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174:アヴォロスの源泉

 一度テンが日色のもとへ戻り、再び【魔国・ハーオス】へ戻った時、テンの目にはアヴォロスたちに襲撃されている街が映し出されていた。

 テンはその身軽さを発揮して、城で一番高い場所へスイスイッと昇り、そこから街を一望する。

 国にやって来たのはアヴォロス他、黒衣を身に纏った者が二名ほどいる。その二名はアヴォロスとつかず離れずの距離を保ち、街中で暴れているようだ。

 いや、暴れているのはアヴォロスだけだ。アヴォロスが手に持っている剣を一振りするだけで、まるで地面が抉り取られたかのように消失する。建物に向けて振っても、瞬時にして斬った部分が消える。

 クゼルが話していたように、あの剣こそが《魔剣・サクリファイス》ということだ。能力もクゼルに聞いていたテンだが、やはり残虐非道が服を着て歩いているようなアヴォロスに似合った武器だと思った。

 国民たちは次々と逃げ惑い、兵士たちがアヴォロスの侵攻を防ぐために立ちはだかっている。その中にはマリオネもいるようだが、テンはある人物を探していた。


「お、いたいた!」


 テンの眼下には城の練兵場があり、そこには多くの部隊が組織されて、次々とそこから出動していっている。そしてそれを指揮しているのが魔王イヴェアムである。

 テンは器用に身体を回転させながらイヴェアムのもとへ向かう。


「魔王ちゃん!」

「ん? テンじゃないか! 突然いなくなったと思ったら、どこへ行っていたんだ?」


 テンはアヴォロス襲撃をしばらく観察していたが、イヴェアムに報告も無しにアヴォロスのことを報せるために日色のもとへ戻ったのだ。


「悪い悪い。ちょっちヒイロんトコにな」

「え? 向こうは大丈夫なのか?」

「おう、ピンピンしてたさ!」

「そうか、それは良かった」


 ホッと胸を撫で下ろすイヴェアム。ハーブリードが戦死し、多くの兵士の命も散らされたことを聞いてイヴェアムが顔を真っ青にしていたことをテンは知っている。

 だからこそこれ以上死人を出さないように、橋に増援を向かわせたことも分かっている。それだけ、彼女にとって命は重いものなのだろう。それが仲間であればなおさらだ。

 だから日色の存命を聞いて安堵しているようだ。まあ、そこには恋する乙女の気持ちも多分に含まれていることはテンは熟知している。


「今、どんな感じ?」

「マリオネが部隊を率いて防衛に向かってくれている。テッケイルの情報から、相手は三人だけで間違いないようだ」

「ほうほう」

「その中には……」

「ん?」


 イヴェアムが苦々しい表情を浮かべたのでテンは気になったが、それよりもこれからのことについて聞く。


「なあ魔王ちゃん、先代が何を狙ってんのか分かってんのか?」

「……恐らく私の首だろう」


 確かに普通に考えればそうだろう。ここで魔王を落とすことができれば、戦争の主導権を完全に掌握できるだろう。それだけでなく、下手すれば『魔人族』の戦う理由が失ってしまう恐れも含んでいる。

 ここで魔王は落とされるわけにはいかないのだ。しかしテンはどうにも気になることがある。


「魔王ちゃんの首…………ホントにそうかな?」

「え? どういうこと?」

「確かに赤髪とかオオカミ顔のおっちゃんを、こっから引き剥がしたのは、この国に攻め入ることだと思うけどさ、ならもっと向こうも戦力を持って来ると思うんだよね」

「そ、それは確かに……」

「けど、アイツらは三人だけ。伏兵も見つかっていねえんだろ?」

「少なくともテッケイルが調査して判断したことだから」


 情報収集に長けているテッケイルが、国中に彼の魔法で作った鳥たちを配備して、警戒に当たっていることは知っている。少しでも違和感や、気配を感じたらすぐにテッケイルに伝わるようになっているとのこと。

 しかし今のところやはりアヴォロスたちは三人だけだということだ。


「だからおかしいんだよなぁ。魔王ちゃんをホントに潰すつもりなら、もっと戦力を集中させると思うんだよなぁ」

「それは、転移できる数が限られているとかではないか? それに相手はあのアヴォロスだ。自分一人でも私一人くらい殺せると踏んでいるのかもしれない」

「そう言われると何とも言えねえけどさ……」


 だがテンには何か引っかかっていることがある。そもそもこの状況は恐らくアヴォロスが企てた作戦が見事にハマった結果である。

 なら事前に、こうなることを予想していたのだとしたら、このために戦力を整えておくことだってできたはずだ。

 それに敵も転移系の魔具だって用意しているはずだ。それを使えば三人だけでなくもっとここへ運べるはずだ。

 それなのに結果的に敵は三人だけ。しかも戦っているのは何故かアヴォロスただ一人。他の二人は従者のようにただ傍に控えているだけだ。


(や~っぱ、何か企んでるっぽいなこりゃ)


 段々と自分の考えが現実味を帯びていくのを感じるテン。しかしそれが何かは分からない。


(魔王ちゃんの首が狙いじゃねえ……としたら一体何だ?)



