262:イデアコック王決定戦5
ミュアとアノールドは、トルドとコランと一緒に控室から会場の外と歩いていた。
「あ~あ、しっかし今回こそは俺が勝ってやるって思ったのによぉ~」
「ハッハッハ! まだまだだったねトルドくん! このアノールド様には遠く及ばねえってこった!」
「何言ってやがる! 審査員に救われたくせによ!」
「うぐ! うっせえ! そもそも審査員を味方にしなきゃならねえんだから、当然のことだろうが!」
「そうだな。それを狙ってやれてたならな! お前のはただの偶然じゃねえか!」
「なぁぁにぃぃ~っ!」
「何だよぉぉ~っ!」
二人して熱くなっているが、それを傍目で見ながら通路を歩いていたミュアとコランは同時に嘆息する。
「本当に二人とも子供なんだから」
「あはは、でもおじさんも楽しそうです」
その時、ミュアの視線の先にエルニースの後ろ姿が映った。ミュアはハッとなって、会場から外に出て行こうとするエルニースの後を追う。途中アノールドたちの声が聞こえたが、結局無視してしまった。
「―――エルニースさん!」
外に出た直後に彼女を呼び止めることに成功。
「……ミュア・カストレイア」
「あ、名前、覚えててくれたんですね」
「…………」
「あの……前に話したこと、覚えていますか?」
コクリと彼女が頷く。
「なら、話してもらえますか。エルニースさんがどうして料理を憎んでいるのか」
「――それは俺も気になるな」
「おじさん!」
いつの間にか、背後にはアノールドが立っていた。
「明日闘う相手のことだ。知りたいって思うのは当然だろ? 俺が聞いても構わねえか?」
「…………話してあげる」
「ほ、ほんとですか!」
「あなたは約束を守った。私と同じ舞台に上がると。なら私も守る」
ようやく聞くことができる。彼女が何故ここまで料理に固執し、そして憎んでいるのか。
その理由が明らかになる。
そうして、エルニースの過去がミュアたちに語られていく。想像以上の話に絶句してしまうミュア。
「――――これがすべてよ。だから私は料理だけには負けるわけにはいかない」
まさか大切な妹が料理にのめり込み過ぎたせいで廃人みたいになってしまったとは信じられなかった。両腕を失い、心まで失う。そこまでになる前に気づけなかった無力感と自責の念から、エルニースも心を痛めてしまったのだ。
そしてその代償行為として、料理を憎むということにベクトルを向けてしまったということ。
「そんな……悲し過ぎます」
「……悲しいなんて感情、もう無い。私にあるのは、ただ料理に勝つこと。すべての料理を制覇し、支配する。それが私の――復讐」
無感情に淡々と言葉を吐き出すエルニース。しかしミュアには分かる。彼女の瞳の奥には怒りもあるし、それ以上に強い寂しさが含んでいることが。
料理を愛し、妹を愛していたからこその反動……なのかもしれない。自分の想いをぶつける相手が料理しかいないのだ。
ミュアにはどうすれば、彼女が再び料理を愛してくれるのか分からなかった。
(もし、妹さんがまだ生きているなら、元に戻してあげることはできる。ヒイロさんならきっと……でも)
日色の魔法の力なら、死んでいないのであれば、どんな病気でも身体が欠損していても元通りにすることができるのをミュアは知っている。だからそれ自体は問題ではない。
問題なのは、たとえ妹が復活しても、エルニースの憎しみはきっと変わらない。料理が妹を奪ってしまったこともまた確かなのだから。
少なくとも彼女はそう思い、その思いに突き動かされて今まで生きてきている。そう簡単に生き方を否定するなんてことはできないだろう。
一度決めた自分の道を覆すには、それ相応の覚悟と……きっかけが必要なのだ。
(どうすればいいんだろう……)
真っ直ぐなエルニースの瞳を見返し続けていると、
