258:イデアコック王決定戦1
“アウルム大祭”の初日の観客動員数は、五十万人を超えたという記録が打ちつけられた。これはまさに大成功といえる快挙である。
夜、主催者であるリリィンも、満足のいく結果にずっと頬を緩めながら風呂でゆっくりと一日の疲れを癒していた。
「ふぅ~、まさか初日でこれほどの客が集まるとは。まだ祭りは始まったばかり。しかも明日からは特大イベントの一つ――《イデアコック王決定戦》が開かれる。観客はさらに増えるはずだ。そうなれば今の倍、いや、数倍以上の観客が集まってくるはずだ」
思わず笑みが零れ出る。それと同時に、やはり夢を追いかけて良かったという思いが募った。これまでの戦争の歴史から、どう考えても他種族同士が手を取り合うことなどできないと思っていたが、自分がこうして生きている間に奇跡の光景を拝めていることがまだ信じられない。
「それもこれも、ヒイロのお陰……か」
日色が種族同士の架け橋的存在になり得たからこその結果だと思う。彼が力を貸してくれたから、レオウードとの交渉も上手くいったし、各国にパイプも繋げられた。
そしてこうやって【太陽の色】を形にすることができたのだ。日色には感謝してもし切れない。
「お嬢様、お背中お流し致しますですぅ」
「む? そうか、なら頼むぞ、シャモエ」
従者のシャモエが身体にタオルを巻きつけた状態で言ってきた。浴槽から出て風呂用の椅子に腰を下ろす。背後にシャモエが付いて、髪と身体を洗ってくれる。
「本日はお疲れ様でした、お嬢様」
「うむ。シャモエもよく働いてくれた」
「もったいないお言葉です~!」
「明日は大会だ、貴様も存分に楽しむがいい」
「はい! ところでお嬢様はどなたが優勝なさるとお思いですか?」
「難しい質問だな。心情的には、魔王城にいた時に世話になっていたムースンや、顔に似合わず美味い料理を作るアノールドあたりに頑張ってもらいたいと思うがな」
「お二人とも、とっても美味しいお料理を作られますからね」
「だが世界は広い。奴らを超える料理人がいてもおかしくはない。料理大会は三日に分けて行われる。予選くらいはムースンたちも勝ち上がってほしいものだな」
「ですね。あ、そういえばシウバ様は出られないのでしょうか?」
シャモエが「お湯を流しますです」と言って、髪についた泡を流し落としていく。
「アイツは競うことに興味がないからな」
「確かに、名誉とか地位とかいらないって人ですもんね。ほしいものは……お嬢様の愛?」
「……ほほう、言うようになったな、シャモエ?」
「ふぇ? はぅっ!?」
リリィンは素早く彼女の背後へ周り、その胸に備わっているたわわに実った二つの果実を揉みしだく。
「ふぇぇぇぇぇっ!?」
「ええい! 何故男というものはこんな脂肪の塊に夢中なのだ! こうしてやるこうしてやる!」
シャモエの胸が、リリィンの手によってグニグニとあらゆる形へと変化する。
(こ、こんなに柔らかいとは――っ!?)
それは一言でいえば、決して崩れないプリンを揉んでいる感じとでもいおうか。
「あっ、うっ、ダ、ダメですぅ……っ、そんなとこぉ、ううんっ!」
「さっきから何してるんですかぁーっ!」
リリィンがシャモエの凶悪過ぎる双子山で遊んでいた時、怒鳴り声を上げてきたのは日色の従者になっているランコニスである。
「うるさい! 貧乳には用はないぞ!」
「ひ、貧乳とは何事ですか! わ、私だってそれなりにあるんです! というか、どう見たってリリィンさんの方が小さいですから!」
「な、何だと……っ」
リリィンはシャモエの胸から手を離して自分とランコニスの胸を見比べる。
「…………そんなに変わらんだろ!」
「いいえ、私の方が若干大きいです!」
「いや、ワタシの方が形、弾力ともに勝っておるわ!」
「そんなことありません! ちみっこのリリィンさんに私が負けるわけないじゃないですか!」
女の戦いは強烈である。一度火がついてしまった以上、互いに引かず睨み合っている状況……。そんな中、風呂場に入ってきた者がいた。
「おお~! おっふろですぞぉぉ~!」
「まってよぉ、ニッキ~!」
ニッキとミカヅキである。
「むむむ、リリィン殿とランコニス殿ではないですかな! どうされましたかな?」
ニッキがニカッとしながら胸を張って見つめてくる。リリィンたちの視線が彼女の胸元へと向かう。
確かにニッキの口調は女の子らしくはないが、彼女ももう十三歳になっており、徐々に女性らしい身体つきにもなってきているのだ。
しかもニッキは発育が良いのか、明らかに大人なリリィンたちよりも大きいものを携えている。
リリィンたちの熱が一気に冷めて、表情がどんよりと曇る。
「くっ……あんなガキにまで負けたというのか……っ」
「あれでまだ成長途中……神は私たちを見捨てたのでしょうか……っ」
二人が膝をついて嘆いている姿を見て、ニッキはコクンと首を傾げていた。
ミカヅキはというと、のぼせ上がったように床に寝転び息を乱しているシャモエに近づく。
「ど~したの、シャモエちゃん?」
「はふぅ……お嬢様ぁ…………激しいですぅ……!」
シャモエは正気を失っているかのように目を回していた。
それから慌ててリリィンが、彼女を介抱して、少しやり過ぎたと反省することになった。
翌日、空に大きな花火が上がり、【太陽の色】に集った観客たちは大いに賑わいを見せる。
それもそのはず。これから“アウルム大祭”の目玉――《イデアコック王決定戦》が開かれるのだから。
巨大なドーム会場にて、設置された審査員席に座っている日色が、ドームにいる観客たちを見る。
「これはまた凄い動員数だな」
空席など一つもなく、立ち見客もいるほどの盛り上がり。
(東京ドームよりも規模が大きいのに、満員を超えるか……凄いもんだ)
それだけ此度の大会が楽しみなのだろう。
「さあ、盛り上がって参りましたぁぁぁっ!」
突然マイクを片手に、ドームいっぱいに声を張り上げる男がいた。その名は変態執事シウバ。
(アイツ、あんな役目を引き受けてたのか……)
ノリノリで喋り倒しているシウバに呆れながらも、確かに要領の良い彼ならば上手い進行もできるだろうと、リリィンの采配にも納得した。
「本日は集まり頂き、まことに恐悦至極にございます! いよいよ待ちに待った大会が開催されようとしています! その名も――《イデアコック王決定戦》っ!」
シウバの宣言に応えるように、観客たちの歓声が飛び交う。
「では、此度の大会のルールについてご説明致しましょう! あちらをご覧くださいませ!」
