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175:ハーオス崩壊のあとに

「……君は……?」


 アヴォロスがジッとその人物の姿を見るが正体が分からないのか首を傾けている。


「テ、テンッ!?」


 イヴェアムがその正体を明らかにしてくれた。人型になっている『精霊』のテンは不敵な感じで笑みを浮かべていた。


「よぉ、おめえがアヴォロスだな」

「……誰だい君は?」

「ヒイロの相棒だよ」

「へぇ、では君が彼が契約したとされる『精霊』なんだね」

「おうよ。親しみを込めてテン様とでも呼べよ三流魔王」


 テンのその言葉に、アヴォロスの背後で控えていた黒衣を身に纏ったままのイシュカが一歩出ようとするが、アヴォロスがサッと手を上げて制止させる。


「ククク、言葉遣いは飼い主に似たのかい?」

「言っとくけどな、俺の方がヒイロの飼い主だかんな!」

「ふ~ん、その飼い主様が何の用だい? ずっと上空にいたようだけど?」

「あらら、やっぱ気づいちゃってた? なら話は早えや。上でおめえらの話は全部聞いてた。そんであまりに的外れなことを言いやがるもんだから堪らずこうして出て来ちまった」

「……的外れ?」


 アヴォロスにしては不愉快なことだろう。世界を実際に感じてきた自分の解釈が違うと言われているのだから。


「どういうことかな?」

「簡単さ。ヒイロはこの世界の犠牲者になんかならねえし、世界も壊したりしねえよ」

「……へぇ」

「そもそもあの読書バカで食い倒れ野郎なヒイロが、この世界をどうこうしようなんて思うはずがねえだろうが。そんな非生産的なことをするよりも、本でも読んでいた方が賢いぞとか何とか言って、部屋に引きこもるのがオチだ」


 テンの言葉を聞いて、イヴェアムは「それは……そうね」と納得している。


「アハハ、君こそ分かってないね。実際に世界をどうこうするとかしないとか関係無いんだよ。あるのはそういう力を実際に持っている存在がこの世に居て、恐怖の対象になるってことなんだからさ」

「まあ、確かに、人ってのは弱え生き物だしさ、そういう考えを持つ奴も出てくるかもしんねえ。けどさ、ヒイロはそんなこと気にしねえぜ?」

「だから、気にするしない以前の問題なんだよ」


 少しアヴォロスに苛立ちが見え始めた。


「そういう考えを持った者たちが、実際に行動を起こし排除をしようとするんだ。そしてそれに巻き込まれてヒイロ・オカムラは排除される。いや、まずは周囲からだ。彼を慕う者たちを傷つけられ、そして最終的には自分の存在が疎ましくなってくる。最後には…………死を選ぶんだよ彼も」

「いいや、だからそんなことにはなんねえっての」

「……は?」


 アヴォロスはキョトンとし、イヴェアムも目をパチクリとしている。するとテンはニカッと白い歯を見せて笑う。


「アイツが自殺なんかするような矮小な心の持ち主だったら、俺は契約なんかしてねえよ。それによ、アイツなら守ってみせるよ。ここにいる魔王ちゃんも、獣王も、その他みんなもよ、アイツが守りてえって思ったなら、全員守りやがるさ」

「…………根拠はなんだい?」

「あ? そんなもん決まってんだろうが。アイツが欲張りだからだよ、異常にな」

「…………」

「ま、アイツのことだし、口ではそんなこと絶対言わねえだろうけど、何だかんだ言って、自分を慕う奴らは守るさ。まあ、知らねえ連中のことは分かんねえけどな。だってアイツは聖人君子じゃねえし、守りてえ奴だけ守るような奴だしな」

「……確かにそこはシンクとは違うね」

「あ~以前失敗した英雄だな。どうせそいつ、一人で全部守ろうとしたんじゃねえの? そんで抱え切れずに失敗して、それに嘆いて死んだ。違う?」

「…………」

「沈黙は肯定ってな。けどヒイロは違うぜ? アイツは目の届く奴らしか守らねえ。自分の実力を正確に分かってるし、できないことだって把握してる。だから無理なことは無理だと言うし、必要以上に命なんて懸けねえぞ? 何たってアイツは自分の命が一番優先だしな。面白え奴だろ? でもだからこそ俺はアイツと契約したんだ。愚直なまでに自分の欲望を最優先しやがるし、口も態度も悪いけど、一度やるって決めたら全力でやる奴だ」


 テンは笑みを崩し、真剣な視線でアヴォロスを射抜く。


「それに、アイツには俺がついてるしよ! ウッキキ!」

 

 ――――――――――――だから世界の犠牲者になんかさせねえよ。


 テンの瞳は真っ直ぐだった。そこには何の濁りも揺らぎも無かった。ただただ日色を信じている、そんな瞳だ。

 その時、上空から大きな物体が、アヴォロスやテンたちを囲むように降り立ってきた。ドスンドスンと激しい地響きとともに、瞬時にして周囲を囲まれたイヴェアムたち。

 だがイヴェアムはホッと安堵の溜め息を吐く。

 何故ならば、その周囲を囲っている者たちは、


「陛下ぁぁぁっ!」


 空から大きな鳥とともにイヴェアムのもとへやって来たのは《クルーエル》の《序列三位》であるテッケイルだった。そして周囲にいる者も、彼が『絵画魔法』で創り出した巨大な人形である。以前イヴェアムを救った時と同じ全身が緑色の巨人である。


