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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第七章 魔神復活編

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209:ミュアの死

 次々と仲間が石化していく中で日色は歯噛みしながら見守るしかなかった。テンドクに頼んでシュブラーズを呼んできてもらう作戦も、アヴォロスに見抜かれていたようで真っ先に石化させられてしまった。


(くそぉ……)


 ここで自分が出て行けば、皆の行動が全て無為なものになってしまう。

 拳を力一杯震わせつつも、出て行きたい衝動を胸の中に押し込み回復するまでジッと耐えることを選んだ。

 するとアノールドがリリィンを背中に抱えながらやって来た。


「ヒイロ!? こんなとこにいたのか?」

「オッサン……」

「ああ、とにかくこの子頼むわ」

「あ、ああ」


 日色は彼からリリィンを受け取る。


「んじゃ俺はミュアの元に戻るぜ!」

「オッサン待て!」

「あ?」


 アノールドを呼び止めてみたものの、何を言いたいのか自分の中でも整理がつかない。自分のせいで仲間が次々とやられていくのに、ジッと見守ることしかできない自分が歯痒い。

 これからアノールドが殺されるかもしれない。それなのに何と声をかければいいか分からない。頑張れ? 違う。頼りにしてる? 違う。死ぬな? 違う。どれも何か欠けているように思われた。

 いつまでも口ごもって険しい顔をしている日色に対し、アノールドが大きな溜め息を吐く。


「はぁぁぁぁ~、お前、ホントにヒイロなのか?」

「は?」

「ったく、らしくねえぜ、何をごちゃごちゃ考えてんだ?」

「オレはいつも考えて行動してる」


 彼の物言いにムッとする。決して自分は何も考えない楽観的な性格ではないのだ。


「そういう意味じゃねえよ。お前はよ、これまで信じられねえことをたくさんしてきた」

「…………」

「お前と最初に出会ってからずっと、お前の行動には驚かされっ放しだったな。けど、いつもヤバイ時はお前が助けてくれた。それこそ命を懸けてな」

「オッサン……」

「言いたくねえけど、感謝してるんだぜ」


 アノールドがフッと笑みを浮かべる姿に偽りを感じなかった。


「みんながお前に期待してる。お前なら何とかしてくれんじゃねえかってな」


 期待……か。そんなこと、日本にいた時はされた覚えがなかった。


「みんなこの世界が好きだ。アヴォロスなんかに潰されたくねえ。だからこそ、そのアヴォロスを倒せるお前のことを信じてみんな命を懸けるんだ。ミュアも…………俺もな」


 真っ直ぐな瞳が日色を見据える。


「こっからは俺の恩返しだ。今までお前には返し切れねえほどのもんをもらってる。ここらで清算しとかなきゃ後が怖えからな」

「……そうだな。オッサンにはたんまりと貸してるかもな」

「まあ、そういうこった。だからお前はやるべきことをやればいい。俺らがそれをサポートしてやる」


 日色はスッと目を閉じる。アノールドの言葉を胸の中で反芻する。そして彼のかけてくれた言葉がじんわりと心に染み渡ってくる。

 激情にかられそうになった感情が穏やかな気持ちに塗り替わっていくようだ。だがこのまま素直にアノールドに想いを言葉にするのも何だか癪なので……


「そういう覚悟があるなら精々役に立ってくれ。ほら、さっさと行け」

「なっ、お、お前な! ここはアノールドさん、ホントにあなたは頼りになります! どうか死なないで下さいねって言うところじゃねえのかよっ!」

「生涯言うことのない言葉だな」

「あ、相っ変わらず可愛くねえガキだなホントまったくよぉ! ああもういいよ! 期待してもムダなんてこたぁ、初めて会った時から分かってるしよ!」


 アノールドが踵を返して戦場へと戻ろうとした時、


「おいオッサン」

「あ?」

「……勝つぞ」

「……へへ、ったりめえだバカヤロウ!」


 アノールドが去っていく背中。こうして見送ることはほとんどなかった。彼の背中がふと幼い頃の父親のソレを被って見える。


(もし、父さんが生きてたら、あんな暑っ苦しいのかもな)


 ふと頬が緩みそうになるが、肩を竦めて考えを捨てる。


「クク、貴様もずいぶんと変わったな……ヒイロ」

「……赤ロリ」


 日色の腕の中で眠っていたリリィンが目を覚ます。辛そうに瞼を開けながらも、ニヤニヤとした口調で声を発した。そんな彼女の態度にムッとするものを感じるが、彼女もまた大きく息を吐くと真面目な表情に戻す。


「ヒイロ、戦場はどうなっている?」

「見たいのか?」


 仕方ないと思いつつ、リリィンをお姫様抱っこで持ち上げる。


「な、なななな何をしておるのだ馬鹿者っ!?」

「は? お前が戦場のことを知りたいと言ったから見やすいように持ち上げているんだろ?」

「だ、だからといってこの格好は……」

「この方が抱えやすい」

「うぅ……」


 茂みと木々の中に隠れている形になっているので、彼女が戦場を見たいということは、身体を持ち上げなければいけない。だからこそこうして抱えやすい格好を選んだのだが、何故かリリィンは恥ずかしそうに目をキョロキョロと動かしながら頬を染めている。


「何だ、いっちょまえに恥ずかしいのか?」

「なっ!? お、下ろせ馬鹿者!」


 普段ならジタバタするのだろうが、身体に力が入らないせいか声だけになっている。


「黙れ。自分で言ったんだろ? 大人しくしてろ」

「そ、そもそも自分で見たいとは一言もいっておらんわ! 貴様が教えればいいだろうが!」

「面倒だ。自分で見ろ」

「うぅ~っ! はむっ!」

「…………何をしてる?」


 少しでも反抗する態度を見せたかったのか、リリィンが腕を噛んでくる。しかしやはり力が入らないのか、まったくもって痛みがない。動物がジャレて甘噛みしているような感触しか伝わってこない。


