3:文字魔法
どんな植物か教えてもらった後、大きな袋を貰ってギルドを出た。この袋に詰めてこいということだ。
街の外へ向けて歩いている途中で、もう一度 《ステータス》を出していた。
その中でやはり気になるのは《文字魔法》である。
それに魔力が多いとは言っても、使い方が分からなければ宝の持ち腐れに他ならない。早急に魔力の使い方を知る必要がある。
受付で聞いておけば良かったと少し後悔した。この世界では魔法は珍しいものではない。ほぼ全員が魔法を扱えるし、魔力を多かれ少なかれ宿している。
聞こうと思えば、そこらの人にも聞くことができると言うわけだ。
ふと足を止め、右側に注目した。そこには小さな机に水晶玉を置いて、椅子に腰かけている人物がいた。
(……占い師?)
黒いローブを纏い、フードで顔が確認できないが、確かに外見上は占い師っぽかった。
「おや? そこの御仁、どうかね一つ?」
声だけ聴いて、ずいぶん歳を取った女性だと判断した。
「いや、金を持ってないからな」
「ほう、そうかね。でも御仁、そなたは何かを聞きたいというようなお顔をしているがね?」
「……」
「そなた、この国の者ではないな? 見たことがないからねぇ」
「何が言いたい?」
胡散臭そうに少し視線を突きつけるように見つめる。
「ふぇっへっへ、そう怖い顔をなさるでない。初めてこの国へ来た記念として、少し占ってあげようかね」
「別に占いには興味が無い」
「ふぇっへっへ、そう言わず、少しそこへ座りなさいな」
別に急いでいるわけでもなかったので、占い師の言う通りに対面に置かれてある椅子へ腰かける。それにもしかしたら今後のためになる情報を入手できるかもしれないと思った。
「ふぇっへっへ。ではやるぞい」
水晶玉に手を当てて集中しだした。日色は腕を組みながらその様子を黙って見ている。しばらくして、相手が感心するような声音で喋ってきた。
「…………ほう、これは変わった星の定めをお持ちのようだねぇ」
「変わった?」
「ふぇっへっへ、人は皆、己の心に星を宿しておる。形、色、大きさ、輝き、それら全てが百人いれば百通り違う。ワシの占いではそれを視る。だが、ワシは今まで多くの者を占ってきおったが、ここまで力強い星は初めて視るわい」
「ふぅん」
「力強く、そして燃えるような赤を抑え込むようにして、その周りを黒のような青が支配しておる。形は一辺の角も無い純粋無垢な球体。そしてその輝きは見る者の目を醒ますような眩い光。そうか……そなた、この国ではなく、いや、この世界の者ではないな?」
瞬間ガタッと音を立てて立ち上がる。どうしてこの占い師がそのことを知っているのか疑問に思った。
城から出て来てそう時間は経っていない。一介の占い師が、王族の行いについて知っているものなのかと警戒した。
(占いでそんなことが分かるのか? いや、これもまさか……魔法か?)