そう言って彼が指を差した方向には、天井から吊り下ろされている幾つものモニターがあり、周囲を覆う観客たちが一斉にモニターを見上げる。
(あんなもんまで作れるとは、さすがは【パシオン】の頭脳と呼ばれたグルグル眼鏡だな)
グルグル眼鏡とは、ユーヒット・ファンナルのことである。彼の技術力は、魔法科学と今は呼ばれており、様々な魔法の力を宿した便利な道具を作り出していた。
その一つがあのモニターであり、簡単にいえばテレビのようなもので映像を映し出すことが可能。
そのモニターには、分かり易く図と文字が浮かび上がっている。
「《イデアコック王決定戦》は予選、本選、決勝とそれぞれ一日ずつかけ、三日に分けて行われます! 初日の予選では参加者をふるいにかけ、本選出場者八名を選ばさせて頂きます! 二日目ではその八名で本選を戦っていき、上位二組を選出。そして最後の三日目にて、《イデアコック王》を決めさせて頂くという流れになっております!」
シウバの説明に沿って、モニターに映し出される映像が変わるので観ている者にも分かり易くなっていた。
「本日の予選に集まって頂いた料理人は、合計――3921名っ! 料理人はサポート役として一人を供にすることが許可されております! 中にはもちろん一人で参加してらっしゃる方もございます! さあ、それでは予選の内容についてご説明させて頂きましょう!」
そうするとモニターがある場所を映し出した。
そこは人間界、獣人界、魔界とそれぞれ三大陸が映し出されている。
「参加者の皆様には、事前にクジを引いてもらい、主催者側が用意した場所で待機して頂いています。そこで、食材を自らが取って制限時間内に、《トランスポーター》を利用して、この会場に戻って来てもらい、調理をして頂きます」
ちなみに《トランスポーター》とは、ユーヒットとその妹であるララシークを筆頭に、各国の研究者たちが合同で開発した転移装置のこと。
「良い食材と出会えるというのも優秀な料理人の才能。中には危険な魔物もおりますが、そのためのサポート役でもあります!」
つまりサポート役には、魔物などを倒せる強さを持った者を選ぶこともできるということだ。
(つまり、調理の腕だけじゃなく、食材の目利きやパートナー選びも重要になるってことか)
これは面白い大会になりそうだと日色は思った。
「こちらが用意させて頂いた三つの場所。人間界からは――【宝玉の湖】。獣人界からは――【白雨の密林】。魔界からは――【翡翠竜の丘】。そこに今、参加者たちは顔を並べております!」
アノールドたちは一体どこにいるのか、とモニターを見ていると、パッと移ったモニターにアノールドとミュアの姿が映し出された。
「ふむ、どうやらミュアたちは【白雨の密林】のようだな」
日色が座っている審査員席の隣に腰を下ろしているリリィンも、アノールドたちを見つけたようだ。
「獣人界を引き当てるとは、思ったよりくじ運が良かったんじゃないか」
リリィンの言う通り、アノールドたちは獣人であり、獣人界がホームといえばホームなので、動き易さや情報などを加味すると幸運だったのかもしれない。
「予選では制限時間が設けられております! 調理も含めて三時間! 三時間が参加者たちにたくされた生命線なのでございます! 時間内に食材を手に入れ、料理を完成させないと、失格となりますのでお気を付けくださいっ!」
どんな料理を作るかは人それぞれだが、やはり調理には時間をかけたいところだろう。食材確保をどれだけ早く行えるかが勝負の分かれ目になるかもしれない。
「さて、準備はよろしいでございますかっ! あの大時計の長針が天を差した瞬間から、《イデアコック王決定戦》の予選がスタートされますっ!」
シウバが指を差すのはこれまたモニターと同じように吊るされている丸い大時計である。
この場にいる者全員が息を呑みながら、開始の合図をジッと待つ。
そして――長針が天を――突いた。
「――第一回《イデアコック王決定戦》予選の開始ですっ!」
シウバの高らかな宣言と同時に会場は湧き、モニターの中で待機していた参加者たちが一斉に動き出した。
※
――【白雨の密林】。
広大なジャングルが広がる大地。一度入って迷ってしまえば脱出するのは至難の業と言われており、冒険者でも迂闊に足を踏み入れない危険地帯でもある。
「よっしゃ! 行くぞ、ミュア!」
「うん! 絶対勝とうね、おじさん!」
アノールドたちは、日色と冒険していた頃のように、しっかりと武装を施している。
「ここは食材の宝庫って呼ばれてるけど、魔物もそれなりにいるからな。戦える準備は常に必要だ」
「食材になるような魔物だっているしね。でもおじさん、どんな食材をゲットしようとしてるの?」
「そうだな。この【白雨の密林】は、俺も来たことがねえ。けど情報はある。何たって獣人界――ホームなんだからよ」
遠くの方で誰かの悲鳴や、戦っているような音がこだましてくる。他の参加者たちも奮闘しているようだ。
「ここで有名な食材は《ローズプラム》とか《陸海老》だろ、それに《シェル茸》、あと地中深くに埋まってる《ホワイトウモロコシ》何かもあるな」
「さすがは食材の宝庫だけあっていろいろあるね。どの食材を狙うの?」
「この時期、旬なのは《ローズプラム》と《ホワイトウモロコシ》なんだが……」
「じゃあそれを?」
「いんや、今挙げた食材は狙わねえ」
「え? それじゃ何を……」
「実はな、もう一つこの時期にしか食べられねえ食材があるんだ。それはこのジャングルでしか手に入れることができねえ、密林の名前にもなってる――《白雨》だ!」
ミュアは眉を僅かにひそめ、
「《白雨》って……食材だったの?」
「ああ、その名の通り、このジャングルには雪みてえに真っ白に染まった雨が降りやがる。その雨はある特殊な方法を使って採取すりゃ、良い食材として使用することができんだよ」
「おじさんさすがだね! そんなこと全然知らなかったよ!」
「ナハハハハハ! もっと褒めてもいいんだぜ!」
完全に有頂天になっているアノールドだが、すぐに表情を引き締め直すと、
「けど問題もある」
「問題?」
「雨だからな。こればっかりは運任せだ。一応空は雲が覆ってるから、状況はバッチリなんだが、時間内に雨が降るかどうかはまさに神のみぞ知るってやつだ」
「そっか。それじゃそれまではどうしてるの?」
「もちろん他の食材をゲットに動くぜ。《白雨》だけじゃ心許ねえしな」
「分かった! わたしも頑張るからね!」
