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189:ジュドム VS キルツ

 フィールドは岩場の多い荒野。それがジュドムとキルツが相対する状況。乾いた風や照りつける太陽もリアルそのものであり、とてもアヴォロスが作り出した空間とは思えない。

 ジュドムは目の前に両手をポケットに突っ込んで立っているキルツを見つめながら懐かしさを覚えていた。


(まだ若い頃はこうやって何度もあの人に挑んでは返り討ちにされていたな……)


 ギルドパーティ《平和の雫》。キルツをリーダーとして、最高のギルドパーティと称されていた時代。ジュドムはよく彼に訓練を願い出て、いつも叩きのめされていたことを思い出した。

 見た目はヒョロリとしているキルツだが、服の下には鍛えに鍛え抜かれた筋肉の鎧を身に纏っている。ジュドムのように膨れ上がった筋肉質ではなく、凝縮してパワーを蓄えている引き締まった質をしていた。

 だがそれだけではなく、彼を表現することで最も適しているのは天才という言葉だろう。それは何故か……

 ジュドムは大地を蹴ってキルツとの間を詰める。キルツは近くの岩場に身を潜めるが、ジュドムはその大きな手でハンマーのような拳を作ると、岩ごと彼を捉えるがごとくそのまま突貫した。

 ドゴォォォッという破壊音とともに、岩が呆気なく粉砕されてその背後に隠れていたキルツを確認し、そのまま拳を突き出す。

 しかし捉えたと思った瞬間、彼の身体が液体状に弾かれてしまう。


(やはり変わり身か!?)


 大よそ見当はついていたので、キルツがどこに隠れたか周囲を確認する。すると一つの岩の上に飄々と佇んでいた。

 すると彼がジュドム目掛けて右手をかざし、デコピンをするように親指で中指を押さえつける。そしてそのままの格好で中指を弾くと、そこからジュドムに向かって矢のような物体が飛んでくる。

 ジュドムが身を翻すと、矢は後方の岩に激突して燃え上がった。さらに追撃の矢がやって来る。それでもジュドムは見事にかわそうとするが、足元に落ちた矢が瞬時に氷へと変化してジュドムは地面から伸びた氷に足を絡め取られてしまう。


「くっ!?」


 するとさらに目の前には矢の連撃。見た目だけはどれも同じ魔力の青白い色をした物体。しかしそのどれがどの属性を宿しているか着弾するまで判断できないのだ。


(相変わらずややこしい力だっ!)


 ジュドムは「ふんっ!」と力ずくで氷から足を引き抜くとそのまま大きく左にある大岩へと隠れる。

 すると先程までジュドムがいた場所は矢の集中攻撃に合い、雷、炎、氷といった殺傷能力の高い属性攻撃が地面を抉っていく。

 突然上空から殺気を感じて見上げてみると、一つの矢がジュドムへと飛んできていた。ジュドムは前方へと跳び身をかわすが、矢は地面に直撃した瞬間、今度は地面が針状に盛り上がりジュドムに襲い掛かってきた。