そう思い、目を鋭くさせて睨みつける。知られても構わないとは思うが、つい身構えてしまう。
「……座りなさいな。別に口外しようとも思っておらん。それにだ、異世界人は確かに珍しいが、何も初めてというわけではない」
「……婆さん、アンタ過去に?」
「ワシが若い頃に一度だけな。その時の御方も、そなたのように変わった星をお持ちだった」
言っていることが本当かは分からないが、何となく興味を惹かれるものが占い師にはあった。だからもう少しだけ付き合うのも悪くないと思い腰を椅子へと下ろす。
「……そうか。それで? 占いの結果は?」
「ふぇっへっへ。そなたはこれから、いや、もうすでに自由の翼を手に入れただろう。その翼はどこまでも大きく、そして強く温かく成長していく」
何を言っているのか分からないが、貶されているわけではないようだ。あくまでも占いなので話半分に聞いておこうと思った。
「その翼を求めて、多くの者がそなたという光のもとに集まるかもしれん」
「いや、それは困るぞ。オレは基本一人が好きだしな」
「ふぇっへっへ。まあ、これは無数に分岐する未来の可能性の一つさ。今日ここで話を聞いたことで、その未来はそなたの近しいものになった。ただそれだけさね」
「ん~よく分からんが、オレは自分のやりたいようにやるだけだ」
「ふぇっへっへ。それでよい。ところでそなたは聞きたいことがあるのではなかったか?」
「まあな。婆さんの言う通り、オレは異世界人だ。その世界では魔法なんてものは無かった。だから魔力があるとか言われてもピンとこないし、使い方も分からないんだ。一刻も早くそのやり方を覚えなきゃならないと思ってたんだが……」
「ほう、なるほど。魔法が無い世界か。興味深いねぇ」
そこで思いついたことがあり、駄目で元々それを口にする。
「なあ、もし良かったら魔力の使い方を教えてくれないか?」
「べつにええよ」
断られるかもと思ったが、どうやらご教授願えるそうだ。
「魔力というのは、どこから生まれてくるか分かっておるかい?」
「知らん」
だから聞いているのだがとは言わなかった。
「心臓とか脳とかか?」
「いやいや、魔力というのは血液から生まれるのさ」
「血液?」
「そう、生物が皆、等しく持っている血液。それが魔力の源よ」
「へぇ」
「だから魔力を練る時は、自身の体に流れている血流を意識するのさね」
「血の流れをか?」
「そう、見てごらんよ」
占い師は開いた手を見せてきた。そして掌の中心から、青い煙のようなものが流れ出てくる。次第にそれは形を成していき、手の中で球体状になる。
「これが魔力さね」
「……すごいな! こんなハッキリと見えるものなのか?」
「まあ、ここまでハッキリと視認できるようにするにはそれなりの訓練が必要だが、これも流れを意識して手の中に集まるようにイメージしたからさね」
「イメージねぇ」
「魔法はイメージの力。そして流れの力。この球体の魔力の中には、今も血の巡りのように魔力の流れが形作られておる」
「何だか難しい話だが、大体は理解できた。要するに、血液=魔力と捉えても間違いじゃないってことだな」
「その通りさね」
「そして魔力を扱うには、血が全身を流れているのをイメージとして感じ取り、それを意識すれば……」
人差し指だけに血の流れが向かうようなイメージを作る。すると指先がポワッと青白く光り、ほんの少しだけ温かみを感じる。
「こんなこともできるってわけか。なるほど、これが魔力か!」
日色は感動を覚えて目を輝かせているが、目の前にいる占い師は口をポカンと開けて驚愕している。
「お、驚いたぞ! そなた、魔力を扱うのは初めてだと言っておったな?」
「ん? ああ」
「それなのにもうコントロールできておる。余程イメージ力が強いのだろうねぇ」
「まあ、これでも本の虫だからな。想像力には自信がある」
本は文字を読んだだけで頭の中にシーンを描くことを必要とされる。
そこはどんな場所で、誰が、何を、など文字の羅列から状況を読み取り、頭の中で映像化していくには、やはりイメージ力が必要になる。
幼い頃から本の虫だったため、そういったイメージする力が相当に鍛えられたのだ。というより、それが自慢できる唯一の長所だと本人は思っている。
イメージするのを止めると指先から温かさと光が消えた。
「感謝するぞ婆さん。お蔭で魔力がどういうものか理解できた」
「ふぇっへっへ、それは良かった」
「それとあともう一つ、魔法を使う時は、さっきみたいに魔力の流れを意識して、呪文とか唱えればいいのか?」
「間違ってはおらん。見ておれ、《ファイアボール》」
占い師が人差し指を立て唱えると、指先にはちょうどテニスボールくらいの大きさの火の玉が出来上がっていた。
「ほうほうほうほう」
日色は物珍しそうに感嘆の声を上げる。初めて経験する魔法に俄然興味が湧く。知的好奇心が疼いて仕方が無い。
「今はこの大きさだが、イメージと魔力次第でその質、大きさは変わる」
「なるほどな。でもま、オレには《ファイアボール》は使えないな多分」
「ん? もしかして属性が違うのかい?」
