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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第六章 イデア戦争編

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186:弟子は師を超えて

 オーノウスの周囲に薄黒い半球状の領域が作り出された瞬間、オーノウスは微かに眉間にしわを寄せた。


「……久しぶりだな。お主の力を味わうのは」

「そうだろう。では行くぞ」


 刹那、再びテリトリアルが先に行動を起こした。地を蹴って砂がザザッと舞い上がる。その砂が大地へと落ち切る前に、彼はオーノウスの懐へと迫った。


「そう簡単にはいかぬぞテリトリアルよっ!」


 オーノウスの身体を纏う《赤気》の密度も濃くなりその場から電光石火のごとく後方へと距離をとる。その動きを見てテリトリアルもオーノウスを追っていく。

 近づき剣を抜き一閃するが、オーノウスはさらにスピードを上げて上体を逸らして避け、そのままバック転をしながら体勢を整える。

 二人は一呼吸で相手の懐へ入れる距離を維持しながら互いを警戒している。


「……さすがだな、少しくらい鈍っているかもしれぬと思ったが、お主は変わらぬな」

「それはオーノウス、こちらのセリフだ。いや、あの頃と違って精錬されたその力。《太赤纏》の力強さでそれはよく分かる」

「確かに、時を止めていたお主とは違い、俺は鍛錬をし続けていたからな」

「ふむ。ならば早々に本気を出した方が良さそうだな。……四倍……いや、十倍だ」

「むぅぅっ!?」


 テリトリアルの低い声が静かに響いた瞬間、薄黒いエリアが突然その黒さを増した瞬間、オーノウスの身体がズンッと地面に少し沈む。 

 そしてテリトリアルは大きく跳び上がり剣を鞘から抜いて、オーノウスの頭上へと剣を振り下ろした。

 オーノウスはカッと目を見開くと、ボコッと右足の筋肉が膨らみ地面の凹みが広がる。

 テリトリアルの剣がコンマ数秒でオーノウスを斬り裂くと思われたが、彼の剣はターゲットを失い手応えを失ってしまった。次いでオーノウスはテリトリアルの背後に回り、拳を突き出す。

 しかしオーノウスの拳もまたブオンッと空を切っただけだ。テリトリアルもまたオーノウスのように機敏良く回避したのだ。


「やはり素晴らしい動きだ」


 そう言ったのは目を閉じたままのテリトリアルだった。オーノウスは歯を噛み締めながらテリトリアルの涼しい顔を見つめる。


「相変わらずお主の魔法は堪えるな」

「久しぶりだろう?」

「ああ、久しぶりの――《重力魔法(グラビティ・マジック)》だ」


 オーノウスの全身には今では十倍の重力がのしかかっていて普段の動きから制限を受けている。

 テリトリアルの魔法を熟知していたオーノウスは、もちろん今自分の周囲を覆っている黒い領域が彼の魔法を発現させるものだということを把握している。

 その中にいる者全ての重力を操作できるユニーク魔法使い――それがテリトリアルという男である。しかも自らの重力を軽くして移動してくるので、剣筋を先読みすることを怠ると、あっという間に切り刻まれてしまう。実際にこちらは加重され、向こうは軽減するので卑怯極まりないと思ってしまう魔法なのだ。


「こうして重力結界の中でお前と戦うのも本当に久しぶりだ。アヴォロスに従っているのは不快だが、再びお前と手合せできることだけは感謝している」

「……手合せではなく殺し合いなのが至極残念だがな」

「フッ、そうだな。だがお前で良かった」

「テリトリアル?」

「お前なら、きっと私を…………解き放ってくれると信じている」

「…………ああ」

「私の魔法の攻略法もお前は知っている。…………頼むぞ」

「………………任せておけ」


 オーノウスはギリッと歯を食い縛り覚悟をしたように目を見開くと、


「…………《獣覚》!」


 イーラオーラの時と同じく、オーノウスの姿が変化していく。目が赤く充血し始め、身体を覆っている体毛が青黒く変色していく。

 身体も大きくなり、見た目からして凶暴さが具現化したような獣の姿を体現する。だが見かけだけではない。体内の《赤気》の量や筋肉の質などが遥かに向上して多大な戦力を得ることができる。


「……顔が怖いぞオーノウス」

「そう言うな。自覚はある」

「はは、なら行くぞ。身体が勝手にもう準備している」

「……来い」


 二人は再び激突した。



     ※



 オーノウスとテリトリアルの戦いを【シャイターン】から覗き見ている人物がいる。その人物は黒いサングラスが特徴のキルツである。

 キルツは二人を見つめながら重々しい溜め息を肺から吐き出す。


(あの二人が何で殺し合いなんかしなきゃなんねえんだ……)


 キルツは二人に会ったことはないが、二人を見たことはあった。それはかつてキルツが人間界のギルドパーティである《平和の雫》を結成する前のこと。

 まだ一介の冒険者だった時、人間が魔界へと攻め入り、キルツもまた懇意にしていた人物とともに加勢ではなく、怪我人を介抱するために魔界へ入った。

 冒険者の集まりで構成している部隊を作り魔界の集落を次々と襲っていた時、そこへ二人の人物が冒険者の前に立ちはだかった。

 その時の様子はあまりにも滑稽だった。百人を超す屈強の冒険者の塊を相手にたった二人の男が守りに構えている。どう考えても無謀で無知な行為だとその光景を見たキルツは思っていた。


 しかし数秒の後、キルツの目は驚くべき光景に魅入られてた。周囲から迫ってくる殺意を込めた攻撃をかろやかに回避し、向かってくる冒険者を一人、また一人と鎮圧していく。

 何よりも二人の息の合った動きは見事だった。声をかけるまでもなく、アイコンタクトもせずに、まるで互いの考えていることが分かっているかのごとく二人は敵を打ち倒していく。