「今度は土属性かっ!?」


 ジュドムは「うおぉぉぉっ!」と右拳を地面に突き立てて、地面を割り相手の攻撃を相殺することに成功する。


「大分、動きはよくなったなジュドム」


 背後からジュドムの耳をつく言葉。


「あなたもさすがです。さすがは……《全ての使い手(オールマジシャン)》ですね」


 背後の岩の上にいつの間にか移動していたキルツを見上げながら言う。

 彼はその二つ名の通り、魔法属性全てを扱うことができるのだ。無論これはかなり異常なことなのである。

 本来人間は多くても二、三属性である。異世界の勇者でさえ最高四属性。全てを扱うという異質を持ち合わせている者はいない。

 ただしキルツだけは違う。彼は全属性の魔法を操り、あまつさえ初級魔法なら相手に属性を気取られることなく攻撃できるといった特性を持っている。


 人々はそんな彼を口々にこう言った―――――天才だと。


 事実、彼に魔法勝負で挑み勝利した者はいなかった。発動時間も極めて短く、バリエーションが豊富過ぎる彼に魔法で勝つのは至難の業であった。


「若え頃のお前なら今のでもダメージはあったんだけどな。歳をとっただけはあるみてえだな」

「これでもギルマスですからな」

「ハハ、ホントに時は流れてるってわけだ。んじゃ次行くぜ?」


 今度は右手だけでなく両手をデコピンの形を作る。


「これならどうする? ……《エレメンタル・マシンガン》」


 ドドドドドドドドドと両手から放たれる魔力の矢。尋常ではない矢の集団がレーザーのように襲い掛かってくる。

 しかも攻撃範囲がとてつもなく広大であり、動いて回避するのは無理に思われた。空へ飛んだとしても普通なら追い打ちをかけられるだろう。

 その気になればジュドムは空を駆けることができるが、それは直線的な動きであり自由自在に駆け巡りことはできない。いずれ的にされるだろう。


「ならばっ!」


 ジュドムは両手を大きく広げて、その手に膨大な魔力を纏わせる。そしてそのまま胸の中心でパァァァァンッと合掌した。


「《拍手掌》っ!」


 ジュドムの両手から波紋のように広がる魔力の波が飛んでくる魔力の矢を次々と弾いていく。


「ほう」


 その様子を見ていたキルツは感心するように口笛を吹く。


「やるじゃねえかジュドム。まさかそんな方法で俺の魔法を打ち消すとはビックリだぜ」

「まだですよ!」


 ジュドムはそのまま両手で地面を叩く。バキッと手形を作る大地だが、その真骨頂は他にあった。

 ジュドムの行動に意味を見出せていないキルツが立っている岩が突如として爆発を生む。


「なっ!?」

「……《通撃掌(つうげきしょう)》」


 ジュドムは自身の攻撃による衝撃をキルツがいる場所へと地面を通して飛ばしたのだ。

 弾け飛ぶ岩の連撃がキルツを襲うが、そのキルツを一瞬にして風が覆い破片を吹き飛ばしていく。


「やはり発動が早い……いえ、早過ぎですよキルツさん」


 スタッと無傷で降りたキルツはボリボリとボサボサの頭をかく。


「いや~今のは正直驚いたぜ。あんなこともできるようになったんだなぁ」


 嬉しげに笑みを浮かべる彼を見て、ジュドムもまた懐かしさに頬が緩もうとするのを感じて身を引き締める。


「確か《衝撃王》……だっけか、お前の二つ名。えれえ大それた名前貰っちまったなジュドム」

「まったくですよ」

「今のもその名の由来に沿ってるってわけだ」

「まだまだ本番はこれからですぞ!」


 ジュドムの身体から炎が迸る。地面を焦がすほどの勢いに、再びキルツは感心して目を見開いている。


「……オーラタイム!」


 パチンと両手を合わせた瞬間、ジュドムの身体に炎が吸収され始め、次第に肌が真っ赤に色づいていく。


「……へぇ、面白そうだなそれ」

「面白いだけでは―――」


 瞬時にしてキルツとの距離を潰し、彼の目前に現れるジュドム。


「むっ!?」


 キルツの表情も驚愕に変わり咄嗟に彼の前方に水の壁が地面から出現する。さすがに対応が早い。

 しかしジュドムはそのまま突っ込む。ジュゥゥゥゥッと水が蒸発する音が響き、水壁を身体ごと貫いていくジュドム。するとようやく……。


「まずは一撃ですキルツさんっ!」


 真っ赤に染まった右拳がキルツの鳩尾を貫いた。


「がはっ!?」


 キルツの鳩尾から炎が生まれ彼の全身に広がりながら吹き飛んでいくキルツ。バキバキバキィッと岩を破壊しながら炎の塊となったキルツは地面を転がっていく。

 ジュドムは追い打ちをかけようとそのまま近づき、今度は右拳に力を集中させる。


「《炎撃掌》っ!」


 ボボボウッとジュドムの右拳に紅蓮が纏われキルツの身体を突く――――――かに思えた瞬間、そのキルツが一瞬にして黒に染め上がり、その黒がジュドムの身体に纏わりつき、身体の自由を奪う。


「ぐ……これは……っ!?」


 すると背後から服をボロボロにさせたキルツが現れて口を開いた。


「ダークマン……もう一人の俺だ」


 ジュドムを拘束している黒が一部分切り離されてキルツのもとへと向かうと、そのまま形を変えてキルツそっくりに変化した。


「く……なるほど、吹き飛ばされている直後、その偽物とすり替わったってわけですか」

「おお、せいか~い! 頭も良くなったなジュドム」

「迂闊でしたな。もしかして吹き飛んだのも自ら……ですか?」

「まあな、避けられねえと思ったから、敢えて自分から後ろに飛んで衝撃を緩和したってわけだ。そしてこれで……」


 キルツの身体から眩い光が放たれ、傷を負っていた彼の身体がみるみるうちに治癒していく。


「完治ってわけだ」

「はは、本当に厄介な人ですよあなたは……」


 彼は光属性も無論扱える。つまり治癒魔法だってお手のものなのだ。まさに一人で戦い続けることができる戦神みたいな人物。

 全ての属性魔法を扱えるから、相手の弱点をつくこともできるし、怪我を負ったら一人で治癒できる。また身体能力、状況判断も優れており、天才の名をほしいままにした存在なのだ。


