207:魔神アヴォロス
日色は髪の毛を抜き上空へと投げつける。ボンボンボンボンッと髪の毛一本一本が日色の姿に変化していく。
「……またそれか」
アヴォロスはもう飽きたと言わんばかりに言葉を吐く。複数の日色が魔神へと滑空していき、手に持った《金剛如意》をそれぞれが突き出す。
「無駄だ」
アヴォロスの一言で、魔神の六つの目から紅いレーザーが放たれ、次々と日色が呑みこまれて消えると同時に、魔神の身体から無数に生まれる触手をも器用に動かして日色の身体を貫いていく。
「――――――それを待ってた」
「む?」
触手に貫かれた分身体が形を失い、まるで吸収されるかのように触手を通して魔神の身体に流れていく。
アヴォロスは何をするつもりなのか分からず眉間にしわを寄せているが、すぐに理解することになる。
オリジナルの日色の《赤気》が文字で、
『分身』と『付与』と『削減』
刹那、魔神の身体のあちこちがまるで食い破られたかのような穴が次々と出現。
「何だとっ!?」
この《天下無双モード》と《合醒》の合わせ技では、このように三つの二文字単語を使って効力を創造することができる。
『分身』の文字で、対象を分身体へと設定。『付与』の文字で分身体に次の文字の能力を発現させることができる。その文字が『削減』。魔神の身体に有効な魔力削減効果が期待できる文字である。
ただ扱いは難しく、明確にイメージをしなければ発動はしない。またいくら創造できるからといっても不可能な能力もまたある。
ちなみに先程分身体が魔神の身体に吸い込まれていったのは、同じように三つ目の文字に『浸食』と書いたからだ。
虫食い状態になる魔神だが、すぐに再生していく。ただ明らかに再生スピードが遅くはなっている。
(よし、効いてるな!)
やはり魔法攻撃は有効だと納得し、再び分身体を作り上げていく。
「面倒なことを!」
突如魔神が翼をはためかせて大空へ舞う。ただ日色もまた自由に空を移動することができるので問題は感じていない。
日色よりもさらに上空へと向かった魔神が大地へ向けて口を開く。
「避ければ大陸が半壊するだろう。どうするヒイロ!」
魔神の口に集束する膨大な魔力の塊が、大地へと向けて放たれる。《滅却大砲》と名付けられた技である。
(避けるのは簡単だ。しかしあんなもんが地上に落ちたら厄介なことになる)
それこそアヴォロスの言う通り半壊以上の現象が起きるだろう。そうすればまだ近くにいるミュアたちにも被害が出る可能性が高い。なら避けるという選択を選ぶことはできない。
(かといってまともに受ければ即死確実。……なら)
日色はどうすればいいか悩んでいたが、ハッとなって、ある最高の方法を思いつく。
(何だよ、めちゃくちゃ簡単な方法があるじゃないか。けどあんな大きな物体を普通の方法では無理……だったら)
分身体に再び能力を付与していく。そして分身体が次々と落下してくる《滅却大砲》の前に並ぶ。
「ククク! 何をするつもりだ! また削減でも使うつもりか! だが間に合うわけがあるまい!」
アヴォロスは勝利を確信しているかのように笑みを浮かべている。
(その顔、必ず歪めてやるよ!)
日色の分身体が《滅却大砲》に呑みこまれた瞬間――――――パッと数多くいた分身体と《滅却大砲》が消失した。
「……は?」
アヴォロスも突然の事態に呆気にとられてしまっているようだ。その光景を見ていた者たちは全員が彼と同じ反応をしているだろう。だがそこへ
「陛下っ! 上ですっ!」
優花の叫びがアヴォロスを現実に引き戻す。同時に言われた通りに上を見上げる。すると先程魔神が放った《滅却大砲》が何故かアヴォロスの上空から襲い掛かってきていた。
優花の掛け声も虚しく、《滅却大砲》によって魔神は超爆発に巻き込まれてしまう。
「陛下ぁぁぁぁぁっ!?」
優花が叫ぶが、巨大に広がる爆煙でアヴォロスの安否を確認できない。そこで優花はアッとなり本体の日色に視線を向ける。日色の《赤気》が形成している一つの文字。
「そうか……転移か!?」
彼女の解答に日色は微笑を浮かべる。
日色が分身体に付与したのは『転移』の文字。分身体全員に『転移』能力を付与させ、《滅却大砲》が触れた瞬間にアヴォロスの上空へと転移させた。
あとはそのまま《滅却大砲》が落下してアヴォロスに直撃するという寸法である。
(何とか上手くいったな)
普通に『転移』の文字を使ったところで、あれほどの物質を移動させることができるか不安だった。だからこそ『転移』の文字効果を強めるために分身体全員に能力を分け与えたのだ。これなら相乗的な効果を生んでどんなものでも転移させることができると踏んだ。
