251:神の落日
シウバたちの目の前に現れて救ったのは、かつての敵だったアビス。彼は憮然とした態度を保ちながら、次々と上空から降り注ぐ光の矢から兵士たちを守っている。
「……アビス殿」
「礼はいい。借りを返しにきただけだ」
「のようだな。ならそのまま力を貸しておけ。シウバ、貴様は奴とともに後方支援で兵たちを守れ」
「お嬢様……畏まりました」
「おい、スーにノア、貴様たちは前衛だ! 全火力で玄武の撃破に当たれ」
「――――――了解した。ノア、楽しめる相手だぞ、あれは」
「みたいだね~。ならガッツリとバトってみよっかなぁ」
底冷えするような笑みを浮かべたノアは、《断刀・トウバツ》を抜いて突っ込んでいく。
「そこの人たち~! どかないと危ないから」
前線に立って、玄武と戦っていたマリオネ、テッケイル、ラッシュバルの三人は、突如として現れたノアに戸惑いを表しつつも、彼の全身から迸る魔力量に気づき、彼の言った通りにそこから離れる。
「其は爆、全てを爆ぜさせる一の赤!」
玄武を覆い尽くさんばかりに赤い球体が顕現し、ノアが指をパチンと鳴らした瞬間、凄まじい爆撃が起き始める。
しかし……。
「あっちゃあ~、かったいねぇ」
玄武は甲羅に首や手足を引っ込めて完全防御態勢で、ノアの攻撃を乗り切ってしまっていた。
「面白いじゃん。なら楽しませてもらうから!」
サタンゾアとの戦いから途中下車されて不完全燃焼なのか、ノアはアクセル全開で玄武との戦いに赴いている。
「――――――まったく、あの馬鹿者。飛ばし過ぎだ。我々も行くとしよう、リリィン」
「フン、言われなくても……当然だ!」
玄武からの攻撃をシウバとアビスが中心になって防いで、攻撃はノアを筆頭にマリオネたちも追随する。
徐々に……徐々にだが、玄武の体力も落ちてきていた。
※
一方反対側では朱雀と、フェニックスと化したアクウィナスが、ほぼ一騎打ちのような様相を呈していた。
あまりにも苛烈な激突に対し、下手に手を出せずにいるのだ。イヴェアムは、兵士たちが巻き込まれないように防御中心で魔法を行使し、オーノウスもまたイヴェアムの魔法のお蔭で空を飛びながら、戦闘の飛び火から皆を救っていた。
「陛下! 避難民の救助はできましたなの!」
そこへシュブラーズとともに国の避難民誘導をしていた魔軍総隊長イオニスと、新たに魔軍の隊長に就任したジュリンが顔を見せた。
「二人とも、ご苦労だったわ! シュブラーズは?」
「シュブラーズ様は、体調が芳しくなくて、少し休んでもらっていますの」
「そう、大分無理をさせたからね。ありがとう。二人も防衛に回ってくれる?」
「了解ですの。ジュリン行く……の?」
イオニスが目をパチクリさせてしまう現実が飛び込んできた。それはジュリンが恍惚な表情で、目をキラキラさせてある者を見つめているからだ。
視線の先にいるのは……。
「……オーノウス様?」
そう、彼なのだ。彼が空を自由に飛び、朱雀とアクウィナスの衝突によって飛び散る火の塊から、地上にいる兵士たちを守っている。
「ああ……肉体一つで空を翔け巡る雄姿。やっぱりオーノウス様は凛々しいな」
「……もしかしてジュリンが尊敬してる人って……?」
彼女の様子にイヴェアムも気づいており、つい聞いてしまっていた。しかしジュリンは、完全にオーノウスの奮闘ぶりに目を奪われており、何も答えてくれない。
「イ、イオニス、彼女を頼むわね」
「りょ、了解しましたの」
首根っこを掴んで、ジュリンを引き摺っていくイオニス。しかしジュリンはいまだに自分の世界に飛び込んでいるようでまったく気づいていない。
(大丈夫かしら……?)
