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19:ウィンカァの死闘

 サイレンが鳴り響き、驚いていたのはウィンカァたちだけでなく、施設内の者たちもだった。


「何事ですか?」


 ペビンが他の者に聞くと、その者は慌てた様子で、


「侵入者のようです! しかもこの魔力反応は逃亡したスカイウルフかと!」


 水晶玉のような玉の中に、糸で吊るされた針のようなものが幾つかあり、その一つが赤く光を放ってクルクルと回転している。

 どうやらそれは魔力探知機のようだ。それを見ながらペビンはあることに気づく。

 それはもう一本の針が青く光って動いているのだ。それはもう一人の侵入者の存在を示している。


「この者は?」

「分かりません! ただ人であることは確かです!」


 ペビンは少し考える素振りをすると、


「所長に報告してきます。侵入者は殺さず、できれば捕縛して下さい」

「わ、分かりました!」


 そのまま早足で所長の元へと向かうペビン。

 一つの扉の前に、研究者が着用している白衣ではなく、白いローブ姿の男が困った様子で立ち尽くしていた。


「このような所でどうされたのですか?」


 ペビンが声をかけた男は、先程まで所長と話をしていたある組織の連絡員だった。その組織とは繋がりが深く、実験用の魔物を提供してくれている。

 無論【ブスカドル】も相応の見返りは供給している。

 それは金であったり、組織にとってメリットのある情報だったりする。

 今回もその交渉のために連絡員が来ていて、所長と話をしているはずなのだが、どうしてこのような所で戸惑っているのか謎だった。


「う、うむ、実はな……」


 彼から話を聞き、ペビンは額に青筋を浮かべさせながら扉を開き、目の前に存在している物体を睨みつける。それは間違いなく所長なのだが    

 驚くことに、このサイレン鳴り響く中、


「ぐが~ぴ~」


 鼻提灯(はなちょうちん)を膨らませていた。


「この状況下で何を寝ているのですかあなたはっ!」

「ひふぅぅぅっ!」


 突然耳元で怒鳴り声を上げられ、思わず飛び起きる所長。


「う~何なのね何なのね? あ、ペビン、おはようなのね」

「おはようございます。楽しい夢は見られましたか?」

「ペ、ペビン……こ、怖いのね……」


 ペビンの顔は笑っているが、背後から黒いものを感じたのか所長は顔を青ざめている。


「聞きましたよ? 交渉中に眠くなって寝たとは……それでもあなたはこの【ブスカドル】の所長ですか!」

「ぶ~だってそいつの話が詰まらなかったのね」

「な、何を言う! 私は丁寧に現状を説明したはずだぞ! もうすぐ検体が届くはずだから、その分の金を貰うと。しかもかなり良心的な値段を提示したはずだ!」

「別にそれでいいって言ったのね。だから交渉はもう終わりって思って寝たのね」

「寝ないで下さい!」


 呆れたように言葉を吐くペビンだが、肩透かしを食らって固まっている白ローブの男をよそにペビンはそのまま続ける。


「まあ、交渉が終わったのならそれで構いません。さっそくですが、暢気(のんき)な所長に事態を把握して頂きたいのですが?」

「ん? お、あ、え? 何なのねこの音?」


 ようやくサイレンに気づいたのか、周囲を見回し始めた所長。そして白ローブの男も、何が起こっているのか興味がありそうで耳を傾けている。

 ペビンは先程研究員としていた会話の内容を所長に説明する。


「どうされますか所長?」

「う~ん…………あ、良いこと思いついたのね! アレの実験をその人間にしてもらうのね!」

「そう言われると思い、すでに捕縛命令を出しておきました。ただ、賊が死ぬ可能性もあるので、その時は我慢して下さい」

「できれば死ぬのはアレの相手をしてからにしてほしいのね~」

「では様子を見に行きましょうか」

「分かったのね」

「あ、あなたはどうされますか?」


 ペビンが白ローブの男に聞く。


「あ、そ、そうだな、では契約書類が馬車にあるので、作成してこの場に持って来るとしよう。しばらく時間がかかるからそのつもりでいてもらいたい。まあそちらも賊の対処で時間を取られるようだし構わないと思うがな」

「分かりました。では後ほどまた」


 ペビンの言葉に小さく顎を引くと、白ローブの男はそのまま部屋を出て行った。


「では我々も仕事にかかりましょう」


 ――――ぐぎゅぎゅるるるるうぅぅぅぅぅぅぅっ!