結果、期待通りに魔神に対し大打撃を与えることができたと思った矢先、ブオォォォンッと突然の暴風が周囲を覆っていた黒煙を払う。
中から地上に向けて魔力で構成された無数のレーザーが放たれてくる。無論その近くにいる日色もそのままでは攻撃を受けることになるので咄嗟に『防御』の文字を使いレーザーを弾いていく。
「……やはり貴様は厄介な存在よ」
「その言葉、そっくり返してやるぞ」
《滅却大砲》によって傷ついた魔神の上に立つアヴォロス。何故か今までのように下半身を魔神に埋めていない。
「よもや余がこれを使うことになろうとはな」
「……?」
アヴォロスが忌々しげに見下ろしてくる。彼は全身からどす黒いオーラを滲み出し、巨大な魔神をそのオーラで覆っていく。
「何をするつもりか知らんが、このまま一気に決めさせてもらう!」
だが上方から殺気を感じて視線を向けると、水の塊が飛んできていた。《金剛如意》で一閃して真っ二つにする。その先にいたのは優花だった。
「陛下の邪魔はさせない」
次々と彼女から水の塊が放たれる。しかし今の日色にとってはそんな攻撃は脅威でも何でもない。《金斗雲》を素早く動かして優花の背後を取り左腕をとって彼女が立っている水溜まりに伏せさせる。
「悪いが、お前じゃオレの相手にならんぞ」
「くっ……そんなこと最初から承知だ」
「何?」
「私はただ、少しでも時間を稼げればそれでいいっ!」
下に広がっている水溜まりが動き、日色と優花を包み込む。
(この水、ただの水じゃないな)
まるで水自体が意志を持っているようで、日色の身体を身動きできないように掴んでいるようだ。
(だが、この程度でどうにかなると思うな)
『沸騰』と言う文字が形成されると、ボコボコボコボコと水が沸き出す。中にいる優花は堪らず水の中から脱出する。日色は《赤気》で身体を覆っているので温度などは感じていない。
日色は《金剛如意》を振るうと、周囲を覆っている水の塊が一瞬にして霧散する。
「はあはあはあ……」
優花はシュゥゥゥッと湯気を身体から出して、新たに生み出した水溜まりの上で、日色を睨みつけてくる。
「とりあえずお前はここで退場だ」
「――っ!?」
日色は素早く彼女の懐へ入り『眠』の文字を放つ。
「う……陛……下……」
水溜まりも消え落下しようとしたところ、彼女に『転送』の文字を放ち地上にいるイヴェアムの近くへ送る。アイコンタクトで捕縛しておけと言うと、彼女も了承したように頷く。
だがその時、ゾクッと日色の背中に寒気が走る。バッと振り向くと、アヴォロスと魔神を覆っていたどす黒いオーラの塊が徐々に小さくなっていく。
ちょうど大人一人分を包むくらいの大きさで球体はその形を維持する。そしてピキピキッと卵にヒビが入るように亀裂が生まれていく。
パリィィィィンッと球体が音を立てて弾け飛ぶと、
「……さあ、絶望を始めようか」
中から変わり果てたアヴォロスが姿を現した。
魔神ネツァッファを取り込んだアヴォロスの姿。それは今までの彼とは見た目からして大きな違いを有している。
肌は『魔人族』特有の褐色は変わりない。ただ美しく滑らかだった金髪は、赤黒い色に変色し、海のように透き通っていた碧眼は蛇のような獰猛な紅き瞳を持っている。
また両肩には魔神の目のような存在があり、それぞれ三つずつ睨んできている。翼も刺々しい雰囲気を持つ赤黒いソレであり、やはり魔神と同じような尻尾が三本臀部から生えているのを目視した。
血で描いたような紋様が顔から全身にかけて刺青のように入っている。その佇まいだけでとてつもない威圧感を放ってきているので、ただそこにいるだけで気圧されてしまう。
「こうなれば優しくはないぞ、ヒイロ?」
瞬間、アヴォロスの右手から小さな赤黒いレーザーが放たれる。咄嗟に躱したが、そのレーザーは真っ直ぐ突き進み、遥か後方にある岩山に衝突する。その岩山は跡形もなく消し飛び、巨大クレーターを簡単に作り出してしまった。
どうやらその威力にアヴォロス自身も驚きを得ているようで、自らの右手を見つめながらクスッと笑みを零す。
「ふむ、どうやら手加減は難しいようだな」
視線を日色へと向ける。日色はゾクッとするものを感じつつも、先手必勝が如く『転移』の文字でアヴォロスの背後を突く。そのまま《金剛如意》を振り下ろす。
(魔神と一体化したのは考えようによっては好都合! このままコイツごと仕留める!)
