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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第六章 イデア戦争編

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185:神の存在

 優花の話を黙って聞いていた日色だったが、想像以上の壮絶さに内心驚きを得ていた。彼女がそこまで過激な経験をしていたとは思っていなかった。

 勇者として召喚されて、人間だけでなく世界のために奮闘した。魔神という恐ろしい相手にも立ち向かい、多くの仲間を失っても世界を守った。しかし仲間である灰倉真紅の異端さに恐怖を感じた者たちがその排除に動いた。

 今まで英雄と称えてきた者たちがほとんど手の平を返したように意見を変え、優花たちの命を次々と奪っていった。

 世界の英雄から、世界の敵へと成り変わり追われた勇者たち。壮絶過ぎる物語だった。

 しかし気になることもある。


「ちょっと待て、なら何故お前は死んでない?」


 日色の目の前にいるのは間違いなく優花なのだ。しかも調べたところ確かに生きているのだ。いや、生きているというのはおかしいかもしれない。彼女の胸に収まっている心臓は確かに脈動を止めている。

 その代わりその隣にある『魔人族』が持つ《核》が活発に活動しているのだ。


「私は確かに死んだ。いや、完全に死ぬ一歩手前で、再び陛下が私のもとへやって来て助けて下さったのだ」


 ヴィクトリア兵に囲まれてトドメを刺される瞬間、アロスが舞い戻ってきて、その場にいる者を皆殺しにした。そして優花の命の灯が消えそうになっているのを確認して、アロスがとんでもないことをしたのだ。


「何をしたんだ?」

「陛下は自らの《核》を私に授けてくれたのだ」

「何だと!?」


 その場でアロスは自らの胸を抉り、《核》を取り出すと、優花に注ぎ込んだのだという。


「そう、ここにあるのは、陛下の魂そのものなのだ」


 優花は愛おしそうに自らの胸に触れる。

 だが本来『魔人族』でないものが《核》を受け入れることなどできない。拒絶反応が出てしまうからだ。そして優花もまた、その拒絶反応で心臓が止まってしまった。完全なる死である。

 アロスはその事実を真紅へと告げた。アロスの胸の傷は真紅がすぐに治癒したが、二人の胸にはポッカリと、また大きな穴が開いてしまった。真紅の瞳は、昔のような輝きを失い虚ろで絶望が映し出されていた。

 それでもまだ争いは続き、さすがのアロスも魔王の立場を忘れて【ヴィクトリアス】へ攻撃を仕掛けようとした。しかし真紅に止められてしまう。

 そしてその時、彼が気になることを言ったという。


『もう、終わるから』


 その意味がアロスには分からなかったみたいだが、ある日、アロスの部下から朗報がやって来た。

 魔王城に安置していた優花の遺体に埋め込まれている《核》に小さな脈動を感じたという。それから彼は信頼できる研究者を集めて彼女の身体を調べさせ真紅を探した。彼ならば優花を完全に生き返らせることができるかもしれないと思ったからだそうだ。

 ようやく探し当てた時、そこはかつてラミルの遺体を埋めた場所だった。ずいぶん大陸から距離が離れていたが、力強く海の上に浮かんでいた。

 しかし丘の上で見たものは、真紅の変わり果てた姿だった。その傍には墓石のような石が置かれてあり遺書が書かれていた。

 それは日色も一度確認したから知っている。


「その時、陛下は真紅の魂から聞いたのだそうだ。世界の真実を」

「真実? それが神ってやつか?」

「……そうだ。私が目覚めたのは真紅が死んですぐだった。だが《核》に身体が馴染むのにはかなりの時間を有した。本当に長い長い時間だった。しかし意識はあった。だから陛下から世界の真実とやらもお聞きした。そして私は陛下と一緒にこの腐った世界のシステムを変えることを決意したのだ! 私の仲間を! 陛下の心を壊した神を殺す決意をなっ!」

 


 神を殺すと言い放った優花。彼女もまた神とやらの存在を信じていることが明白になった。


「神……か。ホントにそんなものが居ると思っているのか?」

「少なくとも陛下は……いや、真紅は会ったと言っていたようだ」

「会った? 神にか?」

「そうだ。それを陛下は真紅の魂から遺言として聞いたそうだ。そして陛下はそれから世界の真実を追った。だがお前に分かるか? 真実を追いながらも孤独に心を砕いていた陛下の気持ちが」


 忌々しげに優花が睨みつけてくるが日色は何の反応も見せず、ただ見つめているだけだ。


「大切な友人が死に、私も動けない、アリシャも行方不明になった。ほとんどたった一人で世界の真実を探し、どれだけ陛下が嘆いていたか。こんな時に真紅がいればと、何度呟かれたことか……。時には自らも真紅の後を追おうかと真剣に悩まれたこともあった。真紅は卑怯だ。自分が死ねば陛下がどれだけ悲しまれるか分かっていたはずだ……それなのに……」


 それだけアロス、いやアヴォロスにとって真紅の存在はかけがえのないものだったのだろう。その真紅にしても、アヴォロスを残し勝手に死んでしまったことに憤りを覚えているようだ。


「そして……大切な者を奪ったのが、神のシステムだと聞かされ、陛下がどれほどの絶望を感じたか分かるか? 人も国も世界すらも、そのシステムによって支配されていて、それが友を奪った。そんなことを聞かされた陛下は、復讐しようにもまるで広大な砂漠に埋もれている一本の針を探すようなものだ。どこに神がいて、システムとは一体どういうものか、陛下はご自分の人生を全てかけて探された」


