243:イデアに降り注ぐ絶望
【ヤレアッハの塔】――中腹部。
天井に空いた大穴の直下、積み重なった瓦礫が自然に動く。いや、その下に何者かがいる。
「ぐ……はあっ!」
突然瓦礫が弾かれたように四方に散らばる。中から出てきたのは……
「はあはあはあ……よ、よくもやってくれたな《文字使い》め……!」
日色の攻撃によって階下に吹き飛ばされたハーブリードだった。胸には横一閃に大きな傷があり、そこから痛々しく鮮血が流れ出ている。
体中も無数の傷が刻まれていて満身創痍といった感じだ。
「まさか、あれほどの使い手になっていようとは……よもや神王様が遅れを取るわけはないだろうが、アイツはこの俺が殺してやらなければ気が済まない」
――――――それは叶いませんよ。
そんな言葉とともに、ハーブリードの胸から突き出る何者かの腕。
「がぁ……っ!? な、な、何が……っ!?」
ハーブリードは口から大量の血液を吐きながらも、必死な形相で後ろを確認する。そしてそこにいる人物を見て愕然とした。
「な、何の……つもりだ――――――――ペビンッ!」
そこにいたのは紛れもなく糸目が特徴のペビンだった。彼が腕を引き抜くと、そのままゆらゆらと身体を振り向かせるハーブリード。そして左手で胸を押さえ、右手には剣を顕現させる。
「おやおや、さすがはハーブリード様。まだ戦おうとしますか」
「がはっ!? くっ……一体……どういうことだ? 答えろっ、ペビンッ!」
「どういうことも何も、最初からこの時を狙っていたんですよ」
「な、何だと?」
「あなたが誰かと戦い疲弊する時を……ね。普段はなかなか暗殺することができませんでしたから」
「暗殺……だと? 貴様何を言って……」
「……つまらないんですよ」
「……は?」
「神王サタンゾアやあなたが【イデア】の頂点にいると、とても不愉快で面白くないんですよ」
ハーブリードの表情は、ペビンの言っていることが理解できていないといった様子だ。
「まあ、『神人族』としてともに行動をしていた僕が言えることではありませんが、あなた方のやり方では、僕の美学に反するんです」
「び、美学……!」
「故に、邪魔なんですよ」
「う、裏切るつもりか……!」
「最初から仲間を装っていただけですしね。こうしてあなたにトドメを刺す瞬間が来るまで」
「くっ……!」
「しかしさすがはヒイロくんですね。僕のシナリオ通りに動いてくれています。あなたと戦い、満身創痍の状態にまで落としてくれたのですから」
「……っ、貴様はヒイロ・オカムラと繋がって……いたのか!」
「ええ、だって彼は面白いですから。彼が紡ぐ物語はとても波乱に満ちて、興味が尽きません。長い長い僕の無色の人生の中で、彼の生涯は、僕の人生に色を与えてくれています。これほど充実した道を歩くのは快感ですね」
「く、狂った奴め……っ!」
「おやおや、それをあなたに言われたくはありませんね。僕はただ、面白いものが見たいだけなのですから」
ペビンがさっと手を振ると、宙に波紋が広がり……、
「がっ!?」
突然ハーブリードの右足が失われて、彼は転倒してしまう。それでも腕の力で必死に起き上がる。
「その腕も、そして翼も鬱陶しいですね」
再び波紋を作り、瞬時にペビンの足元にハーブリードの両腕と翼が現れる。支えるもの全てを失ったハーブリードは地を舐めることしかできない。
「何故……だ! 我々は同じ“アステル一族”ではないかっ!」
「そうですね。それは否定しません。ですが、同じ一族だからといって、永遠に仲間とは限りません。あなた方がアダムスさんを裏切ったようにね」
「っ!?」
「まあでも、少しは感謝しているのですよ。あなた方がいなければ、【イデア】の頂点に立っていなければ、僕はヒイロくんと出会わなかった。そう考えると、あなた方の存在も、僕の人生に色をつけてくれたのかもしれませんね」
「…………ククク」
「……おや? 何がおかしいのですか?」
「……貴様は何も分かっていない。貴様がどれだけ反旗を翻そうが、仲間を集めようが、あの方には敵いはしまい! 誰もあの方……サタンゾア様を討つことなどできるものか! 【イデア】の神と“アステル一族”の長すら無駄だったのだ! それがたかが異世界人などを手にした貴様が超えられるわけがないだろうがっ!」
目を充血させながら言いたいことを吠えるハーブリードに対して、ペビンがうっすらと瞼を上げる。
「……ギャンブルというのは、何が起こるか分からないから面白いんではないですか」
「……は?」
「僕はヒイロくんに賭けました。彼ならば、サタンゾアを超えられる。そう信じてね」
「な、何故そこまで……!」
「何故でしょうね。勘……といえばそこまでですが、そうですね……端的に言うと、気に入ったから……ですね」
「そ、そんな理由で……!」
「おやおや、この僕が気に入ったんですよ? これはとてもとても大事です」
ペビンがハーブリードに一歩ずつ近づき、膝を折って顔を近づける。
「き、貴様は必ず殺される! サタンゾア様に刃向う者は、すべてなっ!」
「さあ、どうでしょうか。こう見えても、僕は賭けには強いんです」
「死ぬがいい……! 貴様など生きてる価値すら――」
