228:仲間のもとへ
三日前――アクウィナスは、魔王イヴェアムの突然の変貌ぶりに驚愕していた。
変わったのは日色が会議室からいなくなってしばらくしてからだったのである。それは会議中の出来事で、突如マリオネから日色に関してこのような言葉が放たれた。
「本当によろしいのでしょうか、陛下。このままヒイロに世界の運命を託しても?」
当然それに対し、イヴェアムはマリオネの懸念を払拭するような言動をすると思っていた。彼女は日色を全面的に信頼しているので、まさか次のような言葉が出されたとは思いたくなかった。
「そうだな。確かにマリオネの言う通り、ヒイロの持つ力は大き過ぎるわね」
言葉を失ったとはこのことだ。アクウィナスは、今彼女が言った言葉を理解するのに十秒ほどかかった。
「……陛下、それはどういう意味だ」
今の言葉の真意を問い質さねばならないと思い、アクウィナスは尋ねた。
「意味は言葉通りよ」
「……それはヒイロが危険人物だと言っているのか?」
「そうね。もし彼が世界を支配しようとしたら、誰か止められる人はいる?」
「本気で言っているのか、陛下?」
「私はいつだって本気よ」
確かに冗談を言っている様子には見えない。だが納得できない。何が起こったら、こうも日色への評価がガラリと変わるのか……。
「他の者も陛下に同意しているのか?」
日色と仲の良いテッケイルでさえも二つ返事で首肯した。
一体この状況はどうなっているとアクウィナスは心の中で問いかけていると、例の《塔の命書》の件を思い出す。
そして彼らがそれに操作されている可能性が高いと踏み、ここで下手に反論することは孤立を意味し危険だと判断した。
「……分かった。ならヒイロの扱いをどうするべきだと?」
「そうね。彼が世界の支配を企み、私をも傷つけて逃亡したという噂を流しましょう。そうして我々が捕らえて軟禁しておけば、安心でしょう。もちろん魔法を使えないようにしてね」
戦慄が走る。そのような言葉を彼女の口から聞きたくはなかった。しかし一人反抗しても無意味。ただ気になることが一つある。
(ヒイロは……本当にここにはいないのか……?)
日色の行方。彼女は日色がドゥラキンという者のところに戻ったと言っていたが、あの言葉が嘘の可能性も出てきたのだ。
何故そう思うか。それはやはりイヴェアムがアクウィナスにドゥラキンへの書簡を取りに行かせたことだ。テッケイルが代わりにと言った時、それを拒否してアクウィナスだけを行かせたという事実が、今になって不審を募らせる。
もしここへ日色だ来た時からイヴェアムたちが操作されていたとしたら……。そう考えると、日色が今どうしているのかが物凄く気になり始めた。
「……陛下一つ聞きたいのだが?」
「何かしら?」
「……本当にヒイロはここから出て行ったのだな?」
「私はそう言ったわよね」
「…………了解した」
やはり何か引っかかる。今すぐ日色の行方を探りたいが、下手な行動は控えた方が良い。恐らくこの状況、すでに孤立無援なのだろう。
アクウィナスは会議を終えると、とりあえず巡回の名目で城を見て回ることにした。無論地下の牢屋もすべてだ。
しかし日色の姿はどこにも発見することはできなかった。日色が囚われているというのは考え過ぎなのだろうか……。そうであればいいとアクウィナスは思うが、言い知れぬ不安感が胸に広がっていく。
それを加速させているのは、イヴェアムたちによる日色を貶める発言が、民たちにまで広がったことだ。意図して彼女が流したのは明白。彼女が操作されているのは、もう確実だった。
(しかしこうも大衆が感化されやすいとはな……)
魔王の発言力は絶大なのか、民たちも困惑しながらも、日色のことを侮蔑し始めている。これが《塔の命書》の力なのかと思うと怖気が走った。
それから噂はドンドンと広がり、日色はアヴォロスの意志を継ぐ大悪党だというレッテルまで貼られることになる。日色の捕縛命令も出ていた。
だが二日後、事態は少し変動を見せる。一人の少年が、アクウィナスのもとを訪ねてきたのだ。それは――レッカ・クリムゾン。
彼は魔軍の新隊長として良くやってくれている人物だ。
「お話がありますです!」
真剣な眼差し。今度はレッカを使って自分を懐柔していく腹積もりなのかと訝しんでみたが、《塔の命書》のことも知り、なおかつ操作されていない自分を懐柔するのは不可能だろうと首を振る。
恐らく自分は日色が言っていた《不明の領域者》という存在の一人なのだろうと解釈していた。もし違うのであれば、イヴェアムと同じく真っ先に操作しなければならない人材のはずだ。これでも『魔人族』最強なのだから。敵にはしておかないだろう。
だからレッカの思惑がどうであれ、とりあえず話を聞こうと思った。すると驚く言葉が彼の口から発せられる。
「アクウィナス様、どうかお力をお貸し下さいです! オスッ!」