 アヴォロスの執念が成せる業だろう。常人ならすぐに諦めるか、あまりにも遠い目標に心が壊されるかもしれない。


「そしてようやく陛下はその糸口を見つけられた。そこから陛下は神を討つためにあらゆる策を講じられた」

「その一つが《マタル・デウス》を組織することか」

「そうだ。世界を憎んでいる者や、戦いを望んでいる者など様々だが、皆が何かしら世界に不満を持っている者たちの集まりだ」

「一つ疑問なんだが」

「ん?」

「仮に神とやらがいたとしてだ、お前たちの行動も全て神のシステムとやらによって取らされている行動かもしれんぞ?」


 アヴォロスの狂乱も全ては意識を操作された結果かもしれないのだ。真紅が死に、アヴォロスが復讐に動くように仕向けた可能性だってゼロではない。だが優花は鼻でフッと笑う。


「……我々には協力者がいる」

「……は?」

「言っただろ。陛下は糸口を見つけられたと」

「…………」

「その糸口は、神に属する者との接触だ」

「……! つまり神のシステムを扱う者に会ったということか?」


 優花は肯定するように笑みを溢す。


(だからか? だから奴は神の存在に疑いを持ってない。神に所属する者……そんな存在がいたのか?)


 日色だって調べようとしたことはある。神の存在とやらが実際にいるのかどうか、魔法で探しはしたが、見つからなかった。だからこそ日色は今でもそんな存在を信じ切ることはできないのだ。


「奴らは『神人族』と名乗っている。遥か昔、この世界のシステムを牛耳り、ずっと支配してきた存在だ」

「……そいつが嘘を言ってる可能性だってある」

「確かにそうだろう。無論陛下も調査したはずだ。そして結論を出した。その者が間違いなく『人間族』でも『獣人族』でも『魔人族』でも『精霊族』でもない種族だということが判明した」

「信じられないな。仮に四種族でなかったとしても、そいつが神に属する者である証拠がない」

「……神といってもそう奴らが自称しているに過ぎない。あくまでも【イデア】で確認されていた四種族以外の種だということだ」


 そういえばアヴォロスもミュアたちに言っていたそうだ。奴らは神と名乗っていると。つまり日色が漠然と思っている神様のような全知全能の存在ではなさそうだ。

 あくまでも四種族以外の種族。世界にとって異物だとアヴォロスが言っていたが、まさに異端な種なのだろう。

 すると突然優花が自らの頭上を高々と指差した。


「……何だ?」

「奴らが存在する場所だ」

「……は?」


 思わず上を見上げてみるが、もちろんそこには地下牢の天井が映る。


「……空」

「え?」

「奴らはいつも我々を高みから見下ろしている」

「…………」

「陛下は見つけられた。天空に存在する塔。【ヤレアッハの塔】に奴らはいる」


 聞いたこともない名前だった。そもそも空にある塔というのもピンとこない。【イデア】の空が快晴だった時、よく空を見上げていたが、そんな存在を感じたことなどなかった。

 日色の考えを見透かしたように優花は続ける。


「見たことがないと思っているな? それは当然だ。奴らは神のシステムを使い、その姿を隠しているからな。だが我々の協力者により、陛下はその目でその存在を確認された。その時の陛下の喜びようは凄いものがあった。ようやく明確になったのだからな……倒すべき相手が」


 今まで宙ぶらりんだった目標がハッキリと手の届く距離まで近づけたのだ。長年探し求めていたものが形になり、アヴォロスは狂喜したのだ。


「いまだお前は信じることはできないだろう。しかし私は、陛下は必ずやり遂げる! 神を倒し、そのシステムを乗っ取る!」

「……乗っ取った後はどうするつもりだ?」

「それは私には関係のないことだ。私の望みは陛下の望みを叶えること。乗っ取った後などどうでもいい」


 日色は彼女の瞳を……自分と同じ漆黒の瞳を凝視した。そこには純粋だが、確かな歪みが見て取れた。危うく悲しげで、そして何かのきっかけですぐに消えてしまいそうなか細い光を目の奥に感じた。

 こういう眼を狂信者の眼とでもいうのだろうか。いや、彼女にはアヴォロスしか映っていないのだ。信じられる者がアヴォロスしかいないのだ。

 彼女もアヴォロスと同じように世界に裏切られ友を多く失った。信頼していた国や人からも蔑まれてきただろう。そして大切な存在であるアヴォロスが嘆き苦しみ壊れる様も見てきただろう。

 だからこそ彼女は他のものを見ないようにしてきたのかもしれない。この世界の真実に踊らされて、本当に美しく楽しい部分に目を閉じてしまったのだ。


「……悲しい奴だな」

「な、何?」

「お前は、悲しい奴だと言ったんだ」

「くっ……お前に何が分かる? 私や陛下が受けた苦しみを理解できないくせに、知ったようなことを言うなっ! どうせお前など、何も失ったことなどないのだろうが!」


 その時、日色の眉がピクリと動いたが、優花は気づかずに続ける。


「この世界に来て、お前は勇者たちと別行動だと聞いた! 何ものにも束縛されず、自由に歩き、悲しみも苦しみも痛みも持たない化け物の《文字使い》に何が分かるっ! わがままでくだらないその人格も、どうせつまらない両親に温室育ちを受けたからだろうが!」 


