150:初代魔王の墓標
リリィンも初めて聞いた『クピドゥス族』の思想。無論彼らの存在自体はその詳細について知らずとも耳にはしていた……のだが、彼らの歪んだ思想については初耳だった。
「どういうことだ? 神? 貴様、何を知っている?」
リリィンは今まで説明してきたアクウィナスに追及する。
「ここに居る者なら、誰もが耳にしているはずだ…………《魔神・ネツァッファ》という名を」
その名前を聞いて誰もの顔に衝撃が走り強張る。
「そ、それでは何か? 『クピドゥス族』が復活させようとしてたのは、神は神でも魔神だというのか?」
リリィンの問いにアクウィナスは首肯する。
「先程のクゼルの話にもあっただろ? ここに書かれてあるのは《サクリファイス》と、彼らが祀ったとされている神についてだと」
確かにクゼルの説明の中にはそのようなことを言っていたところがあったが、リリィン自身そう重くは受け止めていなかった。
自分たちが創り上げた神を崇めて信仰するのはそう多くは無いが過去にもあったことであり、別段不思議な話ではなかったのだ。
しかしまさかその神が偶像ではなく、実際にこの世に顕現していた魔神なら話が違ってくる。
「ここには《古代ユエグワン文字》で間違いなく《魔神・ネツァッファ》のことが書かれてある」
リリィンは確かめるようにクゼルの顔を見るが、肯定を示すように彼は深刻そうに頷きを見せた。
「《魔神・ネツァッファ》は遥か昔、この【イデア】を滅ぼそうとした存在だ。そんな存在を復活させようとしている『クピドゥス族』を初代魔王アダムスが放置しておくわけにはいかなかった。だからアダムスは彼らを…………歴史から葬り去ることに決めた」
「……話し合いなどはできなかったのか?」
イヴェアムが不安気に尋ねるがアクウィナスは頭を小さく横に振る。
「……彼らの目に映っていたのは狂気そのもの。彼らはアダムスと対峙した時こう言ったそうだ。我らを救い導くことができるのは《魔神》だけだと」
「……そうか」
「話を一切聞かない相手。しかし彼らを放置しておけば、いずれ災いが世界を襲う。だからアダムスは決断した。自らの手で、彼らを滅ぼした」
「確かに、幾ら特殊な異能を持ち合わせているといっても、初代魔王の前では関係無いからな。彼女の姿を目にした瞬間、命が終わるといっても過言では無かろう」
マリオネが腕を組みながら称賛するように言葉を並べるが、リリィンは軽く舌打ちをする。その舌打ちに気づいたのはシウバとアクウィナスだけではあったが、確実にリリィンは不機嫌だった。
自身に流れる初代魔王の血が体中で暴れているような気がしてリリィンは不愉快だったのだ。まるで自分のことを話題にされて喜んでいるような歓喜しているようだった。
なまじマリオネの言ったことが間違いではないものだからなお面白くなかった。
(確かに初代魔王の力ならたかが異能を持つだけの少数民族など相手ではあるまい)
リリィンすらも認めざるを得ないほどアダムスの力は他を逸脱し過ぎていた。それこそ一騎当千、万夫不当という言葉すら生温いと感じるほどに。
アクウィナスの初代魔王と『クピドゥス族』との繋がりの話が終わり、皆は無意識に溜め息が漏れる。
「さて、関係性が分かったところで話を元に戻しましょう」
そう口火を切ったのはクゼルだ。
「何故『クピドゥス族』が《サクリファイス》を生み出す必要性があったのか、それはひとえに《魔神》を復活させるために必要だったからです」
「必要?」
マリオネが尋ね返すとクゼルは顎を微かに引く。
「はい。この資料では《魔神》が《サクリファイス》を生み出したとされていますが、元々《サクリファイス》は《魔神》の体の一部なのです」
「何だと!」
「だからこそ、まず《サクリファイス》を造り上げ、またそれを媒介にして《魔神》復活を企てていたようなのです」
「そういうことか……、だから『クピドゥス族』は【ドア遺跡】で《サクリファイス》を生成しようとしていたというわけか」
マリオネがふむふむと得心して頷いている。
「しかし結果的に初代魔王に一族は滅ぼされてしまい、儀式を続けることができなかった」
「ならクゼル殿が言っていたミイラは何?」