刹那、ハーブリードの首と胴体が寸断されたように離れた。ペビンの指先から、何か細いものが走っていた。
「一言忠告しておきます。生きてる価値なんて、他人が決めるものではありません。価値というのは自分で色づけるものなんですよ。ま、聞こえていないでしょうがね」
その時、階下から上へと上がってくる大勢の足音が聞こえる。
「おや、皆さん、これはこれはお揃いで」
そこに現れたのはミュアたち一行だ。シリウスとの戦いを終えて、日色を追いかけてきたということである。
「ペ、ペビンさん……っ!?」
ミュアの眼に絶命しているハーブリードの姿が映る。
「こ、この人って……!?」
「ご存知の方々もおられるでしょうね。戦争で死んだ、魔軍の隊長ハーブリードの名は仮の姿。本来は僕の上司、『神人族』のデネブだったのです」
「で、ですが何故死んで……?」
「ああ、僕が殺しましたから」
皆がゴクリと息を呑む。平然と殺したと言うペビンの異質さに違和感を感じているのかもしれない。
「ヒイロくんとこの人が戦いましてね。敗北したこの人がフラフラしてたので……ね」
「ざ、残酷ですぞ、ペビン殿……」
さすがのニッキも顔を青ざめている。
「そうですか? この人が《塔の命書》を使って好き勝手していた張本人だとしても、ですか?」
皆が眼を丸くする。
「説得したところで、この人がこちら側へつくなんてことはありませんよ。この人は身も心もサタンゾア様に捧げていますからね」
それでも何か釈然としないものを感じているような顔をしている面々ではある。
「そのようなことより、よくシリウスさんを倒せましたね。ヒイロくんの見立ては間違っていなかったということでしょうか」
「シリウスさんなら、下で休んでいます」
「……休む? 死んだのでは?」
「いいえ、わたしの力で狂気を取り除きました。ですからあの人はもう自由です」
「ほう。それはそれは、さすがは『銀竜』といったところですね。やはりヒイロくんのお仲間は面白い」
「それより、ヒイロさんのことを教えてください!」
「いいですよ。恐らく――」
ペビンが言いかけた瞬間、塔が揺れ始める。
「この揺れを見て分かる通り、ヒイロくんは今、サタンゾア様と戦闘中ですね」
「だったら早く行かなきゃ!」
「その通りですぞ!」
「ん……ヒイロ、待ってる」
「今すぐ参りますです、父上!」
ミュアの言葉に呼応して、ニッキ、ウィンカァ、レッカが言葉を放つ。
「皆さん、やる気十分ですね。ですが気をつけてください。ここから上は、シリウスさんとの戦いが可愛く見えるほどの情景が広がっているでしょうから」
無論ペビンの言葉に怖気づく者などいない。
ミュアたちは真っ直ぐ天を見据えて駆け出していった。
※
「巨人がすっ転ぶ。結構面白い光景だな」
日色が『滑』の文字を使ったせいで、転倒してしまったサタンゾア。彼が初めて見せる怒りの表情に、
(何てことはない。奴だって感情がある生き物だ。バカにされれば怒り、自分の思い通りに事が運べば喜ぶ)
だから日色は宣言する。
「お前は神なんかじゃない。ただの人だ」
「…………ククク、よもや、我をここまで侮辱できようとはな。少し侮っておったのは認めよう」
サタンゾアがゆっくりと立ち上がり日色を見下ろす。先程から浮かべていた嘲笑にも似た笑みが消えている。ここからが本番だということだろう。
「今度はこちらがうぬの余裕を消してやろう」
サッと手を上げ、そのまま下へ振り下ろすサタンゾア。それと同時に凄まじい暴風が吹き荒れ、思わず日色は吹き飛ばされないように膝をつく。
すると一瞬の間に、サタンゾアが向かったのは――
「きゃあっ!?」
ミミルがいる場所だった。しかしそこには護衛役として残しているテンがいる。人型になっているテンに手を引かれたミミルがその場から離れようとする……が、
「――《捕縛のクドラ》」
サタンゾアの呟いた直後、ミミルたちの足元から触手のようなものが伸び、彼女たちに巻き付き拘束し始める。
「ウッキ!? 気持ち悪いさコレェッ!?」
「いやぁぁぁっ!?」
日色はすぐに助けに向かおうとするが、前方の床から影色をした幾つもの人型の物体が足止めをしてくる。
「ちィッ!」
その数は多く、隙を見つけて通過するのは困難。その間にミミルたちを囚われてしまう。
「ククク、『精霊の母』の転生体、貰い受けるぞ」
ガシッと大きな手で彼女を掴むサタンゾア。
「は、放してくださいっ! ヒイロさまぁぁぁっ!」
テンも必死に拘束から抜け出そうとするが身動き一つとれないでいる。
「これで《イヴダムの小部屋》を――」
確信めいた笑みを浮かべたサタンゾア。だがその時、
「―――――《雷の牙》っ!」
サタンゾアの指目掛けて雷を帯びたチャクラムが衝突した。
「ぬ!?」
その衝撃により微かに緩んだサタンゾアの指の力。するとそこに素早く到達した一つの影。
「貴様は……!」
「ん……ミミルは、返してもらうよ」
ウィンカァだった。サタンゾアの手の上で愛槍を振り、斬撃を彼の顔に向かって放つ。サタンゾアは反射的に顔を左側にずらして斬撃をかわすが、その隙にミミルを救出したウィンカァはそのまま下へと降りた。
(アイツら!? そうか、駆けつけてくれたのか!)
