21:獣覚
【ブスカドル】に辿り着き、その施設を覆っている岩場に《文字魔法》を使って、『穴』という文字で人が通れるほどの穴を開けて侵入を図った日色たち一行は、辿り着いた場所の異様さに顔をしかめていた。
大きな檻の中には、たくさんのモンスターの死骸が山積みになっており、もう大分放置されているのか、とてつもない腐臭が鼻を刺激する。
さらに手術台のような台の上にはスカイウルフが横たわっていて、手足を切断されており、体中に幾つもの手術痕が施されてある。
傷の縫い方も雑であり、ただ中身が漏れ出さないように最低限に手を入れられているだけだ。
ミュアがその光景を見て両手で口を覆って顔に絶望の色を宿していた。アノールドでさえ言葉を失って固まっているようだ。
だが日色だけは、自分の推測が合っていたことに納得した顔をしていた。
(やはり実験施設だったか。それもモンスターを使って……恐らくはその生態を調べてるんだろうが、これは見てて気分が良いものじゃないな)
たださすがの日色も、ここにいる者たちのモンスターの扱いには眉を寄せてしまう。
モンスターの生態などを調べて、それを未来に活かす技術にしようとすること自体は別段何とも思わない。
それは日色がいた日本、いや地球でも普通に行われていること。気に入らないのは、モンスターたちにありがたさを全く感じていない扱い方だ。
檻の中に無造作に放置されているモンスターたち。ハエがたかり蛆が湧いている。
もう手を入れないのなら、丁重に葬ることが正しい扱い方ではないのか?
まるでここはゴミ処理場の如く、モンスターの掃き溜めになっている。
使い捨てのゴミのように扱われるモンスターたちを見ると、何だかよく分からないが苛立ちを覚えてしまう。
「おいヒイロ、コレって……」
鼻を押さえながらアノールドが聞いてくるが、その時、どこかから物凄い音が聞こえる。何かが地面に叩きつけられる音や、壁が崩れる音などがする。
そしてしばらくすると、多くの足音が聞こえてくる。
扉があるので、その扉を微かに開けて外の様子を見る。すると、白衣を着た人物たちが慌てて逃げるように通路を走っている。
(何かあったのか……?)
今はとにかく情報が欲しいと思ったので、通過していく人物たちの一番後ろにいる者が、扉の前を通過しようとした時、日色はすかさず扉を開けてその者を拉致した。
「な、ななな何だ君たちはっ!?」
その人物は男だったが、当然この場にいるはずのない自分たちを見て驚愕の表情をしている。そのまま男を力づくで壁に押しやると、
「黙れ。お前はオレの質問に答えるだけでいい」
「な、何を……ひっ!?」
彼が喋ろうとした瞬間、刀を抜き、彼の右頬を掠めるように後ろの壁に突き刺す。
「質問に答えるか答えないか今すぐ決めろ。分かったなら頷け」
コクコクコクコクと何度も激しく頭を縦に振る。
「コイツ……ホントにガキか……? 暗殺者してましたとか言われても信じるぞ……多分」
「あ……ははは……」
アノールドは手馴れている感じの日色を見て頬を引き攣らせながら小声で隣にいるミュアに同意を求める。ミュアも空笑いしか出てこないようだ。
そんな彼らの呟きは無視して男に聞く。
「ここにアンテナ女が来たはずだ」
「あ、あんてなおんな?」
「オオカミも一緒だっただろ」
「オオカミ……も、もしかしてスカイウルフのことです……か?」
男は恐る恐る口を開いている。
「そうだ、黄色い髪した幼女だ。どこにいる?」
「どこって……君たちは彼女の何な――」
またも刀を、今度は左頬の方へと滑らせる。
「二度は言わんぞ? オレの質問にだけ素直に答えろ」
「……は……はひ……」
冷ややかに見下ろす日色の目を見て、逆らう気持ちが綺麗に失われたみたいだ。
