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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~

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213:グレン峡谷へ

 会議室へ入ると、変わり映えのしない顔が連なっていた。


「お、ようやく我らが英雄の登場だな」


 まず第一声を上げたのは獣王レオウード・キングである。立派な鬣を揺らしながらからかうような感じで笑っている。

 日色がそう呼ばれるのを苦手としているのを知っている彼ならではのいじりというものなのだろう。


「おいレオウード、会う度にそう言うのは止めろ」


 日色は空いている席に着くと、長卓の上にある菓子にさっそく手を伸ばす。


「今日のお菓子は《ハニーシロップ》を使った《ハニーティラミス》です」


 教えてくれたのは、魔王城のコック長を務めるムースンだ。彼女の料理の腕は日色も絶大に信頼を置いているので、これもまた美味なのだろう。

 ティラミスの上にシロップがかかっている、見た目ではシンプルだが……。


 そう思いながらフォークで一口サイズに切ると、中から栗の塊が出てくる。元々はチーズケーキの一種だが、果たしてどんな味を奏でてくれるのか口へ運ぶ。


「んぐんぐ…………うん、良い仕事だなムースン」

「お褒めに与り恐悦至極です」


 まさに絶妙のバランス加減で成り立った芸術のような一品。


 ほんのり香るチーズと栗のニオイのコラボレーション。味はどちらかといえば栗押しかもしれない。しかしチーズがより栗の甘みを引き立てていて、ナイスアシストをしている。

 それに一番はやはりこの《ハニーシロップ》だろう。チーズと栗を優しく包み込み、見事なハーモニーを伝えてくる。


 甘過ぎかもしれないと一瞬思ったが、チーズの微かな苦さが美味い具合に一体となって最高のケーキと変貌している。


「どうだヒイロ、お前がそのシロップを気に入ってるってアノールドに聞いたから、持ってきてやったのだぞ」


 この《ハニーシロップ》はかつて、【ドッガム】という獣人界の最初の村で食べた経験のある蜜だった。

 その時も美味いグルメを食べさせてもらったが、どれも最高に満足いくものである。


(アイツめ、それを覚えてたのか)