「……別にいいんじゃねえか」
アノールドの言葉により、ミュアたちは一気に意識が彼に向けられた。
「ど、どういうこと、おじさん?」
「だってよ、料理を楽しむも楽しまねえのも、結局はそいつ自身だしな。料理人としては、料理を好きになってほしいなって思う気持ちはある。けどな、自分の考えを人に押し付けるようなことはしたくねえんだ。それは戦争に参加して、俺が見出した答えだ」
「おじさん……」
「人ってのは、どうも自分が正しいって思いがちだよな。それに欲望だってあるし、感情だってあるからよ、それが認められねえ時は反発しちまう。けどさ、認めらねえことなんて、世の中には溢れてんだよ」
エルニースもまた、彼の言葉に静かに耳を傾けている。
「料理が好き、楽しい。それは俺やミュアの考えだ。けどそこにいるエルニースは違う、料理は嫌いだし憎い。そうだろ?」
無言で小さく顎を引くエルニース。
「で、でもそれは過去の出来事があったから!」
「そりゃそうだろ。過去があるから人は考えが変わったりする。良くも悪くも、な。けどよ、それもまた人……なんだよ」
「え……?」
「好きだったもんが嫌いになる。愛していたものが憎くなる。そんなのは、お前だって分かってんだろ、ミュア。あの戦争を経験してんだからよ」
そうだった。彼が何を言いたいのか分かる。かつて大好きだったこの世界を憎み、自分なりに世界を変えようとした人物がいたことを思い出す。
(アヴォロスさんは、希望を失って絶望に縋ってしまったんだ……。そこに世界を変える力があることを信じて)
好きというのは決して一方通行ではない。きっかけさえあれば、それが嫌いに変わることだってある。好きだったからこそ、愛していたからこそ、裏切られた時の衝撃は計り知れないのだ。
「だから俺は、俺の考えを誰かに押し付けるようなことはしねえ。料理が嫌いなのも、憎いのも、それは今のエルニースであることは間違いないからな」
「……!」
その時、初めてエルニースが眼を見開き驚いたような表情を浮かべたのをミュアは見た。
「エルニースがどんなことを思って料理をするかなんて、エルニースの勝手だ。けど、料理を好きでいてほしいってのも俺は思ってる。だからよ、俺は……いや、俺たちは全力で明日闘う」
「おじさん……!」
ミュアの頭に手を置きながらアノールドは宣言をする。
「そして料理が楽しいってことを見せつけてやるよ! もちろん、お前に勝ってな!」
ニカッと笑みを浮かべるアノールドに対し、苛立っているような視線を彼に向けるエルニース。
「……無理」
「無理かどうかなんて誰にも分からねえ」
「無理だから」
「言ったろ。人ってのは変わるんだ」
「不可能」
「不可能なんてねえよ。だってお前の作る料理――俺は好きだしよ」
「っ!?」
「何つうか、見ててあったけえ。料理は心を教えてくれる。たとえ憎んでても、お前が作る料理は人を幸せにする。そんな料理を作れるお前を、俺は尊敬するぜ」
「な……にを……っ」
またも初めて見せる動揺。
「もう一度、宣言しておくぜ! 明日は俺たちが勝つ! そして、料理の真髄を見せてやる!」
指を突きつけるアノールドに対し、ギリッと歯を噛み締めたエルニースは、すぐに体裁を取り繕ったように無表情に戻り、
「…………負けない。全力で蹴落とすから」
それだけを言って、足早に去って行った。
「…………おじさん」
「ああ、負けられねえ理由が増えちまったな」
「ううん。カッコ良かったよ、おじさん!」
「ハッハッハ! そうだろそうだろ! けどま、明日は大変そうだな」
「そう、だね……」
アノールドが、「俺たち」と言ってくれたことが心底嬉しかった。だからこそ、ミュアも全力で彼と一緒に闘うと決めたのだ。
(負けないからね、エルニースさん!)