今度はイヴェアムが質問を彼に投げかける。
「……《サクリファイス》を生成するためには様々な条件が必要になります。その一つが多くの肉体です」
「…………」
「恐らく彼らは初代魔王に殺された仲間たちを遺跡へと運び準備を整えていたのでしょう。言っていませんでしたが、棺桶の中には彼らが殺したであろう他の『魔人族』たちのミイラも存在していました」
「まさか……」
「はい、《サクリファイス》生成への贄として捧げられたのでしょう。本来は生きた肉体の方が良いらしいですが、その分彼らは死体を多くかき集めたのでしょう」
イヴェアムは口元に手をやり気持ち悪そうに顔をしかめる。
「だが儀式を行おうとして、その前に初代魔王に全滅させられてしまった。だから儀式は中断し、あの遺跡で放置された死体がミイラ化していたのです。本来なら肉体は消滅し骨だけになるはずですが、どうやらあの棺桶にはできる限りの腐敗を防ぎ、ミイラ化させる力が備わっているとここに書かれてありました」
そうして机に置かれてある本を指差す。
「だが何故中断していた儀式が突然復活して《サクリファイス》が生成されたのだ?」
イヴェアムの問いは当然のことだ。しかしその言葉を聞いたクゼルは苦々しい表情で申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「……私があそこへ行ったせいです」
「……どういうこと?」
「まず、《サクリファイス》生成の条件の一つ、多くの肉体、それは数多くの棺桶に安置されているミイラで事足ります」
皆が頷きを返し納得したと表現する。
「次に《サクリファイス》を生成するにはそれに見合った媒介が必要になります」
「媒介……? ……まさかそれがクゼル殿の……剣?」
「魔王様の仰る通りです」
「なるほど、確かにクゼル・ジオほどの人物が造り上げた剣なら申し分ない媒介としての役目を担えるだろうな」
アクウィナスがクゼルの剣に称賛を与えるが彼は渋い顔をしたままだ。褒められるのは嬉しいが、そのせいで計り知れないほどの厄介事を生んでしまったのだから彼の表情にも納得だ。
「あそこにあった剣はかなり昔に作成したものですが、材質も出来も他の子らと比べても遜色無いほどのものでした」
「まあ、クゼル殿がお造りになられた武器は世界各地に散らばっていましたから、『クピドゥス族』の方々の手に渡ったとしても不思議ではありませんね」
シウバの言にリリィンも、そして他の者たちも納得気だ。
「だがそれでも肉体に剣だけ。一体何をしたら《サクリファイス》ができあがるのだ?」
リリィンがシウバに続けてすぐに聞き返す。
「あとはもう簡単だったのです。彼らの儀式はもうほぼ完成していたのですから」
「完成していた?」
「はい、あとは魔力の強い者が《サクリファイス》と言霊を飛ばせば完成したということです」
「何だと?」
「あとになって気づきました。あそこの部屋そのものが、大きな魔法陣の役目を担っていたことに」
実際に上から確認してみなければ難しいのだが、棺桶の配置がちょうど魔法陣を描くように連なっていて、その魔法陣の中心に立ったクゼルが、皮肉にも発動条件を満たしてしまったのだ。
彼があの時感じた脱力感は、他ならぬ儀式の発動で奪われた魔力のせいだった。
そして彼は言う。部屋に入る時と、《サクリファイス》の名を口にした時に感じた異様で不気味な意思は、あそこに安置されていた『クピドゥス族』たちの意思だと。
魔力の強い者の侵入を感知した意思が、クゼルを上手く誘導して結果的に《サクリファイス》誕生を見事に成功させることになった。
「恐らくあそこには強い怨念が渦巻いていたのでしょうね。今考えると、普段の私とは違い思考能力や判断能力も何かに制御されていたような気がします。それが怨念の仕業にしたいという私の願望なのかもしれませんが、結局私は滅ぶ前の彼らが望んだ結果を生んでしまいました」
悲痛な面持ちで苦しそうに息を漏らすクゼル。
「何も知らなかったと……事故だったと言い訳もできますが、私の剣が使われ、しかも私があそこへ行ったせいで《サクリファイス》は生まれました。どう考えても私が悪いです」