でもやる時はやってくれるはずと信じて、再び戦場に意識を高めた。するとそこへ驚くべき人物たちが姿を現す。
「よっ、魔王ちゃん!」
「テン!? それにレッカまで! ど、どうして……!?」
「説明は後さ。とにかくヒイロ以外は戻ってきちまった」
「ヒイロはまだ……あそこにいるのね?」
イヴェアムが塔を見上げる。
「ああ、けど大丈夫、安心しな。向こうには強え味方もいるしな」
「強い味方?」
「…………アヴォロスさ」
「アヴォッ!?」
「おっと、言いたいことは分かるけど、ヒイロとアヴォロスは手を組んでる。今はヒイロたちのことより、ここを何とかすることに全力を注がねえとな。じゃなきゃ、ヒイロに愛想つかされるぜ?」
「そ、それは嫌よ。で、でも話はちゃんとあとでしてもらうからね!」
「おうさ! レッカ、お前と俺は後方支援でアクウィナスを援護だ」
「オッス!」
頼もしい助っ人が到着したが、テンの言葉をすぐに忘れるということはやはりできなかったイヴェアム。
(ヒイロ……無事に帰って来て。お願い……!)
願うは日色の無事。
「アヴォロス…………兄様、本当にそこにいるなら、ヒイロの力になってあげて」
きっと向こうは死闘を超えるような戦いをしていることだろう。想像すらつかない。でもテンは大丈夫と言ってくれた。
なら自分は信じるしかないと、イヴェアムは目の前を見据えた。日色からは国を守れと言われている。彼の気持ちに応えるためにも、全力で敵を駆逐するだけだ。
※
「グラットゥン・ウェイブッ!」
アヴォロスの身体から噴き出した魔力が形を変え、赤黒い津波と化してサタンゾアに襲い掛かっていく。
「鬱陶しいことこの上ない!」
すかさず人差し指を動かし文字を発動させるサタンゾア。津波に文字が刻まれた瞬間、
「――散っ!」
握っていた拳を勢いよくアヴォロスが開くと同時に、津波が無数の小さい球体状にばらけた。
「何だとっ!?」
文字が刻まれたのは、幾つかの球体だけ。いや、もっと詳しくいえば、文字が触れた部分だけが、ばらけることができなかった。しかし九割以上は、そのまま散開してサタンゾアに向かう。
「――結っ!」
拳を握った直後、ばらけていた球体は再び津波と化した。
「ぐっうおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
咄嗟に身体を庇うように両腕をクロスさせてアヴォロスの攻撃から身を守ろうとするが、身体を細かく食い破られていき傷を負っていく。
「ただの魔王の分際でぇぇぇっ!」
「申したであろう! 余は元魔王だと! それに余だけに集中していてよいのか?」
「何?」
「ここにはオレもいるということだ」
サタンゾアの背後で声を発したのは日色だ。
「ぬぅぅぅっ!」
裏拳を日色目掛けて放つサタンゾアだが、
「…………《文字魔法》発動」
「っ!? か、身体がっ!?」
ピタリと止まったサタンゾア。『完全停止』の文字。しかし相手が相手だけに、止められるのは数秒ほどではあるが。
「まだだぞ」
日色の身体に刻まれる『電光石火』の文字。
「目にも映らない速度を見せてやる!」
日色がサタンゾアの視界から消え、次の瞬間――
「がふっ、ごほっ、ぶはっ、あがっ、がぁっ!?」
コンマ数秒を超えるほどの時間の中で、日色はサタンゾアの全身を、黄金色の刀で刻み、時には殴り飛ばしていく。
巨体のサタンゾアの身体は面白いように弾き跳び、空を動き回る。
「ほう、余にも捉え切れないほどの速さ。さすがはヒイロだ」
アヴォロスも感心するほどの速度で、サタンゾアにダメージを蓄積していく。
「今までお前に傷つけられた者たちの分、きっちりお前に味わってもらうっ! さらに倍増だっ!」
文字効果を上乗せするために、『疾風迅雷』の文字を発動。さらに加速する日色のスピード。動く度に大気が切れるのではないかというほどの速度。
すでにサタンゾアは成す術がないのか、ただただ日色に斬られ、殴られていく。だがその時、大地が蠢き、そこからマグマが噴出し日色に襲い掛かる。いや、日色にではなく、サタンゾアの周囲を覆い尽くすほどのマグマの量。
(コイツ! オレを巻き添えに!?)