 その瞬間、ピシュンと日色が牢屋の向こう側から一瞬にして優花の目の前に出現し、彼女の頬からバチンッと乾いた音が響いた。


「あ……っ!?」


 優花はその衝撃によろめき、そのままベッドへとへたりこんだ。日色は冷ややかに彼女を見下ろしながら答える。


「オレが化け物だろうが、お前らのことを理解できない楽観的野郎でも何でも構わない。いくらでも好きにほざけばいい。だがな……」


 明らかに殺気を込めた視線を優花に向けると、優花は思わず身体を引いてしまうほど恐怖に顔を歪めていた。

 日色の身体から滲み出ている赤いオーラが、日色の怒りを如実に伝えている。


「……オレの親のことを悪く言うことは許さん。次に言ったら女だろうが容赦はしない」


 淡々とした物言いではあるが、言葉の一言一言に憤怒が込められてある。優花が身体を震わせながら唾を呑み込んだのが良く分かる。

 日色は『転移』の文字を書くと、再び先程いた場所へと移動する。しかし彼女には背を向けたままだ。


「オレがお前のことを悲しい奴だと言ったのは、別にお前を貶めたわけじゃない。ただ、もったいないことをする奴だと思ったからだ」

「…………え?」

「この世界は、面白いことがいっぱいあるだろ? 旅をしたことがあるならそれは理解できるはずだ」

「…………」

「お前のその小さな世界。まるで救いのない箱庭のように思える。それがもったいないと思っただけだ」


 日色はそのままカツカツと牢から離れていく。


「ま、待っ……!」

「叩いたことは謝らんぞ。オレは楽しむ道を進むだけだ」

「…………」


 優花は日色の過ぎ去っていく背中を見つめながら悔しそうに格子を握り嗚咽していた。





 


 地下牢から上がって来た日色は、いまだにおろおろとしていた兵士にこちらの用が終わったことを告げる。また日色の後ろには恐らくファラに眠らされたであろう兵士もおり、一緒についてきていた。

 もちろん日色が彼を目覚めさせたのだが。

 日色は兵士に、今夜のことは互いに内緒にしておこうと、兵士の職務怠慢を引き合いに交渉して渋々了承を得た。

 部屋に帰って寝るかと思い城の通路を歩いていると、ふと中庭にある池のほとりで石に腰かけて月明かりを浴びている少女を発見する。


(まだこんなとこにいたのか?)


 それは【ヴィクトリアス】の第二王女であるファラである。下唇を噛み締め、今にも声を上げて泣き出しそうな表情をしている。

 月を見上げながら両手を組み祈るような姿で佇んでいた。夜の冷たい風が彼女のオレンジ色の髪を無造作に揺らしている。

 本来なら無視して部屋へ帰る日色だったが、泣き顔を見てしまったせいか、つい老婆心のような気持ちが湧いた。

 静かに彼女の背後へと近づくと、


「先程は、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんの」

「……気づいてたのか?」


 どうやら日色がファラを見ていたことに気づいていたようだ。ファラは祈るのを止めて日色に顔を向けてくる。よく見れば彼女の眼からは涙が零れ落ちていた。


「お前はよく泣くな」

「……そうですか?」

「ああ、初めて会って喋った時も泣いていた。泣き虫だな」

「……そうかもしれませんの」

「……何しに牢に行っていたかは大体分かる。あの女に《衝撃王》のことを確かめにいったんだろ?」


 日色の言葉にファラは目を見開くが、すぐに元の大きさに戻す。


「そう……ですの。ですが、彼女は何も知らないと……恐らく死んでいるのだと……」

「はぁ、ここにも先走りがいたか……」

「え?」


 日色は大きく溜め息を吐くとやれやれと頭をかく。


「いいか、あの筋肉ダルマが死んだかどうかなんてまだ決まってないだろうが」

「え……ですが……」

「そもそもお前は死体でも見たのか?」

「それは……」

「殺された確証も何もないだろうが」


 ポートニスもそうだが、何故当人の死を目にしていないのに勝手に死んだと決めつけて落ち込むのか日色には理解できなかった。

 もしかしたら死んでいるのかもしれないが、生きているのかもしれない。そんな不確定の現実を、自分の解釈だけで決めつけ納得するのは自己満足に他ならない。


「泣いてるヒマがあったら、少しでも筋肉ダルマの生存確率を上げるために調べたらどうだ? まあ、今は戦争中でお前の一存で調べることは容易じゃないが、あの絵描きとも親しいのであれば、もう少しだけ詳しく調べるように頼むことくらいできるはずだ。それをやったのか?」


 日色の言葉に沈黙を続けるファラ。バツが悪そうに顔を伏せているところを見ると、どうやら日色の言ったようなことをしていないようだ。


「はぁ、何もしなくて分かる事実は少ないぞ? 本当に現実を見るのなら、まずはやるべきことをやって答えを出せ。勝手な憶測で落ち込んで泣くのは勝手だが、お前が泣いていると場の空気も悪くなるし、連鎖反応で他の奴らまで偏った考えを持つだろうが」


 まだ幼いファラでも容赦なく叱咤する日色。ファラは再び下唇を噛み締め耐えるように震えている。


「それにだ、奴が死んでると思うより、生きてると思う方が断然前向きだろうが。お前ホントに王族か? 王族ならもっと不屈に構えてたらどうだ? はぁ、何で王族とやらはこんなネガティブな奴らばっかなんだ?」