 無論彼らも無傷ではない。だが血が滴り落ち、撒き散らしながらも数十分の後、最後に悠然と立っていたのはオーノウスとテリトリアルだった。


 キルツは言葉を失って、傷つきながらも互いの拳を合わせて健闘を称えている姿を見た。さらに驚くべきなのは、地に倒れている冒険者たちである。誰一人命を失っている者がいなかったのだ。しばらく動けないような重症かもしれないが、戦争にもかかわらず殺すという選択肢を省いた彼らの行動に見惚れていた。

 美しい……息を呑みそう思った。

 立場としては敵だ。だが誰も殺さず身を傷つけながらも集落を守り通した二人に感動を覚えて尊敬すら覚えていた。


 そしていつかまた、先程のように美しく高潔な二人の戦いを見てみたいと思った。そして自分もまた、そういう戦いをすると誓った。その思いが、元々争いが嫌いなキルツを動かし、《平和の雫》を結成することになる。

 あれからキルツは二人の戦いを見ることは叶わなかったが、それでも二人には感謝をしていた。

 だからこそ、今目の前に繰り広げられている悲しみしか残らない戦いに胸を痛めていたのだ。


「こんなところで何をしている」


 急に胸の奥がスッと冷たくなる思いをキルツは感じる。


「まさか、テリトリアルの戦いの邪魔をしようとでも思っているのか?」

「…………」

「いや、そのようなことはできないな。お前は刃向うこともできないただの傀儡だ」

「うるせえなぁ……陰鬱になっから声、かけねえでくれっかなぁ……ヒヨミ」


 鷹のような鋭い瞳を憎々しげにヒヨミにぶつけるキルツ。


「そうやって貴様は囀るしかないがな」


 キルツは不愉快気に踵を返すと歩き出す。しかしキルツの背中に向けてヒヨミが続ける。


「くだらない考えは捨てるのだな。無意味だ。それにあの甘いオーノウスのことだ。テリトリアルを倒せるとも思えん。ここでオーノウスは死ぬ」


 するとピタリと足を止めるとキルツは鼻で笑った。


「お前はな~んも分かってねえよ」

「……?」

「絆ってのは、何よりも強え。その強さをあの二人は見せてくれる。しっかり目薬でも差して見ておけよマッド野郎」


 それだけ言うとキルツはそのまま足を止めることなくその場を後にした。



     ※



 剣と剣が鍔迫り合いを起こしているような音が周囲に響いている。幾度も衝突し、その際に互いが互いの最善を尽くす攻防一体の動き。

 そして再びオーノウスとテリトリアルが二人の間にある距離を一瞬にして潰し火花を散らす。無論オーノウスは剣など持っていない。それでもオーノウスは彼の剣を受け止めることを可能としている。

 今オーノウスの両腕はまるで炎に投げ込まれた鋼と同様、マグマを体現したような色をしていた。その腕でテリトリアルの剣を受けるという信じがたい行為をしている。

 普通なら間違いなく切断されるだろう。しかし今、オーノウスの両腕は鋼のそれと遜色のない硬度を宿している。


「確か《太赤纏・静》だったか?」


 衝突の後、互いに距離を保ちながらテリトリアルが言う。


「正確には《太赤纏・静の集》というのだがな」


 《太赤纏》には二つ種類がある。それは攻撃の《動》と防御の《静》である。前者の方は膨大な魔力を放出して熱量を極限にまで高めて攻撃する手段であり、後者は《赤気》を集束させて防御力を飛躍的に上げる手段なのだ。

 今回はその《静》の中でも《集》と呼ばれる一部分に《赤気》を凝縮させ防御力を最大限にまで高める技である。その高度は鋼にも劣らず、腕に纏えば一振りの剣となる。


「そうだったな。しかしやはり改めて対峙しても思う。その力は反則並みだぞ」

「よく言う。お主の魔法こそ、攻略法を俺が知らなければ今頃身動きすら取れていないぞ」

「最高で三百倍の重力。常人に耐えられるわけがないからな」

「しかし強過ぎる魔法にも穴がある。初めて聞いた時は驚いたぞ。まさか…………目を閉じていれば無効化できるなんてな」


 彼の《重力魔法》で広げた重力空間内にいるものは、確かに全て彼の思い通りに重力を操作されるが、こと生物に関して言えば相手が目を閉じていれば効果が無いという制限もあった。故に今、オーノウスは目を閉じて空気の動きだけでテリトリアルの攻撃を受けていたのである。


「それでも目を閉じながら私と打ち合えることがすでに驚きだぞ」

「訓練の賜だ。お主も目を閉じてはいるがな」


 オーノウスは、彼が目を閉じている理由に、先に話した魔法の無効化とは違う意味があるのは分かっていた。そもそも重力結界の中ではテリトリアルが自分に相手と同様の魔法効果が及ぶことはないのだ。自由に軽くも重くもできるのだから。

 重力から解放された動きができるテリトリアルと、重力を極限までに操作され制限を受け続ける相手。普通に考えればあまりにも理不尽な魔法の力である。この力でテリトリアルは過去に多くの同胞を救い、敵を大地にひれ伏してきた。


「オーノウスも人が悪い。私が目を開けない理由。それはお前に対して開けても意味がないからだろう? それも考慮に入れてお前が私を討つ役を買って出たはずだ」

「……その通りだ」

「お前相手には重力結界は意味を成さないな」


 すると周囲を覆っていた黒々とした領域が徐々に小さくなっていき消失した。


「もう閉じるのか?」

「ああ、無駄に広げていても魔力の無駄だ。それに私が生まれつき魔力量が少ないのも知っているはずだ」


 彼の魔力量は確かに生まれつき『魔人族』と思えないほど少ない。言ってみれば獣人に近いのだ。だから強力な魔法もあまり多用はできない。すぐに魔力が枯渇してしまい使えなくなるからだ。それもまた強過ぎる魔法のリスクなのだろう。

