151:暫しの猶予
アクウィナスの告げる真実を、その場にいた者全員が息を飲みながら聞いていた。
彼が初代魔王アダムスと面識があったこともそうだが、そのアダムスと懇意にしていて、彼女の死に際までその目で見ていたということに誰もが言葉を失ってただアクウィナスの顔を見つめている。
普段と同じ無表情の……いや、その赤い瞳の中に揺らめく悔恨の炎をリリィンだけは見て取れた。何を後悔しているのか……何となく理解できた自分が腹立たしかった。
恐らく彼は彼女の残した【シャンジュモン】を守れなかったことを悔いているのだろう。アダムスの《核》の力を過信し過ぎて、結果的に彼女に約束した守るということを貫き通せなかったのだから。
【シャンジュモン洞窟】に隠された秘宝。それはこの世に生きている誰かのために存在するものではなくて、ただアダムスと、その友との思い出の場所を守るために《核》がその意思を具現化した力だった。
「……アクウィナス、何故今まで黙っていたの?」
イヴェアムが若干咎めるような感じで言い放つ。
「……真実を知る者が多くなればなるほど、《核》を狙う者が増えると思った」
「そんなことっ!」
「それに」
「え?」
「それに……わざわざあの人が苦しんだという事実を誰彼構わず話すのは気が引けた」
アクウィナスにとって、やはり尊敬に値した人物だったようだ。
その相手が苦しんだ過去。友を自らの手で殺してしまった事実を、ただ彼女から聞いただけの自分が他人に話すようなことでもないと思っていたのだろう。
(相も変わらず無駄に律儀な奴だ)
リリィンは内心で舌打ちしながら不愉快そうにアクウィナスを見つめる。そしてイヴェアムもまた彼の想いを悟り言葉を止めていた。
こんな事態が起きなかったら、恐らく彼は話さなかっただろうとリリィンは思っている。
「だから……」
その時、明らかにアクウィナスから憤怒の気持ちが漏れ出ていることを知る。イヴェアムやマリオネでさえ、彼の雰囲気を感じて固唾を飲んでいる。
「だから必ずけじめをつける。それがあそこを守れなかった俺がやるべきことだ」
無論その怒りは【シャンジュモン】を破壊した先代魔王アヴォロスに向けられている。そして自分にも……そういう男だということもリリィンは知っている。
(クールなように見えて変わらないようだな、その暑苦しさは)
だがその強さは本物であり、紛れも無く『魔人族最強』と畏怖されるものであることは『魔人族』なら誰でも知っている。無論そこには畏れだけでなく、羨望や嫉妬、憧憬などの気持ちもあるだろうが。
「アクウィナス、話してくれてありがとう」
突然イヴェアムがアクウィナスに言葉を発し、少し驚き気味にアクウィナスは「……姫」と呟いた。
「だが、もう少し私を信じてくれ」
「…………」
「隠さないでくれ」
「…………」
「言い難いことや、辛いことだってあると思う。だけどどんな重いことだって一緒に私が背負う。私は…………皆の魔王だから!」
魔王だからといって、全てを話す義務など無い。それは当然だ。誰にだって話したくない過去はある。それが大切な人に託された想いなら尚更。
そしてアクウィナスもまた、その想いを裏切ることになって苦しんでいる。だがその苦しみだって一緒に共有できると彼女は言っている。
だからどんな辛いことがあっても話してほしいと。全てを背負い魔王として、皆の道しるべとして歩んでいくと言っている。
(何ともまあ、分かってはいたが馬鹿正直な娘だな)
リリィンは一片の揺らぎもない真っ直ぐな瞳をアクウィナスに向けているイヴェアムを見つめる。まだまだ王として立つには若輩過ぎるほどの若輩。
自分の言ったことに責任を持つのは当然だが、確実に持てる程度の責任だけを負うべきだ。自分の器を知り、溢れすぎて対処できない責任を含んだ言葉を言うのは無責任と同義。
『魔人族』全ての想いを背負うことなど、今のイヴェアムにできるわけがない。やはりまだまだ若さと思いだけが突っ走っている馬鹿なだけかとリリィンが嘆息した時、
「しかし、そうは言っても私は思慮も浅くアクウィナスやマリオネから見れば稚児に等しいだろう」
イヴェアムが悔しそうに絞り出す感じで言葉を吐く。
「だから私だけで背負うとは言わない。さっきも言った通り一緒に背負わせてほしい。無茶はするが無理はしない。ヒイロにも教えられたことだ」
(な、何だとっ!?)