彼女に再び料理の素晴らしさを思い出してもらうためにも――。
※
翌日――《イデアコック王決定戦》が始まる二時間ほど前。
まだ開始まで相当時間があるというのに、会場には多くの観客たちが集まってきている。皆が世紀の一戦を見ようと足を運んでいるのだ。
その中にある三人組がいた。老夫婦と一人の少女。老婆の前には車椅子があり、その上にその少女が腰かけている。
瞳は光を宿すことなく虚無を描き、ただ一点――青い空を見つめていた。
老婆は祈るように両手を組んで、会場の上に設置しているモニターに映し出されている、決勝戦に参加する者の名前をジッと見続けている。
そんな老婆の肩に、そっと老爺が手を置き優しく微笑む。老婆もコクッと頷くと、今度は老婆が少女の頭を撫でつける。
そんな三人に、一人の人物が近づいてきた。
その人物の影が老婆たちに差すと、彼女たちも自然と顔を上げて、そこに立っている人物に視線を向ける。
そして老婆たちはその人物の言ったことに対して驚愕することになった――。
※
大会開始まであと一時間を切ったところで、アノールドとミュアの控室には、トルドやムースンたちが顔を見せていた。
「どうやらやる気十分って感じだな」
「おうよ、トルド! お前に勝ったんだ。このまま優勝して、お前が小石に躓いたんじゃなくて、でけえ壁にぶち当たっちまったって思えるようにしてやる!」
「お~お~、そりゃありがてえけど、あんま油断してるとあっさり負けるかもよ?」
「安心しなトルド、油断なんて微塵もねえ! この決勝戦、ぜってー負けられねえんだからな」
「…………何か意気込みが半端ではなさそうですが、何かあったのですか?」
尋ねるのはムースンだ。
そこへミュアがエルニースのことを皆に伝えた。
「――なるほど。そんなことがあの子に……。だからあの子は最高なんて知らないと私に言ったというわけですね」
ムースンが悲しげに目を伏せる。
「きっと最高なんてもんが分からなくなったんだろうな。ずっと好きで貫いてきた料理に裏切られたと思ってショックを受けて、それまでの自分を否定されたようになってんのかもしれねえな」
トルドの言う通り、エルニースは何が正しかったのか、本当に料理が楽しいものだったのか分からなくなっているのかもしれない。
「悲しいことですね。あれほど素晴らしい料理を作れるというのに」
「だよなぁ。悔しいけど、才能って面で見れば、あの子は今大会中の中でずば抜けてると思うしよ」
ムースンの言葉にトルドが返す。
「けれどアノールドとミュアは、闘うって決めたのよね?」
「はい、コランさん! でもわたしは勝ち負けよりも、この決勝戦……楽しもうって思ってるんです。おじさんと一緒に!」
「だな。もちろん勝たなきゃならねえって気持ちをあるけどよ、それ以上にこんなに盛り上がってる大会なんだ。全力で楽しまねえと損だぜ!」
「それに、わたしは思い出してほしいもん。料理がどれだけ素晴らしくて、楽しいものなのか。だから決勝戦では、わたしもサポートだけじゃなくて、おじさんと一緒に料理を作る!」
「ああ、二人で作り上げた料理でエルニースに教えてやろうぜ! 料理の真髄を!」
「うん!」
二人が互いの顔を見合わせながら頷くのを見て、トルドたちも安心したように微笑む。
「よっしっ! なら行って勝ってこい、アノールド、ミュア!」
「そうね! 私たちの分まで楽しんできなさい!」
「応援しています。頑張ってください!」
トルド、コラン、ムースンがそれぞれ声援を送ってくれる。これに応えるためにも、この大会――全力で楽しまなければならない。
(そしてその上で、エルニースさんに勝つために努力するんだ!)