そしてそれから彼から今この施設内で起こっていることを聞く。
どうやらここの所長が、ある生物を生み出したのだが、その生体実験のためにウィンカァと戦わせてデータをとろうとしたらしい。
しかし終始こちらの思惑通り進むと思っていたが、思ったよりウィンカァが抵抗したり、スカイウルフの反撃などがあって予想外の事態が引き起こされたようだ。
だがそれよりも驚くべきことが起こったのだ。その内容を聞いた日色はいまいち納得できなかったが、
「ま……まさか彼女が獣人のハーフだったとは……」
男の言葉を聞いて、アノールドとミュアは顔を強張らせていた。そしてアノールドがすかさず窓に近づき空を見上げる。
「……そっか、今日は満月か……」
アノールドの意味深な呟きを聞き、日色を眉をひそめる。
直後にアノールドは焦ったような表情で日色の顔を見た。
「ヒイロ急ぐぜ! ウイを……止めるんだ!」
疑問はあるが、彼の切羽詰まった表情を見て今すぐ行動を起こすべきだと日色は判断する。だがその前に、だ。
「おい、この施設に書庫などはあるか? もしくは研究資料などが収められている場所は?」
「え、おいヒイロ?」
アノールドが、突然男に対しわけの分からないことを聞いた日色に疑問を浮かべた表情を向けてきた。
だが気にせず日色は続ける。
「一応言っておくが嘘をついたり黙るならそれ相当の……」
「ご、5号室にありますっ!」
「ほう、それはどこにある?」
「え、A棟ですぅ!」
「どこだそれは?」
「こ、ここがA棟なのですが、A棟とB棟の間にある実験場に一度出て、A棟に向かって一番右側の扉にありますぅ!」
「B棟にはそういう部屋は無いのか?」
「び、B棟は薬品や実験用機材などを開発するための棟なのでそういうのは……す、すみません!」
知っている情報は話したので命は助けてくれといった感じで顔を強張らせている。瞬間日色はニヤッとほくそ笑む。
「情報ご苦労。寝てろ」
「へ?」
ドスッと男の腹に一撃を与えて意識を奪う。
「ヒ、ヒイロ……お前なぁ……」
呆れた様子でアノールドがこちらを見てくる。
「あ、はは……やっぱりヒイロさんらしいです……」
ミュアもまた日色がこのためにココへやって来たことを知り、思わず溜め息が漏れたようだ。扉を開けて、誰もいないことを確認すると三人は男から聞いた場所へと向かう。
しかし間の悪いことに、二人の人物と鉢合わせすることになった。
「な、何なのねお前たちはっ!」
「お前らこそ誰だ?」
アノールドが尋ねると二人の内、太った方が答える。
「ワタシはここの所長のナグナラなのね!」
「私はペビンと申します」
もう一人は細身で眼鏡をしている。見るからに頭が良さそうな顔立ちをしているが、糸目が特徴であり、どこか人を見下しているかのような雰囲気を感じた。
するとアノールドが眉を吊り上げて発言する。
「そうか、てめえらが悪逆非道の研究者だな!」
そう言いながら背中の大剣を抜いて構える。ビビったナグナラは身を引きながら、
「ひぃっ! ペ、ペビン、何とかするのね! ……え? ペビン? ぺ……ビン?」
いつの間にか壁の陰に隠れているペビンは顔だけをこちらに出していた。
「ファイトです所長」
「コラァァァァァァッ! ワタシが戦えるわけないのねぇぇぇっ!」
「逃がすかっ! おらぁっ!」
剣の腹でナグナラをぶっ叩き、壁にめり込ませる。
「ぐ……ふ……なの……ね……」
めり込んだナグナラはピクピクと全身を痙攣させている。
「な、何だコイツ……すっげえ弱えぞ?」
あまりの手応えの無さに逆に驚くアノールド。
「当たり前です。所長はただの研究馬鹿ですので」
「ほう、ならてめえはどうだかなぁっ!」
「フッ、舐めないで頂きたい!」
――ドガガッ!