 またいくら結界を広げても限界はあるし、結界外へ出られれば意味も成さないのだ。テリトリアルの重力結界は懐へ飛び込んでくる相手には都合が良いが、遠距離攻撃をする者や、オーノウスのように攻略法を知っている者には効果がない。


「さてオーノウス」


 バサッとテリトリアルの背中から黒い翼が広がり、彼がゆっくりと空へと昇っていく。さらに上昇する彼の周りにはポツポツポツポツと小さな黒い点が出現し始める。

 その黒点がちょうどテニスボールほどの大きさになると静かに彼のもとから離れていき、地上にある岩や城の残骸などに付着する。するとテリトリアルが翼を軽く動かし微風を周囲に生み出すと、黒点が付着した物体がフワッと浮いた。

 そしてそのままそれらが風に乗って上空へと持ち上げられていく。


「そうだな、まだその力がお主にはあったな」


 思い出したようにオーノウスはより身を引き締める。


「上手く避けるのだぞオーノウス」


 大空高く上がった岩や城の残骸。それらよりも高く飛び、テリトリアルが大きく翼をはためかした瞬間、岩などは物凄い勢いでオーノウスがいる地上へと落下し始めた。


「…………グラビティ・メテオ」


 テリトリアルの呟き通り、それはまさに隕石が降ってきたと同義。次々と襲い掛かってくる空からの脅威に、オーノウスはバネのような肉体を機敏に動かして避けていく。

 隕石群は辺りにクレーターを生みながら森ごとオーノウスを潰そうと落ちてきている。


「数が多い! ならば!」


 オーノウスは視界に【シャイターン】を映す。城を盾にすれば攻撃ができないはずだと判断した。そこで近づこうとしたのだが、突如見えない何かにその身体を弾かれてしまった。


「くっ!? …………そういえば城の周囲には守護結界が張られているという話だったな」


 それを忘れていたオーノウスは軽く舌打ちをしてしまう。見れば隕石群も結界に当たって弾かれている。だからこそテリトリアルはこの場で安心して魔法を使うことができるというわけだ。

 オーノウスは再び身を翻しながら空に浮かぶテリトリアルを見つめる。跳ぶのは容易い。しかし跳んだ後、攻撃を回避された後が問題だ。

 空ではやはり翼を持ち自由に動ける相手の方が有利。攻撃失敗すればその隙にテリトリアルの攻撃を間違いなく受けてしまうことになる。


 だがここでこうして避け続けていてもいずれは体力が尽きてしまい、彼を倒すことができなくなる。それにあまり時間をかけ過ぎれば、それだけ城の復元が近づいてしまう。


「ここは一か八か……か」


 オーノウスは覚悟をしたように目を細めると、落ちてくる隕石群の動きを必死に追い、その隙間からテリトリアルを目視する。

 そしてイーラオーラを倒した時と同じ両手を合わせて狼の牙を模したような形を作る。身体から溢れている《赤気》が両手に集束し、その熱量を極限にまで高めていく。


「……トドメを刺してやるぞテリトリアルよ」


 するとその場からオーノウスが凄まじい速さで大地を駆け出す。オーノウスが踏みしめた地面にボコボコッと凹みが次々と生まれていく。


「《戦技・百客(ひゃっかく)》!」


 突然オーノウスの身体がブレると、二人に分裂した。そしてその二人がさらに分裂していき、大地にはあっという間に百人のオーノウスが出現した。


「ふむ、気配も同等……さすがだオーノウス」


 テリトリアルの感覚を見事に騙しているのか、彼は本物のオーノウスを見極められずにいるようだ。

 オーノウスの群れはタイミングを見計らい、全力で跳び上がった。隕石群の隙間を搔い潜り、そのまま真っ直ぐにテリトリアルに突っ込んでいく。

 テリトリアルは次々と剣や黒点をぶつけてオーノウスを倒そうとするが、彼の攻撃に遭い消えていくのは分身体だけのようだ。

 そしてすぐ背後に二人のオーノウスが迫ってきていた。

 テリトリアルは勘で左のオーノウスを剣で斬り裂いたが、次の瞬間、右のオーノウスから迸る殺気が走った。本物は右側だった。

 刹那、テリトリアルが悲しげに眉を寄せた。しかしすぐに微笑み、


「……辛い役目をさせたな……オーノウス」


 その言葉を聞いたオーノウスはテリトリアルとの過去がフラッシュバックした。彼とともに戦った戦場。彼とともに飲み交わした美味い酒。彼とともに高め合った力。走馬灯のように激しく流れる回想がオーノウスの胸を抉る。


「……くっ!?」


 オーノウスの表情は歪み、そしてあろうことか目を閉じて集中を途絶えさせてしまった。そしてオーノウスが放った《熱波狼牙》はテリトリアルの身体の中心から大きくズレが生じてしまい、奪ったのは――――――彼の左腕だけだった。


「馬鹿な……っ!?」


 それに驚いたのはテリトリアルである。歯を食い縛り、身体を震わせているオーノウスを睨みつける。


「何故外したのだ馬鹿者っ!」


 しかし言葉とは裏腹にテリトリアルの動きは止まらない。右手で素早く剣を抜くと、そのまま空を素早く動きオーノウスの身体に斬りつけた。

 《熱波狼牙》は一撃必殺の大技であり、全ての《赤気》を両手に集中することで莫大な攻撃力を生む。だが他の部分の《赤気》が失われ防御力が激減するというリスクも持つ。結果……


 ブシュゥゥゥッとオーノウスの身体から鮮血が噴き出す。防御力を失った身体は、たとえ《獣覚》を施していようがテリトリアルの一撃を受け切れるものではない。

 左肩から右腹部にかけてバッサリと彼の剣が肉体を刻んでしまった。


「オーノウスッ! 避けろっ!」


 テリトリアルは自分の意志とは関係なく、その攻撃には明らかな殺意が込められている。真っ直ぐにオーノウスの喉元目掛けて突き立てられた剣。このままではオーノウスが死んでしまう。