捉え切れないなら、ここら一帯をすべて攻撃範囲に入れてしまえばいいと思ったのかもしれない。
日色はすぐさまその場から離れて距離を取り、襲い掛かってくるマグマから回避するが、そのままサタンゾアはマグマに呑まれていく。
「……自滅?」
日色の攻撃をかわすために、広範囲の攻撃を繰り出したものの、自身の攻撃を避け切れずに呑み込まれたサタンゾア。
様子を見守っていると、日色の身体に文字が刻まれ始める。
(くっ、時間稼ぎが目的だったか!?)
たとえマグマに呑み込まれても、日色の攻撃を止め、なおかつ自分が文字を書く時間を稼ぐための行動だったことを知る。
日色もまた文字を書いて、サタンゾアの魔法を打ち消そうとしたが、先に書き終わったのはサタンゾアであり、文字が発動してしまう。
刹那、ピタリと身動きが止まってしまった。
「これは……っ、停止関係の文字か!?」
マグマの中からサタンゾアの手が突き出てきて日色は捕らえられてしまう。
「ヒイロッ!?」
アヴォロスが助けに入ろうとするが、彼の行く手を遮るようにマグマが噴出し、日色のもとに辿り着けなくなっている。
(オレとサタンゾアの力関係上、停止させるのは数秒ほどだが……!)
だが戦場ではその数秒が命取りになるほど大きなものだ。
「よくもやってくれたな、異世界人めがっ!」
マグマを身に纏いながら大地に向かって日色を全力で投げ落とした。身動きができない日色はそのまま大地で蠢くマグマの中に突き刺さっていく。
「クハハハハハ! そのまま燃え尽きるがよいわっ!」
マグマの中に落下してしまった日色は、《釈迦金気》で身体を覆い防御をするが、凄まじい熱のため徐々に《釈迦金気》も薄くなっていく。
(いや、これはマグマだけのせいじゃないな。《天上天下唯我独尊モード》の使い過ぎか……)
この状態になって、もうずいぶんと経つ。
(早くアイツを潰さなきゃ、元に戻ってしまう!)
ようやく身動きができるようになったところで、そのままマグマを突き進み、高笑いしているサタンゾアの足元から脱出して、そのまま刀の切っ先をサタンゾアに向けて突っ込んでいく。
「何だとぉっ!?」
五体満足で脱出してくると思っていなかったのか、完全に相手の虚を突いた日色。サタンゾアも咄嗟に身体をずらそうとするが、刀は彼の右下腹部から右肩部分にかけて裂傷を生む。
「がぁっ!? ああぁぁぁぁっ、調子に乗るでないわぁぁっ!」
そのまま通り過ぎようとした日色に対し、自身のオーラで剣を生み出し、斬撃を繰り出す。勢いのついたままだったため、容易にかわすことができずに、日色もまた完全には回避できなかった。
「ぐあぁぁっ!?」
背中に斬撃を受け、血飛沫が空で舞う。
「くぅっ!」
日色はそのまま『爆』の文字を空に刻むと、サタンゾアの身体にも同時に刻まれる。
「させぬわっ!」
サタンゾアもほぼ同時に同じ仕草をして、日色の身体にも文字が刻まれる。
両者とも同様のタイミングで文字を発動させた。
すると両者に刻まれた文字が激しい爆発を引き起こし、その場から二人は吹き飛んでいく。
サタンゾアは、そのまま大地に落下するが、日色は地面に突き刺さる瞬間にアヴォロスが救い出してくれていた。
「ぐ……っ、……アヴォロス……」
「さすがは神と名乗るだけはあるな、今の貴様をここまで追い込むとは」
今の日色の姿は魔神を取り込んだアヴォロスでさえ圧倒したほどの力を持つ。それなのに、サタンゾアは、アヴォロスを加えたこの状況で一進一退を繰り返しているのだから恐るべき実力の持ち主である。