「どうでもいいがさっさと見ろ。さもないと落とすぞ」

「……ちっ」


 彼女も諦めたようで戦場へと顔を向ける。


「……どうやら状況は悪いみたいだな」

「ああ、勇者が参加したが、大して戦力にはならんだろうしな。それにあのヴァルキリアシリーズっていったか、奴ら個人個人が大した力の持ち主だ」

「あのアヴォロスが自らの血肉を駆使して造り上げたのだから当然だろう」

「血肉? そうなのか?」

「かつて初代魔王アダムスもそうしたと聞いている。ただその時は魔力の調整不足で暴走してしまった結果、自らの手で処分したようだがな」


 確かにそのような話は以前に聞いた。


「おいヒイロ、あとどれくらいで復活するのだ?」

「三十分ほどだな」

「まだ大分とかかるな。ちっ、厄介なリスクだ」

「だが《金バラ》の効果はまだ続くはずだ。回復したら速攻で奴を潰す」

「アヴォロスめ、ワタシの魔法にダメージを受けているようだし、奴もおいそれと力を使えないだろう。あれほどの巨大な力を制御するには精神の安定が第一。だからこそ回復するまでヴァルキリアに戦闘を任せているに違いない」

「だろうな。こっちとしては時間稼ぎができて助かるが」


 ウィンカァたちの方は、03号相手でも問題はないだろう。しかし勇者の方はさすがにレベル差が大きいようで、四人で固まっていても弾き飛ばされている。

 それを見かねてイヴェアムが勇者側に加わって力のバランスを計ったようだ。イヴェアムが抜けても、ウィンカァとその師匠であるタチバナならまともに戦えば勝てるだろう。

 しかしイヴェアムの方はどうだろうか。


(奴はヴァルキリアとずっと一緒に育ってきた。手を出せるのか……?)


 相手は01号で、育ってきた05号とは違うが、見た目はほぼ同じ。そんな相手に真剣に刃を向けられるのか心配だった。


「安心しろヒイロ」

「え?」

「奴はあれでも魔王だ。かつては仲間だったとしても、痛みを噛み締めて戦うと決めている。奴の顔がそれを証明しているぞ」


 イヴェアムの顔は、真っ直ぐ相手を見据えていた。魔王として、大切な者を守るために戦うと決めているのだ。

 その証拠に、遠慮の無い魔法攻撃がイヴェアムから01号へと繰り出される。まともに当たれば大ダメージ間違いないほどの威力。残念ながら回避されたが、今の攻撃で彼女が本気だということは理解できた。

 彼女の心根は正直なところ分からない。だがそれでも彼女は戦うというのだから、その想いに応えるためにも日色は回復に専念することにする。


 だがその時、日色は気づいていなかった。背後から地面を突き抜けて出てきた細い物体に。その物体の先には不気味な紅い瞳が存在した。キョロキョロと周囲を見回し、そして日色の後ろ姿を視認すると、役目を終えたかのようにそのまま静かに地面へと潜っていった。


「ん?」

「どうした、ヒイロ?」


 日色は何かがいたような気配を感じたが、振り向いても何もいなかった。どうやら気のせいだったようだ。


「何でもない」

「そうか」


 二人は再び戦場に視線を戻す。ここでアヴォロスを注意深く観察していたら気づいていたかもしれない。彼の尻尾が地面に埋まっていたことに。



     ※



 地面の中で蠢く細長い物体。シュルシュルシュルと蛇の如く地中を進み、在るべき場所へと帰っていく。


「……クク、そのようなところにおったか……ヒイロ」


 地面から出てきた細長い物体はアヴォロスの尻尾。リリィンの幻術で受けたダメージを回復させている間に、尻尾を地中へと潜り込ませ、密かに日色の居場所を探っていたのだ。

 アヴォロスはついていた膝を真っ直ぐにし静かに立ち上がる。拳を開いては握ると繰り返し、身体の自由が利くことを確かめる。


(ふむ、これだけ回復すれば問題はない)


 リリィンに受けた精神的ダメージはかなりのものだったが、リリィンも予想外ななほどアヴォロスの回復スピードは早かった。


(千度の死か……。余はそれよりも深い絶望を感じたことがある。たかが死などにそれを覆せるものか)


 心への強い衝撃は別段初めてではない。死も疑似的なものなら幾らでも体験している。慣れてはいないが耐えられないことはない。

 またそれ以上の絶望を味わっているからこそ、心の回復もまた早い。


(人に裏切られ、国に裏切られ、世界に裏切られ、こんな腐った世界を長きに渡って生き続けてきたのだ。思いあがるなよアダムスの器め。余の心を殺すことなど何人もできぬわ!)


 背中からアヴォロスは翼を生やす。


「陛下……ご無事で?」

「05号……命令だ。貴様はユウカを救出に向かえ」

「……よいのですか?」

「二度は申さぬ」

「畏まりました」


 05号が丁寧に一礼すると、彼女も翼を生やしてその場から離れていく。


「ま、待てキリアッ!」


 イヴェアムが気づき彼女の名を呼ぶが、05号は拒絶するように目を閉じながら飛び去る。


「あなたの相手は私ですが?」

「くっ!?」


 01号がイヴェアムの懐へと駆け込んできて貫手を放ってくるが、瞬間、イヴェアムの前方に光の壁が生まれて01号の攻撃を防ぐ。


「イヴェッちはやらせへんでっ!」


 しのぶが光魔法で彼女を守る。01号はそのままサッと一歩後ろへ下がると、ザザザッと01号の足元に03号が吹き飛ばされて地面を転がってきた。

 01号が咄嗟に後ろを振り返ると、そこにはウィンカァとタチバナが同時に武器を構えている姿を発見する。

 どうやら戦闘特化型に作られたヴァルキリアでも、一体で相手するのは難しいものがあるようだ。相手がレベルの低い勇者たちのような存在なら問題はない。


 だがアヴォロスの結界を破壊しビジョニーを圧倒したタチバナと、五体のヴァルキリアを一人で倒したウィンカァ相手では苦しいものがあるだろう。

 アヴォロスも彼女たちの強さは理解している。


「……01号、03号、貴様らは少し離れていろ」

「「陛下……はい」」


 二人がアヴォロスの言に頷きを返すと戦闘態勢を解く。同時にイヴェアムたちの視線がアヴォロスへと向く。


「時間は稼いだ。これより貴様らを一掃することにしよう」


 そのまま立った状態で右手をウィンカァとタチバナへ向ける。右手の五本の指先にポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッと赤黒い光が灯る。


