197:再戦 VSヒヨミ
「ぐっ! 周りを囲んで始末をするっ!」
ヴァルキリアシリーズの一人、06号が他の三体に指示を出す。08号が一瞬で殺されたことで、相手であるウィンカァ・ジオが只者ではないことを悟ったのだろう。
指示通り、四体のヴァルキリアは、ウィンカァの周囲を取り囲むと、各々の両手が次第に形を変えて刃物状になっていく。
ウィンカァの背後にいる09号が即座に距離を詰めてウィンカァを串刺しにしようと腕を突き出してくる。だがウィンカァはサッと左側に身を翻して回避。
「……見えてるよ?」
そしてキラリとウィンカァの翡翠色の瞳が光ると、ズバッと突き出していた右手を切断した。09号は戸惑いながらもその場から離れる。
「そんなバカな!? 私たちの身体は《オリファス鉱石》を含んでいるというのに、これほどいとも簡単に斬るなんて!?」
彼女の言う《オリファス鉱石》とは、この【イデア】で最硬ランクでトップクラスに位置する鉱石の一つであり、これで造られた刃物は、そう簡単には刃毀れ一つしないと言われている。
「……無理……だよ? この《万勝骨姫》で斬れないものは……ないから」
瞬間、ウィンカァは大地を蹴り距離を取ったはずの09号の懐へと入る。しかし今度は09号もしっかり反応してさらに大きく後ろへ下がる。
「逃がさない……よっ!」
ウィンカァがキッと視線を鋭くさせると、突如その身体から赤いオーラが迸る。そして爆発的に向上した速度で再び09号の懐へ侵入し、そのまま胸を突き刺した。
「なっ!? アレは……!?」
06号が信じられないという面持ちで目を見開いていた。そしてウィンカァの身体から滲み出ている赤いオーラを凝視しながら呟くように言う。
「……た……《太赤纏》を使えるのか……?」
ウィンカァが使用したのは間違いなく《太赤纏》である。人間と獣人のハーフであるウィンカァは、二つの力をコントロールして合成させて生み出す《赤気》を使えるのだ。
「ヒイロの役に立つために……たくさん訓練した。これがその――――――成果っ!」
ウィンカァがその場から風のように動き、10号に詰め寄ると、
「……《四ノ段・一閃》っ!」
そのまま光の如く10号を擦り抜けるようにして背後へと立つ。
「が……っ!?」
10号は何をされたのか分からないまま動かない身体を見る。すると胸にポッカリと大きな穴が開いていた。
「くっ! ならばっ!」
07号が両手をウィンカァに向けると、刃物状だった両手が、今度は筒状のような形に変化して、そこから紫色の煙が噴出された。
「いくらお前でも毒ならばどうすることもできないはずだっ!」
07号は勝利を確信したかのように笑みを浮かべているが、ウィンカァは少しも慌てる素振りを見せずに今度はそのまま身体を回転しだした。
回る力はドンドンと加速していき、凄まじい風の暴風を生んでいく。
「《二ノ段・渦巻き》っ!」
渦巻く風が紫の煙を巻き込み、そしてボフゥゥゥッと破裂したように一気に竜巻ごと煙は弾かれた。竜巻の中心に立っていたウィンカァは、《万勝骨姫》を構えて07号を真っ直ぐ見据えていた。
「な……何という……!?」
「《一ノ段・疾風》っ!」
そのままウィンカァは槍を振るうと、そこから赤い斬撃が飛ばされた。それは日色の《熱波斬》によく似ている技だ。
そしてウィンカァの攻撃により身体を真っ二つにされた07号はそのまま地面に倒れた。
「そんな……!? 確かに我々は先代と比べて劣るタイプだとしても、こうもあっさりと…………一体お前は何者だっ!」
彼女のとって驚愕すべき事実だろう。たとえ03号に見劣りしてはいても、レベルも身体能力も《三獣士》に匹敵するほどのものだ。それなのにここまで一方的にやられることが信じられないはずだ。
「ウイはヒイロの下僕だよ。ヒイロを守るために……ウイは強くなった……それだけ」
「くっ……」
ただ一人残された06号は助けを求めるようにアヴォロスへと視線を向ける。だが彼は椅子に座り冷ややかに見ているだけだった。まるでくだらないゴミでも見るような目つきだ。
「へ、陛下の期待に応えなければ……!」
06号は完全に焦りを見せていた。冷たい目でアヴォロスに見られていたという事実もあり、このままでは処分されるとでも思ったのかもしれない。
「ならば……必ずここでお前を殺すっ!」
すると何を思ったのか、ウィンカァを警戒しながら倒されたはずの他のヴァルキリアたちのもとへと向かっていく。そして彼女たちの身体に触れると、触れられたヴァルキリアが黄色い粒子状に変化して、それが06号の身体の中に吸い込まれていった。
全てのヴァルキリアたちに同じ行為を施した後、06号が激しく息を乱しながら地面にのた打ち回り始めた。
「……?」
ウィンカァは、彼女の奇行にしか見えない行動に眉をひそめ首を傾げてしまっていた。一体何がしたいのか分からないのだ。
しかし数十秒ほどの後、ピタリと動きを止めた06号。死んだのかとウィンカァは思ったが、ドクンッと彼女の全身が大きく脈打った。するとゆっくりと彼女が立ち上がる。
立ち上がる最中に、ボロボロと彼女の皮膚が剥がれ落ちていく。中からは青黒い部分が見えた。全ての皮膚が剥がれたわけではなく、表面にヒビが入ったままの部分も多くある。まるで内側から膨れ上がる力に負荷がかかり過ぎて器が破壊されそうになっているようだ。
「《合醒》はした……くはなかったが……陛下の期待を裏切る……わげにがが……い……いかかか……ない………」
明らかに様子がおかしい06号。言葉もハッキリとしないし、瞳も虚ろである。恐らく他のヴァルキリアたちを取り込んだことで、その力の大きさに無理がかかっているのだと判断できた。
「……強い」
だがウィンカァは、確かに彼女の実力が跳ね上がっているのを感じた。あまりにも強いその存在感に、少しでも目を逸らすと危険だと本能が告げていた。先程よりもウィンカァの《赤気》が強さを増す。