「そんなことよりいつまでそうしてるつもりだ? 俺はお前を捕らえたって簡単に思い近づくほどバカじゃねえぜ?」

「…………はぁ」


 ジュドムは全身に力を入れて闇の拘束を弾いて自由を得る。


「もう少し近づいてくれれば隙をつこうと思ってましたが、油断もないってわけですな」

「お前相手にそんなつまんねえことできっかよ」


 だから天才とはやりにくいと思いつつも、ジュドムは若い頃の自分に戻ってきている感覚を覚える。

 相手が強ければ強いほど燃えたあの頃、歳を取り一線を退いたはずの自分だが、まだこんな熱い思いを持つことができることを嬉しく思っている。

 そして目の前にいるのは間違いなく最強の部類に属する相手。これで燃えなければ男ではない。だから思わずジュドムは頬が緩んでしまう。


「……楽しそうだなジュドム」

「あなたはどうですか?」

「おいおい、争いが嫌いな俺に聞くことかよ?」

「……ハハ、そうでしたな」

「ま、でもお前が相手で良かったって思ってるけどな」

「…………では第二ラウンド、行きますか」

「めんどくせえけどな」



     ※



 闇の道―――。

 今、日色とマルキスが歩いている場所を名付けるとそれがピッタリだろう。周囲には闇が広がり日色の前方には幅がちょうど一人が歩いて通れるほどのグレーの道が続いている。

 最初の部屋をクリアした後、扉が出現してその先へ進んだのだが、中はただただ真っ直ぐに道が続いているだけだった。

 マルキス曰く、このまま突き進めばきっと次の扉に辿り着くだろうと言うので、その言に従いこうして歩き続けているのだ。


「ねえヒイロ」

「何だ?」


 前方を歩くマルキスが前を向いたまま訪ねてきた。


「初めて会った時のこと、覚えてるかしら?」

「……お前がしわくちゃのババアだった時か?」

「もう、意地悪ね。あれはこの姿で過ごすわけにはいかなかったから仕方ないって言ったでしょ?」


 少しムッとした声音が響く。


「……覚えてたらどうなんだ?」

「いいえ、ただ最初にした占い覚えてるかなって思って聞いたのよ」

「…………忘れたな」


 本当に忘れていた。というよりも占いなど信じない日色にとっては、話半分どころか右から左へ受け流していた。


「そう……ふふ、あなたらしいわね」

「お前がオレの何を知ってるって言うんだ?」

「そうね、ほとんど何も知らないわ。だけど、こうして話していると、少しずつあなたのことが分かってくるもの」

「…………」

「あの占いの時……異世界人を見たのが初めてじゃないって私が言ったのを覚えてる?」

「そうだったか?」

「そうよ」

「まあでも、お前が前回の勇者たちとともに戦ったのなら嘘じゃなかったってわけだ」

「そう……だって私が召喚したんだもの……シンクたちを」


 その声は微かに震えていた。静寂の闇の中、足音と彼女の声だけが響いている。だからこそ、彼女の声に乗せている感情が明確に伝わってくる。

 それは恐らく灰倉真紅たちを召喚した負い目があるからだろう。もし自分が召喚していなかったとしたら今の状況は有り得ないと考えているのかもしれない。


「後悔してるのか?」

「…………してるわ」

「いくら後悔したところで結果は変わらんぞ」

「それも理解してるわ。嫌というほど残酷な結果を見続けてきたんだもの」


 彼女の時代、というのはおかしいかもしれないが、彼女がまだ王女として真紅たちと一緒に生きていた時代、今よりも戦乱が激しい酷い時代だったと聞く。

 それにあの優花からも、かいつまんでだが過去に何があったのかは教えてもらった。もしアレが真実だとしたら、彼女が失った仲間はとても多い。

 しかも彼女が召喚した異世界人で生き残っているのは優花だけなのだ。そしてその優花でさえも一度死に、『魔人族』として甦ったという結果を残している。

 時代が悪かったと一言でそう言えるかもしれないが、それでも彼女が召喚したせいで結果的に真紅を含めた四人は人生を奪われてしまった。

 それが彼女にとってどれだけの重圧になったのかは計り知れない。


「……ねえヒイロ、私ね、シンクたちが死んで、何度もこの手で自決を図ったのよ」

「…………」


 それは壮絶な体験をしている彼女ならではの選択だったのだろう。仲間が死に、国民たちは裏切りの王女として自分を追ってくる。そんな悲劇に耐えられずに彼女は自殺を図ったのだ。


「だけどね……」


 ピタッと彼女が歩くのを止める。日色もまた静かに足を止めて彼女の後姿を見つめると、全身が小刻みに震えているのを確認した。きっと今、彼女は泣いているのだろうと察しはついた。


「だけど……死ねないの」

「……死ぬのが怖かったか?」

「違うわ。死ぬのなんて怖くない。だけど死ねないのよ」

「死ねない……?」


 彼女の言葉の意味を正確に捉えることができずにいた。すると彼女は懐から小刀を取り出すと、日色へと振り返り、自分の胸へとナイフを突き刺す。ナイフはズブッとほとんど抵抗なく沈んでいき鮮血を散らす。


「なっ!?」


 思わず日色はハッとなって目を見開いてしまうが、次の瞬間、さらに驚くべき光景を目にすることになった。

 ナイフを抜いた彼女の傷口が徐々に塞いでいくのだ。


「お、お前……それは……!」


 マルキスは儚げに苦笑を浮かべると、震える声で語り出す。


「見ての通り、私は死を奪われたの」

「死を奪われた……?」

「そう、死ねない身体になったのよ。それが召喚魔法の《反動》なの」

「…………」

「失敗すれば死。成功するとその死が奪われるの」

「つまり、オレらを召喚したあの第一王女もお前と同じ不死ってことか? いや、正確に言うと不老不死か」

「そうよ。今頃第一王女のリリスが何をしているか分からないけど、もし生きているならそのうちきっと気づくはず。自分がもうただの人間ではなくなったということを」


 まさか召喚魔法にそのようなリスクがあったとは驚きだった。しかし考えようによっては、不老不死に魅力を感じている者たちからすれば夢のような副作用なのではないかとも思う。

 いや、そうは言っても召喚に成功するとは限らないのだ。その資質がある者でさえ、何度も失敗し実際に死が訪れてしまっているのだ。

 ちょっと試しにというわけにはいかない。全てを失う覚悟で臨む者だけが至る可能性を持つという話。


「ただ、死ぬ方法はないこともないのよ」

「そうなのか?」

「ええ、召喚魔法の逆。つまり送還魔法を行使すれば、その成否に限らず死を掴むことができるわ」


 彼女の掴むと言い方に違和感を覚えたが、それだけ彼女が死を望んでいるということが分かった。


「なら何故しなかった?」

「最初は知らなかったもの。この数百年、ずっと調べてきて、ようやく辿り着いた光明。だけど送還魔法は異世界人しか効果がないの。しかもその相手が強く帰りたいと願っていなければ魔法自体が発動できないの」

「なるほどな。オレらが召喚されてこなければ、試すことすらもできなかったというわけか」

「そう、だけどね、国王が異世界人を召喚するという話を聞いても心は躍らなかったわ」

「何故だ? お前はそいつらを送り返せば念願の死を掴むことができただろ?」

「……かもしれないわね。けれど、私の勝手でそんなことできないわ。それに、これは罰なんだって……世界が私に、終末まで見届けろって言ってるように思えたの」

「例の神とやらか?」

「そう、今思えば召喚する前の私は浅慮過ぎたわ。異世界から勇者を呼ぶだなんて……彼らにも家族や友人、恋人といった大切な者がいるはずよ。それなのに勝手な理由で異世界に連れてきて自分たちを救ってくれって……恐ろしく傲慢な考えよね」