日色の視界に映るは、ミュアたちの姿。
「羽虫どもがぞろぞろと湧きよって」
サタンゾアが不愉快面を浮かべた瞬間、
「フン、ならばその羽虫に殺される貴様は一体何だ?」
彼の眼前に現れたのは、銃を構えたリリィンだった。
(アイツも合流したのか!)
アルタイルを倒してミュアたちに追いついてきたらしい。
リリィンが銃を連射し、サタンゾアは放たれた弾を素早い動きで回避し、彼女から距離を取る。
「ちっ、その巨体であの動きか……」
悔しげに言うリリィンの気持ちも分かる。あれほど隙を突いて接近したのにも拘らず、結果的に指にミュアの《雷の牙》を当てられただけ。ダメージはほぼ皆無。
「ふむ。なるほど、我が施したゲームをクリアしてきたというわけか。存外、此度の挑戦者はなかなかに楽しませてくれるようだな」
これだけの面子が集まっても、眉一つ動かさず、むしろ愉快気である。自分の力に相当の自信があるのだろう。
日色はサタンゾアが作り出した影をすべて倒して、ミュアたちのもとへ向かう。またテンも、ミュアたちによって拘束が解かれている。
「ミミルちゃん、無事?」
「ミュアちゃん……はい、ありがとうございます!」
親友同士が再会を喜んでいる。
「助かったぞ、お前ら」
日色も素直に礼を言う。
「そんなことよりも師匠! あの者が、神王サタンゾアなのですな?」
ニッキの顔にいつもの陽気さは見当たらない。さすがの彼女でも、間近にサタンゾアを見て、相手の強さを理解しているようだ。
他の者たちも、彼を見る眼差しに畏怖を感じている様子が伝わってくる。
そんな中、リリィンが矢面に立ち、再び銃を連射した。
(さっきも見たが、あれがリリィンの新しい力か?)
初めて見る彼女の戦法に驚くが、恐らくあの銃口から発射される魔力の塊に触れると、幻を見せられてしまうのだろう。
しかしその魔力の弾が、突然現れた波紋により消失した。
「ご無事ですか、サタンゾア様」
「……ペビンか」
サタンゾアの前に現れ、リリィンの攻撃を防いだのはペビンだった。
「貴様ァッ! 邪魔をするなっ!」
「フフ、サタンゾア様をお守りするのは我が使命なので、その願いは届きません」
不敵に微笑むペビンに対し、サタンゾアが自分の背後に玉座を出現させて腰を下ろす。
「ククク、まだ余興が残っておったか。ペビンよ、奴らを屠ってみよ」
「はっ! サタンゾア様の御心のままに」
ペビンからどす黒い殺気が迸り、日色たちに緊張が走る。ペビンが挑発するように両腕を広げる。
「僕はサタンゾア様の最強の盾。どのような攻撃だろうと、僕が防がせて頂きます。先程のようにね」
「ぐっ……!」
リリィンは悔しげに舌打ちをする。
「嘘だと思うのでしたら、全力で攻撃してみるといいです。ここから後ろには、毛を揺らすほどの風すら通すことはないですよ」
ペビンの後ろでサタンゾアも余裕の笑みを浮かべている。
「……なら、お言葉に甘えさせてもらうっ! 天下に輝けっ、セイテンタイセイッ!」
日色はテンと融合して《斉天大聖モード》に変わる。
「――――――――我々もだ、ノア」
「そだね。いくよ、スー。天下に轟け、ヤタガラス!」
ノアとスーも同様に《合醒》の力を使い融合した。
「「《太赤纏》っ!」」
ウィンカァとニッキがそれぞれ身体から《赤気》を噴出させる。
他の者たちもそれぞれ全力を込めて攻撃を放つつもりだ。
「いいか、お前ら、全力であの糸目野郎を狙えっ!」
日色の言葉に従い、皆が全力で力を放つ。
「《千落の銀雷》っ!」
「《熱波拳・弐式》っ!」
「《八ノ段・次元断》っ!」
「《多重創造・吹雪の舞い》っ!」
「《幻夢射撃》っ!」
ミュア、ニッキ、ウィンカァ、レッカ、リリィンがそれぞれ先発で攻撃をし、
「《億羽》っ!」
「《閃極回巻》っ!」
ノアと日色の攻撃をその後を追う形で放たれる。
ペビンの前方から迫る、攻撃の大津波。これほどの一斉攻撃を受ければ、普通の者なら肉体の一欠けらもなく消滅させてしまうかもしれない。
「……さっさと黙らせろ、ペビン」
「はっ、お任せを」
ペビンが腕を振るうと、彼を中心にして波紋が大きく広がっていく。向かってくる日色たちの攻撃に波紋が触れた瞬間、ペビンがニヤリと口角を歪めた。
「――っ!?」
驚愕の表情を受かべたのは――――サタンゾアだった。突如として目の前で守っていたペビンの姿が消えたのだ。しかも煙玉のようなものを使って、視界を煙で覆い尽くしてから。サタンゾアの視界は白に覆われてしまった。
そして、ペビンが放った波紋もいつの間にか消えており、当然日色たちの攻撃を阻むものは失われている。
玉座に腰かけていたサタンゾアは大津波に襲われてしまう。ペビンが起こした煙を盛大に舞い上がらせる中、確実に攻撃が当たったと思ったのか、ミュアたちは喜んでいた。
しかしその中で、日色は手応えの薄さに疑問を感じていたのだ。
(おかしい……何か嫌な予感がっ!?)
