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163:イデア戦争勃発

 アヴォロスが目覚める少し前、日色は【ラオーブ砂漠】でカミュとニッキを相手に手合せをしていた。

 約一か月ほど前、カミュとともに修練のためにここにやって来たのだが、ちょくちょく【魔国・ハーオス】へ帰ると、修練の話を聞いたニッキが是非自分もと飛びついてきた。たまにリリィンも暇潰しに付き合ったりするが、ほとんど面倒で砂漠の気候が肌に合わないということでついて来ない。

 この約一か月、ほとんどこの三人で修練をしていた。


「《爆拳》!」


 ニッキが砂を飛ばしながら前方から突っ込んでくる。日色は軽やかに身を翻してかわすと、すぐさまニッキの背後に陣取り、服を掴み、


「のわぁぁぁぁ!?」


 遠くへ投げ飛ばす。しかし次の瞬間、足元の砂が動き出し、足元から這い上がり体を覆っていく。

 日色の目の先にはカミュがおり、器用に手を動かしている。そう、この砂を操っているのは彼だ。


「……捕まえた」


 カミュのそんな呟きが日色の耳に届く。…………が、日色は微かに目を細めると、両腕を広げる。

 日色の目に映るのは淡い光、右手に青、左手に黄だ。


 パンッ!


 両手を音を立てて合わせた瞬間、身を包んでいた砂が一気に弾かれた。そして日色の体を猛々しいほどの赤いオーラが覆っている。


「……《太赤纏》!」


 日色の変わり様を見て、カミュは日色の周りにある砂を巨大な手のようにすると、拳をつくり日色に殴りかかる。

 そしてその逆側からはニッキが爆発力を備えた魔力の塊を放つ《爆拳・弐式》を向けてきた。

 日色は腰から《絶刀・ザンゲキ》を抜くと、《赤気》で刀を覆っていく。その刀を振るい、まずは飛んできた《爆拳・弐式》を真っ二つにする。左右に別れたそれは、それぞれ飛んで行った先で爆発した。

 次に背後から迫る砂の手が日色に当たる瞬間、刀の切っ先を砂の手に向けると、《赤気》が切っ先へと収束した。


「《熱波突(ねっぱとつ)》っ!」


 そのまま刀を突出し、砂の手と衝突する。グサッと刺さった瞬間、砂の手がまるでマグマのように真っ赤に染まったと思った刹那、爆発したように弾けとんだ。

 そして日色はその場から転移したように消え、ニッキの背後に現れると手刀を首筋に落とし意識を奪う。


「ニッキ!」


 カミュが叫ぶが、ニッキが倒れる頃には日色はすでに次の行動に移っていた。目にも止まらない速さでカミュの懐へ入り込んだ日色は、反射的に構えたカミュの黒刀を《ザンゲキ》で弾き飛ばした。

 そしてそのまま刀を振り下ろしカミュの体を真っ二つに斬り伏せた。普通ならこれで殺してしまったと誰もが思うだろうが、二つに分かれたカミュの体が砂に変わり霧散していった。