「……力、だと?」
「オスッ! 父上――いえ、ヒイロ様をお助けしたいのです!」
「……今何と言った?」
「《塔の命書》に操作されている魔王様たちから、ヒイロ様を救い出したいのです!」
「お前……《塔の命書》のことまで……!」
「アクウィナス様なら、恐らく操作されていないだろうとあるお方にお聞きし、手伝って頂きたいと思い訪ねてきたのであります! オスッ!」
彼の小さな口から紡がれる言葉に戸惑いを覚えつつも、どうやら彼は操られていないように見えた。
「自分が隊長になったのは、ここにいれば父上……ヒイロ様のお力になれるとあるお方にお聞きしたからなのです。今、魔王様たちは『神人族』とやらに操作されていますです。だから助け出せるのは、自分とアクウィナス様だけだと思うのです!」
「…………やはりヒイロはこの近くに囚われているのか?」
「実は机の上にこのような紙が」
レッカが見せてくる一枚の紙。そこにはヒイロが囚われている場所と、アクウィナスを頼れという文が書かれてあった。
「……信用できるのか、この紙が」
「分かりません。ですが今は藁にも縋る思いなのです! オスッ!」
真っ直ぐな瞳だった。それはまるで父を思う子のような……。
「……少し準備をする。俺の部屋までついてこい」
「オ、オスッ!」
嬉しそうに笑顔を見せるレッカ。そういえばと、アクウィナスはここ数日のことを思い出す。自分の周りの者たちが、こんなふうに笑っている姿を見たことが無い。
(そうだな。これが笑顔というものであるべきなのだ)
操作されていると思われる者たちは、まるで人形が、与えられた作業を淡々とこなしているかのように日々を過ごしていた。一刻も早くイヴェアムたちを解放してやりたいが、今はとにかく怪しいながらも紙の示す場所へ向かうことが先決。
自室へ戻ると、戦闘の準備を整える。するとふと、自分の机の上に見覚えの無い紙が置いてあった。そこにはレッカと同じような文と、レッカを頼れという言葉が書かれてある。
「アクウィナス様……?」
「何でもない。向かうべきは城の地下牢だ」
一度行った場所。だが紙が真実を示すのであれば……。
「地下牢にはさらに地下へ繋がる道があるらしい」
レッカと一緒に地下牢へと向かうと、前に来た時と変わらない光景が映る。だが紙に従えば、一つの牢屋の床の下に秘密の通路があるとのこと。いつの間に作ったのか謎だったが、その牢屋の中に入り調べていると、床にボタンが隠されていることが分かった。
「押してみろ」
「オ、オスッ!」
レッカがボタンを押すと、床の石畳が動き出し、中から地下へ続く階段を発見した。だが次の瞬間、けたたましいほどの警報が鳴った。
「これは!?」
「アクウィナス様! どうしましょうか!」
「……お前は先に行け。兵士たちは俺がここで食い止める」
「……よろしいのですか!?」
「それしか方法がない。いいか、くれぐれも気を付けて向かえよ?」
「オ、オスッ!」
レッカが地下へ向かうのを見ていると、ぞろぞろと兵士が集まってくる。見れば《魔王直属護衛隊》の面々も見える。
「アクウィナス、何故そんなところにいるの?」
冷徹な表情でイヴェアムが問いかけてくる。彼女のそんな顔に心を痛むのを感じながらもアクウィナスは冷静に答える。
「我が友を救うためだ。悪いが邪魔はさせないぞ」
「反逆罪になるわよ?」
「……今の陛下に何を言ったところで無駄だろう」
「……もういいわ。彼を捕らえなさい!」
兵士たちがアクウィナスを取り囲もうとする。
「いいだろう。俺も本意ではないが、この身を以て抗うとしよう。さあ、傷つくのを覚悟して向かって来い」
『魔人族』最強の男が、魔軍と激突する。
※
日色はペビンとレッカとともに昇り階段を上っていき、次第に出口だろう明かりが視界に入ってきた。
「――アクウィナスッ!」
明かりの先にはレッカが言うようにアクウィナスがいた。彼の目前には多くの魔軍の兵士たちや――――イヴェアムがいた。
「ヒイロ、無事だったか……む? ……お前は――」
アクウィナスの鋭い視線がペビンを射抜く。
「コイツのことは後で説明する。今はここから脱出するぞ! オレの身体に触れろ!」
アクウィナスが近づいてきて日色の肩に触れる――が、
「待ちなさい、ヒイロ!」
聞き慣れた声が耳に入ってくる。
「…………イヴェアム」
日色に対して絶対に向けない敵意のある視線を向けてきている。
「あなたには感謝しているわ。けれど、あなたのその力は危険過ぎるのよ。きっと災いを呼ぶ。殺しはしないわ。だからここで一生大人しくしてくれないかしら」
まさか彼女の口からそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。いや、聞きたくなかった。
(これは……確かに思ったよりキツい……かもな)