     ※ 



 《クルーエル》の《序列二位》であるマリオネは、遥か前方から突き進んでくる元魔王を睨みつけるように眺めている。


「奴め、まさか自らが攻め入ってくるとは。いいかお前たち! 奴らは三人だが決して油断するな! アヴォロスが持っている剣の情報は聞いているな! 必要以上に近づくな! アレに喰われると一瞬で命を持って行かれるぞ!」


 マリオネの忠言に兵士たちは歓声を上げるように返事をする。そして上手く建物を利用して四方八方から遠距離攻撃を与えるように兵士たちは陣取る。

 遠目にだが、周囲からの魔法も、アヴォロスの剣が形を変えて魔法そのものを食べているように見える。そしてそのエネルギーを吸収しているのか巨大化している。

 しかも剣はアヴォロスの意思とは無関係に自由に動き回っているようにも見える。伸びたり広がったり、剣とは思えない動きを見せている。


「全てを喰らう《魔剣》か……化け物め」


 マリオネはこれ以上下手に魔法を撃って、それを吸収させ強化させては本末転倒だと判断して、兵士たちに魔法を放つのを止めさせるように指示する。

 しかし兵士の一人が、それでは攻撃ができずに相手の侵攻を防げないとマリオネに進言する。


「そんなことは分かっておるわ!」


 マリオネは兵士をかきわけて前方に躍り出る。


「私が出る! お前たちは隙を見て私の合図で魔法を放て」


 マリオネは自らがアヴォロスたちの足止めをすることを決断した。その上で、隙を見つけて一網打尽にしようと考えた。

 無論いくらマリオネといえど、一人でアヴォロスたち三人を抑えられるとは思ってはいない。だが少しぐらい敵の注意を引きつけ隙を作り出すことはできるだろう。

 その隙に、周囲で待機している兵士たちの一斉攻撃を繰り出せば、さすがに一溜まりもないだろうと判断したのだ。

 マリオネはその大きな身体を揺らしながら大きな一歩でアヴォロスたちに近づいて行く。そしてアヴォロスもまた、マリオネの存在に気づいたのかピタリと動きを止めて笑みを溢す。


「やあマリオネ、久しぶりだね」

「そのようだ」

「あれ? 一応これでも君の上司なんだから敬語使った方が良いと思うけど?」

「今はイヴェアム陛下が私の上司だ。お前は敵でしかない。それに……」


 チラリとマリオネがアヴォロスの隣に控えている05号に視線を向ける。


「よくここへ来られたものだなキリアよ」

「お久しぶりですマリオネ様」


 相も変わらず無機質な表情のまま頭を下げる05号。


「ただお間違いなさらないように。私はヴァルキリア05号です」

「……よくも陛下を裏切りおったな」

「…………」

「貴様だけは、陛下に代わって私が始末してくれるわ!」


 腰に差してある剣をマリオネが抜くと、三人に向けて身構える。


「ククク、久しぶりに《剣将》の実力を見せてもらえるのかな?」


 アヴォロスが楽しそうに口角を上げる。


「その余裕、崩して見せよう」


 マリオネが大地を蹴ってアヴォロスとの距離を詰めていく。



     ※



 兵士からマリオネがアヴォロスと対峙しているという情報を聞いたイヴェアムは、一人では無理だと判断したようで、兵士たちを増援に向かわせた。


「けどさ魔王ちゃん、これ以上ここの防衛を薄くしちまうとマズイんじゃねえの?」


 テンの忠告にイヴェアムは険しい表情を浮かべている。


「分かっている。だがいくらマリオネでも、あのアヴォロス相手では危険過ぎる。こちらは数がいるのだから、一気に決めてしまえばもしかしたら……」


 確かに数は戦力だ。たった三人だけの相手に、数万の兵士たちをぶつければ、勝てる道理だろう。しかし相手はそれも考慮に入れた上での行動だとテンは思っている。


(ホントに奴の企みは何だ? たった三人だけなんだから、普通は身を隠して行動する方が、魔王ちゃんに近づくこともまだやり易いはずだ。なのに、な~んでわざわざ目立つ行動をしてんだ?) 


 その理由がいまだにわからなかった。本来暗殺をするのであれば、敵側に見つからずに影に隠れて動くべきだ。それなのに、アヴォロスは必要以上に存在を目立たせ、自分に戦力が集中するように振る舞っている。


(う~ん、やっぱり何かあんなこりゃ)


 テンは兵士たちに指示を出しているイヴェアムに近づくと、


「なあ魔王ちゃん、もしだよ、もし奴が魔王ちゃんの首以外の目的があるとして、それは何だと思う?」

「え? そんなのがあるのか?」

「ん~まあいろいろ予測しておくことに意味があるしさ、とりあえず考えてみてよ」

「む……そうだな。私の首が目的でないとしたら、ここにアヴォロスが何かを探しにやって来た……とか?」

「な~るほど。その考えは一理あるね。なら魔王ちゃんに聞くけどあの先代の興味を惹くようなものがここにあると思う?」


 テンの問いに沈黙を返すイヴェアム。どうやら思いつかないようだ。それもそのはずで、ここは元々アヴォロスが治めていた国である。探し物があるとは思えない。もしここに大切なものがあったのだとしたら、姿を消す前に入手しているだろう。


「探し物の案はねっか……んじゃ、他に奴がここに来る理由……」

「や、やはり私の命だけだろ?」

「う~ん……そっかなぁ」


 現状、それが一番強い理由ではあるが、テンはそれでもやはり釈然としない思いを持っている。

 だがそんなテンの考えが現実化する事態が、十数分後に起こることになる。



     ※



「はあぁぁっ!」


 マリオネが生み出す剣線は鋭く、一秒に数度斬りつけるほど瞬いている。しかしアヴォロスは小さなその体躯を軽やかに翻して回避し続けている。 

 マリオネはアヴォロスの持つ《サクリファイス》に警戒して、一度懐へ入るとすぐさま離れるヒットアンドアウェイを戦法に選んでいる。

 そして離れた瞬間に、彼が得意とする土魔法で追い打ちをかける攻撃。地面から生み出された巨大な手がアヴォロスに向かって襲い掛かる。

 しかし刀身に生まれた歪な歯で、《サクリファイス》がその土の手を文字通り食べてしまう。


「ゲギャギャギャ! ナカナカ密度ノ高エ魔力ダァ!」


 マリオネの魔法は、他の兵士と比べるとそれは魔力の質が違うのも当然だ。彼は【魔国・ハーオス】でトップ2に位置しているのだから。


「……やはり魔法は効かんか」


 マリオネは忌々しげに顔を歪ませていると、アヴォロスが楽しそうに口を開く。


「アハハ、こらこらマリオネ、余が相手なのに、まだ手加減をしているつもりかい? そんなことをしている間に、こんなことをしちゃうよ?」


 アヴォロスがマリオネではなく、近くにあった建物に向かって剣を振り下ろした。するとその斬撃が飛び、建物を破壊し、そこに潜んでいたマリオネの部下たちがその斬撃によって身体の一部を食い千切られた。