イヴェアムのヒイロという言葉に真っ先に反応する。
「私にできる分だけ背負わせてくれ。すまない。本当なら何もかもを背負いたいところだが、今の私にはともに背負ってくれる者が必要なんだ」
申し訳なさそうに言う彼女の肩にそっとアクウィナスの手が置かれる。
「アクウィナス……」
「姫……いや陛下。………………成長したな」
「まだまだですがね」
アクウィナスとマリオネが分かりにくいが、確かに嬉しそうな笑みを溢していた。彼女が無責任だけの言葉を吐かなかったことが嬉しいのだろう。
しかしリリィンはそれよりも……だ。
(くっ……ヒイロの奴、アイツはアレか! やはり天然か! 天然なのか! それともやはり乳か! 乳なのか!)
忌々しげに自分よりも遥かに大きい胸を持つイヴェアムを睨みつける。
「ノフォフォ、お嬢様、わたくしは貧乳も需要があるぐはぼふっ!」
シウバが耳元で不快な音を奏でたのでとりあえず裏拳を与えておいた。ありがたく受け取ったシウバは鼻から血を流して地に臥している。
そんなシウバを苦笑しながらクゼルは見つめているが、皆の注意を引くように咳払いを一つした。
「皆さんよろしいでしょうか」
リリィンも自分の苛立ちを抑えて皆と同様に彼を見つめる。
「これからについてですが、先代魔王が《魔剣・サクリファイス》を手に入れた以上、今後何をしてくるか対策を立てる必要があります。幸いなことに彼が動くには当分無理でしょうから、まだ時間はあります」
「ん? 何故そんなことが分かる? そんな武器を手に入れたのなら、すぐにでも襲い掛かってくる可能性だってあるだろ?」
リリィンが尋ねるがクゼルは頭を振って否定する。
「いいえ、それができない理由があります」
「理由?」
「ええ、今頃彼は――」
※
「陛下の容体はどうだ05号?」
尋ねたのはアヴォロスの部下の一人であるヒヨミという男だった。
その言葉を受けて彼と対面してある人物が答える。
「今のところ何とも言えません」
雪のように真っ白な髪と、無機質な感情を表情に表しているのはキリアだった。
05号というのは複数存在しているキリアの識別番号である。05号は魔王イヴェアムの側近をしていた人物でもある。
今彼らの目の前には大きなクリスタルが壁に埋め込まれた光景が映っており、そのクリスタルの中にはアヴォロスが裸体のまま浮いていた。
ブクブクと、まるでクリスタルの中に水でも入っているかのように水泡が定期的に出現している。死んだように動かないアヴォロスを見て05号は言う。
「こうなることは陛下も覚悟なさっていました」
「あの《サクリファイス》という剣は陛下をこれほど衰弱させるものなのか?」
「そのようです。破壊の力を得る代わりに、その対価として相応の命を要求されるのです」
「そうまでしなければ《初代魔王の核》は入手不可能だったか……」
「帰って来た陛下の体のほとんどの部分が死滅しかけていました。こうして治療の準備を整えておいたので大事には至りませんでしたが、陛下にしても危うい賭けだったでしょう」
「他の者がその任をこなせれば良かったが、誰一人としてあの剣を抜くことはできなかったからな」
「あの剣は《魔神》の一部。《魔神》に認められし者にしか反応を返しません。そして認められたのは陛下、ただそれだけのことだったというわけです」
05号は静かにアヴォロスに視線を送る。
「……カイナビは牢か?」
「はい、少し謹慎して頂いています」
「奴の気持ちも分からないではないが、さすがに同志に牙を向けるのはな」
カイナビと言う少女はボロボロになったアヴォロスを見て、イシュカという人物に何故アヴォロスを守れなかったのだと言い寄った。
そこでイシュカも正確に説明すれば良かったのだが、言った言葉が「お前には関係無い」だった。
その言葉で我を忘れたカイナビがイシュカのせいでアヴォロスがこうなったと判断して拳を突きつけたのだ。