そう思ったも束の間、バシッとアヴォロスの手に《金剛如意》が呆気なく掴まれてしまう。
「なっ!?」
かなり威力を込めて振り下ろしたはず。それなのに簡単にキャッチされて、掴んだ手にもダメージが見当たらない。
グイッと《金剛如意》を引っ張られると、アヴォロスの左拳が日色の腹に突き刺さる。
「ぐほぉっ!?」
《赤気》で防御力も跳ね上がっているはずなのに一撃で体力を根こそぎ奪うような威力を誇る彼の攻撃。
そのまま後方へと吹き飛ばされるが、《金斗雲》を上手くクッション代わりにして勢いを止める。
「伸びろっ! 《金剛如意》っ!」
今度は遠距離からアヴォロスに向かって《金剛如意》を伸ばして突きによる攻撃を繰り出す。しかし見えているようで、軽やかに躱すと同時に瞬時に日色との距離を潰してくる。
ガシッと日色の首が掴まれる。ギュッと首を絞める力が増す。だが次の瞬間に日色の姿が掻き消える。
日色は彼が真っ直ぐ突っ込んでくる時に『幻術』の文字を使い、自分が掴まれているという幻を彼に見せた。
本物の日色は彼の背後へと入り、『金剛如意』を一閃するべく間を詰めていた。しかし背中越しに確かに聞こえた。
「……余に陳腐な幻など通用せぬ」
捉えたと思って攻撃した日色だが、ただ空を斬っただけだった。刹那、顎に衝撃を受けて顔が跳ね上がる。
アヴォロスの拳が日色の顎を打ち抜いたのだ。だがこのままやられっ放しなのは我慢できない。すでに攻撃用の文字は浮き出ている。
ピシィィィィッとアヴォロスが突如として生まれた氷山の中に閉じ込められる。『氷結』の文字で相手の行動を不能にさせた後、日色の周囲で《赤気》でボッボッボッボッボッボッボッと文字が形成される。
『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』
文字がそれぞれ氷に張りつく。アヴォロスはいまだ動かない。
「まだまだぁっ!」
さらに『大爆発』の文字を氷山に放つ。さらに『結界陣』という文字を作り発動。氷山の中心に四方を囲むように赤い壁が覆い始める。これで爆発が起きても、結界の外への影響は最小限に抑えられるし、爆発の威力が集中するので攻撃力も高まる。
日色は結界内から『転移』の文字で抜け出し、
「全て爆ぜろっ!」
爆発関係の《文字魔法》を一気に発動させた。そこで一つ予想外だったのは、『結界陣』で作り上げた壁が、爆発の威力に耐え切れずに壊れてしまったこと。
それでも結界の効果はあったようで、爆発力は氷山を中心に凄まじい破壊を生む。天に輝いている星をも落とす勢いで衝撃波が昇っていく。また大地は陥没どころではなく、隕石が貫いたように大穴を作り出す。底が見えないほどだ。
禍々しい黒煙は、その威力を物語っているようで、空に広がっていき星空を隠していく。これほどの威力が一点集中に込められた攻撃は日色も初めて使用したが、本人もあまりの威力に少し呆けてしまっている。
ただこれなら確実にアヴォロスに大ダメージを与えることができたという確信もあった。煙が次第に晴れていく。氷山があった場所に何か影が見える。
(やはり消し飛ばすことはできなかったか……だがダメージはあるはず。このまま一気に――)
そう決心し動こうとした時、煙の中から何か細いものが無数に突き出てくる。それは魔力で構成された刃状のもの。
「ちっ!」
日色は身を翻してそれらを回避していく。だが次々と伸びてくる魔力の塊にうんざりし、その原点に向かって《金剛如意》を投げつける。
だが手応えがなく、ブーメランのように回転しながら戻って来た《金剛如意》を手に取り、煙の中を凝視する。するともう魔力が放出されてこないようで静寂が場を包む。しかしふと背後に殺気を感じ身体ごと振り向くと、先程放出された魔力が一か所に集まって形を形成していく。
そしてそれは――――――アヴォロスへと姿を変えた。
「……お前……!」
「先程の攻撃、手順も威力も申し分なし。ただ一つだけ貴様にとって残念だったのは、さしたるダメージを余は受けていないことだな」
見たところ確かに負傷しているところはない。あの攻撃の中で、何故ほぼ無傷でいられたのかさすがに怪訝に思う。たとえ魔神と言えど、あの威力の攻撃を受ければ……。
そう考えた時ハッとなる。
「……そうか、今のお前は魔神の特性を……?」
「よく理解した。そう、今の余は魔力の集合体に近い存在。ただの爆発では傷はつけられても根本的なダメージは皆無に近い」
日色は舌打ちをする。どうやら彼は肉体というものが無い状態。つまり魔力そのもののような『精霊』に近い存在と化しているようだ。
つまり単純な攻撃では決定的なダメージを与えられずに、傷もすぐに魔力によって復元してしまうようだ。
「厄介な奴だ」
「フッ、それはお互い様だが、それも近いうちに終わる」
「何?」
スッとアヴォロスが日色の頭上を指差す。反射的に日色もそこを確認する。そこには《天下無双モード》の使用時に現れている『天下無双』の文字。少し前まで『双』の文字が消えていたが、驚くことにすでに『下』と『無』の文字も消えており、残りは『天』だけになっていた。
「その文字が全て消えればお前の時間は終わる。さあ、あと何分もつかな?」
不気味に微笑むアヴォロス。歯噛みする日色。
(まだ時間はあると思っていたが、もしかしたら《合醒》をしてからの『天下無双』は消耗が激しいってことか?)
