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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第六章 イデア戦争編

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167:戦場へと

 人間界への侵入ルートは幾つか考えられる。一つは獣人界から橋を渡るルート。一つは魔界から橋を渡るルート。一つは海から渡るルート。一つは空から渡るルート。そして最後に転移で強襲するルートだ。

 最初の二つは常識に考えて誰もが思いつき、普通に渡ることのできるセーフティルートだろう。次に海からだが、これはできないことはないが侵入できる数が限られてくる。海にはモンスターも多いし、環境も良くない。下手をすればダメージを受けてしまう可能性がある。

 同様に空からも同じことだ。空には海ほど危険さは無いが、狙い撃ちされやすく、またこのルートも数が限られてくる。空馬車などを利用したり、『魔人族』が個人個人で空を飛んで侵入しようとしても、やはり生半可な実力者では撃ち落とされるのが関の山かもしれない。ただし策を弄する過程で囮として扱うのであれば別だが。


 そして最後に転移で奇襲をかける場合だ。これは転移魔法を使える者がやるのだが、日色のように何十人を一気に送れるような転移魔法を持つ者はいない。精々が数人だ。そしてそれは転移魔具を使用したところで同じだ。

 また転移系の魔具は数も少なく貴重なため、あまり多用することもできない。しかも魔具の場合は使う者一人しか転移できないのだ。だからこそ使い勝手が悪く、ここぞという時しか使用しない方が賢明である。

 軍議ではそれらを考慮した上で、やはり現実的なのは最初の二つのルートを選択するべきだという声が多かった。

 しかしそれは相手も簡単に予想できるルートであり、それでは奇襲には成り得ないのではという意見も零れる。そこでメインは二つのルートだが、海と空からも攻め入ろうという案が採用された。

 以前日色が破壊した人間界と魔界を繋ぐ【ムーティヒの橋】だが、先の戦争が終わり、『獣人族』と『魔人族』が同盟を結んだ後、日色によって『元通り』の文字で復元されていた。

 アヴォロスの出現により、今回の戦争で必ず必要になるということで、イヴェアムが直々に日色に頼み込んだ。依頼とはいえ、国境を繋ぐ橋を壊したままではさすがに日色も放置するのは忍びないということで直したのだ。だから問題無く二つのルートは使用できるようになっている。

 だがそのルートも相手は事前に対策を立てているかもしれない。魔王イヴェアムは、効果的な侵入方法が無いか軍議で話を煮詰めていく。


 そこへやはり名前が挙がったのは日色だった。日色の転移魔法ならば、一気に百人ほどを人間界に送ることができる。その転移で瞬時にして【ヴィクトリアス】に攻め入り、城を落としてしまえば迅速に事が成せる。

 確かにたった百人で【ヴィクトリアス】を制圧するのは難しいかもしれないが、その中に魔王イヴェアム、獣王レオウード、衝撃王ジュドムの三界を代表するトップが入ればとイヴェアムは意見を出すが、それは他の者に窘められる。

 この戦争に置いて、王を守ることが絶対遵守しなければならない事項だ。それなのに王自ら敵地の真ん中へ単身でなくても姿を晒すのは危険だと却下された。

 戦う王であるレオウードはその案に乗り気になっていたが、バリドにも注意され渋々了承した。さすがは戦う王だ。


 だがジュドムだけはその中に入れてほしいと言っていた。【ヴィクトリアス】を取り戻すのは自分の手で行いたいと言った。皆もその気持ちには応えたいと思ったのか賛同した。

 しかしそれも全ては日色が助力してくれるかどうかが鍵になる。軍議に日色を呼び、その旨を話すと、


「オレも【ヴィクトリアス】には用がある。ついでについてくるだけなら問題無い。だが終わるまではここには帰って来ないぞ」


 日色にも勝ちたい相手がいる。それは二人いるのだが、一人は少なくとも王城にいるだろうと踏んでいる。


「ヒイロ、連れて行く者は決まっているのか?」


 レオウードが尋ねると、


「ああ、どうしてもついて来ると言って聞かないんでな」


 日色はリリィンたちヒイロパーティが全員ついて来ると言っていたと伝える。その中には非戦闘員であるシャモエやミカヅキもいるのだが、リリィンやシウバ、そしてクゼルが守ると言っていたので好きにしろと言った。ニッキは日色とともに行動したいと言っていたのだが、足手纏いになるからと言って断った。

