224:策と策
日色は【獣王国・パシオン】へ転移し、すぐさまレオウードやララシークに、現状報告を行った。
まだ『神人族』が動いたという確たる証拠はないが、『精霊族』の住処を守っていたアダムスの力が消失して、元の場所へと帰還したことを伝えると渋い表情をしていた。
こちらもまだ夜だが、【魔国・ハーオス】と同じく会議を行うとのこと。日色はアクウィナスに頼まれたジュドムへの報告があるので、そのまま【パシオン】を後にしようとする。
しかしそこへ日色の存在に感づいたのか、ミミルが姿を現した。
「ヒイロさま……」
「ミミルか? 悪いが忙しいんでな、話ならまた今度だ」
「分かっております。ですが、何故か胸騒ぎが致しまして」
確かに彼女の表情は優れない。不安色でいっぱいに染まっている。
「安心しろ。レオウードにも注意するように言っておいた。それに何かあればすぐに飛んできてやる」
「……はい」
しかし彼女はいまだに心配そうに目を伏せている。彼女は『精霊の母』の転生体。今世界で起こりかけようとしている災いを敏感に察知しているのか……?
それでもできることはやってきた。イヴァライデアが『神人族』の手に落ちるまではまだ時間があるはず。その前にやれることはやっておく。
「いいかミミル、できればミュアと一緒に行動しろ。アイツなら今のところ《塔の命書》に操られることはないだろ」
戦う術をもたない彼女には誰かに頼るということしかできない。
(……いや、コイツと一緒に行動した方が良い……か?)
それなら安全性は増す。身軽ではなくなるが、むざむざ『神人族』に彼女を奪われることはないだろう。
(すでにコイツが転生体だということを、奴らに気づかれていると考えた方が良いしな。まあ、保険はしているが、念には念を入れるか)
そうなれば彼女と一緒に行動するべくレオウードに許可を取らなければならない。
「オレと一緒に来るか?」
「……はい!」
また嬉しそうに微笑むミミル。先程までの不安要素を全て吹き飛ばしているかのような笑顔だ。
「で、では準備してきますので、少々お待ちください」
「ああ、手早くな」
この夜のうちにまだやることはある。
しかし次の瞬間、カンカンカンカンと国に災いが起こった時に鳴らされる鐘の音が響く。
「何だ!?」
日色は咄嗟に外へと出て様子を見ることに。そこにはレオウードたちも様子を見に来てきた。
「何があった!?」
「おお、ヒイロか、どうやら【パシオン】が何者かに攻められておる」
「何!?」
「何者かはまだ判明しておらんが、この状況での攻撃……」
「『神人族』関係か?」
「可能性は高かろうな」
「チビウサギは!?」
「ユーヒットと例の場所だ。仕上げを急ぐといってな」
「そうか……」
まさかこんなにも早く動き出すとは思わなかった。ドゥラキンがいうには、まだ時間があるとのことだったのだ。それにホオズキもまた、たとえアダムスの力が消失し住処が元の場所へと戻ったとしても、それがイヴァライデアの力が奪われ尽くしたということではないとも言っていた。
だが消失とほぼ同時に動き出す何者か。そんな連中が『神人族』に関係していないとは思えない。いや、十中八九想像通りだろう。
だからこそ、あまりにもの行動の早さに驚きだった。
「動いた以上、仕方ない。もしかしたら《塔の命書》でワシらは操作される可能性も出てきた。ヒイロよ、ミミルを頼んだぞ」
「……分かった。アイツのことはオレが――」
そう言おうとした瞬間、【パシオン】の大地に金色に輝く魔法陣が浮かび上がる。
「――何だっ!?」
日色は咄嗟に魔法陣に触れないように、反射的にジャンプしてそのまま『飛翔』の文字で空に浮かび続ける。
「い、一体これはっ!?」
その場にいるレオウードたち獣人は突然の事態に戸惑いを隠せずにいる。
※
【パシオン】の周囲には、白いローブを着用した者たちが取り囲んでいた。しかも全員が意識がないような虚ろな瞳をしている。