 日色は「ふぅ」と大きく息を吐くと刀を納める。それと同時に体を包んでいた赤いオーラである《赤気》が鎮まる。

 そこへニッキを背負ったカミュがトコトコとやって来る。


「お疲れ……ヒイロ」

「ああ、お前も砂分身に磨きがかかってるな」

「そう? ……えへへ」


 褒められたのが嬉しいのかカミュは笑みを溢す。そう、先程のカミュは本体のカミュが操っていた砂で作った分身だったのだ。

 この修練で、カミュが作った砂分身も、ある程度の土魔法を操れるように成長した。


「ほへ?」


 そこでニッキが目を覚まして、悔しそうに「うぅ~」と唸っている。


「い、一撃も入れられなかったですぞぉ……」


 どうやらいくら相手が師匠の日色とはいえ、一撃すらまともに入れられなかったことを悔やんでいるようだ。


「ま、次は頑張るんだな」

「はいですぞ! 師匠のご期待に次こそは!」


 力強くガッツポーズすると意気込みを吐いた。


「けどヒイロ、大分上手くなった?」

「まあな、まだ長時間はきついが、大分ものにできたな」


 この修練は《太赤纏》の習得のためにやっていた。何とか未収得だった身体力のコントロールも【獣王国・パシオン】にいるララシークに教わり、ずっと修練してきた。

 その結果、つい最近だがこうして《太赤纏》を使えることができた。まだまだ完璧とは言い難いが、それでも格段に《赤気》を扱うことができるようになった。

 今回、魔法を使えなくなったことを想定して、ニッキと、砂分身のカミュを相手に《太赤纏》で倒せるかどうか試したのだ。

 さすがにカミュ本体だと、ニッキがいる分、難しいと思ったので砂分身で相手をしてもらったのだ。

 またニッキも悔しがってはいるが、彼女にもまだ隠し技があったりする。今回は《太赤纏》の精度を確かめるためなので、それは使うなと言っておいてちょうど良かったのである。


「まだ続き……する?」


 カミュが聞いて来るが、もう今日はこれで三回目の手合せであり大分体も消耗していた。


「いや、一度【魔国】に戻る。ここ最近体を動かしてばっかりだったから、しばらく骨休めもしたいし、何より本を読みたい」


 どうやらしばらく本に触れていなかったので、禁断症状が出ているようだ。一度戻って図書館に籠りたい日色。

 三人が【魔国】に戻る挨拶のためにカミュの家族である『アスラ族』が住むオアシスへと向かおうとした時、目の前に小鳥が飛んで来た。


「……鳥?」


 日色もその存在を不思議そうに見つめる。この砂漠には目の前にいるような鳥は棲息していない。というよりも、一番気になったのは鳥の違和感。

 それはまるで生気を感じさせないというか、そう、魔法で作られた存在のような違和感を覚えた。何より、まるで緑色のペンキでも被ったのかというほど、緑一色なのも気になる。

 しかし鳥からは敵意も感じないし、悪い予感もしない。それでもその存在の不気味さを感じて警戒はしている。


「……何もしないのか? なら放置して【ハーオス】へ戻るぞ」


 日色の言葉を受け他の二人は頷く。

 しかし鳥は日色のことをジッと見た後、そのまま空へ飛び立っていった。


(一体何だったんだ……? どこかで感じたことがあるような魔力だったが……)


 だが思い出せず、いなくなったのならどうでもいいかと気にしないで歩を進めていった。



     ※



 【ロックジャングル】――その名の通り、辺り一面が大小様々な岩が点在している岩の密林である。

 ここは人間界と魔界を繋ぐ橋である【ムーティヒの橋】の近くにある場所であり、人間界に存在するモンスターも一種類しかいない地域である。

 そんな岩の密林に、空から一羽の小鳥が岩の隙間を縫って飛んで来た。そして小鳥はスピードを緩めるとある場所に停止した。

 その場所はある人物の肩の上であり、耳打ちするように小鳥は嘴を動かしていく。


「……ようやく見つけたッスね」


 ニッと口角を上げる彼の名前はテッケイル・シザー。【魔国・ハーオス】の誇る魔王直属護衛隊クルーエルの《序列三位》の実力者である。

 彼は少し前まで先代魔王アヴォロスに捕らえられ自由を奪われていた。だが彼を助けた人物がいた。それが……


「やっぱりお前に頼んで良かったみてえだな」


 テッケイルに男らしい笑みを浮かべるジュドム・ランカースだ。彼こそが牢に捕らえられていたテッケイルを救った【人間国・ヴィクトリアス】のギルドマスターである。


「ですが、これからどうなさるんですの?」


 そう質問したのは【ヴィクトリアス】の第二王女ファラである。勇者召喚の失敗で長い間眠り続けていたが、アヴォロスが【ヴィクトリアス】を乗っ取った時、突如目覚めて、その時にジュドムに助け出されていた。今はこうしてともに行動している。