 ……………………………………………………………………。



「あ、お菓子食べたい」

「所長、今は非常事態です」


 ざっくり断られ頬を膨らませる所長だった。



    ※



 施設内に入ったウィンカァが目にしたのは悲惨な光景だった。

 檻に入れられているモンスターの死骸が山ほどある。火で炙って焦げた炭のようなニオイや、肉が腐ったような腐臭もした。そして強烈な血のニオイ。

 一体どれほどの数のモンスターの命を奪ってきたのだろうと思うほど、施設内には思わず顔を歪めてしまうほどの血のニオイがこびりついていた。


 他にも大きな水槽には、もう絶命しているであろう魚が何匹も浮かんでいた。しかし気になったのは、死んでいるモンスターのどれもが、見たことも無い姿をしていたことだ。

 新種といえばいいのか、珍種といえばいいのか、普通は羽など生えていないはずのモンスターには羽が、鋭い牙を持っていないモンスターの歯には牙が、四本足の生物なのに不自然な形で、更に二本の足が生えて六本足になっている。


 これが何を意味するのかウィンカァは理解していなかったが、これは紛れも無くハネマルの言った改造を施されたモンスターたちの死骸だということは分かった。

 恐らくそのせいで絶命してしまったことに、彼らを見て胸の奥から熱いものが流れ込んでくるのを感じる。


「ここ……潰す」


 ビリビリと空気を震わせそうなほどの殺気を迸らせ、人の気配を感じてそちらにギロリと視線を動かした。ハネマルもグルルルルと唸り声を上げている。


「ほほう、これはまた珍妙な客なのね」


 そこに現れたのは、ウィンカァの何倍もの体格を持つ男だった。白衣を着ているのだが、全くと言っていいほど似合っていない。


「侵入者が、まさかお前のような小娘だったとは驚きなのね。それにそこのスカイウルフ……わざわざ実験されるために戻ってくるとはお馬鹿なのね!」


 瞬間、その男に向かって噛み殺す勢いでハネマルが飛びかかる。だがその時、男の前方に網目模様の壁が地面と天井から現れる。

 勢いそのままに、その壁に衝突したハネマルだったが――ビリビリビリビリビリィィィィィィッ!


「キャインッ!」


 その壁には電流が流れていたようで、いや、違う、よく見るとその壁は電力そのもので構成されているみたいだ。当然触れた者には、感電のプレゼントが待っている。


「ハネマルッ!?」


 大声で叫ぶが、体からプスプスと煙を出し、床に横たわるハネマルを見て顔を青ざめる。ピクピクッと痙攣を起こしているハネマルに触れようとすると、


「おおっと、触らない方が良いのね」

「……っ!?」

「触ると、お前も感電するのね」


 ウィンカァはキッと壁越しに睨みつける。


「くふふ~、一応名乗っておこうかね。ワタシはこの【ブスカドル研究所】の所長、ナグナラと言うのね」

「……ウイは……ウイ」


 名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと思っているのかウィンカァは答える。


「ほう、ウイ……と言うのかなのね? ん~お前どっかで見たことがあるような無いような変な感じがするのね……」


 ナグナラは目を細めてジ~っと見つめるが答えが出てこない。


「まあいいのね」


 その時、ナグナラは指をパチンと鳴らした。するとハネマルが倒れている床が開き、そのまま下へと落ちていく。


「ハネマルッ!」


 助けようと思いウィンカァは手を伸ばそうとするが、瞬時に床が閉じる。


「くっ! …………ハネマル返せ」


 怒鳴ってはいないが、言葉の端々に怒気と殺気が混ざり合っている。


「お~怖いのね。でもね、お前がこれ以上暴れるというんなら、あのスカイウルフは殺すのね」

「……させない」

「くふふ~、なら条件を飲むのね」

「……条件?」


 首をカクンと傾ける。ナグナラは楽しそうに口元をにや~っと歪める。


「そうなのね。その条件を飲むのなら、あのスカイウルフには何もしないのね」

「……ほんと?」

「約束するのね」

「……条件なに?」

「くふふ~、簡単なのね。ある生物とちょっと殺し合いをしてもらいたいだけなのね」


 