日色は背後に気配を感じて振り向き、ゾッとする。何故なら、先程放った攻撃とまったく同じものが、日色たちの背後から襲い掛かってきているのだから。
「おい、お前らっ、ここから離れろっ!」
咄嗟の叫びだが、すでに攻撃は目前。攻撃範囲も広いので、このままでは回避は不可能だ。
「仕方ないっ!」
刹那、ミュアとニッキ、そしてミミルに設置していた『防護壁』の文字を同時に発動させる。三文字の重ね書きが発動し、三人を中心に防御フィールドが出現し、近くにいる仲間を覆ってくれた。
「お前ら、このフィールドから絶対出るなよっ!」
日色の言葉に誰もが頷き、向かってくる大津波に備える。三文字の三回分で強化した壁に、日色たちが放った攻撃が激突し、破裂音や金切り音に似た凄まじい音の群れが日色たちの耳を痛めつけてきた。
全力で攻撃したせいで、フィールドも少しずつヒビが入っていってしまう。
(このままじゃ破られるか! ならっ!)
さらに同じ『防護壁』の文字を書いて発動。再度強化した壁が、攻撃をどんどん弾いていく。そして数秒後、ようやくすべての攻撃から身を守ることができた。
「ふぅ……」
周りを見てみると、皆も無事のようだ。だが突然のことでキョトンとしている者もいる。
(無理もないだろうな。自分たちが放った攻撃が、何故か背後から迫ってきたんだ)
当然の戸惑いだろう。しかも日色が咄嗟に魔法を発動させなければ即死していた可能性が高い。
(だが万が一のためにせっかくミュアたちに施していた設置文字がパーになってしまったな)
日色は内心で舌打ちをしながらまだ煙に覆われている、サタンゾアを睨みつける。
すると一気に煙が晴れた直後、そこから出てきたのは、床に血塗れで倒れているペビンと、玉座に腰を落ち着かせているサタンゾアだった。
しかもサタンゾアの前方の空間には、ブラックホールのような穴が開いている。
(無傷……か)
冷たい汗が日色の頬を撫でた。
「くっ……がはっ!?」
床に這いつくばっていたペビンが口から血を吐き出す。全身傷だらけということは、日色たちが防御に集中させられている間に、サタンゾアによってそうさせられたということだろう。
「ククク、よもや我が気づかぬとでも思っておったのか、ペビンよ」
「……っ」
ペビンの悔しげな表情は初めて見る。日色はボロボロになったペビンから、悠然と玉座に腰を下ろしているサタンゾアを見た。
(やはりバレていたのか。その可能性も一応考慮はしていたが、上手くこちらの思惑を利用されたってわけだな)
あの一瞬、日色たちの攻撃を受ける振りをして、全ての攻撃を後ろにいるサタンゾアに当てることがペビンの目的であり、日色たちも彼の考えを読めていた。だからこそ全力で攻撃したのだ。
しかしサタンゾアはペビンの裏切りを前もって知っていたようで、常に警戒していた、ということなのだろう。
ペビンがフラフラになりながらも必死で立ち上がる。
「い、一体いつから……バレていたので……?」
「うぬが我に忠誠を誓っておらぬと気づいたのは、ずいぶんと昔からだ。しかし確信はなかった。何となくうぬの行動に疑問を感じていただけ」
ペビンは何度か暗殺を試みようとしたことがあると言っていたので、ペビンのサタンゾアへの敵意に気づいていたのかもしれない。
「確実にうぬが我の敵だと判断したのは…………ペビンよ、うぬが《遠見の鏡》に細工を施していると気づいた時だ」
「っ!? お、おかしいですね。バレないように精密に施していたつもりでしたが」
ペビンは細工を施して、日色たちとともにいる時も、ペビンの姿が映らないようにしていたらしい。
「ククク、うぬのことを疑っておる我が、うぬが用意した《遠見の鏡》を調べぬとでも思うたか?」
「これは……参りましたね。そんなところから足がついたというわけですか。僕もまだまだ……ですね」
辛そうにしながらも、不敵な笑みだけは常に浮かべているペビンに対し、サタンゾアはゴミでも見るかのような視線を彼へと注ぐ。
「ハーブリードの気配も感じられぬ。……これもうぬか?」
「さあ、どうでしょうか」
「ふむ」
サタンゾアが指を弾くと、そこから魔力の塊のようなものが放出されペビンの身体を吹き飛ばした。
「ぐあっ!?」
避ける間もなく日色たちの方へと吹き飛んでくる。
「ちィッ!」
日色は咄嗟に『止』の文字を迫ってくる彼に向かって放つ。身体に触れた瞬間に発動するとピタリと動きが止まった。そしてすぐに文字効果をキャンセルする。
「た、助かりましたよ、ヒイロくん」
「ずいぶんとボロボロだな。いつも飄々としているお前らしくないな」
「はは、耳が痛いですね。しかし……本当に参りました。まさか裏切りを逆に利用されるとは……」
「一体あの煙の中で何があったんだ?」
ペビンが煙玉で作った煙の中での出来事は、日色にも分からない。
「あの時、僕は煙玉を放った直後、すぐに上空へと逃げました。しかし、それが罠でした」
「罠だと?」
「はい。上空には……ほら、見てください。今サタンゾアの目前にはゲートホールがあるでしょう」
「ゲートホール? あのブラックホールみたいなやつだな?」
「そうです。あれはゲートホールと呼ばれるもので、空間と空間を繋ぎ合わせることができる《空隙のクドラ》の力によるものなのです」