「しかもまだ奴の力は底をついておらぬ」
地面から十二枚の羽を出して再び空へと舞い戻ってくるサタンゾア。身体は日色ともにボロボロではあるが、まだ闘志は微塵も衰えていない。
初めて会った時のような余裕の表情は消えて怒りに満ちてはいるが、さすがはイヴァライデアとアダムスが倒せなかった存在といえる。
「はあはあはあ……うぬらは必ず我が消す! 消してやるぞっ!」
日色もまた黄金の翼をはためかせ、庇ってくれたアヴォロスから身体を離して宙に浮き、サタンゾアと対面する。日色の隣にはアヴォロスだ。
「やれるものならやってみろ。お前が見下した“人”の力、それでお前を撃ち砕いてやる!」
「ほざけっ!」
大地が盛り上がり、見上げるほどの大地で作り上げられた巨人が姿を現す。
「……アヴォロス、巨人は任せていいか?」
「……きっちり奴にトドメを刺してくるのならな」
「当然だ。オレはそのためにここにいる」
日色の宣言にアヴォロスはフッと頬を緩めると左手を前方へ差し出し、巨人が放ってきた拳の前に、魔力を凝縮させて作った壁を出現させて止める。
「……ヒイロ、手を出せ」
「? 何だいきなり?」
「いいからさっさと手を出せ!」
何だか分からないが、アヴォロスに向かって手を出すと、彼は右手を出して日色の手にそっと触れた。すると彼から温かいものが流れ込んできた。
「っ!? これは……っ」
「余の力を貴様に託した」
「アヴォロス……」
「敗北は許さぬぞ」
「…………任せておけ」
「なら行けっ、ヒイロッ! 決着をつけてこいっ!」
アヴォロスの声と同時に日色はサタンゾアに迫りながら文字を刻む。そしてサタンゾアもまた、日色同様に距離を詰めながら文字を刻んでいく。
(今、イヴァライデアは、奴の中で必死に奴の力を抑え込んでくれてる! つまりまだイヴァライデアはまだ奴の中で生きてる証拠! なら!)
互いに刀と剣を交差させて火花を散らし、そのまま通り過ぎて背中合わせになった瞬間に、文字を書き終える。
日色の周囲には『爆発』や『凍結』などの攻撃用の文字が刻まれ、サタンゾアの周囲も同様の文字が浮かび上がっている。
「「飛んでいけっ!」」
二人同時に振り向き、互いに用意した文字を相手に向かって放出する。文字同士がぶつかり合って相殺していき、その間に新たな文字を形成していく。
その時、サタンゾアがニヤリと口角を緩めた。
大地から音もなく飛んできた小石が、日色の手にヒットしてしまう。
「あぐっ!?」
その衝撃で、書いていた文字が消失。
当然先に書き終わったのは――――――サタンゾアだった。
「クハハハハハッ! これで終わりだっ! 異世界人っ!」
サタンゾアの書いた文字が変形し大きな黒い球体状に変化を遂げていく。まるで全ての悪意と害意を一気に詰め込んだ、死を与えるエネルギー体とも呼ぶべきか。
「我のすべての力を込めた一撃、受けてみよっ!」
暗黒の球体が日色へと放たれる。
しかし、日色は目を閉じたまま慌てていなかった。
(身体はボロボロ。だが、残された力は、まだある! イヴァライデア…………母さん、力を貸してくれっ!)
カッと目を見開いた日色は、凄まじい勢いで文字を書き始める。
「何をしてももう遅いわっ!」
遅くなど無い。
【イデア】という世界。そこに住む大切な人々。守るために日色はここにいる。
託された想いをすべて力に――――文字に変える!