 だからこそ日色は召喚された当初から国の世話になることを拒否したのだ。


「勇者たちだって自分の世界との繋がりがあるもの。それを一方的な理由で断ち斬って救ってくれと言うのは、今の私には震えしかやってこないわ」

「…………」

「でも、当時の私はもう十分にそういう思考ができる年頃だったにもかかわらず、召喚を成功させ勇者をどうやってこちら側に引き込むか、そればかり考えていた。まるで他の思考に行き当たらないような靄が、頭の中にずっとかかっていた。いいえ、それは私だけではないわ。誰一人として召喚に疑問を浮かべる者がいなかったわ。身内が失敗して死んでも、次は成功すると信じて、根拠もないのに成功を信じていた。誰もが……何も疑わなかった。……異常よね、今考えても」

「ああ、そもそも国王が娘を犠牲者として選んだ時点ですでにおかしいことに気がつくべきだった」

「……だけど……」

「気がつかなかった。あるいはそういう考えすら一抹も思い浮かばなかった。勇者を呼んでも協力してもらえるか分からない薄い希望に縋った。本来なら有り得ないことだ。そんなことをするより、多くを妥協して対抗している相手との境界線を決めるべきだった。それすらもせずに、いきなりワイルドカードのような召喚魔法を選択したっていう事実は不可思議そのものだ」

「ヒイロの言う通り……だからこそ……」

「神の存在を信じた……か?」


 コクリと彼女は頭を縦に振った。日色は大きく呆れたように溜め息を吐いた。


「確かに、意識を操作されていたのであれば納得のいくことばかりだろう。だがな、それも含めてお前が選んだことだろ」

「……え」

「お前は楽になりたいだけだ。そういう存在のせいで自分が最悪の選択を選ばざるを得なかったってな」

「…………」

「だが、関係ないんだよ。仮に意識を操作されていたとしても、やったのはお前だ。お前自身が選んだ結果、今お前はここに立ってる。自覚しろ。神なんていようがいまいが、この結果を招いたのはこの世界に生きる奴ら全てだ」

「ヒイロ……」

「お前一人だけが悲劇を気取るな。お前や民、多くの種族が間違いを犯し続けてきたからこその今だ。神とやらのせいにする暇があるなら、その神から解放されるように動いたらどうだ?」


 日色の言葉にマルキスは消え入りそうな笑みを浮かべて、


「あなたは……アヴォロスと同じ選択をしてるのね」

「奴が神とやらの支配から抜け出そうとしているのは事実だろう。そのことに関しては至極真っ当な考えだしオレも賛同はする。だが奴はそれに世界を巻き込み過ぎてる。だから放置してはおけない。この世界を潰されては困るからな」

「……神には勝てないかもしれないのよ?」

「そんなことやってみなければ分からんだろうが。お前は試したのか? 探したのか? 何もやってないのならお前が口を挟む権利なんてないぞ?」


 ビシッとマルキスに指を突きつける。


「占い師、お前は一体何がしたいんだ?」

「わ、私は……」

「別にこのまま逃げ続けたままで生きていくというんならそれでもいい。それがお前の人生の選択だからな。答えろ、お前は何がしたい?」


 日色は彼女の目を真っ直ぐ見て答えを求める。悲しみと戸惑いに揺れる彼女の瞳は、明らかに何かの答えを求め彷徨っているような気がした。


「わ、私は……」


 日色はマルキスの口元に注目する。彼女がどういう答えを出すのか少し興味があった。壮絶な過去を経験し、ずっと彼女は逃げたままだった。今もなお過去に囚われ、戦うことを避けてきた彼女。

 それはそれで別に一つの答えだろう。だが今彼女はこうしてここに立っている。恐らくジュドムを助け、今回も日色に情報を与えてくれている。

 しかし彼女には揺らぎがある。怯えている。その中途半端な覚悟ではこの先、きっと彼女は大事な選択の時に間違いを犯すような気がした。

 今回の戦争で、彼女の最終的な立ち位置は大いに天秤を傾かせることになるような気がする。だからこそ彼女の意志を聞く必要があった。


(もしコイツがまだ宙ぶらりんな答えを返すようなら、ここからすぐにでも消えてもらった方がいい)


 アヴォロスに取り込まれ、厄介なことになる前に……。

 しかしそう思ったが、マルキスはキリッとした表情を浮かべ、


「私は! アヴォロスを呪縛から解放してあげたいの!」


 そう言う彼女から強い意志を感じて日色は目の色を変えた。


「それがシンクの願いでもあるから!」


 瞳にまだ微かに戸惑いの光があるものの、彼女はすでに答えを見出しているようだった。


「そうか、ならオレはもう何も言わない。お前がそう決めたんなら進めばいい」


 日色は小さく顎を引くとそのまま歩き出す。そんな日色を追いながらマルキスが声をかけてくる。


「……一つ、伝えたいことがあるの」

「……何だ?」

「これからアヴォロスが成そうとしてることよ」

「…………魔神復活……だろ?」


 日色の言葉に目を見開くマルキス。


「き、気づいていたの?」

「予測が立てられただけだ。奴が《魔剣》を手に入れて何かをしようとしていることは分かってた。《魔剣》は魔神とやらの身体の一部なんだろ?」

「え、ええ」

「それに奴は力を求めている。何しろ神とやらと戦わなければならないんだからな。どんな奴かは分からんが、神と名乗っている以上、その実力も生半可じゃないだろう。だからこそ、超常的な力が必要になる。そこで奴は考えた。神には―――神だ」

