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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
229/281

229:戦いへの準備

 ――【ヤレアッハの塔】。


 ペビンはドゥラキンの洋館から出て、金色に浮かぶ月の塔へと帰還していた。最上階へ向かい、ハーブリードがいるであろう部屋に向かおうとしている時、


「おや、アヴドルさん」


 ハーブリードの直属の部下であるアヴドルを発見した。手には幾つもの《塔の命書》が抱えられている。


「これはペビン様、お早いお帰りで。……そのご様子を見るに、《文字使い》を連れて帰るのに失敗したということでしょうか?」

「そうなんですよ。ハーブリード様は中に?」

「おられます。では私は本を片付けてきますので」


 そう言うと彼は大きな身体を動かしながらその場を去っていった。

 ペビンもハーブリードがいる部屋へと入ることにする。


「ただいま戻りました、ハーブリード様」


 部屋に入った途端、ハーブリードがジッと観察するように見つめてきた。


「……失敗した……か」

「ええ、僕が向かった時には、すでに《文字使い》は他の者に助け出されていましたよ」

「……あの場で《塔の命書》から逃れられる存在で、《文字使い》を助けられるのは……アクウィナスか?」

「確かに彼もまた一役買ってはいましたが、どうやらもう一人の人物が彼を救い出した模様です」

「もう一人? それは最初から《塔の命書》を持たないレッカ・クリムゾンという少年か?」

「その通りです。彼もまた、こちらの思惑から外れた存在ですから」

「……一体何者なんだ? アクウィナスはあの『精霊・フェニックス』の生まれ変わりだ。《不明の領域者》の因子を持っていても不思議じゃない。だがあのレッカという少年は、ただの『魔人族』だろ?」

「少なくとも調べた結果はそうでしたね」


 ペビンもまた、彼についての情報はほとんど持っていない。出自も詳しい種族すら分かっていないのだ。この塔のシステムをもってしても把握できないイレギュラー。


「それに奴が何故《文字使い》を助けるのか……そこから導き出されるのは――」

「ええ、恐らくはイヴァライデアさんが用意した駒……なんでしょうね」


 この見解で間違いないとペビンは考えている。基本的に、【イデア】の民ならば、塔の情報網を使えば何者か把握することができる。


 それなのに何も掴めないというのは、日色のように異世界からやって来た者か、あるいは外部からの情報操作をされているということ。そしてそのようなことができるのは、イヴァライデアだけである。


「これでその正体を掴めない存在が――二人もいるのか」


 ハーブリードが嘆息しつつ肩を竦める。


 そう、実はレッカだけではないのだ。塔の情報網を使い調べてみても、その全貌を掴めない存在がもう一人いる。


「ニッキとレッカ……。この二人は一体何なんだ? やはり二人ともがイヴァライデアの加護を受けし者なのか……?」


 ハーブリードの言うように、もう一人は日色の愛弟子であるニッキのことだ。彼女もまた、《ステータス》があるものの、その出自などは明らかにできていない。

 しかも《塔の命書》も存在していないのだ。とはいっても、これは最近判明したことなのだが。


「……ニッキの《ステータス》は、恐らくイヴァライデアが用意した仮初めのものだろうな」

「そうでしょうね。それだけ彼女を我々の手から守りたかった……ということなのでしょう。だからこそ、ヒイロ・オカムラを誘導して彼女との邂逅を促した。今では立派な仲間です」

「不明なことばかりだ。もういっそのこと、すべての因子を持つ者をここに連れてきて試すか?」

「それは止めておいた方がいいでしょうね」

「……やはりお前もそう思うか?」

「ええ。ハーブリード様もお気づきの通り、イヴァライデアさんの力は弱まりつつあります。ですが、《イヴダムの小部屋》の封印に関してはまったく揺らぎなど見つかりません。数千年に渡ってもなお維持し続けています。いえ、こと封印に関して言えば、強まっているといっても過言ではありません。その理由は恐らく、今まで我々が試した、《不明の領域者》の因子を持つ者で扉を開ける行為の失敗でしょう。試した者の中には、死んだ者だってたくさんいます。その際に、封印が強くなっている印象を受けました」

「死んだ者の力を取り込んでいる……という仮説が成り立つ……か」

「恐らく、としか言えませんが」


 だがペビンは案外的を射ている考えだとも思っている。そうでもなければ、弱まりつつあるイヴァライデアの力で、封印が強くなっていく説明がつかない。


「この場に因子を持つ者すべてを拉致してきて試すのもいいですが、下手をすれば封印の力がねじ曲がり、より強固になったあげく、もう二度と解けない……ということもありえます。もしそうなれば、神王様のお怒りに触れ、我々は殺されるでしょうね」

