235:神人族のクドラ
日色たちが出発したということは、各国の王たちに伝えられた。ほとんどの者が空を仰ぎ、若き英雄たちが【ヤレアッハの塔】へと向かう瞬間に立ち会おうと視線を向ける。
無論全ての者たちの視界に、天翔ける船が映ったわけではない。それでも彼らに希望を託すように、祈るような仕草をする者たちが大勢いた。
特に日色が立ち寄り、少なからず貢献することになった集落、村、町、国に住む者たちは、日色の出発を聞き皆が日色の勝利を願っている。
『神人族』が存在すること、そして今日、日色たちが討伐しに行くことを広めたのはイヴェアムである。先日、日色に関して流された巨悪という噂を払拭するためにも、イヴェアムが率先して世界のために日色たちが戦うことを知らせたのだ。
本来ならば、必要無き混乱を招く可能性が高いので、民たちには『神人族』の存在を知らせないように努めていたのだが、先の噂を消すためにも、イヴェアムが各国の王たちと連絡を取り合い、日色が世界のために動いているということを知らせた。
情報の乱れに合い、困惑する民たちも多かったが、それでも日色のことを知っている者たちはイヴェアムの流した話を信じた。
そしてその者たちがさらに他の者たちへ話を通じ合わせて、本日に当たるというわけだ。イヴェアムも、日色と会うまで落ち込んでいたが、彼のためにやれることはやっていたというわけである。
天を仰ぐ多くの者の中に、一人――ある小さな浮島にて同じように空を見つめている人物がいた。
そこはかつて世界を救った勇者である灰倉真紅がその命を絶った場所――【エロエラグリマ】。そよ風吹く中で、黒ローブを全身に纏ったその人物の背後に、ザッと砂道を踏みしめる音がした。
「――――あなたは行かないのですか?」
現れたのは――ペビン。
相変わらず何を考えているか分からない糸目を見せつつ、黒ローブの人物を見据えていた。
ペビンの登場に驚きを一切見せず、また振り返りもせずに口を動かす。
「何用だ?」
「いえ、ヒイロくん、行っちゃいましたけど、あなたはどうするのかと思いまして」
「それが貴様に関係あるのか?」
「まあ、僕の願いを叶えるためにも戦力が多いに越したことはありませんから」
「つくづく食えない奴だ。一体何を考えている?」
「僕が考えているのはただ一つ。世の中が面白くなることです」
「…………悪趣味な」
「よく言われます」
愉快気に肩を竦めるペビンに対し、黒ローブの人物から溜め息が零れ出る。
「しかし、《ソロモンの古代迷宮》で会った時はさすがに驚きましたよ。まさかあなたがヒイロくんを助けるとは。どういう風の吹き回しか、聞いてもよろしいですか?」
「答える義務はない」
「おやおや、その言い回し。まるでヒイロくんですね」
黒ローブの人物がゆっくりと振り返り、フードの中からギロリとペビンを睨みつける。
「おっと、怖い怖い。勘弁してください。別にあなたと争いに来たわけではありません」
「……なら何しに来た?」
ペビンがフッと相手の近くにある石碑に視線を落とす。
「勇者シンクと歌姫ラミルの墓……ですか。あの時代は悲劇が跋扈していましたねぇ」
「…………」
「僕も何度か彼を生かそうとしましたが、結局は力不足でその願いは届きませんでした」
「そんな話は初めて聞いたな」
「僕も初めて口にしましたから。まあ、ほんの少し後悔してるんですよ。あそこで勇者シンクを生かせていれば、この数百年、もっと面白いものが見れたのでは……とね。まあ、今思うとそれで良かった気もします。新しい玩具にも出会えましたし」
「ヒイロ・オカムラのことか?」
「ええ、彼は面白い。僕の人生の中でもトップクラスです。下手をすれば一番ですねぇ。だからこそ、このまま彼がいなくなるのはつまらないんですよ」
「……何が言いたい?」
「あなただって、彼を助けたということは、彼が神王様に殺されるのは許容できないのではないですか?」
「…………」
「ヒイロくんは強い。何せあの魔神すらも倒したのですから。ですが、神王様はさらに別格。あのアダムスさんとイヴァライデアさんが倒せなかった相手なのですから。たとえ傍に仲間がいようが、神王様の能力の前にどこまで通じるか……」
ペビンがやれやれといった感じで両手を上げると、
「だから何だ? 遠回しに言葉を吐くのは止めろ」
黒ローブの人物が若干怒気を混じらせた声音を出す。
「簡単ですよ。ただ、あなたをご招待したいと思いましてね――――月の塔へね」
※
「すっごいよなぁ。ホントに空飛んでんだからよぉ、この船」
船の中を興奮気味の表情を浮かべて動き回るテン。同じように縁から顔を覗かせて、感動で眼をキラキラとさせているニッキもいる。
「うおぉぉぉぉ! 景色が凄いですぞ! 師匠! ヒメ殿! 見てくだされ! 【パシオン】があんなに小さくなっているですぞ!」
「落ち着きなさいよ、テン、ニッキ。はしゃぎ過ぎて落ちても知らなくてよ?」
窘めるのはヒメだ。
だが日色もニッキたちが感動する気持ちは良く分かる。大空を翔け巡る船など、普通では信じられないだろう。この世界では船という存在すら稀少なのに、その船に乗って空を飛んでいる状況は日色の心にも結構な衝撃を生んでいた。
(まさにファンタジーだよな)
これから決戦に向かうのだが、やはりこういう状況を楽しんでしまうのは無理もないと思う。何事も初めての経験の時はワクワクする。しかもそれが凡そ普通では体験できないものであればあるほど胸は躍る。
見れば日色の傍にいるレッカも地上を見下ろし「わぁ~」と感動げに声を漏らしている。ウィンカァとミュアもこの状況に視線を激しく移動させている。