 しかしニッキは引かずに食い下がってきた。仕方無く、向こうでは言うことを必ず聞くということを条件に許可した。


「本当に大丈夫なのか? シャモエ殿たちも行くのだろう?」


 イヴェアムは不安気に聞いてきた。


「まあ、護衛に赤ロリたちがついてるから大丈夫だろ」


 正直あの二人が護衛について誰かに負ける姿は想像できない。


「そう言えばカミュ殿はどうするのだ?」


 今も黙って日色の傍に控えているカミュにイヴェアムが尋ねる。


「……離れるつもり……ない」

「そ、そうか」


 日色もカミュは当然の如くついて来ることに何も言わなかった。彼にも向こうで戦うべき相手もいることだし、彼の忠義も呆れるほど認めている。


「それでは国への奇襲部隊を更に煮詰めていくとして、同時に外からの侵入部隊の再確認を……」


 軍議は滞りなく進められていく。



     ※



 【獣王国・パシオン】の第二王女ミミル・キングと、彼女の親友であるミュア・カストレイアは二人してミミルの私室で一枚の紙を睨み合っていた。


「う~ん……ここはこの方がいいんじゃないかな?」

「あ、そうですね! ではこちらはこうした方が表現が綺麗です」


 二人が何をしているのかというと、実は今度ヒイロが来た時に唄う歌の歌詞を一緒に考えていたのだ。

 この前の歌も絶賛だったので、今度も気に入ってほしいと思い二人は頭を悩ませていた。

 その時、トントンとドアがノックされ、ミミルが返事を返すと、向こうからは彼女の姉であるククリアの声が聞こえた。


「あら、何してるの?」

「ククリア姉様、今ですね、ミュアちゃんと今度唄う歌の歌詞を考えていたのです」

「へぇ、あ、もしかしてヒイロのため?」


 ククリアは探るような目をしながら言うと、二人して頬を染める。


「あ~あ、ホントにアナタたちは純粋なんだから」


 少しからかうつもりだったのかもしれないが、二人があまりにも純真な態度を示したのでククリアは苦笑する。ククリアはそんな二人を見つめていると、ふと彼女たちの右手首に視線が向いた。


「……あれ? アナタたち……そんなものしてたっけ?」

「え? あ、これですか?」


 ミミルもククリアの視線に気づき、右腕を顔の前に持ってくる。


「うん、、それは何? 見たところ同じものみたいだけど」

「あ、はい。これはですね……えへへ。実は、ヒイロ様に頂いたものなのです」

「え? ヒイロに?」

「はい。何でもヒイロ様がいらっしゃった所ではミサンガと呼ばれるものらしいのです」

「みさんが? その糸で編んだリングが?」

「はい! この【イデア】では《ボンドリング》って言うのですけど」


 ミュアとミミルの右手首には赤色のミサンガがそれぞれ身に着けられていた。


「何でもこのミサンガは、お願い事が叶った時に切れてしまうらしいんですよ」


 そう答えたのはミュアだった。


「変わったものがあるのねぇ。けど……」


 ククリアはジッと、嬉しそうにミサンガを撫でている二人を見て溜め息を漏らす。そして少し不満気に口を尖らせながら、


「やることやってるじゃない、あの鈍感」

「はい? 何か仰いましたかククリア姉様?」

「え? ううん、何でもないわよ。ところでアノールド知らない?」

「おじさんですか?」

「うん、ライブが呼んでるんだけど」


 ライブというのはアノールドの姉であり、獣王が住む《王樹》でメイド長を務めている剛毅豪胆な女性である。


「そうなんですか? おじさんなら鍛錬しているはずなので、練兵場ではないでしょうか?」

「あらそう? じゃ行ってみるわ。あ、でもヒイロのためだけじゃなく、これから戦う者たちに向けての歌も作ってあげてほしいわ。そうすれば士気だって上がるだろうからね」

「安心なさって下さいククリア姉様。もう作らせて頂いています。お父様がお帰りになられた時にでも、皆さまにお届けしたいと思っております」


 ニコッと可愛らしい笑顔を向けるミミル。ミュアもまた嬉しそうだ。


「それはきっとみんな喜ぶわ。何といってもアナタは獣人の歌姫なんだからね。戦いの中にも癒しがあるのと無いのとじゃ、やっぱり違うと思うしね」

「はい! 精一杯歌わせて頂きます!」

「わ、わたしもお手伝いがんばります!」


 ククリアは彼女たちの頭をそれぞれ優しく撫でると、アノールドを探し練兵場へと向かって行った。


「……ミミルちゃん、これから大変なことが起きると思うけど、一緒に頑張ろう!」

「はい! ミュアちゃんとはいつも一緒です! それに……」


 二人して手にしているミサンガを見つめる。そして頬を染めてクスリと笑みを零す。


「「わたし(ミミル)たちにはコレがあるからっ!」」



     ※



 魔王城の第一練兵場。《クルーエル》専用の練兵場である。そこに一人の人物が立っており、空から複数の小鳥がその人物目掛けて飛んできている。

 その人物は《クルーエル》の《序列三位》であるテッケイル・シザーだ。そしてその周りにいる小鳥たちは彼が魔法で生み出した存在である。

 小鳥たちが忙しなく嘴を動かしているのをテッケイルはジッと見つめ、フンフンと何度も頷きを返している。


「そうッスか……やっぱ相手の戦力はかなりのものみたいッスね」


 テッケイルは自身の《絵画魔法》で生み出した小鳥を人間界に放って情報収集に務めていた。しかし予想はしていたものの、相手の戦力がかなりのものであることに思わず苦笑が浮かぶ。