「とりあえず見つかったんだったら、コンタクト取るしかねえだろ?」

「そうッスね。けど、本当ならもっと早く見つかってたはずなんスけどね~」

「そう言うなっての。名前を教えてくれたのは占い師の女の方なんだぜ?」

「確か【ヒーロー】でしたっけ? 違うじゃないッスか。あの子はヒイロッスよ?」


 彼らはマルキス・ブルーノートという女性と出会い、彼女のお蔭でアヴォロスの手から逃げられたこともあり、さらにテッケイルも助けられた。

 そんな彼女が【人間国】を救うのであれば、ある少年を仲間にしろと意味深な言葉を残して去った。その名前が【ヒーロー】だったのだが、実はヒイロのことだった。


「オイラの魔法で世界中に【ヒーロー】の情報を集めたッスけど、勇者や町の英雄のことだったり、なかなか本人に辿りつけなかったッス。それもそうッスよね。名前が違ってたんスから」


 テッケイルは、ジュドムに命を救われた恩を返すために力になることに決めて、人探しをしているジュドムを手助けした。

 しかし【ヒーロー】の名で調べても、どうにも現勇者のことだったり、過去の英雄、または似た名前の中年の男性だったりと正解になかなか辿りつかなかった。


 そこでテッケイルは、【ヒーロー】が少年の名前だということで、似た名前の中年男性と会った時、もしかしたら少年の名前が曲解されているのではと思った。

 そこで主に人間界を中心にして【ヒーロー】に似た名前の少年の存在について調べた。そして各地の村や町で、少なからず気になった名前があった。


 それがヒイロという名前だ。そしてその名前を聞いて、テッケイルもまた過去に出会ったことのある少年のことを思い出していた。

 彼もまたヒイロと名乗っていた。無愛想で横柄な態度の少年だが、その実、真っ直ぐ自分の言ったことは曲げず、決して折れない心の強さを備えていた。


 ほんの少しだけしか一緒にはいなかったが、とても面白く興味深い少年ではあった。テッケイルの直感で、【ヒーロー】はヒイロのことだとテッケイルは決定した。

 すると驚いたことに、ヒイロの特徴をジュドムに言うと、彼もまたヒイロのことを知っていると言った。


 何と彼こそ、勇者召喚に巻き込まれてこの世界にやって来た異世界人だということ。そしてヒイロが、魔王を助けに会談場所までやって来て、見事救ったこと。

 また獣王の攻撃をいとも簡単に弾き返したことをジュドムは教えた。そんな話をしている間に、ジュドムもヒイロが探し求めていた少年なのではと思い始めた。

 ジュドムはいずれまた会いたいと思っていた少年でもあった。名前は知らなかったが、彼こそが『獣人族』と『魔人族』の同盟を成した中心人物だと噂されていることを言うと、テッケイルは唖然として固まってしまっていた。

 決闘で獣王レオウードを破ったらしいことも話すと、増々その少年が探し求めている人物だと強く思えた。


 本来なら今すぐにでも無事であることを魔王に知らせたいが、どうせならヒイロを探しつつ、魔界へ向かおうとジュドムにテッケイルは言った。

 実はここ数日、アヴォロスの手の者がジュドムの行方を探っていることに気づいた。あの小屋にいれば、安全かもしれないが、それでも完璧ではない。

 ジュドムが知り合いの冒険者たちを集めて、各地に隠れ家を作ったが、幾つかその者たちに潰されてしまっていた。


 このままではいずれ見つかると判断した結果、動き回ることに決めたのだ。幸いテッケイルがいれば周囲の警戒を強化することができる。

 無論動き回るリスクもある。だが隠れ家が実際に幾つか見つかっていることから、やはり攪乱のためにも動き回った方が良いと皆で話し合い決めたのだ。

 そこでジュドムは信頼できるテンドクという自身と同じSSSランカーの人物に、隠れ家を任せて、テッケイルとファラとともに魔界へと向かっていた。


 テッケイルの情報ではヒイロが魔界にいることはすでに把握している。少し前までは【獣王国・パシオン】にいるという情報があったが、ヒイロが転移できるらしいことを考慮すると、どうやら二つの国を行ったり来たりしているとのこと。