「気を付けるでござるよ、ウイ」

「ん……何か来る」


 二人は警戒度を最大限に高めるが、次の瞬間、彼女たちの予想を上回る攻撃がアヴォロスから放たれる。

 瞬時に彼女たちの周囲に出現した赤黒い火の玉。その数はいちいち数え切れないほど多い。


「さあ、逃げ道などはないぞ」


 グググッとアヴォロスが開いていた右手を閉じていく。するとウィンカァたちの周囲に浮かんでいた火の玉が一気に彼女たちに向かって迫ってくる。


「「――《次元断》っ!」」


 二人して同じ技を繰り出し、空間に亀裂を作り出す。その亀裂にアヴォロスの攻撃を吸い込ませていく算段のようだが、その空間に火の玉が吸い込まれた瞬間に爆発を起こす。

 一つ爆発が起きたら、他の火の玉も誘爆して次々と爆発の波がウィンカァたちを襲う。


「貴様らもだ」


 左手で今度はイヴェアムと勇者たちに向けて同じ技を繰り出す。


「「ホーリーサークルッ!」」


 しのぶと朱里が慌てて光魔法で防御壁を作るが、


「そのような矮小な壁でどうにかできると思うでないわ」


 火の玉は次々と壁に当たり爆発を生んでいき、次第にバキバキバキッと壁が崩壊していく。


「あ、あかんっ!?」

「に、逃げて下さい皆さんっ!」


 朱里はそう言うが、周囲はすでに逃げ道などなく火の玉が待ち構えている。アヴォロスはフワリと浮き上がり、怜悧に細められた目でイヴェアムたちを見下ろし、


「弾け飛ぶがよい」


 両拳を力一杯握り締めた。全ての火の玉が一か所に集束して大爆発を引き起こす。


「ウイさぁぁぁぁんっ!?」

「ウイィィィィッ!?」


 その光景を見たミュアとアノールドが叫ぶ。成す術もなく爆発に巻き込まれていく仲間に顔を真っ青にしている。

 見ればニッキやアクウィナスたちもイヴェアムの名を叫んでいる。

 爆煙が立ち昇っていくが、徐々に爆心地が明らかになっていく。アヴォロスは右側を見て感心して目を見開く。


「ほう……まだ生きておるか」


 それぞれの武器を支えにしているが、確かにウィンカァとタチバナはまだ倒れてはいなかった。だがその身体は傷だらけであちこちから血が噴き出ている。


「き、規格外……で、ござるな……」

「く……」


 タチバナは苦笑を浮かべ、ウィンカァは悔しげに歯噛みしている。アヴォロスはそのまま視線を左側へと移す。そこには血塗れで大地に臥せっているしのぶ、朱里と、そんな彼女たちを同じように傷つきながらも抱えている大志と千佳がいる。

 さらに驚いたのはイヴェアムが膝をつきながらも意識を保っていることだった。


(集中的にイヴェアムを攻撃したはずだが……)


 勇者を狙ったというよりはイヴェアムを中心に攻撃をした。その余波だけでも勇者は沈むと思っていたからだ。

 しかしイヴェアムは身体こそ爆発で傷ついてはいるがしっかりと意識を保ってアヴォロスを見上げている。


「耐えた……か。思った以上に成長しておるようだな、イヴェアム」


 当初考えていた通りのイヴェアムの実力なら、今ので戦線離脱すること間違いなしだった。だが今回の戦争で、彼女も自身を鍛え直したのか、予想外の耐久力を備えていた。


「……む? なるほど、魔力を高めて火の属性を付与したか」


 彼女の身体を覆っている魔力を視認して分析する。高密度な魔力を纏い、その上で爆発に耐性のある火の属性を付与して攻撃を耐えたようだ。


「そのようなこともできるようになっておるとは些か驚きではあったが……」


 ガクッとイヴェアムは四つん這いになると、ボタボタと血を大地へと滴り落とす。


「初めから地力が違い過ぎるわ。その程度の防御態勢で防ぎ切れると思うな」


 その時、しのぶを抱えていた大志が怒声を張り上げた。


「くっそォォォォォォッ! アヴォロスッ! よくもしのぶたちをっ!」

「ほう、死んだのか?」


 見れば千佳が涙を流して彼女たちの身体を抱えている。恐らく先程の爆発の影響を、彼女たち二人が盾となって受けたのかもしれない。しかしそのせいでダメージが大きく絶命した……ということなのか。

 大志がしのぶが腰に携帯していた剣を受け取り、そのまま大きく跳び上がってアヴォロスへと突っ込んでいく。


「よくもっ! よくもォォォォォッ!」


 力一杯剣を振りかぶりアヴォロスへと振り下ろすが、アヴォロスは尻尾で受け切り、そのまま力を込めて――――――パキンッと刀身を折る。


「なっ!?」

「貴様など羽虫にも劣る存在よ」


 そのまま尻尾で大志の身体を地面へと叩き落とした。


「大志ぃぃぃっ!?」


 千佳が大志のもとへ駆けつける。


「ぐ……く……そ……俺は……何のために……ここまで……!」


 大志は全身を強打して口から血を吐き出す。そんな彼を道端に転がる小石でも見るかのように一瞥すると、アヴォロスは尻尾を伸ばしてイヴェアムの身体に巻きつける。


「ぐ……は、放せ……!?」


 抵抗はするが尻尾の掴む力の方が強く拘束されてしまうイヴェアム。

 そのままアヴォロスは彼女を持ち上げてゆっくりと空を飛行する。ある程度進んだところで大きく息を吸い、


「聞こえておるか、ヒイロ! そこにおるのはすでに分かっておる!」


 アヴォロスの眼の先にあるのは木と茂みに囲まれた場所。


「いつまでも隠れていないで出てきたらどうだ! そうしなければ、次々と仲間が死んでいくぞ。このようにな」


 尻尾で掴んだイヴェアムを地面に向かって勢いよく投げつける。ほとんど無防備な状態のまま、地面に激突すれば下手をすれば死んでしまう。

 だがその時、茂みの中から一人の人物が現れ、大地に『軟』という文字を書いた後、その上でイヴェアムの身体を受け止めた。大地がまるでゴムのようにしなって衝撃を吸収した。


「ククク、ようやく出てきたか――――――ヒイロ」


 仲間を見殺しにはできないはずの日色がそこに現れた。



     ※



「ヒ……イロ……」

「無事か、魔王」

「どうして……出てきたの?」

「そんなことはどうでもいい。立てるか?」


 今は理由などを話している時間でもない。それにたとえ理由があっても出てきてしまったことは間違いだとイヴェアムは言うだろう。

 正直、彼女がこのまま大地に落下して死んでしまうのが許容できなかった。これ以上、アヴォロスの好き勝手を認めることができなかったのだ。

 日色は彼女の身体に『治』の文字を書く。傷が徐々に塞がっていく様子を見て、イヴェアムが驚愕に顔を染める。


「な、何をしているのよヒイロ! まだ回復してないのに私を治すなんて!」

「黙れ。動けるならここから離れろ。チビたちも連れてな」


 日色はゆっくり立ち上がると、空で悠々と見下ろしているアヴォロスを睨みつける。


(まだ完全回復まで二十分はかかる。それに残りの体力を考えると、奴からまともに一撃でもくらったらアウトだ)