「……それは勘弁だな」

「ですから、選定する必要があるのですよ。『精霊の母』の転生体か……それとも《文字使い》か」

「……その《文字使い》に転生体も、捕らえるのに失敗したがな」


 やれやれといった感じでハーブリードが首を左右に振る。


「だから前もって進言したではありませんか。今は様子見で、動かない方が良いと」

「ああ、そう言えば言っていたな。神王様にも進言したんだろ?」

「はい。彼らは放っておいてもここへやってきます。その時に捕まえればいいんですよ。その方が、わざわざこちらが出向く必要もないので楽でしょう?」

「……しかし奴らはどうやってここに来る? まさか転移魔法陣を使わせるつもりか?」

「いえいえ、あれは何度か使えば、再び使用するまでに時間が掛かりますし効率的ではありません。大丈夫ですよ、きっと彼らなら、何か方法を思いついてやってきます」

「その根拠は?」

「ん~勘ですかね」

「おいおい、それでよく神王様が納得されたな」

「神王様も眠りから目覚められて、まだ完璧ではないらしいですから、彼らがここへ来るまでに力を蓄えると仰っていますよ。何せ相手は《文字使い》なのですから」

「なるほど。今のままでも十分神王様の勝利は揺るがないと思われるけどな」


 それだけ神王であるサタンゾアの実力は抜きんでている。


(神王様のお力は、僕でもどうにもならないほど強い。ですがヒイロくんならあるいは……)


 異世界から召喚された一人の少年のことを考える。こちらが仕掛けた、ありとあらゆる罠に屈せず、すべての障害を乗り越えてきた彼ならば、あるいは神王をも超えられるのではとペビンは思ったのだ。


(だからこそ、少しでもこちら側に有利になる発言は控えた方が良いでしょうね)


 ハーブリードには事務的な話だけをすればいい。わざわざ日色たちの情報を与えてやる必要がないのだから。


(すべては僕の望みを叶えるために、どちらも踊ってもらいますよ。是非とも、僕を楽しませて下さいね)



     ※



「わたしを連れて行ってください、ヒイロさんっ!」


 ミュアから突然の申し出。いや、突然ではないだろう。彼女は以前にも、【ヤレアッハの塔】へ向かう時に、一緒に連れて行ってほしいと嘆願をしていた。


 しかし彼女の実力では『神人族』との戦いでは足手纏いになると判断し、参加を認めなかったのだ。


 日色もまた、彼女を失いたくない一心で、心を鬼にし断り続けた。それでも彼女は自らの弱さを呑み込み、《一天突破の儀》を受け、見事試練に打ち勝ち新たな力を手に入れた。

 それもすべては日色と一緒に戦うためにだ。


 そんな彼女の覚悟を目の前にし、日色は再び決断しなければならない。

 彼女を連れて行くか、連れて行かないか――。


「お願いします! 絶対に足手纏いにはなりません! そのために身につけた力ですから!」


 それは分かっている。一目見て、彼女の中に強い力が生まれているのは理解できた。相当の試練を乗り越えたことは想像に難くなかった……が、それでも日色は悩んでしまう。


 本当なら自分一人だけで向かいたい気分なのだ。だがそれはさすがに戦力的にいっても無理だと思っている。いくらペビンと手を組んだとしても、相手はイヴァライデアとアダムスと戦って勝っている人物なのだ。


 容易に勝利を得られる相手ではないことは分かっている。だからこそ、連れて行くのは実力があり、背中を任せられる者たちだと決めていた。


 ミュアの真っ直ぐで純朴な瞳が向けられる。彼女の覚悟を感じているからこそ、決めかねているのだ。

 正直にいえば嬉しい。自分と一緒に戦うために、死ぬかもしれない試練を受け突破してくれたことには胸が躍るような気持ちだ。


 今の彼女ならば、背中を任せられるかもしれない。だがやはりそれでも……。


(コイツを失うかもしれないリスクを考えると……)


 あの時のような悲しみはもうたくさんだった。両親が目の前で死に、何もできなかった無力な自分。そしてミュアの時も同じだった。何も……できなかった。

 自分の手の中で消えていく命。あの感覚はもう二度と味わいたくはない。


「オレはお前に――」


 仲間たちが見守る中、日色が言葉を吐き出したその時、


「ならさぁ、確かめてみたらいいんじゃないの?」


 気の抜けた声が日色の耳を打つ。全員がその者に視線を向ける。


「……どういうことだ?」


 相手はノアだった。傍ではスーがやれやれと肩を竦めている。


「うん、だからさぁ、その子が強いかどうか、連れて行っても大丈夫かどうか、試せばいいじゃん。そういうことでしょ、スー?」

「――――――我に同意を求めるな、馬鹿者」

「ええ~、だってさぁ、このままじゃさ、その子、多分隠れてついてきたりするよ、きっと。そんなことされるのは危険でしょ? だったらさ、きちんと決めればいいじゃん。だからさ、おれと戦ってみない?」

「――――――はぁ、お前はその娘と戦いたいだけであろうが」

「うんうん、だって一度『銀竜』と戦ってみたかったし」

「――――――駄目だ。お前は手加減を知らん。下手をすればその子が死んでしまう」

「ええ~、ならどうすんのさぁ」

「――――――ふむ。ならばこうするのはどうだ、ヒイロ・オカムラ」


 スーからの提案。日色は彼の眼を見つめる。スーもまた、全員の視線を引きつけてから答える。


「――――――お前が戦うのだよ、ヒイロ・オカムラ。本気でな」











 今、ドゥラキンの洋館から出たところで、日色とミュアは対峙していた。これから日色は彼女と手合せをすることになっている。


 どうしてこうなったのか。それはスーがミュアの力を試すために相手を指示したからだ。その相手というのが日色。実際に手合せしてみれば、ミュアの実力が分かるだろうと考えているのだろう。


