149:クピドゥス族とは
今よりおよそ十年前、クゼル・ジオは魔界のある場所に自分の造り出した武器が眠っているという噂を聞いて向かっていた。
その理由は見つけた武器を回収して、二度と他の者の手に渡らないようにすることが目的だからだ。
自身が生み出した武器のせいで人は力を手にし、その力のせいで家族をも失ったことから、争いに繋がる存在を回収することで少しでも悲劇を防ごうとしていた。
クゼルが向かった場所は【ドア遺跡】と呼ばれている場所。
そこはかつてある種族が建立したと言われている建物が存在する所だった。
もう大分年月が過ぎほとんどが風化していたが、クゼルは触れば崩れるほどの岩壁に沿って歩き、スカスカになった建物の中をくまなく捜索していた。
するとクゼルの知覚に感じるものがあった。それは微かな異臭のようなものでもあり、また生き物の気配。そして何より自分が生み出した武器の存在を感じた。
感覚に従って歩いていると、それは一つの大きな石像へと導かれた。
そして驚いたことにその石像の下には、まるで秘匿されているかのように地下通路に繋がる階段を発見したのである。
そのままクゼルはその下から強く感じる武器の気配を追い向かう。だが足を踏み入れた直後、物凄いニオイがクゼルをこれ以上進ませることを渋らせた。
強烈な…………血のニオイ。
そして肉が腐ったような不快なニオイが鼻の粘膜を盛大に刺激した。本来なら一刻も早くこの場を去りたいと思うが、ここまで来た以上、武器だけは手にしないとと思い足を動かす。
中は土を掘って造られたような造りであり、まるで蟻の巣のように幾本も道筋が別れている。知らない者が入れば迷ってしまうこと間違い無しの広さと複雑さだった。
しかしクゼルは自身の感知能力のお蔭で迷うことなく歩を進めていく。段々と武器の気配が強くなり、ある穴に差し掛かったところで凄まじいほどの怖気が走る。
まるで背後から刃物を突きつけられているかのような感覚、自分の命を掴まれているような感覚が過ぎるが、それは一瞬ですぐに収まった。
気付けば尋常ではないほどの汗を全身から噴き出していた。敵意や殺意、いやそれだけでなく様々な意が入り混じった強烈な意思を向けられた。
しかしそれはもう今は感じなかった。一体何だったのかと思うほど、今はもうただ静寂が広がっているだけだった。
喉を鳴らしながら奇妙な感覚がまた襲ってくるのではと警戒しつつ穴の先へと進んだ。そこには驚くべきことに、棺桶のような形状をした物体が幾つも安置されている場所だった。
思わずクゼルは顔をしかめる。それは血のニオイと腐臭がさらに強くなったからだ。その場所は四角い造りであり、かなり広大な空間が広がっていた。そして夥しいほどの棺桶の数。
不自然に円を描くような形で棺桶が並び、その円の中にもぎっしりと棺桶が置かれているのでかなり奇妙な光景だった。
(何か意味でもあるのだろうか……?)
部屋の中心には人が歩くスペースがあり、真っ直ぐ部屋の突き当たりに向かって伸びている。その突き当たりには先程目にした石像を何倍も大きくしたような物体が壁に埋め込まれていた。
石像は大きな獣のような姿にも見え、また醜悪な顔をした人のようにも見える。
何とも不気味で、見ているだけで寒気が走る様相をしていた。そしてその石像を一通り見て、クゼルは大きく目を見開く。
何故ならその埋め込まれた巨大な石像の額に突き刺さっている剣に見覚えがあったからだ。それは間違いなくクゼルがかつて作り出した一振りの剣だった。
どうしてこんなところにあったのかは定かではないが、こうして見つかったことにホッと胸を撫で下ろす。
取りに行く途中、何かが崩れる音を耳にし慌ててそちらに視線を向ける。するとちょうど部屋の中心ほどに安置されてある棺桶の一つに異変を見つけた。どうやらその棺桶の蓋が風化し過ぎて崩れてしまったらしい。
自分がここに来て歩いている微弱な振動で崩れてしまったのだろうと勝手に解釈するクゼル。何気無くその棺桶の中を見ると、そこには目を見張るものが収められていた。
それは何者かのミイラ。炭化したように真っ黒なそれは、見ていて気分の良いものではない。
しかもミイラ化していて生前どんな種族だったのか常人には見分けはつかないものだった。しかしクゼルは、この遺跡に関すること、少しだけ知識があった。
(……これが『クピドゥス族』……)
それは今はもう絶滅したとされている謎の多い種族。文献にもほとんどその存在を示しておらず、長生きしているクゼルでも実際に会ったことも見たことも無かった。