 人の好みもしっかり覚えておく。やはり腐っても料理人だな。まあ、そんなことを言うと怒られるだろうが。


「それはありがたいな。美味かったぞ」

「ヒイロ様、おかわりは」

「お、あるのか? ならもらおう」

「はい」


 するとムースンがどこからともなくホールで持ってきた。さすがのレオウードも、それはさすがに食べられないだろうと思っているのか頬を引き攣らせている。


「お、おいヒイロ、まさか一人でそれいけるの……か?」

「当然だろ。何て事はない」


 美味いものならこれくらいペロリといける。この世界に来て胃も徐々に拡張しているのか、最近では自分でも信じられないくらいの食欲が湧いてくるのだ。


「そ、それじゃあヒイロは食べながら聞いてもらうとして、レオウード殿、さっそく近況報告をしましょう」


 今まで静観していた魔王イヴェアム・グラン・アーリー・イブニングが口を開く。周囲には魔王直属護衛隊の面々。レオウードの側近としてバリドが座っている。


「そうだな。それではまず獣人界だが、前回の戦争では他大陸と比べて被害も少なかったが、一つ問題を抱えててな」

「問題?」

「うむ。実はな《始まりの樹・アラゴルン》を復活させようとする動きがあるのだが、何とも難しいものだ」


 【獣王国・パシオン】のシンボルともなっている古代から存在する巨大樹。初代獣王ジングウードがその樹を神が宿る樹と崇め、樹を中心に国造りをした。

 不思議な力を持つ樹であり、病気がちだった者が触れば治ったとか、泣き止まない子供に触れさせれば泣き止んだとか、小さいことだが様々な伝説を残している。


 しかし今、その樹は失われている。

 アヴォロスが組織した《マタル・デウス》に所属していたコクロゥ・ケーニッヒと、日色と同じく一緒に召喚された勇者の一人である青山大志が、その樹を破壊した。


 かつては国中を照らし見守っていた大樹も、今では根から腐り見るも無残な姿へと変わっている。それは日色も自分の目で見たから知っていた。


「もう死んでいるモノを復活させることなどできるのか?」


 そう問うのは、ホール丸ごとのケーキを食べ尽くした日色である。


「ヒイロの言う通り、死んでしまったものを復活させることはできん。つまり復活というよりは、新たな芽吹きを期待しておるといったところだな」

「そのために何かしてるのか?」

「うむ。元々《アラゴルン》というのは一種の突然変異種ではあるが、一応は《黒樹(こくじゅ)・ベガ》と同種なのだ」

「確か《黒樹・ベガ》は、獣人界にだけ育つ樹ですよね?」

「イヴェアムの言う通りだ。しかしそれも昔の話だ」

「昔?」


 日色が聞き返す。


「まだ戦争など起きていなかった時代の大昔、獣人界のある場所にはそれはそれは天をも衝くほどの巨大樹がたくさん根を下ろしていたのだ。それが《黒樹・ベガ》だ。しかし度重なる戦争により大地は疲弊し、大樹は軒並み破壊されていく。恐らくすでに絶滅したのだろうと誰もが考えた」


 確かにそのような大樹など、《アラゴルン》の他に見たことが無い。だがそこでふと思い出す。


「あ、そう言えば《黒樹・ベガ》で作った剣を持ってた奴がいたな」


 日色のその言葉にレオウードはニヤリとする。


「ああ、ヒヨミって奴だろう?」


 ニッキとカミュ、そしてヒメが力を合わせて倒した大柄の男。研究者でもあったようだ。その男は確かに《黒樹・ベガ》で作られた大剣を持っていた。


「カミュたちからその話を聞いてだ、まだどこかに《ベガ》の存在地があるのではなかろうかと考えたわけだ」

「なるほどな。もしあれば、新芽を育てて再び《アラゴルン》として【パシオン】のシンボルにするというわけか」

「そういうことなのだが……」


 浮かない表情をするレオウード。


「探しても分からない……ということか?」

「ああ、獣人界は広い。まだ探し始めたばかりだが、隈なく調べようと思ったらかなりの時がかかる。そこでだ!」


 キランとレオウードの瞳が光る。嫌な予感が日色の脳裏を過ぎる。


「是非ともヒイロにも探してもらいたいのだ!」

「……だから今日の会議は絶対オレにも参加しろと言ったわけか」

「ガハハ! その通りだ!」

「すまないなヒイロ、しかし我々には他に頼れる者がいなくてな」


 苦労人のバリドが恐縮しながら言ってくる。


「……そういやミュアたちも手伝っているのか?」

「む? おう、もちろん手伝ってくれておるぞ」

「なるほどな」


 別段やることもハッキリ言って無い。読むべき本はまだあるが、最近身体を動かしていないし鈍っているだろう。

 ただでさえ二カ月はベッドの中だったのだ。今も何となく身体の動きが鈍いように感じる。


(リハビリついでに提案に乗ってやってもいいか……)


 そう考えていると、レオウードから嬉しいニュースが入る。


「ちなみにその《黒樹・ベガ》が生える土地は豊かで、傍にはある花が咲くという話があるのだ。その花は《銀米草(ぎんまいそう)》といって、それも伝説にはなっておるが、その米で作る料理はそれはもう夢の世界へ誘ってくれるほどの美味さがあって」

「よし、必ず見つけてやろう」


 日色は口の中から大量の涎が分泌してくるのを感じながら拳を握る。それほどのグルメ食材なら手に入れない理由はない。必ず味わってやる。


 しかし日色は気づいていなかった。レオウードが「計算通り!」みたいな顔で笑っていたのを。バリドはその様子を見て大きな溜め息とともに肩を落としていたが……。







 レオウードの頼みにより《黒樹・ベガ》を探すこととなった日色だが、その旨を同じ魔王城の一室にいるリリィンやニッキたちに話すと、三者三様の答えが返ってきた。


「ボクも行きますぞ! 師匠とともにあるのは弟子の役目なのですぞ!」

「ワタシは行かんぞ。これからクゼルらとともに話さなければならないことがあるからな」

「お嬢様のお傍を離れぬのが執事なので」


 結局行くことになったのはニッキだけだった。

 精霊であるテンやヒメは、【スピリットフォレスト】に用事があるとかで帰っている。


 カミュもまた【ラオーブ砂漠】にある『アスラ族』の集落へ帰郷していて、リリィンは、シウバ、シャモエ、ミカヅキとともに、【魔国・ハーオス】の近くに立てた小屋に住むクゼルのもとに向かうという。