「おうよ! んじゃ、まずはある樹を探すぜ」
「樹? どんな樹?」
「《白雨》によって真っ白に染め上げられた、別名《食べられる樹》って言われてる――《白衣樹》だ」
※
日色はモニターを見上げながらアノールドたちだけでなく、他の参加者たちも観察していた。
中には冒険者のような屈強な者たちもおり、それぞれがパートナーである料理人を守りながら食材を探している。
「ねえ、ヒイロ。注目してる参加者はいる? あ、アノールドたちを抜いてだけど」
審査員席のテーブルから少し身を乗り出して聞いてきたのは、【魔国・ハーオス】の魔王イヴェアムである。
「オッサンたち以外だと、やはりお前お抱えのコック長だろうな」
「ムースンのことね」
「ああ、アイツの料理にはオレも世話になってたしな」
アノールドが作る料理も美味しいが、ムースンの料理もまた甲乙つけがたい。ムースンはどちらかというと繊細でユニークな調理法を得意としていて、目でも楽しませてくれる料理人なのだ。
「そういえば、アイツは一人で参加してるのか?」
「ううん、ちゃんとパートナーを選んでいたわよ」
「ほう、誰だ?」
「ほら、あそこ見て」
イヴェアムがモニターを指差すと、そこにはムースンが歩く姿が映し出されていた。またその隣には――。
「なるほどな。確かに何かを探すパートナーとしては超一流どころだな」
そこには《魔王直属護衛隊》の《序列三位》に位置するテッケイル・シザーの姿があった。彼は諜報係としての任に昔から就いており、その情報収集能力は驚嘆に値する正確さを有する。
それは彼の魔法によるものが大きいのだが、確かに彼の力を使えば、知らない土地でもすぐに情報を集められ、食材も見つけることができるだろう。
「アイツらは……どうやら【宝玉の湖】にいるみたいだな」
「ええ、きっとムースンたちなら勝ち上がってくるはずよ。楽しみにしててね」
イヴェアムも自信ありといった様子だ。あのコンビならば彼女の言う通り勝ち進んでくるだろうことは日色も確信に近いものを感じている。
その時、観客席から「おお~っ!」という歓声が聞こえた。反射的に日色も彼らの視線の先を追う。モニターは【翡翠竜の丘】を映していた。
「お、ありゃ《火吹き包丁》のバンデルじゃねえか!」
審査員席から声がしたと思ったら、【人間国・ランカース】の人間王ジュドムである。
「知っているのか、ジュドム?」
訪ねたのはイヴェアムの隣に位置取っているアクウィナスである。
「まあな。人間界の【フレントア】ってところに、“バーニング亭”って店があってよ」
「おお、ワタシも聞いたことあるぜ。確か火を扱わせたら右に出る者はいないとまで言われた孤高の料理人が開いてる店だったな」
日色と同じく審査員のララシークの話を受けて、彼女の隣に座っている【獣王国・パシオン】の獣王レッグルスが喋る。
「ララシークの言う通り、私も聞いたことがあります。何でも彼自らが造り上げた包丁を使って調理していると。しかもバンデルは決して弟子をとらず、店も一人で切り盛りしているらしいですね」
「ああ。けど腕は確かだぜ。店には連日、長蛇の列ができてるらしいからな。俺も一度、奴の作った料理を食べたことが、それはもう絶品だった。元々奴は冒険者でもあったしな、こういう大会でも問題なく勝ち上がってくるだろうよ。お、見ろよ。奴の前に翡翠竜が現れたぜ!」
ジュドムの言うように、モニターには、宝石の翡翠のように美しい色を宿した衣で覆われた巨大なドラゴンが現れている。
他の参加者たちは、突然の翡翠竜の出現に戸惑い逃げ回っているが、バンデルは両手に包丁を持つと、臆することなく近づいて行く。
翡翠竜も逃げずに向かってくるバンデルに警戒し身構えている。
(……翡翠竜はSランクの魔物だ。個人が相手するのはかなりの強さが必要だが、さて……)
そう思い、日色は『覗』の文字を使ってバンデルの《ステータス》を覗いた。
(ほう、レベル71か。冒険者にしてはかなり高い方だな)
ランクとしてSランクを超えているはず。あとは腕が鈍っていないかだが。
翡翠竜と対面しているバンデルが素早い動きで距離を詰めていく。翡翠竜が向かいうち、鼻から息の塊――ブレスを放出。
ブレスを受けたバンデルは、歯を食いしばりながらも吹き飛ばされないようにジリジリと前へと進んでいく。
「ぬおぉぉぉぉぉぉっ!」
バンデルが持つ二本の包丁が、まるで火を噴いたように火炎が放出された。炎が巨大な包丁のように変化したと思ったら、それを素早く振りブレスを斬り裂く。
「――獲物よ、もらうぞ」
バンデルが静かに言葉を口にすると、二本の火炎包丁をクロスに斬った。×印の炎の斬撃が放たれ、真っ直ぐ翡翠竜へと迫っていく。
「……フン、甘いな」
日色の隣で同じくモニターに映し出されていたバンデルを見ていたリリィンが楽しげに呟く。同時に、バンデルから放たれた斬撃により、討伐されるかもと思った翡翠竜が奇妙な形へと変化した。
ダンゴ虫のように丸まり、翡翠色の鱗が見た目にも分かり易く硬質化していく。すると斬撃が防御態勢を整えた翡翠流に弾かれた。
当然バンデルは驚愕の表情を浮かべている。今ので倒せると思っていたのだろう。
「翡翠竜の特徴は決して攻撃力なんかではない。元々は臆病な性格の魔物だからな。ああやって身を守る術の方が長けているのだ」
リリィンの説明を受けてなるほどと思った。
「あの防御力を打ち崩すのは容易じゃないってことだな」
「そうだ。貴様のように防御力自体を無力化させるような魔法など持ち合わせていないだろうしな。単純にあの防御力を上回る攻撃が――」
その時、モニターに誰もが釘付けになるような光景が映し出された。突然ダンゴ虫状態になった翡翠竜の身体に天から地へ切り込みが走ったのだ。
それはまるでスイカでも切ったかのように、翡翠竜の身体も真っ二つに切断された。
誰もが突然のことで息を呑んでいる。リリィンも話を中断してモニターに見入っていた。
そしてその光景を作り上げた者の存在。それはちょうどバンデルと対面していた翡翠竜の背後に立っていた。
「――――目標、駆逐。任務、完了」
翡翠竜の鱗にも負けない美しい翠色をした髪を、団子状に纏めている美少女。歳の頃は日色とそう変わらないように見え、耳が尖っており、褐色の肌をしていることから『魔族』であることは分かった。
またチャイナドレスのようなスリットがある赤色の服を着込んでいて、その手には鎖鎌が握られていた。
(まさかあんな武器で翡翠竜を真っ二つにしたってのか?)