誰もが何と声をかけていいのか迷っている最中、
「ウジウジするなみっともない」
リリィンが口を尖らせながらルビーのような赤い目で彼を睨みつけていた。
「リリィン……さん?」
「過去のことをグチグチと言う天才か貴様は! もう逃げ続けないと決めたのだろうが! だったら胸を張って問題に直面しろ! それとも後悔したままで終わるつもりか!」
ビシッと指をクゼルに突きつけて言い放つ。周りにいた微笑しているシウバ以外の者はキョトンとなって言葉を失っている。
少し間があって、呆気にとられていたクゼルの頬が緩められる。
「リリィンさんには敵いませんね。大丈夫です。ヒイロさんにも教えられました。私はもう逃げたりしません。ですからこうして自分の持っている知識を皆さんにお教えしているのです」
「フン、分かっているならそれでいい」
「ノフォフォ、良かったでございますねお嬢様」
そんな二人を見てアクウィナスは微かに笑みを浮かべたようだが、誰もその笑みには気づいていない。
そしてそんな彼はすぐに真面目な表情を浮かべて口を開く。
「ならその知識とやらを役立たせてもらおう。クゼル・ジオ、先代魔王がその《サクリファイス》を持っていることは間違いないのだな?」
「ええ、この目で確認しました。どのようにして【ベリアル海】から入手したのかは分かりませんが、アレも元々私の剣ですから間違うはずもありません」
「ふむ、《サクリファイス》の力を使って【シャンジュモン洞窟】の秘宝、《初代魔王の核》を手に入れた。俄かに信じがたいが、間違いないのだな?」
「ええ、恐らく先代魔王は自らの命を削り《初代魔王の核》が生み出す幻術を《サクリファイス》に食い破らせたはずです」
「そのようなこともできる《魔剣》……つまり先代魔王はかの《魔神・ネツァッファ》の一部である《サクリファイス》を手にしているということだ。これはマズイな……」
アクウィナスの言葉はイヴェアムとマリオネの頭を縦に揺らせた。彼女たちも事の大きさを理解しているようだ。
この世を破滅に導こうとしていた《魔神》の、一部とはいえその力を、世界に宣戦布告をしたアヴォロスが所持しているということは見逃せない重大事項だった。
その効果はすでに証明されている。誰もが手にできないとされていた《初代魔王の核》を手にした事実がそれを物語っている。しかもたかが剣一本でそれを成したことが恐ろしい。
魔王側の者たちが今後のことを憂いていると、
「一つ聞くが……」
リリィンが少し疑問に思ったことを口にする。
「《初代魔王の核》…………何故あのような場所に保管されていたのだ?」
そもそもリリィンには不可解なことがあった。何故《初代魔王の核》がいまだにこの世に存在しているのか。そして何故【シャンジュモン洞窟】に隠されていたのか。
かつてその強大な力を持った初代魔王アダムスは、己の死期を悟り信頼できる者に国を任せて放浪の旅に出た。どこか自分が死ぬに相応しい場所を探すためだと国の者には言っていたらしい。
無論誰もが反対した。
やることは無茶苦茶、剛毅で豪胆で、それでいて誰もの目を惹くほどの美貌を兼ね備えた女性。そんな彼女でも、【魔国・ハーオス】の建国者であり『魔人族』の導き手であった。
だから死ぬとしても、国でその寿命を全うしてほしいと考える者が多数。そう、皆は彼女に感謝していたのだ。
だが彼女が一度言ったことを決して曲げないと知っている者がほとんど。説得は全くの無意味だった。そして彼女は皆の目の前で、笑顔を振り向いて風のように国を出て行った。
その光景を見ていた者の一人の中にシャールゥという女性がいた。彼女こそアダムスが国を託した人物であり、紛れもなくアダムスの血を引いた娘であった。
――シャールゥ・リ・レイシス・レッドローズ。
そして、その娘がお腹を痛めてこの世に誕生させたのがリリィン・リ・レイシス・レッドローズだった。
母親であるシャールゥから、アダムスがどのような人物かは聞かされていた。そして、自分の持つ魔法がアダムスと同じ魔法だということも。
この世に同じユニーク魔法を持つ者はいない。つまり旅に出たアダムスはどこかで息絶えたということだ。リリィンはそう認識していた。