「アハハ! 次は……そっちかな?」


 アヴォロスの碧眼が怪しく光り、獰猛さを増していく。そして彼が見ている方向にもマリオネの部下が隠れているはずだ。


「くっ! させん! ダース・インパクトッ!」


 マリオネの魔力が吹き上がり彼の右手から黒い塊がアヴォロスに向かって放たれる。


「だから、そんなんじゃダメなんだって」


 アヴォロスは慌てることも無く《サクリファイス》を向けると、またも土の手と同じように剣に呑み込まれていく。だがマリオネは次の行動を起こしていた。

 瞬時にアヴォロスとの間を詰め、手に持っている剣で下から上へと斬り上げた。アヴォロスは若干顔をしかめながらも剣で防いでいたが、その小さな身体は容易に上空へと押し上げられてしまった。


「今だお前たちっ! 少し街が崩壊してしまうだろうが、ありったけの魔法を奴にぶち込むのだっ!」


 周囲にある建物の陰からマリオネの部下たちが現れ、待ってましたと言わんばかりに各々の最高の魔法を上空で体勢を崩しているアヴォロスに向けて放つ。


「私も行くぞ! 来い、ジ・アースッ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴと地面が盛り上がり、その中から巨大な岩石竜が姿を現し、大きな口を開けてアヴォロスを呑み込もうと向かって行く。

 そしてそれだけではなく、アヴォロスの周囲から逃げ道を塞ぐように複数の魔法が放たれている。本来ならその状況に危機感を抱くはずなのだが……。

 アヴォロスは確かに笑い、こう言い放つ。


「それを待ってたんだよ!」


 《サクリファイス》から触手なようなものが出現しアヴォロスの身体に突き刺さり、何かを吸い上げていく。そして見れば、いつの間にかアヴォロスの傍には他の二人も控えていた。

 マリオネはこれなら三人同時に攻撃できるとほくそ笑むが、次の瞬間、《サクリファイス》の形状が巨大な球体状に変化していき、その球体にヒビ割れが入ったと思ったら、パックリと裂け、まるで大きな口を開けたような姿を見せる。


「な、何だアレは……っ!?」


 マリオネの目の先で、不可思議な光景が起こる。周囲から放たれている魔法が、その球体の口内へ次々と収まっていくのだ。そしてドンドンと巨大化していく。

 残ったのはマリオネの岩石竜だが、彼の最大魔法であるはずのジ・アースも、その球体に見事に呑み込まれてしまった。


「何だとっ!?」


 そしてその球体の背後からアヴォロスの声がマリオネに届く。


「さあ、絶望を味わわせてあげるよ」


 この世のものとも思えないどす黒いオーラが、高密度に生成されて周囲に漂う。マリオネは即座に危険と察知して、


「お前たち、ここから離れろぉぉぉぉっ!」


 彼の叫びは一瞬、兵士たちを強張らせるだけだった。刹那、残酷なまでの死を予感させる恐怖の権化が、彼らの頭上から大地に向けて放たれた。


「……《国喰(くにぐ)い》!」


 城も一呑みにできるほど巨大化した真っ黒な塊が、巨大な口を開いて街へと落下してきた。          


 ――――――ドゴゴゴゴゴゴォォォォォォォオオオオオオオンッッッ!

 

 アヴォロスの攻撃は、かなり距離が離れているはずのテンとイヴェアムの目にも映っていた。巨大な殺意の塊。そして今まさにそれが、国へと放たれた瞬間、二人の傍に死線が生まれた。


「魔王ちゃんっ!?」

「きゃっ!?」


 テンは瞬時に力を解放して、人型に戻った瞬間、イヴェアムの身体を抱えて城の高台へと昇る。

 そしてけたたましい衝撃音とともに、暴力を最大限に含んだ風圧が二人に襲い掛かる。


「ちぃっ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 テンは足元に魔力を宿し、それを爆発させて何とか風圧から逃れるべく電光石火で上空へと昇って行く。イヴェアムは何が何だか分からず叫び続けている。

 テンは体勢を崩されそうになりながらも、一瞬早くこうなることを気づいて行動したお蔭でダメージも無く上空に跳び上がっている。


 そしてその眼下に広がる光景に思わず言葉を失う。

 【魔国・ハーオス】は三大陸の国の中で一番大きい。その規模は複数の街が集結したような巨大さなのだが、上空から見下ろす国は……いや、もう国とも呼べるほどの原型を繋ぎとめてはいなかった。

 半径二百メートル以上は有ろうかと思われるクレーターが、国の中に抉られたように存在し、その周囲にあったはずの多くの建物は軒並み吹き飛ばされて荒野のように生まれ変わっていた。