この【ドア遺跡】を造った種族が彼らだということは知っていたが、何のためにこのようなものを造り上げ、そして何故ここでミイラ化しているのかなどはサッパリだったのだ。
(ん? これは……)
ふと目に入ったのは、そのミイラの頭の上に置かれてある紙束だ。こちらも年季を感じさせられるほど色褪せてはいたが、何とか完全に風化してはいなかったようだ。
興味をそそられたクゼルは一つ拝んでからその紙束を手に取る。
優しく扱いボロボロに崩れないように気を付ける。
そこには、彼らが祀ったとされる神の名と、その神が造り上げたとされる一振りの剣のことが書かれてあった。
「……《魔剣》……?」
そこには読み難いが確かにそう書かれてあった。そしてその《魔剣》の名前……。
「……《サクリファイス》……」
何気無く興味本位でそれに目を通し、また名前を口にしたことが失敗だった。
次の瞬間、またあの時感じた悍ましい意思を全身に感じる。同時に足元から眩い光が迸り、体に凄まじい脱力感が襲う。まるで何かに力を吸い取られているようだった。
「しまっ…………これはっ!?」
すると突然壁に埋め込まれている石像の口が動き、その中から無数の触手が伸び出てきた。
「なっ!?」
思わずその場から跳び退く。が、何故か触手は棺桶に向かって伸びていた。ほとんどの棺桶に触手を突き立てたと思ったら、一瞬にして中に入っているであろうミイラごと棺桶は灰化して散っていく。
灰化させ役目を終えたということか、触手は次々と他の棺桶を突き刺していく。
そしてクゼルにも襲い掛かって来る。
まずいと思い、その場から大きく後退すると、今度は触手はターゲットを失ったかのように戸惑いの様子を見せる。
(これは……ん?)
足元を見てみると、地面は光っていなかった。どうやら光は棺桶のある場所を覆うように光っているようで、その範囲でのみ触手は行動しているようだった。
(この光は一体……?)
その光景を呆然と眺めていた矢先、触手が今度は石像の額に刺さった剣を抜き、触手がその剣を包んでいく。まるで繭のようだ。
「一体何が……?」
解答を得ようと、紙に何か書いていないか目を通してみる。
そこには驚くべきことが書かれてあった。
それを目にしたクゼルは、このままではまずいと思い、腰に差してある刀に手をやり大地を蹴って瞬く間に石像の目前へと詰める。
そして口から出現している触手をその刀でバッサリと斬った。斬られた部分からは気味の悪い緑色の液体が散布される。
触手に支えられていた繭はそのまま地面へと落下する。
しかしその触手がまるで吸収されるように剣へと吸い込まれていく。いや、吸収というよりはその剣を覆い、形を変化させていっている。それにいつの間にか足元の光も消失していた。
「これは……っ!?」
自分が造ったはずの剣とは明らかに違う形状をした物体へと変わったことも驚いたが、それより驚いたのは、その剣の根元に不気味な目のようなものが姿を現したのだ。さらに、だ。
「ゲギャギャギャギャァァァァッ!」
もう何が何だかクゼルに分からなかった。突然剣からけたたましいほどの笑い声が轟く。また剣に生まれた瞳がギョロッとクゼルに向く。
「ホホウ、今度ハテメエガ使イ手カ……ズイブン貧相ソウダガ……マアイイ……」
そのガラスを爪で引っ掻くような不快感を感じさせるような笑い声と、低く恐怖心を煽るような話し声がクゼルに向けられている。
「サア、願イヲ聞コウ。テメエハ〝ナニ〟ヲ壊シタイ?」
この剣……いや、物体はこの世に存在してはならないものだと直感する。クゼルはそう感じてから行動は早かった。
懐から小刀を取り出すと、鞘から解き放ちそのまま身体の横で振る。
すると空間に切れ目が走り、それを見ていた剣も「アァ?」と不思議そうに声を発していた。
小刀を懐へ収めると、切れ目の入った空間に手を差し伸べる。すると驚いたことにズブズブと、まるで砂に手を埋めるような感覚で手を沈ませていく。
「何シテンダテメエ?」
その問いに答えず、クゼルは剣から目を離さずに空間に沈めた手だけを動かしている。まるで何かを探しているかのように。
「……あった」
ゆっくりとクゼルは手を引き抜いていく。
しかしその手には、真っ黒い鞘が握られていた。その鞘には鎖が巻かれていて物々しい雰囲気を放っていた。取り出した瞬間、空間の切れ目は綺麗に修復されていく。
「何ダァ?」
声だけ発する剣に、ゆっくり近づくと、強張った表情で見下ろすクゼル。
「……すまないね、私の子供よ。こんなことになるとは思ってもいなかったんです」
クゼルは悲痛な表情を浮かべると、そのまま鞘を剣に向かって落とした。
「オ、オイテメエ何ヲッ!?」
鞘に触れた瞬間、眩い光を放ちそして――。