初めて試してみたわけではない。テンとの修業中に試してみたことはあったが、まだ当分は時間ももつはずだった。
(まあ、あの時とは状況が違うし、魔法もかなり使ってる。くそ……そういうことも考慮に入れるべきだったか)
戦場の緊張感、魔法の連発、体力の消耗などが重なり、思っていた以上に《天下無双モード》の制限時間が縮まったようだ。
(あと数分……その間に決めなければマズイ)
モード終了時はHPMPともに、全体の10%まで落ち、一時間は一文字しか使えない。その上、モード中に無茶な動きをし過ぎてしまうと、元に戻った時に激しい筋肉痛や関節痛に悩まされることがある。しかも魔法では治らないときたものだ。自然治癒するのを待つしかない。
そうなってしまえば戦力が大幅に削られてしまい、恐らくアヴォロスに勝てない。
「その前にお前を潰せばいいだけだ!」
「やれるものならやってみろ、《文字使い》」
日色は追い詰められた表情のままアヴォロスへと突っ込んでいった。
※
その頃、戦場から一人離れてどこかへ行ったペビンを追っていたヴァルキリアシリーズの02号。彼女は優花の命を受けてペビンの動向を探るために、一定の距離を保ちながら大地に近い場所を飛行しながら移動していた。
(確かに陛下は彼を利用していますが、彼もまた陛下を利用しているはず。そしてこの状況でどこへ向かうというのか……)
ペビンの行動に訝しみを覚えつつ、上空で優雅に飛行しているペビンを見つめる。02号にはあまりペビンについての情報はない。
ただアヴォロスに世界の真実とやらを教えた存在だということは分かっている。その内容についても。ただ彼が何のためにアヴォロスにそのようなことを教えたのかは定かではない。アヴォロスもまた知らないだろう。
ただアヴォロスは彼を信用はできなくとも利用はできると考え、その力を配下に収めている。そして彼もまた今までは黙って傍にいた。
しばらく追っていると、彼の速度が弱まりピタリと止まった。02号も息を潜めるようにして大地に身を隠す。
ペビンは月の代わりに黄金の輝きを放っている【ヤレアッハの塔】を一瞥したのち、大地へと降りていく。
(どこへ……?)
見たところこの場には岩の密林が広がっているだけ。
(ここに何かがあるというのですか?)
岩の隙間へと入ったペビン。しばらく様子を見ることにして待機しているが、それから音沙汰がない。仕方なく彼の後を追って気配を殺しつつ岩の隙間へと侵入する。
その先にあったのは一つの魔法陣。
「これは……転移魔法陣ですね。しかもかなり精度の高いもの」
多くの《転移石》を砕いて作られた魔法陣。その効果は指定されてある場所へと転移できるというもの。
一回使えば使用不可になる《転移石》と違って、これは魔法陣が顕在であれば何度も使用することができる優れもの。ただ構築するのは難しく《転移石》も相当数使用するので、なかなか実用化されてはいない。
また一人ずつしか転移することができないために効率もそれほど良くはない。02号は魔法陣に触れながら分析をして考え込む。
「これを使用してどこかへと彼は向かったと推定されます……が、一体どこへ……?」
考えても答えは出てこない。02号の使命は彼の尾行をして情報を入手すること。
「……仕方ありませんね。……04号?」
後ろを振り向かずに声を発する。すると闇の中からスッと02号と同じ顔を持つ04号が姿を現す。
「二重尾行はこのまま続行しますよ?」
「はい、了解致しました」
04号が了承する。
「ですが二人ともが中に入って彼を追うのは危険と判断します。ですのでここから先は私一人が潜入します。あなたはここへ残り、しばらく様子を見るように」
「了解致しました」
「そうですね……もし三十分経っても私が戻らない。あるいは彼が先に姿を見せた時は、私はすでに彼の手によって滅ぼされてしまったと仮定して動いて下さい」
「それでよろしいのですか?」
「構いません。我々の任務は彼という存在を見極めることですから」
「了解致しました」
04号が再び返事を返すと、02号が魔法陣の上に立ちそのまま光に包まれて消失した。
「お気を付けを、02号」
――――――――――――それはあなたに言えることですね。
ズブッと背後から胸へと突き出る細い腕。ギギギギギと04号が後ろを振り向くと、そこには魔法陣によってどこかへ転移したと思われるペビンが立っていた。
「どう……して……っ!?」
「あなたがたが追ってきている気配などすぐに感知していましたよ」
「で、では……?」
「ええ、ここでお二人は分かれるだろうと推測し、魔法陣で転移したように見せかけて身を隠していたのです」
「くっ……!」
腕を引き抜くペビン。ガクッと膝を折る04号。
「う……動けない……!?」
「当然です。あなたの《核》はこうして僕の手の中にあるのですから」
ペビンの手の中には赤いクリスタルのような石が握られてあった。それを力任せに握り潰すとパリィィンッと音を立てて砕けた。
04号はそのまま地面へと倒れると、徐々に灰化していく。ペビンは怜悧な瞳で灰化していく彼女を見下ろしながらゆっくりと魔法陣の上に立つ。