自分を好きだと言ってくれた相手、日色もまた彼女のことを友人として大切に想っている。そんな相手から、拒絶するような言動をされるのはさすがに堪える。
(なるほどな。オレの場合は、これが『神人族』の仕業だって最初から分かってるから良いが、何も知らなければトラウマになるかもな)
かつての勇者――灰倉真紅は、突然信頼していた者たちに、このようにして裏切られ、世界の敵にさせられたのだ。そして瞬く間に大切な者たちが死んでしまった。
だからこそ心を壊した。自ら命を絶つという道を選んでしまった。
日色の場合は、事前に情報があったために、こういう状況を想定はしていた。ただ想定してはいても、操られていると言われても、心にかかる重みはかなり痛みを伴う。
「……悪いな、イヴェアム。オレにはやらなきゃならないことがあるんだ」
「余計なことはしなくていいわ。いいえ、そんなことしないで。迷惑よ」
ズキッと心が痛むが、後ろからクイッと服が引っ張られる。見れば心配そうにレッカが見上げていた。
「…………大丈夫だ」
日色は彼に一言そう告げると、真っ直ぐにイヴェアムの眼を見つめる。
「……必ずお前らを元に戻す。この世界をあるべき姿に戻してやる」
大きく息を吸って、
「それまで――――――さよならだ」
そう言うと、イヴェアムの傍にいたマリオネがイヴェアムの顔を見てギョッとしている。
「へ、陛下……! 何故お泣きになってらっしゃるのですか?」
マリオネの言う通り、イヴェアムは日色を睨みつけながらも、紺碧の双眸から涙を流していた。
「え……い、いや、何でもないわ! もう、何なのこれは!?」
イヴェアム自身、その涙がどこからくるものか分からないようだ。
「イヴェアム……」
まだ彼女の心は完全に支配されていないということが伝わってきた。日色の言葉に心が反応したのだ。日色の心も、彼女の無意識の涙に心が温まる気分を味わえた。
「じゃあな、お前ら」
日色は『転移』の文字を発動させ、この場から脱出した。
必ず彼女たちを元に戻す。そう決意しながら――。
「「ヒイロさん(さま)っ!?」」
ドゥラキンの洋館の中へ転移してきた日色に、ミュアとミミルが駆け寄ってきて抱きついてくる。
「心配かけたな、悪かった」
「い、いいえ……信じてました……ヒイロさんは絶対に無事だって!」
「そうです。ミミルも……ずっとお待ちしておりました!」
二人の小さな頭にそっと手を置く。こうして帰りを喜んでくれる彼女たちの気持ちが物凄くありがたいと思える。
「ミュア……お前も試練を突破できたんだな。見ただけで分かるぞ。…………強くなった」
「ヒイロォ……しゃん……!」
ミュアが抱きつきながら涙を流す。日色もミュアなら試練を突破できると信じていた。信じていたが、こうして無事な姿を見られてやはりホッとする。
そして、彼女の中に今までとは違った強い力があるのも伝わってきた。これが彼女が新たに掴んだ力なのだろう。
「どうやら、何とかお主も乗り越えたみたいじゃて」
ドゥラキンが近づいてきた。傍にはレッグルスもいた。
「ヒイロくんっ! 帰ってきたのか! 心配したんだよ! ククリア、ヒイロくんが帰ってきたぞ! ほら、ドウルも来るんだ! アノールドッ! みんなも全員来るんだっ!」
余程日色が帰って来たことが嬉しいのか、レッグルスは洋館中を走り回り、ここにいるであろう者たちを呼びに行った。
(騒がしい奴だな。さすがはレオウードの血を引いてるだけはあるか)
今はその騒がしさが実は少しだけ心地好かったりするのだが。
「ヒイロォッ! お前……お前っ! ハハハ、だから言ったろ! コイツは殺しても死にはしねえってよ!」
アノールドが日色の姿を見て、豪快に笑う。その表情はとても嬉しそうだ。
他の者たちも次々と日色に言葉をかけてくる。ミカヅキなど「ごしゅじぃぃぃんっ!」と、強烈な勢いで突進してきたので、思わず吐きそうだった。シャモエも安堵した表情をしていた。
いちいち彼女たちの言葉に返答するのは面倒だったので、軽く頷きを返すといった淡泊に対応した。
だがそこで、アノールドの顔つきが険しくなる。
「お、おいヒイロ……そいつは、どういうことだ?」
彼の視線の先にいるのはペビンだ。皆の視線も怯えや警戒といった感情が込められている。
「あー説明が面倒だが、安心しろ。コイツはもうコッチ側だ」
「まあ、そういうことです。過去のことは水に流して、仲良く致しましょう」
「できるかっ! おいヒイロ! そいつが何をしたのか覚えてんだろ! お前だって元の世界に戻らされてんだぞっ!」
アノールドの言い分も尤もだろう。どうやら最初から説明しなければ納得できないようだ。
「仕方ないな……いちいち口で説明するよりも、これを見てもらうか」
日色は『映像』の文字を使い発動させると、青白い文字が崩れていき四角いスクリーンの形状に広がっていく。
「こ、こいつは……!?」