リリィンは……と見ると、彼女はあまり興味がないのか空を見上げていた。いや、彼女は恐らくいつ塔からの刺客が来てもいいように警戒しているのだろう。さすがは百戦錬磨の強者である。こういうところは見習わなければならない。
ノアは普段通り、黒鳥の姿になっているスーに寄り添って眠ったまま。彼は何があってもマイペースらしい。
日色はそのまま船内に入っていき、《精霊炉》がある部屋へと足を運ぶ。
「どうだ? 順調か?」
「あ、ヒイロさま! はいです。すこぶる順調です」
「悪いな。お前にも外の景色を見せてやりたいが」
「それなら大丈夫です」
「は?」
「船全体を覆っている結界は、ミミルの力でもあります。そして目でもあるのです」
「なるほどな。結界を通して外が見えるってわけか」
「はい!」
仲間外れにされた感じで落ち込んでいるのではと思って来てみたが、そんなことはなかったようだ。
「もう少し力を調整すれば、外にも出られます。ララシークさんが、《精霊炉》の運用構築式を強化してくださったので、歌い続けなくてもしばらくは航行を続けることが可能になりましたから」
そう、元々設計されていたのは、ミミルが歌い続けることで『精霊』の力を行使し飛行するという機能だった。しかしララシークの発案で、ある一定の『精霊』を生み出し、その力を貯蓄することが可能になった。
まだ地下空洞に船があった時から、ミミルは歌で『精霊』の力を、この船 正しくいえば、《精霊炉》に蓄えていたのだ。
ただ結界構築についてはミミルが直接手を加えなければならないので、出発時は、ミミルが水晶玉に自ら入って力を使ったのだ。
「細かい微調整が終わると、ミミルも上に上がりますので、ヒイロさまもお気になさらずに皆さんと景色でも楽しんでくださいです」
「微調整はすぐ終わるんだろ。ならここで待っててやるから早くしろ」
「ヒイロさま……はい!」
嬉しそうにニッコリと笑ったミミルは、再び祈るような仕草を取り眼を閉じる。
そして数分後、ミミルと一緒にミュアたちがいるデッキへと出た。
「わぁ~、風が気持ち良いです~」
「あ、ミミルちゃん!」
「母上!」
ミミルの姿を見て、ミュアとレッカが近づいてくる。
「お疲れ様、ミミルちゃん!」
「オス! お疲れ様です、母上!」
「はい。ありがとうございます、ミュアちゃん、レッカ」
ミミルも問題無く、仲間たちとコミュニケーションが取れているのを確認してから、日色はリリィンのもとへ向かった。
「どうだ? 何か動きはあったか?」
「む……ヒイロか。いや、今のところはない。しかし暢気な奴らだな」
呆れた様子でにこやかムードのミュアたちを見回すリリィン。
「そのうち嫌でもシリアスムードになる。少しぐらいハメを外してもいいだろ。その分、オレとお前が警戒してればいい」
「フン。相変わらず甘い奴だ」
本音を言うなら、これほど気持ち良いのだからデッキの上で寝ながら本でも読みたいが、それはさすがに無理なのは百も承知である。
「まあ、あの糸目野郎が言っていた通りだとすると、奴らはオレらが塔に来るのを待っているらしいからな。航行を邪魔するとは思えん」
わざわざ連れ去らなくても、《不明の領域者》が向こうからやって来るのだから、『神人族』にとっては手間が省けるというものだろう。邪魔をする理由が見当たらない。
「問題は塔へ辿り着いてから、というわけか」
「ああ、だからお前も少し気を緩めていいんじゃないか?」
「フン。あの男はどうも信用ならんからな。ワタシ一人でも警戒していればいいだろう。まあ、もう一人、警戒している奴はいるようだがな」
リリィンが、スーの方に視線を移す。彼もジッと塔を見つめて、警戒態勢を整えている様子だ。
「……この調子だと、あと三十分ほどで宇宙空間に出るか……」
その前に船の結界を強固にする必要があると考える。一応宇宙へ出る前に、ミミルの結界に日色の『大結界』を重ねがけする予定だ。そしてできるだけ早く月へ向かうために速度も上げる必要がある。
ペビンからは月の環境は、【イデア】とそう変わらないと聞いたので、向こうでは息ができることは分かっている。向こうに着いたら『調査』の文字で、ペビンの言うことが本当かどうか一応調べるつもりではあるが。
(それまではゆっくりできる……か)
徐々に近づく【ヤレアッハの塔】を見つめながら、日色は軽く息を吐き出した。
※
――――【ヤレアッハの塔】。
上へ昇る螺旋階段の先に存在する三つの部屋。その一つの部屋に、ペビン、ハーブリードが一人の男の前に跪いていた。
「――――時は来た」
巨大な黄金の玉座に腰を下ろし、二人を見下ろしている巨躯の人物。五メートル以上はあろうかという体長。座しているだけで他を圧倒する威圧感を感じる。
男の名はサタンゾア。神王と呼ばれしイヴァライデアの敵である。
「これでようやく《イヴダムの小部屋》を開くことができる。そうだな、しもべどもよ」
「その通りでございます、サタンゾア様。まもなく《不明の領域者》を乗せた天翔ける船が、こちらへ到着する予定でございます」
そう言うのはハーブリードである。
「うむ、良きに計らえ」
「「はっ!」」
「して、一つ気になることがあるのだが」
「どうされましたか?」
ハーブリードが聞くと、サタンゾアがいかつく吊り上がった眉を歪め、さらに迫力を増す。
「今代の《文字使い》に関することよ」
「はぁ……」
「少しは楽しめる相手なのだろうな」
「……お言葉ですが、まさかサタンゾア様自らがお出になられるので?」