 かなり距離がある場所も、先程の爆風でやられたようで、まるでドミノ倒しのように建物が崩壊している。


 そして先程テンたちがいた城も、土台の部分はまだ残っているものの、ほとんどが吹き飛ばされてしまっていて見るも無残な光景を生んでいる。

 それに一番酷いのは、夥しいほどの…………死者や重症者の数であろう。

 恐らくクレーターの近くにいた者たちは軒並み消されてしまったのだとテンは判断する。その他の者も、衝撃で生まれた爆風により数えられないほどの死者や重軽傷者が生まれているに違いない。事実、テンもあの場に居続けていたらタダではすまなかっただろう。


(あの野郎……やっぱとんでもねえことしやがった)


 そこでようやくアヴォロスの狙いが理解できたテンだった。


(多分奴が必要以上に自分に相手の目を引きつけさせたんは、この技で多くを巻き添えにするため。だから身を隠すんじゃなくて、大っぴらに行動したってわけだ)


 そしてアヴォロスの企みは成功して、国の防衛のほとんどが自分の近くへと集中した。


(奴が狙ってたんは魔王ちゃんの首じゃねえ、狙ってたんは……国そのものだ)


 国の崩壊。戦力の一網打尽。それがアヴォロスが狙っていたことだったのだ。しかしそれに気づかなかったマリオネやイヴェアムは、アヴォロスの侵攻を止めるべく多くの戦力を注ぎ込んだ。

 その結果、アヴォロスの一撃により、彼の企みを成功させることに繋がってしまった。


「う……え……だ、誰?」

「おう、魔王ちゃん」

「も、もしかしてテン……なの?」

「そうさ。けど悪いな魔王ちゃん」

「え?」

「俺の力じゃ、魔王ちゃん一人守るだけしかできなかった」

「ど、どういうこ……」


 イヴェアムは上空から眼下に広がる光景をその目に映し出してしまった。


「あ……ああ……ああ……みんなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 イヴェアムは我を忘れたように、テンに抱えられていることも忘れて暴れる。


「うぶ! ちょ、ちょっと魔王ちゃん! ああ!」


 テンの腕から落下していくイヴェアムを再度捕まえようとするが、彼女の背中から黒い翼が生える。


「おっと、落下の心配はねえってことか」


 だが彼女を放置はできず後へついていくテン。本当なら今すぐにでも日色に伝えに行きたいが、彼女を一人にしてはいけない。まだアヴォロスだっているはずなのだから。



     ※



 クレーターの中心にはアヴォロスと05号、そしてイシュカの三人が無傷でその場に立っていた。


「ふぅ、さすがにこれほどの力を解放するとしんどいね」

「大丈夫ですか陛下?」


 05号が尋ねるとアヴォロスは軽く肩を竦める。


「うん、けどこれで一つの目的は達せられたかな? アレはどうだい05号?」


 05号が懐から水晶玉のような玉を取り出す。その中心には黒い渦が存在していて極めて異彩を放っている。


「大分溜まったかと」

「そう、それは良かった。これであと一歩ってとこかな?」


 その時、今まで黙っていたイシュカが何かに気づいたように、


「陛下、あそこに」

「ん? …………へぇ、生きてたんだマリオネ。まあさすがは元余の部下だけはあるね。そこは褒めてあげるよ」


 そこにいたのは砂に埋もれながらも呼吸をしているマリオネだった。しかし体中は傷だらけであり、夥しい出血量である。左腕、右足は切断されて失っている。右眼からも真っ赤な血が流れ出ている。


「そんな状態になってまで、まだ生きてるなんて相当しぶといね」

「ぐ……ぐふっ!」


 マリオネは口から血を吐く。内臓もかなりのダメージを受けているようだ。アヴォロスはさらに近づくと、ニヤッと口角を上げる。


「クク、安心しなよ。君の死は余が有効に活用してあげるからさ」


 そう言いながら《サクリファイス》をマリオネに突きつけた瞬間、


「させるかぁぁぁぁぁぁっ!」


 そこへイヴェアムが現れ、アヴォロスはその場から後ろへ数歩下がった。アヴォロスはマリオネの前に立つ人物を眺めて口角を上げる。


「やあ、久しぶりだね、我が妹よ」


 そこに現れたのは金髪をたなびかせたイヴェアムだった。



     ※



 イヴェアムは剣を構えながら背後で臥せっているマリオネを気遣う。彼女は彼の様子を見た瞬間、すぐにでも治療しなければと判断した。

 地面に流れ出ている夥しい血液の量が彼の危機を物語っている。


(しかし私一人で、この人たちに……!)