 しかし今は魔界のある場所で修練しているという情報を、テッケイルの出身国である【魔国・ハーオス】で得た。

 そこでヒイロの軌跡を辿っていくと、どうやら【ラオーブ砂漠】にいると思われた。そしてようやく先程帰って来た小鳥から、実際にヒイロの姿を砂漠で発見した情報を得る。

 また彼らが【魔国】に戻るようなことを言っていた事実もテッケイルの耳に入っていた。


「とにかく、ようやく尻尾を捕まえれたッス。しかもちょうどいいことに場所は【ハーオス】ッス。陛下にも挨拶できるッスから、願ったり叶ったりッスね」

「【ハーオス】かぁ……何年ぶりかなぁ」

「あら、ジュドム様は行ったことがありますの?」


 ファラは興味がそそられたようだ。


「まあな、昔は結構行ってたな。あ、友好的な意味じゃねえぞ。昔は今よりもずっと世界は荒れてたしな、『魔人族』討伐やら『獣人族』討伐なんてクエストは山ほどあったし、俺もいち冒険者で若かったから、名声や金を求めてはっちゃけていたっけなぁ」


 昔のことを思い出しているのか少し悲しげに遠い目をするジュドム。


「その時に出会ったアクウィナスさんとドンパチやってボロボロにされたんスよね?」

「お前な……人の傷口を広げんなよな」


 テッケイルがニヤニヤしながら言うのでジュドムはバツが悪そうな顔をする。


「え? ジュドム様が負けてしまわれたんですの?」

「そうッスよ。まあ、ジュドムさんも最初から強かったわけじゃなかったッスからね。若気の至りで当時、すでに最強の『魔人族』の名を持っていたアクウィナスさんに勝負を挑んで、見事にゴミクズのように……」

「おいこら、もういいじゃねえか! つうかな、若気の至りっていうのは俺のセリフだろうが!」

「ハハハ、いいじゃないッスか、一度負けたお蔭で世界の広さを知ったジュドムさんは、それから死にもの狂いで修行して、今じゃ泣く子も黙る《衝撃王》なんスから」

「……それは嫌味か?」

「は? 何なんスかそれ?」

「だってよ、そんな男が今じゃ逃亡者だぞ」


 ああ嫌だ嫌だとジュドムは頭を振って溜め息を漏らしている。


「まあ、その逃亡も栄光への第一歩ということで我慢ッスよ」

「そ、そうですの! ジュドム様ならもっと輝けるですの!」


 笑顔を向ける二人の顔を見たジュドムは、最初はキョトンとしていたが、フッと笑みを溢すと、


「……んじゃ、まずはその第一歩を進むとするか」


 ジュドムは岩の隙間から顔を出し、眩しい日差しを全身に受ける。


「ヒイロ・オカムラか……あの赤ローブの坊主がまさかヒーローだったなんてな」


 ジュドムは二人を背に、もうずいぶん会っていない親友のことを思い出す。


「皮肉だなルドルフ、てめえが召喚した勇者は魔王の手駒になって、手放した一般人は英雄になりつつあるみてえだぞ」


 もし、ルドルフ国王がヒイロを捕まえていたのなら、また何か変わっていたのかもしれない。しかしそれはもう過ぎ去ったこと。

 大切なのは常にこれから。今はもうあの時会った少年に会うのが楽しみなのか、その表情はすでに明るく未来を見つめていた。



     ※



 ジュドムたちが【魔国・ハーオス】へ向けて出発して数日後、ようやく目覚めた現人間の王であるアヴォロスは、《玉座の間》で自身が眠っていた一か月間の情報を配下たちから聞いていた。