 ちなみにクゼルのところには、彼の娘であるウィンカァもいる。今まで一緒にいれなかった親子の絆を深めるようにずっと一緒に暮らしているのだ。無論彼女とともに旅をしてきたスカイウルフのハネマルも一緒に。


 ランコニスの弟であるレンタンが自分も行きたいと駄々をこねていたが、ランコニスに叱られ渋々留守番をすることになった。


「ではヒイロ、まずは【パシオン】へと向かうとするか」


 レオウードに準備ができたことを伝えると、さっそく向かうことを伝えてくる。


 イヴェアムなどは、せっかく来たのだからもう少しゆっくりしたらと提案するが、戦争は終わったとはいえ、まだ事後処理などがいろいろあり、時間を有効に使わなければならないとしてすぐに帰ることにしたらしい。


 日色はニッキ、レオウード、バリドとともに『転移』の文字を使い【獣王国・パシオン】へと移動することにした。


 いきなり王族が住む《王樹》に現れた日色たちに兵士たちはギョッとしたが、すぐに歓迎ムードで中へと案内してくれた。


「ヒイロ、とりあえずは探索チームを編成するから、一時間ほど時間をもらってもよいか?」

「別にオレ一人でも……いや、オレとコイツだけで十分だぞ?」


 一人でいいと言おうとしたらニッキが横で不満そうに頬を膨らませて睨みつけてきたので、彼女の頭にポンと手を置いて、言葉を変更することにした。


「ガハハ! それもそうだろうが、これも良い経験になるだろうしな、すぐに手配するからできればチームで頼む」

「アンタがそう言うなら別に構わんが」

「うむ。決まれば呼ぶゆえ、それまではゆっくりしててくれ」


 レオウードはバリドを伴ってその場から離れて行った。


「さて、それじゃ時間潰しに何するか……」

「師匠! ミュア殿たちのとこへ行かないですかな?」

「そうだな。けど国にいるのか?」


 確かミュアも《黒樹・ベガ》探しを手伝っているということなので、ここにいるのかは疑問だった。

 近くにいる兵士に尋ねると、やはり彼女とアノールドは一緒に国を離れて探し回っているとのこと。


 必要最低限だけの守備軍だけを残して探索に出回っているらしい。やはりそれだけ獣人たちにとって《始まりの樹・アラゴルン》は特別なのだということが改めて分かる。


「仕方ないな。おいニッキ、街でブラブラするぞ」

「はいですぞ!」


 ニッキは破顔一笑して跳びはねる。何がそんなに嬉しいのか分からないが、


「さあさあ師匠! そうと決まれば急ぎますぞ!」


 無理矢理手を引っ張って《王樹》から出て行こうとする。


「分かったから引っ張るな。別に街は逃げないだろうが」

「でも時間は逃げるですぞ!」


 そう言われればそうかもしれないが、ウキウキした輝きを放つ彼女の瞳を見つめていると、反論するのもバカらしくなったので、そのまま引きずられるように街へと出た。


「おおっ!? 英雄ヒイロ様だっ!」

「マジかよっ!?」

「キャーッ! ヒイロ様よヒイロ様っ!」

「お、俺、握手してもらおうかな……」

「わ、私も握手してほしいっ!」


 街へ出て少し歩くと、日色の存在に気づいた者たちが、次々と波のように押し寄せてくる。


「な、何だこれは……?」

「おお~っ! さすがは師匠! 大人気なのですぞ!」


 老若男女問わずにワラワラと集まってくる。日色の名前を聞き、わざわざ家から出てまで見に来る始末。


 それはまさに、テレビで観たような外国のスーパースターが来日してきたような群がり。興奮して口々に日色の名を呼び近づいてくる。


(おいおい、しばらく来なかったらこれか……)