ミュアはアノールドと一緒に決勝が行われる会場へと向かって行った。
※
一方、エルニースもまた、控室でいつも以上の無表情を貫いていた。
(……私は勝たなければならない。すべての料理に勝つために。勝って、支配するために)
そうすることで、奪われたものが取り返せるわけではない。だがこの行き場の無いどんよりとした感情を何かにぶつけないと自分が壊れそうなのだ。
(……もうすぐよ。もうすぐ頂点に立つことができるから。だから……ニコリス)
思い浮かぶは最愛の妹の顔。幼い頃、いつも隣に立って笑顔を振りまいてくれた彼女。それがどれほど心の支えになってきたことか……。
一緒に料理を作っていた時は至極の幸せを感じていた。
だからこそ、それを奪った料理が許せない。
(ニコリス……もう一度……あなたの笑う顔を見たい)
脳裏に浮かぶは、病院のベッドで壊れた人形のように、ただ空を見続けるニコリスの姿。
すでに両腕は無く、身体も痩せこけてみすぼらしくなっている彼女。笑顔が素敵で、とても可愛い女の子だったのに……。
エルニースは、控室の椅子から立ち上がりモニターに映し出されている会場の様子を見つめる。
「……もうすぐだから。もうすぐ復讐が叶う」
料理人の頂点に立ち、すべての料理を支配し卑下する。
控室から出ようとした時、不意にミュアの言葉が甦った。
(……ニコリスと同じことを言った女の子……)
彼女もまた料理を楽しんでいるのだろう。才能はそれほどあるように思えなかったが、それでも彼女は笑顔で料理を作っている。
ニコリスと似ているミュア。エルニースやアノールドのような料理の才は無いが、それでも料理を楽しいと思い作り続ける少女。
ただ違うことといえば、ニコリスは盲目的に姉であるエルニースの背中を追い続けてしまったということだ。エルニースはそれを可愛いと思っていたが、彼女の常軌を逸したような執心ぶりに気づかなかった。
それが何よりの心残りであり、人生最大の悔やみ。
でも……ミュアのように純粋に料理を楽しみながら作れたらきっと……。
(ううん! 何を考えてるの! 私はそんなんじゃない! 私がしたいのは復讐!)
頭を振って考えを捨て去る。もう一度モニターを見つめる。物凄い観客数だ。世界一の料理人を決めるのだから当然……かもしれない。
エルニースは覚悟を決めた表情を浮かべ、控室から出る。……すると。
「……え?」
通路に立っていた者を見て息を呑む。
「……久しぶりね、エルニース」
「おば……あ……ちゃん……っ!」
そこにいたのは、母が死んでから世話になっていた祖母のクランだった。
クランは昔と変わらない優しい微笑みを向けてくれている。
「ずいぶん懐かしいね。でも元気そうで良かったよ」
ニコリスが心を失ってから、エルニースはすぐに旅に出た。料理の修業をするために。そこから今まで一度も会っていなかったのだ。
「な……ぜ……!」
「何故ってことはないだろう? 可愛い孫が世界一に挑戦しているんだから、応援しにくるのは当然だよ」
「……おばあちゃん……」
「……あの子のことはお前のせいじゃないよ」
「っ!?」
「一緒に住んでいたのに、あの子の苦しみに気付いてやれなかったのは私やお爺さんも同じだよ」
「…………」
「そんな辛そうな顔をしてたんだね、お前は」
「……だって……当然でしょ?」
ついクランを睨みつけてしまう。
「私のせいでニコリスは心を壊してしまったんだからっ! しかもあの子を私から奪ったのは、ずっと好きだった料理なんだよ!」
「……だけど、お前がそんな辛そうに料理を作る姿を見て、ニコリスは嬉しいと思うかい?」
「っ!? ……それでも、私は勝つしかないの」
「……変わった、と思ったけど、やっぱり変わってないね、お前は」
「え?」
どういうことだろうか。昔とはまったく違う自分になっているはずなのに。
「お前の芯はとっても妹思いで優しいよ」