同じように剣で叩きつけられ壁にめり込んでしまったペビン。
「わ……私が強いわけ……ないじゃないです……か」
ガクンと首を落とす。呆気に取られながらも、これで誰の邪魔も無くウィンカァの元へ行けると思った日色たちは、馬鹿二人を放置してそのまま前に進んで行った。
扉を開けると目の前に広がった光景は、思わず息を飲んでしまうものだった。周囲は誰のものか分からない大量の血液が飛び散っている。
そして恐らくモンスターの肉片であろう物体も、引き千切られたようにそこら中に飛び散っていた。
金網で覆われていたのだろう空間の地面には幾つものクレーターができ、金網も壊れていた。
恐らくここが先程脅した研究員が言っていた実験場なのだろうが、見事にボロボロになっている。
その実験場を挟んで向こう側に扉があり、そこがB棟なのだろうと判断する。
よくこのような実験場まで作ったものだと驚いたが、最も驚くべき光景は、その部屋のちょうど中心。そこには血溜まりがあり、そこにはポツンと一人の人物が立っていた。
しかもその口から血が滴り落ちており、まるでホラー映画のワンシーンかのような光景に、三人は誰も言葉を発せず立ち尽くしていた。
何故ならそこにいる人物こそが、日色たちの探していたウィンカァその人なのだから。
しかし、あまりにも彼女の姿が豹変していたため、一瞬誰か分からなかった。
彼女が出会った時から持っていた長槍である《万勝骨姫》が彼女の傍にあり、着ている服を見て判断しただけだ。
今の彼女自身の姿は、三つ編みで括っていた長い黄色の髪が解け、それがまるで模様のように体中に巻かれているような格好。それは体毛が生えているようにも見えるし、タトゥーにも見える。
それに極めつけは、頭に生えた獣耳らしきものと、お尻に生えている尻尾だ。しかも尻尾は一本ではなく三本も生えている。
純粋に黄色だった髪色だったが、今は何故か黄金の輝きを放つ色を備えたフサフサ尻尾だった。
「……三つの尻尾……? ウイ……お前一体……? まさか……いや、そんなはずは……」
アノールドが彼女を見て何か呟いているが、そんなことよりも思ったことを尋ねる。
「お、おいオッサン、アイツがホントにアンテナ女……なのか?」
状況から見てウィンカァであることは半ば確信はしているが、思わず聞いてしまった。
「え? あ、ああ。ヒイロは知らねえのかもしれねえが、ハーフ……特に獣人の血を引く奴は、満月の夜になると、獣人の力が強まっちまうんだ」
空を見上げると、そこには大きな月がハッキリとその姿を映していた。
「確かに今日は満月のようだが……強まる?」
「ああ、普通の獣人でも満月の夜は血が騒ぐっつうか、こういつもより力が溢れてくるんだ」
それは初めて聞いたなと心の中で得心する。
「獣人の血を引くハーフは、本来獣人の力に慣れてない。だから満月の夜は、心を静めて、自分の中の獣の血をコントロールするんだ。幼い子供は、すぐに暴走しちまうからな」
「今のアイツのようにか?」
「ああ、でも歳を重ねるに連れ、そのコントロールが自然と強まっていく。十も過ぎれば、満月の夜でも獣耳や尻尾が生えるぐらいで終わるはずだ」
「ならアイツは何でああなる?」
見た目は十歳ぐらいでも、実際は十四歳だと彼女は言っていた。
「それは……多分」
アノールドの視線を追うと、そこにはスカイウルフがいた。恐らく絶命しているであろうことは見て分かった。
「なるほどな、あんなものを見せられれば心を落ち着かせるどころじゃないってことか」
「ああ、恐らく目の前で殺されたんだろう。他にも何体か死んでる。優しいウイのこった、相当心が乱されたはずだ。そんな時に《獣覚》が起きた」
「じゅうかく?」
「己の中の獣を目覚めさせる能力のことを《獣覚》って言うんだ。熟達したハーフの中には、自由に《獣覚》を使える者がいるらしいがな」
「あれは失敗例ってことか」
もう絶命しているはずのモンスターの身体を、いまだにその手で切り刻んでいるその姿は、まるで本当の獣のように見える。
「あれは完全に暴走状態だ。多分ウイの意識はねえだろうな」
「ウイさぁぁぁん! 助けに来ましたよぉ!」
「バカ、やめろミュア!」
ミュアの声に、ウィンカァはピクッと動きを止めた。
そして静かに顔をこちらに向けてくる。その目を見て、完全に日色たちが知っている彼女の意識が無いことを痛感させられた。
(黒い……目?)