とてもそんなことができるような大層な武器には見えなかった。しかし彼女が翡翠竜を討伐したのは間違いない。
日色は彼女の《ステータス》を調べてみた。
エルニース・フロムティア
Lv 65
HP 1638/1640 MP 1730/1850
EXP 302241 NEXT 12457
ATK 401(471) DEF 328(340)
AGI 530(545) HIT 315(320)
INT 389(400)
《魔法属性》 無
《魔法》 切断魔法(壱断メ解放・弐断メ解放・参断メ解放・同時発動解放)
《称号》 料理バカ・静寂の料理人・無感動少女・切り裂きガール・巨乳の品格・ゲテモノ好き・ユニーク殺し・モンスター殺し・グルメ少女・マイペース・放浪者
(レベルもそれなりに高いし、まさかユニーク魔法の使い手だったとはな……。《切断魔法》――これを使って文字通り真っ二つにしたってことなんだろうな)
それにしても、と佇む姿から品格すら感じるエルニースに注目していると、隣で不機嫌そうに何かをブツブツ言っているリリィンに気づく。
「ちィ……何だあの脂肪の塊は……! 何故どいつもこいつも無駄にデカイのだ。あんなもの、邪魔にしかならんというのに……ええい、イライラする」
小声過ぎてよく聞き取れなかったが、何故か異様な殺気も感じるので、あまり干渉してはいけないと本能で悟り、そっとしておくことにした。
エルニースは、寸断した翡翠竜の身体を、手に持った鎖鎌で解体し始める。一つ一つの動きに可憐さがあり、一切無駄のない洗練された鎖鎌捌きで瞬く間に解体をする彼女に、その場にいる参加者含め、観客もまた目を奪われていた。
「素晴らしい手際だな、彼女は」
沈黙の中でイヴェアムが口を動かす。
「翡翠竜というのは、食べられる部位は少ないとムースンに聞いたことがある。ただ個体で、その部位が変化する非常に見極めが難しいらしい」
「俺も聞いたことがある。全体からして、食べられる部位は一割にも満たない程度。また、解体する時には手順というものがあり、それを間違えれば、食べられる部位すらも食べられなくなるという不可思議な存在でもある」
イヴェアムの隣に座っているアクウィナスが補足説明をし、さらにイヴェアムが引き継ぐ。
「そうね。けど彼女は眉一つ動かさずに冷静に解体しているわ。多分解体手順も知り尽くしているのね」
確かにエルニースは迷いなく解体作業をしている。そして、翡翠竜のある部位を解体し終わると、それを手にして、無表情のままそこから立ち去ろうとした。
「あいや、待たれい!」
去ろうとする彼女を引きとめたのは、バンデルだ。険しい顔つきになっている。獲物を横取りされたのが悔しいのかもしれない。
この大会は参加者同士が傷つけ合うのはご法度。そのようなことをする者は即刻失格となるが……。
無感情に呼び止めたバンデルを見続けるエルニースに対し、バンデルはジッといかつい顔で睨みつけている。これは一悶着あるかなと日色が思った矢先、バンデルが頬を緩めた。
「カハハハハハ! やられたわ! まさかお主のような若人に獲物を取られるとはな!」
周りの者たちも、いきなり笑い出したバンデルに対しキョトンとしている。
「時代は確実に移り変わっておるということか。このような世代が出てきたとあっては、料理の世界はまだまだ先があるということ。しかし、私もまだまだ先へ行けると確信しておる」
「…………」
「お主、名を聞かせてはもらえぬか?」
「…………ナンパ?」
「カハハハハハ! 私の半分も生きておらぬ娘を籠絡しようとはせぬよ! ただの興味だ。優秀な若き料理人の名を刻みつけておこうと思ってな」
「…………エルニース」
「ほう、エルニースか。良い名だ。私はバンデル・グロウリーだ。この大会、お主と再び相見えることを楽しみにしておこう! カハハハハハハ!」
豪快に笑いながらその場を去って行くバンデル。エルニースも、何事もなかったかのように踵を返してどこかへと消えた。
あとに残された者たちもまた、自分たちのやるべきことに気づいて慌てて獲物を見つけに走っていく。
※
一方、【白雨の密林】にて、アノールドとミュアは、ある一本の樹の前に立っていた。
「ようやく見つけたぜ! まだ雨が降る前で良かったな!」
「この樹がおじさんが探してた樹なの?」
「そうさ! これが――《白衣樹》だ!」
その名の通り、全身を白衣で覆ったかのように真っ白に染まり上がった大樹。葉も枝もすべてが白に包まれている奇妙な樹だが、アノールドはこの樹を探し続けていたのだ。
「ほれ見ろ、ミュア。あの木の実を」
「へ……あ、おっきいね」
密集している木の葉に隠れるようにして、ひょうたん型の木の実が成っている。ミュアの見解通り、とても大きくて全長は五十センチくらいあるのだ。
「まずはあの木の実を捕獲だ。けどその前に……!」
アノールドがゆっくりと振り向く。すると木々の隙間からぞろぞろとゴブリン型の魔物が姿を現した。
「気をつけろよ、ミュア。奴らは一角ゴブリンだ。角攻撃は強力だぜ」
「うん。でもランクも確かBくらいだったよね。だったら今のわたしたちなら問題ないよ!」
二人を取り囲った一角ゴブリンたちが、ジリジリと間を詰めてくる。すでにアノールドも背中の大剣を抜き、ミュアも腰に携帯していた、チャクラムの《紅円》を手にしている。
一角ゴブリンの口から垂れる涎が、ポタリと地面に落下したと同時に、それをきっかけにしてか、一斉に大地を蹴り出し襲い掛かってきた。
「行くぜっ! 《風の牙》っ!」
風を纏った大剣を薙ぎ払うようにして振るうアノールド。鎌鼬のように、斬撃が飛び一角ゴブリンたちを切り刻みながら弾き飛ばしていく。
「こっちも行くよ! 《雷の牙》っ!」
ミュアが二つの《紅円》を投げた。帯電状態で弧を描きながら跳び上がって襲いかかってくる一角ゴブリンの身体を寸断していく。
アノールドたちの強さに一角ゴブリンたちは一所に集まって警戒度を高める。
「さあ、どうしたぁ! もう終わりか!」
すると一角ゴブリンたちの角が眩く光り輝き始め、それに伴って彼らの身体も発光する。そして次々と一角ゴブリンたちの身体が融合していき――。
「――っ!? おいおい、そんなこともできんのかよぉ」
アノールドが眼にした光景、それは巨大な一角ゴブリンの誕生である。
「ずいぶん大きくなったね……」
「そうだな。デブゴブリンとでも名付けようか」
そのデブゴブリンが二人に向かって突進してくる。
「ちっ、離れてろミュア!」
「おじさん!」
「さあ、出番だぜ! ブルゥッ!」
アノールドの頭上の空間に亀裂が入り、そこからガラスを割るような音とともに青毛の獣が姿を露わした。
「うし! ブルゥ! 力を貸してくれや!」
「……あ? んなもんめんどくせーからヤだ」
「はあ!? お、お前な、この状況見て文句言えよな!」