「負けない……ウイはお前を倒す」
「……必ず殺じ……てやる……」
空気が張りつめ、互いに睨み合って動かない。するとその覇気のぶつかり合いで生じた衝撃波がパキンと小石を割る。その音をきっかけにしてほぼ同時に両者が動く。そして互いに距離を潰してぶつかる。
ウィンカァは槍を突き出し頭を狙うが、06号は首を捻り紙一重にかわす。パキキと頬の皮膚が動いた反動か、ウィンカァの攻撃の風圧によってかは分からないが剥がれ落ちた。
そして06号は槍を掴みそのままジャイアントスイングのようにぶん回してウィンカァごと吹き飛ばした。その先には大岩が存在する。このままでは激突してしまう。
ウィンカァは身体を回転させて、地面に槍の持ち手の部分を突き刺してブレーキをかけて激突する前に速度を緩めた。だがウィンカァの視界には06号の存在がすでになかった。
06号はいつの間にか跳び上がっていたようで、上空からその両手を刃物状に変化させて落下してきていた。
「アオッ!」
その彼女の横っ腹にスカイウルフのハネマルが体当たりして吹き飛ばした。
「ハネマル!」
ハネマルはクルクルと身体を回転させてウィンカァの傍に降り立った。ウィンカァはハネマルの頭を撫でる。
「ありがとハネマル。でもアイツ危険。ここはウイに任せて?」
「……クゥン」
少し残念そうな表情をしているが、今の06号とまともにやりあえる実力はハネマルにはないとウィンカァは理解しているので、戦いに巻き込まれないように優しく諭した。
ハネマルも渋々といった感じでそこから離れていった。そしてハネマルに吹き飛ばされたが、少しもダメージを受けていない様子の06号をウィンカァは見つめる。
「……行くよ」
ウィンカァはブンブンと槍を回し始めた。
キィンキィンキィンッと刃物を打ち合う音が、ウィンカァと06号が交差する度に響く。《赤気》を待っているウィンカァは動く度に紅い軌跡を残していき、凄まじい速さで攻撃を繰り出す。
しかしその攻撃にも確実に対処して、刃物化した両腕で06号は応戦していく。すれ違うごとに、互いの身体のどこかに細かな傷を作っていく。
そしてウィンカァが《万勝骨姫》を振り下ろし、それを06号が腕を交差して受け止めた。
「ウイは……勝つ」
「わだじは……負けるわ……けけけけには……いがないィ!」
かなり06号の皮膚は崩れ落ちており、所々から黄色い湯気のようなものが流れ出ている。恐らくそれは吸収した力が漏れ出しているのだろう。
06号が力一杯腕を振りウィンカァを後ずらせる。そしてそのまま目を剥くような連撃が放たれる。
「くっ……!?」
ウィンカァはその苛烈な攻撃を受けるが、次第にブシュブシュッと傷が増えていく。
「アオアオォォォンッ!」
心配そうに近くで見守っているハネマルがウィンカァに向かって吠えている。その声を聞き、ウィンカァの瞳にさらなる力強さが宿り、《赤気》が膨れ上がる。
ウィンカァは咄嗟にしゃがみこみ、そのまま彼女の両足目掛けて槍を横薙ぎに一閃する。
「――――っ!?」
ダメージを受けたようで、膝をついてしまう06号。そしてその隙にウィンカァは高く跳び上がる。
「これで……トドメ」
ウィンカァは槍を高速回転しだした。風を斬る音が徐々に大きくなり、驚くことに槍から発火した。そのまま槍を回転させながら、今度はウィンカァ自身の身体も回転し始める。
そうすることで、見た目に大きな火の玉を形成していく。乱回転するウィンカァは槍から発している炎に包まれてその熱量をさらに上昇させていく。
地上から06号はその光景を眺めるとギリッと歯を食い縛りながら、両手を組み火の玉に向ける。すると両手が変形していき大砲のような筒を形成した。
キィィィィィンと大砲の奥から力が集束されていく。
「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」
06号の叫びとともに、その筒から巨大なレーザーが放たれる。しかしウィンカァも黙ってはいない。
「……《五ノ段・火群》っ!」
そのまま火球になったウィンカァは06号に向かって落下した。06号の放ったレーザーと衝突して、バチィィィィッと音を鳴らして両者の動きが止まる。
そして少しレーザーが押し返した時、06号から勝利の笑みが零れ出る。
「……ウイは負けない!」
押し戻された瞬間、さらなる大きな火球となって今度はレーザーを押し返していく。
「なっ!?」
06号は全力をもって力を放出するが、次の瞬間、左肩が破裂してそこから黄色い湯気が大量に噴出。それを皮切りにピキピキピキと全身に激しいヒビが走っていき、今度は両腕が破損してしまう。
そうなればもうレーザーを放つことができなくなる。故に結果は見えてしまった。そのままレーザーはウィンカァに弾かれてしまい、地上に立ち尽くしている06号は大火球に直撃する。
「へ……いか……っ!」
火球に呑み込まれた瞬間、その身体を燃え上がらせ塵と化していく06号。そして周囲に熱風を吹かせて、大地に巨大なクレーターを作ったウィンカァは、そのクレーターの中心で小さくガッツポーズをする。
「ん……勝った」
その彼女に向かってハネマルが吠えながら飛びついてくる。彼女はハネマルに押し倒されながら頬を舐められていた。
「ん……くすぐったいよハネマル」
「アオアオッ!」
ハネマルが満足するまで好きにさせておき、そして舐め終わった後、ウィンカァはクレーターから出てキョロキョロと顔を動かした。そして遠目に二人の人物が戦っているのを発見する。
「……ヒイロ」
ウィンカァは彼の姿を見とめるとハネマルを伴って近づいていった。
※
日色がアクウィナスと戦い始めた頃、彼の弟子であるニッキと、部下であるカミュ、そしてパートナーであるテンは、目の前にいるヒヨミの作り出す木のモンスターを倒し続けていた。
「う~早く師匠のところへ行きたいですぞ!」