「我も退屈なのだ。忌々しきイヴァライデアに封じ込められておったからな。久しく身体も動かしていない」
「ですが、サタンゾア様が全力をお出しになられると、この塔自体が崩壊しかねませんが?」
「ほう。我が全力を出すかもしれない相手だというのか?」
全身を刺すような殺気が、ハーブリードとペビンに襲い掛かる。二人の額から汗がポタリと床に落ちた。大気どころか、殺気だけでビリビリと部屋自体が微かに揺れている。
「……こ、言葉が過ぎました」
ハーブリードが慌てて下げている頭をさらに下げて謝罪をする。
サタンゾアはつまらなさそうな表情を浮かべて、玉座の背もたれから僅かに背中を離す。
「まあいい。うぬらがそう言うのであれば、少しは期待できるのであろう。【イデア】の全てを手中にする前の気晴らしになろう。ただ、本当にそやつが強いのか確かめてみてから判断するのも面白い。久々に骨のある戦闘を見られることを期待するとするか」
「はっ! ではアレらを使って彼らを試すというのはいかがでしょうか?」
「ふむ。なら任せよう。《遠見の鏡》をここに用意せよ」
「「はっ!」」
※
『精霊』の力で動く飛行船 《スピリット・アーク》に乗った日色一行が、しばらく航行を続けていると、雲を突き抜けた先に徐々に普段とは違う空色が視界に映ってきた。
「ヒ、ヒイロさん、あそこが宇宙なんですか?」
ミュアがキュッと日色の袖を握りながら、不安そうな表情で尋ねてきた。
「そうだ。そろそろミミルの張った結界を強化しておくか」
日色は《赤気》を使い、『大結界』の文字を結界に重ねがけしていく。これで宇宙空間でも問題無く航行できるようにしておく。宇宙に出れば、ミミルが船の翼を動かして、塔へと向かう予定だ。
「フン。やはり手を出してこないところを見ると、あちらもお前をを歓迎しているようだな」
リリィンが鼻で息を吐くと、眼を細めながら塔を睨みつけつつ言ってくる。彼女と一緒に奇襲などがあるかもしれないと警戒していていたが、これまでずいぶんと大人しいものであった。
「よし、宇宙へ出るぞ」
日色の声に、皆の顔に緊張が走る。宇宙へ出るなどこの場にいる者全員が初体験のはず。しかも宇宙空間に出ると、生身では普通は死ぬと日色に言われていれば怯えを見せるのも仕方ないかもしれない。
「ミミル、ここからは最短距離で塔へと向かう。お前も《精霊炉》へ入ってくれ」
「はい! 任せてください、ヒイロさま!」
「ミュア、何事もないとは思うが、一応ミミルについていてやれ」
「そのつもりです、ヒイロさん!」
最初から言われるまでもないといった感じで、ミュアはミミルと一緒に船内へと向かっていった。
日色も初めて出る宇宙空間なので、何が起こるか分からない。少しでも船を敏速に動かし、何が起こっても対処ができるように努める必要がある。
「お前ら、ここからはミスは無しだ。気を引き締めろよ」
日色の言葉に皆が返事とともに頷きを返す。ノアだけは、いまだに気持ち良さそうにいびきをかいているが。
「ほへ~! こ、これが宇宙ですかな……?」
「ん……キレイ」
ニッキとウィンカァがそれぞれ、宇宙の光景を見ながら瞬きを失っている。
「あそこが【イデア】なのね……。こうして自分たちが住んでいる星を宇宙から見るとは思いもしなかったわね」
「だな。けど、アレが俺たちが守る世界さ」
ヒメとテンは『精霊』同士、思うところがあるのか青々と輝く小さな星である【イデア】を眺めている。
(思ったより、【イデア】ってのは小さかったんだな……)
というよりも大地の割合が小さいとでも言おうか。圧倒的に海の占有率が大きい。
(海の星……とでも呼べるな)
地球もまた海の割合が多く、蒼き星と呼ばれていたような気がする。こうして宇宙から星を眺めるのは、想像以上に感動を覚えるものだ。
それにそれだけではなく、宇宙には小さな光が数え切れないほど浮かんでいる。地上から見る星の海に、今自分たちが漂っているのだと思うと現実感が湧かない。
だが確かに今、日色たちは星の海を泳いでいるのだ。
「ち、父上……」
「何だ、レッカ?」
「父上の生まれた星も、このように青々としていたのですか?」
「そうだな。こうやって宇宙から見たわけじゃないが、【イデア】よりも多分もっと大きい星だろうな。だが、見た目はそっくりだと思うぞ」
テレビや雑誌などで宇宙から見た地球の姿は何度も見たことがある。それと比べると、何となく似ていると日色は感じた。
「……このような星が、宇宙にはたくさんあるのでしょうか?」
「さあな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それだけは、実際にこの眼で見なきゃ分からないな」
「はぁ~……凄いです。もし、本当に【イデア】や、父上の生まれた星のような場所があるのであれば、行ってみたいです」
「……そうだな。オレも機会があるなら行ってみたいな」
「そ、そうですよね!」
レッカは日色の賛同されたことが嬉しいのかにこやかに笑みを浮かべている。
「いろんな星に行けば、それこそ読んだことも無い本や、食べたことも無い食べ物なんかいっぱいあるだろうなぁ」
「…………やはり父上は、本と食べ物があればいいのですね」
「そんなことはないぞ」
「で、ではどんなものをお望みですか?」
「そうだなぁ。日本人としては絶景の見える露天風呂なんかもいいな。そこで懐石料理なんて食べると美味そうだ」
「……やはり父上は父上ですね」
レッカもこれ以上聞くのを諦めたようで、若干肩を下げた。
日色は身体ごと金色の塔に向けて見据える。