「テッケイル!」

「良かった! 無事だったんスね陛下!」

「ああ、だけどマリオネが!」

「こ、これはいけないッスね。さっそく医療班のところへ運ぶッス。けどその前に…………久しぶりッスね」

「やあ、テッケイル。上手く脱走できて良かったね」


 アヴォロスと顔を合わしたテッケイル。


「今この周辺はガッチリ固めてあるッス」


 逃がしはしないぞといった感じでテッケイルは睨みつけるが、ふとアヴォロスが視線を切る。


「………………まあ、当初の目的は果たせたしいいかな。……イシュカ」

「はい」


 イシュカに声をかけると「アクエリアスゲート」とイシュカの口から言葉が紡がれる。そしてアヴォロス、05号、イシュカの足元に水溜まりが広がる。


「イシュカ、この後は計画通りにね」

「はい。ヒヨミたちを連れて例の場所へ参ります」

「うん。…………さて、止めるかい?」


 アヴォロスは不敵な笑みを浮かべながらテッケイルに尋ねるが、テッケイルは無言を貫いている。


「うん、賢い判断だね。ところで精霊くん」

「ん?」

「君の顔が絶望に歪むのが楽しみになったよ」

「けっ、やれるもんならやってみろさ」

「ククク、じゃあねイヴェアム。短い命、存分に楽しむといいよ」

「…………私たちは負けない!」


 イヴェアムがそう強く宣言すると、楽しそうにアヴォロスは笑う。そしてそのままイヴェアムは05号の方に視線を向けると、彼女は変わらず無機質な表情のままだった。

 そして三人は水溜まりに消えていき、その場から立ち去って行った。






 アヴォロスが去っていき、テッケイルは肺に溜まっていた息を盛大に吐いて額から汗を流す。


「ふぅ~、いなくなってくれて良かったッスよ~」

「だよな~、おめえの魔法で周りを囲ってるって言ってもよ、ほとんど見かけ倒しだよなアレ?」


 テンが緑色の巨人群を見回しながら言う。


「あはは……急いで描いたので張りぼてみたいなもんッス。陛下を空から探してたら、何だか危なそうな雰囲気だったんで、急遽用意しただけッスから」


 どうやらテンの言っていることは的を射ているようで、巨人群は確かにその存在感は強いが、内包する魔力量から察するにそれほど強くは無い。

 以前にイヴェアムを守った巨人の方が何倍も出来が良いとのことだ。


「ま、あのちんちくりんも気づいてたみてぇだけどさ」

「……見たいッスね。気づいてなお、ここから出て行ったッス」

「これだけのダメージを与えたんだ。欲張り過ぎて藪蛇になるのが嫌だったんじゃねえの?」

「かもしれないッスね」


 本当のところはどうかは分からない。アヴォロスは目的を果たしたようなことを言っていたが、イヴェアムの首を取らずに消えたことに何かしらの意味があるのかもしれない。

 テンは一応の脅威が去ったとはいえ、変わり果てた【魔国・ハーオス】を眺める。大きなクレーターに、その外にある建物も軒並み押し倒されて破壊されている。

 これほどの大ダメージを受けた国は、建て直すのも一苦労だろう。それに同志も多く失った。

 イヴェアムを見ると、泣きそうな表情を浮かべながらも、必死にマリオネの身体に魔力を分け与えて瀕死状態から脱しようと努めている。


(あのヒゲのおっちゃん、このまんまじゃマズイな)


 テンは横たわっているマリオネを見て、今はイヴェアムのお蔭で命を長らえているが、このままでは死んでしまうほどの大怪我を負っている。


「なあ兄ちゃん」

「ん? 何ッスか?」


 テッケイルに声をかけると彼は懐から取り出した紙に絵を描いているところだった。


「俺はこれからヒイロんとこに戻るさ」

「……分かったッス。この現状を伝えて下さいッス」

「おう」


 テンはイヴェアムの所に静かに足を動かすと、彼女に声をかけようとするが、集中している彼女の気を逸らすのは止めておこうと思い足を止めて、そのままその場からボンッと消失した。