「引き続き調査頼むッスよ」


 そう言うと小鳥が再び空へと翔けていった。ふぅ~っと溜め息を吐き肩を竦めていると、


「情報は集まっているかテッケイル?」

「ん? あ、オーノウスさんじゃないッスか! 今帰って来たんスか?」


 そこに現れたのは《序列四位》のオーノウスだ。彼はここ数日獣人界に赴き連絡係としてその任務を全うしていた。


「それでどうだ? 良い情報はあったか?」

「ん~どうにも厳しい情報しか入ってこないッスね」

「相手の戦力のことか?」

「分かるんスか?」

「それはな。お前には相手の戦力を把握する重要な役目を陛下に任されているのだろう?」

「そうなんスけどねぇ。調べれば調べるだけ先代魔王の魔法の恐ろしさを実感するだけッスよ」

「……それほどか?」


 テッケイルの苦々しい表情を見てオーノウスも険しい顔つきを見せる。


「はいッス。【ヴィクトリアス】の王城の周りには常に過去に名を馳せたような人物がいるッス。それに襲撃ルートの橋付近にも紋様黒衣が立ち塞がってるッス」


 紋様黒衣というのは黒衣の中でもその実力を認められた強者に与えられる紋様を背負っている黒衣の人物たちのことだ。その中には先代の獣王を殺した反逆者コクロゥや、かつてジュドムが所属していたギルドパーティ《平和の雫》のリーダーであるキルツなどがいる。

 他にも一癖も二癖もある人物ばかりだ。そのほとんどが《クルーエル》にも匹敵するかもしれないと言われている猛者ばかりだという。


「その中にはいたのか?」

「誰がッスか?」

「惚けるな。…………テリトリアルだ」

「…………」


 ピクッと眉を動かして反応を示したテッケイルを見て、オーノウスはフッと頬を緩める。


「その反応では丸分りだぞ?」

「……ハハ、オーノウスさんには敵わないッスね」

「それで? どうなのだ?」

「……いたッスよ」

「どこにだ?」

「今は王城にいるようッス。戦争が本格的に始まればどこに現れるかは分からないッスけど」

「……ならテリトリアルは俺が相手をしよう」

「え? ど、どうしてッスか?」


 まさかの提案にテッケイルは目を拡大させる。


「いくら先代に操られているといっても、師である彼と戦うのは本意ではないだろう?」

「それは……」

「それにお前は今回の戦争では情報収集の要だ。人間界を動き回り得た情報を各戦線に伝える仕事がある。テリトリアルと戦っている時間はないと思うが?」

「……確かにそうッスね」

「お前の本音は分かる。師だからこそ自分の手であの世に還したいと思っているのだろう。しかしそういう私情は胸の奥に飲み込め。お前の分も俺が始末をつけてやる」

「オーノウスさん…………申し訳ないッス。師匠とはオーノウスも仲が良かったッスのに……」

「フッ、だからこそだ。アイツを還す役目は誰にも譲りたくはない。お前以外にはな」

「……分かったッス。師匠の件、よろしくお願いしますッス」


 テッケイルが頭を下げるとオーノウスはテッケイルの肩をポンポンと叩く。


「任せろ。お前はお前のやれることをすればいい」

「ありがとうッス。あ、でもオーノウスさん、相手にもどうやら獣人のハーフがいるようなんで、一応みんなにも伝えてあるッスけど、相手の暴走には気を付けて下さいッスね」

「……そうか。種族は分かるか?」

「そこまでは。ただ先代魔王が手駒として使うほどッスから」

「……そうだな。分かった気を付けておこう」

「はいッス。特に夜に戦うことになった時は、できるだけ部隊を温存させる意味でも退かせて下さいッス」


 オーノウスは了承の意味を含めて頷いた。

 そして軍議では、その後から三日後、人間界に攻め入ることが決まった。後に歴史に残る《両天秤の戦い》と呼ばれた戦いが始まるのであった。



 獣人界と人間界を繋ぐ橋である【ドーハスの橋】。魔界と人間界を繋ぐ橋である【ムーティヒの橋】。今それぞれの橋を挟んで、人・魔・獣の連合軍である《奇跡》と、アヴォロス率いるヴィクトリアス軍が互いの存在に火花を散らしていた。

 二つの橋は以前魔王イヴェアムが破壊した【ゲドゥルトの橋】とは違い、それほど長距離のものではない。橋に待機する部隊を倒し、どちらが先に相手の領地へ侵入できるかが戦争を有利に運べるか否かがかかっている。