「うん、けどアイツを倒さなきゃ」
日色のことが大好きなニッキは、一刻も早く日色の手助けに向かいたいと思っているのだ。ただ、目の前にいるヒヨミは、ニッキを育ててくれた家族の仇でもある。そしてそれはカミュにとっても同様。
ここできっちり決着をつけたいという思いもまたあるのだ。
「ウキキ、二人とも、アイツなら大丈夫だってさ。もし危なきゃ、俺が向かうしよ」
カミュの肩に乗っている見た目が小動物の猿である『精霊』のテンが、二人の不安を取り除くように言葉をかける。
「でも、何で最初からヒイロのとこ、行かなかったの?」
「相手が奴だからさ」
「……?」
「二人を信じてはいるけどさ、やっぱちょっと荷が重そうな感じだしな」
テンは二人ではヒヨミに勝てないと判断して、わざとこの場に残っているということだ。しかしカミュやニッキにしてはありがたいかもしれないが、面白くないことでもある。
自分たちでは勝てないと思われていることが、やはり悔しいに違いないからだ。眉をひそめているカミュの表情を見てテンは苦笑する。
「そ~んな顔すんなっての。多分アイツはアヴォロスの一番の側近っぽいし、その実力だって相当なもんだ。ヒイロだって奴相手には苦労するだろうしな」
「し、師匠もですかな?」
「おうよ。どうにも奴は普通の人間じゃないような気がするんだよなぁ……なんつうかこう……不気味さが半端ないってな感じ? 前にお前らが吹っ飛ばした腕もいつの間にか復活してるしよ」
テンの言う通り、以前二人が力を合わせて奪ったヒヨミの腕が確かに復活しているのだ。どうやったのかは不明だが、せっかく与えたダメージがなくなったということだ。
「それに奴の魔法、こうも大量に木の化け物を平気な顔で生み出せるってことは、魔力も相当多い。カミュはともかく、ニッキには相性の悪い相手だしな」
カミュは砂を使って全体攻撃や、複数攻撃で攻めることはできるが、ニッキは基本的には各個撃破タイプの人物なので、ヒヨミのもとへ辿り着く前に体力を奪われ敗北する可能性が高い。
「はあっ! てやっ!」
ニッキは迫ってくる木を蹴り飛ばして、カミュは双刀によって寸断していく。しかし奥からさらにわらわらと近づいてくる。
「このままじゃ埒があかないですぞ!」
「……ニッキ、下がってて」
「え? 何をするのですかな?」
問い返しながらも、ニッキは言う通りにカミュの背後へと位置取る。するとカミュは刀を鞘に納めると、両手を地面につけた。すると固い地面だったところが徐々に砂へと変化していく。
「砂漠じゃないから時間かかるけど……」
その変化はカミュの手から波紋のように大きく広がっていき、砂漠を生んでいく。砂になったことで、足を取られたように動きが鈍くなる木のモンスターたち。
「まずこいつらを一気に殲滅するよ」
カミュの目が鋭く細められた。
カミュが地面に魔力を流し始めると、ヒヨミがその行為を見て呟く。
「……何かする気だな」
しかし傍観者といった態度を崩さず、ただ腕を組んで黙って見つめているだけだ。まるでカミュがこれから何をしようとしているか楽しみにしている雰囲気さえ漂わす。
「デザートストームッ!」
カミュが砂漠化した部分の砂がウネウネと動きだし、その上に立っている木のモンスターたちは身動きを拘束される。次第に砂が渦を巻き始め、その回転力が増していく。
そして竜巻を描きながら重いはずの木のモンスターたちは天へと風に運ばれ昇っていく。ただの砂嵐ではなく、その砂が刃物状に鋭くなっているので、巻き込まれたモンスターたちは風に遊ばれながら体中を切り刻まれてしまう。
そして竜巻から弾き飛ばされたモンスターたちは地面に激突し沈黙する。
モンスターたちがいなくなったお蔭で、ハッキリとヒヨミの姿を視界に捉えることができた。
「……いくよニッキ」
「了解ですぞ!」
カミュの声に反応したニッキがまず先に砂を巻き上げながらヒヨミとの距離を詰めていく。その背後にピタリとつき追従するカミュ。
「前回はお前たちの勝ちだが、今回は譲れんぞ?」
ヒヨミが地面に手をかざし膨大な魔力を注ぎ込んでいく。
「来い……《仙樹宝剣》」
地面に亀裂が走り、そこから剣の柄が突き出てくる。ヒヨミはそれを力任せに引っ張り上げる。
全長五メートル。刃の太さ三十センチ。ニスでも塗ったかのように艶光りを放っている黒い樹で創り上げられた大剣。今その剣がヒヨミの右手に装備された。
以前戦った時も、ヒヨミはこの剣を使い二人を圧倒していた。ニッキの《爆拳》でも傷一つつけられないほどの頑丈さを持った武器なのだ。
普通ではその大きさや重さから扱うにも一苦労するが、鋼のような筋肉の塊を全身に纏うヒヨミは、いとも簡単にそれを振り回す。
「ニッキ、合図したら……いい?」
「オッケーですぞ!」
走りながらカミュはニッキに言うと、二人がその場から左右に分かれてヒヨミを挟む形になった。
そしてすかさずカミュが地面に手を触れると、まだ地面のままだった場所が砂漠化していきヒヨミの足元にも広がっていく。
「準備ができたらさっさと来い」
余裕綽々といった感じで発言するヒヨミに対し、カミュは睨みつけながら答える。
「なら思い知らせてあげる。……クローンサンド」
砂からカミュそっくりの物体が出現する。徐々にヒヨミの周囲を囲んでいく。
「なるほど、大した数だ」
ヒヨミはガシッと《仙樹宝剣》を肩に担ぐと視線だけを動かして複数のカミュを確認していく。
それぞれのカミュが双刀を構えてヒヨミへと突っ込んでいく。するとヒヨミの目が鋭く光り、ブオォンッとヒヨミの周囲に風切り音が響く。
考えられない速度で大剣を振り回した。その行動によって生み出された風圧は凄まじいもので、カミュたちを後方へと吹き飛ばしていく。だが中には上空からヒヨミ目掛けて突撃している者もいた。ヒヨミの意識もそちらに向き、同じように大剣を上空に向けて振る。