 イヴェアムは歯噛みをしながら、目の前にいるアヴォロス他二名に視線をやる。そしてその中に幼き頃からずっと一緒だった懐かしい顔を発見して困惑してしまう。


「キ、キリア……!?」

「お久しぶりです、イヴェアム様」


 感情を表に見せず05号は静かに頭を下げただけだ。イヴェアムにしてみればやはり複雑な思いだ。いまだに彼女が自分を裏切ったなどと思いたくない。

 しかし彼女は現にイヴェアムを裏切り、戦争を仕掛けてきている。イヴェアムの中に僅かばかり残っていたキリアに対する想いがイヴェアムを苦しめる。


「さて、イヴェアム」


 そんな時、二人の視線を割るように入って来たのはアヴォロスだ。


「これで理解したかい? 余に刃向うことの愚かさをさ」

「な、何をっ!」


 イヴェアムは歯をギリギリと鳴らせながら憎しみの籠った目で睨みつける。


「アハハ、兄にそんな顔を向けるものじゃないよ。それに、こうして再び会えたんだから、少しだけでも家族として接してみたらどうかな?」

「ふざけるなっ! よくも……よくも私の家族たちを……」

「ククク、何を言ってるんだい? これは戦争なんだよ? それにちゃんと君には道を示してあげたじゃないか。余に刃向わなければ命は奪わないって」


 彼は確かに世界に宣言した時、そのようなことを口走っていた。しかし彼が支配する世界に幸福など掴めるわけがない。何故なら……。


「お前はいつも自分のことしか考えていない! そんな奴の支配下に置かれて民が幸せになれるものかっ!」


 アヴォロスが魔王であった時もそうだ。彼が常に見ていたのは自分と、遥か過去に置き去りにされた何かだった。遠い目でいつも彼は空を見上げていた。

 そして昔のことについて語る彼の目には異様な光が宿っていた。その異彩に幼い頃、イヴェアムは恐怖を抱いたことがある。


 憎しみ、悲しみ、寂しさ、苦しさ、痛み、全ての負の感情を凝縮させたような瞳の光。それはまるで世界の終わりを望む者が持つのではないかと思わせる光だった。


「アハハ! それは言えてるね! 余は自分のことしか考えてない。でもさ…………それって普通のことだよね」

「何だと……?」

「人は誰もが自分の幸福を探し続けてる。他人のためとはよく言うけど、結局突き詰めて言えば、それは自分のためでしかないんだよ。例えばそこにいるマリオネは瀕死だよね。彼の将来のために傷を治し、命を救ってあげたいと思う。これは正面から見ると、確かに他人の……マリオネのためだ。だけどさ、彼が死ねばイヴェアム、自分が悲しい。自分が悲しみたくないから、自分のために彼を治す……つまりはそういうことなんだよ」

「……っ!?」

「人はね、自分を中心に考えるんだ。でも勘違いしないでね。それが悪いって言ってるわけじゃない。それが当たり前なんだよ。そして余もまた、自分のために動いてる。それが結果的に、余に付き従っている彼女たちのためになるってだけさ。結局ね、他人のためなんて、主目的の副産物に過ぎないわけだよ」

「詭弁だっ! たとえ見方によってそう捉えることができても、大切なのは誰かのために何かをしたいという想いだ! それがあるのと無いのとでは全く違う!」

「……同じだよ。人は業の深い生き物だ。もちろん余も含めてね。だからこそこの世には悲しみが生まれるし、それによって憎しみ、争いが生まれる。まだ分からないのかいイヴェアム。人は争うんだよ。そうしてきただろう、この世界も」


 アヴォロスから笑みが消え、瞳に虚空が映し出されていく。何の感情も読み取れない畏怖が込められている。


「確かにこれまで、我々は戦い、世界を傷つけてきた。だがそれでも人を思い遣る心がある限り、いつかは必ず人と人とが強い絆で結ばれることだってある! それは決して、憎しみだけじゃない! 人が集まれば価値観などの違いからすれ違い、衝突してしまうことだってあるだろう! しかしそれでも、互いに想いをぶつけ合って手を取り合うことだってできるんだ! 我々を見ろアヴォロス! もう不可能だと言われた三種族の同盟。それが今、ここに成されているんだ! 平和はもう目の前なんだ! それを何故邪魔をする!」


 イヴェアムはありったけの想いを込めてアヴォロスに言い放つ。


「……不愉快だからだよ」

「……は、な、何だって? ふ、不愉快……だと?」

「そうさ、少し昔話をしてあげようか」


 アヴォロスはそう言うと、静かに目を閉じ語り始めた。


「かつてこの世界に住む種族は、それぞれの利権などを巡り、互いに傷つき合っていた。そんな中、ある若者が現れ、世界の現状を憂いて、何とか平和になれないか試行錯誤した。多くの悲しみや痛みを背負いながらも、その若者は世界の架け橋となって全ての種族を繋ぎ合わせる礎になった」


 イヴェアムは黙ってその話を聞いている。イヴェアムもまた彼からそのような話をされたのは初めてだった。


「平和は続いたよ。誰もが争いの無い世界に喜んでいた…………ように見えた」

「え?」

「ある時、一つの国が世界を救ったはずの若者の異常さを説いた」

「い、異常?」

「そうさ、その若者はたった一人で、多くの種族と戦い、そして勝ってきた。腕を引き千切られようが、腹に槍を刺されようが、若者は皆の笑顔を求めて奮闘した。だがそんな致命傷を受けながらも、一瞬で治癒する身体、そして驚愕するほどに強い身体能力、世界のトップに君臨する強者さえも退ける力。何より人を惹きつける魅力。それが国の代表たちには恐ろしく、そして疎ましくなった」

「…………」

「だから国は、人は、その若者がもし気まぐれでも起こして世界を敵に回したらどうなるだろうかと恐怖を抱いた。いや、若者を良く思っていなかった者たちがその考えを世界に広めた。そして徐々に若者を見る人の目が変わってきた。世界を繋ぎ合わせた英雄と称されていた若者が、ある時を境にこう呼ばれるようになった…………『恐怖の人外』と。そして人は若者に疑惑を持ち、彼の力を否定し遠ざけ、排除しようとする者が出て来た。…………若者はどうしたと思う?」


 イヴェアムには分からなかった。皆のためにと傷つきながら世界を救ったのに、今度はその力が原因で皆に白眼視されていく。そんなことを自分がされたらと思い、イヴェアムは顔を青ざめさせる。


「余ならそうだね、せっかくの恩を仇で返すような連中なんて、すべて滅ぼすよ、間違いなくね」


 彼ならばそうするだろうと、アヴォロスを知っているイヴェアムはそう思った。


「だけどね、その若者はこう思ったんだよ」


『自分がいなくなれば、また平和が戻るかもしれない』


「……え?」

「若者は、自分という存在のせいで、それが火種となり、せっかく鎮座した争いが再び起こることを嘆いた。だが彼を慕う者たちからすれば、そんなわけの分からない奴らのために、彼が犠牲になるなんてとても許容なんてできるわけがなかった」