(まさかオレがやることになるとはな。……コイツと手合せするのは初めてってわけじゃないが……)


 そう、以前にも手合せしたことはある。その時は軽くいなして終了したが、あの時から比べても遥かに彼女の気迫が漲っていた。


(本気……ってわけか)


 それだけ彼女も一緒に『神人族』との戦いに赴きたいということ。


「立ち合いは儂が行うんじゃて」


 ドゥラキンが、二人の間に入っている。


「ルールは簡単じゃて。どちらかが戦闘不能、もしくは降参した方が負けじゃて」


 日色とミュアは頷き了承する。


 本来なら面倒だと一言で片づけてもいいのだが、今回はそのようなことはできない。相手がミュアだということもあるが、真剣な眼差しを向けてくる相手には、それ相応に応えてやらなければならない。


「それじゃ、始めるんじゃて!」


 開始宣言が成される。

 同時にミュアが距離を取り後ろへ下がる。日色は動かない。


「……ミュア、まさかこんなことになるとは思わなかったが、オレは……ホントはお前を塔へ連れて行きたくはない」

「分かっています。それはわたしが弱くて、足手纏いだからですよね?」


 沈黙を守る日色だが、揺るがない表情は肯定を意味している。


「ですから、この手合わせで、見極めてください!」

「……ミュア」

「わたしが隣に立つ資格があるかどうかを!」


 覚悟。彼女の空色の瞳に強い意志を感じる。真っ直ぐで一片の穢れもない純粋さを宿した光。


「……迷いはないってことか」

「はい!」


 ……なら、確かめさせてもらうとする。


「全力でこい。オレに信じさせてみろ、お前の可能性を」

「行きますっ!」


 彼女の耳が《銀耳翼》に変化。銀の粒子を発現させて素早い動きで円を描くように日色の周りを高速移動する。


「以前やった時と比べても速くなってるな」


 どうやら《銀耳翼》も使い慣れてきたようだ。

 ミュアがチャクラムの《紅円》を投げつけてくる。


「――《雷の牙》っ!」


 《紅円》から雷が迸り回転力と攻撃力を向上させたているのは一目見て分かった。二つのチャクラムが、左右から挟み撃ちのようにして襲い掛かってくる。


 日色は後方へと素早く移動して回避行動をとった――が、


「――《雷陣空激》っ!」


 背後に突如現れる帯電するシャボン玉。これに触れれば全身が麻痺するというのは理解している。


 ギュッと右足に力を込めると、そのまま空を跳び上がりシャボン玉から離れた。しかし今度はミュア自身が、《紅円》を取り空を翔け上がり突進してくる。


「なるほどな。いい連続攻撃だ」


 まさに息もつかせぬとはよく言ったものだ。並みの者ならば、この連続攻撃で仕留めることができただろう。しかし相手は日色である。


 パンッと両手を合わせ、


「――《太赤纏》っ!」


 紅いオーラである《赤気》を身体に纏うと、そのまま身体を回転させる。《赤気》が竜巻状になって、ミュアの突進を弾く。


「きゃっ!?」


 彼女は地面に落下する寸前に《銀耳翼》をはためかせ空中で止まる。それだけでなく、そのまま日色と同じように身体を回転させて、その勢いで《紅円》を飛ばしてきた。


「無駄だ」


 《紅円》が《赤気》に弾かれ地面に落ちる。


「……さすがはヒイロさんです。せっかく考えた連続攻撃なのに」

「この程度でオレに一撃でも与えられると思ったか? そんなに甘くないぞ」

「…それは分かっています。だからこそ、身につけた強さですから!」


 さらにミュアの《銀耳翼》の輝きが増す。徐々に大きくなっていき、威圧感も覚える。


(これは……竜の姿にでもなるのか?)


 一度見たミュアの竜姿。神々しいまでに美しい容貌は、見る者を虜にするほどである。またその力も強大であり、あのアヴォロスも認めている存在だった。


(だが、あの姿になればほとんど暴走と一緒だった。まさかあの姿になっても理性を保てるようにでもなったか?)