「オッサンとミュアは見たことあるだろ? いや、見せたことがある、だったな。これはオレの記憶を見せる文字効果だ」
以前、アノールドとミュアには『映』の文字で、自分の記憶を見せたことがある。このように映像化してだ。その時のことを思い出したのか、アノールドとミュアはハッと目を丸くしていた。
「とにかく、オレがいなくなっていた時間の記憶を見せるから、黙ってまずはこれを見ろ」
映し出される記憶は【魔国・ハーオス】へ転移して、イヴェアムたちと会った時から。
皆は息を呑みながらジッと齧りつくように映像を見ていた。イヴェアムたちの裏切り、地下牢での拘束、ペビンとの契約など、これまで経験してきたものが映し出されている。
すべての映像を観終わった後、しばらく誰も口を開かなかった。
日色の処遇に言葉を失っているのか、それともイヴェアムたちの変わり様にか、はたまたペビンの『神人族』裏切りについてか……いや、恐らくは全部だろう。
最初に口火を切ったのは、その場にいてあまり日色と接点がない精霊であるスーだった。
「――――――ずいぶんと簡単に人は変わるものだな」
「スー、言葉を選ぶんじゃて。これもすべては、《塔の命書》のせいなんじゃて」
「――――――そのようなことは把握しているぞ、ドゥラキン。我が言いたいのは、ヒイロ・オカムラが、まだ戦えるのかということだ」
「当然だろう。オレにはオレにしかできないことがある。舐めた真似をしてくれる『神人族』には、きっちり引導を渡してやる」
イヴェアムたちを操った報いは必ず受けさせてやると心に誓っている。
「――――――ほう、仲間の裏切りにあっても、まだ揺るがないとは、人という存在も強くなっているな。たとえそれが異世界の住人だとしてもだ」
スーは感心している模様だ。彼にとって人という存在は低い価値しか持たない存在だったのかもしれない。
「け、けどよヒイロ……そいつのことは……」
あの映像を見ても、まだアノールドには納得し切れないものがあるらしい。ペビンに関しては疑心暗鬼なのだろう。
「別に仲良くしろなんて言わない。あくまでもコイツとはギブアンドテイクの関係だ。互いに利害が一致しているから一緒にいるに過ぎない。そうだろ、糸目野郎」
「ええ、その通りです。ですが、できれば皆さんとも仲良くしていきたいですがね」
それは無理なような気がするが……。まあ、今の言葉もどれだけ本気かは分からない。日色に対して嘘はつけないようになっているので、案外仲良くしたいという気持ちも大きいのかもしれないが。
「……そういえば、他の連中はどこに行ったんだ? リリィンやニッキは?」
「えと……ニッキちゃんたちは、ヒイロさんを探しに出ています」
ミュアが教えてくれた。
「探し? ああ、そういうことか。まあ、アイツらなら大丈夫か」
ニッキは心配だが、リリィンたちなら問題ないだろう。その強さもそうだが、《不明の領域者》の因子を持っているから、操られることはないと思う。
「できればニッキたちもここに連れてきてから、今後のことを決めたいんだがな。それに、コイツにもまだ聞きたいことが山ほどあるしな」
「ええ、お答え致しましょう、ヒイロくん」
ペビンの胡散臭そうな笑みが眼に入ってくる。どうにも油断できない相手だが、今は手を組んでいる同士。情報を得ることが何よりも優先される。
「まず先に聞きたかったのは、レオウードたちを操作できたのは結界を使ったからだと認識してたが、あれはブラフだった……のか?」
これをまずは確かめたかった。まだ、リリィンたちは帰ってきていないが、そのことを彼に聞いてみたかった。
「おや、気づいてらしたんですか?」
「ど、どういうことだよ、ヒイロ!?」
アノールドが声を張り上げるが、他の者も同様に目を見張っている。
「そもそもよくよく考えれば結界の効果で《塔の命書》の命令力を上げるってのに違和感があったんだ」
「い、違和感?」
「ああ、人の命を使って結界を作り、その中でなら《塔の命書》が有効になるのなら、もっと早く使用しててもおかしくない。けど今までそんなことはなかった」
「さすがはヒイロくんですね。あなたの仰る通り、あれは一種のフェイクみたいなものです。あの《黄金血界》の目的は、君を結界内に入れないことと、今後、結界が無ければまだ《塔の命書》の効果を発揮できないと誤認させること」
「えと……どういうことだ?」
「オッサン、少しは頭を働かせたらどうだ? そんなんじゃ、バカな頭が加速度的にバカになっていくだけだぞ」
「バカバカうっせえな! しょうがねえだろ、意味が分かんねえんだからよ!」
「はぁ、いいか? 結界を張った目的の一つ、オレを中に入れないというのは分かるな?」
「あ、ああ。ミミル様を探し出すためには、お前がいたら邪魔になるからだろ?」
そこはちゃんと理解できているようだ。