砂でできているカミュは一瞬で霧散して大地に降り注ぐ。しかしそこでヒヨミは足元の違和感に気づく。
「む?」
見れば足元の砂がヒヨミの身体を上っていく。
「ふむ、上空に意識を向かわせてから、足元の砂を動かして相手を拘束か……理にかなった攻撃だ」
動きを奪われながらもいまだに余裕を見せて分析しているヒヨミ。
「今だよニッキッ!」
カミュが叫ぶと、今まで沈黙を守ってきていたニッキがカッと目を見開き、
「待ってましたぞ! 《爆拳・参式》っ!」
地面にその右拳を突き立てると、その威力が大地を伝ってヒヨミのもとへと向かう。彼の足元が突如として爆発を起こした。
「まずは先制成功ですぞぉっ!」
ニッキは力強く拳を高く突き上げて、カミュも納得気にコクンと頷く。そして爆煙の中から、含み笑いが聞こえてくる。
「ククククク、やはりなかなかのコンビネーションだな」
そこにいるであろうヒヨミが大剣を振り回し、その風圧によって煙を晴らす。
「以前よりも、若干攻撃力も上がっている。まさに発展途上か……面白い」
ニッキの攻撃によって無傷ではないが、それでも大したダメージにはなっていないのが分かる。
「やっぱり《参式》ではその程度ですか……」
ニッキは自身の技があまり効いていないことに悔しくて歯噛みをしている。
「……やはり《四式》をやるしか……」
「けどそれはまだ完璧じゃねえだろ?」
いつのまにかカミュの肩からニッキの背後へと位置取っていたテン。
「で、ですがこのままではダメージを与えられないですぞ」
「……まだカミュだってアレがある。それに《四式》をするにも力を溜める間はお前は無防備になっちまうしな」
そこへカミュがやって来て、テンがニッキが《四式》を使おうとしていることを話す。
「……分かった。それじゃ俺が時間を稼ぐ」
「い、いいのですかな?」
「うん、それに俺もアレを使おうと思ってたから。だからニッキは少し離れたところで準備しといて?」
「……はいですぞ」
ニッキも覚悟を決めたようにしっかりした返事を返した。だが突然ヒヨミが突っ込んできた。ハッとなったカミュは咄嗟に前方に砂壁を作る。
「ニッキ、ここは俺に任せて!」
ニッキは頷くとその場から離れていく。だが次の瞬間、砂壁が力任せに弾かれ、中からヒヨミが飛び出してきて大剣をカミュに向けて振り回した。
カミュは大きくしゃがみ込んで回避し、ヒヨミが振り切った隙をついて刀を鞘から抜いて喉元へと突き刺そうと懐へ入るが、突如下から先端が尖った木が出現する。
「っ!?」
気づいたカミュは何とか身体を捻り避けようとするが、左腕に掠ってしまい血が飛び出る。カミュは一旦攻撃を止め、その場から脱出する。
そしてある一定の距離を保ちヒヨミと相対する。彼の左腕の傷口からはドクドクと血が流れ出ている。
さすがはアヴォロスの直近。いくら懐へ入ろうが、今のような対応をされれば、なかなか攻撃を当てることすら難しい。
「だけど……この血はちょうど良かった」
カミュは左腕を振り、自身の鮮血を砂へと撒いた。
「ここからは第二ラウンド……俺の血は感染する」
次第に砂に染み込んだ赤が広がっていく。その光景を見てヒヨミは眉をひそめて警戒を高めている。
「俺のレッドアイドル……見せてあげる」
それはかつて、日色と戦った時にだけ見せた魔法だった。
真っ赤に染まった砂がカミュを囲うように周囲を漂う。今まで普通の砂を扱っていたカミュの異色の能力にヒヨミは目を細める。
「赤い……砂? ……そうか、先程砂に撒いた血液が染み込んでいるということか。だがだから何だというのだ?」
「……すぐに分かる」
カミュがキリッとした表情を浮かべた瞬間、赤い砂が瞬間的に無数の剣に形を変えてヒヨミに向かって飛んでいく。
だがヒヨミが、自分の前方に木でできた壁を地面から出現させてガードしようとする。だが剣は器用に壁を避けてそれぞれがヒヨミをロックオンしているかのように飛ぶ。
「何っ!?」
さすがのヒヨミも、剣がまるで意志をもっているように機敏な動きを見せたことで驚嘆する。
ドドドドドドドドドドドッとカミュから見て壁の向こう側から剣が突き刺さっていく音が聞こえる。カミュは赤砂で作った足場に乗り、そのままフワフワと浮いていく。
上空からヒヨミがどうなったのかを確認する。そこには半球状に形成された木の物体がヒヨミを覆い、その木にカミュの剣が突き刺さり、まるでサボテン状態になっている。
カミュは剣が刺さっている方向へ右手をかざすと、突き刺さっている剣たちがサラサラと元の砂に変化し、カミュの周囲へと舞い戻ってくる。
そしてヒヨミを覆っていた木も崩れ落ち、中からヒヨミが出現。その手に持った《仙樹宝剣》を力一杯、上空に浮かぶカミュへと向けて振り切る。
またもその大剣から生み出される風圧は、カミュを吹き飛ばさんとするが、その場からカミュは消えたように移動し回避する。
「む? 速い!?」
ヒヨミの予測を上回った動きを見せてカミュはそのまま赤砂を動かして今度は大きな拳状のものを二つ作り上げる。
「いくよ! ボクシングッ!」
二つの巨大な拳は、ファイティングポーズを作ると、まるでボクサーのように左ジャブを繰り出していく。
「むぅっ!」
ヒヨミも大剣を使い応戦する。ヒヨミの方が攻撃力は高いようだが、拳を斬り裂いても、すぐに元通りの拳に戻り再びジャブを繰り返していくので、斬っても無意味だということを知る。
「なるほど。赤い砂はお前の意志で自由自在に姿形を変化させることができるということか。しかもその強度も動かせるスピードも桁が違う……」
ヒヨミの分析はさすがだったが、分かったところでカミュの攻撃の対策にはならない。カミュはそのまま左ジャブで牽制しつつ、ヒヨミが剣を振り切った瞬間を狙って右ストレートを放つ。
「うぐっ!?」
咄嗟にヒヨミは大剣の腹で防御態勢をとるが、その威力に押されて後方へ飛ばされてしまう。舌打ちをしたヒヨミは身を翻して地面から木のモンスターを次々と出現させ始める。