 だが無情にもテリトリアルの声に反応することなく、オーノウスはただ歯を食い縛っているだけだった。


「馬鹿者ぉぉぉぉっ!」


 そしてテリトリアルの剣がオーノウスの喉元へ突き刺さる――――――――――――かに思えた。

 

 突然その場からオーノウスが姿を消したのだ。いや消したのではない。テリトリアルはその行く先を視線で追う。そこには    


「オーノウスさんは……やらせないッスよ――――――先生」


 大きな緑色の鳥とともに登場した《クルーエル》の《序列三位》であるテッケイルがオーノウスを抱えていたのだ。



     ※



 テリトリアルの剣による一閃が、今まさにオーノウスの命を奪おうとした瞬間、テッケイルが彼を寸でのところで守ることに成功した。

 そしてテッケイルの登場に気づいたオーノウスは上半身の傷から血を流しながらも意識はハッキリしていたようで、


「……馬鹿者……何故ここへ……」


 自分を助けてくれたことよりも、各部隊への情報役であるテッケイルがここへ単独で来たことを注意しているようだった。


「馬鹿者はどっちッスか。僕が助けなかったらオーノウスさん、死んでたじゃないッスか」

「…………」

「それに……」


 テッケイルが目の前で翼を広げているテリトリアルを見つめる。懐かしいその顔。だが死人になった彼と会ったのは初めてではない。

 ずいぶん前に『人間族』と『魔人族』が同盟を結ぼうとしている最中に、あらゆる情報をかき集めていたテッケイルの前に姿を隠すように黒衣で覆われたテリトリアルが現れた。そして油断を突かれて彼に気絶させられ、一時期はアヴォロスに捕縛されてしまっていた。

 あの時見た顔。本当は信じたくはなかった。まさか自分の尊敬する人が、アヴォロスの傀儡になっているということを。


 殺された相手に無理矢理仕えなければいけないその悔しさは類を見ないほど心が張り裂ける辛さを覚えるものだろう。

 だがこうして対面してやはりテッケイルは思ってしまう。


「……お久しぶりッス……先生」


 ああ、懐かしいなと。

 願わくばまた彼から様々な知識を分け与えてもらいたい。一緒に酒を呑んでみたい。もっと…………語り合いたい。

 そう思わずにはいられない。それほどテッケイルにとって彼という存在は特別だった。

 父であり、兄であり、師であった彼。その生き方を敬い、自分も彼に負けじと鍛錬をして後を継ぐべく努力した。


「よく……オーノウスを助けてくれたなテッケイル」


 そう、こんなふうに褒められたいとずっと願っていたのだ。思わず目頭が熱くなってくるのを必死で我慢する。


「先生……」

「馬鹿者。そのような顔をするな。今私はお前の敵なのだ」


 それでもテッケイルはこうして再び巡り会えたことに感謝を覚えていた。突然彼がアヴォロスに殺されて憤りを覚えたが、すぐにアヴォロスも死んだせいで何故テリトリアルを殺したのか聞くことができなかった。振り下ろす拳の行き先を失っていたのだ。


「……それにしても無茶をしたなテッケイル」


 テリトリアルがテッケイルの身体を見ながら言葉を発する。今、テッケイルの身体はあちこちが傷だらけである。何故ならここに来るには罠のような密林を抜けてくる必要があった。

 できれば自分の存在をあまり大っぴらにしたくはなかった。だから《絵画魔法》で兵士の姿に変化することもできるので、成り変わり密林へと足を踏み入れてオーノウスを追ったのだ。


 だが思った以上に木の妨害が激しく、いちいち相手をしていたら時間が掛かり過ぎる。なので鳥を描いて実体化させて真っ直ぐ森の中を突っ切ってきたのだ。その途中に何度か木に邪魔されて転倒することもあり、木の攻撃を受けることもあったが、ここへ来ることを優先して逃げるようにやって来たのだ。

 テッケイルが懐から筆を取り出して、乗っている鳥の背に筆を沈み込ませていくと、筆の先が緑色に変色した。

 この鳥はテッケイルが《絵画魔法》で作り出した存在であり、こうして筆をつけると絵の具代わりにもなるのだ。


 その筆をオーノウスの傷口に沿ってなぞっていく。すると絵の具が瞬時にパキパキッと硬質化していき、オーノウスの出血をこれ以上防ぐことに成功する。


「ぐ……すまないなテッケイル……」

「いいえッス。だけど回復したわけじゃないッスから無茶はダメッスよ」

「……ああ」


 オーノウスは傷口に手を当てながらテッケイルの横に並び立つ。だがその顔は申し訳なさそうに陰りを帯びていた。


「すまんなテリトリアル……」

「まったくだ。何故躊躇したのだ? あの時、お前なら私を葬れたはずだ」

「…………」


 テッケイルにはオーノウスの気持ちが良く分かる。たとえ死人となりアヴォロスの手先になっていたとしても、テリトリアルはオーノウスの親友に間違いないのだ。

 いくら戦う覚悟ができていたとしても、やはり殺す直前に気が迷ってしまうのは仕方無かった。

 だがそれではいつまで経っても戦況は変わらないのだ。この戦争、負けるわけにはいかない。守りたい人たちのために、テッケイルはある覚悟を持ってこの場へとやって来たのだ。


「……先生」

「……テッケイル」

「……僕は、先生に拾われて良かったと思ってるッス」

「…………」

「先生に一から全て教えられ、ずっと先生を目指してきました」


 自分を拾ったテリトリアルは、すでに魔軍のトップクラスに位置し、《クルーエル》にも属していた。また強さだけでなく、民や兵士たち同胞からも慕われていた。そんな彼を心の底から尊敬していた。