まるで時間を凝縮したように、ゆったりとした時間が流れる。
「……臨……兵……闘……者……」
次々と黄金の軌跡が形作っていく文字。書き終わった文字が、日色の周りに浮かんでいく。
「皆……陣……列……在……」
そして最後の文字。日色は大きく息を吸いながら叫びながら文字を紡いだ。
「――――――前っ!」
刻まれた九つの文字が、日色を取り囲み、眩い輝きを放つ。
「あらゆる病魔や厄災を祓う九字護身法。その威力をとくと味わえっ!」
九つの文字が巨大化し始め、互いに同化していき一本の巨大な剣へと変化する。眩いばかりの光を放つ“黄金の剣”。
山をも一撃で寸断できるのではと思われるほどの巨大剣を見て、さすがのサタンゾアも愕然とした表情を浮かべている。
「これで最後だっ! 神王サタンゾアッ!」
「何をしようがムダだぁぁぁぁぁぁっ!」
迫り来るサタンゾアの放った黒い球体目掛けて、日色はその場で剣を天から地へと一気に振り下ろす。
「全てを祓えっ、金色の文字剣っ!」
剣から放たれた光の波動が、黒い球体と激突してサタンゾアに向かって押し返していく。
「な、何ィィィィィィィィッ!?」
押し返された球体を両手で押し留めるサタンゾア。
「ぐっぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
しかし日色は再度剣を振りかぶる。
「ちょっと待てぇっ! 異世界人っ! 我を殺すと、イヴァライデアも同時に死ぬことを理解しておるのかっ!」
ピクリと日色の眉が動く。
確かにイヴァライデアの存在をサタンゾアの中から感じる。奴を殺したら、吸収されたイヴァライデアも死んでしまう。その理屈は正しいだろう。
(……だがここで手を緩めれば……)
もう二度とサタンゾアを撃ち滅ぼせる術がなくなる。力をキャンセルすれば、弱った日色たちは殺されてしまう可能性が高い。
(…………イヴァライデア……)
その時、不意に声が聞こえてきた。
――――――ありがと、ヒイロ。
それはイヴァライデアの声だった。心に直接語りかけてきている。
“イヴァライデア……なのか?”
“うん。とはいっても、ヒイロに渡した私の力が想いを伝えているだけだけどね”
“……それじゃお前は……”
“うん。もう……肉体は存在しないよ。魂も、ヒイロと、サタンゾアに吸収された分だけ。それももう時間の問題”
“……何とかならないのか?”
“…ヒイロは優しいね。けど、わたしはもう満足。憎しみ合っていた世界が、こんなにも美しい繋がりを得たのは、誰のお蔭だと思う?”
そんなのもの、その地に生きている者たちが奮闘したお蔭だろう。そう思った日色だが、イヴァライデアは優しげな口調でこう言う。
“ヒイロのお蔭……なんだよ”
“オレの? オレはただの異世界人だぞ”
“ううん。ただの、なんかじゃない。ヒイロはわたしの……【イデア】の救世主。ヒナタの言った通り、ヒイロをこの世界に呼んでほんとに良かった”
“イヴァライデア……”
“もうね。【イデア】は安心。わたしがいなくても、強い人たちがいっぱいいるから”
彼女にとっては子供のようなものだろう。
“いつまでも親が口や手を出してちゃいけないもの。だから……ここでお別れ”
“……ホントにいいのか?”
“うん。……だから、必ず勝って。わたしの想いは、もうヒイロたちの傍にあるから”
刹那、日色の身体から更に黄金の輝きが強く放たれる。
「なっ!?」
サタンゾアは日色の膨大な力と、そして覚悟に愕然としている。
「……オレは――――――オレはお前を討つっ!」
「ま、待てっ! 我は神だぞっ! 何故うぬのような異世界人にっ!」
「お前だって【イデア】にとっては異世界人だろっ! この世界は【イデア】に住む者たちのものだっ! 神なんかもう必要ないっ!」
「や、止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
日色は剣を目一杯振り下ろした瞬間、強大な金色の波動がサタンゾアを包み込む。
「バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ!?」
まるで銀河まで貫くような閃光が宇宙を突っ切っていく。その後には何も残らず、すべてが浄化されたような清浄とした道程を作り出していくだけ。