「そ、そんなこと……ない」
「ううん。……悪かったね。本当なら私たちがお前を支えてやらないといけなかったのに」
「違う! 私には支えなんていらないっ! 私はもう……そんなもの必要……ないから」
「……人は一人じゃ生きていけないんだよ」
「………………話はそれだけ?」
これ以上、クランと話していると、自分の何かが揺さぶれると思い一刻も早くこの場を去りたい気持ちでいっぱいだった。
「…………一つだけ言っておくことがあるよ」
「……何?」
「……あの子もこの会場のどこかにいるからね」
「っ!?」
衝撃の告白。
「…………ニコリスが……!」
クランは軽く頷くと踵を返す。そしてそのまま背中を向けながら喋る。
「見ているよ。お前が見せてくれる料理(闘い)をね」
それだけ言うと、彼女がそこから去って行った。
※
この【イデア】に住まう者たちが注目する《イデアコック王決定戦》。いよいよ本日をもって、世界一の料理人――《コック王》が決定する。
その瞬間を目にしようと、会場はすでに満員。急遽会場の外にも設置したモニター周りには、会場に入れない観客たちでひしめき合っている。
まだ始まってもいないというのに、会場の熱気は凄まじい。日色もまた、審査員席に座りながら、周囲の観客たちの圧力に感嘆していた。
「さすがは史上初の大会だな。これほど盛り上がるとは予想外だ」
「フン、当然だ! このワタシと貴様が企画したものなのだからな! 人気が出ないわけがない!」
昔なら自分だけが功労者だと言うリリィンだったが、そこに日色の名を加えるとは、少しは丸くなったのだろうか。まあ、これが丸くなるという意味かどうかはさておいて。
「でも本当に楽しみね。だって今から行うのは、多くの参加者たちから選び抜かれたたった二組だもの」
「陛下の言う通り、誰もが世紀の瞬間を心待ちにしているということだ」
【魔国・ハーオス】の国王イヴェアムも、楽しそうに周りを見回しており、アクウィナスは威風堂々といった感じで静かに佇んでいる。
「人間代表としては、残った二組に人間がいねえってのは残念だったけどな」
「確かにそうじゃのう。しかし両者ともども、結果を気にせず頑張ってもらいたいわい」
【人間国・ランカース】の国王であるジュドムにとっては、やはり決勝戦に人間が上がってきてほしかったのだろう。彼の隣にいるテンドクはあまり勝負にはこだわっていないようだ。
「そんなことを言うが、『精霊族』など誰も参加しておらんしのう」
「ふふふ、我々『精霊族』はあまり料理などはしませんからね」
軽く肩を竦める『精霊王』のホオズキと、見惚れる程に綺麗な微笑を浮かべる『妖精女王』のニンニアッホ。
「ララシーク、君としてはアノールドに勝ってもらいたいんじゃないかな?」
「いえいえ、あのバカ弟子がここまでこれたことが奇跡ですから。しかも相手は期待の新星。その実力は圧倒的ですから、負けても不思議じゃありませんね」
【獣王国・パシオン】の国王であるレッグルスは、ララシークの発言に対して苦笑を浮かべている。
それぞれの代表者が口々に感想を述べていると、一つ銅鑼が大きく鳴った。
開始前の合図である。全員の視線が一点に集中していく。
「――皆様、本日はこの暑い中、会場へ足をお運びくださり誠にありがとうございます! 本日、いよいよ《イデアコック王決定戦》の決勝戦が開催されます!」
シウバの声が会場中に響き、観客たちも歓声によってそれに応えている。
「ではさっそく、今大会の主役をご紹介致しましょう! あちらの扉にご注目くださいっ!」
シウバが視線を促す先にある赤く塗られた扉がゆっくりと開く。
「予選、本選と、まだ十九歳という若さにも関わらずに対戦者を圧倒し続けて勝ってきた天才美少女料理人! エルニース・フロムティア選手の登場ですっ!」