赤い砂対策として、モンスターたちに相手をさせている間、自らがカミュを潰そうと考えたのだろう。
「無駄だよ! 俺の砂は赤砂だけじゃない! ここにある砂は全部俺のもの!」
カミュが右手で赤砂を操作して、左手で地面にある普通の砂を操作し始めた。モンスターたちの足元にある砂が突然ウネウネと動き始め波を打ち始めた。
「サンドウェイブッ!」
津波のように広がった砂がモンスターたちを呑み込んでいく。それを赤砂から身を守りながらジッと観察しているヒヨミ。
「……ふむ」
「はあはあはあ……」
カミュから疲れが見え出している。彼を見たヒヨミが微かに口角を上げる。
「確かに大した力だ。だがどうやらこの力はそう長くはもたないようだな。ただでさえ赤砂は魔力を使うようなのに、それと並行して普通の砂まで扱うのは消耗が激しいだろう」
彼の見解は正しい。カミュの扱うレッドアイドルは、確かに応用が効き万能ではあるが、そのためには血液を必要とし、膨大な魔力量も消耗する。
それに加えてさらに魔法を重ねるので魔力が激減していくのも当然なのだ。
「はあはあはあ……」
カミュはチラリと遠目にニッキを見つめる。彼女は左手で右手首を持ち、目を閉じながら力を集中させている。
「……もう少し……」
もう少しだけ時間を稼げば、ニッキが最後に決めてくれると信じている。ニッキのあの技は、確かに強力だが発動までに時間が掛かる。少しでも気を抜けばまた最初から力を溜める時間を有する。
だからこそ、ヒヨミの意識をニッキへと向けさせてはならない。一応ニッキの守り役としてテンが彼女を庇うように立ってくれている。
「俺はまだやれるよっ!」
カミュの諦めないという強い意志が瞳に宿る。そしてまた赤砂が形を変えていく。今度は巨大な双刀。その刀がヒヨミに襲い掛かる。
「ちっ!」
ヒヨミが壁として木を地面から出現させるが、スパッといとも簡単に壁をカミュの刀が斬り裂く。
「厄介なっ!」
ヒヨミも殺傷能力の高い形になった赤砂の危険度を察知して、何とか大剣で捌いていく。
「うあぁぁぁぁぁっ!」
カミュの咆哮とともに双刀の動きも段々と鋭くなっていく。そしてようやくヒヨミにも焦りが見え始めたのか歯を食い縛り余裕が消えた表情を浮かべる。
烈火のごとく攻めるカミュの連撃は、確実にヒヨミの体力も奪っていく。しかしそれ以上にカミュの全身も激しい脱力感が生まれる。
膝がガクガクッと震えながらも、必死に大地を掴み攻撃を繰り出すカミュ。そしてようやく重い大剣を振り回していたヒヨミにも不運が訪れる。
それは足場による不運。特別に柔らかくなっている砂場を踏んだことで足を取られてしまい体勢を崩す。
「今だぁぁぁぁっ!」
カミュの双刀が瞬時に融合して一つの巨大刀へと姿を変える。そして上空から目一杯の勢いで振り下ろされたそれを回避する時間はヒヨミにはない。何故なら、足を取られている砂を見ると、いつの間にか膝まで伸びていて手のようにヒヨミの足を掴んでいたのだ。
「っ!?」
無論これはカミュの仕業である。最後の最後に、普通の砂も操作して彼を拘束した。
「ちぃっ!」
ヒヨミは天から振り下ろされる刀に向かって《仙樹宝剣》を全力で下から上へと突き上げる。ガキィィィィィィィィッと鍔迫り合いで火花が起き、力比べになる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
二人は全身全霊で打ち勝つために力を振り絞る。
そして長い膠着状態の後、ピキキッとカミュの刀の方にヒビが入ってしまう。自分の力の方が上だということでヒヨミは勝利を確信して笑う。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ヒヨミの全身の筋肉が盛り上がり、そして――――――バチィィィィィィィッとカミュの刀は残念ながらヒヨミに負け弾かれてしまった。
「残念だったなカミュよぉっ!」
そのまま視線をカミュへと動かすヒヨミだが、先程までいた場所にカミュの姿が見当たらない。
「……?」
思わず眉をひそめてしまうが、少し先を見てみると、いつの間にか人間化したテンがカミュを抱えて遠くへ逃げている絵が視界に映った。
「何を……?」
どこへ逃げようというのかヒヨミには分からなかっただろう。何のために逃げようとしているのか。しかしその理由はすぐに明らかになる。それは上空から感じる殺気。
バッと顔を上げてヒヨミはその正体を探る。遥か上空にいたのは、それもまたいつの間に跳び上がったのか――――――ニッキがいた。
彼女は右拳を身体の後ろまで引き、いつでも突き出せるように身構えていた。そしてその彼女の右拳を見たヒヨミの全身に悪寒が走る。
「あ、あれはマズイ!?」
瞬間的に察したこれからニッキが放つであろう攻撃の危険度。咄嗟にその場から離れようとするが、何故かまだ身体が動かない。
「何が……っ!?」
見ると、赤い砂が体中に纏わりつき、まるで鉛の鎧を着込んだかのようにヒヨミの身体を地面へと押していた。
「くっ! そうか! このために奴は俺と!?」
全てはニッキの攻撃の伏線だったことを知り、ヒヨミはギリッと歯を噛むと上空から叫び声が聞こえる。
「仇は取るですぞぉぉぉっ!」
ニッキの右拳から膨大な魔力が放出される。そしてそれを地上にいるヒヨミ目掛けて突き出した。
「――――――《爆拳・四式》ぃぃぃぃぃぃっ!」
その瞬間、ニッキの拳から放たれた莫大な魔力が拳を模り、それはまるで巨大な隕石のごとくヒヨミに向かって撃ち落とされた。
一瞬の光が弾けた刹那、落とされた拳は全てを吹き飛ばすが如く超爆発を起こした。上空にいるニッキですらも再び空へと押し戻すほどの爆風が吹き荒れる。
「のわぁっ!?」
ニッキは体勢を崩しながらも誰かが身体を支えてくれたことに気づく。