(あれが【ヤレアッハの塔】……神が造り上げた【イデア】を司るシステムが備わっている場所か)
いよいよもう引き返せないところまできた。準備は万端。力も満足いくまで鍛えてあると思う。あとはここにいる仲間たちと力を合わせて、【イデア】の敵である『神人族』を打ち滅ぼすだけ。
遥か古代から繋がる因縁をすべて断ち切れるかどうか、日色たちの双肩にかかっている。
(負ければすべて失うだろうな……。この戦いだけは、絶対に負けられん。負けるわけにはいかない)
もうすぐ塔へと到着する。降りる大地も十分に開けた場所があり問題はないようだ。
「聞こえるか、ミミル! 塔から少し離れた場所に降りてくれ!」
すると反響するように“了解しました”と、ミミルの声が響いた。
「さあ、気合入れろよ。ここからは、最大の死線だ!」
【ヤレアッハの塔】――到着である。
死の大地。月に降り立った日色は、周囲を見てそう思わざるを得なかった。
生き物の気配がしない乾いた大地がただただ周囲に広がっているだけ。ゴツゴツした地面に、クレーターも幾つか発見できる。しかし青々しい【イデア】と比べると、水も緑もないここは、やはり味気も何もない死んだ世界だと思ってしまう。
日色は『調査』の文字を使って、船の外に出ても大丈夫なのかを調べる。
(……どうやら、息もできるし魔法も使えるようだな。それに……)
ここに近づく度に感じていたことだが、何となく自分の力が強まっているような気がしていたのだ。やはりここにイヴァライデアがいるからだろうか。そんな風に思いながら、日色は船から跳び下りる。
他の者も日色を見て、外に出て安全だと判断したようで、同じように次々と跳び下りた。
ミミルに関しては、ミュアが手を取り一緒に降りてくる。
「ここが……月か」
日色は、自分の知識上にある月の光景を思い出し、似通っていることを知る。ただもちろん、目の前にある巨大な塔の存在などは、地球の傍にある月には存在してはいなかったが。
「そしてアレが、【ヤレアッハの塔】か」
「おっきいですぞ……」
「ん……首痛い」
日色の言葉に次いで、ニッキとウィンカァが、塔を見上げながら口を動かす。彼女たちの言う通り、とてつもなく高く大きな塔である。
以前【獣王国・パシオン】で見た《始まりの樹・アラゴルン》も見上げるほど大きく感動したものだったが、これはその比ではない。
一体何メートルあるのか想像もつかない。何故なら頂上がここからでは確認できないのだから。
「この先にイヴァライデアが封じ込められている部屋があるということか。それに……神王とやらもな」
「おいヒイロ見ろ、扉が……何か出てくるかもな」
リリィンの視線の先 塔の入口らしき扉が、ギィ……っと開いていく。皆の警戒度が急激に高まる。
だが中から誰かが出てくる様子はない。
「……勝手に入って来いってことか」
「みたいだな。どうする、ヒイロ?」
「歓迎されてるなら堂々と入るだけだ。罠なら真正面からぶっ潰す」
「ククク、それでこそワタシのしもべだ」
リリィンが愉快気に頬を緩めると、そのままゆっくりと前へ歩いていく。日色たちもその後について行く形で動き出す。
「ミミル、お前はオレの傍から離れるなよ」
「は、はい」
日色の後ろにつき、ギュッと日色の服を握りしめるミミル。彼女には戦闘力というものはほぼ皆無なので、日色たちが守り通す必要があるのだ。
ミミルの後ろにはレッカがつき、周囲を警戒している。母親を守るために、彼も尽力するつもりのようだ。そしてミミルと手を繋ぐミュアもまた、同じように周りに意識を向けて、何が起こっても対処できるようにしている。
開いた扉の前で、日色たちは歩みを止めた。
「さて、ここから先はもう引き返せないだろう。入ったら即時戦闘ってのも十分あり得る。各自準備はいいな?」
日色の言葉に反応を返す皆。ノアだけは相変わらずスーの背中で寝ているが。
「よし。なら行くぞ!」
日色がまず塔の中に足を踏み入れた。瞬間、遥か上空から凄まじいまでのエネルギーを感じる。その力の質と量は、明らかに魔神ネツァッファと同格か、それ以上。
(間違いなく、これは神王とやらの力だろうな……。まだ戦ってもいないのに、何てバカげた力を持っていやがる)
普通の者ならば、この力を感じただけで逃げ出すほど。事実、ミミルなどは身体の震えが止まらないのか、握っている日色の服から振動が伝わってくる。
「ミミルちゃん」
「……ミュアちゃん」
「大丈夫だよ。わたしたちがいるから」
「……はい」
ミュアに手をギュッと握られ、少しだけミミルの震えが治まったように見える。さすがは親友同士。それにこの空気感の中で、他の人に気を回せるとは、ミュアも成長したなと日色は思った。
「……螺旋階段か」
遥か永遠に続くのではと思わされるほどに続く階段。天井が見えないので、何段あるか分からない。一万や二万ではきかないだろう。
「し、師匠! 壁を見てくだされ!」
ニッキが指を差す先にあるのは、螺旋階段を沿うように作られている壁。その壁が全て本棚になっており、そこには数え切れないほどの本が延々と収められている。
「まさかこれが……!?」
――――そうです。それが《塔の命書》ですよ、侵入者さんたち。
不意に聞こえてきた声。それは聞き覚えのあるものだった。
「……糸目野郎」
いつの間にかそこにいたのは――ペビン。
普段と変わらない様子で、日色たちの前に立っている。
(こうしてオレらの前に現れたってことは、今は……向こう側にいるってわけだな)