     ※



 突然現れた人型のテンに驚いた日色だったが、その姿を見ただけで【魔国】に何かあったのだと推察できた。

 そして彼から聞いた話に、誰もが言葉を失って固まっていた。


「……魔王は無事なのか?」

「おう、何とか危機一髪で俺が回避させた」


 日色はテンの言葉にホッとする思いを心に宿す。


「しかし、国を壊滅させた一撃というのはどういうものだ? 【魔国】は巨大だ。それなのに元魔王が一撃で壊滅だと?」


 リリィンもどういう経緯でアヴォロスが国を崩壊させたのか気になったようだ。


「多分だけどよ、奴の持つ剣の能力さ」

「…………《魔剣・サクリファイス》……ですね?」


 テンの言葉にはクゼルが答えた。そしてテンは首肯した。


「そんなことが可能なのかクゼル?」

「リリィンさんにも教えたと思いますが、《サクリファイス》は《魔神・ネツァッファ》の一部です。そしてその《魔神》が得意としていたのは相手の魔法を吸収すること」

「そう言えばそうだったな」

「恐らくマリオネさんや、兵士たちの最大魔法を全て《サクリファイス》に吸収させたのでしょう。そしてその取り込んだ魔法を凝縮させて一撃に込めて放った。その威力は想像を絶するものでしょうね」

「ああ、とんでもねえ破壊力だったぜ」


 テンが肩を竦めるが、彼がそう言うのなら本当にとてつもない威力があったのだろう。


「これからどうするヒイロ? できればヒゲのおっちゃんを治してやってほしいんだけどよ」


 日色はテンの物言いにしばらく考え込む。

 アヴォロスが、何故少数で【魔国】に現れたのか、その理由は理解できた。必要以上に自分に戦力を集中させて、わざと隙を見せる。そしてその隙をついて『魔人族』たちが最大魔法を自分に放つように仕向けた。


 そしてその魔法を一手に吸収して、自身の魔力と共に国へと放った。相乗効果も生み、その威力はテンの言う通り驚愕すべきものだっただろう。

 しかしそこでアヴォロスはイヴェアムの命は奪わずに、少し話しただけで去って行ったという。目的は果たしたと……。


(国を破壊することが目的だったということ……か?)


 その過程でイヴェアムが死ねばそれでいいし、死ななくても問題は無いと判断したようだ。それともその場にテンやテッケイルも現れたので、倒すには時間が掛かると思って諦めたか……。


(いろいろ予測はできるが真実は分からんな……)


 とにかく、アヴォロスの望み通りの結果に収まっているということは確かだ。つまり先手を取られているということ。


(……踊らされてるな。次に奴が向かうところは恐らく……)


 日色はアヴォロスが次に現れるであろう場所には予想がついている。それは恐らく――。


「……【獣王国・パシオン】だな」


 日色の考え見抜いたようにリリィンが呟く。


「だろうな。そうでなければ【パシオン】から獣王を引きずり出した意味が無いからな」

「でもこのままだとさ、ヒゲのおっちゃん死ぬぜ?」

「…………」


 正直日色にとってマリオネの存在価値は高くない。話したことも数えるほどだろう。これは戦争であり、いちいち治療に赴いていたら日色が前進できない。日色にもやるべきことがあるのだ。

 しかしアヴォロスの思い通りに動くことに釈然としない思いも確かにある。もう死んでしまった者は復活させることはできないが、アヴォロスが仕留めそこなった相手を生き永らえさせることは、アヴォロスの思惑から外れるかもしれない。

 それに今回の戦争では戦力はより大きい方が良い。マリオネの実力は日色も知っている。ここで失うのは戦略としても痛いことこの上ない。


「……とりあえず一度【魔国・ハーオス】へ戻るか」


 その言葉で、その場にいた者が嬉しそうに笑みを浮かべる。やはり助けられる命を日色が助けるということに、喜びを得ているのかもしれない。


「だがその前に、黄ザル」

「ん?」

「お前を獣王のもとに送る。そこで【パシオン】が危ういことを教えろ」

「なるほど、その手があったか。オッケーさ!」


 日色は軽く顎を引くと、『転送』の文字を使い、獣王レオウードがいるはずの【ドーハスの橋】へとテンを送った。


「よし、後は獣王が国へすぐに帰れば何とかなるだろう。オレらはこのまま【魔国】へ戻るぞ」


 日色は『転移』の文字を行使し、皆を連れて【魔国・ハーオス】へと戻った。



     ※



 一方アヴォロスは、【獣王国・パシオン】の近くまでイシュカの転移でやって来ていた。木の陰に身を潜ませ、本来距離が離れていても視界に映ったであろう《始まりの樹・アラゴルン》の姿が見えないことに微笑を浮かべている。


(……樹というのはね、斬り倒しただけじゃ意味がないんだよ。根ごと掘り出すか、全てを腐らせなきゃ、その生命力で再び甦ってしまうんだ……)


 だからこそ、《始まりの樹・アラゴルン》を腐らせ、その命を絶ったのだ。


(この世界も一緒さ。世界ごと腐らせて壊すわけにはいかないけど、根だけは必ず掘り起こしてやる)