「さて、ネズミはあと一匹」
ペビンもまた02号と同じように光に包まれるとそこから瞬時にして消えた。
転移魔法陣によって辿り着いた場所は02号が予想だにしない場所だった。
「こ、ここは―――っ!?」
「そう、ここは【ヤレアッハの塔】の玄関とも呼ぶべき場所」
突如背後から聞こえた声にバッと振り向く02号。
「……ペビン」
「ようこそヴァルキリアシリーズ。まさかあなたの主より先にご招待するとは思いませんでしたが」
02号はジリジリと後ろ足でペビンとの距離を開けていく。明らかに警戒している。
「あれ? もう少し喜んではいかがですか? せっかく天上人の住む地へ降り立ったというのに」
02号は彼が立っている場所を見る。それは魔法陣の上。それはある一つの仮定を想像させる。
「……もしかして気づかれていたのですか?」
「おや? 何のことです?」
大げさに肩を竦めて惚けるペビン。
「04号はどうしたのですか?」
「04号さんですか? ん~あっ! そういえばいましたね。でもすぐに大地へとお還りになられましたよ?」
その言葉で04号がどうなったのかは理解できた02号。二重尾行すら気づかれていて、04号はあの岩場で殺されたということ。
「そして、ここで私を殺すということですね?」
「野蛮な言い方ですねぇ。こう見えても結構慈悲深いところもあるんですよ僕」
「では見逃して頂けると?」
「あ、それはあれですよ。よく魔王からは逃げられないと言うではないですか」
直後、ペビンの背後に広がる大きな六枚羽。その羽からはオーロラに近い光が怪しく光り輝いている。ペビンはうっすらと笑みを浮かべると糸目を少し開かせる。
「神からも逃げられないということで」
「くっ!?」
ペビンから発せられる常識では考えられない魔力。02号は直感していた。自分はここで破壊されるのだと。悔やむはペビンの情報、そしてこの場所のことを直接アヴォロスに告げることができないということ。
「直接お伝えできないのは残念ですが……」
「……?」
「ただで壊されるわけにもいかないので」
02号は周囲に広がる光景を目に焼き付ける。【イデア】から見た巨大な塔が大地の先に悠然と建っている。巨大という表現が稚拙に思えるほどの大きさ。月を削り造りあげたとされる【ヤレアッハの塔】。
また広大に広がる何もない死んだような大地。ここがアヴォロスの目指している場所だと記憶に植えつける。
(あとは少しでもいいからペビンの情報を)
02号は真っ直ぐペビンへと突っ込み拳を突き出すが、ペビンがその場からまるで転移したようなスピードで移動し回避する。
「くっ! 速いっ!」
「その程度では、まだあのアダムスの劣化版さんの方が鋭かったですよ?」
劣化版とは恐らくリリィンのことだろう。
「あまり舐めないでもらいたいですね! こう見えても陛下に傑作と称されていますので!」
02号が翼を広げて空を飛ぼうとしたが、何故か飛べない。どうしたことかと背中を確認してみると、翼が根元から失われていた。
「お探し物はこれですか?」
空を飛ぶペビンの手には、黒い翼が掴まれていた。
「なっ!? くっ……ならばっ!?」
大地を蹴り上げ跳び上がろうとした時、フワリと一瞬の浮遊感を覚える。そしてそのまま大地へと倒れてしまう。恐ろしいことに、何故か両足が膝から下の部分が見当たらない。
「綺麗な足をしていますね」
ペビンを見上げると、またも02号の足らしきものをその手に持っていた。
「もう十分楽しめましたか? ではここらで終末にしましょう」
一体彼が何をしたのか02号には分からない。だがそれでもこの情報をアヴォロスへと伝えることを優先しなければならない。自らが死ぬ前に。
02号はペビンを見つめて笑みを浮かべる。
「おや? まさか故障しちゃいましたか?」
「フフフ、いえいえ、私も陛下のために任務を全うすることができて嬉しいのです」
「はい?」
02号は自分の両手を両目に向かって突き入れる。02号の奇行とも思える行為に、さすがのペビンも眉間にしわを寄せてしまっている。
両目から鮮血を流し、その両手の中には二つの眼球が握られている。
「あなた……一体何を?」
「フフフ、あなたは知らなくて良いことです」
そのまま02号は両目を握り潰すように力を入れると、パァッと粒子状に霧散して消える。それを見たペビンの糸目が開かれる。
「まさか今のは……!?」
「吠え面をかくことですね。陛下はいつまでも神の言いなりにはならない」
ペビンの表情が険しくなっていく。
「……少し遊び過ぎてしまったようですね」
ペビンが全身が硬直するような悍ましい殺意を向けてくる。
(……陛下、どうか神にはお気を付けを)
02号の意識はそこで途絶えた。
※
突如アヴォロスが動きを止めた。何かを察知したように上空を見上げる。そこには月のような輝きを放つ塔が存在している。
何故急に彼がとうに注目したのか理解できなかった。すると塔のある方角から、キラキラと光る粒子がアヴォロスの頭上へと降り注ぐ。
(何だ……?)