「うっせ。こちとら昼寝してたってのに、このアホールド」
「誰がアホールドだっ!」
「おじさん! 避けてっ!」
「「へ?」」
デブゴブリンの剛腕がハンマーのようにアノールドとブルゥに向けて振り下ろされる。
「「のわぁぁぁぁぁっ!?」」
仲が良いのか悪いのか、二人は互いに同じ方向に跳んでその場から脱出した。
「あ、あっぶねぇ……っ」
「ちっ、おいこらアホールド、あのデブは一体何だ?」
「だからアホールド言うな! アイツを倒すためにお前を呼んだんだよ!」
「はあ? あの程度ならお前一人でも倒せるだろうが! 必要以上に俺を呼ぶなボケ!」
「うっせえな! せっかく呼んでやったんだから力を貸せや、このクソ犬が!」
「ちょ、もう二人とも! そんなことしてる場合じゃないってばぁ!」
ミュアの言う通り、今は戦闘中である。当然敵であるデブゴブリンは待っていてはくれない。アノールドたちに向かって再度近づき攻撃を繰り出してくる。
「ちっ、ウゼェなデブめ。こちとら寝起きで機嫌悪いんだよっ!」
ブルゥの体毛が逆立ち、彼を中心に強風が発生し始める。口を開けると、その口へと風が一気に集束していき、塊を形成。
「――――《風斬り玉》っ!」
ブルゥから放たれた風の塊が、デブゴブリンの腹へと命中し、ズズズズズと体内へ侵入していく。身体の中に入った塊が一気に弾けると、凄まじい刃の群れとなって体内からデブゴブリンを切り刻む。
「グギャルァァァァァァァァアアアアアアッ!?」
強烈な悲鳴を上げながら、身体を中から細切れにされていき、やがて絶命した。
「けっ、このブルゥ様を舐めんなよ。おい、アホールド、もう呼ぶなよボケ」
「アホかボケかどっちかにしろよ!」
ブルゥが鼻で笑うと、再び現れた空間の亀裂の中へと姿を消していった。
「あのクソ犬め。俺が主人だってのに言うことをまったく聞かねえ」
「はは、で、でもモンスターは倒したよ! 今の内に木の実を取ろう!」
「そうだな、そうするか」
そう言って、アノールドが《白衣樹》に上って、ひょうたん型の木の実を取って、地上に下りてくる。
同時アノールドの頬にポタリと冷たいものが落ちた。
「お! ベストタイミングだな!」
空からポツポツと雨が降り始めた。
「わぁ~、ほんとに白い雨なんだねぇ~!」
ミュアが身体に付着する雨の色を見ながら感嘆している。
「この《白雨》はな、このままじゃ普通の雨と何ら変わりねえ。けど!」
取った木の実を縦に半分切断する。中身はほとんどが空洞になっており、普通のひょうたんのように思われた。
「こうやってコイツの中に《白雨》を注ぎ込むとだなぁ……」
半分にした木の実を受け皿にして雨を溜めていくアノールド。
「――あっ、すごい! 何か固まってきた!?」
ミュアの驚きも無理はない。彼女の言う通り、木の実の中に溜まっていく《白雨》が、即座に固形物へと変化していくのだから。
「へへへ、すげえだろ? この雨をコイツで溜めると、こうやって固まっていくんだよ。しかもただ固まるだけじゃねえんだぜ。木の実から栄養を補給して、極上で濃厚に甘い果実に変化すんだ」
「へぇ~! おいしいの?」
「一つ食べてみ」
そう言ってアノールドが、固形化した《白雨》をミュアに渡す。彼女はまずニオイを嗅いだ。
「ん~、ニオイもフルーティな感じで甘そう」
そう言いながらパクリと舌の上に乗せると、すぐにミュアの表情がパアッと華やぐ。
「んん~っ! とっても甘くておいしいっ! 何だろう、ほんとにフルーツみたいにジューシーだよ!」
「ハハハ! んじゃ、今度は直に雨を呑んでみな」
「へ? 直って……こう?」
天を仰ぎながら口を開けるミュア。
「…………味とか分からないね」
「だろ? 普通に摂取したんじゃ、味も何もねえ、ただの雨と同格だからな。簡単に言えば、コイツは“特殊捕獲食材”ってとこだな」
「すごいよ! これならおいしい料理だって作れるね!」
「おうよ! んじゃ溜まったら、会場に戻って調理だぜ、ミュア!」
「うん!」
設置されている《トランスポーター》を使用して、審査員の日色たちがいる会場へと戻ってきたアノールドたち。
会場には幾つものキッチン台が設置されてあるので、好きな場所で調理を行うことができる。
「もう結構帰って来てる奴らがいるな」
アノールドが周囲を見渡していると、
「よぉ、アノールド」
「は? ……あっ、お前!?」
声をかけてきた男にギョッとなるアノールドだが、すぐに笑みを浮かべて、
「トルドじゃねえか! お前もやっぱり参加してたか!」
「おうよ! 料理人にとって名誉ある大会なんだぜ? 絶対参加するべきだろ!」
トルド・ノーネンス――ツンツン頭でオレンジ色の短髪。額には青いバンダナを巻いていて、頑健そうな表情をしている。歳はアノールドより少し若い。
「けど懐かしいじゃねえか! 何年ぶりだ?」
「そうだな。前に会った時はあの偉そうなガキも一緒だったよな。確か三年くらい前なんじゃねえの?」
そう、彼とはまだ人間界を日色と旅をしている時に出会った。ある街でグルメの大会が開かれており、そこで互いに鎬を削った仲だ。とはいっても、アノールドは、昔に一人で旅をしていた時にすでに出会っていたので、再会といった方が正しいだろう。
「あん時は負けちまったが、今回は勝たせてもらうぜ、アノールド」
「へんっ、前みてえに返り討ちにしてやらぁ!」
バチバチと互いに視線をぶつけ合い火花を散らしているのを見て、ミュアがオロオロしていると、彼女の目を後ろから塞いだ者がいた。
「ハ~イ、だ~れだ?」
「あわっ!? え、えっとだ、誰ですかっ!?」
ミュアは思わず力任せにその場から脱出して距離を取って、目隠しをした人物を見つめる。
「――あっ、コ、コランさんっ!?」
彼女の名は――コラン・ウィード。水色のボブカットでサバサバした感じではあるが、スタイルが良くて、透き通るような白い肌の持ち主。大きめの月色の瞳が純真さを醸し出している大人の女性である。
前に参加したグルメ大会では、今回のようにチーム戦で、トルドは彼女――コランと組んでアノールドたちと戦った。
「ふふふ、元気そうで良かったわ、ミュア。久しぶりね」
「こ、こちらこそ、お久しぶりです!」
「またあなたたちと戦えるなんて、楽しみだわ。とはいっても、私が直に戦いたかったヒイロは残念ながら向こうだけどね」
日色もまたコランの視線に気づいているようで視線を合わせているが、興味を失ったかのように、またモニターの方へ視線を戻した。
「あら、つれないわね、相変わらず」
前にトレジャーハンターである彼女は、日色を誘ったことがあるのだが、にべもなく断られているのだ。
「そういえばコランさんは、あれからもずっとトルドさんと一緒に?」
「ええ、だってこの人ったら、全然放してくれないんですもの」
「ちょっ、コランッ!」