「はあはあはあはあはあはあ……」
スッと意識が飛びかけると、身体を覆っていた金色がすべて消え、当然翼も失いそのまま日色は落下しそうになるが、ガシッと身体を抱えてくれた存在がいた。
「……大した奴だと言っておこう」
アヴォロスだった。彼に抱えられ、静かに地上へと下りる。
「さすがの貴様も、今回ばかりは身動きすらできぬか」
「……うるさい。全部出し尽くしたんだから、仕方ない……だろうが」
「まあ、そうだろうな。かくいう余も」
ドサッと尻餅をつくアヴォロス。ポーカーフェイスを気取っていたらしく、よく見れば彼もまた全身から大量の汗を出し、肩を上下させている。
(まさかコイツの力に助けられる日が来るなんてな……)
本当に人生は分からない。命の取り合いをしたはずの相手と、こうして肩を並べてともに敵と戦うなんて想像だにしていなかった。
だが何故だろうか。今はとても心地好い気分だ。だから……。
日色が震える腕を上げる。
その拳に向かって、アヴォロスも同様に拳をチョン――と合わせた。互いに顔は合わさない。ただその仕草だけで、互いの健闘を称えたのは間違いなかった。
ほぼ無意識に突き出した互いの拳が、自然と力なく大地に触れる。
(終わった……)
万感の思いとはこのことなのだろうか。すべての人々の想いを背負って勝ち取った勝利が、こんなにも心を満たすとは思ってもいなかった。
「これで……オレらは自由なんだな」
「そのようだ。ようやく、長きに渡る因縁も執着し、【イデア】は本当の自由を手に入れることができた」
「ったく、オレはただ、美味い飯と本を読みたかっただけなんだがな」
「貴様……。やはり貴様は変わらず貴様ということだな」
「奥歯にものが詰まったような気持ち悪い言い方をするな、被害妄想魔王め」
「貴様こそ、少しは余に感謝するがよい、横柄眼鏡野郎が」
互いに全てを出し尽くしたにも関わらず、睨み合い火花を散らしていると、何故か無性におかしさが込み上げてきて、互いにフッと頬を緩める。
「アイツらは……無事なんだろうな」
「それほど気になるのであれば、確認してみるか」
アヴォロスが懐から取り出したのは、試験管のように細長い物体。栓で蓋をされており、その蓋をとったアヴォロスが前方にある岩場に投げつけた。
中に入っていた液体が岩場に飛んで広がっていく。すると液体に何か映像が映し出されていく。
「《現写鏡液》と呼ばれる特殊な液体を加工したものだ。遠く離れた映像を映し出すことが可能だ」
便利な道具もあったものだと思い見ていると、そこに三国がそれぞれ映し出されていく。
だがそこに映った光景を見て言葉を失ってしまった。
【イデア】の空を覆っている暗黒。雷雲といった自然に発生する代物ではなく、まるで何かの怨念に支配されたようなどす黒い何か。
その正体は、三国が相手をしていた《四天魔》の身体からそれぞれ発生していることも一目見て分かる。
「い、一体これは……!?」
日色だけでなく、その映像を見ていたアヴォロスも唖然としている。
そんな中、ここ【ヤレアッハの塔】……いや、月の上空にもいつの間にかどす黒い煙が浮かんでいるのを発見することができた。
しかし規模は小さい。風でも吹けば、すぐに霧散するほどの大きさではある。
するとどこからともなく、低い笑い声が聞こえてきた。
「この声っ……!?」
突如頭上に広がる煙に鋭い目が出現し、日色たちを見下ろし始めた。
「クククククク……よもや、うぬら程度に敗れるとはな」
「サタン……ゾア……!」
紛れもなく、先程日色が打ち滅ぼしたはずの神王サタンゾアの声だった。
「何故お前が! あの《四天魔》はお前の仕業かっ!?」
頭上に浮かぶサタンゾアと思われる存在に対し叫び日色。
「ククク、分かり切ったことを聞くでない。本来なら我が手中にする世界だったのだが、手にできないのであれば、滅ぼすまでよ」
「何だとっ!?」
「《四天魔》の生命力を一気に爆発させる。その威力は容易に大陸を半壊するだろう」
「ぐっ……お前っ!」
「ククク、うぬらにはもう向こうに戻る力は残されておるまい。そこで【イデア】が終わる瞬間を後悔しながら見守ること っ!」
煙に向かって魔力波が撃たれ、煙状だったサタンゾアが一気に霧散した。魔力波を撃ったアヴォロスは、ギリギリと歯を噛み鳴らし、悔しげに顔を歪めてしまっている。