 そうだとしたら少し厄介だと思う。伝説の種族である『銀竜』の本来の姿。さすがに倒すのは生半可ではできない。


 しかしそう思ったが、一向に彼女は竜の姿にはならない。《銀耳翼》は大きくなったものの、宙に浮いたまま彼女の姿のまま留まっていた。


 彼女から眩いほどの銀の粒子が周囲に撒かれる。まるで霧に包まれているように、日色は粒子に囲まれてしまった。


「何をするつもりか分からないが、こないのならこっちから行かせてもらうぞ?」


 日色は左手を上げて、その上に赤い球体を作り出していく。


「これをどう防ぐ、ミュア? ――《太赤砲》っ!」


 右拳で球体を殴り飛ばし、ミュアへと砲撃する。風を斬り裂くような勢いで《太赤砲》は真っ直ぐミュアへと向かうが、驚いたことに彼女は避ける素振りすら見せない。


「何をっ!?」


 手加減はしたが、まともに受ければ大怪我に繋がる。彼女の態度に驚愕しながらも、放った攻撃はもう止まらない。


 だがそこで不思議な現象が起きた。何故なら、《太赤砲》が銀の粒子に触れた瞬間に、銀色に輝き霧散したのだから。


「――っ!?」


 日色は当然のごとく驚いたが、この手合せを見ていた他の者たちも目を丸くしていた。


「――――――ほう、《銀転化》か。初めて見たな」


 観戦者の一人であるスーが感心するように言葉を出す。日色もまた彼の声が聞こえたので耳を傾ける。スーの隣でぼんやりとした様子をしながら見ていたノアが、「《銀転化》って何?」と尋ねている。


「――――――我も詳しいことは知らぬ。ただ『銀竜』固有の技で、ありとあらゆるものからエネルギーを奪い、自身の力へと転化させることができると聞く」


 マジかよと日色は心の中で思う。


(奪うってことは強制的にってことだろ? つまりオレの《太赤砲》もミュアに吸収されたってことか? どんなチートだそれ)


 自分を棚に上げてよく言えるものだが、確かにミュアの能力は異端と思われてもおかしくないほど強力なものだ。さすがは《三大獣人種》と呼ばれる伝説の種族である。


「まだです、ヒイロさん」


 いつの間には銀の粒子が、日色の身体に纏わりついていた。刹那、纏っていた《赤気》が消え、ミュアへと吸い込まれていく。膨れ上がるミュアのエネルギー。


「……ちっ」


 もう一度、《太赤纏》をして《赤気》を纏うが、すぐに銀の粒子が日色を追ってくる。日色は身体を動かしながら銀の粒子から逃げようとするが、いかんせん無数とも思える粒子を全てかわすことなどできずに――。


「くっ……力が……!?」


 再び力を失い、脱力感が増す。しかも表に出ている《赤気》だけではなく、内に残っている魔力と体力も奪おうとしてくる。


(このままじゃ、マジでマズイぞ!)


 ここまでミュアの能力が驚異的だとは考えていなかった。


(これが……ミュアが手に入れた新たな能力ってわけか)


 相手の力を、さらに強い力で押しつけて倒すのではなく、相手の力そのものを奪い、戦闘不能にさせる技。天使のような見た目のミュアだが、能力自体は悪魔的な暴虐ぶりである。