 アヴォロスの瞳は確固たる意志が宿されている。その隣には音も無くただ佇んでいる05号がいる。

 すると水溜まりが近くの地面に広がり、そこからイシュカ、ヒヨミ、キルツ、ランコニスの四人が現れる。


「やあ……って、どうしたんだいヒヨミ、その腕は?」


 アヴォロスの目に映ったのは、右腕を失ったヒヨミの姿だった。


「意外な卵に会いまして」

「へぇ、君をそんなにするなんて、余程楽しみな卵を見つけたようだね」


 ヒヨミはアヴォロスの言に軽く頬を緩めただけだった。アヴォロスは四人を見回すと、


「さて、それじゃ後は頼んだよ」


 そう言いイシュカに軽く頷きを返すと、05号とともにイシュカが創り出した水溜まりに近づいて行く。その後に05号がついて行く。


「……やることは分かってるよね?」


 アヴォロスがピチャピチャと足元を鳴らし、再び四人に視線を向ける。


「特にキルツ、君の情報収集のお蔭でこうして彼女の存在に気づけたんだから、しっかり頼むよ?」

「……へいへい」

「もうキルツさん! 陛下にそのような態度はいけないですよ!」


 ランコニスが、頭をボリボリとかきながら面倒そうに言うキルツを窘める。しかしアヴォロスは楽しそうに笑みを浮かべる。


「アハハ、いいよランコニス。キルツはやる時はやってくれるさ。というより……やらなきゃならないしね」

「…………」


 キルツはサングラスの奥から冷えた目でアヴォロスと目を合わせている。アヴォロスもまた笑みを崩さずにジッと目を見つめている。

 ランコニスがその空気にキョロキョロと目を動かして挙動不審ぶりを発揮しているが、ふとアヴォロスが視線を切る。


「ククク、吉報を待ってるよ」


 それだけ言うとアヴォロスと05号は、水溜まりに吸い込まれて消えた。



     ※



 日色たちが【魔国・ハーオス】へ転移して来て、まず驚いたのは目に映る建物がドミノ倒しのように倒壊していたからだ。

 魔王城も土台は吹き飛ばずに済んでいるが、城壁や棟などが恐らく飛ばされてきた建物の破片が衝突したのだろう完全に崩壊している。

 そして極めつけは遠目に見える抉られたようなクレーターだった。半径二百メートルはあろうかと思われるそれは、そこにいた生命を根こそぎ削ぎ落とされたような光景を作っていた。

 今、日色たちは破壊された城壁の傍にいるのだが、兵士たちが慌ただしく動き回っている。城の中に次々と運び込まれる怪我人たち。

 その中には、もう息絶えているであろう者たちも発見できる。


(思った以上に酷い有り様だな)


 これほどの規模で崩壊させられるとは日色も思っていなかった。いや、できるとしてもこんな短期間で可能だとは考えていなかったのだ。 

 しかもアヴォロスたちは三人でここにやって来たはずだ。たった三人で国の防衛力相手に上回る力を見せるとはさすがに元魔王だけはあると驚愕させられる。

 そこでふと日色があることを思い出し顔を青ざめさせる。リリィンがそれを不思議に思ったのか尋ねてくる。しかしその問いには答えずに日色は近くにいた兵士を物凄い勢いで捕まえた。


「お、おい! 一つ聞きたいことがあるんだが!」

「は、はははひ! な、何でしょうか英雄様っ! って何でここに英雄様がっ!?」


 捕らえられた兵士も反射的に答えたが、今は【ヴィクトリアス】にいるはずの日色を見て驚いているようだ。


「そんなことはどうでいいっ!」

「は、はいっ!」

「あ、あれは……大丈夫なのか?」

「え? あ、あれって仰いますと?」

「だからあれだ! 図書館だ!」


 日色のその言葉で全てを察したようにリリィンたちは肩を竦めた。兵士もキョトンとして固まっていたが、日色の「どうなんだ!」という再三の問いに、その口が開いた。


「と、図書館もほとんどが吹き飛ばされました! ぶ、無事だったのは地下室に保管されている資料だけですぅ!」

「な、何だと……っ!?」


 日色は掴んでいた兵士の両肩から手を離すと、ゆっくり後ずさりする。その表情は完全に絶望の色に染められていた。


「ま、まだ全部読んでないのに……」

「あ、あの英雄様?」

「読んでないのに……読んでないのに……」

「えっと……」


 兵士は助けを求めるようにリリィンたちの方を見るが、リリィンがもう行けというように手を払うので、兵士は一度礼をすると申し訳なさそうに去って行った。

 日色はブツブツと言葉を漏らしながら顔を俯かせている。そしてニッキが声を掛けようとした時、日色から凄まじいまでの殺気が迸る。思わずニッキ、ミカヅキ、シャモエが「ひぃっ!」と声を漏らしたほどだ。