 アヴォロスはギリッと歯を噛み、分かりやすいように怒りを露わにしていた。


「彼の仲間は何度も説得した。何度も何度も、自らの命を粗末に扱うなと……けど、ある日、彼の愛する人が……殺されてしまった」

「……え?」

「殺したのは若者が懇意にしていたはずの……国だった。無論彼の仲間たちは報復しようと躍起になったさ。だけど彼は言った」


『これ以上、俺のために誰かが傷つくのは見たくない』


「……ほどなくして彼は仲間のもとから姿を消した。仲間は探した。雨の日も風の日も……そしてようやくある場所で見つかった。そこは小さな島で、彼と、彼が愛した女性が初めて出会ったという場所だった。そこで、彼の死体が発見された」

「っ!?」


 何という悲劇なのだろうか。傷つく世界を憂い、自身が傷つきながらも平和へと導いた若者。その若者が、今度はその世界に住む者たちによって追い詰められ、そして愛する女性をも奪われる。そんな悲劇があるのだろうか……。


「彼がいなくなった後のこと聞きたいかい? 簡単さ、人は彼というストッパーがいなくなったことで、再び自分たちの主張を掲げ争い始めた。それからは今までずっと争いの歴史を作り上げているんだから、イヴェアムも知ってるだろう?」

「…………作り話なのだろう?」


 そう聞いたイヴェアムだが、それは少しでもアヴォロスを否定したいという心の表れだった。感覚では彼が嘘を言っていないと何となく伝わってきているのだ。

 それでも認めたくは無かったのだ。そんなことが世界に起きていた事実を。


「作り話……か。それだったらどれだけ良かっただろう……。奴らは彼のことを歴史から抹消した。自らの汚点を後世に残さないためだ。まあ当然だよね。彼のお蔭で救われたのに、その彼をただ怖いっていう感情だけで追い落としたんだから。しかも国々がね」


 だから今ある古文書や文献にはアヴォロスが言ったような話が残されていないのだ。いや、そこでふとイヴェアムはある話を思い出す。それは幼い頃、キリアに読んでもらった英雄譚。


「……《ティンクルヴァイクルの冒険》……」

「……へぇ、君も知ってたんだね。そう、それがこの世界に残されている唯一の真実だね。まあ、大分曲解はされてるけど、それでもあの話は間違いなく…………彼の話だ」


 アヴォロスの目に悲しみが宿る。今まで彼が誰かを想い、そんな表情を浮かべるのをイヴェアムは見たことがなかった。だからこそイヴェアムは確信した。


「アヴォロス……もしかしてお前は……」

「ククク、そうだよ。余こそが、《ティンクルヴァイクル》……いや、シンク・ハイクラの仲間だった一人だよ」

 


 アヴォロスから衝撃的告白を聞いてイヴェアムもまた想像はしていたものの、やはり驚きを隠せなかった。アヴォロスがイヴェアムとは違って数百年以上生きていることはイヴェアムも知っていた。

 歳が離れ過ぎていたのもあるかもしれないが、魔王として君臨していた彼とは接点がほとんどなかった。たまに食事を一緒にするだけだ。しかも年に数回ほど。


 だからアヴォロスの表面上のことしかイヴェアムは知らなかった。まさか過去にそのような体験をしていたことが驚きだった。


「そう、余はアイツの親友だった。その親友を……世界を救った英雄を、人は手の平を返したように裏切り殺した。それだけじゃなく、せっかく平和になった世界までも再び争いが渦巻く混沌と化した。いいかいイヴェアム、平和なんてもんは幻想だよ。追い求めてもいずれ泡となって消えゆく儚い夢そのものなんだよ」

「…………」

「だから君たちが作り出そうとしている平和を見ていると不愉快な気分になるんだ。どうせそんな平和、続くわけがない」

「そ、そのようなことは断じてない!」

「……何故そう言い切れるのかな?」

「確かにお前は悲劇を経験してきたのかもしれない! だがそれでも、人は変われるんだ! お前はたまたま悪い方向へと変わった人を見たからそう思うだけで……」


 その時、アヴォロスから凄まじい殺気が滲み出て、イヴェアムは思わず押し黙る。


「……たまたま……だって? 本当にそう思ってるのかい?」

「……な、何を言って……」

「やはりそうなんだね。気づいていない者は、小さな疑問さえ思い浮かべたりはしないようだね」


 アヴォロスが自嘲気味に笑みを浮かべる。イヴェアムは、彼が何を言っているのか全く理解できていない。


「なら教えてあげようか。いいかいイヴェアム、君はこの世界に生きていて疑問に思ったことはないのかい?」

「ぎ、疑問……?」

「そうさ。歴史を紐解いていって、何故……いつ、今のように三種族が面白いように別れている大陸が出来上がったのか疑問に思わなかったかい?」

「……え?」

「かつて、この世界は一つの大きな大陸があり、何らかの原因で三つに分断された結果、三種族がそれぞれ話し合って大陸を分け合った……とでも思っていたかい?」


 彼の言葉に奇妙な違和感を感じた。確かにその通りだった。ある日、三つの大陸に住む種族たちが争っていると聞かされ、何故争ってきたかなどを勉強してきたイヴェアムだが、どうして三つの大陸が上手いことに別れているのか疑問に思ったことなどなかった。

 そういうものなのだと無意識下に納得してしまっていたのだ。


「誰も原初を知らないんだよ。もちろん文献なども無い。それなのに誰もが過去は気にするものの、一番初めの成り立ちに疑問を抱かないんだ。どうして大陸が三つなのか、何故そこに示し合わせたように三種族が住みつき、そしてこうして争ってきたのか、その理由を誰も調べようとしない。おかしいと思わなかったかい?」