 いつか彼と肩を並べて国を守ることが、彼への恩返しだと思っていた。


「……肩を並べて戦うことができなくなったのは心苦しいッス」

「テッケイル……」

「だけど……まだ恩返しの方法はあるッス」

「…………」

「ここで僕が……僕の手で先生を越えることッス!」

「……!?」

「まだまだ弱かったあの頃、いつかあなたと一緒に戦いたいと思い腕を磨いてきたッス。だけど! 今は違うッス! 今は……あなたを越えるためにあなたを倒すッス! それが! あなたの弟子で子供である僕の恩返しッス!」

「……良く言った」


 自分の手でアヴォロスの呪縛からテリトリアルを解放する。それがかつて育ててもらった人に対する最大級の恩返しになるとテッケイルは考えた。

 そしてその考えを聞いて、テリトリアルもまた嬉しそうに頬を緩ませている。


「行くッスよ……先生!」

「私に見せてくれ。お前がどこまで成長したかを」


 テッケイルは筆を軽やかに動かして、


「《絵画魔法》…………《空描き(スカイ・ペイント)》!」


 驚くことに紙ではなく空中に絵を描き始めた。僅か数秒もせずに描き上げたのはまたも鳥だった。ボンッと絵が立体化してその上にテッケイルは乗った。


「オーノウスさんはその鳥に乗ってて下さいッス」


 テッケイルはオーノウスを乗せたまま動くのは効率が悪いと判断して別の鳥を作り出したのだ。


「ほう、まさか空中にまで描けるようになったとは、成長したなテッケイル。嬉しく思うぞ」

「ありがとうッス先生。でもまだまだこれからッスよ」


 テッケイルは翼を持たない『魔人族』なので、テリトリアルのように自由に単独で空を動き回ることはできない。だから機動性では劣るだろう。それにあまり近づくと……


(例のアレが待ってるッスからね……)


 テッケイルはジッとテリトリアルの顔を見つめながらジリジリと少しずつ距離を縮めていく。すると突然、テリトリアルの周囲にポツポツポツポツと黒点が生み出されていく。

 その黒点がテッケイルに向かって飛ばされてくる。


(アレに当たると重力を自由操作されてしまうッス!)


 彼の魔法はオーノウスと同様にテッケイルも熟知している。だからこそ、黒点の脅威も把握して鳥に回避命令を出して逃げる。

 しかしあまり遠くへ逃げると今度は下から木の突き上げという罠が待ち構えている。アヴォロスの領空では注意して飛行する必要がある。


(けどもうそろそろアレも起こるッス。それまで時間稼ぎをさせてもらうッスよ!)


 テッケイルは黒点を見事にかわしながらチラチラと森の外を見つめる。



     ※



 テッケイルが一定の距離を保ちテリトリアルと対峙しているところをオーノウスはテッケイルが作り出した鳥の上で悔しそうに拳を握りしめていた。

 本来なら先の《熱波狼牙》でテリトリアルを仕留めていたはずなのに、彼を仕留めることに躊躇してしまい結果、こうして傷を負わされテッケイルに間一髪なところを助けられている。


「……不甲斐無い」


 オーノウスはテッケイルとテリトリアルを戦わせたくはなかったのだ。二人は本当に仲の良い家族のような間柄だった。

 ある日、テリトリアルがテッケイルを拾ってきた時から、彼を養子にして生き方、戦い方を教授していた。テッケイルはテリトリアルを慕い、テリトリアルもテッケイルを大切に育てていた。

 よく子育てについて相談もされたことがあるが、オーノウスはいつも揺るがず冷静沈着なテリトリアルが、酒の席では子について悩んでいる様は新鮮で面白いものだった。


 だがそれだけ彼がテッケイルのことを真剣に考えているということで、オーノウスは嬉しかった。

 本当の親子のような二人。その絆はとても強固なものだったはずだ。

 だからこそ、二人を戦わせたくないと思ったオーノウスは、自らがテリトリアルを止めるべく動くことにしたのだ。


「しかしこの様か……」


 ギリッと、自らの覚悟の弱さに悔やむ。あの時、終わらせておけば、こうして師弟対決など見なくても済んだはずなのだ。

 オーノウスはテッケイルが止血してくれた部分を手で触れながら申し訳なさそうに眉をひそめて二人の戦いを見つめていた。



     ※



「逃げてばかりでは私を倒せんぞテッケイル」


 そんなテリトリアルの挑発ともとれる言葉にはテッケイルは耳を貸さない。先程から彼が放つ黒点から回避するばかりである。


「……何を狙っているのだ?」


 質問に答えず、そのまま上昇し、テリトリアルを見下ろす場所へと移動。テッケイルは筆を右手で持って空中に素早く絵を描く。描いたのは岩である。それがボンッと具現化すると、大きさが何十倍にもなった大岩がテリトリアルに向かって落下し始める。


「……そうきたか」


 テリトリアルが上空を見上げながらテッケイルの攻撃に呟く。


「だが無駄だ」


 すると今までずっと閉じていたその瞼がゆっくりと持ち上げられる。その瞬間、大岩が彼の瞳の中へと吸い込まれていく。その様子を黙ってテッケイルは見下ろしている。

 そしてテリトリアルよりも遥かに大きい岩が全て消失してから、テッケイルは静かに彼と同じ立ち位置まで移動していく。対面する両者。


「……久しぶりッスね。先生のその眼」

「私には魔法は通じない。知っているだろう?」

「覚えてるッスよ。何度先生に魔法を吸い取られたか……その瞳――――――《菱毘眼(ひしびがん)》にね」

「私が本当に《菱毘眼》を使えるのか試したか。情報収集役のお前らしいな」

「…………《魔眼》の一つ――《菱毘眼》。魔法や属性攻撃を吸収することができる能力を宿す稀少な瞳。変わらず好調のようッスね」


 彼の両眼。常人のそれとは違い、二重の菱形になっている形状。白目の中に赤い菱形があり、その中心に黒い菱形が存在している。そしてその黒い菱形の中に魔法や属性攻撃は分解されて全て吸収され、魔力として還元するという恐ろしい能力である。