 確かに自分がやったことを鑑みると、英雄と呼ばれても仕方ないかもしれない。何といっても世界を救ったのだから。


 実は【ハーオス】でも凄かった。特に目が覚めて、初めて街へ出た時は、人の大津波がたった一人である日色へと襲い掛かって来た。


「ちっ、ニッキ!」

「え?」


 ニッキの身体に触れると『転移』の文字を使って再び《王樹》の中へと戻った。


「……あのぉ、師匠?」

「街はダメだ。危険過ぎる」

「むぅ……せっかく師匠と二人っきりでお買い物だったのですが……」


 彼女にとっては楽しみだったのだろうが、さすがにあの中で楽しむのは無理だ。精神が物凄い勢いで減り続ける。


「今度【ハーオス】で祭りをやるらしいから、そん時に美味いものを買ってやるから我慢しろ」

「ホ、ホントですかなっ!?」


 パアッと瞬時に顔を綻ばせるニッキ。単純なバカ弟子で本当に助かる。


「ああ。けどまだ時間はあるし……庭園にでも行くか」

「はいですぞ!」


 《王樹》の中にある庭園。初めて第二王女であるミミル・キングと出会った場所でもある。

 庭園に出ると、微風に乗って作物や花の香りが鼻腔をくすぐってくる。


「………………ヒイロさま?」


 聞き覚えのある声が耳に入り、声の主を探して視線を動かす。


「ミミルか?」

「はい! お越しになられていたのですね!」


 そこにいたのはミミルだった。嬉しそうにトコトコと駆けつけてくる。近くにはアノールドの姉であるライブの姿も見える。彼女と一緒に庭園で仕事をしていたようだ。

 籠に入った色とりどりの野菜と、彼女の仕事着がそれを証明している。


「お前も、仕事してたんだな」

「はい。ですがヒドイですヒイロさま」

「は? 何がだ?」

「だって、以前来られた時から二週間以上経っています!」


 ぷく~っと頬をフグのように膨らませるミミル。


「アハハハハ! ミミル様はヒイロが来てくれるのをずっと待ってたんだよ!」


 豪快に笑いながらライブが額から垂れる汗を拭う。


「そうか、でもだったらお前が会いに来ても良かったんじゃないか?」

「う……で、ですがミミルだけのために《転移石》を使うのももったいないですし……」


 まあ、確かに一度使えば無くなる《転移石》は貴重である。使わないように徒歩で来るとしても、王女なのだから守護隊をいちいち編成しなければならないだろう。

 自分のわがままより他人の気持ちを優先する彼女なので、会いに来たくてもレオウードにそう言えなかったのだろう。


「それに、今はミミルにもお仕事がありますから」

「ほう、偉いじゃないか」

「えへへ、ありがとうございます」

「むおぉぉっ! これ美味しいですぞ師匠っ!」


 いつの間にかライブの近くに行って、トマトを貰って齧り付いているニッキ。


「おいニッキ、お前だけずるいぞ。オレにもよこせ」


 ここで普通なら「はしたない」や「失礼だぞ」とか言うのであろうが、日色にとっては食べ物しか視界に映ってはいない。一人だけ美味いものを食べるなんて許容することなどできない。