「ヒイロ……あなた」

「魔神の強さは実際に戦った経験のある奴にはハッキリと分かってるはずだ。多くの犠牲を払ったにもかかわらず封印することしかできなかった」

「……その通りよ」

「そして今、奴の手の中には復活の儀式に必要な《魔剣》。そしてその生贄に多くの魂がいる」

「魂……」

「だからだろ? 奴が人を殺してるのは。それも膨大な数を」

「…………」

「多分魔神復活にはその魂が必要になるんだろうな。しかも考えられないほど多くの……な」


 日色は少し言葉を切って軽く息を吸い目を閉じる。カツカツと足音が周囲に反響している。


「あの水晶玉……」

「水晶玉?」

「奴が《魔剣》に喰わせた球体だ。あの中には見るだけで吐き気を引き起こすほどの黒い憎しみの塊があった。あれは奴に殺された者たちの魂で凝縮されたものだった」

「もしかして、ヒイロはそれを一目見て気づいたのかしら?」

「ああ、今にも水晶玉から出て奴を殺したいっていう多くの意志が伝わってきた」

「あなた……一体……」

「何故オレにそれが分かったのかは定かじゃないが、あれは痛み、悲しみ、怒り、憎しみ、あらゆる負を含んだ魂の結集体だ。オレには分かった」

「…………だから魔神復活がアヴォロスの目的だって分かったの?」

「……いや、もう一つ、ある奴にあることを聞いた」

「あること……?」


 日色は目を開き、足をピタッと止める。そしてそのまま彼女に背中を向けた状態で言う。


「……《ナーオスの灯》の正体」

「っ!?」


 マルキスの息を呑む雰囲気が伝わってきた。まさかその事実を日色が知っているとは思っていなかったようだ。


「……驚いたわ。ここで私があなたに伝えようとしたことをすでに知ってたなんて……」


 どうやらマルキスはここで自身の持つ情報を日色に与えようとしていたようだ。だからこそ、日色のいる場所へ先回りして待っていたのだろう。


「《ナーオスの灯》……アレは《魔神の核》なんだろ?」

「……そうよ」

「だからこそ、勇者の一人は命をかけて《ナーオスの灯》を誰も手が出せない場所を作り封印していた。それが――――――【聖地オルディネ】。勇者の仲間だった奴が、《ナーオスの灯》を生涯守るために、そこに神殿を作り、そして街が生まれた。かつて勇者が荒廃した大地を、緑豊かな土地へとするためにその命をかけて神聖な領域を作り上げたと伝わってきていたが、真実は違った。あそこにはどうしても守らなければならないものがあったからだ」

「そうよ、ロウニス・ギルビティ、かつての仲間だった人よ。彼がその場所を永劫守り抜くと誓い《ナーオスの灯》……決して侵してはいけない《聖域の魂》を隠し続けてきてくれた。もし権力者やよからぬ企みを持つ者が知れば、きっと悪意に満ちた手段で《魔神の核》を使おうとするはずだから」

「魔神は生まれたばかりの雛と同じだって聞いた。復活した瞬間、その目に入った者に忠誠を誓う存在。まるで刷り込み現象そのものだ」

「ええ、だからこそ誰にも渡すことができなかった。その正体にだけは気づかせるわけにはいかなかったもの」


 それはそうだろう。復活させた瞬間、その目に映る者を主人とするのであれば、もし魔神を手懐けることができれば世界を支配することも簡単だ。

 まさに世界の王、いや、世界の神にもなれるかもしれない。刃向う者は魔神の力で殺せばいいのだから。それが人であろうと、国であろうと、また大陸であろうと、魔神の力を以てすれば難しくはないだろう。

 またそうならないうちに核を破壊すれば良かったのではと日色は思ったが、ポートニス・ギルビティからそれは不可能だと聞いた。


 何故なら下手に衝撃を与えてしまえば、それだけで復活する危険があるとのことだ。無論完全体というわけではないらしいが、それでも国などを簡単に吹き飛ばすほどの力を持つ存在だという。

 それに真紅たちが戦った魔神も完全体ではなかったらしい。それでも勇者や多くの人が魔神に殺されてしまっている。それだけ暴虐の力を秘めている存在なのだ。

 日色は再び歩き出して、その後をマルキスがついていく。


「アヴォロスは魔神の完全復活を目論んでいるのよ」

「だろうな。だからこそ、長年この戦争を起こすために必死で魂を集めて、あの《魔剣》も探してきたんだろうな」


 クゼルが封印したはずの《魔剣》。それをアヴォロスは血眼になって探したはずだ。完全体にするためには《魔剣》・人の魂・《ナーオスの灯》が必要になる。アヴォロスは全てを揃えてしまっている。


「何としても完全体にだけはさせるわけにはいかないわ。その実力は未知数で、恐らく……世界が本当に終わってしまうわ」

「そのためにも、まずはここを脱出しないといけないが」


 日色は目線を前へと向ける。そこには一つの扉があった。


「次の扉ね……」

「ああ、開くぞ」


 扉に近づき日色は警戒しながら蹴り破った。

 眩い光が目を突き、思わず顔をしかめてしまうが、耳に明らかな戦闘音が響いてくる。


(誰かが戦ってる?)