 イヴェアムのことを言っているのだが、もう少しポジティブで前向きにドシッと構えるのが王族らしいと日色は思っている。


「も、申し訳ありませんの……」


 シュンとなって明らかに落ち込んでいる。日色の言葉が次々と心にクリティカルヒットしたようだ。


「こういうご時世だ。人が死なない戦争なんてもんはないだろう。だがな、仲間なら、大切な奴なら、最後まで死を疑い、生を信じてみたらどうだ?」

「……ヒイロ様……」

「疑うのなんて疲れるだけだろ? なら自分の願いに従って、ただ真っ直ぐ信じる方が楽だろ。少なくもオレは自分の目で確認するまでは他人が何と言おうが信じんぞ」

「…………ふふ」

「む? 何がおかしい?」


 突如ファラが息を吐いて笑ったのでムッとなる日色。


「あ、いえ、申し訳ありませんの。ただその……聞いていたようなお方でしたのでのつい」

「聞いていた? 誰にだ?」

「テッケイル様やお城の方たちですの」

「……ちなみにどういうことをだ?」

「無愛想で捻くれ屋で自分勝手で……」


 アイツら……どうやらお仕置きが必要なようだな。


「ですが……」

「?」

「何ものにも揺るがない意志を持ち、自然と人を惹きつけてしまう魅力を持つお方ですの」


 真っ直ぐ目を見つめられそんなことを言われると、さすがの日色も背中が痒くなる。


「ん? ちょっと待て、オレは人を惹きつけたことなどないぞ?」

「ふふ、あともう一つ、かなりの鈍感だと」

「……どういうことだ?」


 眉を寄せて首を傾げる日色。だがファラはクスクスと笑みを浮かべながら、


「やはり、聞いていた通りのお方ですの。特に鈍感さのところ」

「お前な、意味の分からないことばかり言ってると、魔王みたいにお仕置きしてやるぞ」


 主にこめかみをグリグリするだけだが。よく養護施設に居る時も、悪戯をした子供たちにやっていたのを思い出す。


「そ、それは怖そうなので遠慮するですの。申し訳ありませんの」

「分かったならいい」


 日色は大きな月を見上げる。日本とは違って、今にも落ちてきそうなほど巨大な月。その輝きで大地を明るく照らしている。


(今日は星が見えないな……)


 満月の明るさのせいだろうが、少し残念に思えた。日色にとってこうして夜空を見上げるのは、良い思い出ばかりではない。しかしながら、夜空そのものは好きである。

 まだ両親が生きていた頃、よく一緒に星を見上げていた。その時に、北極星や夏の大三角など、星座もいろいろ教えてもらった。懐かしい思い出だ。

 だが両親が死んで、一人ぼっちで寂しく見上げていたのも夜空だった。あの時のことを思うと、今でも胸が締め付けられる。


「ヒイロ様?」


 ずっと喋らない日色を気遣ってか、ファラが声をかけてきた。日色は月から目を逸らし、ファラに背中を向ける。


「何でもない。オレはもう休む。お前もそろそろ寝ろよ泣き虫」

「も、もう泣いていませんの!」


 恥ずかしげに頬を染めて抗弁をするファラ。日色はそのまま黙ってその場を去っていくが、


「ありがとうございますの……ヒイロ様」


 そんなファラの呟きは、残念ながら日色の耳には届かなかった。









 翌日、日色はさっそくシウバとあることについて話そうと思い、彼を捕まえて日色たちが与えられている客室でテーブルを囲んでいた。

 そこにはヒイロ、テン、リリィン、シウバ、シャモエ、ミカヅキ、ニッキ、カミュ、クゼルと、今のヒイロパーティ全員が集結している。


「ノフォフォフォフォ! こうして皆さんでじっくり集まり談笑する機会もお久しぶりでございます!」


 シウバが嬉しそうにテーブルの上にお茶と菓子を用意している。だがそのテーブルに座っているのは日色とリリィン、そしてクゼルだけだ。他の者はベッドに腰かけたりそのまま立っていたりしている。