あろうことか、その一人一人が、手に持った短剣で自らの胸を突き刺し周囲に血を飛び散らし始めていた。
「そうだ! 我らが神のためにその命を投げ出すのだ!」
指揮を執るのは鉄仮面で顔を覆い隠している巨漢の男。同じく白いローブを羽織り、残酷な命令を口に出している。
次々と白ローブの者たちが絶命していき、流れた血が金色に光り輝き【パシオン】の大地に魔法陣を形成していく。
「《黄金血界》――これで獣人どもを根絶やしにしてくれるわぁっ!」
鉄仮面ではないもう一人の人相の悪い男が猛る。
「フォルスよ、ここは任せたぞ」
「はっ! 任せてください、閣下」
鉄仮面に跪く男。サムライのようなチョンマゲをしている姿と、黒い眼帯が特徴的である。
鉄仮面の男がそのまま後方へと移動していき、開けた場所まで移動すると、腰に携帯していた大袋の口元を逆さにして中から大量の石を地面へと出す。
その一つ一つはすべて《転移石》だ。数はパッと見でも五十個以上はある。しかもまだ他にも腰に携帯している大袋があり、その中からも次々と石を取り出す。
「ククク、これだけの《転移石》を収集するのには骨が折れたが」
明らかに二百個以上はあろうかという数。
鉄仮面の男は短剣で自らの腕を斬り、血を石へと流していく。すると石が次々と光り輝き、形を変えて魔法陣を形成し始める。
かなりの巨大魔法陣の完成だ。
「さあ、訪れ出でよ、我が手駒どもよ!」
その魔法陣から、紅き瞳を宿したモンスターの群れが出現する。大小様々なモンスターたちは、目的を【パシオン】に定め侵攻していく。
「ククク、これであとは、『精霊の母』の転生体を捕らえるだけだ」
無数にも思えるモンスターの数が魔法陣から現れ、国へ襲い掛かっていく。まさに絶望的状況が広がっている。
※
モンスターが国へ近づいていることを一早く空の上から察した日色は、その撃退に向かう。この魔法陣の意味は掴めていないが、眼下にいるレオウードたちは支障なく動けているので問題ないだろう。
とにかくあれだけのモンスターに襲われれば、国は壊滅的ダメージを受けてしまう。
(またアレをやるしかないな!)
日色はさらに上空へと飛翔し、国から距離を取っていく。そして両手の人差し指に魔力を集束させ文字を書き始める。
『モンスター』と『引力』
これは以前、【ハーオス】に襲い掛かってきたモンスターを一掃した時の方法。これならばどれだけの数がいようと関係ない。
文字を発動すると、モンスターたちがドンドン空へ浮かび上がってくる。
(あとはコイツらを一か所に集めて爆破させればそれで――)
少なくともモンスターという戦力は削ることができる。
しかし日色のその行動を見てほくそ笑んでいる者がいることを、日色はまだ知らなかった。
※
「狙い通り、奴は空へと向かったようだな。ククク、こちらの思惑のまま事が運んでおるわ」
鉄仮面の男が、空に舞い上がって魔法でモンスターを浮き上がらせていく日色の姿を見て、優越感に浸っている様子。
鉄仮面の男は、先程部下らしきフォルスと呼んだ男のところへ向かう。
「フォルス、手駒どもが恐らく爆破させられるだろう。その時に発動だ」
「御意! これで鬱陶しい邪魔も入らないということですね」
「そうだ。さあ、そろそろだぞ……」
鉄仮面の男とフォルスが全てのモンスターが上空へ昇っていく様を黙って見つめていた。
※
「――――これで全部か?」
日色は地上から上がってくるモンスターの姿を確認し、もう発見できないことを判断すると、モンスターが収束し大きな球体となった物体に向かって『大爆発』を《赤気》で書き放った。
あとは発動するだけ。一応爆破しても地上に影響があまりないように、モンスターたちを遥か上空へと集めたはず。
一瞬の閃光が空に走った瞬間、世界自体を揺らすのではないかと思うほどの爆発が起きる。凄まじい爆風が周囲を襲い、大分離れた日色もまた吹き飛ばされそうになった。
(くっ! 少し勢いが強過ぎたか?)