 お互いこの戦線は譲れない。とても重要な初戦なのだ。この戦いを制した側が先手を取り士気だって高まる。

 だからこそ、ここに当てられている戦力は多く。部隊長などにもそれぞれの信頼ある者に任されている。


 《奇跡》側だが、【ドーハスの橋】には獣人の《三獣士》であるクロウチが率いる部隊と、その補佐部隊として『魔人族』のイオニスとハーブリードの部隊が付いている。

 そして【ムーティヒの橋】では《魔軍総隊長》であるラッシュバルと、《クルーエル》の《序列五位》であるシュブラーズの部隊が橋を守っている。


 敵側では【ドーハスの橋】にはカイナビとビジョニー率いる部隊。【ムーティヒの橋】ではイーラオーラとアビス率いる部隊が立ちはだかっている。

 それぞれの橋で確認できる紋様黒衣は合計四人だが、彼らが率いる部隊の中にも黒衣を身に着けている者たちがいる。


 そして彼らの率いる兵士は、まるで生気の感じない人形のような者たちばかりだ。鎧を着用はしているが、死んだような血の気の無い青白い肌、光が一切見当たらない瞳。

 調査したところによると、彼らはアヴォロスが過去の戦争でも好んで使用していた死人兵士だという。つまり痛みを感じないゾンビ兵だということ。


「ニャハハ、ニャらコッチもゾンビを使うだけニャ!」


 クロウチが守る橋ではクロウチが足元から影を広げると、その中から大量にモンスターが出現した。そのモンスターはすでに死んだモンスターであり、【獣王国・パシオン】の誇る頭脳であるユーヒットが生み出したゾンビなのだ。

 向こうがゾンビ兵を使ってくるのは分かっていたので、クロウチは多くのモンスターをこの戦争に向けて集めていたのだ。そしてそのモンスターをユーヒットがゾンビ化させていた。


 そして事前に打ち合わせをしていた空と海からの奇襲についてだが、やはり相手も行動を推測していたのか、しっかり対応してきている。

 空馬車を使っての空からの侵入は、向こうは恐らく翼を持つ『魔人族』の死人を使っているのか、空からは侵入させないという意思が伝わってくる。また海なのだが、こちらは《奇跡》もそれほど数を回せるわけではないので、そのことを向こうも承知なのか、空ほどの守りは見当たらないが、それでも海の守りにも気を配っていることから奇襲は難しいという判断をさせられることになった。

 やはりまずは正攻法として橋攻略に集中するべきだと王たちの意見が合った。


「クロウチ殿、もうすぐ出撃の合図が出るはずです。予定通り、まずはモンスターに先陣を切って頂き、背後から我らの部隊で強襲をかけるということでよろしいですか?」


 部隊長の一人であるハーブリードがクロウチに作戦の確認を行っている。今のクロウチは日色が初めてあった時と同じく黒豹が擬人化した姿をしている。さすがに戦争で指揮をとるのにシロップだと威厳が無いと獣王に言われたからだ。


「任せるニャ。この橋は絶対とるのニャ」

「心強いです。イオニス、そちらの準備はどうですか?」

「大丈夫なの」


 そこへ一人の兵士がもうすぐ合図が来ると報せを届けてきて三人の顔が引き締まった。



     ※



 【ムーティヒの橋】でも兵たちの士気は高まっていた。【ドーハスの橋】とは違ってこちらは『魔人族』だけの部隊だが、魔軍総隊長と《クルーエル》が率いる部隊は、自分たちが敵に遅れをとるとは全く考えていないようだ。


「シュブラーズ様、本当に奴らを使うつもりですか?」


 ラッシュバルが訝しむような表情を浮かべてシュブラーズの部隊の中に視線を巡らしている。そしてその中にいる二つの存在を見つけジッと見つめている。


「あら~、今は仲間よぉ~」

「ですが、彼女たちは勇者です。いつ裏切るとも限りません」


 ラッシュバルが危惧しているのは勇者の裏切りだ。なまじこの数か月、魔王城に住んでいたことで様々な情報だって彼女たちは知っている。その情報をもし相手側に流されたらとラッシュバルは言っているのだ。

 しかしシュブラーズは微笑みを浮かべながら頭を横に振る。


「だいじょ~ぶ。あの子たちは今じゃ私の部下だもの。信頼をおいて分隊長を任せたんだから~」


 しかしその理由はただ信頼したというものの他に、分隊長に命じれば、その下に部下がつく。部下たちの命を預かる立場を与えれば、早々勝手な行動などできないだろうという打算も確かにあった。

 これを考えたのはマリオネなのだが、シュブラーズも彼女たちが自分にかかっている責任と覚悟を強く自覚してくれるのならと思い了承した。


 分隊長の話を持ち出した時、さすがに朱里やしのぶたちは目を丸くしていたが、任された以上は全力でやると答えてくれた。その瞳に嘘は無かった。


「……もし彼女たちが愚かなことをした時は……どうされますか?」

「その時は…………私が責任をとるわ」


 シュブラーズは笑みを崩し真剣みを帯びた言葉をラッシュバルに伝える。


「……出過ぎたことを申しました。許して頂きたい」

「ん~ん、いいわよ。みんなのためを想っての言葉だものぉ~、ありがとラッシュバル」

「いえ、ではそろそろ合図がくると思いますので準備にかかります」


 綺麗に頭を下げるとラッシュバルは自分の隊のもとへ向かって行った。


「フフ、相変わらず生真面目なんだからぁ~」


 シュブラーズはクスリと笑みを浮かべると、彼女もまた朱里としのぶのもとへ足を運んだ。


「やっほぉ~二人とも…………覚悟はできてるようね~」


 二人の顔つきを見て、緊張感だけでなくこれから始めることに対し、覚悟を秘めたような雰囲気を感じたのでシュブラーズはそう言った。


「は、はい。シュブラーズ隊長には私たちの目的を話した上で、こうやって前線に出させて頂きました。だからこそ、その信頼に応えたいと思います」

「フフ~固いわよシュリ、ほら~もっと肩の力を抜いて~」

「そやで朱里っち、固ぅなっとったら全力出せへんで」


 そう言いながら笑顔を浮かべるしのぶの顔も少し青ざめている。空元気なのが理解できるが、それでも自らを奮い立たせようとしているしのぶが微笑ましく思う。


「いい二人とも、あななたちが他の勇者を助けたいというのは知ってるわ。けどまずは部下の命、そしてあなたたち自身の命を最優先ね。あなたたちに何かあったら、私も陛下も悲しいから」