 体育館を一回り大きくしたほどの広さがある場所へとウィンカァは案内された。どうやらここは大きな岩をくり抜いて作られている空間みたいだ。

 そして周囲を金網で覆われた箱状の大きな空間も発見できた。まるで中に入った者を逃げ出させないようにする檻のように見えた。


 また上を見ると空が見える。

 頑強そうな格子が何重にも重なって覆われていて、脱出が不可能になっているが格子の隙間から確かに外が確認できた。


 周囲を確認すると、檻に閉じ込められたスカイウルフと、鉄のような網で身体を覆われ動きを奪われているハネマルの姿があった。ハネマルは金網の外にいる。

 さらにその鉄網には電流が流されているのか、ハネマルが時々痙攣していた。動きを縛るためなのだろうが、それを見たウイは増々怒りのボルテージを高める。


 その傍には研究者と思われる白衣姿の男たちがいた。その手には注射器を持っている。中の液体が何か分からないが、逆らえばこれを注入すると言っているのは理解できた。

 もう一度周囲を確認する。今入って来た入口を閉ざされると出口は、ハネマルの背後にある扉だけだと認識する。


 そこからならこの場にいる研究者の持っている鍵を奪えば、素早く脱出できるかもしれない。いや、あれくらいの扉なら破壊してでも押し通れるとウィンカァには思われた。

 そして金網の中にある檻の中には、ハネマルの家族であろうスカイウルフたちが、檻を破ろうと体当たりを繰り返しているがビクともしてはいない。


 金網の中に入れという指示を受けてウィンカァは、黙って言う通りにした。金網には鍵のついた扉があり、そこをペビンが開けてウィンカァが中に入ると、きっちり鍵を閉められた。

 ウィンカァが立つ正面には、四角い箱のような立方体がポツンと置かれている。しかしその大きさは高さで言えば十メートルはあるような巨大な黒い物体だった。


「さて、説明しなくても分かると思うのね」


 これまた金網の外で偉そうに陣取っているナグナラが声を飛ばしてくる。


「その黒い箱、《ブラックボックス》の中にはある生物が入っているのね。お前の勝利条件は、その生物に勝つことなのね。勝てばそこで鉄網に包まってる馬鹿を解放してやるのね」


 馬鹿と言われてムッとなり視線をぶつける。


「くふふ~、その意気込みはどうぞ目の前の相手に頼むのね」


 人を食ったような態度で物を言う彼には、ウィンカァの睨みは効果が無いようだった。


「それじゃ始めるのね」


 するとピシッと《ブラックボックス》にヒビが入る。ウィンカァはハネマルと檻の中で囚われているスカイウルフたちを見る。


「……絶対助ける」


 そう宣言して長槍《万勝骨姫》を構える。


 ――バキィィィィッ!