「けど、ずっと目を閉じてたのは何でッスか? もしかして、親友であるオーノウスさんを見ながら戦うのが心苦しかったからッスか?」

「……それもある。だがお前も知っているはずだ。私のこの瞳が制御できないことを」

「そうだったッスね。目を開けている間は、近くにある魔法を敵味方問わず吸い込んでしまうんスね」


 彼の瞳は確かに強力なものだが、開けている間は彼自身も魔法は使えないのだ。何故ならその魔法も全て吸い込んでしまうからだ。つまり先程黒点を作りテッケイルに攻撃していたが、もし目を開けていたら、その黒点は生み出された直後に瞳へと吸い込まれてしまう。


「でも、やっぱり目を開けて僕を見て欲しかったッスから」

「…………すまないな、私はいつもお前の想いを裏切っている」

「……先生」


 テッケイルは頭を横に振る。


「いいえッス。今のはちょっとすねてみただけッス」

「テッケイル……」

「はは、それに先生はいつも僕の想いを真っ直ぐ受け止めてくれてたッスよ」

「…………」

「だから…………あなたは僕が止めるッス」


 テッケイルがそう宣言した瞬間、密林のあちこちから炎が生まれた。


「ん?」


 テリトリアルが外へと視線を向かわせ、燃え上がる木々を見つめる。テッケイルはその様子を見て笑みを浮かべる。


「時間稼ぎ成功ッスね」

「ほう、何をしたのだテッケイル?」

「ここに来る前に、兵士たちに指示を与えておいたんス」


 密林の外に待機している兵士たちに、密林へ入っていった者にあることを伝えてもらったのだ。それは森の中から火を放つこと。そして放ったら即座に森から脱出することである。

 するとテリトリアルが再び炎を鎮火するべく動き出すはず。だが今、テッケイルがテリトリアルを止めているので、炎をどうにかすることなどできない。

 これなら厄介な森を焼失させることができると踏んだ。


「なるほど、考えたものだなテッケイル」

「先生の相手は僕ッスよ。この森は消させてもらうッス!」


 再びテリトリアルに向かってテッケイルが空中に描いたものをぶつける。それは無数とも思えるほどのツバメほどの鳥の群れ。次々と具現化する鳥が、真っ直ぐテリトリアルへと突撃していく。

 テリトリアルは例の如く《菱毘眼》を使ってテッケイルの魔法を吸い取っていく。密林に燃え盛っている炎のような大規模なものを吸いこもうとするならば、目に全神経を集中しなければならない。身動き一つできないその様子では、テッケイルから簡単に攻撃を受けてしまうので、その選択はできないのである。

 テッケイルは彼の意識を自分へと集中させて、その間に密林を燃やし尽くす方法をとった。


「根競べッスね先生!」


 高速に手を動かして吸い込まれる勢いに負けじと鳥を生み出していく。


「……と、そんな効率の悪いことはしないッスよ!」

「むっ!?」


 テリトリアルの眼前に鳥の後ろにナイフが隠されていることに彼が気づき、一旦吸い込むのを止めてその場から脱出する。だが彼の背後からナイフを構えたテッケイルが鳥に乗って飛んできた。


「っ!?」


 ブシュゥッと血しぶきが舞う。しかしそれはテッケイルの身体からだった。見事なばかりに反応したテリトリアルが、すかさず右手に持っていた剣を振り向かってきていたテッケイルの身体に斬撃をくらわせたのだ。

 攻撃をした本人であるテリトリアルは悲しげに眉をひそめている。アヴォロスに操られた身体は、自然に敵を討つ対応をしてしまうのだ。もちろん愛弟子であるテッケイルを好きで攻撃などしたくないだろう。


 しかし身体は勝手に動いてしまう。自らの手で傷つけたことでテリトリアルは悲しみに包まれた。

 刹那、斬られたテッケイルの身体が一瞬で液体状になり弾けた。


「っ!?」


 するとテリトリアルは上空から殺気を感じて見上げる。そこからテッケイルが単独で落下してきて、その手には腰に携帯していた剣が握られてある。


「もらったッスよ!」


 落下の速さを利用した剣速は更にテッケイルの振り下ろす力が加わり閃光の如き剣線を生む。しかしそこはさすがのテリトリアルなのか、空だというのに俊敏に身体を引きかわそうとする。

 テッケイルも彼が間違いなく反応するだろうことは分かっていた。だからクイッとテッケイルもまた身体を動かしてターゲットを逃さないようにする。


 しかし突如としてテリトリアルを中心にして重力結界が出現する。たとえ結界に入っているテッケイルの重力を何倍にもしようが、ほぼ意味は無い。いや、意味がないどころかさらに勢いが増すだけ。だからこそテッケイルは上空から真っ直ぐに落下してきているのだ。

 ただテリトリアルの身体が一瞬ブレてその場から残像を残して消失する。テッケイルは彼が自らの重力を軽減して素早く回避したのだと判断し顔を青ざめさせる。しかし次の瞬間、


「まだ諦めるなテッケイルッ!」


 声が聞こえるのはテッケイルの上方。そこには背後からテリトリアルを拘束しているオーノウスの姿があった。


「オーノウス……!?」

「お主の咄嗟の動きは……俺には見えている」

「…………」

「ともに幾戦もの戦場を駆け抜けてきた親友だからだ!」

「……!?」


 オーノウスの身体も決して万全ではない。むしろ瀕死に近いだろう。それなのにテリトリアルの動きを読み取り、彼の回避先へと先回りしていたようだ。テリトリアルは身体を必死に動かしているが、オーノウスの力が強いのか抜け出せずにいる。