「「隊長……」」


 二人して感動したようにハモっている。


「フフ、もし勇者の情報が入ったら優先的に届けて上げる。でも、どんな情報を聞いても無茶だけはしないこと、いいわね~」

「「はい!」」


 彼女たちの良い返事を聞いてシュブラーズも満足気に頷く。


「さてと、そろそろ進撃を開始するわよ~、準備してね~」


 朱里たちはもう一度返事を返すと自分の持つ部隊へと急いで行った。



     ※



 【魔国・ハーオス】の王城。そこでは今まさに開始される進撃に対し魔王イヴェアムが思いを馳せていた。


「いよいよ始まるのね」

「負ければ恐らく奴に刃向う者は全て殺される独善的な世界になる。この戦争には妥協は無いだろう。勝つか負けるかではなく、殺すか殺されるかの戦争だ」


 イヴェアムの隣には《クルーエル》の《序列一位》であるアクウィナスがいる。


「殺すか……殺されるか……か」

「そうだ。覚悟は……できているな?」


 二人は顔を見合わせしばらく沈黙が続く。その間にイヴェアムも表情を変えずに口を一文字に結んで黙っていた。そしてその口が静かに開かれる。


「覚悟もなくここには立たない! この戦争は絶対的勝利を手に入れてみせる!」

「…………揺らぐなよ姫」

「もう姫ではない! 今は魔王だ!」

「……フッ、そうだったな。ならそろそろ合図を送るぞ。頃合いだ」


 アクウィナスに頷きを一つ帰した後、イヴェアムは大空に向けて手をかざす。そしてスッと目を閉じ、少しそのままを維持した後、ゆっくりと瞼を上げる。


「進撃開始だぁっ!」


 空へ放たれる紅蓮の塊。真っ直ぐに斬るように昇っていくそれが、最高点に到達した瞬間、凄まじい音と発光を生む。

 刹那、大陸のあちこちから轟音にも似た掛け声が大気を震わす。本格的に戦争が始まった。



      ※



 まず動いたのは《奇跡連合軍》。【ドーハスの橋】ではクロウチが影から出現させたゾンビ化したモンスターたちが橋の上を闊歩する。このモンスターたちはゾンビ故に痛みを感じないが、動きがかなり低下する。

 それでも兵士の数として使用できるので相手の戦力を削ったり、様子を見るためにはもってこいである。


「行くニャ! まずは橋のゾンビ兵らを血祭りにあげるのニャ!」


 相手も使用しているのはアヴォロスにより生まれた死人兵士。つまりこちらと同じゾンビ兵だ。ただ違うのは兵士一人ではやはり凶悪なモンスターには立ち向かえないこと。

 次第にモンスターを繰り出している《奇跡》側が橋から歩を進めていく。このまま橋を越えて人間界へ侵入し、一気に相手を殲滅できれば一番。

 しかしそう上手くいかないのが戦争だ。ふとゾンビ兵の中に黒衣を身に纏った者が一匹のモンスターの頭の上に跳び乗る。

 大小強弱様々なモンスターがいる中、その黒衣が乗ったのはSランクのモンスターである。


「ん? アレは……紋様黒衣じゃニャいニャ」


 確かに《マタル・デウス》の象徴である黒衣を身に着けてはいるが、背中には幹部らしき者たちが付けている紋様は見当たらなかった。

 するとその黒衣が驚くことにモンスターにズブズブと体ごと埋まっていく。そしてまるで吸収されたように黒衣がいなくなると、それまで歩みを進めていたモンスターの動きがピタリと止まる。