 茶菓子の準備が終わると、シウバもまた残り一つの椅子に腰を下ろす。


「さてヒイロ様、お話というのはどのようなことでございますか?」


 日色は出されたお茶と菓子を軽く喉へと流してからシウバの目を見た。


「……ジイサン、アンタに聞きたいことがある」

「おや、これはまた深刻そうな雰囲気でございますね」


 日色の口ぶりから、ふざけることができない内容だと悟ったようだ。


「率直に聞く。『精霊の母』について知ってるか?」


 その言葉にシウバがいつもの柔和な笑みを崩し真面目な表情を見せた。


「『精霊の母』……ですか?」


 野太く低い声でシウバは確かめるように日色に尋ね返す。


「ああ、残念ながらこの小動物は役に立たなかったからな。だからアンタに聞いた」

「誰が小動物だってのさ!」


 もちろんテンのことを指差しているのだから一目瞭然なわけだが、テンはそれが気に入らないらしく口を尖らせている。


「ノフォフォ……そうですねぇ、まだテン殿は『精霊』の中ではお若い方ですから、御存知なくとも無理はございませんなぁ」

「ほう、その口ぶり、やはりアンタは何か知ってるってことだな?」

「その前にお尋ねしたいことがございますがよろしいですかな?」

「ああ」

「その話をお聞きしたいと仰るということは……いるのでございますか?」

「……ああ、しかも全員会ってる」

「何と……これはまあ……そうでございますか……」


 シウバは渋面を作り唸る。


「おいヒイロ、その『精霊の母』とやらは今回の戦争でも鍵になるのか?」


 小さく薄い唇を動かして聞いてくるのはリリィンだ。


「さあな。ただ今後に関わってくることは大だ」

「ほほう、貴様がそれほど気になるとは……ふむ、『精霊の母』というのは初めて聞いたが、我々も会っているとなると…………あの獣人の娘らか?」


 射抜くような眼光を突き刺してくるリリィン。


「銀髪と第二王女……確か第二王女は歌うことで『精霊』を呼び出すらしいな。ということは……」


 まさか会っているという一言で解答を得るとは恐れ入る。さすがは長く生きているだけはあると日色は感心した。


「おいヒイロ、貴様今失礼なことを考えてはいなかったか?」

「……そんなことはない」

「何だその間は!」


 そして感性も鋭いときたものだから、おちおち心の中で悪口も考えられない。


「ノフォフォフォフォ! そうでございますか! あのお姫様がよもや『精霊の母』の転生体だとは思いもしなかったでございますな!」


 だが日色は先程のリリィンの射抜く視線を、今度はシウバに突きつける。


「いや、アンタは気づいていたはずだ。気づいていて敢えて誰にも教えなかった……違うか?」


 するとシウバは穏やかな笑みを浮かべながらこう言う。


「どうして、そのように思われるのでございますか?」

「簡単だ。アンタは『精霊』。視る種族だ。実際に青リボンにも会ってる。さらにアイツが歌うことで『精霊』を呼ぶ……いや、作り出すということを知ってる。これだけの材料があれば、『精霊の母』という存在を知ってれば嫌でも理解できるはずだ」


 日色の言葉が終わると、皆が一斉に視線をシウバへと向ける。確かに日色の言ったことには一理あるからだ。

 シウバは目を閉じながら諦めたように息を吐く。


「やれやれ、さすがはヒイロ様でございますなぁ」

「じゃあやはりアンタは……」

「……ええ、気づいておりました。彼女が恐らく『精霊の母』の転生体であることを」

「待てシウバ、何故それをワタシやヒイロに教えなかった?」


 リリィンが不満気に声を発している。彼女はシウバに隠し事をされていた事実にショックを受けているのかもしれない。


「申し訳ございませんお嬢様。ただ理由と致しましては聞かれなかったということが一つ。そして…………できればこのまま誰も知らずに終わればそれが一番だと思われましたので」


 確かに今まで日色やリリィンが尋ねた質問などについて、シウバは偽りなく真実を告げてきてくれた。聞かれなかったことに対していちいち教えるのもおかしな話ではある。


「『精霊の母』……その名の通り、我々『精霊』を生み出した自然そのもののような存在でございます。ですが彼女には辛い宿命とも言うべきか、天敵となる存在がいるのでございます」

「……天敵とは、アヴォロスとやらが口にしたという異物のことか?」


 リリィンが日色も感じていた疑問を口にすると、シウバは「恐らく……」と呟くと言葉をそのまま続ける。


「その正体は定かではありませんが、母は殺される前に言っておりました。このままではいずれ自分は世界に殺されてしまうと……」

「世界……ん? ちょっと待てシウバ、貴様母が言っておったと言ったが、その『精霊の母』とやらに会ったことがあるのか?」


 リリィンの言葉に日色だけでなくその場にいる者全員がシウバに注目する。


「……当然でございます。何故ならわたくしは母から直接生まれた存在なのですから」

「っ!?」


 かなりの衝撃的告白に日色は目を見張ってしまう。無論他の者も同様だ。


「ちょ、ちょっと待てジイサン。い、今更だが、それは一体どれくらい前の話なんだ?」

「そうでございますなぁ~、ざっと八千年ほど前でございますねぇ」

「はっ……っ!」


 さすがに日色も言葉に詰まる。つまり今目の前にいる人物は八千歳を超える存在なのだ。


「原初の存在……母はそう呼ばれております。そして彼女は次々とわたくしのような『精霊』を生み出しました。その中にはホオズキ……今の『精霊王』もおりました」


 やはり深い繋がりがあったのだと日色は自分の考えが合っていたことに納得した。しかしまさか八千年ほどの繋がりがあったとは思っていなかった。せいぜいが数百年くらいだと考えていたのだ。

 見ればリリィンやシャモエも開いた口が塞がらないようでポカンとしている。どうやらシウバの歳を初めて聞いたようだ。


「な、長生きしているとは思っていたが、まさかそれほどまでとは……ジジイにもほどがあるぞシウバ」

「ノフォフォフォフォ! そう褒めないで下さいませお嬢様!」

「誰が褒めとるかっ!」

「し、しかし私も長生きしている方ですが、シウバさんがそこまでとは……恐れ入りました」


 そう言うのはクゼル・ジオである。彼もまた『金狐』と呼ばれる伝説の獣人の一人で、今は絶滅したと言われているほどの存在。長命なのは予想はできるが、彼をもってしてもシウバの生きてきた時間には驚いているようだ。


「ノフォフォ、褒められるのも嬉しいものですが、お話を戻しましょう。母のことですが、無論わたくしよりもずっと前にこの【イデア】で生きていました。しかし母は天命ともいうべきいわゆる神託というものを受けて『精霊』を生み出し始めたのです」

「それで生まれたのがジイサンやあの白髭ってことか」


 日色が言う白髭というのは『精霊王』のことだ。


「ええ、まあ多くの中の二人ということではありますが」


 つまり生まれたのはシウバと『精霊王』だけではないということだ。


「あれから長い時間が経ち、多くは自然へと還りましたが、わたくしはこうしてしぶとく生きているというわけでございます」

「なるほどな。やはり『精霊の母』ってのは実在した存在だったんだな」


 実際には半信半疑だった日色も、シウバの説明でようやく確信を得ることができた。


「オレが聞きたいのは『精霊の母』の転生体ってのが何者かってことだ」

「そうでございますなぁ……母が天敵に命を奪われた時、もう世界には人という存在は生まれておりました。そしてその中に、母のような力を持つ者が現れました。ある時、その者が『精霊』たちに言いました。自分は母だと。そしてそれを証明するかのように歌を唄い同志を生み出しました。彼女は言いました。自分は転生したのだと」


 シウバの話によって転生体という存在もいるということが判明した。


「しかしその転生体も死にました。殺されたのか寿命だったのかはわたくしには分かりません。ですがそうやって何度も転生を繰り返しましたが、ある時、転生体が現れなくなりました。それが今から約五百年ほど前でしょうか……」

「ずいぶん前だな。その最後の転生体がどんな奴だったか分かるのか?」

「確か獣人の少女でしたね……会ったことはなかったのですが、他の『精霊』から名前だけは聞いておりました」

「その名前は?」

「確か……ラミルという少女だったと」


 …………っ!?