「そうだ。そして次の目的だが、オレに結界外なら安心だと勘違いさせるためだったんだ」
「…………?」
「まだ分からないか? ミュア、お前はどうだ?」
「えっと……そうすることで、他の人たちをいつでも操作できるということを隠したかった……ですか?」
「おお、そちらのお嬢さんは、そこの筋肉さんと違って賢いようですね~」
ペビンがパチパチと手を叩きながらミュアを褒めるが、アノールドは「どうせ俺はバカだよ!」と不貞腐れる。
「あ、合ってるんですか、ヒイロさん?」
「ああ、ミュアの見解は正しい。だからこそ、オレは安心し切っていて、イヴェアムたちに捕まってしまったんだからな」
ここには結界を張れないから、まだイヴェアムたちは操作できないだろうとタカをくくっていた。だから油断してしまい、本当は操作されていることに気づかずに拘束されてしまったということ。
「それにしても、そこまで考えての結界だったとはな」
話を聞いていたララシークが感嘆の溜め息を漏らす。
「まあ、僕が考えたわけではないですがね。考えて実行させたのは、あくまでも僕の上司です。あのアヴドルさんも、上司の直属ですしね」
アヴドルというのは鉄仮面の男のことだ。
「つまり、もう《塔の命書》を使えば、イヴェアムたちのように、あそこまで操ることができるということだな?」
日色が尋ねるとペビンは首肯する。
「ええ、ちょうど《黄金血界》のあのタイミングだったんですよ、《塔の命書》が使えるようになったのは。それまでイヴァライデアさんのお力で、使えなくさせられていましたから」
「……まだ完全にイヴァライデアの力を神王とやらは手にしていないのは確かだな?」
「それは確実ですね。そもそも《イヴダムの小部屋》を開けられるのは《不明の領域者》の中でもほんの一握りの者だけですし」
「ん? ちょっと待て、《不明の領域者》に覚醒すれば、誰でもその部屋を開けられるんじゃないのか?」
日色は話が違うと思いドゥラキンの顔を見るが、彼もまた驚いているようで初耳らしい。
「実はですね。前に確かめたことがあるんですよ、何度か《不明の領域者》を使って」
「……詳しく話せ」
「そうですね。ヒイロくんは異世界人です。異世界人は例外なく《不明の領域者》の因子を持つのはご存知ですか?」
「ああ」
「ですが過去にシンク・ハイクラの仲間を一人攫い、部屋を開けようとしましたが無理でした」
そんなことをやっていたのか……。いや、それは確かめていてもおかしくはない。勇者が《不明の領域者》なら、召喚されてきた瞬間に攫い部屋を開けようとするはずだ。
「他にも覚醒者を次々と確かめましたが無理でした。恐らくは、イヴァライデアさんの加護を強く受けし者や、アダムスさんの血をより濃く受け継いでいる者にしか、あの扉は開かないようになっているのでしょうね」
「そういうことか。ならここにいるミュアやタマゴジジイたちが攫われても部屋は開けられないってことか?」
「どうでしょうか……、それは試してみなければ分かりません。ただかつて、《三大獣人種》も攫って確かめたことはありますが、開きませんでしたね」
「ワシがアダムスから聞いた話と食い違っておるんじゃて……しかし、お主の言うことが真実とは限らんじゃて」
ドゥラキンにしてみれば混乱してしまう事実だろう。だが……。
「コイツはオレに対して嘘はつけないようになってる。つまり少なくとも、過去に《不明の領域者》を攫い確かめて失敗しているのは事実だろうな」
「む、むぅ……」
「恐らくアダムスさんは、あなたにそう言うことで、あなたを前線から外そうとしたのでしょうね。そう言えば、あなたが納得してここに残ってくれると考えたのでしょう」
「どういうことじゃて?」
「攫われても意味が無いと分かれば、あなたはどうしました? アダムスさんの傍にずっといて戦い続けたのではありませんか?」
「そ、それは……」
図星のようで、顔をしかめているドゥラキン。
「そうなれば、間違いなくあなたは死んでいたでしょうね。またあなた程度では、アダムスさんの足手纏いにもなりますし」
「くっ……」
「ですが、あなたに攫われると世界が終わる可能性が高いと示すことで、あなたを戦いから遠ざけることに成功した」
「それは、ドゥラキンさんを死なせたくないから、わざと嘘をついてたってことですか?」
ミュアの問い。ペビンが軽く顎を引く。
「ええ、そうだと思いますよ。事実、この結界のお蔭で『神人族』の我々は手を出せませんしね。今だって僕の力はまったく使えませんよ。身体能力もかなり低下していますし」
羽も出せませんしね、と言って背中を見せつけてくる。
「本来ならこの結界にも入れないはずですが、恐らくヒイロくんと契約を結んだことで制限が緩和されたのでしょうが、それでもヒイロくんたちと違って、力の大半は奪われているようですがね」