さすがにこんな堂々と日色の仲間として現れるわけがないだろう。今は『神人族』として姿を見せているに違いない。
日色がそう判断したと悟ったのか、ペビンは微かに頬を緩めると、
「ようこそ、【ヤレアッハの塔】へ。我々『神人族』は、あなたたちを歓迎します」
「な、何を言っているのですかなペビン殿は? だってぺびぶっ!」
「お前はいいから少し黙ってろ」
ニッキが余計なことを言う前に、彼女の口に手を当てて黙らせる。日色は他の奴らに目を配り、余計なことを言うなと目線で語ったあと、そのままペビンを見た。
「ここに現れたということは、しょっぱなからお前がオレらの相手をするってことか?」
「いえいえ、僕はただの案内人。何せ神王様は目覚めてからずっと退屈なさっておられるようで、少しゲームでもしたいと仰っておりましてね」
「ゲーム?」
「ええ、これから幾つか、我々が用意した番人と戦って頂きます。見事すべての番人を倒して――」
ペビンが指先を天高く突き上げる。
「あの最上階へ辿り着くことができれば、神王様自らがお相手なさると」
「ずいぶん高慢な奴だな、神王とやらは」
文字通り高みの見物をするというわけだ。
「では、僕についてきてください」
そう言うと、ペビンが階段を昇り始めた。
「……どうするのだ、ヒイロ?」
リリィンが代表して、日色にどうするかを訪ねてくる。
「言っただろ。罠なら、真正面からぶっ潰すと」
「はぁ……貴様らしいな。ならとっとと行くぞ」
案内役がペビンなのは、実は予想外ではなかった。というか、もしそういう役目を神王から貰えるならそうしてくれとペビンに言っておいたことでもあったのだ。
ペビンとの契約上、互いの害になるような行動ができない以上、ペビンが案内役の方が何かと好都合でもある。それに……。
“おい、糸目野郎”
“っ!? おやおや、これは念話というやつですね、ヒイロくん”
こうして近くにいるのであれば、『念話』の文字を使い、頭の中で話ができるのだ。
“一応確認しておく。お前は、こちら側なんだよな?”
“ええ、それは偽りなく。ただ、監視の目もきついので、仲良くはできませんがね”
“よく言う。最初から仲良くなどしてはいないだろうが”
“いやはや、それは少し傷つきますね。まあでも、僕の望みは神王様の崩御ですから、できることはするつもりですよ”
“…………分かった”
まだ完全に信用はできないが、嘘を吐けない誓約がある以上は、一応の情報源としては信頼できると判断した。
「この壁にある本が《塔の命書》だと言ったな?」
「ええ、申し上げましたよ」
「これが全部……【イデア】に住む者たちのか?」
「ふむ……そこにある本を手に取って見てください」
ペビンが指差す場所に収められている本を手に取り開いてみる。
「……何も書かれていない?」
「そう。ここにはまだ生まれていない生命体の本まで保管されているのです」
「……生まれていない?」
「ええ、言い換えれば、この先、生まれるであろう生命の分までもが、ここに出現するのです」
「つまり、ここには未来に生まれる者たちの本までもが保管されてるってことか?」
「ご名答。ですからその本はまだ白紙なのです。生まれてもいない者を操作することはできませんから。まあ、文字自体を書くことはできますが、対象はいませんから、必然的に“不達成”になりますがね」
「なるほどな。だからこれだけの量か……」
遥か天にまで続く壁。そのすべてに本が保管されているということは、それこそ膨大な数の人生録が収められているはず。
「すでに死んだ者の本までありますからね。有限ではありますが、これから先、無限に手を伸ばすほどの《塔の命書》が生み出され続けるということです。『神人族』を倒さねば……ね」
こんなシステムを生み出したアダムスとイヴァライデアの規格外っぷりが凄まじい。最早魔法などというファンタジーすら超えているような気がしてくる。
しばらく螺旋階段を歩いていると、その先に開けた場所が現れた。そしてその中央に仁王立ちしている存在に、皆の視線が向く。
そこには以前ドゥラキンが作り出し、レッグルスと戦わせたデュークキーパーと同じような存在が立っていた。
「ご紹介しましょう。あの方は、アルタイル。最初のゲームの相手です」
塔へ来て初めての実戦相手。それが今、日色たちの目の前に現れた。ペビン曰く、その名をアルタイルという存在は、奇妙な姿をした人型をしている。
「フン、面白い。そのゲームとやら、このワタシが相手をしてやろう」
不敵な笑みを浮かべて一歩前に出たリリィンに、アルタイルが意識を向ける。
「なるほど。リリィンさんですか。お一人だけで挑まれるおつもりですか?」
「当然だ。戦いとは基本的には一対一だ」
ペビンの言葉に自分の考えを真っ直ぐ突き出したリリィン。日色はそんな彼女から視線をアルタイルへと動かす。『覗』の文字を使って《ステータス》を覗き見ようとするが……。
(……やはり見えない……か。というよりも設定されてないんだろうな)
相手は『神人族』が用意した手駒。わざわざ相手に情報を与える《ステータス》を設定しているとは思えない。完全に日色対策ということだろう。
「ヒイロ、貴様らは先に行け。ここはワタシ一人でいい」
「リリィン……」
「ヒイロ以外の貴様らに言っておくことがある」
リリィンが日色以外の者たちの顔を見回す。
「できるだけヒイロを無傷で神王とやらのところまで連れて行くのが我々の使命だと心得ろ。そのために貴様らはここにいるのだからな」
日色は彼女の言葉に目を見開く。
(そうか……コイツがついてきたのは、最初からそのために……!)