「よくもまあ、次から次へと湯水のように湧き出る力だな」
そのすべてを《再現のクドラ》で再現しているというのだから恐ろしい。本当に万能な力である。
「ヒイロくんたちの攻撃も、あの空間から……あそこの空間へ飛ばしたのです」
ペビンが指を差したのは、日色たちの背後。そこには同じようなゲートホールがあった。
「僕が上空でゲートホールに呑み込まれ、気づいたらサタンゾアの目の前だったということです」
「そこで一瞬でボコられて情けなく倒れてたってわけか」
「いやはや、面目ないですね」
しかしながら、これでは迂闊に攻撃もできない。どれだけ全力で攻撃しようが、その攻撃そのものが届かず、あまつさえこちらに向かってくるかもしれないのでは危険極まりない。
「……以前にも《再現のクドラ》の欠点に関してお話しましたが、彼が一度に再現できるのは二つか、三つほどらしいんです」
「おい、そこはハッキリしてほしいんだが」
「すみません。さすがに詳しくは知らないので。ですが再現する力にもよりますが、中には発動中は制限を受ける《クドラ》もあります。あの《空隙のクドラ》も同様で、使用中はその場所から動けないのです。まあ、だから何だって感じなんですが」
確かにあの力なら動けなくてもあまり問題がないように思える。
「一筋の光明にもならん情報だな」
「手厳しいですね。ただ、まだ彼は僕たちを侮っています。こちらは一つ一つの力は弱くても数が多い。それを利用すれば……」
「話し合いは終了したか? こちらも退屈なのでな。遊ばせてもらうぞ」
すると床から驚くことに、死んだはずのハーブリードが出現する。当然彼の死を知っている者たちは驚愕に包まれるが、
「ワード……マスター…………ペビン…………殺す」
虚ろな瞳のまま、両手に剣と鞭を顕現させて突っ込んでくる。
「面倒な奴を復活させやがって! とりあえず糸目野郎、お前も役立ってもらうぞ!」
日色は『回復』の、文字をペビンの身体に書いて発動。これでしばらくしたら、傷も治癒され戦えるようになるだろう。
「礼を言いますよ、ヒイロくん」
「しばらく休んで回復したら手を貸せ。お前ら、まずはあの武器野郎を倒すぞ!」
と言ったものの、返事もせずに飛び出す人物がいた。――ノアだ。
「アイツは、おれがもらう! 神王も、おれがもらう!」
彼の眼には戦いしか映っていない。スーが何か叫んでいるようだが、耳に入っていないようだ。
「あの戦闘狂め! ……まあいい、オレらも散開して奴らを囲うぞ。ゲートホールには気をつけろよ!」
あれに吸い込まれたら、一瞬にしてサタンゾアの手中に送られる。そこでジ・エンドになる可能性が高い。
日色の注意に皆が返事をして、散らばっていく。ただ日色はミュアを呼び止める。
「ミュア、お前はミミルの傍で守りに徹しろ!」
「はい! 私の《銀耳翼》でみんなを守ります!」
その瞳は強い光を放っている。もう出会ったばかりの弱々しさなど欠片もない。
(強い奴に育ったな。オッサンが今のコイツの眼を見たらどう思うかな)
地上で待っているアノールドのことを考えるが、すぐに頭を振って思考を切り替える。
(垂れ目野郎が武器野郎と戦っている間に、オレは設置文字を用意しておく)
ただ気になるのはサタンゾアの目つきだ。何かを盗むようにノアとハーブリードの戦いを見つめている。
日色に意識が向いていないのは、この状況ではありがたいことだが……。
(垂れ目野郎の技を盗むつもりだな)
だが《合醒》は特別な力。個人だけの力ではなく、人と『精霊』との融合によって成り立つ技なのだ。盗もうにも、一人であるサタンゾアができるわけがない。
だが次の瞬間、皆が言葉を失う光景をサタンゾアが見せつけてきた。
突然サタンゾアの足元から何かが出現する。
「アレは――『精霊』さ、ヒイロッ!?」
手に持った《金剛如意》から響くテンの声。
日色も感じる。『精霊』の力を感じさせる存在だと。テンやヒメのような、動物の姿であり、サイのような外見をしている。
サタンゾアがおもむろに『精霊』を掴むと、そのまま口の中に放り込んでしまった。
「な、何をっ!?」
思わず叫んでしまう日色。
刹那、日色やノアとは違って、どす黒いオーラが爆発的にサタンゾアの全身から噴き出す。しかし日色たちのように外見が変わることはない。
ただ内包するエネルギーが巨大化しただけ。
「ふむ、《合醒》とは、この程度の力しか上がらぬか。つまらぬな」
そう言うと、サタンゾアがゆっくりを右手を天へとかざす。手の平の上にどす黒いオーラが圧縮されていく。
「さて、うぬらよ、耐えられるか?」
ゾクッと全身に寒気が走ったと同時に、
「お前ら、防御態勢を取れぇっ!」
力一杯叫ぶ。そして、サタンゾアが腕を振り下ろす。
圧縮されたオーラが床に突き刺さり、凄まじい勢いで床から角のように尖った物体が無数に出現し周囲を破壊し尽くしていく。
「何つう規模の力をっ!?」
日色は咄嗟に設置しておいた『防護壁』の文字を発動。しかも同時に二回。せっかく設置したのに、また設置し直さなければならなくなった。
傍にいたミュアたちは防護フィールドに守られて無事。
(他の連中は!)