 箱が壊れたと思った瞬間、その中から触手のような黒いものが物凄い速さでこちらへ向かって来た。

 だがウィンカァは冷静だ。《万勝骨姫》を素早く動かして、その触手を斬り落とす。


「ピギャァァァァァァッ!」


 耳をつんざくような叫び声が周囲に響く。そして幾本もの触手に覆われたその生物の正体が徐々に明らかになっていく。


「さあ、思う存分暴れるのね…………ブラックキメラ」


 その言葉と同時に、触手を何本も伸ばしてくる。よく見ると、触手は髪の毛、頭に生えている毛のようなものが伸びている。

 しかもその触手をよく見れば、全てがヘビで構成されてあった。無論一匹一匹が生きていて、それがアナコンダのように大きい。


 もちろんそれは生物の一部分でしかないわけだ。槍を振り回しながらジッと観察する。

 獅子のように四本足で立っていて、全身は真っ黒。また尻尾はサソリのそれのように、毒針のようなものが先端についていた。

 顔は狼に似ているが、それは顔の右半分だけであり、残りの左半分は大火傷を負っているかのように痛々しい様相を呈している。


 全身は真っ黒なのだが、四本ある手足はそれぞれ種類が違うのか色もそれぞれ違い、爪の長さや筋肉量なども違い太さも均一ではなくアンバランスだ。

 とても自然界に生きている生物とは思えない存在だった。ブラックキメラを見て、悲しくなってきた。


「泣いてる……かわいそう」


 雄叫びを上げているブラックキメラから悲痛な気持ちが心を掴んでくる。

 またウィンカァとは正反対に、実に楽しそうに見ているナグナラは、隣に控えているペビンに声をかける。


「ペビン、今回のはどれくらい保つのね?」

「運が良ければ二十分ほどでしょうか」

「くふふ~、ならその二十分間は精々楽しませてもらうのね!」


 懐からお菓子を取り出してムシャムシャと食べ始めた。


「所長、まだ勤務中ですが?」

「もうつれないのね! これやるから見逃すのね!」


 食べかけのお菓子をペビンの前に持ってくるがペビンは手を壁のようにして断る。


「まあいいです。僕としても良いデータが取れそうですから」

「くふふ~、久しぶりのキメラのお披露目、楽しませてもらうのね!」


 そんな会話がされている間も、ウィンカァは触手を何本も飛ばしてくる方向を見定めて、軽やかに避けている。


「……ごめん」


 触手を槍で斬り落とすと、痛みが伝わるのかその度にブラックキメラは悲鳴を上げているような声を出し、それを聞いたウィンカァが顔を歪ませる。

 純粋で優しいウィンカァには、その声は聞くに耐えない。だが戦って勝たなければハネマルが殺される。


 それにウィンカァには何となく分かっているのだ。今目の前にいる生物は生きていない。もう死んでいるのだということを。

 だがそれでも、悲しそうに叫ぶブラックキメラをあっさりと斬ることはできない。恐らく操られているであろう不憫なブラックキメラに同情してしまっているのだ。


 しかし今、優先すべきことはハネマルたちを救い出すことだ。心を鬼にして攻撃を繰り返している。

 触手を斬り落とされ怒り狂ったのか、ブラックキメラは大きく跳び上がり、そのままのしかかろうとしてくる。

 だがすかさずその場から逃げて、地面に落ちてきたブラックキメラの背中に跳び乗る。


「ふぅ……はっ!」


 《万勝骨姫》に力を込め、振り下ろす。

 

 ――カキィィィィィィィンッ!


「……っ!?」


 予想外に硬い皮膚だったため攻撃が通じず驚く。まるで鋼を纏っているかのようだ。

 その隙を突いて、いつの間にか復活している触手がこちらへと狙いを定めてきた。どうやら触手には再生能力という異能があるらしい。

 驚きながらもウィンカァは触手を再び斬り裂いてその場を離れる。そんな彼女の攻防を見ていたペビンが感心するように頷いている。


「やりますね彼女。あのブラックキメラと対等に渡り合うとは……ランクで言うとSは確実にあるはずなんですが」

「くふふ~、簡単なことなのね。それ以上に奴が強いってことなのね」

「まさかご存じなのですか?」

「ん~どっかで見たことはあるような無いような……それにしてもお腹すいたのね」

「今までお菓子を食べていたでしょうに」

「ああもう無いのね! う~イライラするのね! それにあまり時間をかけるのも問題あるのね」

「そうですね、ブラックキメラには制限時間がありますから」

「それじゃ、そろそろやるのね」


 そう言ってナグナラは部下に視線を送り頷く。部下もそれに答えて頷く。その部下の傍にはハネマルが横たわっている。

 再び《万勝骨姫》を振りかざし、今度こそブラックキメラの体を寸断しようとした時、


「ちょ~っと待つのね!」


 突然聞こえた声の主をチラリと目だけを動かして確認する。


「アレを見た方が良いのね」


 そう言って彼が指差す方向を見た時、ウィンカァは言葉を失ったかのように固まる。何故なら男たちがハネマルに注射器を突きつけていたからだ。

 しかも後は、親指を動かし液体を注入するだけといった感じだ。


「約束っ!」


 ナグナラに向かって叫んでいる。約束が違うと言っているのだ。ウィンカァがこの勝負で勝てば解放するとナグナラは言った。

 ウィンカァもそれを信じて戦っている。それなのに、ハネマルを傷つけるとはどういうつもりだと思って叫んだのだ。


「簡単なのね。実験はもう終了と言うことなのね」

「なに――」


 ――グサァッ!


