけよ」
「あ、あの……」
村長は何が何だか分からない気分のようだったが、次第に現況を呑み込んでいき、もう一度倒れている二人を見て頬を緩める。
「お、おお……」
そして――。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」