「……《四天魔》は奴が《再現のクドラ》によって生み出した存在ではない。失念していた。奴を倒せば奴らも根こそぎ消えると思っていたのだが……」
アヴォロスはドスッと拳を地に突き立てる。
「…………大丈夫だ」
「……ヒイロ?」
「【イデア】にはまだミュアやイヴェアムたちがいる」
「それはそうだが……。恐らくあの黒いエネルギーは、《四天魔》が放っていたものではなく、サタンゾアの力の欠片を注いでいる状態なのだろう。空が晴れた時、爆発の準備は完成するということだ」
「その前にミュアたちが何とかするはずだ」
「どうしてそこまで信じられる?」
「……アイツらがオレを信じてくれているからだ。だったらオレもアイツらを信じるのが筋ってもんだろ」
「……本当に何とかできると思っているのか? 曲がりなりにもサタンゾアの力を宿した存在だぞ」
「とにかく、オレらにできることはもう何もない。……いや」
日色は自分の右腕に視線を落とす。そこに嵌められてあるミサンガ――《ボンドリング》に意識を集中させる。
※
ミュアやレオウードたちの奮闘により、青竜を消耗させ追い詰めていた時、突然空に暗黒が広がり皆が困惑し始める。
しかもその暗黒が青竜の身体へと注がれ始めた頃から、あらゆる攻撃を受け付けないようになってしまった。
その代わりといっては何だが、青竜の動きもピタリと止まっている。だがそれはホッとするような出来事ではなく、まるで大津波前の一時の静けさのように感じて、ミミルは先程から悪寒が止まらないのだ。
そんな時、頭の中に今、一番聞きたい人の声が聞こえた。
“――――聞こえるか、ミミル”
「……っ!? ヒ、ヒイロさまっ!?」
思わず声を張り上げてしまい、近くにいた者たちもギョッとなる。ミミルはハッとなったものの、心を落ち着かせ、
“ご無事なのですか、ヒイロさま?”
“ああ、無事だ。サタンゾアは倒した……いや、まだこんなバカなことをさせてしまってるんだから、完全に倒したとは言い難いか”
“そ、それでも勝たれたということ……なのですよね?”
“そうだな。アヴォロスも無事だ”
その言葉で救われるような気がした。日色は無事、サタンゾアを打ち倒したのだ。今すぐにそのことを皆に伝えたい衝動にかられる。
“いいか、ミミル。今、《四天魔》に異常が起きているのは分かるな?”
“はい。どのような攻撃も受け付けずに黒い煙を体内に吸収し続けているようなのです”
“その黒い煙は、いってみればサタンゾアの力の一部だ。奴はそれを使って、《四天魔》すべてを爆発させるつもりだ”
“ば、爆発ですか!?”
“その威力は、容易に大陸を半壊させられるほどらしい。それが四つ。……言っている意味は分かるな?”
分かる。そんな大爆発が同時に起きたら、【イデア】は……大陸に住む人々が消し飛んでしまう。
“情けないことだが、今のオレにはそっちに向かうほどの魔力は残っていない。いいか、黒い煙をすべて吸収される前に、《四天魔》を倒せ。それしか【イデア】を救う術はない”
“で、ですがヒイロさま、攻撃がまったく効かないのです”
“いや、効かないわけじゃない。ただ単に威力が足りないだけだ”
“ですが……”
国の最高戦力であるレオウードたちが一斉に攻撃しても傷一つつかないのだ。まるで絶対防御特性でも備えているかのように。
“不安なのは分かる。だがお前らなら何とかできるって信じてる”
“ヒイロさま……”
“今の話をレオウードたちにも教えろ。そして他の国の奴らにもだ”
“……分かりました”
“オレもこっちでお前らを見てる。頑張ってくれ”
日色からの通信は途絶え、光っていた《ボンドリング》の輝きも消失した。ミミルは呼吸を落ち着かせるために深呼吸して、兵士たちにレオウードを呼んでくるように頼んだ。
※
「そうか! ヒイロはサタンゾアを倒したかっ!」
ミミルから話を聞いて、レオウードは真っ先に喜びの表情を見せた。傍にいるミュアたちも同様に。
しかしすぐに全員が険しい表情を浮かべて、空に浮かぶ青竜を睨みつける。青竜は形を変えて、球体状に変化していた。まるで卵の殻のようだ。その中には膨大なエネルギーが凝縮されていることが伝わってくる。
「あの状態になって、益々防御力を増している。……ユーヒット、何か手はないか?」