 日色はその名前に聞き覚えがあった。それは確かつい昨日のことだ。地下牢にて優花から聞かされたアヴォロスの過去。

 その中にラミルという名前があったはず。


(そういう……ことだったのか)


 ラミル――灰倉真紅が最も愛した女性であり、彼の子供を身ごもったまま殺された悲劇の少女だった。

 

 シウバからラミルという名を聞き、優花から聞いた話がより信憑性が上がったことに納得する日色。

 だがシウバ自体は『精霊の母』の転生体とはあまり関わりがなかったのだという。そう言うのも、シウバは自身の存在が異端であることに気づき、ずっと他と関わりを持たないように細々と生きてきたせいでもあった。


「母の転生体は、確かに『精霊』を歌うことによって生み出させる存在でした。そしてミミル殿も間違いなく転生体でございます。ですがもし天敵に彼女の存在を知られれば、彼女の命が危ぶまれると思い、今まで誰にも話さず沈黙を守ってきたという意思もございました」


 シウバはシウバなりにミミルの安全を願っていたということだ。


「しかしどうやらアヴォロス殿により、ミミル殿の正体が明るみに出たということでございますね……」


 シウバはやり切れない思いを抱えているのか苦しそうな顔をする。ミミルの安全を思うのであれば、転生体のことは知られない方が良かったに決まっているのだ。


「その天敵とやらの正体は掴んでいるのか?」


 そう聞く日色だが、これも優花から聞いた話と答え合わせをしたいがためだ。


「……分かりません」

「そうか」


 やはりそう都合よく全てを確かめられるわけではなさそうだ。


「ただ母が死ぬ前に一言だけ、我々に教えたことがございます」

「ほう、何だそれは?」

「空には…………気をつけろと」

「空……!」


 その言葉に日色はピンとくる。優花が神の所在を示していたのも空だった。


「しかしそれ以上は何も分かりませんでした。母も詳しいことは知らなかったのか、【イデア】を守りたかったと言って消えてしまいました」


 余程【イデア】が好きだったのだろう。自分の手で守り続けることができないことが悔しかったに違いない。

 まだ全ての疑問が解決したわけではないが、かなり前に進めた。『精霊の母』の実在。その天敵である神らしき存在確率の高さ。ミミルが転生体で間違いないということ。

 いろいろ不確か、もしくは信憑性が低い事柄にそれなりの答えを得ることができた。

 日色は椅子から立ち上がり、窓へとゆっくり近づき外を眺める。外では多くの者たちが、壊れた街をまた住めるように瓦礫を取り除く作業に勤しんでいる光景が見える。

 今も人間界では《奇跡連合軍》が侵攻を開始している。もし、この戦争もその神とやらに仕組まれたものだとするのであれば、あのアヴォロスでさえ飼い慣らされた獣と同じだ。主の都合よく動く傀儡に他ならない。


 しかし優花が言うには彼らには協力者がいるとのこと。一体どのような人物なのか……、まだ世界についてほとんど知らない日色は推測することしかできない。

 確実に分かっているのは、アヴォロスの破壊を野放しにすることなど許容できないということだ。


(アイツが神のシステムとやらを乗っ取って何をするつもりなのか……)


 優花も知らないアヴォロスの未来。

 日色は窓を開き、縁に足をかける。


「お、おいヒイロ?」


 リリィンが日色の行動に疑問を持ち尋ねてくる。


「少し出てくる」


 日色は『飛翔』の文字でそのまま窓から上空へと舞い上がる。室内からは説明しろというリリィンの声が聞こえるが、日色は無視して翔け上がっていった。

 上空には大きな大陸を思わせるほどの規模の雲が広がっている。日色はそのまま雲の中へと突っ込んでいく、冷たい空気が肌を刺す。雲の中は若干気温が低いようだ。

 ボフッと雲を突き抜けると太陽が日色を照らしてくる。思わず顔をしかめてしまうが、雲の上は広大な青空が広がっていて、下は雲の海が漂っているという壮観な風景だった。

 呼吸も少し苦しさを感じるが、そのうち慣れるだろうとそのまま雲海に沿って飛行していく。

 だが見渡す限り同じような空間が広がっているだけで別段変わったものなどは感じられない。


 日色は『調査』の文字を使用してこの空のどこかに何かしらの違和感を調べてみるが、残念ながら何も見つからない。


(やはりそう簡単には見つからないか……)


 以前にも何度か調べたことがあるが、その時もやはり望んだ解答は得られなかった。だが優花やシウバの話を聞き、空には何かがいるという可能性が高まった以上、日色にとってももう一度調べようと思っていたのだ。