「……を……っ!?」


 ハネマルのことに意識を集中してしまい、本来向かい合うべき相手をウィンカァは無視してしまっていた。

 その相手とはブラックキメラ。

 尻尾の先についた針が今、ウィンカァの下腹部に突き刺さっている。

 心臓を狙っていたようだが、咄嗟に体をずらし即死だけは防いだ。しかしそれでも致命傷となる一撃を受けたのは変わらない。


「ほほう、間一髪で心臓突き刺しは防いだのね。でも……」


 意味深にナグナラが言葉を発する。何とか《万勝骨姫》を支えにして立っているのだが、突然体に痺れが走る。


「う……っ!?」


 身体に力が入らなくなり膝が折れる。


(か……身体が……動かない…………どうして……?)


 疑問を浮かべながらも、必死に立ち上がろうとするが握力も無くなっていき、そのまま地面に横たわる。


「くふふ~ムリムリなのね~。ブラックキメラの毒針には二種類の毒を生成させることができる能力があるのね。一つは致死毒、少しでも体内に入れば例えランクSのモンスターでも数秒で死ぬのね」

「ど……く……?」

「くふふ~、今お前を苦しめてる毒は、麻痺毒なのね。効果は……お前自身が感じてるから理解できるはずなのね。本来はこの麻痺毒でも心臓を貫けば死ぬはずなのね。ホントによくかわしたのね」


 うんうんと首を縦に動かし感心するように頷いている。


「あ、ちなみに何で致死毒を始めから使わなかったというとね、生成できる量が限られているからね。お前程度の賊に使うのはもったいないのね。くふふ~」


 悔しさでウィンカァが歯を噛み締める。馬鹿にされ相手に手加減されたことも腹立たしく思うが、それ以上に自分の不甲斐無さが一番憎かった。

 ついハネマルに気をとられてしまい、明らかな油断を誘う相手の思惑にまんまと乗せられて攻撃を受けてしまった。


 ハネマルや、その家族を助けるためには、自分が何とかしなければならないのに。

 ウィンカァはそう思いながら顔を必死に持ち上げて、鉄網で拘束されているハネマルを見る。ハネマルも微かに目を開いてウィンカァを見ている。


 その表情は申し訳無さで一杯のように感じる。いや、事実ハネマルも安易にウィンカァを巻き込んだことを後悔しているのだろう。

 もう日も落ちてきたのか、空の色が青から夕焼け色に変化していっている。ブラックキメラは、ウィンカァにトドメを刺そうとゆっくり近づいてくる。

 檻に囚われているハネマルの家族が、ブラックキメラに向かって吠えまくる。


「う~うるさいのね」

「薬でもかがせて大人しくさせますか?」


 ペビンが提案してくるが、


「もうアイツらは必要無いのね。どうせもうすぐ新しい玩具がやってくるのね」

「ではどうされますか?」

「檻を開けるのね」


 ナグナラの言葉を聞いたペビンは、部下に指示を出したようだ。

 ガチャッと檻の鍵が外れる音がした。その音を聞いたスカイウルフたちは、一斉に体当たりをして檻から抜け出す。


(だめ……っ!?)