そういえばと日色は今更ながらに、よくこの男を結界内に入れることができたなと思う。魔王城から転移してきた時は、結界のことを完全に忘れていた。まあ、制限があったら、この結界からペビンだけは弾かれているだろうが。
そもそも害意のある存在は、この結界には入れないようになっている。
「でもよぉ、そのアダムスってのも水臭くないか? ドゥラキンのジイサンだって、一緒に戦いたかったはずだぜ」
「いいんじゃて、アノールド」
「けどよジイサン……」
「アダムスはそういう女じゃて。身勝手で自由奔放で、掴みどころのない……それでいて、誰よりも仲間想いで優しい……バカな奴だったんじゃて」
すべてはドゥラキンを守るためについた嘘だったというわけだ。
「まあ、そこのドゥラキンさんにも扉を開けることが可能かもしれませんが、過去にも《三大獣人種》で試していたので、可能性は低いでしょうがね」
ペビンは大げさに肩を竦めると、窓の方に移動して空に浮かんでいる【ヤレアッハの塔】に視線を置く。
「あの塔は神の塔。文字通り特別な場所。その中の封印部屋を開けるという所業なのですから、特別な者にしか開けられないことは我々も分かっていたのです。ですから我々は、イヴァライデアの加護を強く持つ者と、アダムスの血を濃く引き継ぐ者を見つけることに勤しみました」
「それで見つけたのが、『精霊の母』やその転生体、そして――《文字使い》ということだな?」
今まで口を開かず黙って話しを聞いていたアクウィナスがペビンに問う。
「その通りです。しかし『精霊の母』は我々に捕まる前に自ら命を絶ちました。その転生体たちもすべて」
ミミルの顔が強張る。彼女も転生体なので思うところがあるのだろう。
「仕方なく『精霊の母』の転生体は諦めて、アダムスの血を濃く引き継ぐ者を探しました。ですがこれがなかなか見つからないんですよ。《不明の領域者》として覚醒している者は皆無でした。全員に《ステータス》がありましたからね」
覚醒しているかどうかを確認するには、《ステータス》の有無で分かる。無ければ世界の理から外れた者として《不明の領域者》だと断定できる。
「知ってしましたか? 下手に覚醒していない者を扉に近づけると、その者はイヴァライデアさんの力に弾かれて死んでしまうんですよ」
「何だと?」
日色は目尻を上げる。
「そうなれば、その者が将来確実に覚醒者として大成する者だとしてももう終わり。二度とその者を使うことはできません。ですから因子を持つ者がいても、覚醒するまで待つしかなかったんですよね」
段々と明るみになる真実。日色だけでなく、他の者も完全に彼の話に聞き入っている。そこで疑問を感じたのか、アクウィナスが口を開く。
「一つ聞く。なら何でお前たちはアヴォロスを利用しようとした? 彼が因子を持つからか?」
「そうですよ。彼はアダムスの血を濃く引き継ぐ者だと判断したからです。結果的に《不明の領域者》に覚醒してくれたのですが……まあ、こちらの思惑はヒイロくんによって阻止されてしまいましたが」
「ならアイツは、《イヴダムの小部屋》に入ることができたということか?」
日色が問うと、ペビンはクスリと笑みを零す。
「可能性としては、です。ですから彼を巧みに誘導して、覚醒を促そうとしたのですから」
「そもそもその覚醒とやらはどうやって成されるもんなんだ?」
ララシークが白衣のポケットに両手を突っ込みながら尋ねる。
「今までの経験上、強い感情が発現した時や、精神的に達観した時、心が満たされた時など様々ですが、一貫して言えるのは、何かしら大業を成した時に覚醒する可能性が高いようなのですよ」
「なるほどな。だからアイツの企みを遂行させて覚醒を促そうとしたってわけか」
日色の発言に皆もなるほどと頷く。
「まあ、そうなりますね。彼があなたを本当の意味で倒した時に、覚醒すると思いましたし、我々も彼を支援しました。ですからあなたを元の世界に戻した時には、彼はすでに《不明の領域者》として覚醒していましたよ。つまりあなたという障害を取り除くというのが、彼にとっては大業だったということでしょうね」
それだけアヴォロスは、日色を大敵だと認めていたということ。
「あとは戦争を終わらせ、彼を塔へと誘い込み部屋を開けるだけだったのですが……」
それを日色が止めてしまったということだ。
「何故オレがアイツを止めるのをお前らは阻止しなかったんだ?」
「それは僕の考えを聞きたいですか? それとも『神人族』の?」
「どっちもだ」
「ならまずは『神人族』の考えをお聞かせしますかね」
ペビンが一呼吸置いて続ける。
「『神人族』は、アヴォロスさんが《不明の領域者》として覚醒すれば、彼を利用して《イヴダムの小部屋》を開けようと思っていましたが、同時にもう一つの可能性を試してもいたのですよ」
「可能性……だと?」
ペビンの言葉に日色は眉をひそめる。