しかしこうして【魔国】の近くに存在する【シャンジュモン洞窟】にアダムスの第二の心臓とも呼ぶべき《核》が保管されているということは、少なくとも誰かがアダムスの死を見届けた可能性が高いということ。
そして今、クゼルを中心にして話し合っている中、その《初代魔王の核》が何故ここに保管されていたのか気になり魔王イヴェアムにその真意を確かめようとした。
「それは……実のところ私も詳しくは分からないのだ」
イヴェアムは申し訳なさそうに目を伏せる。
「分からないだと? 魔王を継いでいるのにか?」
「聞かされたのは、【シャンジュモン洞窟】に《初代魔王の核》が安置されているということ。そしてそれは生涯誰も手に入れることなどできないだろうということだった……マリオネはどうだ?」
「む? 私ですか? そうですな、あそこに《核》が隠されていることを知っているのは《クルーエル》でも私とアクウィナスだけです。そしてそのことを教えて下さったのは、陛下のお母君でありましたヴィンセント様です」
「お母様が? そうか……」
マリオネの意外な言葉に軽い衝撃を受けたようだ。
「ですが誰が、何のためにあのような場所に保管したのかは聞かされておりませんでした」
手掛かりは無いのかとリリィンが思った瞬間、
「そうだな、ここに居る者になら言っても構わないかもしれないな」
突如としてアクウィナスが口を開くが、その言動の意味に誰もが目を見開く。
「ア、アクウィナス……知ってるの?」
イヴェアムの問いに彼は小さく頷く。
「ああ、当然だ」
当然……? リリィンは怪訝な面持ちで彼を見つめる。そして次に彼が発した言葉で絶句する。
「何故ならあの場に《核》を保管したのは…………他でもないこの俺なのだからな」
時が凍ったかのように静寂が包まれる。誰かの息遣いだけリリィンの耳に入ってくる。何かを言わなければならないのだが、突然のことで頭が混乱する。
それもそのはずだ。何故ならば信じられないことを言ったのが、自分の兄なのだから……。
「ど、ど、どういうことなの?」
先に沈黙を破ったのはイヴェアムだった。彼女も驚いているのか口調が変わっている。
「そ、そうだアクウィナス! そのようなことは私にも話さなかったではないか! 一体どういうことなのだ!」
マリオネが怒気混じりの声音をアクウィナスにぶつける。彼にしてみれば同志である自分に、いや他ならぬ魔王に隠していたことに対して怒っているのかもしれない。
「それが……彼女の願いだったからだ」
「……ねが……い?」
ようやくリリィンは絞るように声を出した。アクウィナスはリリィンの目を見つめ、少しだけその目の奥の光が揺らいだのをリリィンは捉えた。
「……ああ、お前たちは知らないかもしれないがかつて【シャンジュモン】があった場所には山があった」
「山? 本当に?」
イヴェアムは知らなかったのか首を傾けて尋ねるが、アクウィナスは首肯する。
「ああ、【シャンジュモン山】と呼ばれていた」
「つまり今の【シャンジュモン洞窟】はそれの名残り?」
「そうだ、そしてその山にはある生物が住みついていた」
「生物……?」
「その生物は、アダムスの初めての友であり…………初めてその手で奪った命でもあった」
皆がギョッとなったように固まっている。だがそれには反応を示さずアクウィナスは続けた。
「アダムスはひょんなことから、その強力な魔力を暴走させてしまい、友に魔法をかけてしまうことになった」
「ま、魔法って……噂の《幻夢魔法》?」
イヴェアムもその名前を知っていたのか口にし、アクウィナスが頭を小さく縦に振り肯定を表す。
「ああ、暴走した魔法はアダムスにもどうすることもできなかった。友は正気を失い、まるで何かを恐れるように暴れ出した。その暴れようは山を崩すほどのものだった」
だから今では山はなくなりその名残として洞窟のように形成されている。尤もそうしたのはそこに住みついているモンスターの仕業が多分にある。
「何を言っても暴れることを止めない友。だがそれも長くは続かなかった。彼女の魔法の強大さにより、友は精神だけでなく肉体にも負荷を負い、そして…………命を落とした」