 自然回復で体力はそこそこ回復していたとしても、魔神の力を以て無防備に攻撃を受ければ一気に体力が削られるはず。下手をすれば一撃で死んでしまう可能性もある。

 魔力も回復はしていてもいまだ一文字しか使えない。


「いいから離れろ」

「嫌よ」

「な……」

「私の、ううん、ここにいる者たちは全員、あなたを守るために戦ってるの! そんなあなたが前線へ出てきて何を考えてるのよ!」


 彼女の言い分は正しい。


「私なんて放っておけば良かったのに……」

「そういうわけにもいかんだろ」

「え……?」

「オレはこれ以上誰かの命を背負いたくない」


 日色はそっと自分の胸を掴む。


「もしここで誰も救えず、お前たちを死なせてしまったら。アイツに申し訳なさ過ぎる」

「アイツ……? もしかしてマルキス殿のこと?」


 日色は返事はしないがスッと目を閉じたことにより、彼女もアリシャのことだと感づいただろう。

 そこへアヴォロスが日色を高みから見下ろしながら言葉を出す。


「アリシャも愚かな女だ。たとえヒイロが戻ってこようと、余に勝てるわけがない。余の執念、余の強さ、余の想いを理解できているアイツが、このような無駄なことをしたとは愚者の極みだ」

「……何だと?」


 ギロリとアヴォロスを鋭い視線で射抜く。


「何度でも言おう。奴の死は無駄死にだ。何の価値もない」

「……アイツは最後までお前のことを想っていたぞ」


 微かに……ほんの微かだけアヴォロスの瞳が揺れた。しかし日色はそれに気づけない。


「だから何だ? 余はアリシャには選択肢を与えた。だが奴は余の傍にいることを拒んだ。奴が貴様を送還して死んだのなら、それが奴の天命なのだろう。何とも、無価値過ぎる天命だったようがな」


 日色の中で何かが切れた。身体から迸る赤いオーラ。まるで日色の怒りを体現しているかのようだ。


「今更《太赤纏》ごときでどうかなると思っておるのか?」

「お前だけは絶対にぶっ潰す!」


 腰に携帯している《絶刀・ザンゲキ》を抜く。まだテンは眠っているのか、彼の存在が弱い。これでは《合醒》することはまだできない。


「ククク、今度は逃がさんぞ。貴様は余の手で殺してやる」


 アヴォロスが地上に右手をかざすと、赤黒い球体状のものを作り出し放ってきた。


「ちっ!」


 咄嗟に『防』の文字を書き発動。《赤気》が凝縮して日色の前方に壁を作る。しかし球体が壁に激突すると瞬時にして壁が破壊されて球体が地面へと突き刺さる。地面から爆発が起こり大地を剥がして日色とイヴェアムを吹き飛ばす。


「うわぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁっ!?」


 いくら《赤気》で文字を書いたとはいえ、一文字の力では魔神を取り込んだアヴォロスの攻撃を防ぎ切れないようだ。


「ヒイロさんっ!」

「来るなっ!」


 ミュアが声を上げて近づいて来ようとするが、それを制止させる。彼女が来たところで何がどう変わるわけでもない。攻撃に巻き込まれてダメージを負うだけ。


「おい、魔王! チビたちをここから離れさせろよ!」

「あ、待ってヒイロ!」


 彼女の声を無視して『飛』の文字を使ってアヴォロスへと迫る。


「文字を書かなければ飛ぶ事もできぬ分際で!」


 アヴォロスが放出した魔力の形態を変化させて剣状に整えていく。それは《魔剣・サクリファイス》のような造形。その剣で日色の刀を出迎える。キィィィィンッと小気味の良い音が響く。


「はぁぁぁっ!」


 文字効果は一分の間。それが終われば再び文字を書かなければ飛べなくなる。その間に少しでもダメージを与えておきたい。

 何度も何度も刃物同士の激突が続くが、必死な日色と比べてアヴォロスは余裕の表情。


「そのような剣線でか!」


 アヴォロスが一閃する剣を刀で防御する。見た目以上に込められた膂力に歯を食い縛ってしまう。

 力任せに剣を振り切られ、刀が弾かれてしまう。するとアヴォロスの肩にある魔神の瞳から《電紅石化》が放たれ刀に当たる。


「しまっ――!?」


 石化した刀が地上へと落下していく。


「安心しろ、ヒイロ。貴様は石化などせぬ。その存在ごと余が消し飛ばしてくれるわ!」


 アヴォロスが目にも止まらないほどの速度で懐へ入ってきて、咄嗟に《赤気》を込めた右拳を突き出すが、パシッとその拳をあっさりと尻尾で受け止められる。

 グイッと引き寄せられ、抵抗することができずにいると、彼の拳が腹に突き刺さる。


「がはぁっ!?」


 そのまま下がった顎を膝で打ち抜かれ、頭が跳ね上がる。口から鮮血が吹き出し、今度は首を掴まれる。


「ククク、無様だなヒイロ。ほれ、何か文字を書いてみるがよい」


 明らかな挑発。しかし徐々に締まっていく首の苦しさでそれどころではない。意識が朦朧としてきた。何とか文字を書いてこの状況を脱却しようと試みるが、二本の尻尾で右手と左手が貫かれる。


「あぐっ!?」

「おっと、すまないな。尻尾癖が悪いようだ」

「この……野郎……っ」


 指を動かそうとするが、痛みのせいもあるが、尻尾が手を動かせないように拘束しているので文字が書けない。


「さて、それではさらばだ、ヒイロ」


 剣を日色の心臓へと近づけ、アヴォロスが勝利を確信したかのように笑みを浮かべる。だがそこへイヴェアムとミュアが突っ込んでくる。ミュアはいつの間にか《銀耳翼》を利用して空を飛んでいる。