小さな宝石の欠片が散りばめられたかのような無数の輝きがアヴォロスに吸い込まれていく。全てを吸収したあと、彼が一瞬目を見開き、鋭い眼差しを見せる。
「……そうか、やはり奴は……。よくやった、シリーズたち」
少し驚きがあった。彼の呟き。まるで旅立っていく仲間に賛辞を贈るような声音。表情もどことなく柔らかい雰囲気を感じる。
そのような表情を浮かべる理由が分からないが、考えている暇などなさそうに、アヴォロスが一呼吸のうちに懐へと迫ってきた。彼の右手には魔力で作り出したであろう剣が携えられている。
確実に頭を狙ってきているその剣を紙一重でかわすが、ピッと頬に赤い筋が走る。かわしたと思ったが、どうやら掠ってしまっていたようだ。同時に髪の毛も数本ハラリと落ちる。
「ちょうどいいっ!」
その髪の毛をバッと右手でキャッチして魔力を込め投げつける。するとボンボンボンボンッと分身体が出現。分身体がそれぞれアヴォロスに向かって《金剛如意》を上方から振り下ろそうとする。
しかし次の瞬間、アヴォロスの身体からサボテンのように無数の針が突き出てきて、分身体を串刺しにした結果、分身体は全員消失。
(あれは魔神の技かっ!)
魔神と一体化したアヴォロスは、魔神の性質だけでなく技まで使える。その長い三本の尻尾を器用に動かして日色を捉えようとしてくる。
日色は《金剛如意》を振り回し尻尾を断ち切る。だがすぐに切断した部位から新たな尻尾が生えて襲い掛かってくる。
「面倒だっ!」
魔神に効果的な『削減』の文字を複数作り上げてアヴォロスへと放射。アヴォロスも、その文字効果には黙っていられずに、尻尾をヒュンヒュンヒュンと動かして文字が自身の身体に直接当たらないようにしている。文字に当たった尻尾は即座に切り捨て、トカゲの尻尾切りと同等の行為を行っている。
日色はその隙に距離を取るが、どうにも決め手に欠ける。何とか彼の身体に文字を当てなければ、一向に手詰まり状態である。
「ククク、どうしたヒイロ? ずいぶん焦っておるではないか?」
「さあな、気のせいだろ」
「ほう、まだそのような強がりを申せるとはな。つくづく貴様は諦めを知らぬ男よ」
「そんなもんガキの頃に捨ててきてる」
「だが、いくら貴様でも現実を知った時、そしてどうにもならない壁にぶつかった時、そこで知ることになる。諦めというものをな」
「だからオレにそんなものはない」
「ククク、今はな。だが時間もそう残されてはいないのではないか?」
挑発するように口角を上げて、日色の苛立ちを加速させる。
「あと『天』の一文字だけ……。それが消えれば《天下無双モード》終了、同時に《文字魔法》の真骨頂もしばらく使用不可能に陥る。一時間は……戦力に大幅な制限を受けるはず」
内心で舌打ちをする。彼がその《反動》を知っているのは、過去の勇者である灰倉真紅からの情報でまず間違いはない。
(ちっ、いくら仲が良かったとはいえ、自分の欠点をペラペラと喋るなよな。どうかしてるぞ先代め)
日色は自分の仲間たちに《文字魔法》についてはある程度教えてある。しかしそのリスクや制限、《反動》などは細かく教えてはいない。相手に欠点を知られて良いことなどないと判断したからだ。たとえ仲間でも同じこと。
秘密主義者でもある日色にとっては、真紅の楽観的態度に怒りを通り越して呆れてしまう。
(だが奴の言う通り、このままじゃマズイ。どうにかして奴の隙をつく必要がある)
日色は『削減』の文字と『必中』の文字を頭上で浮き上がらせる。
「フッ、そろそろ使ってくるとは思ったぞ。しかし『必中』の文字効果は、相手に当たればそこで終わる。先程のように余には便利な尻尾があるぞ?」
それが問題だ。この文字を使えば確実にアヴォロスには当たってくれるだろう。しかし尻尾で防御されてまた切断されてしまう。それでは意味がない。
しかもアヴォロスが文字を読めて効果を知ることができることがすでに痛い。
(ホントに碌なことをしないな先代は)
漢字を教えるなよなと面と向かって言ってやりたかった。だがふとそこで気になったことがある。
(漢字……漢字……か。奴が先代か、過去勇者に漢字を教わっているのは間違いない)
過去勇者というのは優花のことだ。
(だから奴はオレの使う文字を見て事前に効果を知って対応策を立てられる。……なら)
日色の瞳がスッと細められる。そして浮き上がらせていた文字を一旦消す。
「む? 諦めたか?」
「だから何度も言っているだろうが、オレは絶対諦めんっ!」
日色は再び髪の毛を使用して分身体を増やす。
「またそれか」
興味を失ったかのような冷たい目が日色に向けられる。尻尾をウネウネと動かしながら、分身体に鋭く迫ってくる。
(それでいい、あとは時間を稼ぐ!)
