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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第五章 マタル・デウスの暗躍編

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135:新たな同志として

 いきなり話題を変え過ぎじゃないかと呆然となる。

 しかし相手は真剣な表情だ。ここで刀を見せる意味が、確かにあるのかもしれない。

 そう思い腰から鞘ごと《絶刀・ザンゲキ》を抜く。

 するとヒョコッと日色の肩に乗る影が現れ、


「おいお前! 《ザンゲキ》ちゃんに何かしたら許さねえかんな!」


 それはテンだった。彼は《ザンゲキ》と一体化しているので、刀に何かされると困ると思って忠告をしたようだ。


「……驚いた。あなたはもしかして『精霊』ですか?」

「へぇ~一目で見抜くなんてやるじゃねえか! ん? おいおい、お前まさか……」


 テンはジッとクゼルを見つめて目を凝らすように観察している。

 何かに気づいたのか……?

 日色もまたテンの様子が気になったが、彼はブツブツと何かを思い出すように呟いていた。


(他人の肩の上でブツブツ言わないでほしいが……)


 何を考えていたのか後で聞くことにして、視線をクゼルに戻した。


「…………えっ!? こ、これは………………な、なるほど……」


 テンの話を無視してクゼルは刀を抜いてまるで目で対話をしているかのようにジッと見据えている。

 端から見れば刀と話をする痛い奴にしか見えない。


「ああやって奴は自分の刀と語り合うことができるのだ」


 リリィンが疑問に答えてくれたが、やはりこの光景は怖いものがある。

 クゼルは様々な角度から《ザンゲキ》の存在を確かめるように目を動かしていく。

 最初は刀を見て驚愕に目を見張っていたが、次第に得心したような感じでフムフムと何度も頷いている。


「…………ふふ」

「何がおかしいんだ?」


 突然クゼルが笑ったので気になり声をかけると、クゼルは「いえ」とだけ言うと鞘に刀を納め返してくる。


「どうやらその子は、もう私の手を離れたようですね」

「……?」

「その子に言われちゃいました。今のマスターである君のこと、そして契約したテン殿のこと」

「あ、俺の名前……」


 名乗ってもいないのに分かったのは、刀に聞いたからだろう。本当に刀と語り合うことができるとは吃驚ものだった。


「それにしてもさすがに驚きました。まさか『精霊刀』にまで成長しているとは……いえ、これはもう成長というより進化ですね」

「ふふん参ったかぁ!」


 テンが自慢気に胸を張っている。


「それにこの造形…………とても美しい仕上がりです。腕を上げましたねザフは」

「それで? 刀と語り合って何を思った?」

「そうですね、久しぶりにその子と話せて嬉しかったです。いろいろ言われちゃいましたが」

「いろいろ?」

「何よりウィンカァのことについて……叱られちゃいましたよ。寂しい思いをさせちゃダメだってね」


 自嘲するように苦笑を浮かべる彼を皆は黙って見つめる。


「……まさかこのようなことになるとは思ってもみなかったのですがね」


 そう言いながらリリィンの顔を見つめる。


「《ザンゲキ》が教えてくれました。彼が何者なのか……そしてそんな彼を絶対的に信頼している意思も伝わりました。そしてそんな彼が……あなたの夢を応援していることも」

「当然だ! ヒイロはワタシの配下だからな!」

「冗談は寝言で言え」

「むっ! まだ貴様は立場というものを理解していないようだな」

「ぬかせ。オレには変態執事のように幼女の下僕になるつもりなどない」

「よ、幼女って言うなぁぁぁっ!」

「ノフォフォフォフォ! 素晴らしいものでございますよ! 幼女の下僕というのも! ノフォフォフォフォ!」


 まさにカオス状態に入りそうになっているのだが、


「……ふふ」


 微かな笑い声を上げたクゼルを日色とリリィンは睨みつける。


「「何がおかしいんだ?」」


 ハモッて脅すように言うが、受け流すかのように自然な態度をとるクゼル。


「いえ、ただリリィンさんがどうして諦めかけていた夢を再び追うようになったのか何となく分かっただけですよ」


 虫も殺さないような優しい微笑みを向けられ、気が散ったようにリリィンは鼻息を抜く。


「確かリリィンさんは彼のことを規格外と言ってましたね」


 そんなことを言っていたのか……というかリリィンという存在も間違いなく規格外だと思うが。


「それがどうした?」

「正直、会っても意見を変えるつもりは無かったんです」

「…………」

「あなたの言う【万民が楽しめる場所】を造ると言う理想。それはきっと儚い夢を追いかけるが如く、きっと手が届きそうなところで弾けて消えてしまうような、そんな夢……だからこそ、私は幾ら誘われても首を縦に振るつもりなどありませんでした」