しかしモンスターの規模も大きかったので、これくらいでちょうどいいと思っていた。爆破されたモンスターの破片が雨のように降り注いでくる。
(よし、これで後は侵入者を――)
そう思った時、眩い金色の光が【パシオン】を半球状に覆っていった。
「な、何だ?」
あまりの光量に思わず目を瞑ってしまうほど。光が弱まってから眼下を確認する。
それは光の結界。どことなくドゥラキンの結界によく似たものであった。
突然のことにレオウードたちも警戒を高めて周囲を見回している。
「一体これは……?」
その時、日色目掛けて火の玉が飛んできた。スピードもそれほどないのでかわすのは問題なかった。見ればそこには二人の人物がいる。そのうちの一人が街の外から放ってきたようだった。
「さあ行けフォルスッ! 奴の相手をしてやれ!」
鉄仮面をつけた男の叫びに同意し、フォルスと呼ばれた男がコクンと頷く。同時にフォルスが低い呻き声を出しながら身体を震わせる。
すると驚くことに、彼の背中から骨を折るような音とともに、黒い物体が飛び出してきた。それは明らかに――翼の形をしていた。
「『魔人族』なのか!? いや、見た目は――」
フォルスの見た目は、『魔人族』が持つ特徴を何一つ備えていなかった。肌の色も、耳の形も人間のそれである。ハーフかとも思ったが、どうやら魔法を放っていたところを見るとそうでもなさそうだ。
フォルスはそのまま真っ直ぐ空を翔けて日色へと突っ込んでくる。右手からは何発もの火の玉を発射しながら。
「面倒だな! さっさと潰す!」
日色は《絶刀・ザンゲキ》を抜き、フォルスとは比べものにならないくらいの速度で空を移動し彼の背後を取る。
(この翼さえ斬ってしまえば!)
そうすれば飛行能力もなくなるだろうと、刀を振り切ろうとするが、斬ることは叶わなかった。
刀は確かに翼に当たった。当たったのだが、鋼鉄でも相手にしているかのような硬度で防いだのだ。
「くっ……硬いっ!?」
フォルスが振り向きざまに左手に持っている剣で攻撃してくる、横薙ぎのそれには身を屈めて回避し、相手の両肩を素早く斬り裂いてやった。
(これで両腕は使い物に――――は?)
かなりの深手のはずだったのだが、その傷がテープを巻き戻しするかのように再生していく。
「おいおい、人間じゃないのか?」
翼を持っている時点でただの人間でないことは理解していたが、さすがに超再生能力まで持っているとは吃驚ものだ。するとフォルスがいきなり右眼の眼帯を外した。
下から現れた瞳にギョッとなる。それは言ってみれば昆虫の複眼そのもの。気持ちの悪い瞳を宿していた。彼が左目を閉じる。
「お前の動き……これで見える」
「……ほう、面白いことを言うな」
なら見切ってみろと思い『加速』の文字を使って、フェイントを織り交ぜつつ相手へ接近し目にも止まらない速さで刀を振るう。
しかしフォルスは右眼だけで日色の動きを察知したのか、見事に攻撃を受け切って見せた。どうやら動きが見えるというのもあながち嘘ではないらしい。
「俺は……お前を……殺す……ためにここにいる」
虚ろな瞳のまままるで機械のように呟く。
「悪いが急いでるんでな。死んでも恨むなよ」
生半可な手加減してては時間がかかり過ぎると思い、相手を殺すつもりで身体から《赤気》を溢れさせる。
フォルスも急激に身体が膨らみ始め、それはいつか見た《醜悪な人形》のような姿に変貌を遂げた。
しかもアヴォロスが作っていたソレとは違い、驚くのは全身に埋め込まれた複数の赤い石である。確か《魔石》と言っていたが、戦争の時でも一つだけを身体に埋め込んだものしかいなかった。
それは恐らく《魔石》の持つ力に耐え切れないからだろう。だから一つ。
(つまりコイツは――)
命を捨てているということ。これだけのエネルギー体を身体に埋め込んで無事なわけがない。万が一、いや、億に一つ日色に勝てたとしても、待っているのは死である。命は数時間もないだろう。
「ゴロ……ズゥゥゥ……ッ!」
口を大きく開けたフォルスから、エネルギーの塊がレーザーのように放射される。日色は咄嗟に回避したが、それが真っ直ぐ街へと向かう。
「しまっ――――!?」
失念していた。下には街があったのだ。このままだとレーザーの被害で民たちが死ぬかもしれない。
「ちぃっ!」
仕方なく数少ない設置文字の『転移』を使ってそこから移動しようとしたが、急にレーザーが弾かれて明後日の方向へと飛んでいった。
「……!? ど、どういうことだ?」
今弾いたのは確実に敵が張ったであろう結界だった。獣人たちを殺しにやってきたのなら守るような結界など必要ないはず。
「なら何故……?」
考えているうちにも背後からフォルスが迫ってくる。
「くそ! 考えるのはお前をまず倒してからだ!」