日色はとりあえず『超加速』を使いアヴォロスを中心にして四方八方に動き回る。
「そのような動きなど、余の瞳は完全に捉えておるわ」
その言葉通り、日色の動きを真っ直ぐ彼に射抜かれている。
「さあ、どのような文字でも対処してやろうぞ。撃ってこい……ヒイロ」
自信満々に笑みを浮かべるアヴォロス。日色はキッと覚悟を決めた表情を作りアヴォロスへと突っ込んでいく。《赤気》が形成する文字は『爆発』。
「クク、爆風によって余の動きを制限でもするつもりか?」
アヴォロスは文字を視認した後、その場から高速で移動してしまう。日色が文字を消したことで、諦めたと確信を得る。
「ククク、図星だったか。さあ、次はどうする?」
次に日色が作った文字は『大削減』。
「ほう、三文字の削減能力か。範囲を拡大化させて尻尾に触れても瞬時に余の身体も幾分と削るつもりか? だが無駄なことよ」
文字を放つと、彼は尻尾で防御し、削減が広がっている間に根元から尻尾を切断する。今までは当たった瞬間に、その部分を切り離していたが、今度は当たった瞬間に根元から切り、広がるスピードを考慮に入れた対応策をしてきた。
「ククク、もう諦めろヒイロ」
「…………ならこれはどうだ?」
「む?」
日色が放った文字。しかしその文字を見た瞬間にアヴォロスが明らかに戸惑いを見せる。
『ボム』
放たれた文字が、突如形を変えてダイナマイトを幾つも繋げたものへと変化、アヴォロスは驚いて咄嗟に尻尾でガードするが、突然大爆発を起こしてアヴォロスは吹き飛ぶ。ダメージはほぼないが、確実に意表をつく攻撃。
(カタカナを知ってても、この文字に込められた意味まで把握できまい!)
案の定、アヴォロスは混乱している様子を見せている。
「くっ!? な、何……っ!?」
「次はこれだ!」
日色がすぐさま放つは――――――『LIE』。
アヴォロスの顔を見て、明らかに彼は英語を知らないと理解できた。
文字の意味を知らずに、迂闊にもアヴォロスは尻尾で文字に触れてしまった。その刹那、空を飛んでいた彼は大地へと突き刺さり、横に倒れたまま動かなくなる。
「ぐぅっ……動けぬ……っ!? 一体これはっ!?」
「覚えておけ、最初のは『ボム』。爆弾を意味する文字。そして今の『LIE』は――――――横たわるって意味だ」
すでに日色の準備は整っていた。
「そしてこれが次にお前に与える文字――――――『CUT』だ」
日色はいまだに地面に釘づけになっているアヴォロスに向かって文字を放った。見事彼の身体に当たった瞬間、『CUT』の意味に込められた削減するという効果を最大限に発揮し、アヴォロスの身体が大幅に削り取られた。
英語によってアヴォロスの意表をつくことで彼の動揺を誘い文字を当てることができた日色。そして彼に有効な魔力を削減できる文字である『CUT』をぶつけることができた。
英語でも文字は文字。ひらがなでも漢字でも効果があるのは把握している。ただ漢字の方がイメージがし易いので使っていただけ。
しかし英語でも意味さえ把握していれば使えることも分かっていた。さすがに英語までは、真紅たちはアヴォロスに教えていなかったようだ。
文字効果によってアヴォロスの身体が半壊している。かなりの魔力を削減することができたということだ。しかし三文字の威力でもやはり全てを削ることができないということは、それだけ魔神の魔力が膨大だという証明でもある。
日色はこのままアヴォロスに向けて再度『CUT』の文字を放とうとするが、そこで最悪の事態が――今度は日色の番だと神が言っているかのように起きる。
フッと身体を包んでいた《赤気》が消失した。見れば頭上に浮かんでいた残りの『天』の文字が消えてしまっていたのだ。
あともう少しでアヴォロスにトドメをさせたのに、この展開は日色に多大な衝撃を与える。同時にアヴォロスの動きを拘束している『LIE』の文字効果も失われる。
すると徐々にだが、削減された身体の修復が始まる。残りの魔力を身体の復元に使用しているのだ。このままでは復活してしまう。
日色は仕方なく《金剛如意》に光属性の力を宿してこのままアヴォロスを消滅させようとするが、上空から何かが真っ直ぐ降りてくる。殺気を感じた日色は反射的に身を一歩後ろに逸らす。
降り立ったのは残りのヴァルキリアシリーズたちだ。今まで座して観戦していた彼女たちが、アヴォロスの危機に加勢してきた。
「ちっ!」
相手は三人。01号、03号、05号である。
だが確かに厄介な相手だと思うが、今の日色なら何とか倒せる相手でもある。《太赤纏》を使おうとした時、ズンッと甚大な脱力感が身体を襲った。
そしてパッと一瞬にしてテンとの《合醒》が解除されてしまった。
「「なっ!?」」
テンと同時に声を上げる日色。
「どういうことだ、黄ザル!」
「わ、分かんねえさ! あ、もしかしたらおめえの体力と魔力が極端に落ちたからじゃねえか?」
《天下無双モード》終了時には、体力魔力ともに10パーセントまで減少する。しかも薬などで回復しないときたもんだ。普通の状態に戻る制限時間の一時間が過ぎるまでは、自然回復のみに頼るしかない。