神王を倒せるのは日色。少なくともリリィンはそう考えているようだ。ただしそこへ辿り着く前に、日色が疲弊し切っているのは問題外。故に日色を万全な状態で神王の前に到着させることが、他の仲間たちの任務だと彼女は最初から決めていたようだ。
「なら全員でやれば効率が良いだろ?」
「フン。このゲームとやらは、そうやって我々の力量を計るつもりなのだろうな」
「む? どういうことだ?」
「こうして各地に敵を配置している意味が必ずあるということだ。ただ暇潰しに、戦わせてるだけではない。このゲームとやらには、何かしら重要な意味が備わっている気がしてならん。神王とやらは、高みの見物をしているんだろ? 全員で戦って、こちらの技をわざわざ相手に見せてやる必要などない」
つまり彼女は、こうして戦わせて日色たちの戦力を計ることが相手の目的だと言っているのだ。
「それにこんな不気味な奴、ワタシ一人で十分だ。だから貴様らはさっさと行け。時間をかければ、相手が何をしてくるか分からんぞ」
確かに彼女の言う通り、先に行けるならさっさと向かうべきだろう。日色たちの目的は『神人族』の討伐。ペビンの情報では、それはペビンを抜くとあと二人いる。
その二人さえ倒せば、【イデア】を救うことができるとのこと。リリィンの言うように、相手に従ってこちらの戦力を分析させるのは不利かもしれない。
「……分かった。ならここは任せる」
「決めたなら、さっさと行け。貴様らも分かってるな?」
「任せるですぞ! 師匠は必ず無傷で最上階までお届けするですぞ!」
「ん……それまでウイたちがヒイロを守る」
「はい! ヒイロさんは、神王と戦うことだけを考えてください!」
ニッキ、ウィンカァ、ミュアがそれぞれ言葉を出し、他の者もそれに同意するように頷きを見せる。尤も、ノアとスーだけはいつも通りの反応ではあるが。
「構いませんよ。お一人がアルタイルさんを食い止めて、他の者が上へ昇っても」
ペビンからも了承を得る。
「しかし、もちろんリリィンさんがアルタイルさんに敗北し、死んでしまえば、アルタイルさんも上へと向かい、あなたたちを妨害します。ここでなら一対一で相手できますが、そうなれば、あなたたちにとっての敵が複数になってしまいますがね」
「フン。見縊るなよ。こんなわけの分からない輩にワタシが敗北など有り得んわ」
「おお、凄まじい自信ですね。ですがあなたこそ見縊らない方が良いですよ? 何といってもアルタイルさんは、かつて我らが『神人族』の星で勇名を轟かせた人物なのですから。その実力は アクウィナスさんにも劣らないと思いますよ?」
ペビンが教える情報に、その場の者が息を呑む。ペビンは日色に対して嘘を吐けない。つまり少なくともペビンは、そう思っているということだ。
「まあ、彼が力を発揮できるのはこの塔の中のみですが、油断しない方が良いとだけご忠告しておきましょう」
「フン。油断など一欠けらもしてらんわ。ヒイロ、さっさと上へ行け」
しかしリリィンの言葉を受け、アルタイルが階段の前まで移動し、向かうのを阻む姿勢を見せる。
「おやおや、すんなりとは行かせてもらえないみたいですよ。どうしますか、ヒイロくん?」
日色の行動に期待するといった感じでペビンが言うと、その刹那――リリィンが地を蹴り出し驚くべき速度を持ってアルタイルに詰め寄り、彼の側頭部に蹴りを与える。
だがアルタイルも、彼女の攻撃にしっかりと反応し、身を屈めて回避した。グォンッとリリィンの細足から繰り出される勢いが空気を斬り裂く音を奏でる。
避けられたことに些かの動揺も見せていないリリィンは、蹴りが空振りした勢いを使い、身体を回転させて、身を屈めているアルタイルに向かって踵落としを放つ。
バキィィィッと床に蜘蛛の巣のようなひび割れが起きる。見れば、リリィンの足を両腕でガードしているアルタイルが映った。
「ちっ」
舌打ちを一つしたリリィンだが、すぐにニヤリと口角を上げる。
「――――ワタシに触れたな?」
リリィンの身体から魔力が溢れ出て、それにアルタイルは触れてしまう。
「《幻夢魔法》……発動だ」
スタッと床に下りたリリィンは腕を組みながらアルタイルを見つめる。
ガードした体勢のまま固まっているアルタイルを見た日色は、
「よし、先へ向かうぞ!」
皆を先導し階段へと向かう。リリィンの魔法に囚われたのなら、しばらくは動けはしないはずだと考慮して移動するが、
「――っ!?」
瞬きした瞬間に、すぐ傍まで突進してきていたアルタイル。彼の右拳が日色を狙っていた。
「コイツッ! 動けっ!?」
たとえリリィンの幻術を打ち破れるといっても、これほど早く幻術から抜け出せるとは思わなかった。
咄嗟に《絶刀・ザンゲキ》を抜こうとするが、目前にリリィンが姿を現し、彼の右拳を日色の代わりに受けてしまい、そのまま壁へと吹き飛んだ。
「リリィンッ!?」
日色が叫ぶ。そしてアルタイルが再び階段のすぐ前まで移動し阻んでくる。
(リリィンの魔法が通じない? こうなったら一戦一戦全力で――)
全員でかかって一気にやってしまおうと思ったが、背後から殺気が嵐のように吹き荒れるのを感じて、咄嗟に振り向いてしまう。
そこには壁に吹き飛ばされたリリィンが口から血を流しながらも、楽しそうに笑みを浮かべて立っていた。彼女の身体からどんどんと濃密な魔力が溢れ出てくる。
「ククク、面白い。面白いわぁぁぁぁぁっ!」
立っていたその場から瞬時にして消え、気づいたらアルタイルが先程のリリィンと同じように吹き飛んでいた。いつの間にかアルタイルがいた場所にはリリィンが立っている。
(速いっ!? オレの『超加速』なみじゃないか!?)