 優花曰く、神のシステムで姿を隠しているとのことだが、それが本当に世界を牛耳っている絶対の支配力なのであれば日色がいくら探しても届きはしないだろう。


 しかし話を聞くに、神のシステムは確かに凶悪で揺るぎない力を持っているが、システムにもできないことがあることが分かる。

 それは『精霊の母』の転生を防げなかったことや、神のシステムがあるということをアヴォロスに知られたことなど、自分たちにとって不都合なことが起こっている事実にある。

 もし本当に絶対的な力なのであれば自分は、全てを自分の都合の良い方向へ持っていくと日色は考えた。


 神のシステムの存在には気づかせない方が良いに決まっているし、邪魔な存在である『精霊の母』の魂すらも転生できないように消滅させるだろう。

 だが現実にはそうはなっていない。またこうして日色だけでなく多くの者たちが、神のシステムの話を耳にしたにもかかわらず、その記憶を奪うようなことはしていない。

 意思を操作できるらしいシステムにも、記憶を改ざんしたり消したりすることはできないようだ。つまりシステムは全知全能ではない。


(システムには多くの穴がある……その穴、つまりシステムにとってのイレギュラーが存在する)


 そしてもう一つ。日色が優花から話を聞いてからずっと疑問に感じていたことがある。

 日色は飛行を止め、宙に浮かんだまま自分の右手を見つめる。


(…………過去に召喚された勇者は四人)


 そして、その中の一人である灰倉真紅。その真紅が絶大な力で世界を混沌から救った。

 絶大な力、それは――――――――――――《文字魔法》だ。

 日色と同じ《文字使い》と呼ばれるユニーク魔法使い。万能過ぎるその力で世界を平和へと導いた英雄。

 だが気になるのは何故……。


「何故今回の勇者じゃなく、オレだったんだ……?」


 新たに召喚された異世界人。それは四人ではなく五人だった。称号には《巻き込まれた者》という言葉があった。

 単純に召喚に巻き込まれたのであれば、勇者でもなんでもない自分が過去の英雄の力である《文字魔法》を使えるのはおかし過ぎる。

 どう考えてもあの力は勇者に渡る方が自然ではある。それなのに何故……。


(……そもそも本当にオレは巻き込まれただけの存在なのか……?)


 四人ではなく五人。自分という存在は召喚した【ヴィクトリアス】にとってはイレギュラーだったろう。しかしそれには確かな意味があるとしか思えない。

 どうして巻き込まれただけの存在に英雄の力が宿ったのか……、そして四人ではなく五人で召喚されたこと。システムの鍵がその謎に隠されているような気がしてならない。

 日色はもう一度周辺を見回してから、ゆっくりと魔王城がある場所へと戻ろうと降りていく。しかしその時、ふと声が聞こえた。


 ――――――ごめん……なさい。


 日色はどこからか聞こえた言葉に思わず振り返ってキョロキョロと確認するがやはり何も見当たらない。ただあるのは澄み渡った大空に浮かぶ太陽と、今は光を失っている大きな月だった。


(幻聴……?)


 日色は首を傾げながら再び地上へと下降していった。



     ※



 日色が空から帰って来た頃、【ヴィクトリアス】では動きがあった。《クルーエル》の《序列四位》であるオーノウスを中心に軍議が昨夜行われて、浮遊城【シャイターン】を守るように突如出現した密林に侵攻する計画を練り上げていた。

 獣王レオウードの作戦を実行するべく、密林を囲うように《奇跡連合軍》の部隊を配置させていた。

 そして時間を見て、三人一組の分隊を作り、同時に四方八方から侵入することに。オーノウスの合図が皆に伝わり、静かに分隊の者たちは森へと入っていく。

 さらにその数分後、別の場所から分隊を送り込んでいく。オーノウスもまた一つの分隊に混じって森へと足を踏み入れていく。


「ずいぶん静かな森だ」


 およそ生物の気配が何もしない冷たい森という印象を受けるオーノウス。というよりも、魔力の密度が濃く、膨大な魔力量で形作られている森だということが判明する。

 上空を見上げると、木々の隙間から黒いローブの人物が浮いている姿を遠目に確認できる。出現してからずっとその場に浮いていて、《奇跡》が魔法を放てばそれを吸収して攻撃を邪魔をする。

 この森を消失させようとしても、あの黒い人物を何とかしなくては実行することができない。


「……テリトリアル」


 オーノウスは黒いローブの人物が親友であるテリトリアルという人物だと考えている。纏う雰囲気とその能力からオーノウスは彼だと断じている。

 オーノウスは周囲を警戒しながら歩き、昔のことを思い出していた。それは無論テリトリアルとの思い出である。彼とはよく手合せをして互いを切磋琢磨していた。

 テリトリアルはアヴォロスの側近という位置にあり、あのアクウィナスも絶大な信頼を寄せていた人物なのだ。

 その実力も誰もが認めるほどのものであり、オーノウスは彼との手合せの中で勝ち負けを考えるとほぼ互角であった。

 互いに全力で殺し合ったことなどはない。手の内をほとんど知り尽くしている間柄だが、相手を敵として見たことなどなかったからだ。


 しかし今回、死人であろうテリトリアルを止めるためには、彼を殺すつもりで戦う必要がある。手合せとは違う本当の全力を見せ合う必要がある。

 本当ならそのようなことはしたくはなかった。たとえアヴォロスに操られている傀儡だとしても、彼が仲間であり友であることに変わりはないのだ。

 だがここで彼を仕留めない以上、戦争に終わりが見えないのも確かだ。だからこそ、オーノウスは心を鬼にして、友を自らの手で倒す覚悟をしなければならない。


(覚悟はできている。お主はどうだ……テリトリアル)