「あのクソチビ魔王ぉ……覚えてろよ。絶対後悔させてやるからな!」


 目に紅蓮の炎を灯し、必ず目にものを見せてやると誓う日色。その後、皆が日色を慰めようとしたが、一向に日色の機嫌が良くなることはなかった。

 日色たちはそのまま城の中へと入り、練兵場で設営されている即席の治療現場に足を踏み入れる。そこはまさに目を逸らしたくなるような光景が広がっていた。

 真っ赤に染まる身体。血が染み渡っている地面。その地面にシートを敷いてその上に怪我人を寝かせているが、痛々しそうな呻き声が止むことなくあちこちから響いている。

 いつも能天気でのほほんとしているニッキやミカヅキもさすがに事の重大さを理解しているようで呆然としている。


「……お嬢様」

「ああ、好きに動け」

「ありがたきお言葉」


 シウバがリリィンに向かって頭を下げて何かの了承を得ると、治療班の手伝いをし始めた。そしてシャモエやクゼルも同様に動いている。


「し、師匠! ボクも何かお手伝いしてきますぞ」

「ああ、オレは魔王のところへ行ってる」

「あ、ミカヅキもいくぅ~」

「二刀流、あの二人についていてやれ」

「うん、分かった」


 カミュは快く日色の言葉に頷きニッキとミカヅキの後を追った。そして残った日色とリリィンは兵士に魔王の居場所を聞き探し当てた。

 練兵場に設置されている簡易式のベッドの上で、《クルーエル》の《序列二位》であるマリオネが歯を食い縛りながら治療を受けていた。


 その傍にはイヴェアムとテッケイルもいた。日色の存在に気づいたテッケイルは、事情を話そうと思ったのか、慌てて日色のもとへ駆けつけようとしてくるが、日色は彼に事情はテンから聞いたことを言う。

 そしてゆっくりとベッドに近づくと、イヴェアムも日色に気づいて顔を上げる。


「何をこの世の終わりみたいな顔をしているんだ魔王」

「ヒイロ…………ヒイロ……ごめん……国を守れなかった……」


 顔を俯かせている彼女は全身を小刻みに震わせている。それは怒りか悲しみか、いや、両方だろう。自分が守ると誓った者たちの命をまんまと奪われたのだから意気消沈するのも無理はない。

 チラリとマリオネの顔色を見る。大分出血したせいか肌が白くなっている。唇は紫色で身体も震えているようだ。左腕と右足は完全に失われていて、右目も包帯が巻かれている。

 これほどの傷を受けてまだ生きているとは、さすがに『魔人族』を代表する猛者である。

 日色は視線をそのままにイヴェアムに対して口を開く。


「嘆くのは後だ。今は髭男爵を治すのが先決だろ」


 ここで失うべき戦力ではない。それにこのままでは魔王が心を完全に折ってしまう。


「え……ヒ、ヒイロ……こんな状態でも治せるの?」

「当然だ。黙って見てろ」


 失った部位があっても、本体がまだ生きているのであれば『復元』の文字で元通りにはなる。ただ今は機嫌が悪かったので丁寧に説明するつもりは無かった。

 日色がマリオネに近づき彼の身体に文字を書こうとした時、驚くべきことにガシッとその手を掴まれてしまう。しかもその相手がマリオネだったのだから皆が驚愕する。


「マ、マリオネ! 大丈夫なの!?」

「ぐ……へ……いか……」


 うっすらと目を開けてイヴェアムを視界に入れるマリオネ。特徴的な口髭を動かしながら、視線を日色へと移す。


「う……小僧……か……」

「今からアンタを治す。話はそれからだ」


 そういって手を動かそうとするが、さらにマリオネの掴んだ手に力が入る。そしてマリオネが頭をゆっくりと左右に振る。


「治さな……くて……いい」


 マリオネのその言葉にさすがの日色も眉をひそめてしまう。イヴェアムやテッケイルは仰天しているように目を剥く。


「な、何言ってるんスかマリオネさん! 早く治療しなけりゃ本当にヤバイんスよ!」

「そうだマリオネ! 一体何故そんなことを言う!」


 テッケイルとイヴェアムがそれぞれにマリオネに詰め寄るが、


「この傷は……ぐっ……アイツらのために……残す……のです」

「アイツら? マリオネ、何を言って……?」


 イヴェアム同様、日色も彼が何が言いたいのか理解ができない。このままでは無駄に時間を浪費するだけなので、とりあえず痛みによって喋り辛いようなので日色は『無痛』の文字を掴まれている右手ではなく左手で書いてマリオネに放つ。

 すると彼の身体を青い光が多い、しばらくしてマリオネの歪んでいた表情が大分緩む。


「……小僧、何をした?」

「魔法で痛みを取り除いただけだ。別に治したわけじゃない。アンタの言い分は守ってる。だからさっさと治さない理由を話してくれ」


 イヴェアムやテッケイルは日色のことを、そんなこともできるの? 的な感じで顔を向けているが、マリオネは呆れたように息を吐くと、


「フン、本当にこちらの斜め上ばかり行きおって」


 そう言うとマリオネは視線をイヴェアムに向ける。そして軽く顎を引く。


「すみませんでした陛下。私が不甲斐無いばかりに多くの兵士を失ってしまいました」

「い、いや……マリオネは良くやってくれたわ。あなただけでも生きてくれてて本当に良かったもの」

「それは……アイツらのお蔭です」


 ようやく本題に入れると日色は黙って耳を傾ける。


「あの時、アヴォロスの攻撃が空から降ってきました……」


 マリオネが静かに語り出した。

 話を聞くところによると、アヴォロスがマリオネたちの攻撃魔法を《サクリファイス》に吸収させて、それを国に放った瞬間、マリオネの部下たちが一斉にマリオネを庇ったのだという。