「ふぅん、あのジュドム・ランカースがねぇ」


 ジュドムがテッケイルの脱走を企て見事に成功させたことを知るが、存外あまり気にしていないのか平坦な物言いだった。


「別にいいんじゃない? テッケイルも確かに手駒になり得たけど、こっちには彼の師匠であるテリトリアルだっているし、その気になれば無理矢理でも引き込むこともできるしね」


 その言葉を聞いて、隣にいたヴァルキリアシリーズ05号が頭を下げる。


「もう一つ、ジュドム・ランカースの行方も追ってはいますが、恐らくテッケイル・シザーとともに行動しているようで、情報が攪乱されてしまっていて、いまだに……」

「だろうね。テッケイルは隠密で動くスペシャリストだし、情報操作も得意中の得意だ。えっと、追ってたのはカイナビとビジョニーだっけ?」

「はい」

「う~ん、ちょっと人選間違ってない? 人探しならキルツたちの方がいいんじゃない?」

「彼らには他の仕事がありましたので」

「そっか、ならもういいよ。今はジュドムより……世界だからね」

「畏まりました」


 再び05号は恭しく頭を下げる。アヴォロスは玉座から立ち上がると、ニコッと笑みを浮かべる。


「それじゃ、改めて宣告しようか…………この世界に生きる者全てにね」


 怪しくアヴォロスの瞳が輝いた。



     ※



 その日、まだ昼前だったはずの空が、突然夜闇に包まれた。

 驚愕すべき事態に、誰もが空を仰いだ。するとその日も暖かい光を大地に注いでいた太陽が、まるで色を失ったかのように真っ黒になっていた。


 俗に言う日食。しかしこの【イデア】では日食が起こったのは、遥か昔に一度限りだと言う。

 何故今この時期に起こったのか、全ての人が困惑気味に陥っていた。そしてそれは【魔国・ハーオス】にいる日色もまた皆を同じように真っ黒になった太陽に視線を向けていた。

 魔王城に居た者たちや、イヴェアムも異常な出来事に確認のために練兵場へと足を延ばしていた。その傍には《クルーエル》の面々も見えた。


 そして皆が太陽を凝視し、言葉を失ったかのように固まっていた。

 その太陽にふと違和感を感じた日色は、さらに観察するように目を細める。すると太陽の中心に小さな光の点を見つけた。


(何だ……アレは?)


 ジッと見続けていると、その点が徐々に広がっていく。それはまるで太陽の光を取り戻したかのように、太陽全体に広がっていくのだが、その光が太陽の光ではないことは一目瞭然である。

 皆も光の広がりに気づいたようで一様に声を荒げている。すると突然光が強く大きくなり、そこに人の顔のようなものが映し出された。徐々に鮮明になっていくその影に、日色が目を開く。


(アイツは!?)