 日色もミミルから真っ赤に熟れたトマトを貰い一口。瑞々しいトマトから噛む度に汁が飛び散る。糖度もフルーツに負けないほど高い。


「うむ、美味いな」

「ふふ、良かったです」


 ミミルも日色の満足した表情を見て嬉しそうに頬を緩めている。

 そこへ兵士がやって来た。


「あ、ヒイロ様もこちらにおられましたか。どうぞ、レオウード様がお呼びですのでお越し下さいませ」


 思ったより早い呼びかけだった。ニッキの名を呼び兵士に近づくと、


「それと、ミミル様にも御同行願います」


 何故か彼女にも声がかかった。

 ミミルも何の呼び出しか分からずキョトンと首を傾げていたが、準備をしてから日色たちと一緒に兵士について行った。






 レオウードからの呼び出し……。

 恐らくは《黒樹・ベガ》の探索チームの編成が完了したことだろうと日色は思うが、そこに何故ミミルも同行しなければならないのか疑問だった。


 隣で歩くミミルも呼び出しの意味が分からないようで僅かに首を傾げている。

 兵士の案内で会議室へ入ると、そこにはレオウード他、獣人上層部の面々が顔を突き合わせていた。


「ニャニャッ!? ヒイロッ!? 僕に会いに来てくれたのかニャッ! ヒイロォォォォッ!」


 真っ先に日色の姿を見て駆け出してきたのはクロウチ――いや、シロップだった。

 勢いよく日色に抱きつこうとするが、咄嗟に『交代』の文字を使って、近くにいたバリドと立ち位置を変更する。


「ぐわっ、またかっ!?」


 これはすでに何度かバリドも経験があったためか、一瞬で自身の立ち位置が変わったことにそれほど驚いてはいない。

 しかし目の前から迫ってくる白い物体をかわすことができずに、そのまま抱きつかれて転倒。


「ニャニャッ!? またヒイロがバリドにニャったのニャッ!?」

「ぐ……いいから離れろクロウチ……」

「当然ニャ! 僕はヒイロのニオイを嗅ぎたいのニャ! ニャのにニャんでバリドみたいなオッサン臭を嗅がニャきゃニャらニャいのニャ!」

「ええい! 失礼過ぎるぞ貴様!」

「うっさいニャ! ヒイロはどこ行ったニャ!」


 キョロキョロと周囲を見回して、レオウードの近くに日色の姿を捉えた彼女の瞳がキラーンと光る。そのまま再び駆け出そうとした時、


「……クロ」


 彼女の背後からそっと近づきシロップの首元を掴んだ存在がいる。


「プ、プティス……っ!?」

「大事な話をするから、大人しくする」


 相変わらずクマの着ぐるみを来たプティスだが、全身からゴゴゴゴゴゴと覇気を滲み出しているのを感じてシロップも「うにゃ~」と大人しく自分の席へと連れて行かれてしまう。


(変わらんな、アイツは……)


 あれで本当に国を代表する《三獣士》なのか疑わしいが、間違いなく実力は持っているのだから不思議なものである。

 皆が席へつくと、ようやくレオウードが口を開く。


「さてヒイロ、呼び出したのは探索チームについてだが」

「だろうな。それで? 誰がオレについてくるんだ?」

「ここにいる『氷漠』のプティスと第一王子のレッグルス」


 なかなかに妥当な人選ではある。二人なら実力的にも何ら問題はない。ただ第一王子であるレッグルスを動かすことは少し予想外ではあったが。


「レッグルスには、今回お前と同行してもらい旅の経験を積んでもらいたいのだ。それにお前の傍にいれば良い影響もあるだろうからな」

「なるほどな。チームはそれだけか?」

「いや、そこにミミルも加わってもらう」

「えっ!?」


 驚いて声を上げたのは当人のミミルである。日色も、もしかしたらとは思っていたが…………レオウードにその理由を尋ねると、彼はミミルに微笑みながら答える。


「ミミルももう十歳になる。そろそろ外の世界を見るのもいいと思ってな」

「わ、わたしが……ですか?」

「そうだミミル。女子とはいえ、お前も立派な《獅子族》。それに今回の経験は、必ずお前にとっても貴重なものになるはずだ」

「お父さま……」

「まあ、あくまでもヒイロが傍にいるからこそ許可できたのだがな、ガハハハハ!」

「ニャニャ……僕もヒイロと一緒に行きたかったのニャ……。プティスだけニャんてずるいニャ……」


 明らかに不満顔で項垂れているシロップだが、プティスは冷淡に言葉を返す。


「遊びじゃない。これは仕事」

「うぅ~……」


 日色は内心でホッとしていた。できれば旅はまともな人物としたかったからだ。

 シロップを連れて行くと、いらない精神力を使わされそうだし。その点、真面目なレッグルス、冷静なプティスなら任務もスムーズに行けるはず。


 ミミルには気を配る必要が出てくるが、彼女は素直に言うことを聞いてくれるので問題は少ない。戦闘面では期待はできないが。


「ヒイロくん、よろしく」


 レッグルスが近づいてきて握手を求めてきた。イケメンスマイルのおまけつきだ。


「あ、ああ」


 彼と握手をすると、まるで裏表のない爽やかスポーツマンと対峙している感覚が走る。


「プティス、よろしく」


 可愛らしい足取りで、プティスも近づいてきて挨拶をしてくる。


「よろしくですぞ、皆さん!」


 ニッキは人選にも何の疑問を抱いていないようで、目一杯の笑顔で応えている。


「あ、あのヒイロさま……」

「ん……何だミミル」

「そ、その……」


 何だか照れた様子でモジモジとしているが……?