無論彼女たちに暴れられると困るので、その元凶となっているカイナビを大人しくさせるために彼女を拘束して城の牢へと放り込んだ。
05号はアヴォロスから聞いていた話を彼女に教えはしたが、それでもまだイシュカに向ける怒りを抑えられそうもなさそうなので、しばらく頭を冷やしてもらうことにしたのだ。
イシュカはイシュカで誤解を解く気もないようで、任務があると言ってどこかへ去って行った。
「自由な奴だ」
ヒヨミは微かに呆れの混じった息を吐く。そして05号と同じようにいまだピクリとも動かないアヴォロスに顔を向ける。
「……陛下はいつ目覚める?」
「それもハッキリとは分かりません。ただ、陛下から仰せつかったことが一つあります」
「何だ?」
「……自分が目覚めた時、その時が……」
05号の目が怪しく光り、その薄い唇が震える。
「……戦いの始まりだと」
ヒヨミの目が細められる。
「そうか、ならいつ陛下が目覚めても良いように準備を整えておかねばな」
「お任せ致します」
「お前も陛下が一日でも早く目覚めるように尽力しろ」
「そのつもりです」
ヒヨミはもう一度、アヴォロスを一瞥するとその場から去って行った。
※
魔王イヴェアムの要求で魔国会議を行っている会議室でリリィンたちは《初代魔王の核》などについて話し合っていたが、その最中に《核》という強大な力を手に入れた先代魔王アヴォロスが、今にも攻めてくるのではという話題になる。
しかしクゼルの説明で、アヴォロスが《サクリファイス》を使用した副作用によりしばらく活動できないであろうことを知り、皆の、特にイヴェアムはホッと胸を撫で下ろしていた。
だがそれは戦争を先延ばしにできたというだけで、根本的な解決にはなっていない。時間の猶予を手に入れたとしても、その時間内でアヴォロス対策を立てる必要がある。
だがその中でリリィンは幾分興味を失った感じで言葉を吐いた。
「これで一応情報は伝えたな。ならシウバ、クゼル、部屋に戻るぞ」
リリィンは椅子から立ち上がり、その場を後にしようとした時、
「ちょ、ちょっと待ってくれリリィン殿!」
イヴェアムの慌てた声がリリィンを振り向かせた。
「何だ?」
「あ、いや、その、情報提供には本当に感謝している。だができれば、その……ち、力を貸してはもらえないだろうか?」
「…………」
「リリィン殿やヒイロが客人だということも重々承知している。特にヒイロには返し切れないほどの恩もある。しかし今、我々には戦力が必要なんだ」
「…………」
「無論的外れなことをお願いしているのは分かっている。国のために命をかけてくれと言っているようなものだ。リリィン殿は『魔人族』であるが、この国に住んでもいないし、あなたにはあなたのやりたいこともあるだろう」
「……そこまで分かっててなお引き止めるか?」
「すまない! 私はもう国を守るためにはなりふり構わないと決めたんだ! 私は弱い! だから誰かに支えてもらわなければならない! 口惜しいが私はまだその程度なんだ!」
リリィンは悔しそうに言葉を吐くイヴェアムを見つめる。
(コイツ……噂では理想だけが先走り、できないことを平然と口にする甘ちゃんだと聞いていたが……)
どうにも自分が聞いた評価とは些かの食い違いがあることを知る。
「……お願いだ! 是非我らに力を貸してもらえないだろうか! この通りだ!」
「…………王がそんな簡単に頭を下げてもいいと思っているのか?」
リリィンは冷淡な言い方で、彼女がどのような反応を返すか試す。
「少しでも国や民のためになるのなら、私の頭など幾らでも下げる! 私の命だって、塵と同じに扱っても構わない!」
頭を下げたままとんでもないことを言うイヴェアムにさすがのリリィンも無意識に目が開いてしまった。
「……幾ら何でも言い過ぎだ」
「え?」
「貴様の頭がどれほど軽かろうが、相手を見て下げるかどうかは考えろ」
「え、あ……」