 それは日色も見覚えのある顔だった。


『やあ、【イデア】に住まう者たち』


 それは先代魔王であり、【ヴィクトリアス】の現国王であるアヴォロス・グラン・アーリー・イブニングだった。

 日色だけでなく、魔王イヴェアムやその周りにいる『魔人族』たちも、突如上空に現れたアヴォロスの映像に息を飲んでいた。


『見ているかい、イヴェアム』


 アヴォロスの突然の名指しに睨みつけるように見つめるイヴェアム。


『前回、顔見せした時にも言ったように、時が来たようだ』


 皆が黙って次に発せられる言葉を待つ。


『我々、《マタル・デウス》は、世界を征服する』


 ざわざわと周りがざわつき始める。イヴェアムの隣に立っていたマリオネが「静まれ!」と怒鳴ると、兵士たちは大人しくなる。


『しかしもし、君たちが抵抗しないというのであれば、余の配下になるというのであれば、争わないと約束してあげよう』


 この映像は、恐らく世界中にいる者たちに届いているのだろうと日色は推測する。今の言葉で激昂している獣王レオウードの姿を容易に想像できた。

 あまりに勝手な物言いに、苛立ちしか増してこない。日色も、約一か月前、《マタル・デウス》の一人に辛酸を舐めさせられているので、当然その提案は飲めない。

 そしてここにいる者たちもまた……。


「ふざけるなっ!」

「そうだそうだ!」

「俺たちの王はイヴェアム様だけだ!」


 兵士や国民たちのそんな声が耳に聞こえてくる。ずいぶん慕われたようだなと日色は、嬉しそうに笑みを溢しているイヴェアムの横顔を見る。

 そのイヴェアムは、皆の顔を見て力強く頷くと、


「我々は誰にも屈しない! たとえ争うことになろうとも、国は私たちが守ってみせる!」


 イヴェアムのそんな宣言にまたも周囲が盛り上がる。するとその答えを予想していたのか、


『ハハ、きっと今頃、イヴェアムは余に刃向うようなことを言ってるんだろうね』


 向こうからはこちらを確認できないらしいが、さすがはイヴェアムの兄、彼女の答えはすでに予想していたようだ。


『なら……』


 突然映像越しにでも伝わってくるほどの敵意を迸らせる。美少年のその目は細められ、明らかに瞳に光が失われ大地に映る全てを見下ろしている。


『ここに、全てを巻き込んだ戦いを始めることを宣言しよう』


 ゴクリと、周囲の者たちが喉を鳴らす音が聞こえる。


『さあ、イデア戦争を始めるとしようか』


 すると突然、太陽を覆っていた光が赤く光ったと思ったら、一気に爆散したかのように弾けた。そして無数に散らばった欠片が、あろうことか殺意を込めて大地に降り注いだ。


「民を守れっ!」


 イヴェアムは全く動揺はしていなかった。まるでアヴォロスが何かをすると予め予期していたようにそう叫ぶと、《クルーエル》や実力のある者たちはすぐさまその場から散り散りになり、上空から降り注ぐ脅威に向かって魔法などの攻撃を放つ。


「お前ら、そこから離れるなよ」


 日色もまた、近くにいるリリィンたちに言うと、『防御』の文字を発動させる。大きな魔力壁が日色を中心として半径十メートルほどの半球上に広がる。

 《クルーエル》が守るなら必要無いかとも思ったが、念には念を入れた。思った通り、彼らの攻撃で次々と空からのそれを霧散させていく。


(テンプレ魔王もほんの挨拶代わりって感じだな)


 確かに殺意を持った攻撃ではあるが、威力はそれほど込められていない。無論攻撃範囲が凄まじく広いので、それだけで凄まじいとは思うが。

 この程度なら、厄介ではあるが【獣王国・パシオン】にいるミュアたちも無事だろうと日色は判断した。

 しかし全員気づいていなかった。空から降り注ぐ猛威の中に、決して見過ごすことができない殺しの刃が存在していたことを。

 上空で相殺して消えていく空からの攻撃に、《クルーエル》や兵士たちもこの程度かと思って肩透かし気味な思いを宿していた時、突然大きな赤い塊が【魔国】に向けて落ちてきた。

 それに対応したのはマリオネだ。彼は大地から生み出した巨大な土塊を、その赤い攻撃に向けて放った。

 するとその攻撃は土塊に触れた瞬間、あっさりと弾かれてしまい……


「何だ、見せかけか」


 マリオネは馬鹿にしたようにそう漏らしたが、次の瞬間、弾かれたはずの赤が、突如として集束して再び塊に戻りある場所へと落ちていく。そこは……


「陛下ぁぁぁぁぁっ!」


 マリオネの叫びで分かるように、その攻撃は真っ直ぐイヴェアムに向かっていた。まさか弾いたはずの攻撃が勢いを失わず再び牙を向けるなどと考えていなかったマリオネの落ち度だった。

 いや、それを見ていて安心していたイヴェアムの落ち度でもある。彼女もまた虚を突かれたように身を固まらせていた。

 明らかにイヴェアムを狙って放たれた殺意は、塊から凶悪な姿へと変化し、その容貌は一本の槍のようだった。

 このまま無防備のイヴェアムに激突すれば、その体を呆気なく貫いてしまう可能性が高い。即ち死に繋がる刃である。

 赤い槍がイヴェアムの目前、一呼吸で結果が出てしまう刹那、


 バシュゥゥゥンッ!