「ヒイロさんを放してっ!」

「ヒイロはやらせないわっ!」


 しかしアヴォロスは全く焦りを見せていない。


「貴様らは地上でゆっくりと見物しているがよい」


 剣の形状を無数の矢へと変えてミュアたちに向けて放つ。イヴェアムが前方に闇魔法で壁を作るが、アヴォロスの攻撃を防ぐことができずに矢に身体を傷つけられていく。


「「きゃぁぁぁぁっ!?」」


 せっかく飛び上がってきた二人だが、再び地上へと押し戻されていく。そこへアヴォロスの背後に静かに斬撃が迫る。だが斬撃がアヴォロスへと届いた瞬間に、アヴォロスの姿が掻き消える。無論日色と一緒にだ。

 さらにその上空へと移動したアヴォロスが、斬撃を放った相手に向かって魔力の塊を放つ。

 ターゲットは、ウィンカァである。先程のアヴォロスの攻撃により負傷していた彼女だが、そんな彼女の力を振り絞った攻撃でもアヴォロスには届かなかった。


「くっ……ヒイロ……!」


 ウィンカァを守るように、タチバナが前に立ち刀を振り抜き斬撃を放つ。その斬撃により少しだけ魔力の塊の方向をずらすことができたが、それでも近くに落ちた衝撃で二人は吹き飛ばされる。

 二人は地面を転がり倒れてしまう。今度こそ戦闘不能に陥ってしまった。


「これで邪魔者は消えたか……いや、いっそのこと、ここらを吹き飛ばすか」


 キィィィィィンッと高速回転する魔力の塊を作り出すアヴォロス。ドンドン回転が増して膨れ上がっていき、それが地上へと落とされる。


「……《大風爆波(たいふうばくは)》」


 地上に落ちた魔力の塊が、大気が圧縮されて一気に解放された衝撃のごとく凄まじい風圧が周囲を薙ぎ払う。近くにいた者たちは軒並み弾き飛ばされていく。

 イヴェアムたちも風の暴力に逆らうことができずに、攫われてこの場から離脱させられる。

 気づけば上空に浮かぶアヴォロスを中心として半径百メートルほどには何者も存在しない空間が地上に広がっていた。


「さて、待たせたなヒイロ」

「うぐ……!?」


 さらにアヴォロスの首を掴んでいる力が強まる。だがフッとその力が緩められ、身体に浮遊感を感じたあと、腹部に激痛が走る。


「がぁっ!?」


 見ればアヴォロスが魔力で形作ったであろう槍に細長い物体が右腹部を貫いていた。そのまま大地へと槍ごと放り投げられて磔状態になる。

 土に染み渡っていく赤い液体。身体は燃えるように熱く、腹部から伝わってくる痛みは気が狂いそうになるほど辛い。


「その痛みからすぐに解放してやろう」


 日色に向けて高見から怜悧な言葉を落とす。


「く……そ……がはっ!」


 腹の中から熱くて赤いものが込み上げてきて口から吐き出される。薄れゆく意識の中で、上空にいるアヴォロスが自分に向けて魔力の塊を放とうとしているのが視界に映る。


(くそ……このままじゃ……)

 

 身体の力が徐々に抜けていく。死を予感させ、無力感に苛まれる。アリシャの命を使い【イデア】に戻ってきたというのに、結局アヴォロスを倒すことができずに死んでしまう。

 何とか抵抗しようにも腹に開いた風穴から血液とともに全身の力まで流れ出ているようで、まったく力が入らない。

 憎々しい表情で上空にいるアヴォロスを睨みつけているが、彼はようやく邪魔者を排除できることに安堵しているのか頬が緩んでいる。 

 彼が地上へと向ける右手には膨大な魔力が集束されていっていることが理解できる。今、あの攻撃を受ければ間違いなく死んでしまう。避けなければならないと身体を動かそうとしても、魔力で作られた槍が、日色の腹を突き抜け大地をしっかり掴んでいるので身動きがとれない。


「も……じを……」


 何とか指を動かして文字を書こうとするが、やはり身体が命令を拒絶する。《ステータス》と心の中で念じてみると、HPの欄が60という数字になっており、それが徐々に1ずつ減っていっている。

 まるで死への階段を上っているかのような感覚。これが0になれば確実な死が訪れる。


「はあはあはあ……まだ……死ねない……!」


 歯を食い縛って身体を起こそうとするが、腹から激痛が走り身体が硬直する。その時、フッと優しい風が自分を包んだ気がした。


「――――――――何のつもりだ?」


 天からアヴォロスの不快さが込められた声が落ちてくる。日色も閉じていた瞳を静かに開けて現況を把握する。そこには    


「ヒイロさんは、わたしたちが守りますっ!」

「おうよ! 借りに借りた恩、ここで返してやるぜ!」


 ミュアとアノールドが日色の前に立っていた。


「お前……ら……バカ……」


 ここから逃げろと言いたいが、口の中に血液が溜まって上手く発声できない。


「何度も言うが、貴様らなどゴミクズに等しい。いようがいまいが、何の障害にもならん」


 アヴォロスの右手から魔力の塊が放たれる。


「うおぉぉぉぉぉっ! 俺だって、やるときゃやるんだよぉぉぉっ!」


 アノールドが力一杯剣を握り叫び声を轟かせる。すると彼の全身が風に包まれ―――いや、風そのものに変化していく。


「―――《爆風転化》っ!」


 獣人が扱う《化装術》の奥義である《転化》を全身に施すのは難しい。それこそ並々ならぬ修業が必要になるし、才能も要求される。


「まだまだだぁぁぁぁっ! もっと先へぇぇぇっ!」


 剣を振りかぶりアノールドは叫ぶ。刀身を竜巻が包んでいき、段々と巨大化し始める。いや、よく見れば刀身そのものが変化して竜巻化している。


「む?」


 アヴォロスの眉がピクリと動きアノールドの予想外な反撃に目を細める。


「くぅらえぇぇぇぇっ! 《終の牙》ぁぁぁぁっ!」


 剣を魔力の塊に向けて振り下ろす。巨大な竜巻が塊を呑み込みグググググと飛んでくる方向をずらしていく。

 本来なら竜巻に捕らえられた存在は、身体の自由を奪われ、乱回転する風の力で身体が引き千切られてしまう。しかしアヴォロスとの実力差があるせいで、塊を全部弾くことができない。