「ああ、無属性だ」
「……これまた珍しい属性だねぇ。無属性は例外なくユニーク魔法使いになるというが、そなたもしかして……?」
「ユニークマジシャン? ちょっと待て、ユニークってあれか? 個人だけの特殊な魔法のことか?」
ゲームや小説の知識からそう判断したが、どうやら的を射ていたようで老婆は頷く。
魔法には、火・水・土・風・雷・氷・光・闇の八属性が基本とされているとのことだ。
無属性というのは、属性の資質が無いこと。つまり無属性の者は他の属性の魔法は使えない。
その代わり、個人にしか扱えない魔法の才能がある。それがユニーク魔法、あるいはユニークマジックといい、扱う者をユニーク魔法使いという。
「ちなみに、ユニーク魔法はこの世界でも貴重な存在さね。というより、コントロールできない者が多い」
「どういうことだ?」
「ユニーク魔法は、例外なく強力なものばかり。そのコントロールも難しいと聞く。そして、ほとんどの者は、自身の魔法を暴発させて《反動》で命を落としておる」
その話を聞いてゾッとする思いだった。まさかユニーク魔法がそれほどの危険を孕んでいるとは思ってもいなかったからだ。
「コントロールもそうだが、一番重要なのは知識だよ」
「知識?」
「そう、自分の魔法が一体どういったものなのか。それを正確に把握できていない者が、《反動死》にあってるからねぇ。魔力の知識、魔法の知識、そして自分の知識、全てに精通して初めて一流の魔法使いと呼ばれる」
「なるほどな。婆さん、ためになる話、礼を言うぞ」
「ふぇっへっへ、いやいや、こちらこそ久しぶりにそなたのような光に会えて楽しかったわい」
占い師の顔は相変わらず確認できないが、きっと顔を綻ばせているだろうと思うような笑い声が聞こえてくる。
「ワシはいつでもここにおるから、何かあったら聞きにくるがええ。もちろん次からは有料だがね」
「ちゃっかりしてるな」
それから占い師と別れ、街の出口へと向かった。
(確か【アソビット高原】は、ここから東にすぐのところだったな)
図鑑で見せてもらった《フクビキ草》を思い出しながら、高原へと歩いて行く。しばらく歩くと、ソレは簡単に見つかった。図鑑で見た通りの形をしている。
小さな白い蕾のようなものが先についている草花の一種。それが辺り一面に広がっていた。
(これは思ったより簡単なクエストだったな)
街からも近いし、こんなに大量にあるのなら探し回さなくてもいい。
さすがは初心者でも楽にこなせるレベルだ。
(周りには誰もいないな)
周囲に気を配り、自分以外誰もいないことを確認してから《ステータス》と念じる。
欄に書かれてある《文字魔法》のところに視線を動かす。そして軽く指で触れる。
すると、画面が変わり《文字魔法》の説明文が映し出された。
(やはりクリックしたらヘルプが出てきたか。本当にゲームみたいだな)
行いたかったことは、何もヘルプの説明を読むだけではない。ここで魔法を使ってみようと思ったからだ。
できればユニーク魔法らしい自分の魔法は、あまり他人に見せたくない。
目立ってしまったら、せっかく自由になれたのに、もしかしたら国王から呼び出しを受けるかもしれないからだ。無視をすればいいが、目立つことがめんどくさいのである。
(まあ、それも全ては魔法次第だけどな)
本当にユニーク魔法が例外なく強力なら、自分が懸念している事態を招きかねない。
それに先程の老婆の話ではないが、自分のことを知るためにも、こうして魔法を理解する必要がある。
ただ《反動》というものがある以上、無茶なことはしないつもりだ。ここでまだ死ぬつもりはないし、少なくとも、自分の魔法がどんなものなのかを知りたいだけである。
《文字魔法》 消費MP 30
指に魔力を宿しイメージを作り文字に起こす。その文字の意味に従って効力が引き出される。理を理解し、強制的に歪めてしまうほどの現象力を引き起こすユニーク魔法である。この魔法は、かつて?%&GR!&*……
かつての後が何故か文字化けして確認できない。物凄く気にはなったが、それはともかく何となくこの魔法の意味は理解した。
それでも実際に使ってみないと、今思っている見解が合っているかどうかは分からない。ちなみに《一文字解放》とは、書ける文字の数を表しているみたいだ。
(《文字魔法》……ね。まずはやってみるか)
そう思い、深く息を吸って、占い師の時にやった指先に魔力を宿す方法を行う。先程は少し時間がかかったが、二回目なので案外スムーズに指先に魔力の明かりが灯る。
(文字……か。何でもいいのか? だが一文字でイメージした文字の効果を発揮するなら……)
そう思い地面に指で字を書く。
すると指でなぞった後が青白く光る。
書いた文字は『硬』だ。
地面が硬くなるようイメージして文字に起こした。漢字ならイメージし易いからだ。
そして「発動しろ、《文字魔法》」と小さな声で呟いた直後、文字に込められた魔力が、まるで放電現象のようにバチバチと音を鳴らしながら発生し地面へと流れる。
(これでいいのか……?)