「ふ、不束者ですが精一杯お世話させて頂きますぅっ!」


 恐らく世話をするのは日色の方になりそうなのだが、日色は緊張の見える彼女の額を軽く人差し指で小突く。彼女は「へぅ」と短く声を漏らして若干後ろにのけぞる。


「あんまり意気込むなよ。気楽に行けばいい」

「ヒイロさま…………はい!」


 ひまわりのような笑顔を見た後、日色はレオウードに顔を向ける。


「レオウード、さっそく向かっていいのか?」

「うむ。やり方などはヒイロに任せる。頼んだぞ」

「当然だ。《銀米草》は必ず手に入れてやる!」

「いや……目的は《黒樹》の方なのだが……ま、まあ頼んだぞ」

「任せておけ!」


 少し目的がズレている日色だが、ニッキ、ミミル、プティス、レッグルスの準備が終わり次第、《王樹》の入口で集合することにした。

 何とも奇妙なチームができあがったが、これが《黒樹・ベガ》の探索チームである日色パーティになった。


 十分後、《王樹》の入口で集まった日色たちは、まず最初に向かうべき場所の見当をする。レッグルスが地図を広げて皆の視線を集める。


「ポイントは幾つかあるが、我々が向かうのはここから真南に位置するココ」


 見れば山々に囲まれた場所。


「【グレン峡谷】――ココはそう呼ばれている」

「どういうところなんだ?」

「獣人界で最も足を踏み入れにくい場所……だね」

「ほう、相当危険ということか?」

「そう、父上も人生で一度しか行ったことがない。ただ、その時のことを一言で表してくれたよ」

「……何て言ってた?」

「――命が幾つあっても足りない場所……と」


 おいおい、そんな危険な場所に行かせようとしているのかと、ほとほと呆れさせてくれる。


「ただまあ、その時は父上は武者修行で一人で向かっていたらしいけどね。若い時に」

「そんなに危険なら、獣人たちを集めて一気に攻略したらどうだ?」

「それもそうなんだけど、何分険しい場所だそうだから、生半可な実力の者では死ぬだけらしいんだよ。それにそこに《黒樹》が確実にあると決まったわけでもないし、分の悪い賭けには出たくないと父上は仰っていたよ」

「なるほどな」

「だが今回、君が参加してくれるということで、君がいるならどのような場所も安全と化すだろうと思い、経験を積むために俺たちも同行させてもらうことになったということだよ」

「さすが英雄、信頼度マックス」


 プティスが感動を感じられないほどの淡々とした様子で言葉を口にする。


「信頼度ねぇ……めんどくさいからオレに頼んだだけじゃないのか?」

「そんなことはないさ! 父上の君への信頼度は誰よりも高い! 君ならば【グレン峡谷】でもあっさりと攻略してくれると考えているんだよ!」

「そうですよヒイロさま。お父さまは、普段も何かあればヒイロさまの話題をお出しになられます。それだけお父さまはヒイロさまのことを大好きなのです」

「おおっ!? さすがは師匠! その人望は留まることを知らないですぞ!」


 周りに絶賛されていると、さすがに気恥ずかしくなってくる。


「ああ、分かった分かった。ならさっさと行くぞ。近くまではオレの魔法で行けるが、そこからは歩きだ、いいな?」


 日色の問いに、皆が力強く頷きを返す。


「よし、なら行くぞ」


 こうして久しぶりの冒険が始まる。

 行き先は【グレン峡谷】。獣人界きっての危険地域である。







 ――――【グレン峡谷】。


 獣人界の真南に位置する深く険しい谷。高い山々が連なっている場所でもあり、生息するモンスターの危険度も高く、冒険者でも足を踏み入れない地域として名を馳せている。


「他に注意事項はあるのか?」


 日色の『転移』の文字で、峡谷の近くまで飛んできて、そこから歩くことになって五人が固まって動いている。


 峡谷自体は、日色も行ったことがなかったので『転移』の文字を使って一気に向かうことができなかったが、近くまでは来たことがあったので、そこへ転移したというわけだ。

 前を歩くレッグルスに日色が尋ねると、彼は前を見据えながら口を開く。


「そうだね。父上から聞いた話でしかないけど、峡谷は天気も変わり易く、常に霧が発生している場所らしいんだよ」

「ほう、モンスターもそれなりの奴が出るって聞いたが?」

「うん、確認されているだけでもSSランクだね」

「え、SSランクですかっ!?」


 ミミルが驚くのも無理はない。優秀な冒険者でも、Aランクのモンスターに呆気なく殺されることだってある。その上のSランクならなおさら。しかもさらにその上のSSランクが出現すると聞いて尻込みしてしまうことは普通の反応だ。