「それにだ、貴様を慕っている者がいる立場でありながら、自らの命を塵扱いするのも止めろ。貴様の自己犠牲が過去の経験からきていることは分かるが、それでも生きているからこそ意味がある。やりたいことがあるのなら、生にしがみつくことを覚えろ小娘」
リリィンの説教にイヴェアムは虚を突かれたように固まっている。
「さ、先程から聞いておれば、陛下に向かって小娘だと? そ、それにまるで自分が先達のように振る舞いおって! 貴様も、いや、貴様の方が小娘ではないか!」
「何だと?」
マリオネの言い分にリリィンは額に青筋を浮かべる。
「こ、こらマリオネ! リリィン殿は客人だぞ!」
「いいえ陛下! 幾らあの小僧の仲間だとはいえ、あまりに礼儀に疎過ぎる! そもそも情報を提供したのはクゼル・ジオであって、この小娘ではないではありませぬか!」
ピキピキッとさらに青筋は深まり怒りのボルテージが上がっていく。クゼルもどうしたらこの場を収めることができるのか戸惑っている様子。シウバは何故かニコニコとして頬を引き攣らせているリリィンを見つめている。
「マリオネ! リリィン殿に失礼だろう! それにこちらが頼むのに頭を下げるのも当然だ! また彼女が言った言葉に間違いなどないことは私にも分かる! ま、まあリリィン殿のような小さな子に小娘と言われたのはちょっとショックではあったが……」
「ほら見ろ小娘! 陛下だって貴様を小娘だと思っておるわ! いや、小娘というよりも明らかに幼女ではないか!」
「幼女とは失礼だぞマリオネ! た、確かにリリィン殿は外見上そう見えるかもしれないが『魔人族』なのだから幼女の姿でも実年齢が幼女だとは限らないだろう!」
「しかし陛下! 幾ら長いこと生きていたとしても、ここまで幼女の姿は稀! つまりこの小娘は幼女で間違い無しですぞ!」
「た、たとえ幼女だとしても言葉を選ぶべきではないか!」
「いいえ陛下! 幼女なら幼女として立場を弁えた発言をするべきです! 何故なら彼女は幼女なのですからっ!」
プチンという音がして、燃えるような紅蓮の髪を持つリリィンの髪がまるで炎のように揺らめき始める。
さすがにこれはまずいと思ったのか、シウバが――。
「お、お嬢様! マリオネ殿はアレですぞ! そう、勘違いなさっておいでなのです! お嬢様がただの幼女であるはずなどございません! スーパー幼女です! いや、もうミラクル幼女といっても過言ではないほどのぶぎょほんっ!」
突然シウバの顎を打ち抜いた右アッパー。そのまま彼は天井に頭から突き刺さり…………沈黙した。
「ど、どいつもこいつも幼女幼女と……」
「あ、あのリリィン殿……?」
リリィンの異様な雰囲気に怯えを感じた様子でイヴェアムが名を呼ぶが、
「フフ、フフフフフフフフ……」
ユラユラと確かな足取りでマリオネの方へ向かっていくリリィン。そしてピタッと足を止めたと思ったら、小刻みに顔を震わせ、バッと勢いよく顔を上げる。
「ワタシのどこが幼女だと言うんだぁ~!」
その顔を見て皆がギョッとなる。何故なら明らかに涙目になりながら顔を真っ赤にして怒っていたのだから。
だがその姿を見て呆気にとられながらもイヴェアムは予想外な言葉を口にする。
「……可愛い」
幼女が必死で抗弁している姿に愛らしさを感じたのか、イヴェアムは無意識にそう呟いた。しかしそれがまたリリィンの怒りを刺激した。
「う、うぅ~」
「リ、リリィンさん……?」
それまで黙っていたクゼルも思わず獣のように唸るリリィンに声をかけるが、リリィンは突然、
「き、貴様らなんか嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
部屋の扉まで走り出し、ピタッと止まったと思ったら、イヴェアムたちの方に指を差す。
「覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
それだけ言うと会議室から出て行ってしまった。