 無論それを黙って見ているマリオネではなく、部下の前に出ようとした時、その場にいた部下たちがマリオネの身体に抱きついて覆い始めたらしい。


『必ず仇を討って下さいマリオネ様』


 その言葉を放った一人の兵士に触発されたように他の兵士たちも次々と頷き、あろうことか死ぬ間際だというのに笑みを浮かべたのだ。そして一瞬、光が周囲を包み、気づいたらクレーターの中心で横たわっていたという。


「あのバカ……どもが……」


 マリオネは歯を食い縛り身体を震わせている。涙を流しているわけではない。むしろその表情は怒りに満ちているだろう。しかし日色は彼の心の中は悲しみと痛みで一杯だと思った。

 隊長として、部下を預かる身として、そこまで兵士たちに想われていたマリオネは素晴らしい人物だろう。だが守るべき部下に自分が守られてしまったマリオネ。

 そして自分を残して消え去った部下のことを想うとやり切れないのだろう。もっと注意深くアヴォロスを観察していれば、彼が何をしようとしているのか分かったかもしれない。

 もしそうだとしたら、部下を失うことはなかったという自分に対する悔恨。そして無力感が腹立たしいのだろう。


「……私はこの傷を治そうとは思いません」

「な、何故だ? このままではあなたは……」

「この身体は、アイツらがいたからこそこうして残っています。私は隊長としてやるべきことを成さぬ限り、たとえ戻せる身体だとしても戻そうとは思いません」

「マリオネ……」

「小僧の魔法なら、この身体とて、すぐにでも治せるのでしょう。失った手足さえも戻せるのかもしれません。先程の会話も聞こえておりましたしな。しかし、この傷は私の不甲斐無さの結果。それを治すのはアイツらの想いが軽くなるような気がするのです」


 皆は静かに語るマリオネの顔をジッと見つめている。


「無論これは我が儘なのでしょう。しかし! 私は誇り高き『魔人族』の戦士だ! 部下の想いとともにこの傷を背負い、戦を駆け抜けてやる! アイツらが守ってくれたこの身体を存分に働かせ、勝利をこの手に掴む! それが隊長として私がやるべきことだっ!」


 口元から血を流しながらも、盛大に宣言するマリオネ。まるでどこかで見ているであろう部下たちに届かせるような声音だった。


「……なるほどな」


 そう言ったのは日色だ。そしてイヴェアムもまた日色と同じように賛同したように微かに頷くが、テッケイルがそこで口を開く。


「け、けどマリオネさん、戦うも何も、その身体じゃ動くことなんてできないッスよ? しかも血の流し過ぎで今にも死にそうなのに……」


 正論を吐くテッケイルにマリオネは言葉に詰まったような表情をするが、日色はマリオネがいまだに掴んでいる手を強引に剥がすと、


「ならこれでいいだろ」


 素早く右手で『止血』と書きマリオネに向けて放つ。同時に『増血』の文字も素早く書いて放つ。すると、温かな青白い淡い光がマリオネを包むと、青ざめていた顔色が血色の良い肌色に移り変わっていく。

 突然のことにマリオネもキョトンとしている。


「これでこれ以上出血することもない。あと、髭男爵の気持ちは分かるが、まだ動きたいなら馬鹿なこと言ってないで、最低限動けるだけの傷は治せ。子供じゃないんだ、それくらい妥協しろ」

「うぐ……」


 何十倍も年下のガキである日色に説教を受けマリオネは歯を食い縛っているが、


「そうだぞマリオネ! このまま動けずにベッドで寝ているつもりかお前は!」


 イヴェアムが追い打ちをかけるように言い放つと、マリオネはもう何も言えなくなったのかただ低く唸っているだけだ。

 だが日色も彼の気持ちは幾らか分かる気がする。簡単に治癒してしまえば、次もどうせ治癒できると浅慮な考えで戦いに臨んでしまうかもしれない。そしてその思いのせいで、また誰かを失うかもしれない。

 だからこそ、気を引き締めるためにも完全治癒に頼らない方が良いという考えも凡そは理解できるのだ。肉を斬らせて骨を断つという言葉があるが、それを簡単に選択されては彼を慕っている者たちだって気が気ではないだろう。

 緊張感と、命を失う多分な恐怖を備えつつ、戦うという心構えが戦争には必要なのだ。


 結局、足が無ければ動けないということで、マリオネの妥協案として体内の傷と、右足だけを日色が元通りに治した。日色は全部直せよと思うが、マリオネは頑固であり仕方なく言うことを聞いてやった。

 見る見るうちに失われた部位が元に戻っていく感覚に、マリオネは「何だか気持ちが悪いな」と言っていた。治してもらっているのにずいぶんな言い分だったが、日色は別段気にはしていなかった。