――――――――そこには真っ黒な鞘に収まった剣が地面に落ちていた。
柄と鞘には頑丈に鎖が絡められていて、解放できないように処置されている。
それからクゼルはその剣を手に取り、その近くにある【ベリアル海】に入った。ここの海は誰も近づかないほど危険な場所だと聞いていたのでやって来たのだ。
クゼルはそのまま海に潜るが、思った以上の海流にあまり奥へは行けなかった。だがそれでも十分奥へと来れたと判断して、底の見えない海に静かに剣を手放した。
ゆっくりと、だが確実に海底へと沈んでいく剣を悲痛な面持ちで見つめながら、クゼルはその場を後にした。
本当は破壊できれば良かったが、下手に衝撃を加えると危険だと判断して誰も近づけない場所に封印することにしたのだ。
ここの海底には恐ろしいモンスターがウヨウヨといるのでたとえ剣の居場所を突き止めたとしても、取りに行けないだろうと踏んでのことだった。
(これでいいんです……アレは世に出してはいけないものです)
自分の生み出した剣が、そんな存在になってしまったことについては悲しかったが、それでも自分が後始末をつけられて良かったという思いもあった。
(できるなら、このまま未来永劫、海の中で眠っていてほしい)
陸地に上がったクゼルは手を合わせ、静かに黙祷していた。
※
クゼルの話を静かに聞いていた面々は、当然疑問に思うであろう《魔剣・サクリファイス》の詳細についてまずリリィンが聞いた。
「これを、見てください」
リリィンの問いを受け、クゼルは床に置いていた袋の中から、一冊の本を取り出した。机の上に置かれたそれを皆が見つめ眉をひそめる。
「何だそれは……?」
当然リリィンが解答を求めて尋ねる。
「これが、私が【ドア遺跡】で見つけた《サクリファイス》について書かれた古文書です」
「古文書? それが? ……見せてくれ」
「分かりました。しかし雑に扱わないで下さいね」
リリィンは本を受け取ると、表紙を捲る。すると小さく「なるほど」と溢す。
確かに見た目は本だったのだが、こうして見るとそれがクゼルが見つけた古文書の一枚一枚を丁寧に紙に貼りつけられていたまさしくファイルだった。
こうでもしなければ、ボロボロになって崩れてしまう恐れがあっただろう。クゼルはそれを恐れてファイルし保管していたようだ。
しかし最初のページからリリィンの顔が疑問符を浮かべたように歪められる。
「……読めん」
そこに書いてある字が全く解読できなかったのだ。無論所々に描かれてある絵については意味を拾うことはできるが、こうも何が書かれているか分からなければ理解することなどできなかった。
「リリィン殿、私にも見せてほしい」
イヴェアムがリリィンの傍にやって来ると、同時にその背後にアクウィナスとマリオネも追従してきた。
「……これは……」
イヴェアムも目を凝らすように細めるが、やはり知らない文字なのかジッと目線を落としたままだった。
「皆さんが読めないのも無理はありません。そこに使われている文字は現在【イデア】で一般的に使用されている《ラナリス文字》ではなく、《古代ユエグワン文字》。今ではもう失われた、大昔に使われていた文字ですから」
するとアクウィナスが静かに本を手に取り、ジッとその赤い双眸で見つめて、
「……確かにこれは《古代ユエグワン文字》だな」
「読めるのですか?」
さすがに驚きを隠せなかったのかクゼルがすぐさま問う。他の者もアクウィナスの返答を待って視線を送っている。
「ああ、少しだけだがな」
「フン、まあ無駄に長生きしているからなその男は」
リリィンが若干の不機嫌さを含めた言い方をするが、
「ノフォフォフォフォ! 長生きしていらっしゃるのはお嬢様も同じでございますが?」
「だ、黙れ! その言い方だとワタシの学が足りないみたいではないか!」
アクウィナスが知っているのに自分が知らないのでは、ただ単に知識として学んでいないこと。つまりアクウィナスに負けていると比較されたようでリリィンは心中穏やかではなかった。
「と、とりあえずクゼル殿、ここに【シャンジュモン洞窟】をあんなにした《サクリファイス》について書かれているのだな?」
イヴェアムが話しを戻し尋ねて、クゼルがそれに小さく顎を引いて答える。
「はい。最初私は初めて遺跡でそれを目にして驚愕……いえ、恐怖すら覚えました」
「恐怖……?」
「はい。まず皆さんが最もお聞きしたいであろう《魔剣・サクリファイス》の能力についてお教えしましょう」
アクウィナスから本を受け取ったクゼルは皆に見えるように机に置いて説明する。そして幾らかページを捲り、ある場所で手を止める。そこには禍々しい形をした剣の絵が描かれていた。