「ウキキ、よくやったさニッキ!」
「テ、テン殿!?」
それは人間化したテンだった。テンは足元から小さな魔力爆発を起こして自由に空を闊歩できるのでそのままニッキを抱えてカミュのもとへと向かった。
地上では凄まじい爆煙と粉塵が巻き起こりヒヨミがどうなったのかを確認することはできない。
カミュのもとへ到着すると、テンは抱えていたニッキを下ろしてそのまま猿へと戻った。
「ふ~ヒイロと離れてっからやっぱ長時間人間化するのはしんどいな」
「あれ? ですがシウバ殿はず~っと人間のままですぞ?」
「ああ、ありゃ規格外だから勘定にいれちゃなんねえよ」
「ふぇ? そうなのですかな?」
「ああ、それよりも二人とも、よくやったさ」
テンはニッキとカミュの顔を見ながら褒める。カミュは全ての力を使い切ったようで疲労困憊のような状態だったが嬉しそうに笑みを浮かべている。ニッキも褒められて「えへへ~」と無邪気な笑顔を見せている。
「でも上手く作戦がハマったな。カミュが奴を引きつけておいてニッキがトドメを刺す。まさか奴もカミュの全部の攻撃がニッキへの伏線だとは思わなかっただろうよ」
最後の最後には気づいたようだが時すでに遅し、準備が全て整った後だった。
「にしてもニッキ、よく《四式》を決められたな」
「えへへですぞ! でも時間かかってしまい申し訳ないですぞ」
「ううん、ニッキ信じてた。だから俺全力でやったよ」
「カミュ殿が信じてくれて嬉しいですぞ!」
ニッキはカミュに抱きつき、カミュはそんなニッキの頭を優しく撫でている。
「うんうん、どっからどうみても姉妹だな!」
テンは納得気に何度も頷いているが、カミュはジッとテンの顔を見つめて、
「俺、男だよ」
「ウッキキ! そんな細かいこと気にすんなよカミュ!」
「……細かいかな? まあいっか」
カミュも女扱いされるのは慣れているのか下手にそれ以上は反論しなかった。ニッキはカミュの腕の中で顔を上げてニカッと笑う。
「これで師匠にも褒められますかな?」
期待してキラキラした瞳をカミュとテンに向ける。
「うん、きっとヒイロ喜んでくれる」
「やったですぞぉっ! 頭撫でたりお買いものに一緒に行ってくれたりしてくれるですかな?」
「うん、きっとしてくれるよ」
「わ~いですぞぉっ!」
喜ぶ二人を尻目にテンだけは違うことを考えていた。
「いやぁ……アイツがそんなことするかな……?」
日色の性格上無さそうだと思いつつも、せっかくの喜びに水を差すのも何だかなと感じてテンは黙っていた。
だが次の瞬間、テンは強烈な存在感の気配を察知する。そしてそれは爆発があったちょうど中心辺り。
「むむむ? どうしたのですかなテン殿?」
ニッキが険しい表情で爆心地を見ているテンを不思議に思ったようで尋ねてきた。カミュも同時に視線を向ける。
「…………めんどくせえけど、どうやら今のでも倒せなかったみてえだぜ?」
テンの言葉の意味を敏感に察知した二人は目を見開いてテンと同じところを凝視する。いまだ煙が舞い視界は良好ではないが、うっすらと中心に小さな影が蠢いたのを確認した。
三人は爆心地に警戒しながら近づきジッと見つめる。
「……《四式》でも倒せなかったのですかな?」
「いや、多分ダメージはかなり受けたはずだ。いくらなんでもあの攻撃をまともに受けて無傷ってことはありえねえ」
テンの言葉の終わりに腹に響くような低い声が静かに発せられた。
――――――――――――まともに受けたのならな。
その声は間違いなくヒヨミのものだった。そして影が大きく動いたと思ったら影を中心にして煙が一気に晴れた。
そして中から現れたのはどう見てもほぼ無傷のヒヨミだった。
「そ、そんな……!?」
「嘘……!?」
「やっぱコイツも化け物ってことか!」
ニッキ、カミュ、テンがそれぞれヒヨミの様子に感想を述べる。確かにニッキの一撃を受けてそのまま倒せるとはテン自身もそれほど楽観的ではなかった。
しかしかなりのダメージを負ったに違いないとは考えていた。それなのに出てきたのはほぼ無傷のヒヨミ。こればかりはさすがに驚きを隠せなかった。
「しかし驚いたぞ。今の一撃は見事としか言いようがない。まさか我が《仙樹宝剣》が――」
ヒヨミの持っていた《仙樹宝剣》がボロボロと崩れていき粉砕してしまった。今までかろうじて形を止めていただけのようだ。それで分かった。彼がその剣で身を守っていたということが。
「我が最強の矛を破壊するとは、よもやここまでの成長ぶりを見せるとは思わなかったぞ。やはり益々研究体として欲しいな」
ヒヨミはその研究によりモンスターや人に《魔石》を埋め込んで様々な実験を施してきた。そしてその被害者となったのが、カミュの父でありニッキの家族だ。
だからこそ二人は是が非でも仇を討ちたかった。
「さて、一人はもう脱落しそうだが、残りは一人と一匹……だな」
ヒヨミの鋭い視線がテンとニッキを射抜いてくる。
「まじいねこりゃ……アッチは武器を失ったけどほぼ無傷。コッチはカミュは魔力切れで戦力大幅ダウンだし、俺もこの空間のせいか上手く力を使えねえ」
日色がこの場にいれば問題はないが、恐らくこの異次元空間によって日色との距離を断絶されていることで日色から与えられる絆の力が弱まっていると思われた。
その気になれば日色のもとへ向かうことはできる。できるがここには戻っては来られないだろう。
(全力で戦えるのはニッキだけ……けどアイツ相手にニッキだけじゃ無理だっての……)
カミュは戦う気満々のようでヒヨミを睨みつけているが、その膝は小刻みに揺れている。やはり満足に戦えそうにないほど疲労している。
(それに……コイツらのこともそうだけど、ヒイロのことも気になる。アイツの相手があの赤髪の兄ちゃんだろ? しかも多分ヒイロは後のことを考えて四文字は使わねえことにしてるはずだ。けど《太赤纏》と三文字だけであの最強を倒せんのか……?)