日色は《赤気》を刀に纏わせて空を翔ける。
※
「い、今のはヒイロが弾いてくれたのか?」
レオウードもまた、先程のフォルスの攻撃が弾かれたことに疑問を持っていた。
「いいえ、どうやらこの国を包んでいる結界が先程の攻撃を弾いたのだと」
隣に立つバリドが見解を述べる。
「しかし解せん。いまだに国へ侵入してくる者はいないのか?」
「はい。奴らは周りを囲んでいるだけで、国内へ入ってきていない模様です」
「うむぅ……一体何を狙って……いや、そうか、奴らがもし『神人族』の関係者だとすれば、恐らくは《不明の領域者》であるミミルを狙ってきていると考えた方が妥当か」
「そうですね。その可能性は高いかと思います」
「ミミルは今どこにおる?」
「部下に命じてあの場所へ」
「うむ。ならば安心だろう。万が一に……!」
「? どうされましたか、レオウード様?」
バリドは突然レオウードが黙り込んだので怪訝な表情を浮かべている。
「……今すぐここへミミルを連れて参れ」
「……は、はい? も、もう一度お願いできますか?」
「だから、ここへミミルを連れて参れと言っておる」
「し、しかしあの場から出すのは危険です」
「ほう、お主はこの獣王の言うことが聞けぬと?」
「レオウード様……あなた様はまさか――っ!?」
レオウードの瞳が光を失っていることに気づいたバリドは愕然とする。
「ヒ、ヒイロッ! レオ――」
その時、バリドの目の奥から光が消失した。
「再度言おう。ミミルをここへ連れて参れ」
「畏まりました、レオウード様」
「他の者も厳命だ! ワシの傍にミミルがいれば安全だ! 故にここへミミルを連れてきてワシが守る! 決して邪魔をするな。これは王命である!」
他の兵士たちも少し困惑気味ではあったが、レオウードの命に頷きを返した。
「ちょ、ちょっと待つニャ! バリドもいきなりどうしたのニャ! 今はここにミミル様を出してくるメリットニャんてニャいのニャ!」
「……もしかして」
クロウチがレオウードたちの変わり様に声を張り上げていると、その近くにいたプティスが口を開く。
「どうしたのニャ?」
「クロ……まずい。ここはまずヒイロに――」
「えっと……プ、プティス?」
だがクロウチの瞳からも光が失われる。
「さあ、我が《三獣士》たちよ。ここへミミルを連れて参れ」
「「「はっ!」」」
無表情のまま三人が《王樹》の中へと入っていった。
※
「グギャァァァァッ!?」
日色の《赤気》を纏った刀がフォルスの左腕と右腕を斬り落とす。だが彼は苦痛に顔を歪めながらも身体の動きを停止させ、斬られた腕に意識を集中させている。
するとボコボコと傷口から肉が盛り上がっていき、再生していく様子が見て取れる。
(斬られた腕まで生やすのか……なら!)
日色はさらに加速し、再び烈火のような高速連撃でフォルスを切り刻んでいく。
悲痛な叫びが耳をつき嫌な気分になるが、もう彼には助かる道はない。《魔石》が一つならともかく、複数も身体に埋め込んだ反動だろうか、足元がすでに灰化して砕け始めている。
「このまま時間を使えばそのうち自滅するだろうが、お前はここで終わりにする! お前の弱点、それは再生時に必ず動きを止めることだ!」
その間に日色は『不再生』の文字を書き、相手に放った。発動させた瞬間、ピタリと彼の再生能力が中断する。さらに『切断』の文字を用いて翼を斬り落とす。
そのせいで飛び続けることができなくなった彼は真っ逆さまに落下していく。
「悪いな。そのままあとは土に還ってくれ」
同情はしない。している時間などないのだ。
日色はレオウードのもとへ向かおうとしたが、ふと気になったことがある。
「……バリドの奴がいない? 他の《三獣士》も……さっきまでレオウードの傍にいたよな?」
国民たちは地下のシェルターに避難しているだろうし、護衛として彼らがその場に行っていると仮定はできるが……。
(それにしても三人同時ってことは有り得ない)
ならば何故いないのか。周囲を確認しても彼らの姿は見当たらない。街の防衛に尽力しているのは第一王子のレッグルスと第二王子のレニオンのそれぞれの部隊である。
「レオウードに聞けば分かるか」
そう思い彼のもとへ行こうとするが、突如バチィッと身体が弾かれる。
「っ!? これは……結界のせいか?」
そう、黄金に輝く光の結界が日色の侵入を拒んだ。
「ならまずはこの結界をどうにかすればいいんだろ」
人差し指の軌跡が文字を紡ぎ出す。『通過』のこの文字を使用すれば、結界を通り抜けることができるはずだ。
しかし放った文字は何故か結界に弾かれてしまい霧散する。
「何っ!?」
魔法が効かない。どういうことだろうか。
(オレの魔法は絶対魔法になってるはず……それなのに発動すらできない?)