見れば避けることができなかったのか、ハーブリードが串刺しになって沈黙している。元部下まであっさりと巻き込むとは……。
他の者たちは、咄嗟に上空へと跳び上がっており無事なようだ。
「ククク、『精霊』を生贄にした力も凌ぐとは、頑張るではないか、ゴミどもよ」
「せ、『精霊』を生贄にした力……だと?」
サタンゾアが奇妙なことを言ったので日色は眉をひそめた。
「……あの人は」
「え?」
「あの人は、『精霊』さんの命を使われたようです」
「どういうことだ、ミミル?」
近寄って来たニッキたちもミミルの発言に耳を傾ける。
「今、ここに現れたのは間違いなく『精霊』さんです。ですが、彼はその『精霊』さんの持つ力を借りるのではなく、その命をすべて力へと変えミミルたちにぶつけました。だから…………酷いです」
ミミルが悲しげに顔を俯かせる。
つまりこういうことだろう。サタンゾアが《再現のクドラ》を利用して、過去に存在した『精霊』を再現した。そしてその力を使い、どういうわけか無理矢理《合醒》をして、日色たちに攻撃をしてきたということ。
(本来、互いに認め合わなきゃ絶対《合醒》なんてできない。いや、契約しなきゃそんなこと不可能のはずだ。だが奴には万能の《クドラ》がある。もし無理矢理契約できる《クドラ》か何かがあれば……)
そうすることで、『精霊』の意志を無視して契約したのかもしれない。そして……。
(さっきの攻撃、『精霊』の命を一点に集束させて放ちやがった。『精霊の母』の転生体のミミルは、一早くそれに気づいたってことか)
涙目で日色の服を掴んでいるミミルの顔を見下ろす日色。
彼女もここへ来るために、自身が歌うことで生み出した『精霊』を力に変えてきた。それは結果として見れば、同じ命を使っているということだろう。
しかしそこには絶対的な差が確実にある。
ミミルの場合は、決して強制ではない。何故なら生み出した『精霊』に了承を得てから力に変えていたのだから。さらに『精霊』たちも世界のため、母のためならと、自ら力になることを望んでくれたという。
それでもミミルは辛そうにしていたが、サタンゾアは相手の意志を無視し、一度死んだはずの『精霊』を再現し、意志を無視して使い捨てにしている。そこがミミルとサタンゾアの大きな違いだ。
「奴は絶対に潰す。オレを信じろ、ミミル」
彼女の頭にそっと手を乗せると、
「ヒイロ……さま…………はい、お願いします」
少しだがホッとしたような顔を見せてくれた。
「ミュア、コイツのことを頼んだぞ」
「任せてください!」
ミュアがいれば、滅多なことにはならないだろう。それだけ日色も彼女の強さを信じている。
日色は懐から《回復薬》を取り出して服用する。これまで一気に消費した魔力を、元に戻す必要があった。《強欲の首輪》のお蔭で、喉を通るすべてのものが魔力回復へと繋がる。
「……よし、お前らも回復は済んだか?」
「フン、当然だ」
「はいですぞ!」
「ん……大丈夫」
「オスッ! 自分も問題ありませんです!」
リリィン、ニッキ、ウィンカァ、レッカがそれぞれ返事をしてくれた。他の者も頷きを見せてくれたので大丈夫だろう。そして……。
「僕も大分回復できましたし、微力ながら力になれそうです」
ペビンも無事回復できたようだ。
「そろそろ何かしら行動してみせよ。我は退屈だぞ」
ムカつく声が、前方から届く。
「言われなくても、ここからオレらの反撃だ!」
※
その頃、地上――【イデア】では、奇妙な事態が起こり始めていた。
「何だと? 突然各地に生息するモンスターたちが暴れ出した?」
【獣王国・パシオン】の《王樹・玉座の間》では、獣王レオウードが、部下であるバリドからの報告を聞いていた。
「はい。大人しいはずのモンスターまでもが、まるで狂ったように町や村などを襲っているようなのです」
「むぅ、一体どういうことだ。いや、それよりも防衛には向かわせたのだろうな?」
「もちろんです。比較的防衛力の小さい村などから優先して兵士たちを向かわせました」
「うむ。しかし何故このようなことに……」
「これもまた、神王とやらの仕業なのでしょうか?」
「……ヒイロたちが【ヤレアッハの塔】へと向かったことに無関係ではあるまい。魔王とは連絡が取れているか?」
「はい。実はあちらの大陸でも同様のことが起きている模様でして。それに人間界もです」
「つまり世界中のモンスターたちが狂化しておるというわけか」
「そのようです。幸い、この国には我々が待機しているので、たとえモンスターが襲って来ようと問題ないですが、小さい村や町ではそうもいきません。兵士たちも数に限りがありますし……どう致しましょうか?」
レオウードは考える。一体この状況に何の意味があるのか、と。
モンスターを暴れさせて民を傷つけていく。その命を奪っていく。一体そこにはどういう意図が存在しているのか……。
「……命を奪う……か」
「どうされました?」
「いや、確かアヴォロスも民の命を使って魔神を復活させたことがあったと思ってな」