 答えの返ってこない問いを心の中で投げかけるオーノウス。

 するとふとオーノウスは足を止める。耳と鼻を器用に動かし、眉をひそめていく。背後から追ってきている兵士が「どうかされたのですか?」と聞くと、


「気をつけろ。何かいるぞ」


 険しい表情のままオーノウスは答えた。刹那、周りの大木たちがまるで生き物のように動き始めた。そして根を動かしてオーノウスたちに近づいてくる。


「なるほど、やはり侵入者防止は万全か」


 森に侵入した者に襲い掛かる木々。一本一本が魔力を宿して作られた木ということは、この半径三百メートルほどに密集している木の全てが敵だということ。

 オーノウスが身構えて襲い掛かってくる木々をその拳で薙ぎ倒していく。だがあまりにも数が多く、中には葉っぱをカッターのように飛ばしてくる木もあるので、狭い場所ということもあり非常に戦い難い。


「オーノウス様!」


 突然背後から兵士の声が聞こえる。オーノウスは前を見据え、拳を振るわせながら「何だ?」と返事をする。


「先に行って下さい!」

「何だと!?」

「ここは我らに任せて、オーノウス様は一刻も早く黒ローブを!」


 兵士たちは自分の役割をしっかり把握している。ここでオーノウスに余計な体力を使わせてはならないと。オーノウスにはテリトリアルを倒すという大仕事があるのだ。


「お主たち……」

「大丈夫です! こんな木にやられる我々ではありませんから!」


 他の兵士たちも笑みを浮かべながらオーノウスを安心させるように頷きを見せる。


「…………すまん」


 オーノウスは彼らの覚悟を感じて、キッと視線を鋭くさせると全力で森の中心へと駆け抜けていく。

 オーノウスのスピードに木々たちは反応できずに容易に侵入を許してしまっている。そしてあっという間に森の中心付近へと近づくと、かなり開けた場所の中心には浮遊城【シャイターン】を発見することができた。


「やはりあったか」


 オーノウスはいまだボロボロになり、さながら廃城化している【シャイターン】を目視し、このまま攻撃を加えて少しでも城を直す時間を延ばせることができればと思い近づくが、ふと足を止めて目を閉じる。


「……やはりそう簡単には通してはくれぬか…………テリトリアル」


 目を開けて眼前に立ちはだかっている人物を睨みつける。黒衣の人物。そしてその人物がゆっくりとフードを剥いでいく。


「…………昔と変わらぬ頑健な顔だ」

「久しぶりだな、我が友よ」


 琥珀色の髪に閉じている瞳。幾戦をも経験してきて引き締まった表情は、油断とはかけ離れた歴戦の武将を思わせるほどの精悍さを表している。

 たとえ死人でも、昔と変わらない姿にオーノウスは嬉しさと懐かしさが込み上げてくる。バサッとテリトリアルがローブを脱ぎ捨てる。


「すまないな我が友オーノウスよ。私の本意ではないが、ここより先は行かせるわけにはいかないようだ」

「…………分かっている」


 テリトリアルの身体はまさしく昔と同一だった。鍛え上げられた肉体は、その存在感の密度を大いに増している。対峙しているだけで実際の体躯よりも大きく感じられる。


「お主とやりあうのは久しぶりだな」


 オーノウスは敵であるにもかかわらず、彼と再びこうして相見えることができたことが素直に嬉しいのだ。


「いや……久しぶりではない」

「何?」

「初めてだ。…………殺し合うのは」


 すると彼から大気を震わせるほどの魔圧が放たれる。生半可な魔力量とコントロールではこうはならない。テリトリアルはこうして魔圧だけで人を倒せるほど、魔力を扱う術に長けている人物だった。

 咄嗟にオーノウスも臨戦態勢に入り厳しい顔つきを浮かべる。


「オーノウス……私をどうか止めてくれよ?」


 その瞬間、彼の姿がブレる。そして瞬時にしてオーノウスの懐へ入り、手に持っていた鞘から剣を抜き居合切りを放つ。


「むぅっ!?」


 オーノウスはすかさず屈みこみ、彼の剣線が上方を過ぎ去った瞬間に今度は自分が水面蹴りを放つ。しかしテリトリアルはすでにそこにはおらず、元の位置ほどまでに距離を取っていた。

 ゆっくりと立ち上がったオーノウスは改めて感嘆する。


「やるなテリトリアル。さすがはアクウィナスと並んで元トップ2だっただけはある」

「昔のことだ。それにアクウィナスの方が強い」

「謙遜をするな。今の動きだけでもアクウィナスに匹敵する。かくいう俺も咄嗟に《太赤纏》を使用していなかったら危なかった」


 今、オーノウスの身体を赤いオーラである《赤気》が包んでいる。


「ほう、懐かしいな。オーノウスの固有技」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、もう俺固有の技ではなくなったぞ」

「ああ、そう言えばあの黒髪の少年も使えるのだったな。全くもって驚きだ」

「あの歳で恐れ入る」

「お前こそ謙遜するな。お前だって《太赤纏》を身に付けたのは黒髪少年と同年代の時だろう」

「……師が厳しくてな」


 砕けた会話を行う二人。それだけでも二人が心を許せる繋がりを持つ者同士だということが理解できる。


「さて、それでは少し本気を出すぞオーノウス」


 テリトリアルが剣を鞘に納めると、鞘を持っていない右手の平を上に向けて胸の前に固定する。するとその右手の中でポワッと黒い光が灯り、


「まずは……二倍からいこうか」


 突如として黒い光が弾けて広がり二人を包み込むようにして広がった。






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