 しかも身体に設置していた文字まで、いつの間にか消失している。とんでもない力だ。


「……なるほどな、確かにこれなら安心できる……かもな」

「ヒイロさん! それじゃ!」

「けど、まだお前に負けるわけにはいかないな」

「え?」


 日色は右手の人差し指を立てる。それを見たミュアがハッとなり、


「さ、させませんっ!」


 粒子を操作して、日色の指先へと集中させてくる。文字に込められる魔力を奪うつもりだろう。


 彼女の行動の方が早かったようで、文字が消えてしまった。しかも左手も銀の粒子に包まれている。両手の力を奪われたようで、文字が書けない。


「うおぉぉっしゃあぁぁぁぁっ! いいぞ、ミュアァァァァッ! そのまま地面に跪かせてヒイロに積年の恨みを晴らすのだぁぁぁぁっ! ざまあみろ、ヒイロッ!」


 鬱陶しいアノールドの嬉しそうな叫び声が耳に届く。当然彼はミュアの応援をしているのだが、もうほとんどヤジである。


「もう、おじさんたら……」


 ミュアもまた恥ずかしげに眉をひそめるが、


「気を抜いていていいのか?」


 日色は不敵に笑みを返している。


「だ、だってヒイロさんはもう……!?」


 その時、ミュアの眼に光る文字が映る。


「う……そ……そんな……!?」


 ミュアが驚くのも無理はない。何故なら、日色の足元で光る文字。

 そう、日色は足に魔力を込めて、地面に『風』の文字を書いていたのだ。


「《文字魔法》……発動!」


 瞬間、足元から風を起こし、それに乗って日色は跳び上がる。空に浮かんでいるミュアに向かって。

 しかしミュアも黙っているわけもなく、その場から逃亡しようとする。


「逃がさないぞ?」


 風によって粒子が吹き飛び、文字が手でも書けるようになっていた。すぐさま彼女に向かって『封印』の文字を、彼女の身体に向けて放つ。


「きゃっ!?」


 文字が当たった瞬間、彼女の耳が元に戻っていき、地上へと落下していく。『封印』の文字で、『銀耳翼』の力を一時的に封じたのだ。


「――――――ほら、捕まえた。オレの勝ちだ」


 日色は、『飛』の文字で空を舞い、彼女の身体を受け止めた。彼女もここまで接近されて抵抗しようとは思わないだろう。勝負は決した。


「ヒ、ヒイロ……さん…………っ」


 ミュアは悔しげに下唇を噛み締めている。勝てなかったことが相当に悔しいのだろう。日色はゆっくりと地上に降り立つと、涙を浮かべている彼女の顔を見つめる。


「……正直驚きだったぞ」

「……え?」

「まさか、魔法まで使わされて、つい本気になってしまった」


 ミュアには悪いが、《太赤纏》だけで簡単にこの場を治めることができるだろうと思っていたのだ。それがおおきな勘違いだった。


「……強くなったな、ミュア。見違えたぞ」

「ヒイロ……さん。……でも…………負けちゃい……ました」

「そうだな。負けたな。だが、十分に強さを見せてもらった。今のお前なら、安心して隣を任せることができるかもしれないな」

「……っ!? そ、それって……!」

「ああ、合格だ、ミュア」


 信じられないのか、呆けたような顔をしていたミュアだが、すぐに満面な笑みを浮かべて嬉し涙を流し始める。


(……仕方ない……よな。ここまでの覚悟を見せられたら。…………コイツを二度と失わないように、万が一の時はオレが守ればいいんだ)


 だから今は、彼女の成長を喜ぼうと思い、彼女を抱えたまま皆のもとへと戻った。

 







「ミュアーッ!」


 日色とミュアとの手合せが終了し、アノールドが一目散にミュアのもとへ駆けつけてきた。あれだけ日色の敗北を願っていた彼としては、なかなかに悔しい結果に収まったということだ。


 日色は抱えていたミュアを地面に下ろすと、彼女に施しておいた『封印』の文字効果をキャンセルしておく。


「うむ。双方とも、納得のいく手合せができたようじゃて」


 立会人のドゥラキンも嬉しそうに頬を緩めていた。


「ん……でもミュア、ほんとに強くなった」

「アオォッ!」


 ウィンカァとその相棒であるハネマルがミュアを称えるので、ミュアは恥ずかしげに頬を染めている。他の者たちからも称賛の声を向けられている。


「ええ、とても見応えのある本当に素晴らしい一戦でした」

「…………いたのか、お前?」


 いつの間にか日色の隣に立っていたのはペビンである。どうやら【ヤレアッハの塔】から帰って来たようだ。


「それにしても、《文字使い》ともあろう者が、少し危なかったのではないですか?」


 ペビンの言う通り、エネルギーを奪われている状態で戦い続けるのは厳しかった。たまたまミュアが、字を書けるのは両手だけと思っていたからこその奇策が成功しただけ。


 もし全身を銀の粒子を覆われてしまっていれば、勝負の結果はまた違ったものになったかもしれない。


「さすがは『銀竜』といったところでしょうか。いやはや、ヒイロくんの周りには粒が揃っていますねぇ」

「そんなことより、塔の情報を得てきたんだろうな?」

「ええ、それに関してもあとで御説明しますよ。どうやら、ここにいる者たちが戦力のようですから」


 日色は皆に話があると言って洋館へと戻ってもらった。そこで今後に関して重要な話し合いをしなくてはならない。


「まず、先に確認しておきたいんだが、チビウサギ、アレは完成してるんだな?」

「もちろんだぜ。予定の構成よりも若干の強化バージョンだしな」


 ララシークは自慢げに無い胸を張っている。彼女とユーヒットの技術は信頼しているので、彼女がそう言うなら完成しているのだろう。


「よし、ならあとは連れて行くメンバーだが――」


 ミュアからゴクリと喉が鳴る音が聞こえる。合格と聞いても不安で仕方ないといった様子だ。


「オレはもちろんだが、ミミル、垂れ目野郎」


 垂れ目野郎とはノアのことである。


「あ、スーも行くよね?」

「――――――いや、我は行けぬぞ」

「え~そうなの?」

「――――――精霊にとって、この世界から離れると、力が極端に低下するのだ。とても力になれるとは思えん」

「なっ!? んじゃ俺も行けねえってことか!?」


 驚愕の声を上げたのはテンである。彼もまた『精霊』なのだから。


「いや、それは普通の精霊に関することじゃて」

「――――――む? どういうことだ、ドゥラキン?」

「契約者が傍にいれば、常に力を失うことがないから大丈夫のはずじゃて」

「――――――ほう。そういうことらしいぞ、ノア」

「ふぅん、んじゃ行くの?」

「――――――お前が望むのならな」

「うん、んじゃ一緒に楽しもう~」


 死地へ向かうのに、このような言葉が飛び出てくるとは、本当に暢気なノアである。


「ではわたくしめは行けぬ……ということでございますね?」

「うむぅ……残念ながらのう」


 シウバは契約者を持たない存在なので、塔へと向かうことはできないということ。


「フン、貴様の分までワタシが暴れてきてやろう」

「お嬢様はやはり向かわれるのですね」

「当然だ。神王とやらをこの眼でしかと収めてくれるわ」


 リリィンなら実力ともに、《不明の領域者》の因子も持つので問題ないだろう。


「ウイも……行く」

「お前もついてくるのか、ウィンカァ?」

「ん……だってヒイロはウイの王。だからウイは守る……よ?」


 彼女もまたリリィンと同様に実力は申し分なし。安心できるだろう。ただ彼女が行くのであればクゼルはどうなのだろうかと思い彼に聞いてみたところ、


「私も行きたいのは山々なのですが、こちらへ残ることにします」


 予想外の答えが返ってきた。彼もまた娘であるウィンカァが心配でついてくると思っていたから。


「この子はもう私がいなくとも強い子です。自分の戦いができる子です。何ら心配などはしていません」


 娘に対しての絶対的信頼である。


「それに、ヒイロくんたちが塔へ行っている間、この地に『神人族』の手が伸びないとは限りません。そうした場合、操作されずに動ける私がここにいた方が何かと都合が良いでしょうから」