日色は試しに刀を結界に向けて振り下ろした。しかし予想通りか、これもまた弾かれてしまう。
「武器も通さない……一体この結界は……!」
「――――無駄ですよ。異世界人さん」
結界の考察をしていると、上空から凛とした声が届く。
「お、お前は――――っ!?」
そこに浮かんでいたのは、背中に六枚羽を広げたペビンという男だった。
「糸目野郎……!」
「おやおや、結界の中に入りたいが、魔法も武器も効かずに困っているといった感じでしょうか?」
不敵そうに笑みを浮かべる彼に苛立ちを覚える。
「ですが先程も言ったように無駄です。その結界は『黄金血界』。かつて勇者の一人がその命を使って張った結界と同等のもの」
「勇者が張った? ……!?」
そこで思い出す。そういえばこの世界で奇妙な空間に包まれた場所があったことを。
「【聖地オルディネ】――聞き覚えがあるでしょう? そこにある《オルディネ大神殿》を守る唯一無二の結界と称された力のことをご存知ですか?」
知っている。実際に入ったこともある。そこであらゆる魔法や武器の類が扱えなくなる。戦う意志そのものを低下させる力も持っている。
そのせいで、あのイヴェアムやジュドムが閉じ込められてしまった過去も存在した。武力を皆無にする不可思議な空間。
「魂で構築された結界は、その者の意志を強く反映してくれる。見てください」
ペビンが周囲に視線を促す。
「この結界を作るのに、彼らの命を多大に犠牲にしました」
【パシオン】を囲っていた白ローブの者たちは、皆がその命を投げ打って結界と化しているというわけだ。
「いくらイヴァライデアの後継者であるあなたでも、これだけの数の人間の魂で構築された結界はおいそれと解けはしませんよ」
「……つまり、オレを結界の中に入れない。いや、外からの侵入を防ぐという意志が込められてるってわけか」
「その通りです。よく理解しました」
バカにするように拍手を送ってくる。
「そうか、やはりお前たちの狙いは――――ミミルだな?」
「さすがに気づきますか」
「だが中にはレオウードたちがいる。それに白ローブの連中も侵入できないんじゃ、本末転倒だろ」
「……ああ、まだそれには気づかないのですね?」
「何?」
「ずいぶんと《王樹》の周りにいる兵士の数が少ないですね」
コイツは何が言いたいんだ、と首を傾げてしまう。
「恐らく皆が《王樹》の中へ入ったのでしょうか。それは何故なのでしょうかね? まるで……そう、まるで誰かを探しに行っているみたいではないですか」
「――っ!?」
彼の言葉にバラバラだったパズルが一気に完成した感覚を覚える。
「お前、まさか!?」
「そのまさか……ですよ」
「くっ!」
日色はレオウードが立つ真上に移動して、大声で呼びかける。
「おいレオウードッ! おいっ! こっちを向けっ! レオウードッ!」
しかし何度呼んでも彼は不動に立ち真っ直ぐ前を見据えているだけ。他の兵士が日色の声に気づいているので、声は届いているはずだ。
「ちっ! おいそこのお前! レオウードを呼んでくれっ!」
兵士に頼み、兵士がレオウードに話しかけるが、
「今はそれどころではないだろう。さっさとミミルを連れて参れ」
それだけを兵士に言うと再び石像のように立ち尽くしている。
「理解できましたか。この結界にはもう一つ効果を持たせました。それは《塔の命書》を実行し易くさせる力です」
「何だと!?」
「まあ、この結界内だけのことですが、それでもあなたはまんまとこちらの思惑にハマってくれたんですよ」
その時、ペビンに近づいてくる人物がいた。先程見た鉄仮面の男だ。彼もまた背中から羽を出している。ペビンと違い二枚羽のようだが。
「よくやってくれました、アヴドルさん」
「ありがたきお言葉。我らが創世主のためにもこのアヴドル、身命を投げ打つ所存でございます」