顔を真っ赤にして動揺するトルド。アノールドがニヤニヤしながら彼に詰め寄ると、
「ほぉ~、かな~りコランに入れ込んでらっしゃるようではありませんかぁ、ねえ、トルドさん?」
「うぐっ……テ、テメエこらアノールドォ、あんま調子に乗んなよぉ?」
「いやはや、こ~んな美人のパートナーさんをお持ちのトルドさんの方がお調子に乗られておられるのではありませんかな?」
「ウゼェ! その喋り方ウゼェッ!」
「はいはい。ケンカはそこまでよ、トルド。さっさと調理に向かいなさい。他の参加者たちに先を越されるわよ?」
「おっと、そうだった! アノールドッ、絶対勝ち残れよ! テメエをタイマンで負かすのは俺なんだしなっ!」
「へんっ、それはコッチのセリフだボケッ! お前こそ、予選程度で負けんじゃねえぞ!」
二人は「「ふんっ!」」と子供のようにメンチを切ってから、互いの調理台へと向かって行く。
「ふふふ、相変わらず子供ね、二人とも」
「お、お恥ずかしい限りで……」
「男は子供心を持っている方が可愛いわよ。けど、ミュアも大分可愛らしくなったわね。もう大人の女性の仲間入りかしら?」
「そ、そそそそんなこと!」
「ん~もしかして、誰か好きな人でもできた?」
「はうっ!?」
「あら? 少しカマをかけてみただけなのに……。もしかして――ヒ・イ・ロ?」
「あうぅぅぅっ!?」
ミュアの顔が瞬間湯沸かし器状態になって、湯気を迸らせる。
「アハハハハハハ! ん~もう! 可愛いわねあなたは!」
ギュッとミュアを抱きしめるコラン。少し苦しそうに「うぷ!」と喘ぐミュアだが、悪い気はしていないようだ。
「やっぱりあなたたちは面白いわ。ヒイロも含めて、やっぱりトレジャーハンターを目指すべきよ!」
「しょ、しょれは……」
「ふふふ、分かってるわ。もうあなたたちは英雄だもの。世界の救世主様たちをトレジャーハンターにさせるなんて無理だって分かってるわよ」
「わ、わたしは英雄なんかじゃ……」
「ううん。あの戦いに参加した人たちはみ~んな勇者で、み~んな英雄よ。残念ながら私はある街の防衛の任についてたから参加できなかったけどね」
「良かったです。コランさんたちが無事で」
「それはこっちのセリフだわ。でもまさか、あのヒイロが世界を救うとは思わなかったけどね」
「ヒイロさんですから!」
満面の笑みを浮かべるミュアを見て、コランは微笑ましげに頬を緩める。
「本当に彼のことを好きみたいね」
「は、はい!」
「ふふふ、絶対予選を突破してね、ミュア。また戦いましょう」
コランは挑発的な笑みを浮かべ言葉を言い放ってから、トルドのもとへ向かって行った。
ミュアもやる気を漲らせて、アノールドの補佐をするために彼の調理台へと向かう。
※
「さあ、続々と食材を手に入れた参加者たちが会場へと来て調理に入っております! 制限時間も近づいて参りました! 果たしてこの中から先に料理を完成させるのは誰なのでございましょうかっ!」
実況役のシウバはノリノリである。それはもう天職かとも思うぐらいに。
「おっ嬢様ぁぁぁぁんっ! わたくしのすんばらしい実況を楽しんで頂けてますかぁ~!」
……ノリノリ過ぎるようだが。完全にリリィンは無視しているようだが。そんな無視が良いのか、シウバは「ハアハアハア」と息を乱してリリィンを見つめている。……葬った方が良いのではないだろうか、あの変態。
「まあ、あんなバカは放っておいてだ……!」
日色はあちこちから漂ってくる美味そうなニオイに、もう意識はそちらに釘付けである。先程からうるさいほどに鳴る腹の虫と格闘中なので、早く何かを口に入れたい。
そこへ審査員席に近づく一人の人物。
「うおぉーっとぉ! 最初のチャレンジャーが現れましたぁ!」
シウバの言葉に、観客たちもその者に注目する。
(……コイツは)
日色の視界に入ったのは、【翡翠竜の丘】にて、有名料理人であるバンデルよりも先に翡翠竜を仕留めた少女――エルニースであった。
「何とっ、誰よりも早く調理を終えたのは、十九歳という若さで大会に出場したエルニース選手でございます!」
シウバには予め参加者たちの情報が渡されているのだろう。彼の口から次々と、彼女に関しての説明がされていく。
「彼女は『ノワイエ族』という『魔族』。腕試しのために大会に参加したとのことです!」
するとシウバが顎に手をやって、しばらく沈黙する。
「……十九歳…………アリですな」
……何がだ。もう本当に奴をこの場から遠ざけた方が良いのではなかろうか?
エルニースの貞操を守るためにも。
エルニースが台車で運んできた料理が、日色たち審査員たちに配られていく。
「おお~……っ!?」
皿の上に載った料理を見て、日色は思わず唸った。
エメラルドのように透き通った翠色をした肉が皿の上にある。ローストビーフ仕立てになっているのか、一口大に切られた肉が、鮮やかな深紅色の液体を衣のように着飾っていた。周りに添えられている野菜も、それぞれが丁寧に手が加えられ、宝石のように光沢を放っている。
「では、エルニース選手に料理の説明をして頂きましょう!」
全員がエルニースに注目すると、
「……説明、苦手。故に、拒否」
無表情で言う彼女。どうやら相当に口下手のようらしいが……。
「え、えっと……ま、まあいいでしょう!」
いいのかよと、シウバに心の中で突っ込む日色。
「……食べれば、分かる」
エルニースのその言葉は、審査員に対しての挑発に思えた。だが確かに彼女の言う通りだ。食べれば美味いか美味くないか分かる。
日色は用意されているフォークで肉を刺して、口内へと運んだ。
「はむ……んぐんぐ…………んんっ!?」
歯応えはローストビーフだ。ただそれまで食べてきたローストビーフとは違い、舌の上の熱だけで溶けていくような蕩け具合。
肉としての質は間違いなく上級。
(翡翠竜の肉がこんなに美味いとはな)
これは是非とも米と一緒にかきこみたい衝動にかられる。
(それにこの肉の味を更に高めているのは――このタレだ!)
深紅色のタレ。これがまた凄い。どう凄いのかというと、翡翠竜の肉のためだけに作られたオンリーワンと思わせる程相性が良い。
甘さだけでなく、この酸味が何とも食欲を刺激してくる。
「うん、これは梅肉ソースに近い味ね」
イヴェアムが顔を綻ばせながら言うと、日色は説明を求めるように彼女の方を見た。
「多分、彼女が作った特製ソースに梅肉を磨り潰して混ぜているのではないかしら?」
彼女の問いに、喋りはしないがエルニースがコクンと肯定する。
(なるほど、ソースの中にあったこの細かい欠片は梅だったのか。しかしなるほどな、だからこその酸味ってやつか)
まさにこのローストビーフに抜群のソースだ。さらに驚きなのが、添え物の野菜かと思いきや、肉と一緒に食べることで、野菜のシャキシャキ感と肉の味が混ざり合って、違ったハーモニーを奏でてくれる。
(ヤバイな。これは止まらないぞ!)