 皆の視線は、今起こったことに対して驚愕に開かれていた。何故なら、イヴェアムを狙っていた赤槍を、突如として空から落ちてきた緑色の巨人が掴んでいるのだから。

 巨人が赤槍を上空へと放り投げると、赤槍はウネウネと気持ち悪く動き、その形を変え、人型を形作っていく。

 どうやら槍は人そのものだったようで、大きな翼を広げ空を飛んでいる。そしてその人物がキッと忌々しそうに巨人を睨みつける。

 その巨人の背中にヒョイッと何者かが乗った。現れた人物に、『魔人族』の者全員が吃驚し時を凍らせたように硬直する。


「ダメッスよ……」


 それは――。


「いきなり王はあげないッス」


 《魔王直属護衛隊(クルーエル)》の《序列三位》であるテッケイル・シザーだった。



「テ……テッケイル……?」


 イヴェアムは自身の目の前に庇うようにして立っている緑色の肌をした巨人の肩に乗っている人物を見て思わず呟いている。


「どうもッス。ようやく帰って来れたッスね」


 ニッと白い歯を見せながら笑うテッケイルに対し、いまだ信じられないのかイヴェアムは表情を凍らせたままだ。


「ほ、本当に……テッケイル……なの?」

「嫌ッスね陛下。足もこの通り、ちゃんとついてるッスよ!」


 自分は決して幽霊ではないと証明しているのだ。


「で、でも何で……」

「すみませんッスけど、まずはあの人を何とかするのが先決ッス」


 テッケイルは上空に浮かんでいる人物を見つめる。大きく翼を広げた人物は、その体躯を観察するに『魔人族』の男だと推察された。

 褐色の肌を持ち、額には丸い角のようなものが生えている。そして耳が尖っていて、そのどれもが『魔人族』と判断できるものだった。

 しかし何よりも印象的なのは、光の見えないその瞳である。まるで無機質。生気が感じられないそれは、眼下に広がっている『魔人族』たちを冷ややかに見下ろしていた。

 すると突然その男が両手を広げてイヴェアムたちに突き出すようにした。男の手の先に、紅蓮に燃え上がる炎の塊が生まれていく。


「魔法を撃って来るぞ!」


 一早く彼の行動に気づいたマリオネが叫ぶ。皆がその攻撃に備えようと身構えるが、


「大丈夫ッスよ」

「……テッケイル?」


 テッケイルが笑みを浮かべながらそんなことを言うので、その言葉を聞いて問いかけたイヴェアムだけでなく、兵士たちも「へ?」といった面持ちだ。

 するとテッケイルが、再びイヴェアムにニコッと笑いかけると、


「オイラが一人でここに帰って来たわけじゃないッス。頼もしい助っ人が一緒ッス」

「た、頼もしい……?」


 イヴェアムがまたも口を動かした瞬間、空から大きな人影が落ちてきた。『魔人族』の男もそれに気づいたのか、意識を空へと集中させる。

 そしてその何かに感じるものがあったのか、せっかく作った紅蓮の塊をそれに向けて放った。

 しかし驚くことに、かなりの熱量と破壊力が見込まれるその塊を、空から降ってきた人影が、両手をパンと叩くと、一気に塊は霧散した。

 そのまま『魔人族』の男に体ごと突き当り、逃げることができないように体を掴む。そのまま右手に力を込めた人影は、男の胸元目掛けて一気に叩きつけた。

 殴られた男は凄まじい勢いで地面へと落下し、大地を割った。その近くへとスタッと降りてきた人影に皆の視線が向く。


「……ジュ、ジュドム殿!?」


 イヴェアムの叫び声で、その人影が何者なのか皆に知れ渡る。


「よぉ、久しぶりだな魔王ちゃん」


 その人物こそ、【ヴィクトリアス】のギルドマスターであり、少し前まではヴィクトリアス王の代行として国を纏め上げていた偉大な男、ジュドム・ランカースだった。


「敵を囲め!」


 その場にアクウィナスの声が轟く。兵士たちは弾かれたように動き、地面へと落ちた男を全員で囲う。