 そしてマリオネはベッドから立ち上がり、隻腕隻眼となった風貌でイヴェアムの前に跪く。


「このマリオネ、もう二度と、かような失敗は致しませぬと心から誓います」

「う、うむ! 決して命を粗末にしないでくれ!」

「はっ! 我が陛下の御心のままに」


 マリオネが死なないことによって、若干だがイヴェアムの気持ちも持ち直してきているようだ。


「あ、ところで髭男爵、治療代は貸しとくからな」

「な、何だとぉっ!?」


 オチだけはつけた日色だった。



     ※



 日色がマリオネを治癒している頃、【獣王国・パシオン】にアヴォロスが出現する確率が高いことをレオウードに報せるために、日色に【ドーハスの橋】まで転送してもらったテンだが、目に入って来た巨大生物に思わず呆気にとられてしまっていた。


「ひや~情報では聞いてたけどホントでっけえなぁ~」


 まるで観光気分のような声音で声を上げているが、自分の立場を思い出してブンブンとその考えを振り払うかのように小さい頭を振った。

 ちなみに今は人型ではなく猿の姿である。そして頭をキョロキョロと動かしていると、目標の獣王レオウードを視界に捉えることができた。

 だがふとその端にミュアの姿も映り、テンは彼女の傍に向かう。


「よ! ミュア!」

「え……? あ、テンさん!?」


 ミュアの身体も所々細かい傷はあるものの戦闘不能までは遠い身形である。彼女の元気な姿を見てホッとしたテンは、彼女のすぐ近くにイオニスとクロウチがいることも知る。

 彼女たちは隊長として部下を指揮して、戦っているレオウードのサポートをしているようだ。


(やっぱりハーブリードって奴は死んだみてえだな)


 周囲を見回し彼の存在を探すが見当たらない。情報通り、ハーブリードは殺されてしまったようだ。


「テンさん、どうしてここに? ヒイロさんのところに行かなくていいんですか?」

「ウキキ、今俺は連絡係だしな。それに獣王のおっちゃんに至急話さなきゃならねえことがあんだけど?」

「あ、そうなんですか? えっと……おじさん!」


 ミュアは顔を動かしてアノールドを探し当てると彼を呼びつける。少し離れた所で待機していたアノールドが、ミュアの掛け声に反応して寄って来た。


「どうしたミュア?」

「えっとね、テンさんがレオウード様にお話があるって」

「へ? お、おうテンじゃねえか! 何でお前さんがこんなとこにいるんだ?」

「その質問は後さ。今、【パシオン】がやべえんだよ」

「……どういうことだ?」


 アノールドは目を細め、聞き捨てならない言葉を聞き真剣な表情を浮かべる。

 テンは彼らに【魔国・ハーオス】で起きたことと、日色の推理である【パシオン】が標的になるかもしれないということを話すと、アノールドだけでなくミュアの顔も強張った。


「あのクソガキ……んなことしやがったのか? それに今度は【パシオン】? ふざけやがって!」

「おじさん、早くこのことをレオウード様に!」

「あ、ああ、そうだな。けど……」


 今レオウードは、《醜悪な巨人》と相対している。しかも彼一人で巨人と対等以上に渡り合えているのだから驚きである。

 巨人の拳をその巨体で受け止め、力任せに引っ張って転倒させるなど常人にはとてもではないができるわけがない。

 しかしその激しい戦いの中、下手に手を出すと足手纏いになってしまうので、皆は隙だけを窺って待機しているのだ。巨人とレオウードが離れた瞬間に魔法や《化装術》を打ち込む作戦をとっている。

 今、この中でレオウードに近づいて話をするのはとても難しいとアノールドは思っているのかもしれない。いや、事実、目まぐるしく動くレオウードを捕まえるのは骨が折れるだろう。


 テンもアノールドが向かうのは厳しいことが分かり、それならと自分で動くことにした。だが迂闊に近づいてレオウードの集中を切らすことはできないと思い、タイミングを見計らう。

 巨人が拳を振り上げレオウード目掛けてハンマーのように振り下ろす。レオウードは左に跳ぶと、巨人の腕が地面を盛大に割る。そしてレオウードが、そのまま地面を蹴って跳び上がり巨人の顔に蹴りを食らわせる。

 巨人は弾かれたように仰向けに転倒する。さらに兵士たちが魔法を巨人に向けて放つ。


(今だっ!)


 テンは電光石火な動きでレオウードのもとへ走る。そして彼の肩にチョコンと乗ると、


「む?」


 レオウードも気づいたようで顔を向けてきて「……テンか?」と尋ねてくる。この状況でテンがここまで来たことの重要性を把握しているのか、「何があったのだ?」と聞いてきた。