 次の瞬間、その大きな尻尾を振り回し他のモンスターを蹴散らし始めた。


「ニャ、ニャにごとニャ!?」


 さすがのクロウチも目の前で始まった光景に驚愕する。それもそのはずだ、感情など消失したモンスターが裏切り始めたのだから。


「しょうがニャいニャ! みんなで暴れてるモンスターを抑えるニャ!」


 クロウチの命を受け、他のモンスターたちはターゲットをゾンビ兵から変え、とりあえず橋の上で暴れまくっているモンスターに集中攻撃をする。

 だがさすがは巨躯を持つギガントスと呼ばれるSランクモンスター。次々とやってくるモンスターたちを、そのパワフルな力で吹き飛ばしていく。

 しかしモンスターたちの中には同じSランクのモンスターだっている。徐々にギガントスは身体を引き千切られ傷つき動きが鈍くなっていく。

 最後にモンスターに頭を噛みつかれそうになった時、その頭から小さな影がヒュンッと発射されたみたいに出て来た。ギガントスは動きを止めて地面に倒れる。

 そして中から現れた影である黒衣は地面にスタッと降りると今度もまた大きなモンスターの上にヒョイッと軽々しく跳び乗ると、その身体に吸い込まれるようにして消えていく。

 するとまたそのモンスターが味方に向けて暴れ出した。


「う~どういうことニャ~」


 クロウチが目の前の疑問に正解を見出せず頭を抱えている時、


「クロウチ殿! あの黒衣は恐らく《憑依魔法ポセッション・マジック》の使い手です!」


 ハーブリードが答えを見つけてくれた。


「どんな魔法ニャ?」

「読んで字の如く自分の体ごと相手に憑依して、その者の体を乗っ取って操るユニーク魔法です!」

「ユニーク魔法!?」

「過去にあの魔法を使用した者はただ一人、かつて【ヴィクトリアス】の王を操って民に暴政を敷いて処刑されたニッグ・ブロウスです!」


 ニッグ・ブロウス。この名前を聞けば、ヴィクトリアスの血筋は肝を冷やすほどの大罪人であり恐怖の象徴。

 遥か昔のことだが、ニッグはその奇異な魔法を駆使して、国王の身体を乗っ取り好き勝手振る舞っていた。民には高過ぎる税制を強いて、毎週女性を貢物として要求していた。

 しかしそんな横暴もすぐに終わることになる。王のあまりの変わり様に周囲の者たちが密かに王を調査し始めた。ニッグの魔法は続けて使用するのは一時間が限度であり、続けて使用する時は一度体から外に出なければならない。

 監視をし続けていた者がそのことに気づき王の体から出て来た人物を目視した。そこで発覚したニッグによる国王操作。すぐさまニッグを捕らえ処刑に成功するが、落ちに落ち切った王族の信頼を取り戻すのは大変というものではなかった。

 民の暴動、兵士や貴族の裏切りなどが起き、鎮圧した後には、ただただ空虚感が皆に刻み込まれただけだった。ニッグの残した爪痕は、それこそ毒のように長く国を侵していた。


「とにかく奴に触れられるのだけは阻止して下さい!」

「そんニャこと言ってもニャ、あれだけ素早く動く人間をモンスターたちが避けられるはずニャいのニャ!」


 クロウチの言う通り、ただでさえゾンビ化しているせいで動きが緩慢化しているモンスターたちが、素早く動くニッグから逃げられるわけがない。


「ニャ~、やっぱユニークはめんどくさいニャ!」

「とにかく他のモンスターは影に戻した方が良いでしょう。もしSSランク以上のモンスターに憑依されたら厄介です」


 ハーブリードの言う通り、そんなことになったら他のモンスターもその一匹だけで一掃されてしまう恐れがある。


「せっかく用意したモンスターニャのにニャ~!」


 クロウチは足元から影を広げると、その中にモンスターたちを収納していく。せっかくのゾンビ兵に対する武器だったモンスターはニッグのせいで使えなくなった。


「とにかくまずはあの厄介なニッグを倒しましょう! 情報では奴自身の力は低いとのことですから」

「ニャら、誰がいくニャ?」

「イオが……行くの」


 そこに現れたのはもう一人の隊長であるイオニスだった。両手にはミュアと戦った時に使ったヨーヨーを備えている。


「任せてもいいですかイオニス?」

「任せてなの。この橋は譲れないの」


 それだけ言うと、イオニスはいまだ暴れているニッグに憑依されたモンスターに向かって行った。


「そう言えばニャ、あの子もユニーク魔法の使い手だったニャ」

「その通りです。イオニスならニッグ程度相手ではないでしょう。クロウチ殿、我らはその隙に残りのゾンビ兵を片づけて橋を渡りましょう!」

「分かったニャ!」


 ニッグはイオニスに任せて二人は部隊を引き連れて橋を渡ることを決断した。



     ※



 一方【ムーティヒの橋】でもすでに攻防は始まっていた。こちらもやはり厄介なのは死を恐れないゾンビ兵たち。一人一人の力は《奇跡》側の兵士が上だが、足を斬られようが腕が引き千切られようが、攻撃を止めない兵士は面倒な存在だった。

 しかしここには思わぬ僥倖があった。それは――。


「「ホーリーサークルッ!」」


 二つの声が重なり合い、ゾンビ兵たちの足元に光輝く魔法陣が生まれる。そしてその魔法陣から眩いほどの光が迸り、ゾンビ兵を包んでいく。

 すると光が収まった瞬間、その魔法陣の上にいたゾンビ兵たちは身体をボロボロと風化させていく。


「やるじゃな~いシュリ、シノブ!」


 シュブラーズがその光景を引き起こした張本人である朱里としのぶに絶賛の声を送る。


「光魔法が使えるんはウチらだけやしな!」

「はい、でもやっぱりゾンビさんは光魔法に弱いんですね!」

「せやな、ゲーム通りや!」


 正直シュブラーズは彼女たちが戦力になるのか少々不安な一面を抱えていた。二人からは彼女たちの戦闘スタイルを聞かされていて、主に後方支援だということだった。

 無論それもありがたい能力ではあるのだが、部下を持たせた以上は前に立ち戦い引っ張っていく姿を期待していた。でも高望みはできないと思い、諦めていたのだが、彼女たちが皆の前に躍り出て突然光魔法を使い出し、敵を殲滅し始めたことに驚きを隠せなかった。 