「それでもいいんだよっ!」


 アノールドは少しでも塊の進攻方向を日色からずらせればそれでいいと考えているようだ。そして見事、彼の執念は実を結び標準が外れる。

 だがそれでも近くへ落ちたら衝撃により日色にダメージがくる。


「今度はわたしの番っ! お願いっ、わたしの中の『銀竜』! 力を貸してっ!」


 ミュアは祈るように胸の前で両手を組む。すると耳がピクピクと動き、銀の粒子が出現し、それが光となってミュアの身体を包んでいく。

 ミュアの耳が巨大な翼に変化し、日色、アノールドをその耳で包み衝撃に備える。

 塊が大地を破壊して衝撃波を周囲に放つが、ミュアに守られた部分はピクリともせずジッと保たれたまま。

 アヴォロスは冷ややかな視線で見下ろし、ミュアたちの行為を見つめていた。

 耳がゆっくりと開いていき、ミュアたちの姿が露わになる。


「わたしたちは決して諦めません!」

「…………くだらぬ」

「え?」

「守りたい。一緒にいたい。支えたい。そのような想いなど、この世界では何の意味も持たぬ。理不尽に奪われ、傷つけられ、裏切られる。ここはそういう世界だ」

「そんなことありませんっ! 私のこの想いは誰かが決めたものじゃないっ! わたしの……ヒイロさんを想うこの気持ちは本物ですっ!」

「……チ……ビ……」


 日色は薄れゆく意識の中、ミュアの姿を見つめる。その姿は今まで感じたことがない感情が込み上げてくる。頼もしい……素直にそう思えた。


「ならまずは――」


 アヴォロスの肩にある魔神の瞳から《電紅石化》がアノールドへ向けて放たれる。《終の牙》を使ったせいか、その反動で膝をついていたアノールドは咄嗟にも避けることができずに食らってしまい石化する。


「おじさんっ!」

「ち……きしょう……っ!?」


 さらにアヴォロスの尻尾がグンッと伸びて石化したアノールドを弾き飛ばした。


「止めてっ!」


 ミュアの声も虚しく、アノールドは地面を転がり離れて行った。


「これで完全に貴様一人だ」

「くっ!」


 ミュアは涙を流しながらアヴォロスを見上げる。


「もうすぐヒイロは死ぬ。いくら貴様が守ろうともな」

「そんなことないっ!」

「それは貴様の希望だ。事実、余には分かる。ヒイロの命が徐々に身体から零れ落ちていくのがな。貴様にそれが止められるのか? いやできん。ヒイロの受けたダメージは、《天下無双モード》の影響で自然回復しか見込めない。その傷、放置すればあと数分も経たずに死ぬ。それは覆せぬ現実だ」

「そんな……ことは……!」


 ミュアも彼の言うことが的を射ていることに気がついているのだろう。だから強く反論することができずにいる。


「だがそんな死など生温い。余がこの手で、直々に殺す。そう決めておる」

「……させない」

「ん?」

「そんなこと……させないっ!」

「よせ……チビ……」

「ヒイロさん!?」


 ミュアが慌てて顔を日色の方へ向けて駆け寄る。


「いいから……ここから……離れろ」

「嫌です」

「何……だと?」

「今までずっと、ヒイロさんに守られてきました」

「…………」

「あなたの隣に立って、一緒に戦えないのが、悔しくて情けなくて……。いつも守られているのが辛くて、悲しくて……でも、今は違います」

「……!」

「わたしはヒイロさんを守る力があります。それは少しだけかもしれませんが……」

「お前……何でそこ……まで?」

「ふふ、ほんとにヒイロさんは鈍いですからね」

「……?」


 その時、唇に仄かな温かみを感じる。思わず日色は目を見張る。すぐ目の前には目を閉じたミュアの顔があり、彼女の唇が自分の唇と重なっていた。

 ゆっくりと顔を遠ざけていく彼女。そんな彼女の顔はまるで湯上りみたいに火照っている。そして慈愛溢れる微笑みを日色へと向ける。


「大好きな人を守るのは、当然じゃないですか」

「チビ……っ!?」


 ミュアはそのままゆっくりと立ち上がり、アヴォロスと再び対峙する。だが何故かアヴォロスは少しだけ悲しげな表情と浮かべている。


「……まるで、シンクとラミルのようだな……。いいだろう、余にも譲れんものがある。貴様がヒイロを守るというのであれば、余は貴様を――――――殺す」


 とてつもない殺気が地上へと降りかかる。それを感じた日色も全身を震わせ、


「チビ……逃げろ……逃げろっ!」


 しかし彼女はその声には応えない。真っ直ぐアヴォロスを見つめている。そのまま耳を動かし、アヴォロスへ向けて突進する。


「やあぁぁぁぁぁっ!」


 腰に携帯しているチャクラムの《紅円》を両手にそれぞれ持つ。アヴォロスが指を弾いて細かい魔力の塊を飛ばしてくる。だが即座に耳でガードして迎え撃ち、彼との距離を潰していく。


「ふむ、ならばその想いごと打ち崩してくれるわ」


 アヴォロスの右手から魔力が放出し、剣の形状へと変化した。



     ※ 



 ミュアの《紅円》とアヴォロスの剣が火花を散らす。力押しで向かってもミュアには勝ち目は無い。だからこそスピードを活かしてヒットアンドアウェイ戦法で攻撃を繰り返していく。

 だがアヴォロスの動きも速い。避けたつもりでも確実に身体を捉えてくる。その時は《銀耳翼》を利用して防御する。もしこの耳がなければ身体が斬り裂かれている。また耳の防御力が高くなければすぐに大地に落とされていることだろう。


「防御力、速度、なかなかに及第点だが、悲しいかな、貴様には圧倒的に戦闘経験が足りん」


 ミュアは足元に違和感を感じる。気づけばいつの間にかアヴォロスの尻尾が死角から伸びて右足を掴んでいた。


「しまっ!?」


 そのままブンブンと力任せに振り回される。凄まじい遠心力に、体中の水分が頭に昇っていくいくのを感じる。尻尾が真っ直ぐ大地へと振り下ろされ、投げつけられた。

 その先には岩が見える。このままでは激突して大ダメージを負ってしまう。


「くっ!? まだまだぁっ!」


 《銀耳翼》がさらに大きくなりミュアの身体を包み球体状になる。ドゴォォォンッと岩を粉砕し大地に突き刺さる。ゆっくりと翼を開いていき、再び空に飛び上がる。


「はあはあはあ……」

「ほう、やはりさすがは守りの『銀竜』か。だがやはり経験が足りん」

「え……っ!?」


 上空から殺気を感じて天を仰げば、そこには魔力の塊がミュア目掛けて落下してくる直前だった。恐ろしいほどまでに凝縮された負のエネルギーを感じる。

 まるで塊自体が生きているかのように負の感情をミュアへと伝えてくる。苦痛、嫉妬、恨み、憎しみ、悲しみ、ありとあらゆる負の感情がミュアの身体を消し去ろうと真っ直ぐ落ちてくる。


 直感した。アレはこの身に受けていいものではない。たとえ防御しても心が壊される。今のままの自分ではアレを回避することも防御することも叶わない。

 油断はしなかった。だがあまりにもアヴォロスの連続攻撃が苛烈で息が続かなかった。


(このまま……一矢も報いられずに終わりたくない……! ヒイロさんは……わたしが守るっ!)