「姫様、安心して。姫様は、プティスたちが守る」


 トコトコと可愛らしいクマの着ぐるみを着たプティスが怯えているミミルに声をかける。


「おお! SSランク! 楽しみですぞぉ!」


 ニッキはやる気に満ちており目を輝かせている。こんな戦闘狂に育つとは、何か間違ってしまったのだろうか……。


 日色はついニッキに対し呆れを感じてしまうが、向上心が無いよりはあった方が良いと思って何も言わないようにした。


「とりあえず、ミミルはオレから離れるなよ」

「は、はい!」


 ガシッと日色の腕を取るミミル。


「……いや、別に腕に掴まれとは言ってないんだが……」

「で、ですが、こ、この方がずっとお傍にいられますから!」

「……戦い難いんだが……」

「ヒ、ヒイロさまを信じております!」


 顔を真っ赤にしているので、恥ずかしいのかもしれないが、なら離れろと言ったところで案外強情な彼女なので、言っても無理なのは知っている。

 表情も赤いだけではなく、嬉しそうに綻んでいるので、何となくこの状況を楽しんでいるのだろう。


「ボクも左腕をもらいますですぞ!」


 何故かニッキにも腕を掴まれる。


「おいこら、お前は戦えるだろうが」

「ミミル殿だけずるいのですぞ!」

「……はぁ」


 分かり易いヤキモチを焼くニッキに溜め息が漏れ出る。弟子として師匠が取られてしまうという不安でも感じ取っているのかもしれない。


「アハハ、ヒイロくんはモテモテだね」


 レッグルスが日色に届かないような声音で言うが、傍にいるプティスには聞こえていた。


「やっぱりクロを連れてこなくて正解。さらに面倒なことになっていた可能性大」

「確かに、彼女もヒイロくんのことを好きみたいだからね」

「……もしかして羨ましいと思っていますか?」

「ん? 俺かい? いいや、俺にそんな甲斐性なんてないと思うよ。まあ、レニオンは手広いらしいけどね」


 レニオンというのは第二王子のことだ。レッグルスと違って自信家で、他人に厳しい子供のような性格の持ち主ではあるが、ふと見せる優しさに女性はグッとくるらしく、結構モテているらしい。


「お、もうすぐ峡谷の入口に入るはずだよ」


 一行の眼前に広がる物々しい山の群れ。上空に広がるどんよりと曇った天気が、険しそうな雰囲気をさらに引き立てている。

 かなり規模が広いが、全てを虱潰しに探していると膨大な時間だけがかかってしまう。


「ヒイロくん、君の力で目指すべき道は分かるかい?」

「一応《黒樹・ベガ》はこの目で見ているからな。探索もし易い。ここにあるのなら、迷うこともない」


 右手の人差し指に青白い魔力を集束。ポワッと灯る青い光が空中に軌跡を生んでいく。


『探索』


 紡がれた文字がバチチッと放電現象を引き起こしその姿を変えていき矢印の形になる。指している方向は今進んでいる方向と同じ。


「どうやらこのまま真っ直ぐ行けばいいみたいだな」

「つまりそこに行けば《黒樹・ベガ》があるということだね?」

「恐らくな。ただその《黒樹》がお前らの望んでいるものかどうかは分からんぞ? あくまでもオレがイメージしてる《黒樹》がここにあるということが分かってるだけだ」

「それだけで十分だよ。何の手掛かりも見つからない可能性だってあったんだ。足を踏み入れる価値があるのなら行くべきだと思う」

「分かった。おいお前らも、ここから先は警戒しろよ? 特にニッキだ。勝手な行動をするな」

「な、何故僕だけ名指しなのですかな!」

「普段の行いから考慮した結果だ」

「何とっ!?」


 ニッキはまだ自分が単純で感情のままに行動する存在だと認識が薄いようだ。ヒメのようなストッパーがいれば安心だが、残念ながら彼女は今、テンとともに【スピリットフォレスト】へ帰郷している。