 声を出して彼らを止めようとするが、その声が音として空気を震わせない。

 そして一斉にブラックキメラへと攻撃する。しかし実験のせいで彼らの身体は、見るも無残なほど痩せ細って弱っている。


 ハネマルもそうだが、元来スカイウルフはもっとがっしりとしていて、その外見だけで精悍(せいかん)さがハッキリと伝わってくる。

 だが少なくとも今の彼らには威圧感はほぼ皆無だった。それでもウィンカァを庇うように前に立つと、皆がブラックキメラに体当たりを加えていく。

 どうやら彼らには、ウィンカァが自分たちを助けに来てくれたことに気づいているようだ。


 恩義に厚い彼らは、ウィンカァが殺されるのを黙って見ていることなどできるはずも無かった。

 しかし戦力の差は明らかだった。幾ら体当たりしようが、弱った身体では逆に弾き飛ばされるだけだ。

その証拠にブラックキメラは、まるでたかってくるハエのようにしか問題視していない。

 それでもボロボロの牙で噛みついたりもするが、悲しいことに全くダメージを与えられていない。


「ブラックキメラよ、そのハエどもを……殺すのね」


 ナグナラの言葉を聞いた瞬間、怪しくブラックキメラの瞳が光る。そして触手で数匹を絡め取り、そのまま縛り上げる。

 苦しそうにもがくスカイウルフたちだが、徐々に締めつける力が強くなっていく。


 ――ボキボキボキィッ!


 ブラックキメラの手の中で、次々と命が尽きていく。それを黙って見ていることしか今のウィンカァにはできない。


「や……めへ……」


 唇まで麻痺しているのか、上手く動かせない。だが必死に身体を動かし、彼らの攻撃を止めさせようとする。これ以上は無駄死にしてしまう。

 しかしウィンカァのそんな思いを知らずにスカイウルフたちは、目の前の化け物に一切臆することなく向かって行く。

 まるで死を覚悟した突撃兵の如く、向かっては打ちのめされ、無残に散っていく。そしてとうとう残り一匹になってしまう。


「ガルルルルルル!」


 喉を鳴らし、仲間たちが死んでいってもなお闘志は揺るがない。だがもう体力が限界なのか、その場で動けずにただ唸ることしかできていなかった。

 触手が飛んでくる。このまま握り潰されて終わる。いや、大きな口で身体を食い千切られるのかもしれない。だがそれでもスカイウルフは目を閉じず最後の瞬間まで立っている。


 誰もが終わったと思った瞬間――――――ザシュッ!


 鮮血を飛び散らしたのは触手の方だった。


「あの娘、まだ動けたのね!?」

「や……やらへ……ない……っ!」


 自分でも何故これほど動けたのか分かっていないウィンカァだが、それでも触手を槍で斬り落としてスカイウルフを守れたのは良かった。


「これは驚きですね。ブラックキメラの麻痺毒は確実に効いているはずです。あの毒は体長十メートル以上にもなるマンモスベアも動けなくさせられる代物なのですから」

「だったら何故動けるのね?」

「……興味深いサンプルですね」

「なら解体して調べるのね」

「ええ、さっさと殺してしまいましょう」


 物騒な会話がされているが、ウィンカァはそれどころではない。確かにここまで動けたが、回復したわけではないのだ。

 気力だけでこうして立ってはいるが、少しでも緩めればまた地面に倒れてしまう。そしたらもう二度と動けないような気がするのだ。


「……まも……る」


 スカイウルフも心配そうにこちらを見上げている。微かに笑みを浮かべて、安心させるように言葉を吐く。


「ウイが……まも……るから」


 ブラックキメラからまた触手が伸びてくる。


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 腹に力を込め、全力で《万勝骨姫》を振り回す。すると真空の刃が生まれ、触手が切り刻まれる。

 そしてその余波で、ハネマルの傍の金網にも亀裂が走る。


「おおっ!? 何という力なのね!」


 こんなに離れているところにも衝撃波をもたらすとは、麻痺した身体でよくやると感嘆しているようだ。

 ウィンカァは全力で跳び上がり、身体を回転させながらブラックキメラの胴体に向けて槍を振り下ろす。


 ――ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!


 先程は全く傷がつけられなかったが、今度は大きなダメージを与えることができた。背にパックリと開く切断面と、噴出する大量の血液が、その傷の深さを物語っていた。

 スタッと地面に降りたウィンカァは、槍で身体を支えながら、痛みにもがき苦しむブラックキメラを凝視する。






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