「そういえば……っ、ではまさか今回も!?」
「まさかとは思うが……。それに魔神の核となる《ナーオスの灯》ももう存在せん。今回は封印したのではなく、滅されたのだからな」
他ならぬ日色の手によって。
「しかし、それならばモンスターたちの狂乱はただの偶然だと?」
そんなわけがない。一部のモンスターたちが暴れ出したなら、何かの病気や環境の変化などが考えられるが、世界中となれば話は別である。
そこには誰かの意志が介入しているはず。
「何者かがモンスターに何かをしたということしか今は考えられんな。しかしこうしてジッとしていても始まらん。ワシも戦闘の準備を整える。不測の事態に備えてな」
「畏まりました」
レオウードは窓から空を見上げる。どんよりと嫌な色に染まっている天……。
(ヒイロよ、お前は大丈夫なのだろうな……)
レオウードは日色に対して無事を願うことしかできない現実が歯痒かった。
※
「レオウード殿から報告があったわ。向こうも同様にモンスターの暴走が起こっているらしいの」
【魔国・ハーオス】の魔王城の会議室では、魔王イヴェアムとアクウィナスを除く《魔王直属護衛隊》の面々が顔を合わせていた。
「我が国の戦力を大陸中の集落に派遣して、何とか『魔人族』を守るのよ!」
「ですが陛下、本来『魔人族』は他者との共存を望まない性質なので、集落も隠れ里のように見つかりにくい場所にありますぞ」
《序列二位》のマリオネが発言。確かに彼の言う通り、同じ『魔人族』だといっても、人間や獣人のように違う種族の者たちが一緒に住み、街や村を作るという文化を拒否しているのだ。それは種族性といえばそれまでだが、こういう状況だと、それが致命傷になりかねない。
「くっ、最近はこの国に移り住んできてくれる者も増えているというのに……」
イヴェアムの望みは、できれば人間や獣人たちのように互いに手を取り合って、村や町などを興してほしいのだ。大陸中にそういう触れを出した結果、安全なここへ移り住む者たちも出てきているが、それでも集落を維持しその場に留まり、他者とともに住まない種族は多い。
何とか国の戦力を集落の守りに与えて彼らを守りたいと思うイヴェアムだが、その場所をすべて把握できているわけではないので難しい。
「ヒイロが言ってたわ。できれば大陸中の集落を全部把握しておけって」
「ヒイロくんがッスか? ということは、ヒイロくんはこういう状況になることを予見してたってことッスかね。さすがは我らが英雄ッスね」
嬉しそうに《序列三位》のテッケイルが顔を綻ばせているが、
「私の落ち度よ。彼に言われたことを先延ばしにしていたもの」
「そんなことないわぁ~。陛下は、ちゃんと指示は出してたものぉ。けど魔界の規模は大きいわ。すべてを把握するなんて物凄い時間がかかっても仕方ないじゃなぁい」
《序列五位》のシュブラーズがイヴェアムを擁護する。イヴェアムも、彼女の言葉に少しだけ救われる気分を味わえるが、
「ううん、やっぱり結果を出さなきゃ意味がないわ。今、私たちにできること、それは一刻も早くこの事態の解明を急いで、解決へと導くことよ」
特に魔界に住むモンスターたちの強さは、他の大陸と比べても格段に上である。そんな者たちが狂乱すれば、被害も甚大になるだろう。
「しかし暴れている理由が分からない状況では……、こんな時にわが友、アクウィナスは何をしているのだ」
少し不満気に顔をしかめるのは《序列四位》のオーノウスである。
「我々が操作されている可能性がある以上、あの方もおいそれと近づけないのでしょう」
今度は《序列六位》のラッシュバルだ。一度ここにいる面子は、『神人族』によって操作されているので、アクウィナスも簡単には顔を見せられないのだろう。イヴェアムもそう思っている。
そう思っているが、やはり彼の存在はとても大きい。魔王と並んで第二の柱になっているのも事実なのだ。イヴェアムもまた一番の頼りにしている人物でもある。
「……とにかく、各国との連絡を怠らず、モンスター襲撃には速やかに対応しなさい!」
イヴェアムの言葉に皆が返事をした。
(ヒイロ、私も頑張るから、あなたも無事でいてね)
彼女もまた、自分にできることを全力でやるつもりだ。愛しい少年の顔を思い浮かべて、改めて覚悟をし直した。
※
【人間国・ヴィクトリアス】改め、【人間国・ランカース】にも、他大陸と同じような問題を抱えて、国王であるジュドム・ランカースは、事態の解決に奔走していた。
自らが部隊の編制を行い、各地の街や村に兵士たちを向かわせていたのだ。ジュドムは、冒険者をしていた経験から、彼を慕っている者が多く、彼らも手を貸してくれている。
「むぅ、しかし何故突然モンスターが暴れるなんて……」
「ジュドム様、ヒイロ様が塔へ向かわれたことと何か関わりがありますの?」
会議室にて、ジュドムの呟きに対し、元ヴィクトリアスの第二王女であるファラが尋ねる。