四文字を使えば、その後のリスクが大きく、そこをアヴォロスに狙われては一溜まりも無い。だからこそ日色は四文字の使いどころを見極めなければならず、容易に使うことはできない。
(俺がヒイロの傍にいればアレができるけど、そうすりゃコイツらを見捨てることになっちまう。どうすりゃいい……?)
テンの考えをよそにヒヨミが地面から木を出現させそれを身に纏っていく。まるで木の鎧そのものだ。そしてその手には《仙樹宝剣》ほどではないが、木でできた剣を持っている。
「さあ、そろそろ大人しく俺の実験体になってもらおうか」
すると大地を蹴り上げヒヨミが真っ直ぐ突っ込んできた。ニッキがカミュを庇うようにして前に立つ。
「ニッキ!?」
「カミュ殿は魔力を回復させるですぞ! ここはボクが!」
そう言いながらヒヨミの前に立ちはだかるが、
「舐めては困るなニッキよ!」
ニッキに向けて木剣を横薙ぎに振るう。ニッキは上手くジャンプしてかわすが、ヒヨミの左拳がニッキの腹に突き刺さる。
「ぐほぉっ!?」
ニッキはそのまま後方へと吹き飛ばされカミュがそれを受け止めようとするが、踏ん張りが利かずに両者が吹き飛ばされる。
「ちぃっ!」
テンは仕方ないと思って再度人間化する。そしてヒヨミの懐へ入り彼の顔面に蹴りを放って逆に吹き飛ばす。
「ぐっ!? ……なるほど、さすがはヒイロ・オカムラの『契約精霊』だな」
「ウキキ、おめえは俺が倒してやんよ!」
テンが目も止まらない動きでヒヨミを翻弄し、背後から蹴りを与えるとヒヨミは吹き飛ぶが、転倒しないように大地をしっかりと掴む。
「ふむ、スピードは目を見張るものがあるが、その程度の威力ではこの装甲は崩せんな」
確かに木を纏った彼の防御力はかなり高い。ほとんどダメージを受けていないことが分かる。
「なら今度はもちっと強えやつを……」
テンが意気込みを言葉にした瞬間、ボンッと人間から元の猿へと戻ってしまった。
「う……嘘……?」
どうやらこのままでは本当にまずい状況に陥ってしまったようだ。
人間化が解けたテンは戦闘力の激減に焦りを覚えていた。
(くっそ~、やっぱここの空間は俺と相性悪いみてえだな)
だがヒヨミは手を緩めずに手に持った木剣でテンを薙ぎ払ってくる。
「ウッキキ!」
的が小さいことが功を奏したようで、その身軽さを利用して何とか攻撃をかわしていく。
「ボクも忘れてもらっては困るですぞ!」
そこへ先程吹き飛ばされたニッキが突撃してくる。ヒヨミはすぐに対応して彼女と対面する。《爆拳》で突き出された拳だが、ヒヨミはしっかり彼女の拳を目で追い紙一重でかわす。
「むむ!?」
避けられたことにニッキは驚くが、すぐにその小さな身体を回転させて今度は蹴りをヒヨミに加える。まさか蹴りを放つとは思っていなかったようでヒヨミはまともに受けてしまうが……。
「……この程度か?」
ヒヨミはまるでダメージがなく体勢すらも崩していない。そしてそんなニッキの足を掴んだヒヨミはブンブンと振り回し大岩がある場所へと放り投げた。
「ニッキィッ!」
テンは叫ぶ。このままだと頭から岩に激突してしまう。
するとその大岩のすぐ目の前に地面から砂が出現してニッキへの緩衝材となり勢いを弱めた。しかし勢いは弱められたが、それでも岩にぶつかってしまいニッキは頭から血を流してしまう。
どうやらカミュが砂を使ってニッキを助けようとしたらしいが、やはりもう魔力が底を尽きかけているようで完全にニッキを止めることができなかったようだ。
ニッキはフラフラっとなりながらも立ち上がり拳に魔力を集中させ始めるが、ヒヨミがその間を与えずに彼女へと距離を詰める。
「させるかってのっ!」
テンがそのままの状態でヒヨミを追いかけて捕まえようとするが、突如として地面から突き出てきた丸太に身体を打たれ上空へと投げ出されてしまった。
「キィッ!?」
ニッキを助けることだけに集中していて、地面からの攻撃を警戒するのを忘れてしまっていたテンの落ち度だった。
「ニッキッ!」
テンの代わりにカミュが再度砂を動かしてヒヨミを止めようと彼の足を掴むが、まるで力が入っていないのかヒヨミに呆気なく千切られてしまう。
「ば、《爆拳》っ!」
ニッキは目の前から突っ込んでくるヒヨミに対し拳を突き出すが、やはりヒヨミの動きの方が速く、ダメージを受けているニッキの拳は届かなかった。
ヒヨミは彼女の拳をかわしたと同時に、木剣で突き刺そうとする。何とか咄嗟にニッキの足元の砂をカミュが動かして回避させようとしたが、少し体の角度を変えることはできただけで、完全には間に合わずにニッキの右肩が貫かれた。
「うあぁっ!?」
ニッキが燃えつくような激痛によって顔を歪めながら叫ぶ。
「ちっ、肩か。なら今度は!」
ブシュッと強引に剣を引き抜くと、ニッキの肩から血が噴き出る。
「安心しろ。死んでもすぐに俺が生きかえらせてやろう」
そして今度はニッキの細い首を刎ねるために横薙ぎに一閃する。
「クッソォッ! 避けろニッキィィィッ!」
「止めてよォォォォォォッ!」