三文字級の文字を行使して得られる程の力を見せるリリィンに、日色は思わず目を丸くする。獰猛な表情のまま、吹き飛ばしたアルタイルを睨みつけているリリィンに目を奪われていると、クイッと服を引っ張られる感触を得た。
「ん……ヒイロ、先……行く」
ウィンカァだった。彼女のお蔭でやるべきことを思い出し、
「よし、行くぞ!」
リリィンの横を通り過ぎながら日色たちは階段へ向かう。途中、彼女の傍を通り過ぎた時に、
「死ぬなよ」
と日色が言うと、当たり前だというような感じでリリィンが笑ったのを確認できた。
不安はやはりある。アルタイルの強さに少しだけ触れたが、その身に秘める力は見当がつかない。ここは敵の本拠地であり、相手が『神人族』だというのであれば、さすがのリリィンでもそう簡単には勝てはしないだろう。
だがその考えでふと疑問に感じたことがある。再び『念話』の文字効果を使い、
“おい、糸目野郎”
“何です?”
階段を駆け上がりながら、ペビンに尋ねる。
“お前、倒すべき『神人族』は、残り二人とか言ってなかったか?”
“ええ、言いましたよ”
“だがアイツも『神人族』だろ? アレが二人のうちの一人なのか?”
“いえいえ。彼は『神人族』ですが、意思なき傀儡人形ですから、数には入れていませんでした”
“傀儡人形だと?”
“ええ。彼はアルタイル。この星へやって来た時に、アダムスさんと相対し殺された人物です”
“つまり死体を操ってるってわけか?”
“いいえ。あのアルタイルさんは、神王様の能力の一つ、《再現魔法》によってこの世に生み出された存在なのですよ。まあ尤も、厳密にいえば魔法ではないのですがね”
気になることをペビンが言い始めた。
“どういうことだ? 魔法じゃない?”
“当然です。もともと僕たちはこの星の住人ではないのですから”
ペビンたち『神人族』は異星人であることを思い出す。
“あくまでもこの星に存在する力として見るなら、そう呼べるということです”
“……ならお前らの力ってのはどういうものなんだ?”
“簡単にいえば、この星でいうユニーク魔法ということになりますね。僕たち『神人族』は、自分たちの力のことを《クドラ》と呼んでいますがね。ちなみに僕の力は《強奪のクドラ》で、その能力はヒイロくんも知っているかと思いますが”
確かに今まで見た彼の能力を鑑みると、《強奪》と名付けるのがピッタリだろう。
“それで、神王様のお力は――《再現のクドラ》。一度目にしたものは、すべて解析されて、自由にこの世に顕現できるという恐ろしい力なのですよ”
“……つまりだ、お前の言うことを整理するなら、あのアルタイルとやらは、神王の《再現のクドラ》によってこの世に顕現させられた存在だってことか?”
“さすがは理解が早いですね。その通りです。神王さまは、人や物。魔法や力といったありとあらゆるものを分析の上、再現し操作することができるのですよ。ね、とんでもないでしょ?”
確かにそれは悪魔的な能力に他ならない。一度目にしたもの全てを自由に操作できるということでもある。事実、死んだとされるアルタイルが甦り、ああやって動かされている状況から察するに、その気になれば……。
“アダムスまで再現できるんじゃないのか?”
“いいえ。どうやら顕現できる存在は、神王様よりも遥かにスペック的に劣っている者のみらしいです。匹敵する実力の持ち主だと、上手く分析することができないらしいですから”
それを聞いてホッとした。
“それに完全に人を再現することはできません。あくまでもその人物に似た何か、という存在として再現できるのです。故に本物と比べると、やはり劣ってしまう部分もあります。ですから《不明の領域者》をポンポン再現しても、無意味なのですよ。そう考えれば、この世に完璧なものなど存在しないということですね”
“……ちょっと待て、なら何で奴はイヴァライデアの力を再現できないんだ? さっき、力も再現できるって言ってたよな? ならわざわざイヴァライデアを復活させなくても、使えたんじゃ……?”
“もちろん神王様もイヴァライデアを分析し、再現しようとはなさいましたよ。しかしどういうわけか、何をしても《文字魔法》だけは再現することができなかったのです”
“そうなのか?”
“はい。だからこそ、イヴァライデアさんを手中に収めて、彼女を喰うことで、その力を……”
“待て待て。喰う? 喰うってどういうことだ?”