 大地が破壊される音や雷が落ちたような雷鳴も轟いている。そのまま目を凝らし誰が戦っているのか確認する。どうやら二人の人物が互いに競っているようだった。

 その中の一人は、間違いなくジュドム・ランカースであった。



      ※



 ジュドムがキルツと拳を交ぜ合わせていると、ふとキルツが足を止めて意識を別の所へ向けた。


「どうやらお客さんが来ちまったようだぜ?」

「……?」


 ジュドムは彼がチラリと意識を飛ばした場所に自らも意識を向けてみると、そこには赤いローブを身に纏った少年とダークブルーの髪を持った少女がいた。


「……ヒイロにマルキス?」

「これはこれは、ウチの大将の本命がやって来たってわけだ」


 キルツの大将は無論アヴォロスのことだ。


「けどまあ、手を出す雰囲気でもなさそうだなジュドム」

「そうですね。マルキス……あの少女にはこの場で俺があなたと戦いたいと言っておきましたから、手を出すような野暮はしないでしょう」

「ほう、なら思う存分やりあえるってわけだ」

「はい」

「カカカ、なら……オ~イ、ランコた~ん!」

「な、なななな何て呼び方するんですかキルツさんはっ!」


 キルツが自身の背後にいるランコニスに向かって手を振りながら叫ぶと、顔を真っ赤にして照れながらランコニスが怒鳴る。


「暇だったらよぉ、アイツらとだべってたらどうだぁ?」

「なっ!? あ、あの人たちは敵ですよっ!」


 彼女の言を受けて、キルツがジュドムに「ちょいとすまねえな」と言ってその場からランコニスのところへ向かう。そして彼女の傍までやって来て、


「ランコちゃん、おめえさんがな~んでアヴォロスについてるのかは知ってる。だからこそよ、あそこにいるガキが見えんだろ?」

「そ、そりゃ見えますよ。あの少年が《マタル・デウス》にとって一番の難敵だということも把握しています」

「あのガキなら……おめえさんを救えるんだわ」

「……え?」


 キルツが彼女の頭にポンと手を置く。そして優しげに微笑む。それはまるで父が娘に行う慈愛に溢れた接し方のように思われた。


「俺が今後どうなろうが、最後まで面倒見ることはできねえ。だからよぉ、心残りはこの世に置いておきたくねえんだわ」

「キルツさん……?」


 キルツの言っている意味が分からないといった様子だ。


「おめえさんにはまだ未来がある。あそこにいるガキなら……《文字使い》なら何とかしてくれるはずだ。そういう情報もここにある《魔石》に刻まれてんだ」


 キルツは自身の胸に親指を当てながら言う。アヴォロスが死人を操るために使っている《魔石》には、《文字使い》の情報が刻み込まれているようだ。


「あのガキを初めて見た時からずっと考えてた。だから……ぐっ!?」

「キルツさんっ!?」


 突然キルツが胸を押さえて顔をしかめたので、ランコニスは慌てて彼の身体を支えようとするが、キルツは手を身体の前に差し出して拒否する。大丈夫だと言わんばかりに笑みを浮かべているが、尋常ではない汗をかいている。


「へ、へへ……あの野郎……こんな会話もダメだってことかよ……」


 苦笑交じりにアヴォロスに対して愚痴を溢すキルツ。キルツは少しランコニスと距離を取って深く息を吐いて心を落ち着かせる。


「なあランコちゃん、俺の戦い、しっかりその目に焼きつけておきな」

「え……キルツさん?」


 戸惑うランコニスをよそに、踵を返したキルツは再びジュドムのもとへ向かった。黙って待っていたジュドムは彼を見て渋い声音で問う。


「もう、よろしかったんですか?」

「ああ、悪かったなぁ、ちょっち中断しちまってよぉ。けどまあ、これで俺も後腐れなくやれるってわけだ」

「…………では互いに全力で」

「ああ……決めようぜ、さっさとな」


 ビリビリと大気を震わせる両者の覇気。手を出すと大きなしっぺ返しがくるような雰囲気を持ち合せながら、両者がジッと睨み合っている。

 パキパキッと大地にもヒビが入り、小石がパンッと弾かれている。彼らは動いていないが、今も気迫と気迫で激突しているのだ。

 その余波で周囲の環境に影響を及ぼしてしまっている。

 不意にキルツが先に動き右手の指を弾いて魔力の矢を飛ばした。


「プリズムブレイク!」


 ジュドムもほぼ同時に魔法を唱えていた。ジュドムの手から放たれた青紫色の電撃がキルツが飛ばした矢に激突して打ち消す。そしてそのままキルツへと電撃の奔流が彼を呑み込まんとするべく襲い掛かる。

 しかし次の瞬間、周囲が氷結世界へと早変わりする。ジュドムが放った電撃すらも氷漬けになってしまう始末。


「……アイスワールド」


 小さく呟くキルツ。ジュドム自身、彼の魔法速度に吃驚しつつも、瞬時に次の行動に移っていた。


「オーラタイム!」


 先程は炎を身に纏っていたジュドムだが、今度は身体から凄まじい放電を生み出し、それを身体に取り込んでいく。バチバチバチバチッと乾いた音とともにジュドムの身体が雷と一体化していく。

 そして文字通り雷のような動きを見せてその場から一気にキルツへと詰め寄る。だがキルツはポケットに両手を入れたまま動かない。


 ジュドムの拳が彼の腹を貫くが、パリィィンッと砕けてしまった。冷たく固い触感。それは氷と同質だった。


「やっぱ身代わりか!」


 気づいていたようでジュドムはそのまま目を閉じ意識を集中させる。紙のように細い刹那の時、カッと目を見開くとジュドムは頭上を見上げる。

 そこにはエレメンタルマシンガンを打ち込もうとしているキルツの姿があった。ドドドドドドドドドッと放たれる属性の見分けがつかない魔法攻撃。

 ジュドムはその場から残像を残しながら移動し、キルツを討つべく空へと跳び上がる。速さではジュドムの方が上。しかし器用さ、戦術の類では今もキルツには及ばない。論理的にスマートに組み立てられた隙のない彼の攻撃に、昔はジュドムはいいように遊ばれていたのだ。


「だが俺は愚直に突き進むだけだっ!」


 ジュドムはキルツの顔を殴り飛ばすが、それもまた偽物であり、今度は先程のダークマンと呼ばれる闇魔法の分身体だった。しかも形を変化させてジュドムの身体に纏わりついてくる。