鉄仮面の奥からギロリと不気味に瞳が光る。真っ直ぐ日色を見据えてきた。
「よもやこれほど私の策が上手くいくと思いませんでしたが」
「どういう意味だ、鉄仮面」
「分からぬか? あれだけのモンスターを用意すれば、獣人たちだけではたとえ討伐できても被害が必ず出る。だが貴様の魔法ならばモンスターを一か所に集めて葬り去ることが可能。それはかつて【魔国・ハーオス】で貴様がやったことだ。だからこそ、過去をなぞらえることは容易かった」
最初からモンスターは捨て駒だったということだ。
「しかしモンスターを葬るには、国の近くではできない。自然と貴様は国から離れることになる。結界から出てな」
「なるほどな。まんまと乗せられたってわけか」
結界から出てしまえば、もう侵入はできない。恐らくこの国で彼らが警戒したのは日色。日色が結界内にいる限りはミミルに手を出せないと思ったのだろう。
だからまずは日色を国から遠ざけることを画策した。それがあのモンスターの群れだったというわけだ。相手の策にハマってしまったことに怒りを覚える。無論自分に対してだ。
「オレを結界から弾き出し、その間に獣人たちにミミルを捕獲させるって腹積もりか」
「そういうことだ、赤ローブのガキ」
「くっ!」
「アヴドルさん、あなたは例の転移魔法陣にて塔へと向かって下さい。今、僕の上司がお仕事をしているのでそれを手伝ってほしいのです」
「畏まりました。では」
「待てっ!」
「おっと、少しだけですが、僕があなたのお相手をさせて頂きますよ、異世界人さん?」
不気味で凶悪なオーラを身体から発しているペビンに息を呑む。
(コイツは『神人族』……いや、アダムスと同じ異星人だ。その力も未知数。迂闊に動けない……か)
相手はイヴァライデアとアダムスの二人と戦って生き残っている人物の一人なのだ。決して弱くはないだろう。何度か対峙したことがあるが、どれも先手を取られてしまい勝ち逃げをされているような感覚だ。
その存在自体が神出鬼没で気が抜けない相手。
(なら最初からアクセル全開でっ!)
指先に魔力を宿し文字を――――
「それは怖いので止めてください」
ペビンがサッと右手を軽く振ると、水を打ったかのような波紋が広がり日色の身体を突き抜けた。その瞬間、形成しようとした文字も消失した。
これは以前にもされたことがある。そのせいで不意をつかれて、元の世界に戻された原因でもあった。
「ほう、今度は動揺しないんですね」
「一度見たからな。タネは分からんが、お前の力は相手の力を消す……いや、奪うんだろ?」
「……へぇ」
糸目が薄く開かれる。その奥に潜む瞳が怪しく光った。
「あなたに見せるのは数回ほどなのに、もう理解するとは、いやはや恐ろしい存在ですよ」
大げさに肩を竦めるペビン。
実際に最初は戸惑いが大きくて分からなかった。しかしこちらの力が消失した瞬間、ペビンの力が向上したので、これはただ単に消しているだけではなく、奪っているのだと推察することができた。
「まあ、分かったところでどうしようもないと思いますが、どうしますか?」
彼の言った通り、魔法も《太赤纏》もあの波紋を受ければ消失する。しかしやりようはある。それはいまだに自分が飛び続けているという事実が証明している。
日色は再び文字を書くと、相手もまた手を振り波紋を広げていく。だが無視してそのまま突っ込む。
「むっ!?」
突っ込みながら左手で新たな文字を作る。ペビンが再度波紋を打ってくる。すでに右手の文字は消えている。そして波紋を受けると左手の文字もなくなった。
だがそのまま突っ込む。
「ちょっ!?」
身体から《赤気》を迸らせる。ペビンが少し焦りながら波紋を広げて、今度はこの纏っている《赤気》を消した。
(よし、やはり思った通りだ!)