「そ、そんな……」
イヴェアムがそう呟いてしまうのも無理はないだろう。初めての友人を、故意でなかったとはいえ自らの力で殺してしまったアダムスのことを思うと自然とそうなる。
他の面々も眉をひそめ深刻気に表情を固めている。
「それから彼女は大いに苦しんだ。彼女にできることなど何一つ無かった。その生物はあまり自分のことを語らなかったのか、種族さえ詳しく知らなかったらしい。だがそれでもアダムスは友であるその者と一緒に遊ぶことを幸せに感じていた。だから友を殺した自分を責め苛んだ。そしてそこを友の墓標として大切に扱うことを彼女は決めた」
「墓標……」
イヴェアムも何と無しに口にしたのだろうが、気分が悪そうに顔をしかめている。
「だからこそ、アダムスは自分の死期を悟った時、死ぬ時はそこで死にたいと思っていた。だがその前に、その友がいつか見てみたいと言っていた世界を見て回ることに決めた。友の夢を持って、黄泉の国で会うためにな」
友が自分のせいで果たせなかった夢を、自らが背負い、あの世であった時、せめてもの償いとして世界のことを伝えたいとアダムスは思ったという。
「俺が彼女に会ったのは本当に偶然だった。ある日、国境警備に赴いた時のことだ。ふと海が見たくなってしまい、その感情のままに行動した。そこで彼女を……アダムスが浜辺で倒れているのを見つけた」
最初はアダムスだと分からなかったという。それほど彼女の外見は若々しさとは程遠い、力の無い糸が切れたようなか細い人形のような体躯だったらしい。
万人が見惚れるほど美しかった紅蓮の髪色も力強さを失い燻んでいた。しかし彼女にとってはアクウィナスがそこに登場したのは僥倖だったようだった。
彼女は彼にある場所へ連れて行ってほしいと頼んだ。無論アクウィナスは治療を施す方が先だと思ったが、自身の《魔眼》が手遅れと残酷に告げていた。それでも彼女が国へ帰れば喜ぶ者たちが山ほどいる。
そう言ってもアダムスは頑なに首を縦に振らなかった。ある場所、【シャンジュモン】へと連れて行ってほしいとそれだけを口にしていた。
最後の我が儘だからと……そう言って。
アクウィナスも彼女には恩義があった。面白い話も幾つも聞かせてもらい、戦闘訓練だって彼女に施してもらったこともある。
誰もが認めるそんな彼女を、アクウィナスもまた尊敬していたのだ。だから彼は決断した。彼女の望むままに行動することを。
そうして【シャンジュモン洞窟】へとやって来た二人は、洞窟の奥でしばらく会話をしていた。そこでアダムスの友の話も聞いたのだ。
どれだけの時間が経ったかは分からない。ただアクウィナスは彼女の見てきた話しを黙って聞いていただけだ。いや、彼女はアクウィナスに言い聞かせているというよりは、ここにいない誰かに伝えている様子だった。
それはきっと、彼女が誰のために世界を回ったのか聞けば一目瞭然だった。虚ろな表情で口を動かす彼女を静かに見守っていた。
しかし突然彼女が苦しそうに咳をする。するとその時だ、彼女の瞳にいつか見たことのある光が宿る。正気が戻ったのだ。
そしてその時に彼女にアクウィナスは頼まれた。
『ここをワタシの墓標にしてほしい』
彼女がここに執着する話を聞いたアクウィナスは否定などできなかった。必ずここは守り抜くと言うと、彼女は穏やかに、そして確かに嬉しそうに笑った。
静かに目を閉じた彼女が、それ以降再び目を開けることは無かった。
しばらく思いに耽るように死してなお幸せそうに微笑む彼女の亡骸を見つめていると、突然彼女の身体が光りで包まれ宙に浮く。
目を開けていられないほどの光が迸り、何が起こっているのかアクウィナスも戸惑う。そして光が消失し、目の前の光景を見たアクウィナスは言葉を失った。
そこには無限に広がった大地と、無数に青白い光の球が存在していた。それが彼女の《核》の力だということはすぐに分かった。
そして何故こんなことが起きたのかも……。
「彼女はただその場所を守りたかっただけだった。誰も近づけないよう、誰も壊せないように最後の魔法を《核》に託して逝ったのだ」
眠る二つの墓標を未来永劫守護するために……。