「ぐっ……!?」


 またも身体を拘束されてしまいかねない状況の中、ジュドムは歯を食い縛り叫ぶ。


「そっちが理詰めでくるなら! こっちは…………力でねじ伏せるっ!」


 ジュドムの身体から再び激しい放電現象が生み出され、それが両手へと集束していく。そしてそのまま両手を広げたと思ったら、勢いよくパァァァァァァンッと合掌した。


「《拍手雷撃掌》っ!」


 突如――――――ジュドムを中心にして光が発し、雷鳴とともに凄まじい雷撃が周囲を襲い始めた。

 ジュドム自身が雷雲になったかのようで、瞬きの中、無数の雷が上空と大地へと放たれていく。次々と大地に存在する岩場を破壊しつくしていき、そこに身を潜ませていたはずのキルツにもその被害が及ぶ。


「ぐわぁぁぁぁっ!?」


 ジュドムの攻撃がキルツを捉える。


「キルツさぁぁぁぁんっ!」


 ランコニスの声がキルツへと飛ばされる。だが下手に近づけば、ジュドムの攻撃範囲に入ってしまい彼女も雷の餌食にされてしまう。

 彼女はそこで黙って見ているしかない。キルツもそれを望んでいた。自分の戦いを目に焼きつけておけと。

 だから彼女もまた歯を食い縛ってキルツを見続けていた。

 するとキルツを捉えたジュドムがさらなる追撃をかける。空を蹴り上げるようにして移動しながら加速を増していくジュドム。

 そのまま雷を受けて痺れてしまっているキルツへと突っ込んでいく。


「……っ!?」


 キルツもジュドムの突撃に気づいて目を見開く。


「キルツさんっ!」

「……ジュドム」


 ジュドムが地面に仰向けに倒れている彼の腹目掛けて全力で掌底を放った。


「《衝撃掌》っ!」


 瞬間、キルツの身体が大きく痙攣をした後、バキバキバキバキッと骨が砕ける嫌な音がキルツの身体から響いてきた。

 落下の勢いも加わっていたというのに、全力で突き出した掌底は、キルツを突き抜けて一切の衝撃を地面に行き渡らせなかった。

 つまり全ての衝撃をキルツ単体に凝縮させられた完全なる一撃というわけだ。その衝撃波はキルツの身体を駆け巡り、余すことなく頭の先から足の先までダメージを与える。


 それに耐え切れなかったため、キルツの全身は悲鳴を上げてしまった。

 ジュドムは身体を起こして息を乱しながらキルツを見下ろす。終わったと思っているのか、その顔は安堵と悲痛が混じり合った複雑な色を表していた。

 だがその時、地面に横たわるキルツの口が震えながら言葉が紡がれる。


「……ば……っか……やろう……なに油断……してんだ……」

「……え?」


 ドスッとジュドムの腹を何かが突き刺す。それは槍のように形作られた闇魔法だった。ジュドムは口から血を吐きながら後ろを振り返ると、そこには……。


「……ダークマン……!」


 キルツが作り出した黒い物体がウネウネと動きながら、その一部分を硬質化させてジュドムの腹を背後から突き刺していたのだ。



 ジュドムの雷撃による攻撃を受けた瞬間、キルツは反射的に闇魔法であるダークマンをありったけの魔力を注ぎ込んで地面の中へと移動させていた。

 これは彼が今まで培ってきた戦闘反射の賜といえる結果といえる。またジュドムの《衝撃掌》の攻撃は確かにキルツの全身の骨を砕き、動きを奪うほどの威力を備えていたが、残念なことに彼を操作している核となる《魔石》には傷一つついてはいなかった。

 それも彼が咄嗟に残された身体力を駆使して《魔石》を覆ったという事実に起因する。そのため彼の胸の中に埋め込まれているそれは無傷であり、まだキルツに自由意思を与えることは叶わなかった。

 ジュドムは背後からダークマンに攻撃されながら大地で横たわるキルツの身体が光輝くのを見る。


(ぐ……回復するつもりか……!)


 キルツには光属性も備わっている。自身を治癒できるのだ。しかし彼に残された魔力も少量であり、治癒にも時間が掛かる上に、たとえ治癒が終わっても今までどおりには動けないだろう。

 だが結局彼をアヴォロスの呪縛から解放しなければ戦い続ける傀儡。ここでジュドムは彼にトドメを刺せなかったことを悔やむ。


「ジュドムッ!」


 距離を開けてマルキスからジュドムへと声が飛ばされる。隣にいる日色は腕を組みながら静かに見守っている。

 ジュドムは心配気なマルキスに向かって安心しろというように笑みを浮かべる。


「いつまで人の腹を貫いてんだ黒いの!」


 貫かれたままでジュドムは踵を返してダークマンを殴りつける――が、元々液体のような存在であるダークマンをただの物理的攻撃による排除はできない。

 バシャアッと周囲に黒が飛び散るが、至ってダメージを負っていない様子でダークマンが形を整えていき、キルツと同じ姿になる。

 だがその間にジュドムは全身に力を張って腹を貫かれている黒槍を弾き飛ばした。そして傷口は筋肉を締めつけて出血を防ぐ。

 筋肉の鎧を纏っているジュドムだからこそできる芸当だった。


「……筋肉……バカ」


 驚いたことにダークマンが喋り始めた。どうやら意志まで持っている魔力生命体のようだ。これをキルツが魔法で生み出しているのだから驚愕ものである。


「ほう、たかが魔法で作られた野郎にバカ呼ばわりされるとは、俺も落ちぶれたもんだなぁ」

「……主の命。お前殺す」

「おうよ! やれるもんならやってみやがれ! けどな、俺はしぶてえぜ?」


 ジュドムは両手で掌底の形を作ると、そのまま張り手のように突き出す。


「《掌青波(しょうせいは)》っ!」


 連続で突き出す手から、張り手を模った青白い衝撃波が放出される。ダークマンは器用に身をかわすが、徐々にジュドムの攻撃速度が増していき次第に避け切れなくなってくる。

 《掌青波》に掠った瞬間、ダークマンの身体がブレて当たった場所が爆発したように弾け飛ぶ。

 堪らなく思ったのかダークマンは大地へと逃げようと身体を沈ませていく。


「させっかよっ!」


 ジュドムは右足で大地を大きく踏み込む。バキィッと大地に亀裂が走った瞬間、足元からダークマンへ衝撃が大地を伝っていき、ダークマンが今にも全身を隠そうとしている大地が突然爆発した。