「今だぁぁぁっ! やれテッケイルゥゥゥッ!」


 オーノウスのその叫びにテッケイルの胸の中に熱いものが流れ込む。そしてオーノウスが乗っていた鳥が下にいたので、その鳥を足場にしてそのまま跳び上がった。真っ直ぐテリトリアルを照準に入れる。そして重力結界に入った瞬間、テッケイルは目を閉じて彼の気配を感じ取る。

 そのまま剣を振り被り―――。


「くっ! せんせぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 テッケイルは悲痛な顔を浮かべながら剣を振り下ろした。悲しみを覚悟に、覚悟を力に変えて、その剣に想いの全てを乗せて一閃した。

 瞬間、テッケイルの覚悟を感じたのか、テリトリアルは穏やかに頬を緩めた。


「……強くなったな…………テッケイル」


 テッケイルの剣がテリトリアルの身体を斬り裂いた。



 身体にテッケイルの斬撃を受けたテリトリアルが力無く地面へと落下していく。しかし血しぶきはない。やはり彼が死人だと否応にも理解させられてしまう。

 胸にパッカリと傷口を開きながら落ちていくテリトリアルを思わずテッケイルは手を差し伸べて助けようとするが、寸でのところで思い止まってしまった。

 ここで助けてどうなる。あの傷はテッケイルが生んだものであり、この結果は自分自身が選んだものなのだ。

 差し伸べた手を握り締め、何の感覚もない手に寂しさを覚える。だがその時、落ちていくテリトリアルの手を取り体勢を整え、そのまま下にいる鳥へと着地した人物がいた。


「……オーノウスさん」


 彼もまたテッケイルと同じ葛藤と戦っていた人物だった。テッケイルが作り出した鳥の上で彼はテリトリアルを抱え、ゆっくりと鳥の上に横たわらせる。


「……放っておけばいいものを……馬鹿者だぞオーノウス」

「仕方無かろう、身体が勝手に動いてしまったのだ」


 目を閉じたままのテリトリアルに、オーノウスは苦笑を浮かべながら答えていた。そこへテッケイルも近づいていく。


「……先生」

「テッケイルか……よくやった。《クルーエル》の名に恥じない見事な一撃だった」

「……一撃必殺。場を見極めて最高の一撃を常に模索し続けろ。それが先生の教えだったッスから。残念ながら最初の一撃は避けられちゃいましたけど」

「いや、全身全霊を込めた素晴らしい一撃だったぞ」


 幼い頃からテリトリアルに一撃の大切さを教えられて育ってきた。実力が拮抗している者との対戦なら、なおさら一撃が入るかどうか、そしてその一撃で相手の戦闘不能を引き寄せるかどうかがかかっている。だからこそ、相手の油断を誘い、虚をつく行動を選んで攻撃をした。


「多分先生はアヴォロスにこう命令されたはずッス。城へ近づく脅威を防げって」

「…………」


 沈黙は肯定だということをテッケイルとオーノウスは理解している。


「だからこそ密林を燃やすことによって、先生の意識が散漫になるようにしてみたんス。もちろん生前の先生なら優先すべきものを間違わず、一つ一つできることに最善を尽くすはずッス。けど、今の先生は意識上では僕を警戒しつつも、森に放たれている炎に無意識に身体が反応していたんス。だからこそ、動きと思考が鈍ってましたッス」

「そこまで考えての囮だったか」

「はいッス。それに死人ってのは、生前の力を全て発揮できるわけじゃないってのも調査済みッス。恐らくそれがアヴォロスの魔法の制限にも繋がることッスけど、あれだけのゾンビ兵や黒衣を作り出し操っているんスから、全ての死人に百パーセントの能力を使えるようにすることなんて無理ッス」


 実際に各地に散らばっていた黒衣の死人たちも、その力を存分に発揮していたかと問われれば疑問が残るものが多かった。やはりそれは魔法の制限によるものなのだろう。


「いくらアヴォロスが、先生自身の肉体を使っていたとしても……ッス」

「……気づいていたのか」

「ハイッス。黒衣の死人は情報では目には生気を感じず黒々としているんス。けど死人であるはずの先生は違ってるッス。それは恐らくアヴォロスが、本人の肉体を直接使ってるからッス」


 大陸を繋ぐ橋での戦いの時にも現れた黒衣の死人。倒した後に調べてみると、彼らの身体は多くの死体をパズルのように繋ぎ合わせて作られた人形のような存在だった。そこにアヴォロスが魂を埋め込んで操っていたのだ。

 そしてそういう輩の特徴は、黒々とした不気味な瞳だったのだが、少なくともテリトリアルにはそれが見られなかった。そして今服ごと身体を斬り裂いたお蔭で、彼の身体がどうなっているかを確認できるのだ。


 死人なので血は通ってはいないが、他の死人たちと違い都合の良いパーツを繋ぎ合わせた身体ではなく、テリトリアルが生前鍛え尽くしていた身体そのものだった。だからこそ、彼という存在は、本人の身体を使ったものだと判断できたのだ。


「頭まで回るようになったな。本当にあの臆病で泣き虫だったテッケイルか?」

「う……それを言うのは勘弁してほしいッス」


 テリトリアルのからかいに思わず顔を赤らめてしまうテッケイル。


「そう言えば、あの森は魔法で作られたものだろう? それなのに何故お前の《菱毘眼》で火を吸い込んだ時に一緒に消失しなかったのだ?」


 不意にオーノウスが疑問に思っていたのか、テリトリアルに質問をする。するとテリトリアルは「ああ、そんなことか」と喋り始めた。


「私の瞳が反応するのは、純粋な魔法や属性攻撃によって生み出されたもの。あれは確かに魔法で作られてはいるが、現実に存在する樹の種を使い生み出されたもの。あれはな、ヒヨミという者とカイナビという者の合作とも言うべき魔法生物だ。あれはもう純粋な魔法ではなく、モンスターと等しい存在だ。私の瞳は確固たる命を持つ存在を吸い込むことは叶わない。知っているだろう?」