 テンはアノールドに話した内容を彼にも伝える。


「何だとっ!? 【ハーオス】が崩壊!? 真かテンよ!」

「ああ、向こうはヒイロが行ってっから何とかなるさ。けど問題は【パシオン】だっての」

「むぅ……ならばここで時間を取られているわけにはいかぬようだな」


 レオウードが大きく息を吸い込むと、


「皆の者ぉぉぉっ! これからワシの全力を以て敵を殲滅する。巻き込まれたくなくば離れていよっ!」


 耳を塞いだがあまりに大きな怒鳴り声だったため、耳がキーンとなるテン。


「情報ご苦労だったテン。お主も離れているがよい」

「オッケ~」


 テンは言いたいことは言えたので、ミュアのもとへと帰って行った。

 そしてレオウードはいまだ倒れている巨人を睨みつけると、


「それじゃ、とっとと終わらせてもらおうか、巨人よ」


 レオウードの身体から凄まじいほどの覇気が迸る。空気がビリビリと震え、巨人もその雰囲気に当てられたのか、立ち上がると、自らを鼓舞するように叫び声を轟かせている。


「来ぉぉぉぉいっ! シシライガァァァァァァッ!」


 レオウードが高らかに宣言すると、突然空間に亀裂が走り、その中から炎に包まれた巨大な獅子が出現した。


「おお~! シシじゃん、ひっさしぶりさ~」


 シシライガの姿を確認したテンは久しぶりに会えた『精霊』仲間に感動の声を漏らしていた。


「さて、シシライガよ、時間が惜しい。早々にケリをつけるぞ」


 レオウードの言葉を受けたシシライガが、形を崩していき、青い炎になりレオウードの右腕に宿っていく。

 それを脅威に感じたのか、巨人が大きく口を開いた。その場に居た全員が、またあの光線を放つのだと顔を恐怖を覚える。

 そして皆が危惧した通り、巨人の口の中に光が徐々に集束されていく。それを目視したレオウードは、空へと高く跳び上がる。

 巨人もまた顔をレオウードを追って上空へと向ける。兵士たちが、クロウチが、アノールドが、ミュアがレオウードの名前を叫ぶ。

 その声とほぼ同時に巨人から光の塊がレオウードに向けて放たれた。


「ウオォォォォォォォォォォォォッ!」


 レオウードは信じられないことに、その光線に向かって突っ込んでいった。右腕を前方に突き出し、落下の勢いも相まってか、青い炎が彼の身体を包み込み、一つの弾丸のような形に見える。

 光線に衝突したレオウードに、このままでは光に消されてしまうと皆が驚愕に包まれた表情をしていたが、もっと驚くことを目にしている。

 それは光線が中心から裂けて真っ二つになって空へと放たれているのだ。そしてその光景を生んでいるのはもちろんレオウードの拳である。

 彼の右腕は光線を引き裂き、真っ直ぐ巨人の頭部目掛けて向かって行く。そのまま巨人の口の中に身体ごと突っ込み、そして        


 ――――――ズバシュゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウッッッ!


 巨人の身体を突き破り、ちょうど腰の辺りからレオウードが出て来た。すると巨人の口と、突き破られた腰から青い炎が噴出し、それが身体を瞬時にして覆い始める。

 さらにボコボコボコボコと突如膨らみ始める巨人の身体。苦しそうな呻き声が周囲に響いている。

 レオウードが静かに立ち上がり、視線だけを巨人に向ける。


「土に還れ、哀れな人形よ」


 天を衝くように上空へ向けて盛大な爆発が生まれ、三十メートル以上あった《醜悪な巨人》の存在は塵と化した。



 レオウードの完勝に、惜しみない歓声が大気を割るかの如く轟く。それを見ていたテンもさすがは獣王だと思いながらウンウンと頷いていた。

 だがその歓声に応えずに、レオウードは皆の前に立つとテンから聞いた話をし始める。特に『魔人族』たちは今すぐにでも国へと帰るべきだとイオニスに進言しているようだが、イオニスは頭を左右に振って否定する。

 その態度に疑問を抱く兵士たちだが、彼女の拳がギシギシと音を立てて握られていたことに他の者も気づく。いつも無表情の彼女の顔に歯痒さが込められているのも分かる。


「今……イオたちの任務はこの橋を防衛すること。そして援軍を待ち、人間界に攻め入ることなの」


 それが彼女たちに与えられた任務なのだ。せっかく苦労して手に入れた拠点を放棄するわけにはいかないのだ。

 イオニスだって今すぐにでも国に帰りたいはずだ。そこには多くの仲間や大切な人がいるのだから。だがここで任務を放棄して国へ向かうことは、魔王イヴェアムを裏切ることになる。

 だからこそイオニスたちはここを離れるわけにはいかないのだ。皆もイオニスの想いを悟ったのか、誰も反論を唱えなかった。


「ま、今はヒイロが【ハーオス】に行ってっから安心しなよ。ヒゲのオッチャンもヒイロが何とかするしよ」

「……テン、【ドーハスの橋】に拠点を築くことができたって陛下に伝えてなの」

「おう、任せろ。それと獣王のオッチャン、アンタはさっさと国へ戻ってやんな。今頃、もしかしたら……」


 テンが続きを言おうとした時、一人の兵士が慌てた様子でレオウードに近づいてきた。まさかと誰もが思ったが、やはりそのまさかだった。

 兵士からは、【獣王国・パシオン】が襲撃に遭っているという話が語られた。






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