 そこまで考えているとは恐れ入った。確かに日色たちが塔へ向かうと、【イデア】は無防備に近い状態となる。クゼルの言うように、《不明の領域者》の因子を持つ者がこの場にいてくれた方が良い場合もあるかもしれない。


「そういうことなら俺も残ろう」

「アクウィナス……」


 日色は彼の顔を見て、やはり彼ならばその選択をするだろうと思った。


「……イヴェアムたちへの牽制か?」

「それもある。もう一つは、王たちが暴走し始めたら、それを止める力も必要になろう。彼女たちを殺させないためにも、俺が残って動いていた方が良い」

「……分かった」


 もし《塔の命書》によって操作され、自らの命を消そうとしたり、他人の命を奪おうとした時、それを止めるための力が必要になる。アクウィナスはその力になると言っているのだ。


「ただ、俺とクゼル、それにシウバがいても、できることは限られている。できるだけ早く、神王を打ち滅ぼしてくれ」

「分かった。なら地上のことは任せたぞ」


 日色は一息つくと、言葉を続ける。


「あとは――――――ミュア、お前も連れて行く」

「ヒ、ヒイロさん!」


 パアッと不安気だったミュアの顔が明るくなる。


「お前の力なら、オレたちを十分に守ってくれるはずだ。ただし、お前はできるだけミミルを気遣ってやれ。向かうメンバーの中で、唯一戦力としては数えられないからな」

「は、はい! ミミルちゃん、わたしミミルちゃんのこと、全力で守るからね!」

「はい。よろしくお願い致します、ミュアちゃん」

「くそぉ……ミュアが行くのに俺が行けねえなんてよぉ」


 アノールドの悔しさも理解できるが、こればかりは仕方がない。


「オッサン、アンタもオレらを信頼して待っているんだな。オレらは必ず勝って帰ってくる」

「……分かってるけどよぉ……。ミュア……」

「おじさん……うん、大丈夫だよ。だから信じて待ってて」

「…………ヒイロ! ぜってえミュアを守れよな!」

「当然だ。誰一人欠かすことなく戻ってくる」


 その時、日色の前に躍り出た二人の人物がいた。


「し、師匠! ボ、ボクも行くですぞ!」

「ち、父……ヒイロ様! 自分も!」


 ニッキとレッカだ。二人の実力は分かっている。レッカもまた、悪い奴ではないだろう。だが連れて行ってもいいものかどうか悩む。


「ヒイロくん、その二人に関しては操作される心配はありませんよ」

「む? どういうことだ、糸目野郎?」


 ペビンが急に口を挟んできた。


「実はその二人に関してですが、我々『神人族』にとってもイレギュラー中のイレギュラーなのですよ。例の《塔の命書》も存在していないですし、まさしく《不明の領域者》らしいんですねぇ」

「……ニッキもか?」


 ニッキに関しては《ステータス》がまだ見えるので《不明の領域者》ではないと判断していた。しかし今のペビンが、日色に嘘をつくことは契約によって不可能とされている。つまり彼の言っていることは事実なのだろう。


「ニッキさんもそうですよ。《ステータス》が見えるのに《塔の命書》が無い。まるであなたのような存在ということですよ、ヒイロくん」


 ニッキはキョトンとして理解していない様子を見せている。しかし日色にとっては、ニッキのことが益々分からなくなってきた。


(いや、そういえばイヴァライデアが言ってたな……。コイツはオレにとって大事な存在だと……アイツが言うんだからそうなんだろうが……)


 まったく身に覚えがない。無論大事な存在なのは違いない。ただイヴァライデアのニュアンスは、もっと深い繋がりを持った存在という意味に聞こえたのだ。しかしニッキとはこの世界で初めて会ったはず。彼女もまた日色のことを知り得てはいなかった。


(気にはなるが……何となく、連れて行った方が良いような気もする)