 本来光魔法は確かに強力だが『精霊族』にしか使えないとされている。『魔人族』では誰一人として使えない。そんな魔法を扱える勇者の力を、少し見誤っていたのだ。

 ゾンビ兵はアヴォロスによって生み出された死人。闇から生まれた者には光が弱点だというのは理解できるが、これほどまでに有効だとは嬉しい誤算だった。


「いいわ~みんなも二人に続くのよぉ!」


 シュブラーズの掛け声で一気に士気が高まる兵士たち。しかしそこへ【ドーハスの橋】同様、黒衣を身

に纏った人物が前線で戦う朱里たちの前に現れる。

 二人はその人物にも光魔法が有効だと思い、同じ魔法を使い黒衣の足元に光の魔法陣が生まれる……が、次の瞬間、足元の魔法陣が黒く闇色に変わっていく。


「「なっ!?」」


 二人は同時に吃驚する。広がった黒い魔法陣の上にいるゾンビ兵は突然叫び出し、身体を大きく変化させる。まるでパワーアップでも成されたかのように。

 その証拠に、ゾンビ兵の一撃で《奇跡》の兵士が数人吹っ飛ばされる。先程まではそれが逆だったというのに。


「くっ! もう一度や朱里っち!」

「は、はい!」


 二人はもう一度ゾンビ兵たちに向けてホーリーサークルを使用するが、黒衣がそのサークルに手をかざすとまたも黒く変色していく。そしてゾンビ兵たちの力が上がる。


「二人とも、下がりなさい!」


 シュブラーズの声に朱里たちは反応して黒衣を警戒しつつ後ろへ下がっていく。


「な、何でなん? ウチらの魔法が変になりよる!」


 しのぶが焦燥感をその表情に出していると、


「……確かめてみるしかないわね。ねえそこの君、アイツに向かって魔法を撃ってくれるかしら?」


 シュブラーズが近くにいた兵士に申し出ると、兵士は返事を返し火の玉を放つフレイムブレッドという魔法を使う。真っ直ぐ業火の砲丸が黒衣に向かって行くが、黒衣はその魔法に手をかざすと、真っ赤だった玉がまたも黒く闇色に変色した。

 そしてその黒い玉に当たった黒衣だが、一切のダメージを受けた様子も無く佇んでいる。いや、それどころか相手の魔力が高まった気さえした。


「……やっぱりそうみたいね~」

「た、隊長は今のが何なのか分かるん?」


 シュブラーズにしのぶが眉をひそめて尋ねる。


「ええ、アレは恐らく『変性魔法(ルーン・マジック)』よぉ」

「……何ですかその魔法は?」


 朱里が問い質すと、シュブラーズが苦笑を浮かべる。


「ある一定の範囲内にある魔法属性を、自らの望む属性に変化させるユニーク魔法よ」

「はあ!? そんなんアリなん!?」


 しのぶの驚きは尤もだ。そんな魔法が相手だとしたら、こちらがどんな強力な弱点魔法を使っても、瞬時にして耐性のある属性に変化させられてしまう。いや、耐性があるだけではなく、属性によってはその者の力を高めるものがある。

 先程のゾンビ兵の変化や、黒衣の魔力が高まった気がしたのは、闇属性の彼らに闇魔法で攻撃したことになったため、その力を吸収してパワーアップしたからだ。


「ど、どないすんねん、そないな相手」

「魔法を使わずに倒すしかないでしょうね~」


 しかし朱里たちの表情は陰りを帯びる。黒衣がどれだけ強いかは分からないが、魔法無しの実戦に二人はさほど自信が無いのだ。そんな二人を見て、シュブラーズはニッコリ笑う。