それでもまだ突っ込む日色に対し、後方へ引きながら波紋を飛ばしてくる。今度はガクンッと浮遊感が消失。
「そのまま落ちてください」
だが、日色はすでに文字を書いて発動させていた。
それは――――『飛翔』。
ギュインッと高速に空を移動しペビンの懐へ入り刀で斬りつけた。
「ぐっ!?」
ようやく刃が届いた瞬間だった。
一撃を与えて、そのまま手を緩めずに追い打ちをかける。しかしペビンも険しい顔つきのまま、手を払い波紋を広げていく。
「遅いっ!」
ダメージを受けたペビンの動きが鈍く、波紋が届く前にその場から離れ、迂回して背後をつく。
「がぁっ!?」
背中を斬りつけた瞬間、ペビンが回避するために身体をずらしたのでトドメを刺すことはできなかったが左腕を切断することができた。
ボタボタと血を流しながら激痛に顔を歪めている。
「ぐっ……はは、さすがは魔神殺しの英雄さんですね」
口調は変わらないが、明らかに動揺している様子が見て取れる。
「今の様子ですと、どうやら僕の能力の隙間を理解しているようですね」
「ふん、だったら何だ?」
「やはり気づいていましたか。僕が奪うことができるのは一種類で、一回に一度だけだということに」
ペビンの言う通り、彼の能力の欠点に気づいていた。
恐らく、彼の波紋は指示した力を一種類だけ奪うことができるというものだろう。それは魔力。先程《文字魔法》を使おうとして収束させた魔力を奪われ消失してしまった。
そして『飛翔』に使っている魔力を奪って、飛翔効果を消して日色を一瞬で飛べなくさせたのだ。
だがこの時、タイムラグがあった。ペビンが奪えたのは『飛翔』に使われている魔力のみ。こっそりと左手で書いていた『飛翔』の文字は消せなかったのだ。
だからこそ、即座に発動させて相手の虚を突いて攻撃をしたということ。ペビンの油断は、『飛翔』の力を消失させただけで、日色がそのまま落下していくと勝手に判断してしまったことだ。
日色はそこを突くことにした。それに波紋を作る隙間も確かに存在するので、一度彼の動揺を誘えば攻撃が届くと思っていたのだ。
「どうやらこの身体だと、あなたの相手は荷が勝ちすぎるようですね」
「……何だと?」
この身体……?
「ですが、時間稼ぎはできたようですから」
ペビンが視線を落とす。そこには《三獣士》の姿が見える。だが次いで驚いたのはペビンの方だった。
「……転生体が……いない?」
そう、そこには《三獣士》だけ。傍にはミミルがいなかった。
「残念だったな、糸目野郎」
「……?」
「ミミルは渡さない。アイツにはしっかりとした保険を施していたからな」
「保険……ですって?」
※
その頃、【グレン峡谷】にてドゥラキンの屋敷。
そこに複数の人物がドゥラキンとその契約精霊であるドウルの前に立っていた。
「なるほどのう、いきなりミュアたちが現れたのは驚いたが、さすがは今代の《文字使い》じゃて。まさかこういう時のために、お主らに『転送』の文字を設置しておいたとはのう」
ドゥラキンの前に立つ複数の人物。それはミミル、ミュア、アノールド、ララシーク、ユーヒットの五人。
「ヒイロさまには、自分の身に危険が迫ったらすぐに知らせろと申しつけられていました。この《ボンドリング》を使って。でも今回は知らせるまでもなかったですけど」
「そうだよね。いきなり人間たちが攻めてきたんだもんね」
ミュアが苦笑しながらミミルと顔を見合わせる。
だがそのお蔭ともいえるのか、日色は【パシオン】にミミルたちを置いておくのは危険だということで、すぐさま安全地帯であるここへ『転送』の文字を発動させたのだろう。
ここならば『神人族』の手が伸びないと考えてのことで間違いない。
「ですが、そのせいでヒイロさまが実力を発揮できなかったのは心配です」
実際、五人に設置文字を施しているせいで、日色が戦闘で使える設置文字は少ない。故に戦闘で不利になるとミミルは考えていた。
「安心するがいいんじゃて。設置文字が使えんでも、それだけが《文字使い》のすべてじゃないんじゃて。今頃あやつの行為に気づいた『神人族』は泡を食っているかもしれんのう」
「けどよ、ちょっと気になるんだけど、ミミル様とミュアをここに飛ばしたのは理解できるけどよ、何で俺や師匠たちまで?」