 峡谷に入ると、まだ日も高いはずなのに薄暗い空気が周囲に漂う。


「……霧のせいか」


 いつの間にか辺りには霧が発生している。濃霧とまではいかないが、そのせいで薄暗い雰囲気を形作っている。

 日色が魔法で作り出した矢印を頼りに突き進んでいく。


 途中、何かの気配を感じて日色が皆に制止をかける。ニッキはともかく、五感が鋭い獣人である他の者も日色と同じものを感じたようで警戒を強めている。


「…………上だっ!?」


 日色が咄嗟に叫ぶと、一同が一斉に確認する。日色は腰に携帯している《絶刀・ザンゲキ》を鞘から抜いてすでに身構えている。

 上から降りかかってくる脅威。それは次第に形を見せていく。赤い肌を宿した巨大な猿に角を生やしたような生物。


「アレはレッドバーバリアンだっ! ユニークモンスターだ、気をつけるんだっ!」


 レッグルスが素早く解説してくれる。ただ彼の言葉よりも早く行動を起こしている人物がいた。

 ――――日色である。

 相手の姿を確認した瞬間に『転移』の文字を使い背後に回り、刀で首を突き刺したのだ。そのまま地上へと落下すると、素早く相手から距離を取る。


「ヒ、ヒイロ……くん?」

「は、速い……!」

「むむむ! ボクも負けてられないですぞ!」

「さすがはヒイロさまです!」


 レッグルス、プティス、ニッキ、ミミルと、それぞれが、日色の早業に驚嘆している。


「いきなりユニークモンスターの登場か。お前らも気をつけろよ」


 もうこの程度なら慌てる必要はない。ユニークモンスターなので、持っている能力は厄介かもしれないが、それを使わせずに仕留めれば何てことはない。


「ユニークモンスターは、ほとんどが妙な能力の持ち主だ。今のように倒せるときは一瞬で倒せばいい」

「い、いや……それができるのはヒイロくんだけだと……」


 突然のモンスター出現に、皆が少なからず虚を突かれていた。

 しかも上空からの攻撃。普通はまず回避して相手の様子を見て攻撃判定をするはず。


 だが日色は息をもつかせぬ短い時間の中で先手を取り一撃で相手を倒していた。

 それができれば一番なのは間違いないが、必ずしも誰もができる芸当ではない。


「……っ! どうやら一匹だけじゃなかったみたいだな」


 日色は周囲を確認する。するとあちらこちらに存在する岩陰の中からゾロゾロとレッドバーバリアンが現れる。


「そう言えば言い忘れていました。この【グレン峡谷】ではユニークモンスターが群れを成しているらしいんだ」

「……言い忘れるなよ」

「ご、ごめん」

「まあ、どんだけいようが、オレには意味無いけどな」


 スッと両手の人差し指を立てた時、日色の前に出てきた人物に眉をひそめる。


「何のつもりだ?」

「ここは、プティスがやる」


 数は大体十数匹ほど存在している。その相手を一人でやるというのだ。


「ほう、面白い。なら見せてもらおうか」

「ボ、ボクもやるですぞ!」


 ニッキがやる気を出して足を踏み出そうとするが、彼女の頭を押さえて制止させる日色。


「うにゅ!? な、何で止めるのですかな師匠?」

「いいから、ここは任せてみろ」

「うぅ~……」


 釈然としていない様子だが、日色に言われて大人しく引き下がる。


「できるのか、プティス?」

「はい。レッグルス様も下がってて下さい」


 プティスから滲み出てくる力強いオーラ。


(へぇ、さすがは《三獣士》ってところか)


 そのオーラの質で、彼女の強さを把握する。一度戦ったことはあるが、あの時も彼女に全力を出させる前に隙をついて倒したので、結局は彼女の実力を目にするのはこれが初めてに等しい。


 周囲に漂う冷気。それがプティスが作り出しているものだとは、レッドバーバリアンは気づいていない。人数が多いからなのか、強気でドンドンと近づいてくる。


「キィィィッ!」


 彼らが若干前のめりになったと思ったら、全身から小さな針のようなものを飛ばし始める。


(毛針ってとこか!?)


 正体はすぐに判明する。彼らの身体から無数に飛ばされてくる毛針。四方八方を覆い尽くすほどの攻撃に、逃げる隙間などありはしない。


 日色は一応『防御』の文字を書き上げてキープする。しかしそれもまったくもって必要はなかった。

 日色たちを覆うように地面から壁の如く氷が突き出て毛針を弾く。


「…………《氷葬蓮華(ひょうそうれんげ)》」


 プティスが呟いた時、レッドバーバリアンたちの足元が一瞬にして凍結し、一匹一匹の全身がつま先から凍っていく。


 そこから離れようとジャンプした者もいるが、地面から伸び出た氷がその者を掴み氷漬けにしてしまう。


 終わってみれば一瞬の出来事。まるで氷の華が咲いたように、無から生み出された氷の彫刻は華の形を成し、その中にレッドバーバリアンを封じ込めてしまった。


「……これで終わり」






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