 ミュアの身体から銀の光が溢れる。同時にその光がバチチチッと放電現象を引き起こし、銀雷となって魔力の塊に放たれた。

 下から上へと昇っていく雷。塊と衝突した瞬間に、耳を覆ってしまうほどの雷鳴を轟かせ塊の落下速度を緩める。

 本来ミュアが《化装術》で使用する雷は普通の雷のはず。しかしそれが銀の光を放つ雷と化している。その効果は    


「……何だと……!?」


 アヴォロスの眼が大きく開かれる。何故なら塊が徐々に銀雷に包まれて浸食されていくのを見たからだ。膨大に詰め込まれた負の感情が、何故か段々と払拭されていく。まるで浄化されているかのように。


「そうか、『銀竜』の力は浄化も持ち合わせていたか」


 汚染されたものを清浄へと還す力。また負のエネルギーを正のエネルギーに変換する力も備えている。驚くことに、銀雷によって包まれ浄化された魔力が、ミュアの身体へと流れ込んでいく。

 目も開けていられないほどに眩い光に包まれるミュア。


「ええい! 鬱陶しいっ!」


 再びアヴォロスが光の中心へ向かって魔力の塊を放つ。真っ直ぐ光に吸い込まれていく塊。だが今度はバチィィィンッと弾かれ明後日の方向へ飛んでいってしまう。


「むっ!?」


 アヴォロスが自身の攻撃があっさりと弾かれたことに驚きを得ていると、光の中から巨大な翼が出現し、それだけでなく光を突き破り現れた存在―――紛うことなきドラゴン。

 銀の皮膚に荘厳な翼、見上げるほどの巨躯と威圧感を持った銀色の竜が現れた。

 日色も大地からミュアの変わり果てた姿を見て言葉を失っている。それほどの衝撃。まさかミュアが竜化するとはその場にいる誰もが予想だにしていなかったことだろう。


「……『銀竜』……覚醒したか」


 アヴォロスはミュアを睨みつけて、厄介なものを見るように眉間にしわを寄せている。

 地上にいる者たちは、銀の光を纏い天の守護者のごとく浮かんでいるミュアの美しい姿に息を呑んで固まっている。


「グルルルルルゥゥゥッ!」


 ミュアの鋭い眼がさらに細められ、


「ガァァァァァァァァァッ!」


 凄まじい咆哮とともに全身から銀雷が迸る。ターゲットはアヴォロスである。


「そんなものなど!」


 アヴォロスは右手を前方にかざして魔力で壁を作る。しかし壁は銀雷を弾くことなく、そのまま再び浸食されていく。

 アヴォロスはそのまま離れると、浸食された魔力が再びミュアへと吸い込まれ力を増す。


「……厄介な存在だ」


 それでもアヴォロスに焦りは見えない。クールさを貫き、表情を歪めもせずにミュアを観察している。


「どうやら急な覚醒で本人の意識は混濁しているようだが、敵として余を認識している以上、さすがとでも申しておこうか。だがクゼル・ジオにも申したが、貴様らはただの伝説。こちらは――――神だぞ?」


 獰猛な眼の光。アヴォロスの肩に存在する魔神の眼から放たれる《電紅石化》がミュアに襲い掛かる。ミュアも再び銀雷で撃墜しようとするが、その銀雷を器用に回避し本体のミュアの身体を捉えてしまう。


「グルルルルルゥゥゥゥッ!?」

「さあ、巨大な化石となれ伝説よ」


 しかし驚くことに次の瞬間、ミュアの身体が薄皮一枚を残して背中から同じような竜が出現した。


「脱皮しただと!? そのようなこともできるのか!」


 さすがのアヴォロスもミュアの回避方法に驚嘆を覚えている。ミュアは石化が始まった瞬間に脱皮して全身が石化するのを防いだのだ。

 そのまま銀雷を纏いながらアヴォロスへと突進していくミュア。しかしアヴォロスは小回りの利くその身体で回避していく。


「面白い、これならどうだ!」


 アヴォロスは魔力を凝縮して作り出した《魔剣・サクリファイス》を巨大化させていく。それを尻尾に持たせる。またもう一振り、そしてさらにもう一振り、合計三本の《サクリファイス》をそれぞれの尻尾に持たせる。


「《サクリファイス・グラットゥンモード》……!」


 ドクンドクンと剣が脈打ち始め、刀身に口のような造形が出現する。

 ミュアが再び銀雷をアヴォロスへと放つが、その銀雷が今度は逆に剣に吸い込まれていく。


「グルァッ!?」


 ミュアの顔がしかめる。力を吸い込まれると思っていなかったのだ。

 バキバキキッと嫌な音を立ててさらに巨大化していく《サクリファイス》。アヴォロスは尻尾を振り回し、ミュアに斬撃を繰り出していく。しかしミュアの身体はまるで鋼のごとく剣を弾いていく。


「堅い……だが!」


 アヴォロスはさらに自身の莫大な魔力を《サクリファイス》へと流していく。ドンドン巨大化していき鋭く不気味な様相を呈していく三本の《魔剣》。

 ブシュゥゥッと、ミュアの身体がとうとう斬られてしまった。


「ククク、閉幕だ『銀竜』!」


 三本の剣による波状攻撃。ミュアは防御態勢をとるものの、ドンドンと身体が切り刻まれていく。


「これでっ!」


 三本の剣を重なり合わせて天から地へと力一杯振り下ろされる。ミュアは成す術もなく身体を一閃されて、そのまま日色がいる地上へと落下する。また光に包まれたかと思ったら、身体が縮んでいき人型に戻ってしまった。

 そんな彼女の姿を見た日色の心臓がドクンッと激しく脈打つ。


「うおォォォォォォォォッ!」


 今まで動かなかった身体を全身全霊で動かし始める。腹に突き刺さった槍を「うがァッ!」と叫びながら抜き、フラフラになりながらも起き上がり、落ちてくるミュアを受け止める。


「はあはあはあ……お、おい……チビ……!」


 何とか大地への激突は防いだものの、ミュアの身体からは夥しいほどの血液が流れ出ていた。



     ※



 このままではマズイ。直感で分かった。ミュアの身体から流れ出る血とともに命までもが削られていっていると感じられた。


「くそっ! 死なせるかっ!」


 日色は自身の身体に走る激痛など気にせずに、魔力を右手の指先へと集束させる。だが僅かな魔力しか集まらずに文字が一向に書けない。


(何故だっ!?)