 ジュドムの一撃がとてつもない威力だったのか、男の胸元は盛大に陥没しており、立つのも辛そうだった。しかし奇妙なことに表情は一切変わらず固まったままだ。

 まるで痛みに気づいていないかのようだ。警戒するようにアクウィナスが男に近づくと、アクウィナスはしばらくその男を見た後、若干目を細める。そして腰から剣をゆっくりと抜き、そのまま……


 ――ブシュッ!


 その者の首を刎ねた。普通なら盛大に血しぶきが舞うだろう。だが切断された首からは何も噴出されなかった。それどころか、次第に男の体が砂のように崩れていく。


「……やはりな」


 アクウィナスは何かに気づいたように得心のいった顔をしているが、周囲の者は戸惑っているようだ。しかしアクウィナスは何事もなかったかのように剣を納めると、ジュドムに振り向き、


「久しいな……ジュドムよ」

「ああ、会談以来だな」


 互いに視線を交わし合う。その間に入ったのは、その場にいた者ではなく、またも空からの来訪者だった。

 それは大きな鳥。しかしほとんどの者はそれを見て驚きはしたものの慌てない。その鳥が何者なのか分かっているようだった。

 それがテッケイルが魔法で生み出した鳥だということは『魔人族』たちは既知していた。


「お二人とも、私を置き去りにするなんて酷いですの!」


 それよりも、その鳥の背に乗っている小さな女の子に皆は困惑気味な視線を向けていた。


「すみませんッス、ですがコイツと一緒の方がファラ姫には安全だと思ったんスよ」

「突然お二人がこの子から下へと飛び降りたので、とても驚きましたの!」

「悪いなファラ、お小言は後でだ。今は、この状況の説明……ほしいだろ?」


 ジュドムはアクウィナスの目を見つめると、


「そうだな、とりあえず先程の『魔人族』についても、そしてこれからのことについても話し合わなければならん」


 アクウィナスは言いながら今はすっかり元の太陽に戻っているそれを一瞥すると、


「どうやら今のはほんの挨拶のようだ。本番はこれから。陛下、獣王と連絡を取り、会議を開くぞ」

「あ、ああ、そうだな、分かった」


 イヴェアムも大きく息を吐くと、動揺を隠しきれない表情のままでは駄目だと思ったのか、すぐに顔を引き締める。


「皆の者! 先代魔王アヴォロスの宣言は本気だ! これから戦争が始まる! しかし我々が奴に屈することはない!」


 イヴェアムの透き通るような声音に、徐々にだが兵士たちの士気が上がっていく。


「しかし攻撃は止んだが、あれ一度きりとは限らん、さらに周囲を警戒し事に当たってほしい! 何かあれば即刻報せよ!」


 兵士たちは「はっ!」と一様に返事をして各々の待機場所へと向かっていく。

 イヴェアムは視線をテッケイルに戻す。


「話を聞かせてもらう前に言っておきたいことがある」

「何スか?」

「……よくぞ無事に戻ってくれた、ありがとう」

「へへ、やめて下さいッスよ陛下。何かくすぐったいッス。オイラがどうしてここに居るのかとか、今まで何をしてたのかとか、いろいろ話すッス。けど、今はまず言わせて下さいッス」


 テッケイルが巨人の肩から下りた瞬間、巨人は形を崩していき液状化して地面へと広がって土に吸収されてしまった。そして同じくファラの乗っていた鳥も同様に。

 どうやら巨人もテッケイルの魔法が生み出した存在だったようだ。

 テッケイルはイヴェアムの前に立ち、そして臣下の礼をとる。


「テッケイル・シザー、ただいま戻りました。我が陛下」

「うむ、待っていた」


 イヴェアムは嬉しそうに頬を緩めた。






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