コンコンとノックをするようにして地面を叩いてみる。
……硬い。物凄く硬い。まるでコンクリートのようだ。
先程までは間違いなくただの軟らかい土だったのに。
思わず「おお~」と感動ものの声が零れてしまう。
それと、どこまでが効果範囲になるのか、歩いて確かめてみた。
カツカツカツ…………ジャリ……
どうやら大体畳で四畳ほどの範囲の土が硬化していた。その上、待っていても元には戻らないようだ。
光っていた文字は、文字自体が消えて無くなっている。
痕跡が無くなるのは便利だと思った。魔法がバレる確率が低くなるからだ。
一応『元』の文字で元に戻るか確かめた。
また放電現象が起き、今度は元通りの地面に戻った。
なるほど、文字の意味が正確に現象として生み出されている。
(これは思った以上に………………チートだな)
自身の魔法の恐ろしさに気づいていた。
理を理解し、歪めることもできる魔法。
それは文字一つで全てのものに影響を及ぼすことができるということだ。
例えば、《フクビキ草》に向けて『枯』という文字の効果を与えれば、文字通り枯れるだろうし、岩石に向けて『割』という文字の効果を与えれば、それだけで真っ二つに割れる。
(そこにある現象を問答無用で変えることができる……それに)
そう思いもう一度指先に魔力を集中し、今度はある文字を地面に書く。
すると突然炎が上がり草原を焦がしていく。書いた文字は『炎』だ。
だが今度は一分程度で炎は鎮火した。
(無から有も生み出す……か。とんでもない代物を手に入れたみたいだなこれは)
呆れるように溜め息を吐く。どうやらユニーク魔法は、自分が思った以上にとてつもない威力が込められたものだと認識した。
だが自分の魔法の便利さに喜んでもいた。これならこの世界でも問題無く暮らしていけると思う。万能な魔法はきっと役に立つ。
(だが、まだまだ謎の多い魔法だということも覚えておく必要があるな。さっきの文字化けにしてもそうだし、これだけの魔法だから多分リスクもそれなりにあるはずだ)
そう思った理由は、体に感じる倦怠感だ。
どことなく精神的に疲労している感じがするのだ。だから《ステータス》を出して確認してみた。
(やはりMPはかなり消費してるな)
フルの時は120だったはずだ。それが今は30になっている。
魔法を使ったのは三回。ということは書いてあった通り、一回で30も消費するということだ。
他の魔法の消費量と比べたいところだが、恐らくかなりの消費量だとは考えている。他の値と比べても、MPが多いのは異世界人特有らしい。
恐らく普通のレベル1では、最初から三ケタは有り得ないだろう。それこそHPと同等のはずだ。そして個人が最初から使える魔法も、消費量はそれに見合ったものだと思う。
最初から30も消費する魔法など、今までやったことのあるゲームでも無かった。レベルが上がるにつれて、魔法の強さもそれに伴い消費量も増えていくというのが相場だった。
(オレのMPではフルの状態からだったら四回か。これは早くレベルを上げる必要があるな)
そう、魔法は何度も使えた方がいいに決まっているからだ。《文字魔法》のような万能な魔法なら尚更のことだ。
(とりあえず魔法のことは理解できた。コレを持って帰るか)
袋に詰めるだけ詰めた《フクビキ草》を手に持ち、その場から街へと戻る。
こういう場合、近くにモンスターなどがいて、攻められるのがゲームのお決まりだったりするのだが、嬉しいことに何事も無く街まで帰れた。やはりこの世界はリアルだと感じる瞬間である。
日色はそのままギルドへ赴き、クエスト完了の報告をしに行った。