「だいじょ~ぶ。二人はアイツを倒した後に、また大いに活躍してもらうから」

「た、隊長……」

「だから、力を温存しておきなさい。さて、話聞いてたわよね、ラッシュバル?」


 シュブラーズが背後に声をかけると、兵士の間から大柄な男が姿を現す。ガッツリと鎧を着込んだ《魔軍総隊長》のラッシュバルだった。


「はっ! あの者は私が相手をしましょう」

「ええ、でもあの《変性魔法》の使い手、確か二百年ほど前にいたスーツォフって名前の『ウォタ族』よ。かなり肉弾戦が得意な種族みたいだから気を付けなさいね~」

「承知」


 ラッシュバルは一人で黒衣を身に纏ったスーツォフと相対することになった。


「さあ二人とも、ラッシュバルがアレを相手している間に、他のゾンビ兵を叩き落とすわよぉ~」

「「はい!」」



     ※



 一方その頃、日色は【魔国・ハーオス】の練兵場で、これから転移をするために連れて行く者たちをそこに集めていた。

 リリィン、シウバ、ニッキ、カミュ、シャモエ、ミカヅキ、クゼルのヒイロパーティ全員と、ジュドム・ランカースを加えた合計九名だ。

 ただそこには何故かいつもうるさいテンの姿は無かった。

 その場には見送りとしてイヴェアムや《クルーエル》の面々も揃っている。


「ヒイロ、向こうも転移できることを鑑みると、私はここから離れることはできない」


 イヴェアムが言うに、アヴォロスには水魔法を使った転移を行う輩が仲間にいることから、いつこの国に侵入してくるかわからないので、戦力を割くわけにはいかないとのこと。


「正直に言えば、身内の不始末、私がこの手で処理したかったのだが……」


 アヴォロスはイヴェアムの兄であり先代魔王だ。彼が起こした混乱は、できれば自分が責任を持ちたいと言っているのだろうが、彼女は王であり戦争での皆の旗印でもある。

 早々無茶されて旗を奪われるわけにはいかない。だからこそ、王は最後まで生き残るように努めなければならず、日色とともに敵地のど真ん中へ赴くわけにはいかないのだ。


「魔王、お前はお前のできることをしろ」

「ヒイロ…………分かった。だが気を付けてくれ。相手はあのアヴォロスだ。きっとヒイロがそこに向かうことも考慮に入れてあるだろう」

「だろうな」

「ヒイロの強さは十分に理解しているが、それでも危険なのは変わらない。だから……」

「心配するな。オレは勝つために行くだけだ」

「……ごめんなさい。本来、異世界人であるあなたにはこの世界のいざこざなんて関係無いのに……」


 口調が女子モードに切り替わり悲痛な顔をするイヴェアム。


「勘違いするなよ魔王。オレはオレのためになることをしに行く、それだけだ」

「ヒイロ……そうね、あなたはヒイロだもの」

「分かっているならお前はお前で用心するんだな。ここにも奴の手が伸びる可能性は高いんだ」

「ええ、分かってるわ。だけど一言だけ言わせて……」

「何だ?」

「……絶対帰って来てね」

「…………」


 あまりに乙女チックなことを言われたので日色は唖然として彼女の顔を見つめる。すると彼女もまたハッとなって頬を紅潮させる。


「だ、だってあれよ! ……そう、ま、まだお願い事叶えてもらってないんだからね!」

「……そんな約束したか?」

「えっ!? うぅ~ヒイロォォォ~」


 噛みつかんばかりに涙目で見上げてくるイヴェアムを見て、やはりからかいがいがあるなと若干頬が緩む。

 そしてそんな二人を不愉快そうに睨んでいるリリィンと、「嫉妬するお嬢様も可愛らしいでございます。ノフォフォフォフォ!」と言っているシウバ。

 他の者たちもジッと日色とイヴェアムのやりとりをそれぞれ十人十色の面持ちで見つめている。


「冗談だ。約束は守る」

「そ、そう? な、ならいいわ! 必ず守ってもらうからね!」

「ああ」


 そう言うと本当に嬉しそうに破顔するイヴェアム。そんな顔を見ていると、やはり普通の女の子でありとても魔王とは思えない。


「おいヒイロ! もう行くぞっ!」


 明らかに苛立ちを含んだ叫び声がリリィンから飛ばされてくる。日色は小さく頷くと、リリィンのもとへ向かうと、彼女の頭に手を置いた。


「……何のつもりだ貴様?」


 ヒクヒクと頬を引き攣らせるリリィン。子ども扱いされていると思っているのかもしれない。


「オレに触れてなきゃ、一緒に転移できないことは知ってるだろ?」

「それならば肩でいいだろうが! 何故頭なのだ何故っ!」

「……ちょうどいい高さだからか?」

「くっ……脳をグチャグチャにするぞ貴様……」


 プルプルと怒りに身体を震わせているが、殺気はともかく格好だけみれば幼女が息巻いているだけにしか見えず全く怖くない。


「ええい! ではこれで良いだろう!」


 リリィンが日色の手をその小さな手で掴む。思ったより温かく柔らかい手だった。そしてリリィンも掴んだ手を見ながら少し頬を赤く染め上げて、何故かその視線をイヴェアムの方に向けて優越感を感じさせるように口角を上げた。

 それを見たイヴェアムも眉をピクリと動かして表情を固めている。二人の間に火花が散っているように見えるが、


(この二人、仲悪かったのか……?)


 日色にとっては心底どうでも良かったが、今この状況でよく険悪な雰囲気を作れるなと逆にリリィンに感心していた。


「お前らもしっかり繋がっていろ」


 日色の言葉に他の者も頷きそれぞれ触れ合い繋がっていく。日色が再度確認すると、


「じゃ、行くぞ」


 右手の人差し指に青白い光がポワッと灯り、軌跡を生んでいく。


『転移』


 もう何度書いたか分からない文字を虚空に書く。


「みんな……ヒイロ、気を付けて」

「ジュドム様も無茶だけはなさらないで下さいの!」


 イヴェアムとヴィクトリアス第二王女のファラがそれぞれ最後に言葉を贈る。そしてパチパチッと放電現象が起きた瞬間、その場にいた九名の姿は瞬時にして消失した。






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