 それは直感的なものではあるが……。


「どうされますか、ヒイロくん? 僕としては戦力が多いにこしたことはないと思いますが」

「師匠ぉぉ~……」


 捨てられた子犬のような顔で見上げてくる。まったく、こういう表情には弱い。


「分かった。だがオレの指示は絶対だ。いいな?」

「は、はいですぞ!」


 ニッキが選ばれ、隣にいるレッカが意気消沈している。問題はレッカについて。


「……お前を連れて行くかどうかは、まだ決められん」

「……そ、そうですか」

「オレを助けてくれたことには感謝してるが、お前はオレにまだ隠してることがあるだろ?」

「う……それは……」

「まだ少し時間はある。その隠していることを話すかどうか、お前が決めろ。隠したままだと、オレはお前を信用できない」


 繋がりが薄い分、どうしてもレッカを信用することが難しい。しかし彼が、自分のことを包み隠さず話してくれるようなら、それは信頼に値すると日色は思っている。


「とりあえず、お前のことはお前が決めろ。糸目野郎、次に塔周辺の環境について聞きたいんだが……」


 とにかく今は、レッカのことは置いておいて、攻め入る塔の情報をペビンから取得することを優先した。







 ペビンを交えて、今後の対策を議論したあと、出発の前に準備をしっかりとしておかなければならないとして、HP回復薬や、MP回復薬を大量に買い占めておこうということになり、日色はニッキとウィンカァ、そしてシウバにペビンを連れたメンバーで街へと転移した。


「一つ聞きたかったが、ここにお前が一緒にいても大丈夫なのか? お前の上司とやらに見つかれば、スパイの役が成り立たないだろ?」


 その言葉は無論ペビンに向けられたものである。


「ご安心を。塔から地上を確認できる《遠見の鏡》に細工して、僕の姿が見えなくなる認識阻害術を施してきましたから」

「そんなことも可能なのか……」

「元々僕は戦うというよりも、作り出すことを得意としているのですよ。こう見えても研究者ですから」

「胡散臭いがな」

「何と言っても僕の立ち位置は謎めいた研究者ですからねぇ」


 彼がそう言うのであれば問題ないのだろうと判断し、さっそく雑貨屋へ行く。


「何? 回復薬が無い?」


 店内を見て回っても、ものの見事に回復関連のアイテムがなかったので売り切れているのかと思い店長へ尋ねてみると、最近出回っている回復薬がすべて不良品だということが分かり処分したとのこと。


(おいおい、中には不良品だってあるかもしれないが、全部ってことはありえないぞ)


 とにかく回復薬については膨大な種類が存在するのだ。日色がよく使用しているMP回復薬の《蜜飴》だって、《白蜜飴》・《青蜜飴》・《桃蜜飴》・《赤蜜飴》・《黒蜜飴》などの種がある。HP回復薬だって同じほど存在する。


 その全てに欠陥が見つかり処分されるという事態など考えられない。


「う~ん、これは僕の上司が何かしましたかね」

「……つまり世界中の回復薬を売ってる奴らを操作して回復薬を処分させたってわけか?」

「でしょうね。そうでもなければおかしいですから。一応他の街にも行ってみましょうか」


 ペビンの提案通り、自分たちの推測が合っているかどうか確かめるためにも、幾つもの街や村にある雑貨屋を見て回った。

 だが残念なことに、予測は現実のものとなっており、すべての店に回復薬の存在がなかった。


「ヒイロくんの魔法は絶大です。ですがそれも魔力あってのもの。使えば減るし、自然回復には時間がかかる。故に塔へ行っても魔法をおいそれと使えないように手を打ってきたということのようですね」


 ペビンもさすがに困った感を醸し出していた。回復薬が無ければ、魔法使用が限られてくる。しかもHP回復薬もないというのも問題だ。皆の体力が削られれば、日色の魔法によって回復できたのだが、それも使用制限をかけることになってくる。


「では自分たちの手で作りあげてはいかがですかな?」


 シウバの提案。確かに店に売ってない以上はその方法が現実的か……。


「あるいは持っている者から分けてもらう……ですかな?」


 ニッキの思いつきだが、これまた的を射ている解答である。しかしペビンが首を左右に振る。


「いえ、恐らく今も上司がヒイロくんを観察しているでしょう。僕たちが行く先々に、先手を打つことだってできます。たとえば、あそこにいる冒険者風の方たちに回復薬をわけてもらおうと近づけば、意識を操作して回復薬を処分しようとするでしょうね。まあ、尤も行動を起こす前に相手の意識を奪えば大丈夫ですが……どうします?」

「あくまでもそれは最終手段だな」


 何の罪も無い者たちをいきなり眠らせ回復薬を奪うというのはただの強盗である。さすがにその手段を選ぶのはすべての策が終わりを迎えた時にしたい。


「ん……なら作る……の?」


 ウィンカァがコクンと首を傾げて聞いてくる。


「それしか無い、だろうな」

「では早く行動に起こした方が良いかと思いますよ、ヒイロくん」

「ん? どういうことだ?」

「上司だって、ヒイロくんがそういう考えに至らないと思っているのですか?」


 ペビンに言われてハッとなる。回復薬が無いのであれば作る。それは恐らく誰もが思いつく方法だろう。となれば、作れないようにしようとするはず。


「オレの身体に触れろ、急げ!」


 日色が言うと、慌てて皆が身体に触れてくる。すぐさま『転移』の文字である場所へと向かう。


 そして転移してきた場所の風景に呆然と立ち尽くしてしまう。


 以前そこには辺り一面に広がる美しい花畑が存在していた。色とりどりの花が咲き乱れ、風に乗って香ってくる花の香りは穏やかな気分にさせてくれて、この中で本を読み、ゆったりとした時間を過ごしたこともある。