 微笑を浮かべながら語る彼の話を誰も口を挟まずに耳を傾けている。


「今の世は、大昔と違い乱れ切っています。種族の違いから起こった確執や、利権や権力のためだけに争い、その争いに勝つために更に大きな力を求めていく。そして敗れた者は痛みで悲しみ、それが憎しみへと繋がって、争いはまた広がっていく。その争いに、自分の子供らが関わっていると知るだけで自責の念で胸が押し潰されそうでした」


 争いに勝つために力がいるのは自明の理。

 そしてその力に強い武器を求めるのもまた真実。その武器を生み出せる彼を追う権力者たちが、あの手この手を使い口説こうとしたことだろう。


「武器は飾るだけのものではありません。それは分かっていました。ただ私は、かけがえのない大切なものを守るために使ってほしかった……。ですが自分が愚かでした。そんな甘い理想は叶うはずもなかったのです。時代が時代です……それをよく分かっていませんでした。皮肉にもそれが分かったのが、大事な者たちが自分が生み出した武器で殺された後なのですから……だから私は姿を消すことにしました。もう二度と人を殺すための武器などを作らないと誓って……」


 彼が作った武器は、今もあちこちにあるだろう。

 そしてそれは戦争に利用され続けるに違いない。彼はそんな現実から目を背けているのだ。


「……弱音ばっかりだなアンタ」


 皆が押し黙っている中で、日色だけは冷ややかな目つきでそう言った。


「武器を作るのに理由なんて求めるからそうなる。そもそも、武器はどう扱おうとも戦うための道具だ」

「……はい」

「アンタがどんな思いで武器を作ろうが、結局は使う者が武器の価値を決める」

「……その通りです」

「結局アンタは、自分の武器で誰かが義に外れた行動をしていることが嫌なだけだろ?」

「…………」

「現実から目を背け、逃げ続けているだけだ。アンタの娘に関してもな」

「え?」

「何もかも、考えが甘いんだよ。コイツにも教えられたって言っただろ?」


 そう言って《ザンゲキ》を指差す。


「アンタは父親だ。何をしようが、どこに隠れようが、アンタがクゼル・ジオである限り、アイツの父親だ。父親なら、子供に寂しい思いをさせるな」

「……ヒイロさん」

「別に逃げること自体は悪くない。そうすることで見えることもある。だがな、一番悪いのは逃げ続けることだ」

「……っ!?」


 衝撃を受けたように大きく目を見開くクゼル。


「アンタが真にやるべきことは、こんなトコに引き籠ってることじゃないだろ? 大した力を持ってるのなら、それを行使してでも前に進んだらどうだ?」

「………………ふふ」

「何がおかしい?」

「あ、いえ。すみません。……先程も言いましたけど、本当は何を言われてもここから出るつもりなどありませんでした。私という存在が再び争いの火種になる恐れもありますので……」


 確かに彼の存在を知れば、特にルドルフ王などに知られれば、強引に拉致を画策してきてもおかしくはない。


「クゼル……」

「リリィンさん……やられましたよ」

「え?」

「……この少年の登場は意外でした。いえ、意外過ぎましたよ」

「だから言っただろう? コイツの存在は予想の斜め上をいくと」


 コイツと言われ指を差されたので日色は不愉快そうに眉をしかめる。


「ええ、全くその通りです。まさか彼が、我が娘と会い、しかもそのように進化した《ザンゲキ》を見せられるなんて、予想もしていませんでした。それに良い歳をした大人が、これほど反論もできないほどの説教を受けるとは……」


 クゼルは日色の目を見つめクスッと笑う。


「何故笑う?」

「いいえ…………一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「……答えられることならな」

「ありがとうございます」


 するとクゼルは正座をして背筋を伸ばす。

 思わず日色もその場に胡坐をかいて座った。二人はそのまま対面する形で顔を見合わせる。


「その子に……《ザンゲキ》にも聞きましたが、あなたを全面的に信頼しているようです。長い付き合いだと」


 それはそうだ。《ザンゲキ》というより《ツラヌキ》は言ってみれば日色の一番最初の仲間と言える。付き合いの長さは誰よりも上だろう。


「ですが、私は自分の生み出した武器を戦争になど使われたくありません。そのために世界に散らばったであろう私の子らを回収していました」


 それはリリィンにある程度聞かされているので承知していた。


「その《ザンゲキ》も、元は私が生み出した子供です。その子供を戦で使うのを止めてほしいと言ったらどうしますか?」

「それが質問か?」

「はい」


 ジッとクゼルの目を見つめる。真っ直ぐこちらを見る澄んだ瞳だった。生半可な答えではきっと納得しないであろうことは理解できた。


「……悪いがそれはできない」

「どうしてですか?」

「コイツはもうオレのものだ」

「…………」

「故に、誰かの意思を尊重するつもりはない」

「…………確かにその子は私の手を離れていると言いました。しかし武器は人を簡単に傷つけます。使い方を誤れば、容易に人の命を奪い、憎しみと悲しみ、そういった黒い感情を大いに生み出すことに繋がります。そしてそれは戦争の中では如実になります。それでもあなたはその子を振るうつもりですか?」