 それは簡単だった。今、日色に残されている魔力が一文字を書くのに必要な30の消費量よりも下回っているということだ。だから書けない。

 さらに日色の体力までもがこの時、すでに20を切っていた。こうして動けていることが奇跡に近い。絶望感を覚えた時、身体には尋常ではない脱力感が走り、同時に胸から込み上げてくる血液により吐いてしまった。


「げほっ、げほっ、げほっ! ……はあはあはあ……くっ」


 視界がブレる。だがそんなことに構っている暇などない。このままではミュアが死んでしまうのだ。周囲を確認して仲間を探す。しかし誰もがアヴォロスの攻撃により意識を失っているか、ダメージが大きくて動けずにいる者ばかり。誰も助けられない状態。


(どうすればいい……どうすれば……!)


 自分の腕の中で次第に生命力を失っていく小さな存在を助けるために自分ができることは何なのか……必死に思考を回転させるが何も思いつかない。


「……ヒイ……ロ……さん……」

「チビッ! おい、しっかりしろっ!」


 僅かに開けられる瞼。そこから覗く海色の瞳が日色を捉える。


「ごめん……なさい……」

「くっ! 謝るなっ! こんな状況で謝るんじゃないっ!」


 一番聞きたくない言葉が耳をつく。心がキリキリ痛む。歯噛みをしてミュアを見つめていると、ふとミュアが震える手で日色の手をそっと掴む。弱々しい……何とも弱々しい小さな手だった。


「ヒイロ……さん……。わたしは……」


 ミュアの瞳に見える光が遠ざかっていく。


 ゾッとした日色は思わず――――――叫ぶ。


「ミュアッ! こっちを見ろっ、ミュアァァッ!」


 すると握られていた手に力が甦っていく。瞳の光も若干力強くなり、その瞳からツーッと涙が流れ出た。


「うれ……しい……です……」

「……え?」

「やっと……初め……て……名前を……呼んでくれました」


 涙を流しながらもミュアは確かに笑みを浮かべる。その笑顔を見て、日色はこんな状況にも思ってしまった。とても美しい―――と。


「ずっと……呼んでほしかった……最後に…………聞けて良かったぁ」

「バカかっ! そんなもんいくらでも呼んでやるっ! だから死ぬのは許さんぞっ!」


 しかし期待を裏切り、彼女の握られていた手から力が抜けていく。


(くそっ! 何か……何かないのかっ!?)


 彼女を助ける方法。あらゆる方を模索するが、どれも現実的ではないものばかり浮かんでくる。

 その時、フッと頬に温かいものが触れる。


「お、お前……!」


 ミュアの手だった。手から優しい温もりが伝わってくる。彼女の気持ちを乗せて。


「ヒイロ……さん……」

「ミュア……」

「生きて……生き続けて……下さい……」

「ダメだ……逝くな……」

「わたしの分……まで……どうか…………幸せに……」

「止めろ……止めろっ!」


 日色は精一杯声を張り、彼女の心に届かせようとする。

 そんな彼女が、もう一度ニコッと笑い――――――最期にこう言った。




 ――――――――――――大好きです…………わたしのヒーローさん。




 心が、粉々に砕かれた音がした―――――。


 頬に当てられていた手は力なく重力に負けて落ち、ミュアの頭も支える力が失われたようにガクッと横を向いた。

 


何故……何故……何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――!

 


 ここでミュアが死ななければならないのか。何度も何度も答えてくれない誰かに問いかける。誰のせいで彼女は命を奪われてしまったのか。

 まだ自分よりも幼いのに……。これからもっと楽しいことがあっただろう。辛いこと、悲しいこともあったはずだろう。まだまだ長い人生が彼女の前に広がっていたはず。

 それなのに、呆気なくその道は閉ざされてしまった。



 ―――――――――――――誰のせいだ……?



 彼女を殺したのは誰だ。何だ。どのような存在が命を奪ったんだ……?


(オレが……弱かったから……か……)


 急速に冷えていく頭の中。無力感で押し潰されそうになる心。


「……薄幸の少女だったな」


 耳に自然と入ってくる音。それが誰の声なのか分かってはいる。アヴォロスだ。彼は空中から地面に降り、カツ、カツ、カツとゆっくり日色へと近づいてきていた。


「考えてもみれば、これがそやつの運命だったのだろう」


 運命……? そんな言葉がミュアを殺したのか……?


「『銀竜』に生まれ落ちた瞬間から、悲劇の人生で幕を閉じるのは決まっていたのかもしれんな。知っているか、ヒイロ? 『銀竜』のみならず、《三大獣人種》と呼ばれる存在は、決まって悲劇が身に降りかかる。その異端過ぎる力を持って生まれたためか、他の種族に忌み嫌われ、また権力者には、その力を利用され、家族まで傷つけられることになる。それがそやつらの運命」


 アヴォロスの冷淡な物言いが砕けたはずの心に突き刺さっていく。


「表面上では幸せに見えようが、結果的に絶望の中で死を迎える。そこに横たわっている少女も同じだ。結局は己の望みを叶うことなく命を失った」


 ミュアの望みは日色を助けることだった。だが彼女は叶えることなく逝ってしまった。 


「生きているうちに教えておくべきだったな。貴様の夢は決して叶うことなどないと」

「………っ!」


 ギリッと日色は歯を噛む。


「悲劇の中で死ぬだけだと」


 全身が……心が震えてくる。


「高望みなどしなければ、まだ少し生を味わえたものを……悲しいかな、そこで死んだ愚か者は     ただの無駄死にだ」


 その瞬間――――――日色の中で何かが切れる音がした。


「しかし安心しろ。貴様ももうすぐそやつと同じ場所へ行ける」

「……黙れ」

「ん?」


 日色の身体から血のような液体が全身から滲み出てくる。


「……何だ?」


 アヴォロスが、何かに怯えたように後ずさりをする。




「お前は……必ず――――――殺してやるっ!」






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