そう、日色が見た通り彼女の目は黒かった。日色で言えば、白目の部分が真っ黒で、黒目の部分が赤いのだ。しかも赤い部分が小さくて恐怖を感じさせる。どう見ても正気があるように感じられない。
そして一瞬にして膨らむ殺気。彼女は手についた血を舐め取ると、突然大地を蹴って物凄い勢いでミュアに向かって走ってくる。
目眩がするほどの速さにミュアは動けずにいた。アノールドは彼女の前方へ立ち、大剣の腹をウィンカァの方に向けて防御態勢をとる。
――ガキィッ!
ウィンカァは鋭い爪が伸びた右手を掌底のように突き出してきた。何とかその衝撃にアノールドの馬鹿力なら耐えるだろうと思った日色の予想は大きく裏切られる。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
ミュアを背にして、そのまま吹き飛んでいった。
(おいおい、どんな威力だよ!)
アノールドは獣人で力も強い。その彼が全力で防御をしたのにも関わらず、あざ笑うかのようにあっさりと吹き飛ばしてしまった。
一応剣で防御していたので、直接のダメージは受けてはいないものの、二人は地面に転がり擦り傷などを体中に作ってしまう。
「がるるるる……」
本当の獣ように喉を鳴らし今度は四つん這いになると、そのまま獲物を見定めるかのようにアノールドたちを睨みながら動き回る。
このままではアノールドがヤバイ。そう判断し、早く彼女を正気に戻すためどうすればいいか考える。
だがその時、ウィンカァの視界に日色の姿が飛び込む。
ピタッと動きを止めたと思ったら、今度はこちらに向かって跳び上がって来た。上空から攻撃をするつもりのようだ。
「舐めるなっ!」
後ろへ跳ぶと、彼女が落ちてくる地点を予測して、タイミングを見計らって力を溜めて大地を蹴る。そしてヒューッと落ちてくる彼女に蹴りを加えようとするが――パシッ!
いとも簡単に片手で受け止められてしまう。
「なっ!?」
確かに日色は獣人のような身体能力はないが、全力で蹴ればそれなりにダメージは与えられると踏んでいた。
だがそれが見込み違いだった。日色の蹴りの威力など、今のウィンカァからすれば片手で難なく受け止められる程度のものだった。
そして足首を掴まれた日色が、そのままジャイアントスイングのように振り回される。
「ぐぅぅぅぅっ!」
物凄い勢いに、声が勝手に漏れる。そしてパッと手を離され、壁へと一直線へ飛ばされていく。
このままの勢いで壁に激突すればハッキリ言ってかなりのダメージを負うことになる。
幸いなことに地面が近かったため、咄嗟に《刺刀・ツラヌキ》を抜いて、地面へと突き立てる。
――ガガガガガガガガッ!
勢いはなかなか止まらない。それでもこれで幾分かはスピードが弱まる。だが地面からの衝撃のせいで握力が限界にきてしまい刀を手放してしまう。
壁まで五メートルといったところで地面へと落下し、危うく激突死という最悪の事態だけは避けられた。
そしてすかさず立ち上がり、こちらを見ているウィンカァの口が、楽しそうにニヤッと歪められるのを見て思う。
(……これは、骨が折れる仕事だな)
ウィンカァを助けてほしいという依頼をアノールド、もといミュアから受けた。
半ばそれほど面倒な事になっても、《文字魔法》で切り抜けられるだろうとタカをくくっていたが、まさか戦う相手が施設の者ではなく彼女だとは全く予想だにしていなかった。
しかもその彼女がとんでもなく強い。獣人の血を引く彼女だから、身体能力の高さは恵まれているだろうが、それでもこれほど圧倒的な差があるとは思わなかった。
そこで距離があるうちに彼女の《ステータス》を確認しておこうと思い、『覗』の文字を使った。そして目に映った内容に肝を冷やすことになった。
※
アノールドによって壁画のように壁に埋め込められた【ブスカドル】の所長ナグナラと、その部下であるペビンは、いまだに壁とお付き合いをしていた。
「……あ、ようやく思い出したのね!」
「何をですか所長?」
「あのチビ槍のことなのね! どっかで見たことあると思ってたけど、やっぱりそうなのね!」
「お知り合いだったんですか?」