レオウードが天才的頭脳の持ち主であるユーヒットならばと考え尋ねるが……。
「……一応分析をしてみたのですが、あの防御力を分かり易く数値化しましょう」
皆がユーヒットに注目する。
「まず、比較対象として、レオウード様の最終奥義である《終の牙》を数値化して“1”とすると、あの防御力は――――ざっと“10000”ほどはあるかと」
「い、一万っ!? そ、そんなにあんのかよぉっ!」
アノールドが仰天して声を荒げる。彼だけでなく、皆が絶望を抱えたような表情をしている。
単純な攻撃力だけでいえば、レオウードの《終の牙》はトップクラスに位置する。
「……私の《最終活性》を使っても、さすがにあの堅固な防御は崩せないだろうな」
シリウスも攻撃力では日色をも上回る。しかしそんな彼からも弱気な言葉が発せられた。何故なら先程から《最終活性》はしていなくとも、ほぼ全力で攻撃をしていたのに、青竜には効かなかったのだから。
「……単純計算でワシの一万倍か。つまりは少なくとも、あの殻を破るには、魔神の《滅却大砲》を超えるような威力が必要になるということだな」
個人でそれは不可能だろう。日色がいれば、力を増幅させるような魔法を使ったり、殻の防御力を弱めたりできるのだろうが……。
「……時間がない。このままでは、空が晴れてしまう」
それはつまり爆発の準備が整うということ。
どうすれば――と、誰もの脳内に同じ言葉が浮かび上がったその時、ポツポツポツポツと雨が降り始めた。
だが奇妙な雨で、明らかに魔力を含んだ魔法で作られたものだと気づく。
「な、何だこの雨は!? まさか青竜が何か!?」
皆が身構えて雨を避けようとし始めるが、
――――――聞こえるかのう、【イデア】を守りし勇士たちよ。
その声は、まるで雨が運んできてくれているかのように天から注がれる。
「こ、この声って…………ドゥラキンさんっ!」
一番初めに気づいたのはミュアだった。
“そうじゃて。よくぞ無事に【イデア】へ戻ってきたんじゃて”
やはりドゥラキンだった。ミュアはコクリと喉を鳴らすと、
「あ、あのドゥラキンさん、青竜の殻を破る方法を知らないですかっ!」
縋る思いで尋ねると、
“安心なさい。それを伝えるために、うちのドウルに魔法を使ってもらい、皆に言葉を届けてもらっておるんじゃて。その雨でのう”
どうやらこの雨は、彼と契約している『精霊』のドウルの魔法らしい。このような伝達方式があるとは驚きである。
“今から三国にいる《四天魔》を倒すんじゃて”
その言葉にミュアが「できるんですか!」と言葉にする。
“こういう事態に備えて、儂は今まで生きてきたんじゃて。じゃが……一つだけ問題がある”
「問題って何ですか?」
“儂の力で倒せるのは恐らく三体のみ。それも《四天魔》のうちで、防御力が低い、白虎、朱雀、青竜のみ。どうしても玄武だけが残ってしまう”
「それはどうして……?」
“今からやる方法は、三回しか許されんからじゃて。だから失敗はできん。故に最初から防御力の高い玄武には攻撃を当てられん”
なるほどと全員が思った。
“儂を信じてほしい。その三体は確実に倒す。問題は残った玄武。今から各国の戦力は、一斉に玄武のもとへ向かってほしいんじゃて”
目を丸くしてしまうような、とんでもないことを言い始めた。
「ど、どういうことですか、ドゥラキンさん! わたしたち全員が、玄武のもとへって……それって魔界に行くってことですか?」
ミュアの驚きに満ちた声。しかしドゥラキンの言葉を聞いた者の代弁でもあった。皆がそう思ったに違いないから。
“今も言った通り、儂が倒せるのは恐らく三体だけなんじゃて。玄武だけがどうしても残ってしまう。じゃが、魔界の戦力だけでは、もしかしたら玄武を倒せないかもしれん”
「……だから【パシオン】も【ランカース】も、戦力を【ハーオス】に集中させて、全員で玄武を倒すってことですか?」
“その通りじゃて。三国が真の意味で力を合わせ、玄武を倒すんじゃて”
皆がざわざわとし始めたが、
「鎮まれ、皆の者!」
レオウードが一喝すると、途端に静かになる。その中でレオウードがドゥラキンに問う。
「ドゥラキンよ、本当に他の三体は大丈夫なのだな?」
“今、その証拠を見せるんじゃて”
証拠……? とミュアたちは同時に首を傾げたが、すぐに彼が言った言葉の意味を理解することになる。