「ええ、それがあなたです、ヒイロくん」
「オレが《不明の領域者》として覚醒すると考えていたってわけか?」
実際にはすでに覚醒はしているのだ。ただイヴァライデアが、日色に《ステータス》を与えて、まだ覚醒していないと『神人族』の眼を騙していただけ。
「そうです。あの戦争時、僕はアヴォロスさんの命令通り、あなたを元の世界へと戻しました。そこで本来ならアヴォロスさん一択で、何ら問題なかったはずなんですが……」
「オレが戻って来た」
「ええ、もうビックリでしたよ。『神人族』のシナリオにない事態が起きたのですから。ですがそこでヒイロくんならば、アヴォロスさんをも超える覚醒者になるのではと考えられたのです」
「……つまりお前らにとって、あの戦争ではどっちが勝っても問題は無かったってことか」
「はい。アヴォロスさんが勝てば、当初の計画のまま彼を塔へと誘い込むだけ。ヒイロくんが勝てば、大幅な計画の変更にはなりますが、それもまあ良いと判断されました」
「それは何故だ? せっかくの計画なら、スムーズにいくようにオレの邪魔をすれば良かっただろ?」
少なくとも日色なら、一度立てた計画を遂行させる。
「あの戦いで負けるようでは、覚醒者として完璧ではないと僕の上司が判断したのですよ。やはり最も高潔で強い存在の方が、部屋の扉を開けられる可能性が高いとね」
「なるほどな」
「そしてここからは、僕自身の考えなのですが、ヒイロくんとアヴォロスさんの戦いを見守った理由……それは、その方が面白いと思ったからです」
「は?」
「計画通りに事が運ぶのもいいですが、何の障害もないまま進むのは退屈過ぎるんですよ。『神人族』が立てた計画は、今までほとんど真っ直ぐこなされていました。それがとても退屈だったんですよね」
「お前な……」
そんな理由で、『神人族』が立てた計画を変更させたことが驚きだ。
「ですが、その計画を捻じ曲げた存在がいました。それがあなたですよ、ヒイロくん。あなたは悉く計画を打ち破り、面白い結果を残し続けてくれています。それが僕にとっては感動するほどのものでした。このままアヴォロスさんを擁護するよりも、ヒイロくんを……と僕は考えたのです。その方が、きっと面白いものを見せてくれると思ったので」
「うわぁ、何か考え方がヒイロに似てね?」
「おいこらオッサン、誰がこんな糸目ペテン野郎と似ているだ?」
アノールドが失礼な発言をしてくるので怒りを覚える。
「い、いやだってよ、自分の考えに真っ直ぐ突っ走るのはお前も同じじゃねえかよ」
「だとしてもコイツとは規模が違うだろうが! 誰が世界を巻き込む選択に、面白いからという理由で決めるんだよ?」
「……だってお前、アヴォロスと戦った理由も、本と食のためだろう?」
「………………………………ところで糸目野郎、答えろ」
すぐさま話を逸らした日色だった。アノールドだけでなく、他の者たちもジト目のまま日色を見つめている。日色は気にしない。気にしてなるものかと言葉を続ける。
「今の話を聞いて推察するに、戦争以降にお前らが捕まえようとしているのは、ミミルとオレだけ、そういうことでいいんだな?」
「ええ、それは間違いありませんよ。より部屋を開けられる可能性の高い者を選出した結果、戦争で勝ち《不明の領域者》として覚醒したヒイロくん、そしてイヴァライデアさんの加護を強く引き継ぐ『精霊の母』の転生体であるミミルさん、双方ならば扉を開けられると判断されて『神人族』は動き出しました」
「……ここ数カ月、お前らに動きが無かったのは?」
「ああ、それはイヴァライデアさんの力で、塔に閉じ込められていたからですよ。まあ、正確に言えば塔の傍に……ですが。いやはや、あれは退屈でしたねぇ」
大げさに肩を竦めるペビン。
「今こうしてこの地へ降り立つことができるのも、イヴァライデアさんの力が弱まったからです」
「……ならまだ、神王とやらはイヴァライデアの力を奪えてはいないということだな」
「《イヴダムの小部屋》を開けない限り、それは無いでしょうね。いくら神王様でも、力ずくであの部屋をこじ開けることは叶いませんし」
「……他の因子を持つ奴らは放置するということか?」
「それは何とも。僕の上司が単独で動いている可能性もありますしね。それにそろそろ報告に戻らないと、僕も怪しまれちゃいますし」
「…………分かった。さらに詳しい話は、お前が戻ってからにする。その時はリリィンたちもいるだろうしな」
「了解しましたよ。ではさっさと報告へ向かうとしましょう。一応向こうでの情報も得てきて上げますよ、互いの利益のために……ね」
ペビンは油断のならない相手だが、少なくとも利害が一致している限りは同志として扱っても問題はないだろう。
洋館を出て行ったペビンの後、しばらくするとリリィンたちが帰ってきた。ドゥラキンが連絡用の魔具を用いて彼女たちに日色の帰還を伝えてくれたようだ。