 かつてこの場所は――《ドッガムガーデン》と呼ばれた場所。

 それが今は、見る影もなくただの大地へと変貌を遂げていた。


「どうされたのでございますか、ヒイロ様?」

「……ここには《蜜飴》の原料があったんだ」

「な、何ですと?」


 ペビンだけでなく、ニッキとウィンカァも驚いている。


「確かにここには《ドッガムガーデン》という花畑がありましたね。なるほど、僕たちがここへ来ることを見越して、やはり先手を打ってきたということですね。この状況だと、恐らく他の原料地へ向かっても、何かしらの対処がされているかもしれませんね」


 日色は考える。回復薬を作ろうにも原料が手に入らなければどうしようもない。


「確かヒイロくんの魔法は、HP回復薬は複製できますが、MP回復薬は無理でしたよね?」

「ああ、そんなことができれば無限ループの完成だからな。さすがに制限がかかって、MP関連の回復薬には魔法効果を発揮できない」


 何度も試したことがあるので、それは確かな事実。


「ではHP回復薬は別に慌てて探さなくても、ヒイロくんの魔法で増やせるので問題はないでしょう。問題なのはMP回復薬の方。実は一つご提案があるのですが、どうでしょうか?」

「提案? どんなだ?」

「ある場所に、かつて勇者であるシンク・ハイクラさんが身に着けていた装備品があるのです」

「装備品?」


 あの灰倉真紅が身に着けていたということに興味を覚えた。


「その名も――《強欲の首輪》。身に着けていれば、喉を通すもの全てに魔力回復の効果を得ることができる代物です」

「そんなものがあるのか?」

「ええ、ですからそれを身に着けたままHP回復薬を呑むと、本来100回復する体力が、変質して100、魔力が回復するのですよ」


 それは明らかに日色……いや、《文字使い》にとって嬉しいアイテムである。それがあれば、わざわざMP回復薬を躍起になって探さなくても問題がなくなる。


「ですが、シンクさんがある場所へ隠したということまでは分かっているのですが、それを見つけるのは非常に困難になるかと思います」

「何故だ? 魔法を使えば多分一発だぞ」


 『探索』の文字を使えば、ある程度の隠し場所は見つかる。名前が分かっているのだから、そういう代物の場所を願えば大丈夫だろう。


「そうですね。どこにあるか、それは簡単に突き止められるでしょう。僕が言っているのは、見つけてから……なのですよ」

「? もったいぶってないでさっさと言え」


 ペビンは人差し指を立てて、皆の目を引きつけてから言う。


「《強欲の首輪》。それがあるのは、魔界の遥か北に位置する【アシュタロト海】の海底に眠る城――《ソロモンの古代迷宮》なのです」

「古代迷宮?」

「ええ、かつてあのアヴォロスさんも挑み攻略を断念した迷宮です。あの迷宮を模倣して、彼は《マクバラ》を再現したことがありますがね」


 思い出した。確かに戦争の時にアヴォロスが《古代異次元迷宮マクバラ》を造りあげ、その中に日色たちを閉じ込めたことがあった。


 アヴォロスの意志によって成り立っている空間はだだっ広く、景色も何もかもアヴォロスの思い通りに変動させられる不可思議な空間内であった。


「それじゃ、あの迷宮の元になったのが、その《ソロモンの古代迷宮》っていうことか?」

「ええ、《マクバラ》というのはアヴォロスさんが付けた名前であり、元の名前は《ソロモン》です。一度中に入れば余程の実力者でない限り脱出することも困難らしいです。かくいう僕も興味はありましたが内情が分からない迷宮に挑むほど短絡ではなかったので挑戦はしませんでしたが」


 あのアヴォロスが挑戦を断念したということならば、誰だって尻込みするだろう。しかも海底ときているのだから、普通の者では迷宮に辿り着くこともできないはず。


 海には地上とは桁が違うほどに強いモンスターたちがウヨウヨいるのだから。環境からしてまったく違うのだ。


「どうされます? それがあれば少なくとも、回復薬に関しての問題はある程度は解決されますが?」


 今、手元にあるMP回復薬はそれなりにある。それを塔へ向かう者たちに持たせる必要もあるので、十分とは言えないが、日色の分の回復薬がいらないとなれば楽になることも事実である。


「……よし、それじゃさっそく向かおう」

「僕もお手伝いしましょう。中に入れば《遠見の鏡》も届かないので思う存分動けますしね」

「ボ、ボクもお力になりますぞ!」

「ウイも……やる」

「ノフォフォフォフォ! ではわたくしも粉骨砕身、働かせて頂きましょうぞ!」

「そうだな。あまり大勢で行ってもな……。ならこのメンバーで行くぞ」

「そうですね。時間をかければ、もしかすると何かしら上司が手を出してくるかもしれないので急いだ方が良いでしょう。まあ、海底ですから心配ないとは思いますが」


 ペビンの言うことも尤も。早く塔へ行くためにも急いで《強欲の首輪》を手に入れた方が良いだろう。


「なら行くぞ、【アシュタロト海】へ!」







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