《太赤纏》も《合醒》も体力魔力ともに大きく消耗する。つまりここまでエネルギーが落ちた身体が、無意識にリミッターをかけてしまい解除されたのかもしれない。
しかしこれは本当に危機的状況に陥ってしまった。まさか《太赤纏》も使えないようでは、ヴァルキリアシリーズ相手でも難しくなる。
戸惑う隙をついて03号が懐へ入ってくる。貫手で身体を貫こうと突いてきた。日色は舌打ちをしながらも身体を捻って身をかわす。だが完全に躱せなくて左脇腹から出血した。
「痛っ!?」
「ヒイロ、マズイさ! おめえの身体は回復魔法も受け付けねえ! それ以上ダメージくらうと本気でヤバイッ!」
「そんなこと分かってるっ!」
テンの言う通り、回復できない今の身体では、体力は減るだけ。つまり攻撃を受ければ、たとえ掠り傷でも積み重なれば致命傷になる。
好機と捉えたのか、03号は追い打ちをかけるように畳み掛けてくる。日色は目一杯その場から逃げるために後方へと飛び退くが、背後にはいつの間にか01号が、腕から剣を生やした状態で待っていた。
「陛下の痛み、あなたにも味わわって頂きましょう」
「くっ!?」
勢いがついていて避け切れない。01号の腕が真っ直ぐ日色の胸へと迫ってくる。まともに受ければ大ダメージどころではない。恐らくは――死。
日色が痛みを覚悟して歯を食い縛ったその時、01号の腕がパキンッと叩き折れた。折ったのは蒼い斬撃だった。
また03号に対しても同じような斬撃が放たれる。彼女たちはその斬撃によって、その場から退避をすることになった。
日色は全身を汗塗れにしながらも、自分を助けてくれた者に視線を送る。
「いやはや、危機一髪でござったな、英雄殿?」
そこにはウィンカァ・ジオの師匠であるタチバナ・マースティルが刀を振った姿で立っていた。そして今度は上空から01号たちに向けて同じような斬撃が繰り出される。彼女たちは、その素早い動きをもって回避する。
上空からスタッと日色の傍に降り立つのはウィンカァだった。
「ヒイロはウイの王。誰にも殺させない」
「アンテナ女……!? お前避難したんじゃ……」
するとウィンカァはある場所を指差して、
「ん……みんな、ヒイロが心配」
そこには避難したはずのミュア、リリィン、イヴェアム、その他日色を慕う者たちが帰ってきていた。
「アイツら……!?」
「ヒイロ、《反動》のこと、魔王から聞いた。回復するまで、ウイたちがヒイロを守る!」
「そうだぜヒイロッ! お前に治してもらったこの身体! お前のために使ってやるぜっ!」
ウィンカァの言葉に継いだのは、日色の魔法によって回復したアノールドだった。アヴォロスに開けられた風穴も今ではすっかり塞がっている。
「貴様はさっさとここから去って回復に努めろ! 馬鹿者!」
「ノフォフォフォフォ! これはこれは、お嬢様が一番心配しておったのですぞヒイロ様!」
「ば、馬鹿なことを言うなっ! ワタシは自分のしもべが消えるのを良しとしないだけだ!」
リリィンとシウバも駆けつけてくれた。
「師匠っ! ボクだって支えられるのですぞっ!」
「そうよ、ニッキを、仲間をもっと信じなさい!」
「うん、俺はヒイロの部下。だから守るよ!」
ニッキ、ヒメ、カミュもまた。
他にも空からマリオネとアクウィナス、少し遠い場所からレオウードと《三獣士》たち。ジュドムの姿も見える。
イオニス、シュブラーズ、ラッシュバルも近づいてきている。
「せやで丘村っち。ウチらだって、この世界を壊させたくないんや」
「その通りです。間違いばかりだった私たちも、まだできることはあります」
「一応アンタのお蔭でここに戻れたって思ってるわ。アタシだってやるべきことはやるわ」
「……俺も……やらなきゃいけないから……」
しのぶ、朱里、千佳、大志の勇者四人組がそれぞれ決意を述べる。
「ヒイロさん! 一緒に戦わせて下さいっ!」
ミュアが日色に向けって想いをぶつけてくる。
この戦いでは正直足手纏いだと思っていた。アヴォロスと戦う上で、守りながら戦うのは正直無理だ。だからこそ、日色は彼らを遠ざけたつもりだった。
しかしミュアたちは頼みもしていないのに集まり、こうして自分の命を救ってくれた。そのことが日色の胸の中で確かな灯となって熱を帯びた。
「…………バカばっかりだな……」
だが不思議と心地好さも感じる。自分のために必死になってくれる者たちがいる。今まではそれが重荷にしか思えなかったが、今、心に浮き上がってくる想いは強い絆だった。
だからこそ、ミュアたちを信じてみようと思ったのだ。
「一時間、何とかもたせるのだっ! 必ずヒイロを守り通せっ!」
イヴェアムの声に、その場に集まった者たちが賛同の声を上げる。だが気づかなかった。その選択が、また新たな悲劇を生む結果になることを
「ククク、それが貴様の選択で良いのだな……ヒイロ……」
アヴォロスの闇よりも暗い呟きに誰も気づくことができなかった。