赤い扉の奥から姿を現すエルニース。これまでと同様に無表情を保ちながら会場にある調理台まで歩いてくる。
「次はあちらの扉をご覧ください!」
赤い扉とはちょうど反対側に位置するのは、青い扉である。それがゆっくりと開いていく。
「見た目からは想像もできないほど豊富な料理の知識を有し、作る料理のレパートリーは膨大! 鉄人料理人! アノールド・オーシャン選手と、その小さな身体に秘められた強い意志の力でアノールド選手を支え続けてきた美少女サポーターのミュア・カストレイア選手の登場ですっ!」
エルニースと同じように、扉の奥からアノールドとミュアが出てきた。二人とも緊張は感じられるが、どことなく楽しそうな雰囲気を醸し出している。
日色はチラリとエルニースを見ると、彼女はアノールドたちに気を向けずに、調理台にある自分の調理器具を広げていた。
(対戦相手にまるで興味を向けない……か。やはり根は深いようだな)
実は昨日の夜に、ミュアからエルニースのことを教えられていた日色。もちろんどのような理由があれ、審査に私情を加えたりはしない。
ただ日色は、美味いと思ったものに票を入れるだけだ。
二組が自分の調理台にてスタンバイした後、シウバから決勝戦の説明がされる。
「まずはあちらの舞台をご覧ください!」
昨日までにはなかった舞台が設置されてあり、舞台の上には、大きなシートで隠されている何かが置かれてある。運営係の女性たちが、一気にシートを剥がす。
そこから現れたのは数々の食材である。肉、野菜、魚、果物などなど、どのジャンルの料理でも作れるように用意されていた。
「決勝戦はあちらに用意されてある食材を使って頂きます! そして! 決勝戦に相応しい勝負方法が設定されております!」
今回はカードで決めるというルールではないらしい。
すると舞台の下から、食材と同じようにシートを被せられた何かが競り上がってきた。
シウバが運営係の者たちと視線を交わし互いに頷き合うと同時に、シートが剥がされる。
「勝負方法は“テーマ料理”っ! そのお題は――っ!」
ババンッと、もし効果音をつけるとしたらそれだろう。シートの中から現れたのは、大きな立て看板のようなもので、そこにはデカデカと文字が刻まれてあった。
――“幸福”――
「読んで字のごとく、テーマは“幸福”ですっ!」
日色は見た。テーマを見た瞬間に、エルニースの表情が強張ったのを。すぐに彼女は元の無感動な顔に戻したが、明らかに動揺した様子を見せた。
(“幸福”……か。今のアイツにとって、それは最も遠いものなのかもしれないな)
エルニースの過去を聞いた日色はそう判断する。料理を憎んでいる彼女が、果たしてこのテーマに沿った料理を作れるのかどうか……。
まあ単純に美味いものを作れば、人は幸せを感じる。少なくとも日色はそうだ。しかし、今まで恐らく彼女は幸せを与えようと意識して料理は作ってきていなかっただろう。
今大会、初めてそれを意識して作る必要がある。この数日で彼女にもいろいろ劇的なことが起こったはず。
(心を揺るがすような出来事があって、自分の信念が揺らいだままの今のアイツに、このテーマは厳しいだろうな)
逆にアノールドたちはテーマを見て俄然やる気を見せている。
(まあ、何だかんだいってもここに立っている以上はもう逃げられない。あとはじっくり、二組の答えを見せてもらうだけだ)
日色は視線を彼女からシウバへと移す。
「お二組とも、準備はよろしいですか?」
シウバの質問に、アノールドたちは頷いて答える。
「制限時間は二時間です! 作る料理は何品でも構いません! テーマである“幸福”に相応しい料理を全力で作り上げてください!」
今か今かと会場中が、開始の合図を待っている。シウバが大きく息を吸い、そして……。
「それではっ、《イデアコック王決定戦》の決勝戦っ! 始めてくださいっ!」
盛大に銅鑼が大きく鳴り響いた。