普通の剣ではなく、まるで地獄の炎の揺らめきをそのまま時を凍らせたような刺々しい形状。そして刃の根元にはクゼルの説明でもあった眼球が存在した。
「《魔剣・サクリファイス》には、使用者の生命力を対価としてあらゆるものを破壊する能力を持ちます」
「生命力を対価だと?」
リリィンが怪訝そうに眉を寄せる。
「はい、ここに置いての生命力とは一般的に理解されている体力ではなく、文字通り生命の力。言い換えれば寿命のようなものです」
「……つまり命そのものを削るということか?」
「その理解で間違いありません」
「そんな野蛮な剣があったのか……」
そこでイヴェアムが不思議に思ったのか、
「すまないクゼル殿、あらゆるものを破壊するということだが、少し漠然としていて掴めないのだが……」
「そうですね。簡単に言えば《サクリファイス》に与えた生命力に比例して、それこそこの世にあるものなら何でも……例えそれが《初代魔王の核》によって生み出された幻術の力でも……です」
「馬鹿なっ! そんなことはありえんぞ!」
怒鳴ったのはマリオネだ。
「《初代魔王の核》が生み出す幻術空間を看破できる者など、それこそ死んだ初代魔王だけだ。この私やアクウィナスでも歯が立たなかったのだぞ! それほど初代魔王の力は別格だった! たかが一振りの剣でかの力を破ることなどできはしまい! そ、それに『クピドゥス族』が何故そのような剣を生み出す必要があるのだ!」
その言葉だけで、あのプライドの高いマリオネがそこまで持ち上げるほどの人物の評価が窺い知れる。それだけ規格外な存在だったのだろう、初代魔王というのは。
「信じられないのも無理はありませんが私の言ったことは真実です。それにあなた方も初代魔王と『クピドゥス族』との関係を御存知ならば理解できるのでは?」
その言葉にマリオネはグッと口を噤み、理解が及んでいないのかイヴェアムは不思議そうにマリオネとアクウィナスの順番に目を向ける。
「その様子では、どうやら魔王様は御存知ないようですが、お話しても構いませんか?」
クゼルはアクウィナスに賛同を求めて視線を送る。しかし彼は小さく首を振ると、
「いや、両者の因縁については俺が話そう」
どうやらアクウィナス自身が語る腹づもりのようだ。皆の視線が彼に向かい、そしてアクウィナスは唇を震わせ始める。
「遥か昔、初代魔王と初めて名乗ったアダムスは、ある一族の素行に問題を感じていた。その一族の名は『クピドゥス族』。彼らは少数民族であり、他種族と全くといっていいほど関わりを持たない種族だった。大人しい、物静かな者たちだったのだ」
「それのどこが問題なのだ? 争いなどと無縁そうだし別段素行に問題があるとは思えないのだが……?」
イヴェアムはそう言うが、アクウィナスは目を閉じて続ける。
「そう、誰もがそう思っていた。だがただ一人、アダムスだけは彼らの存在に奇妙な違和感を覚えていた」
「違和感?」
「それはほんの細やかな、誰もが見逃すほどのものだった」
「……一体何が……?」
「彼らが他種族を見る時の目……その目を見たアダムスは、彼らの目に微かな妖光を感じ取った。それはまるで、見下すような、それでいて鷹が地に這うネズミを見るような捕食者のような目」
「そ、それって……」
「誰も彼らのその目に気が付かなかった。アダムスだけが微かにその違和感を感じて、以前話したが自ら生み出した《ヴァルキリア》たちに調査を命じた。すると驚くべきことが露見した」
イヴェアムはゴクリと喉を鳴らす。
「調査して見れば――――――彼らの手によって多くの同胞が殺されていた」
「なっ!?」
「それを知ったアダムスは、彼らが危険種族だと認定して本格的に彼らの動向を探ることにした。そこで知ったのは、彼らの種族特性と――――凶悪過ぎる思想」
「特性? 思想?」
「種族特性、それは彼らが好んで人肉を食らうという性質」
言葉の衝撃が予想外だったのかイヴェアムは口に手を当てて青褪める。
「また食らった獲物の特性を自身に取り込むことができるということ。そうして彼らは強い『魔人族』を食い、自身の存在を高めていった」
「そんな……同じ『魔人族』なのに……」
「何のためにそんなことをするのか……彼らは普通の『魔人族』が食すような食べ物も口にすることは知っていた。つまり生きるために仕方無く同胞を食っていたわけではなかったということ。そしてそれが、彼らの黒い思想に繋がっていく」
「そ、そうだ思想! 一体その思想とは何なんだ?」
イヴェアムも若干興奮を見せた表情を浮かべて問い質している。
「思想、それは――――――――――――神の復活だ」