アノールドが疑問を口にする。
「ワタシとクソ兄はアレの完成を急いでるからな。ここで『神人族』に意識を操作されるわけにはいかねえんだ」
「……それでも俺じゃなく、レオウード様の方が良かったんじゃ……?」
彼の疑問は理解できる。確かに戦力のことを考えると、獣人で一番の実力者であるレオウードを彼女たちの守護役に当てた方が都合が良いかもしれない。
「それは簡単だ。すべては『神人族』の目を誤魔化すためだ」
「え? そうなんですか?」
「ああ、『神人族』がまず先に操るのはレオ様だと予想がついてた。そしてもし操られたのなら、確実にミミル様を捕獲しにかかるとな。だからわざとレオ様はご自分を犠牲にされたんだ」
「……っつうことは、これはレオウード様も了承してるってわけですか?」
「ああ、尤も、レオ様にはワタシたちは地下のシェルターに隠れてるっていう嘘の情報を教えておいたけどな」
「それじゃ、ヒイロの力でここに飛ばされたことは知らない?」
「その通りだ。知ってるのはヒイロを除けばここにいる五人だけ。レオ様も居場所を知らなければ、ワタシらを捕獲することはできん。お前の言う通り、レオ様をここに飛ばすことも考えたが、自分が操られれば『神人族』の油断にもつながると、レオ様が言った。だからこの方法を取った。それにミュアに関してはお前がいた方が安心できるだろ? まあ、これはヒイロの考えだが」
「……ったく、ヒイロの奴」
そう言うアノールドだが、どことなく照れ臭そうに頬を緩めている。ミュアを安心させるためにもアノールドの方が良いと日色が考えたことが嬉しいのだろう。
「今代の《文字使い》は大分と策士のようじゃて。じゃがこれで『神人族』から先手を奪えたことは間違いないじゃて。あとは【パシオン】が無事なら良いんじゃがのう」
ドゥラキンの言葉に皆がしんみりとする。それだけは保証できないからだ。だがその時、外から能天気な笑い声が聞こえてくる。
「……あ、あの師匠、今の声って……」
「……はぁ、ああ……クソ兄だ。恐らく初めて見る結界の構造に興味が惹かれて完全に浮かれ切ってるんだろうな」
やれやれと嘆息するララシーク。いつの間にかいなくなっていたユーヒットが、その笑い声の正体だと、誰もが簡単に理解できた。
※
《黄金血界》の中で、兵士たちがレオウードの命令で慌ただしく動き回っている。いるべきところにミミルがいないので焦っているのだろう。
「……これはこれは、どうやらあなたが彼女を隠しているようですね」
「さあな。答える義務はない」
「今までの慌てた様子はすべて演技……というわけですか」
「…………」
「……ふぅ、これは一本取られましたね。結構練った計画だったのですが、まさかこうも先手を取られているとは思いませんでしたよ」
「お前らは人を見下し過ぎだ。この世界に生きてる奴らは、みんな必死に生きてる。その想いを軽く見た結果なんだよ!」
身体から《赤気》を放出させて疾風のごとき動きでペビンの懐へと入る。
「これで『神人族』まず一人だっ! ――――《熱波斬》っ!」
ペビンの腰に赤い閃光が横に走る。
「がふぅっ!? ……なるほど…………これはこちらも本気で相手にしなければならなくなりそう……です」
日色が彼の傍から離れた瞬間、真っ二つに分かれた彼の身体が爆発を起こす。
(これが『神人族』か……案外呆気なかった気もするが、これで一人倒した。あとは二人か)
空に浮かぶ金色の塔を見る。
(あの鉄仮面の男が『神人族』で、糸目野郎の部下なら、残りの神王とやらはあの塔にいるってことだ)
『神人族』は三人だと聞いているので、消去法であの鉄仮面は神王ではないと判断。
「問題はこの結界か……永続的なものじゃないだろうから、そのうち効果は消えるか……」
この中にいる限りレオウードたちには害はないだろう。怖いのは《塔の命書》を使われて自殺をされることだが、わざわざこのような結界を作ったということは、まだ完全に《塔の命書》を使いこなせていないということ。
だから命を奪うような命令はまだできないだろう。
(しばらくはこのまま様子見した方がいいか…………レオウード、後は任せろ)
日色は周囲を観察し、すべての敵がいないことを確認してから『転移』の文字でドゥラキンのもとへと向かった。