テンとカミュが悲痛な叫び声を張り上げる。しかしヒヨミの剣は容赦なくニッキの首へと吸い込まれていく。
※
ニッキは焼きつくような肩の痛みを感じているせいか、意識だけはハッキリしていた。目の前から迫るヒヨミの木剣もしっかりと視界に捉えてはいた。しかし身体が石のように動かずに、これから起こることを明確に想像できていた。
(ああ、ボクは死んでしまうのですかな……)
テンとカミュの叫びが聞こえる。
(申し訳ないですぞ……テン殿……カミュ殿)
必死な形相で自分を思って叫んでいる彼らの目の前で殺されてしまうと思うと本当に申し訳なく思う。
時がスローに動く中で、ニッキは思考が加速するのを感じていた。そしてニッキの脳裏に浮かぶのは過去の出来事。俗に走馬灯と呼ばれるものだ。
自分には血のつながった両親というものは存在していなかったが、それでもニッキは自分を育ててくれたバンブーベアの母とその子供のイッキという家族に感謝していた。
人間である自分を恐れずに、家族として接し続けてくれた。彼らがそばにいてくれて本当に良かったと思った。
そして何よりも家族を失った自分を拾い成長させてくれた人たちのことを想う。
(……みんな……)
言葉を教えてくれたり、世の中の常識を教えてくれたりしてくれた。そして自分に戦う術を教えてくれた師がいた。
(師匠……)
無愛想で厳しくて自分勝手な師――――――日色だが、たまに見せてくれる優しさを感じる度に思っていた。その優しさに彼の想いが凝縮されていると。
いつも自分に言ってくれるのは生きろということだった。どんな時も絶対に死を選ぶなと。それがニッキのために守って死んだ家族に対する感謝でもあると。
(ごめんなさいですぞ……師匠…………ボクは……ボクはもう……)
ニッキはそっと静かに目を閉じた。
するとその時、ニッキの頭の中に声が響いた。
『ちょっと貴方! 本当にそれでいいのっ!』
思わずニッキはハッとなり目を開けた瞬間、ニッキの右手首が眩く光り輝き、迫ってきていたヒヨミを吹き飛ばした。
「っ!? …………何だ!?」
吹き飛ばされたヒヨミは得体の知れない力に吹き飛ばされたショックで眉をひそめて、それを行ったであろうニッキを睨みつけた。
しかし彼だけでなくニッキも何が起きたのか分からず固まっていた。そしてまた頭の中に声が聞こえる。
『聞こえるかしらおチビさん?』
「……え? あ、だ、誰ですかな?」
『そんなことはどうでもいいわ。それより答えなさい。本当にこんなところで諦めるつもりなのかしら?』
聞き覚えのある声。だが頭が混乱したままではなかなか思い出せなかった。
『貴方は私に悔やむようなことをするなと言ったのではなくて?』
「…………!」
『私は皮肉にも貴方のその生意気な言葉に救われたわ』
「こ、この声は……!」
ニッキはこの声の持ち主が誰かを思い出し、そしていまだに光り輝いている右手首を見つめる。しかし光っているのは右手首そのものではなく、そこに巻いているある者にもらった白いリボンだった。
『ここで死を選んで、貴方は後悔しないのかしら』
「そ、それは……でももう力が……」
『力がほしいの? どんな力がほしいのかしら?』
「……みんなを守る力を……そして、アイツを倒す力がほしいですぞっ!」
『なら誓いなさい! もう二度と諦めないと! 仇を取るのでしょう!』
ニッキは頭に響く彼女の声に応えるように頷きゆっくり立ち上がる。
「はいですぞ。ボクはイッキたちの仇をとると決めて師匠に戦い方を教えてもらったのです!」
『……いい答えね。では魔力を右手のリボンに流しなさい。今の貴方なら――――――契約してあげてもよくてよ』
「何だか分からないですが、分かりましたですぞぉっ!」
ニッキは右手首に巻かれているリボンに意識を集中させる。
『天秤の傾きは全て私が調整してあげる。この私がここまでしてあげるのだから成功させないと許さなくてよ』
凛とした厳しい声音が頭に響き、ニッキは目を閉じて魔力をリボンへと流していく。するとトクンと温かく優しいものが胸の中に流れ込んでくる。
まるで広大な海に自分の身体が溶けて一体化するような感覚を感じる。
「……何だ、この凄まじい魔圧は?」
ヒヨミでさえも目を見張るほどのプレッシャーがニッキから周囲に迸っている。
「お、おいおい、この魔力ってば……!」
テンはニッキを見て信じられないという面持ちをして目をパチクリさせている。
そしてニッキを中心にして、目を覆うほどの閃光が放たれる。その場にいた者が全員警戒度を高めているが、特にヒヨミはその光から遠ざかり様子を見守っていた。
ニッキを包んでいた光が収束していき、ヒヨミの視界に映った光景は驚くべきものだった。
何故ならそこにはニッキしかいなかったはずなのに、
「お、お久しぶりですぞ――――――ヒメ殿」
「まったく、貴方にはまだお説教しなくてはいけないようね。戦場でそんな緩み切った顔をしないの」
そこに現れたのは『精霊』である巫女服姿のヒメだった。