「そうッスよ、オーノウスさん、もしかして忘れてたんスか?」

「う……」


 どうやら忘れていたようでオーノウスがそっぽを向いている。すると彼は急に話題を変える勢いでテリトリアルに言葉をかける。


「テリトリアル、身体は動かないのか?」

「ああ、胸に埋め込まれているものが見えるだろう?」


 オーノウスの言葉にテリトリアルが胸に視線を集めさせる。パッカリ開いた傷口からは赤い石が脈打っているのが目視できる。ただテッケイルの攻撃により中心に亀裂が入ってしまって弱々しくなっている。


「これはアヴォロスが作り上げた《魔石》だ。どの死人にも必ず大小様々だが埋め込んである。そのお蔭でアヴォロスは、あれほどの大量の死人を操ることに成功しているのだ」


 それも情報では得ていた。倒したゾンビ兵や黒衣の死人を解剖したところ、同じような《魔石》が発見されている。そして膨大な魔力がそこに宿っていたことも確認していた。

 そして恐らくそれがアヴォロスの力を受け取る受信機のようなものになっているのだろうと推測されていた。


「しかしアヴォロスの縛りがあるにもかかわらず、そのようなことを言えるものなのか?」


 アヴォロスにとって不都合なことには変わりはない。それなのに何故喋ることができるか疑問に思ったのオーノウス。


「恐らく《魔石》を傷つけたからだ。身体こそ動けはしないが、前からずっと感じていた拘束感から抜け出せたような爽快さを感じているからな」


 《魔石》はアヴォロスの魔法を増幅させ相手を操作する要のようなものなのだろう。それがテッケイルによって傷つけられたことで、その効果を失いつつあるようだ。


「今なら、私の知っている情報を話せるな」

「で、ですが先生……」

「そう私を気遣うなテッケイル。私は再びお前たちと会うことができた奇跡に喜びを得ている。オーノウスの変わらずの優しさや、お前の成長をこの肌で感じることができてそれ以上何を望もうか」

「「…………」」

「私は……十分に満足している」


 その言葉で我慢できなくなってテッケイルは涙を流してしまった。


「っ……せん……せっい……!」

「……やはりまだまだ泣き虫なままだったか?」


 呆れるように言うのでもなく、咎めるように言うでもない。テリトリアルのその声音には愛しさと穏やかさが込められてあった。


「……私がアヴォロスに殺されたのは、奴を調査していたからだ」

「調査?」


 オーノウスが聞き返す。


「ああ、まだ奴が魔王として君臨している時、時折彼が姿を見せない時があった。側近の私にも何も報告が無いことを訝しみ、私は彼を内密で調べていた。するとある時、彼がある場所で白装束の男と会っているところを見た」

「白装束? 誰だそいつは?」

「フードを被っていたので顔は分からない。ただ声から男だと判明できた。そしてその者からは異様な雰囲気を感じた。まるでこの世とのズレのようなものを感じ、私は怖気が走ったのを覚えている。その時感じた思い……言葉にするのは難しいが、例えて言うならば、脳が、心臓が、悲鳴を上げているような感覚だった」


 よくは分からないが、尋常ではない空気がその場に流れていたことだけは理解できた。


「何とか情報を得ようと耳を澄ましていたが、私がアヴォロスを調査していることに、アヴォロスもまた気づいていたらしく、すぐにその場からどこかへと去って行った。そしてある日、唐突に彼が私の部屋へと重大な話があるからとやって来た。警戒はしていたつもりだったが、私はもう一人の侵入者に気づいていなかった」

「ま、まさか……!?」

「そうだ。いつの間にか先程話した白装束が部屋の中にいたのだ。隙を突かれた瞬間、私はアヴォロスによって葬られてしまった」


 国には激震が走った。魔王の側近であるテリトリアルがアヴォロス自らの手で殺されたことを、アヴォロス自身が告白したのだ。

 無論テリトリアルを処断した理由を皆が問い質した。そしてアヴォロスは一週間後に答えを示すと言って姿を消し、約束通り一週間後アヴォロスは誰もが戸惑う答えを見せた。


 ――――――自らの死によって。


 誰に聞いても事の真相は分からない。ただアヴォロスがテリトリアルを殺し死んだことだけが明確になった。自殺だと誰かが言ったが、彼の胸からは何故か『魔人族』特有の《魔核》が奪われていた。

 何者かが奪っていったのだと推察され、その時に誰かによって殺されたのだろうと、そして何をするつもりか知らないが《魔核》を奪っていったのだと考えられた。


 元々アヴォロスが魔王に居座っていることに不満を持っていた者たちが多数だったので、彼の死をほとんどの者が口には出さないが喜んでいただろう。

 そうして奇妙な事件は終息に向かった。不気味で謎めいた足跡だけを残して。


「つまり、アヴォロスには白装束の男と出会っていたことを話してほしくなくお主を殺したということか?」

「だろうな。何故自らも死を選んだ……いや、死を偽装したのかは本当のところは分からないが、恐らく何かしらの準備期間が必要だったのだろう。この戦争を起こすために」


 テリトリアルの見解は間違っていないだろう。あのまま魔王の座にいても、いずれ彼の暴虐を止めるべく立ち上がる者が内部から出ただろう。しかも大勢だ。

 さすがのアヴォロスも本当に殺されるわけにはいかないので、死を偽装して戦争の準備を着々と進めていったに違いない。


「その白装束が何者か分かっているのか?」

「……ああ、今も城の中にいる。無論確証はないが、醸し出す雰囲気から奴と見て間違いないと思っている」

「……誰だ?」

「そいつの名は――」




 ――――――――――――勝手なことを言われては困るな。

 



 野太い声が聞こえ、テッケイルとオーノウスは咄嗟に声の主を追う。

 するとそこには地上から伸びた丸太の上に乗っているヒヨミの姿があった。





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