結局、審査員全員が、すべてを平らげてしまった。他の参加者たちの分まで食さなければならないので、一口ほどで抑えておくべきなのだろうが、あまりの美味さに完食してしまったのだ。
「それでは、お手元にあるフリップに、十点満点で得点をつけてくださいませ!」
シウバに言われ、キャンペンガール的な者たちからもらったフリップに、得点を書いて行く。審査員は全員で十人。すべての審査が終わり、上位八名の高得点取得者が予選を突破する。
他の者たちも、最初のチャレンジャーということで、審査員席へと注目している様子。
「さあ、よろしいでございましょうか! では一斉にフリップをお上げください!」
シウバの言葉終わりに、十人が一斉にフリップを上げる。
その結果を見て、この場にいる全員が驚嘆することになる。
「な、な、ななな何とぉぉぉぉっ!? 出ましたぁ! しょっぱなから――百点満点ですっ!」
観客が盛大に湧く。何故なら全員の得点が十点満点を出したのだから。普通最初は基本得点として厳しめになるのだが、自分の心に従って得点をつけると、日色は十点満点以外つけられなかった。
恐らくそれは他の者も同じなのだろう。この結果を受けてか、どことなくホッとしたような表情に見える。彼女も自分の料理が日色たちを満足させるか不安だったのかもしれない。
「それでは、審査員の方々にお話を伺いましょう! イヴェアム殿、どうでございましたか?」
「ええ、とても美味しかったわ。翡翠竜は捕獲することも難しいし、お肉の扱い方にもかなりの知識が必要になるって聞いたことがあるの。それなのに、これほど素晴らしい肉料理を作ってくれるなんて、脱帽としか言いようがないわね」
「なるほどなるほど~! では次にレッグルス殿、お願い致します」
「はい。私は肉料理に関しては少しうるさいのですが、これは素晴らしい出来でした。肉のみならず、このタレが非常に素晴らしい。また野菜と一緒に食べることで、食感も変え飽きさせないような工夫もなされています。その心遣いにも胸を打たれ、十点をつけさせて頂きました」
「ありがとうございました。では最後にヒイロ様」
「……おかわりはないのか?」
「……えっと……」
「おかわり」
「…………」
「もっと食べたいぞ、これは」
「お喜びください、エルニース殿。あれはヒイロ様にとっての最高の褒め言葉ですから」
シウバの言葉にエルニースも日色に対して頭を下げてきた。
「……ありがとう、ございました」
まさか最初から満点が出るとは会場も思っていなかったのか、耳が痛くなるほどの歓声と拍手が飛び交っている。
恐らく、というか確実にエルニースは予選突破するだろう。というよりも、次からの挑戦者はかなり苦しいかもしれない。
いきなり満点を出されてしまっては、怖気づくのも仕方ないだろう。次のチャレンジャーは否応なく、満点のエルニースと比べられてしまうのだから。
その中で先に審査員席へと近づいてきたのは、エルニースに煮え湯を飲まされる形になったバンデルである。
彼が出してきた料理も翡翠竜の肉を使ったステーキだった。あれから彼も翡翠竜を探して討伐したのだろう。
しかし彼も豪胆過ぎる性格だ。まさか同じ翡翠竜を以て、エルニースの次に挑戦してくるとは驚きである。
彼の料理は一言で言えば素晴らしい出来ではあった。
しかし結果的――九十点。
これが高いのか低いのか、まだ分からない。ただ日色的に八点を出したので、高いは高いはずだと思っている。
これが基本点になっていくのかもしれない。バンデルが動いたことで、次々と挑戦者が料理を持ってくる。
そして続々と高得点者も出てくる中で、ようやくといったところか、
「よっしゃ! 次は俺らだぜ、ミュア!」
アノールドたちの出番がやってきた。
どのような料理を出してくるのか、楽しみだ。
彼らが出してきたのはガラスの器。その中には、色とりどりの固形物が所狭しと盛りつけられてあった。
一目見て、それは今まで参加者たちが出してきたような肉料理や魚料理といったメインとは違い明らかに……。
「さあ、食べてみてくれ! 今ぐらいがちょうどいいだろ、デザートを食べるにはな!」
そう、彼の言う通り、それはまさしくデザートである。様々な果物が一口大に切られてある。
「ふむ。確かにデザートを出してきた参加者は初めてだし、タイミングとしても評価に値するが、ただのデザートなら物足りないぞ?」
挑発するようにリリィンが言うが、対抗する感じでアノールドが笑みを浮かべて、
「黙って食べてみろっての。俺たちの渾身の一品なんだしな!」
そこまで言うのであれば、この何の変哲もなさそうな果実の集まりには、何かこちらの思惑を突き破るような何かが隠されているのだろう。
日色は用意されたスプーンを、器に沈み込ませると、下から白い固形物が出てくる。
「これは……?」
まずはその白い塊を食べてみる。
「――っ!?」
それは脳天を突き抜けるような甘さとフルーティな香り。食感はマンゴーに近いかもしれない。しかも最高級の。
身体が糖分を欲していたのか、大会中初めてのデザートの甘さに、全身が喜んでいるのが分かる。
「どうだ! それが俺とミュアの傑作――《白雨スイーツ》だっ!」
(そうか、これが例の《白雨》か……!)
《白衣樹》を使ってでしか捕獲することができない《白雨》。これが雨の塊とは思えないほどの果実臭と甘さを誇っている。
さらに驚くべきなのは、その《白雨》が溶けたようになり、他の果実に纏わりつきシロップのようになっていることで、果実の甘味がさらに増していることだ。
さらに果実の良さを打ち消さずに、酸味や甘味を倍増させる効果があるのか、ちょうど良い感じで美味さのグレードを上げている。
(リリィンの言っていたように、このタイミングでのデザートは物凄くありだな。美味過ぎるぞ!)