「違うのね! 以前ある村に立ち寄った時のことなのね。その村は物凄く凶暴なモンスターに悩まされていたのね」
二人とも壁にめり込んでいるので、口だけ動いているという奇妙な絵面だった。
「そこにふらっと現れたのがあのチビ槍なのね。そして村人から話を聞くと、どこかへ行ったのね」
「それでどうかされたんですか?」
「翌日、その女がその凶暴なモンスターを引き摺って村へと戻って来たのね」
つまりウィンカァが村を救ったということである。
「はぁ、それはお人好しな方です」
「それだけじゃないのね! だってそのモンスターは体長五メートル以上あるエレファントコングなのね!」
「えっ!? 確かエレファントコングはランクAですよね?」
「そうなのね。しかもそれが二匹……」
ゴクリとペビンが喉を鳴らす。普通ランクCのモンスター相手に、単体で挑むのであればレベル30以上は必要になる。ランクAならもっと上だ。
しかもそれが二匹となると、レベルもそうだが戦いの経験値が左右してくる。
「ワタシは驚いたのね。まさかまだ十歳くらいの少女が、ランクAのモンスターを二体も一人で狩ってくるとは思わなかったのね。しかもね……」
「ま、まだあるんですか?」
「狩ったエレファントコングを二体とも………………その日に一人で平らげたのね」
「………………は?」
「信じられなかったのね……あの細くちっこい身体のどこに、あんな巨大な肉が入るのか……う~増々あのチビ槍の身体を解剖したいのね~」
好奇心が止まらないナグナラに対し、軽く溜め息を漏らす。
「ま、まあ食欲はどうでもいいとして、それほど強いのなら有名になっているのでは?」
「そうなのね。確か名前は……」
※
「ウィンカァ・ジオ……か」
ウイの《ステータス》を覗き見ているのだが、思わず日色の頬を引き攣らせるほどのものだった。
ウィンカァ・ジオ (獣覚補正 30%UP)
Lv 77
HP 2543/2750
MP 458/721
EXP 588976
NEXT 19707
ATK 788(1024)
DEF 674(876)
AGI 900(1170)
HIT 511(664)
INT 220(286)
《戦技》 一ノ段・疾風
二ノ段・渦巻き
三ノ段・大車
四ノ段・一閃
五ノ段・火群
《称号》 天賦の才・ハーフ・力馬鹿・家族思い・禁忌・動物好き・一直線な娘・大食い・人斬り・ユニーク殺し・マイペース・モンスター殺し・放浪者・電光石火・達人・戦闘好き・月光
彼女の尋常ではないほどの身体能力の数値を見て辟易する。これでは同じ獣人であるアノールドが、攻撃を防げなかった理由がよく分かった。
これだけの差があるのであれば、防ぐこと自体がダメージを受けるものに繋がる。
(しかもだ、オレの場合、一撃でもまともにくらったら……)
恐らくは即退場になりかねない実力差だった。
彼女は身体能力に優れている獣人の血を引いている。しかもレベル差もとんでもなく分厚い。
幾ら異世界人補正で普通の人間よりは身体能力に優れているとはいっても、叫びそうになるほどの差がある。
とにかく彼女の攻撃を直接受けることだけは阻止しなければと判断し、厄介な仕事を引き受けたものだと思い背中にじんわりと汗を滲ませた。
そんな日色の思いを露知らず、ジワジワと彼女が間を詰めてくる。日色は地面に落ちた刀を拾い上げて構えた。
「……とりあえず試してみるか」
そう呟くと、指先に魔力を集中させる。ポワッと青白い光が灯る。その光が指の軌跡を辿っていく。
書いた文字は『縛』。まずは動きを止めようということだ。ハッキリ言って、全力で動き回られると、今の日色では把握し切れない。
(当たってくれよ!)
そう思い、指先を銃口のようにウィンカァに向けて文字を発射する。そのまま真っ直ぐ彼女に向かって飛んで行く。
もしかしたらこのようなもの彼女は避けるまでもないと判断して止まっていてくれるかもしれない。
――――と思っていたのは甘かった。
不可思議なものを飛ばされ、野生本能抜群の彼女が立ち止まっているわけがなかった。軽やかに身を翻して文字を避けたのである。