「…………」


 頭をハンマーで殴られたような感じで急速に目が覚めていくような思いをイヴェアムは感じている。それを冷ややかな目で見つめるアヴォロスは続ける。


「不思議さの極めつけはもっと身近にあるものだ。何だか分かるかい?」


 必死で思考を回転させるが先程のアヴォロスの言葉が衝撃的過ぎて混乱が渦巻き考えが纏まらない。


「それはね………………《ステータス》だよ」

「ステー……タス?」

「そう、君はその存在をこう教えてもらっていないかい? 神様から与えられた能力の一つだってさ」


 その通りだった。何でもこの世界を神が創り上げた時、そこに住む生物皆に《ステータス》を与えてそれを確認できるようにしたと教えられた。


「そもそも《ステータス》という存在に疑問は持たなかった? 何故そんなものが見えるのか……だって魔具でも無ければ魔法でもないんだよ?」

「そ、それは……」

「そう、見えるのが普通。だから疑問に思わず、それが当然だと思い過ごしてきた……でしょ? だけど今、こうして余の話を聞いておかしいと思わないかい? そもそも何のために《ステータス》なんかあるんだい? そこには経験値によってレベルが上がり、パラメーターが増え、魔法や《化装術》の種類が増す。さらに称号が書き加えられていく。この称号にしたってそうさ、誰のための記述なんだい? 仮に《ステータス》があるのであれば、本人にとって記載されるのはHPとMPだけでいいと思わないかい? それが命に直結するんだから。それなのに力や素早さ、命中率や賢さなど、数値化して確認させる必要あるのかい? 普通に生きていて、そんなものが本当に必要かい?」


 心にかかっていた暗雲が晴れるように何故かイヴェアムはスッキリしていく思いを感じていた。


「まるでさ、お遊びそのもの……だよね。まるで誰かがそれを確認して楽しむためにあるような感じがしないかい?」

「ま、まさか……」


 少し沈黙が生まれ、アヴォロスが虚を突くような言葉を吐く。


「そう、この世に生きている全ては、ある奴らの支配下に置かれている存在なんだよ」

「…………」

「海も山も、森も大地も、そして人も……この世界全てがある奴らが楽しむために創り変えられた箱庭なんだよ」

「ば……かな……そ、そんなわけ……」

「ないとでも言うのかい? ならこの世界の成り立ちを説明できるかい? 《ステータス》は? さらに、何故余が言うまで、そのことに疑問を持たなかった? 全ては無意識下に奴らに操作されていた事実さ」

「…………」

「その考えに至らないように意識操作され、何の疑問を浮かべることなく、世界の流れに従って生きていく。時には平和を満喫し、またそれを壊し争いが起き、今度はそれを鎮めるために異世界から勇者などという存在を召喚して世界に招き世界に足掻く様子を見て楽しむ」

「い、一体誰が……?」


 アヴォロスは瞳の中に虚無を宿しながらもそれには答えずジッとイヴェアムを見つめている。

 その時、地に倒れているマリオネが盛大に血を吐く。ハッとなったイヴェアムは、彼に近づき、少しでも楽になれるように魔力を彼の身体に分け与えていく。

 イヴェアムとしたことが、アヴォロスの突拍子もない話に意識を持って行かれてしまっていたことを悔やんだ。

 そんな二人を冷淡に見ながらアヴォロスは口を開く。


「話を少し戻そうか。仮に余が言ったことが真実としよう。何者かがこの世に生きている者の意識を操作できるとしたら、平和を見続けるのってどう思う?」

「そ、それは素晴らしいことだろう?」

「いや、違うね。絶大な力を宿し、何でもできる存在ってのは、長続きする平和にこう思うんだよ。ああ、退屈だってね」

「なっ!?」

「だから誰かの意識を操作して、戦争の火種を作るんだ。人々が争い、互いを傷つけ合うようにコントロールするんだよ。そうして平和を崩し、争いに飽きたら救世主を創り、再び平和へ戻し、また争いを起こして刺激を求める。まさに堂々巡りというわけだよ」

「そんなことが……?」

「そして、そのシステムに余の親友も殺されてしまったんだ」


 イヴェアムは「あっ!?」と思い出すように声を漏らす。彼の話が真実だとしたら、シンク・ハイクラという世界の救世主は、平和を崩すためのきっかけにされたということだ。


「人々の意識下に強者に対する恐怖を増幅させてやれば、心の弱い者たちはどうなると思う?」

「…………」

「人はね、自分と違うものを受け入れにくい資質を元々持ってる。さらにその違いが異常だとしたら、それは恐怖の対象になり得る可能性が大いに高くなる」


 それは人だとしたら当然の思いだろう。人は自然に楽を求める生き物である。だから自分と同じ存在には心を許しやすい傾向を持つ。その方が楽だからだ。

 だが明らかに自分と違った異質的な存在には警戒を高め疑惑を向ける。ましてやその存在があまりにも逸脱し過ぎて理解が及ばないものだとしたら、それは……恐怖になるのかもしれない。


「かつて世界を救った英雄は異世界人だった」

「えっ!?」


 イヴェアムの脳裏には一人の少年が映し出される。


「しかも超常的な魔法を有し、驚くほどの速さでこの世界に溶け込み成長していった。そしてその究極とも呼べるほどの力を以て世界を救った。だけどね、災害や戦争から身を守ってくれる強者も、平和な世の中になると、心の弱い奴の目には恐怖にしか映らないんだよ。ましてやその強者が少しでも気まぐれを起こすと、簡単に世界を破壊できるのだから、人々を治めている王やそれに連なる者たちは、その存在が邪魔にしかならない。そう、意識を操作されたら、あとは…………分かるよね?」