「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
真っ先に日色の胸に飛び込んできたのはニッキだった。次いで、
「ヒイロッ!」
ウィンカァ・ジオである。彼女も慌てて帰ってきたのか、火照った顔を喜びいっぱいにしながら抱きついてきた。
「ぐ……お前ら、苦しいから離れろ」
「嫌ですぞ!」
「ん……や」
二人ともが首を左右に振る。ニッキたちの気が済むまでこうしていなければならないのだろうか……。
そこへリリィンやシウバ、そしてクゼルたちが口を尖らせながら近づいてくる。彼女たちにも説明しなければならない。ミュアたちに見せたのと同じ『映像』の文字で記憶を見せた。
「……まったく、貴様ともあろう者が油断しおって!」
「ノフォフォフォフォ! ですがヒイロ様が帰ってこないと心配して真っ先に探しに向かわれたのはお嬢様なのでございますよ!」
「そうなのか?」
「なっ、なななな何をバカなことを言っているのだシウバ! ワ、ワタシは心配などしてはおらんっ!」
「ノフォフォフォフォ! そのように真っ赤なお顔で申されましても、まったくもって説得力がございませんよお嬢様?」
「うぐ……う、うるさいわ愚か者っ!」
「でぃっしゅっ!?」
顎をアッパーで打ち抜かれて絶命。いや、絶命はしてないが、床で沈黙した変態。
「ふぇぇぇぇぇっ!? シウバ様ぁぁぁぁっ!?」
例の如くシャモエが介抱しようとするが、ミカヅキが面白そうに倒れたシウバの身体をツンツンと突きながら笑っている。とりあえず変態はここへ置いておこうと日色は思った。
「心配かけたようだな。悪かったな、リリィン」
「だ、だから心配など……」
リリィンが顔をチラチラと日色の顔を見上げてくる。まだ顔は紅潮したまま。
「…………フン、無事だったのなら別に構わん」
やはり彼女はツンデレお嬢様のようだ。
「ですがヒイロくん、本当によくぞご無事で」
「アンタにも心配をかけたな、クゼル。ところで、小動物はどこに行ったんだ?」
机の腕に置いてあるのは、日色の愛刀――《絶刀・ザンゲキ》だけ。
「恐らく、まだ探しているのではないですか? 彼も必死の形相で探されていましたから」
クゼルが教えてくれる。そこで日色は刀を手に取り、心の中で相棒であるテンを呼ぶ。
するとボボンッと刀の傍に出現したテン。
「ヒ、ヒイロ……お、お前……」
「久しぶりだな、大分毛が生えたようで良かったな黄ザル」
「ヒイロォォォォォォッ!」
ヒョイッと身体を半身にしてテンからの抱擁を避ける。そのまま背後にいたアノールドに抱きついたテンは、
「心配したさ、ヒイロ! 突然お前の気配を感じられなくなるしさ。けどお前ならどっかで無事にやってるって思ってたさ!」
「あ、あの……」
「けどヒイロ、見ない間にこう逞しくなったというか、ゴツゴツしたと……いう……か…………え?」
「お、俺はヒイロじゃねえんだけど……」
「ウッキィィィィッ!? ヒイロが突然暑苦しそうなオッサンにィィィッ!? って痛いっ!? だ、誰だよ俺の頭殴ったの――ってヒイロ?」
「当たり前だろ。オレがオッサンになるわけないだろ」
「へ……? ……アノールド?」
テンはそこで冷静に自分が抱きついている相手がアノールドだと認識する。瞬時に彼から離れてテーブルの上で悶え始めるテン。
「ぎょわぁぁっ!? 男に抱きついちまったさぁっ! しかもアノールドォォォッ!」
「何それ!? 何かすっげえ傷つくんですけどぉ!?」
「お、おおお落ち着いて、おじさん!」
ミュアがアノールドを抑えてくれる。しかしアノールドはテンに指を差して叫ぶ。
「つうか、勝手に抱きついといてその言い草はねえだろうが!」
「ウキキ! 男に抱きついちまった俺の気持ちが分かるわけねえさ! ああ~オッサン臭えさ~!」
「そうだ黄ザル、お前はそんなオッサン臭い奴とオレを間違えたんだ。失礼な奴だ。反省しろ」
「こ、こ、このサルとガキ、もういい! 一度ぶん殴っちゃるっ!」
「だ、だから落ち着いて、おじさんっ!」
「放してくれミュア! 男にはやらねばならない時があるんだ! 一回でいい! 一回だけこのサルとガキを殺させてくれぇぇぇぇっ!」
「ダメだよぉ!」
暴走するアノールド。一体彼をここまで滾らせたのは誰なのか……。
(ったく、相変わらず暑苦しい奴だな)
日色もアノールドに殺されようとしているのだが、平然とした様子は変わらない。その時、日色の服を引っ張る者の存在に気づく。
「……ウィンカァ? それにニッキ?」
「ん……ヒイロ」
「師匠!」
二人の顔を見つめる。
「「お帰りなさい(ですぞ)」」
彼女たちの言葉に、心が温かくなるような感覚を覚える。そして、何かとてもくすぐったいような感じだ。
日色は思った。帰って来られて良かった、と。