聞き逃せないワードが出てきた。
“ああ、それはですね。神王様がかつて同志だった《餌食のクドラ》を持つ者の力のことです。その力は、体内に摂取することで、そのものの全てを手に入れることができる能力なのですよ。記憶も技も何もかも”
“喰って相手のすべてを吸収するということか……。何か『クピドゥス族』の力に似てるな”
“それは当然でしょう。もともと『クピドゥス族』というのは、神王さまが再現なされた者を培養して僕の上司が創り上げた存在ですから”
そういえば、『クピドゥス族』は『神人族』が【イデア】に送り込んだ存在だったということを思い出した。
“神王様は、その《餌食のクドラ》をいつでも再現することができますから、その力を使ってイヴァライデアさんを喰って全てを手にしようとしているのです”
いろいろ憂鬱になってきた日色。神王がすべての元凶で倒すべき敵なのは理解している。ただその人物が持つ力の大きさに辟易してしまう。
何故なら彼は一度見たものはすべて再現できるということだ。つまり魔法も……である。
(リリィンの言う通り、下手にあそこで全員で戦わなくて良かったかもしれんな)
もしそんなことをしていれば、日色以外の者たちの技や魔法をすべて見られて、神王もまたその力を扱えるようになっていたかもしれない。
いや、そうでなくとも神王の持つポテンシャルは計り知れない。一体どれだけの技や術をその身に秘めているのか想像もつかないのだ。
(今まで生きてきた中で、奴が見てきた力ってのは恐らく膨大だろう。それこそ百や二百じゃないはず。そのすべてを再現できるとしたら――――)
まさに究極の個体。そう呼べるのかもしれない。圧倒的な手札の差。それが日色と神王の差だろう。日色も文字を手札に変えれば、相当数あるのだが、神王もまた規格外的に手札の数が多い。
“なるほどな。お前が神王を警戒するのも分かる。恐らく、個体としては最強に位置するんだろうな”
“そうですね。僕も何度か暗殺しようと企てましたが、実行する前にいつも心を折らされますから”
怖いことをさらりと言うペビン。コイツもまた枠外な考え方をした奴である。
“そういや、その神王はアダムスは再現できないが、《幻夢魔法》は再現できるんだな?”
“ええ、ですからあのアダムスさんも神王様には勝てなかったのですから”
幻使いに幻術は通じないということだろうか……。
“ホントに厄介な相手だな。戦うのが嫌になってきたんだが……”
まさに隙が見当たらない相手である。まあ、神王のことを聞いただけで判断しただけだが。
“そう仰らずに。神王様が再現できない力の持ち主であるヒイロくんしか、彼を倒すことはできません。だからこそ、僕はあなたに期待しているのですから”
“……ここまで来た以上、逃げるわけにはいかないからな。それに、どんな奴にも必ず欠点は存在する”
“その通りです。神王様にも弱点はあります。それは――っと、その前に、第二の番人さんがお待ちかねのようです”
走りながら心の中で喋っていると、ペビンが不意に足を止める。階段を昇り切ったそこには、アルタイルがいたところのように開けた場所があった。
ただ先程と違うのは、三つの階段があり、それぞれの先に扉があるということ。
「おい、ここが最上階……じゃないだろ?」
「ええ、まだまだ上です。ここは分岐の門。これもまた神王様が作られたゲームの一つなんですが、三つの扉のうちの一つにある、水晶玉を壊さない限り先に進めないようになっています」
「嫌な予感がするが、扉の中はどうなってるんだ?」
「もちろん、それぞれあなたたちを邪魔する存在が立ちはだかっていますねぇ」
やっぱりかぁと日色は肩が落ちる思いをする。
「ちなみにヒイロくんの魔法で水晶玉のある場所を特定しても無駄だと思いますよ」
「……何でだ?」
「神王様はずっと観察なさっておられますから、自由に水晶玉を移動させることもできます」
「おい、それはゲームとしては反則だろ」
「そのようなことを僕に言われてもですねぇ」
神王はどうやっても日色たちがそれぞれ力を揮うところを見たいらしい。三つの扉すべてに入り、戦闘をさせて戦い方を見て力を盗もうとしているのだろう。いつでも再現できるように。
(なら力を再現できないオレが全部の扉をクリアしていけば問題ないか……?)
いや、そんなことをすれば時間だってかかるし、何より無傷で神王のもとへ辿り着かせるというリリィンたちの想いを踏みにじることにもなる。
(しかし……)
ここが普通のダンジョンなら、チームを三つに分けて攻略を目指すのが一番手っ取り早い。だが、ペビンから先程のようなことを聞いた以上、こちらの戦力を見せつけるような手段は控えたいと考えてしまうのも実情。
「どうされますか、ヒイロくん?」
「…………楽しそうだな、お前は」
相変わらずの糸目だが、ペビンからワクワクしている雰囲気を感じる。
「ええ、こういう面白そうなのが好きなんですよ、僕は」
コイツはこういう奴だったと思って無視する。今はそんなことよりもこの状況の打破だ。
日色は仲間たちの顔を見回す。仲間たちも目を見返してきて答えを待っているような表情をする。
「…………仕方ないか」
日色はふぅっと小さく溜め息を漏らすと、一番効率が良いチームを分けて攻略をすることに決めた。
(ただ問題はどう分けるかだが……。ミミルとミュアはオレから離すわけにはいかん。戦力的に見て、垂れ目野郎と黒鳥はペアで十分だろう。あとはウィンカァとニッキを組ませるか……)
日色の考えを射抜いたように、今まで沈黙を守っていたスーが口を開いた。
「――――――――我らは左の扉へ行こう。それに二人でも問題ないぞ」
「……分かった。ならそうしてくれ」
日色はウィンカァとニッキの顔を見つめる。
「お前ら二人に右の扉を任せても大丈夫か?」
「はいですぞ! 腕が鳴りますな!」
「ん……ヒイロの役に立つためにここに来た」
「安心しなさい。二人が暴走したら私が止めるわよ」
ヒメという冷静沈着な存在がいるのはありがたい。彼女に任せておけば、戦術的にも頼りになるだろう。
「よし、右の扉は任せた。それ以外の奴は真ん中の扉だ」
全員が返事をする。その声には気合が乗っている。
「いいか、ここからは確実に戦闘だ。気を引き締めて行け!」