「っ!?」


 その衝撃により上空へと吹き飛ばされるダークマン。


「どうだ? 《伝撃(でんげき)》って技だ。そしてこれがトドメだぜ……」


 ジュドムが拳に意識を集中し始めた時、ダークマンの身体がグニャリと変化して突如として彼の身体から無数に針状の物体が大地へと伸びていく。

 まるでウニのようだが、鋭いその針は回避する場所を埋め尽くすようにジュドムの周囲から襲い掛かってきた。


「ちぃっ!? まだ動けたのかっ!」


 あとはトドメを刺すだけだと考えていて敵の攻撃の対応に遅れをとってしまう。いくらジュドムとはいえ、これだけの針に全身を貫かれて無事でいられるわけがない。

 ジュドムはカッと目を見開くと全身の筋肉を盛り上げ、またその身体から黄色いオーラが迸る。まさしくあれは身体力である。しかもその量は膨大。ジュドムもまた全力全開で力を使用している。

 その身体力を身体に纏わせて、ジュドムは頭の上で腕をクロスさせて防御態勢をとる。


「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 大気を震わさんばかりの怒号のような叫びが響き渡る。ダークマンの攻撃により、大地には次々と無数の穴が生まれていき、その凶刃がジュドムへと迫る。

 ダークマンは仕留めたと思い笑みを浮かべているが、次の瞬間にその表情が凍る。

 パキンパキンパキンッとジュドムに衝突した針がその防御力に負けて折れてしまっている。


「……ちっ!」


 ダークマンは明らかに動揺を見せ、その場から逃げ出すようにどこかへと向かう。そこにはいつの間にか立ち上がっていたキルツがいた。どうやら少し回復したようだ。それでも歩くことはできなさそうである。

 ジュドムは慌てずに全身を覆っていた身体力を右手に集束し始める。その間にもダークマンはまるでキルツと一体化することを望んでいるかのように彼のもとへと向かっている。

 恐らく再び同化して魔力補給するつもりなのだろう。しかしそれはジュドムにとって願ってもない状況だった。


 ダークマンがキルツの胸の中に吸い込まれようとした瞬間、ジュドムは大地を蹴り上げ電光石火の勢いで突っ込んでいく。

 そして右手の形を貫手へと変化していく。いまだ動けないキルツは目の前から突撃してくるジュドムを見て確かに笑った。


「……悪いなぁ……ジュドムよぉ」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 ジュドムは吸収されそうになっているダークマンごとキルツの胸を突き刺した。串刺しにされてもなお、キルツの顔は歪まない。それは恐らく痛みを感じないためだろう。そして鮮血も確認できないのも死人である特徴である。

 全てが終わったかのように、ダークマンもその存在を失っていきキルツからも覇気が消失していった。

 手に感じる不愉快な感触にジュドムの顔は険しくなる。憧れていた人の胸をその手で貫いているのだから仕方無いといえばそうだ。

 ジュドムはその腕を引き抜き、倒れ掛かるキルツの身体をその大きな身体で抱え込む。


「……キルツさん」

「……ハハ、なんでぇジュドム、情けねえ声出してんじゃねえよ」


 ジュドムは静かに大地へと彼を横たわらせる。


「キルツさんっ!」


 ランコニスが慌てて二人のもとへ駆けつけてきた。そして地面に座り込み悲しい顔でキルツの顔を見下ろしている。


「……おいおいランコちゃん、言っておいただろ? これが俺の望みだって」

「で、ですが……ですが……」


 それでも心が締めつけているのか彼女の両眼から涙が零れ落ちている。


「よく我慢してくれたなランコちゃん……いつ戦闘に介入されっかと内心冷や冷やもんだったぜ」

「それは……だってキルツさんが見ておけと……」

「……やっぱ律儀だなおめえさんは……けど、そこがランコちゃんの良いところだ」


 戦いが終わったと見て、日色たちもジュドムのもとへやって来る。そして日色の姿を見たキルツが、


「ヒイロ・オカムラ……だっけか」

「急にフルネームを呼ぶな」


 こんな状況なのに相変わらずの返しである。


「一つ、頼みがあんだけど、聞いてくれるか?」

「……何故オレに言う?」

「おめえさんだったらきっとこの子を救えるはずだからよぉ」


 キルツは視線をランコニスへと一瞬だけ動かして再び日色へと戻す。


「救える?」

「そうだ。この子は救いを求めて、仕方無くアヴォロスの配下にいるに過ぎねえんだわ」


 雰囲気からランコニスが、こちらに明確な敵意を持っているとは感じられなかった。それは彼女と実際に会ったことのあるララシークも不思議そうに思っていたという。

 彼女からはどうも敵意や殺意とは別物の、使命感みたいなものを強く感じた。元来彼女は戦いを好む性格でもないだろう。今ここでこうして見ていても彼女がそういう種類の人間ではないことは分かる。


「キルツさん、一体その子の救いってのは何ですか?」


 ジュドムが問うと、キルツはランコニスに言っていいかといった感じで視線を送る。彼女もまた小さく顎を引き了承を表す。そしてキルツがその重い唇を動かした。


「この子の弟がな……病に蝕まれてんだ」


 その言葉に誰もが息を呑んだ。





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