 その後は、先程アヴォロスが話したような結末を迎えたのだ。自らの立場を危うくされると思った国のトップたちは、こぞって英雄を排除したのだ。


「勝手だよね。というよりも、人の心って、本当に染まり易いんだよ。特に人の上に立つ者の心はね……」


 だからこそそこを利用されて誰かが世界を動かしたとアヴォロスは言いたいのだろう。


「誰かを守りたいと思って強くなっても、その誰かにいつかは裏切られるんだ。やり切れないよね。誰よりも強く、高く昇りつめた存在も、いつかは世界に裏切られる。異常なまでに強い存在は、必ず……ね」


 アヴォロスはその射抜くような視線をイヴェアムに突き刺す。


「そんな存在に、君は心当たりでもあるんじゃないかな?」

「……え?」


 ジッとアヴォロスはイヴェアムの目を見つめる。そしてゆっくりとその口を動かす。


「……ヒイロ・オカムラ」

「っ!?」

「彼もまた、時代の分岐点に選ばれた要なんだよ」



 アヴォロスが言い放った日色の名前。そしてイヴェアムもまた、アヴォロスの話を聞いていて日色のことを考えていたので二重の衝撃だった。


「ヒイロ・オカムラ。彼の存在はまるで異質だと思ったことはないかい?」

「そんなことはないっ!」


 イヴェアムはそこだけは譲れないという感じで否定する。


「アハハ、断言するね。でもさ、考えてみてよ。彼がこの【イデア】に召喚されてどれだけ経ったと思う?」

「それは……」

「まだ一年未満だよ? だけど彼は、今や『魔人族』の英雄であり何百年と生きて己を磨いてきた獣王にすら打ち勝つほどの男。しかもまだ十代の少年。これが異常だと言わず何が異常なのかな?」


 アヴォロスの言っていることは正しい。確かに日色はこの世界に来てまだ一年未満。それなのに世界のトップクラスに位置する者たちと同等以上の力を身に付けている。

 本来ならそんなことは有り得ないと思うのが普通である。


「まあ、それも全ては彼に備わってる魔法の恩恵でもあるんだけど、それでも彼の存在は他を逸し過ぎてる」

「だ、だがその力でヒイロは私たちを救ってくれている!」

「そう……そうだね。その通りだ。その類まれな力で、自分の思う通りに道を進めているよね彼は。そして実際に彼の力で救われた者たちも多いだろう。争いが平気で闊歩するこの世界では、彼という存在は救世主にも等しいかもしれない」


 その通りだ。まさに日色は『魔人族』の英雄という枠には収まらず、今ではこの戦争での勝敗を分ける存在である。


「だけどさ、今は彼の絶大な力が魅力に感じるかもしれない。そのお蔭で平和を勝ち取れるのかもしれないんだからね。だけど……平和になったらどうなると思う?」

「え?」

「……彼の強過ぎる力は、きっと災いを呼んでしまう。何故なら、平和になった世界に、そんな力はいらないからだ。それどころか、そんな力が近くにあると、きっとこう思う奴らが現れる。奴を放っておいて、もし気まぐれでも起こされたら世界が壊されてしまうかもしれない。だからこそ…………存在してはいけないんだって」

「そ、そんなことはないっ! 私たちはヒイロに感謝こそすれ、恐怖を抱くなどありえない!」

「ククク、それは君には個人的感情が入ってるからじゃないのかい?」

「なっ……!?」


 アヴォロスの物言いにイヴェアムは若干顔を赤らめる。


「もっと広い視野で見てみなよ。ヒイロ・オカムラの超常的な能力。その存在に本当に恐怖を覚えない者がいないとでも?」

「……少なくとも『魔人族』は彼に救われている」

「ふむ、それは確かだけど、救われているからといって、全員が感謝するとは限らないよ。いや、感謝はしても、結局彼は異世界人で『魔人族』じゃない。すると必ずズレが生じてくるんだ。そのズレが徐々に大きくなっていき、不審が完全な疑惑になり、ヒイロという存在に違和感を覚え始める。何故ならさっきも言ったじゃないか。人は自分と違い過ぎるものは排除したくなる生き物だと」

「それ以上喋るなっ! お前はヒイロのことを何も分かっていない! 彼が気まぐれで世界を滅ぼすことなど絶対しない! 彼を慕っている者だって数多くいるんだ!」


 イヴェアムがアヴォロスの言葉に惑わされないように声を張り上げる。


「……そうだね。だけどかつての英雄も慕われていたよ、多くの種族にね」

「……!?」

「それでもああいう結果になった。分かるかい? アイツ……英雄シンクとヒイロ・オカムラは人格こそ違うけど、その立場、力、環境も瓜二つなんだよ。更にいうと、彼が召喚されてきた事実も、奴らのシステムに組み込まれているんだ」

「システム……?」

「だから例え、この戦争で余を倒し、ヒイロ・オカムラが英雄として名を馳せることになったとしても、近い将来、必ず人は彼を排除しようとする。そういうふうに誘導されているんだからね」

「…………ない」

「?」

「そんなことは…………させないっ! もしそのようなことを考える者がいるのであれば、私が対応してみせる! ヒイロは私が守って見せる!」

「…………若いねイヴェアム。君を見ていると、過去の自分を思い出すよ」


 哀愁の感じさせるような表情を浮かべるアヴォロスは頭を軽く振る。


「だけどね、無駄なんだよ。奴らが居る限り、自由は掴めない。ヒイロ・オカムラも、いずれは世界の犠牲者になって―――」

 



 ――――――させねえっての!



 突如、上空からイヴェアムとアヴォロスの間に降り立った人物がいた。






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