もしかしてそれを見計らって、この料理を出すのを待っていたのかもしれない。見れば、他の者たちも脇目も振らずに《白雨スイーツ》を食べている。
「ミュア、アイツらにアレを」
「うん、分かったよ、おじさん!」
「おい、みんな、ちょっと手を止めてくれ!」
二人が何かし始めたので、日色たちは彼の言うことに従って手を止めた。まだ完食はしていない。
するとミュアがポットのようなものを持ってきて、まだ果実が残っているそれぞれのガラスの器に白い液体を注いでいく。
「その状態で、三十秒ほど待っててくれ」
アノールドがそう言うので、審査員全員がそのまま待っていると、驚くことに、注いだ白い液体が徐々に固まっていく。
見た目は完全にヨーグルトのようになっている。説明を求めるように誰もがアノールドに視線を送る。ニヤリとした彼はビシッとミュアが持っているポットを指差す。
「あの中には一定の温度で溶かした《白雨》が入ってる。捕獲した《白雨》の特性は、冷やしてやると、急速に固形化することなんだ。器は冷やしてあっから、注がれた《白雨》はそうやって固まっちまうんだ」
「……だけど、それに意味が?」
「もちろんですよ、レッグルス様。食べてみてください」
「あ、ああ。…………んっ!? 甘味が消えてどちらかというと酸味が強くなってる!?」
レッグルスの言う通りだ。これはまさしくヨーグルトと同じ味に変わっている。故に《白雨》に包まれている果実を引き立たせ、さらにフルーティになっていたのだ。
全員があっという間に完食してしまった。
「うん、素晴らしいデザートだったわ、アノールド」
「そうじゃな、儂みたいな年寄りにも優しい食べ物じゃったわい」
イヴェアムの言葉に賛同するように、【人間国】の代表であるテンドクが大きく頷きながら言葉を吐いた。
アノールドとミュアも、審査員の満足気な表情を見て嬉しそうに頬を緩めている。
「では、お手元のフリップに点数をお書きください!」
そして、結果が出る――。
次々と上げられるフリップに書かれているのは10点の文字。日色もまた10点を出している。これはエルニースに次ぐ満点が出るかと思われた時、
「――なっ!?」
アノールドもまた満点を取れると思っていたのか、ある者の点数を見てギョッとなっている。
それは――――『精霊族』代表のホオズキだった。
「おっとぉ、ホオズキ殿だけが9点っ! 合計得点は99点! 惜しい! アノールド&ミュアチーム、惜しくも満点を逃しましたっ!」
十分満足を得てもいい結果だとは思うが、アノールドは悔しげにホオズキを見つめている。
「では、ホオズキ殿が何故9点なのか、お聞きしてみましょう! どうですか、ホオズキ殿?」
「……うむ。まずはこれほどの料理を作れるとは感嘆じゃった。ただのデザートではなく、《白雨》の使い方を利用した食べ方で食べる者の目を楽しませることも、味を変えて飽きさせないという工夫も見事じゃった」
まさに絶賛というほどの評価。なら何故9点なのか……。誰もが彼の説明に耳を傾けている。
「しかしながら惜しいと思ったのは、料理を出したタイミングじゃな」
「え……ちょ、ちょっと待ってくれよ! タイミングは考えて出したんだぜ! 今まで塩辛いものが多かったから、そろそろデザートがほしくなる時期だと思ったからこの時間帯に出したんだぜ!」
やはりタイミングを見計らっての料理出しだったようだ。
「ふむ。まさしくその時間帯じゃのう」
「ど、どういうこった?」
「お主、《白雨》のことを知り尽くしていると勘違いしておるようじゃが、《白雨》を捕獲して食す時、黄金時間と呼ばれる時間帯があるのは知っておるかの?」
「は……? 黄金時間だって?」
「そうじゃ。それは――捕獲してから一時間二十二分。ちょうどあと一分ほどじゃな。もう一度器にポットの《白雨》を注いで食べてみるがよい」
彼の言葉に従って、アノールドがミュアからポットを受け取り、日色の器に《白雨》を注ぐ。器の冷たさで、固形化していく。
そして約一分経った後、アノールドが一口食べる。
「――っ!?」
まさに驚愕といった様子の彼に対し、日色もまた一口食べてみた。
「こ、これは――美味いっ!? さっきよりも味が濃厚になっていて、舌触りも完璧だ!」
先程も美味かったが、これはまた格段に違う美味さを誇っていた。
「分かったじゃろ? 少し出すタイミングが早かったんじゃよ」
「…………!」
「もしタイミングが完璧なら、無論10点を出したが、惜しかったのう」
反論できないほどの証拠があるので、アノールドはガックリと肩を落とし、
「はぁ……何でそんなに詳しいんだよぉ……」
「ほっほっほ、《白雨》の捕獲方法を先に思いついたのが誰か知っておるか?」
「い、いいや。俺は古い文献を呼んで知っただけだし」
「ふむ。実はその捕獲方法を確立させたのはアダムスなんじゃよ」
「そ、そうなのか!?」
アノールドだけでなく、その事実は日色もまた目を見開くものだった。
「儂はアダムスの契約者だったからのう。無論《白雨》のことは耳にタコができるくらい聞かされておった」
「スペシャリストがいたとはな……こりゃまいったわ、ホントまったくよぉ」
アノールドにとっては不運だったというしかないだろう。完璧を知っている人物がここにいたのだから。
「ほっほっほ、それでもお主の料理は美味かったぞ。次も楽しみにしておる」
「……よっしゃ! 次はぜってー満点を出させてやっからなっ!」
何だかんだあっても、アノールドが手にした得点なら予選を突破することができるだろう。
そしてそれからも参加者たちの料理を審査していき、ようやく予選の日程がすべて終了することができた。
「皆様、お疲れ様でございました! 参加者の方々の奮闘、美しく素晴らしい闘いだったと思われます! 制限時間という壁に敗れ、会場までこられなかった方たちも、ここで腕を揮えることができた方々も、本当にお疲れ様でした! 得点結果が出ましたので、ここで予選突破した八名の方々を発表させて頂きたいと思いますので、モニターをご覧くださいっ!」
モニターに得点の低い者から映し出されていく。
八十八点 タイトン・カーニー & ロニ・ネラックス
九十点 バンデル・グロウリー
九十三点 オルデス・ブルーム
九十六点 ジーニーズ・デッカー & ホルネス・リンドラー
九十八点 ムースン・フリザート & テッケイル・シザー
九十八点 トルド・ノーネンス & コラン・ウィード
九十九点 アノールド・オーシャン & ミュア・カストレイア
百点 エルニース・フロムティア
「以上の八名の方々が、明日の本選を戦って頂きます! また、本選はトーナメントになりますので、これからランダムでそれぞれ戦う相手をこちらが決定させて頂きたいと思います。またまたモニターをご覧ください!」
モニターにトーナメント表が現れ、ランダムに参加者の名前が設定されていく。
一回戦 バンデル VS ムースン & テッケイル
二回戦 オルデス VSエルニース
三回戦 アノールド & ミュア VS タイトン & ロニ
四回戦 トルド & コラン VS ジーニーズ & ホルネス
「出ました! 各々、明日戦う相手をしかと把握しておいてくださいませ!」
なかなかに面白い組み合わせだと思った日色は低く唸る。
(オレの知っている奴らが全員バラけたな。奴らが勝ち上がって、それぞれが準決勝するなら面白いかもしれないな)
勝負は時の運という言葉もあるように、上手くいくかは分からないが、知っている者たちにはやはり頑張ってもらいたいと思うのは当然だだろう。
とにもかくにも、今日は美味いものをたらふく食べることができたので十分に満足を得られた。明日も明後日も、もっと美味いものを食べられると思うと胸が躍る。
「本日は皆様、お疲れ様でしたっ! ではまた明日にお会いしましょう!」
シウバの締めの言葉により《イデアコック王決定戦》の予選は終了した。