「多分、『神人族』が何かしらやってやがるってことは間違いねえんだろうな。人を操作できるような奴らだ。モンスターが操作できねえわけがねえ」
「では、ヒイロさんたちが何とかしてくれるまで、私たちは耐えていればいいのでしょうか?」
次に言葉を発したのはファラの姉である第一王女のリリスである。
「いや、黙ってるだけなんてのは俺の性分じゃねえ。できるだけ事態の把握に努めて、もしこの地上に、モンスターを操ってる奴がいるようなら俺たちで潰す!」
「では、ウェル隊長とその部隊に怪しい人物が大陸にいるか探してもらいますか?」
「それしかできることはねえか……。もっと人海戦術でやりてえが、この国や、他の街なんかにも防衛に回す戦力が必要だしな。ただ三大陸すべてのモンスターを操ってるんだったら、この大陸にそれらしい奴がいる可能性は低いかもしれねえけどな」
「そうなんですの。この大陸だけではなく、三つの大陸に手を出されていますの。それだけの力を使っているということは、一つの大陸でその力を行使しているとは考えられませんの」
ファラの言う通り、もしモンスターの暴走が『神人族』の手によるならば、これだけの力、一つの大陸に留まって使っているとは思えない。三つの大陸を平等に力を揮える場所にいる可能性が高い。
「けど見当もつかねえな」
その時、兵士が顔を青ざめさせながら会議室へと飛び込んできた。
「ほ、報告致しますっ!」
「どうした!」
「そ、空をご覧くださいっ! モ、モンスターがっ!」
兵士の要領を得ない発言に訝しみながらも、ジュドムたちは窓から曇天を見上げる。
「っ、な、ア、アレはっ!?」
ジュドムの視界に飛び込んできたのは、空を覆い尽くそうとしている黒。国からまだ距離がある空に巨大な影が走っている。
「あの影は……モンスターかっ!?」
とんでもないモンスターの群れである。まるで雲のように広がったそれらは、真っ直ぐ国へと向かってきていた。
「「ジュ、ジュドム様……!」」
ファラとリリスが不安気に名を呼ぶ。ジュドムは報告しにきた兵士に尋ねる。
「モンスターの種類は判別できているか!」
「はっ、それが……」
「何かあるのか?」
「あ、あの群れは……シースカイドラゴンかと」
「何だとっ!?」
兵士の言葉に愕然とするジュドム。
「あ、あの……シースカイドラゴンとは何ですの?」
ファラの質問に、ジュドムは重苦しい唇を動かした。
「……海に生息する翼を持つドラゴンだ。その危険度ランクは…………SSランク以上」
「そ、そんなっ! で、ではSSランクのモンスターの群れが押し寄せてきているのですか!」
リリスの叫びが響く。彼女の驚きも無理はない。何故ならここ人間界ではSSランクのモンスターなど数えるほどしかいない。
Sランク以上のモンスターで溢れている魔界と違って、人間界は平均的にF~Bランクのモンスターが多いのである。
SSランクのモンスターを発見することすら珍しい。そんな存在が、群れを成して向かってきている現実は、まさしく異常事態というわけだ。
SSランクのモンスターを一体相手するのは、冒険者のSSランクが徒党を組まなければならないとされている。それでも犠牲者が出る確率は高い。
「と、とにかく襲撃に備えるんだっ! 何としてでも国を守るぞっ!」
状況は刻一刻と最悪に近づいていく。
(今の戦力で奴らから国を守り切れるのか……くっ、あの数じゃ……!)
二体、三体なら、ジュドムが全力を尽くしさえすれば討伐も問題はない。だが見る限り、数百体はいる。
しかも海のモンスター。その身には魔法や特別な力を宿したものが多く、相手にするのは死にもの狂いになるのが普通なのだ。
するとその時、再び兵士から報告が届く。
「今度は国に向けて陸路からSSランクのモンスターがやって来ているだとっ!?」
報告では空からだけではなく、大地を駆けてSSランクのモンスターが向かってきているとのこと。
「しかも確認できただけで、バロンレパードに、カウントマンティス、それにマークィスキャンサーだと……っ!? どいつもこいつもユニークモンスターじゃねえか……!」
すでに包囲網はできているといった具合に、国の周辺にはSSランクのモンスターで囲まれているとのこと。
ただ幸いなのは、目的が【ランカース】なのか、他の街や村にはそれほど手を出していないということだ。通過する時に少々被害を受けたらしいが、壊滅までいっていないらしい。それは喜ばしい事実だが、すべての戦力が国に集中している事実に頭を抱えてしまう。
「クソッ! 一体どのこどいつだ! こんなクソみてえなことしやがんのわっ!」
せっかくアヴォロスによって崩壊した国をここまで立ち直らせたというのに、再び無に帰してしまうのか……。
ジュドムの頭の中は混乱の渦で思考が定まらない。できれば他国から助力を仰ぎたいところではあるが、どうやら他でも同様の事態に苛まれているとのこと。こんな状況で助け合いができるわけがない。
絶望――ただ一つの言葉が皆の脳裏に浮かんだ。