「当然だ。オレはオレの意思で敵を討つ。それに、別に武器は人を傷つけるためのものだけじゃないだろ?さっきも言ったが、要は使い手の心積もり次第だ。何かを守るためのもの、そう言ったのはアンタたぞ」

「…………これは一本とられましたね」

「少なくともオレは、コイツにいろいろ助けて貰ってる。オレの道を貫くためにな」

「あなたの道……ですか?」

「ああ、オレだって好き好んで人を斬るつもりはない。だがオレの道を邪魔するなら全力で押し通る」

「その結果、人が死んでもですか?」

「覚悟は、すでにある」


 瞬きを忘れたようにジッとクゼルの瞳を見返す。


「オレはオレの道を守るためにコイツを……《ザンゲキ》を振るうつもりだ」

「おう! 俺と《ザンゲキ》ちゃんとヒイロはずっと一緒だぜ!」


 テンがVサインをクゼルに見せる。どうでもいいが肩から下りて宣言してほしいものだ。

 すると思っていたことが伝わったのか、肩からピョンと下りると、


「それによあんちゃん、ヒイロは《ザンゲキ》ちゃんを悲しませるような戦いはぜってえしねえよ。それだけはこの俺、テン様が保障してやるっての!」


 勝手なことを言ってきたので――パコ!


「痛ってぇ! 何で殴んのさ!」

「横からいちいち出てくるな黄ザル」

「いいだろ! 《ザンゲキ》ちゃんは俺と一体化してんだぞ! つまり刀の話は俺の話さ!」


 ――パコ!


「だから殴んなってさぁ!」


 涙目で頭を手で擦りながら日色から距離を取るテン。


「いいから少し黙れ。それにお前が保障などしなくても、この刀がオレを信じる限りオレも信じ続けるだけだ」


 刹那、クゼルの目が開かれ、そして優しそうな笑みを宿した表情を浮かべる。


「なるほど、どうやら《ザンゲキ》は、良い主人を見つけたようですね」


 すると彼はそのまま体の向きをリリィンに向けて頭を静かに下げる。リリィンも最初は戸惑ったようにギョッとなったが、すぐに彼の行為の意味を理解したのか真面目な顔で相対した。


「リリィンさん、あなたの言う夢、微力ながら私も、その夢の一端を担わせて頂きましょう。いえ、手伝わせてください」

「……うむ。よろしく頼むぞクゼル!」


 リリィンが嬉しそうな笑顔を作り満足気に頷く。

 シウバもまた同様にシャモエと顔を合わせてリリィンと意思を疎通しているかのように頷き合っている。



     ※



 日色の来訪が思った通りの結果を導き出してくれてリリィンは心底満足だった。

 もう少し時間が掛かるかとも思ったが、リリィンすら予測していなかったクゼルの子供の話が出たりと、驚きにも包まれたが見事クゼルは首を縦に振ってくれる結果を手に入れることができた。


「宜しかったでございますねお嬢様」


 シウバが耳打ちするように言ってくる。


「うむ、まさか今日クゼルが折れるとは思わなかったがな」

「ノフォフォ、本当に我々の予想を悉く越えていかれるお方でございます」

「ああ、だが少し問題がある……」


 それはクゼルが夢を支えてくれる一端を担う約束をしてくれたのはいいが、幾ら変装をしたとしてもクゼルがそう簡単に外へと出て行くことに不安がある。

 もし彼を知っている誰かに正体を見破られると、余計な問題が浮上してくる可能性が高いからだ。

 そしてクゼルもまたそのことを気にしているのか、


「一つ、障害があるのですがよろしいでしょうか?」


 無論その障害とは先程リリィンが抱えていた問題だった。


「変装も確かに得意ですが、ふとした時にバレてしまう可能性だってあります。しかし夢をお手伝いをすると決めた以上は、この場にいつまでもいるわけには参りません。どうするべきか……」


 皆がその問題の解決法を思案し頭を悩ませていた時、


「そんなものどうとでもなるだろ?」


 日色が淡々とした様子で言葉を発したので、悩んでいた彼らは呆気にとられて固まっていた。

 しかしリリィンが思いついたようにハッとなると、


「そ、そうだ! その通りだ! こっちには論外過ぎる反則魔法の使い手がいるではないか!」


 とは言うが、リリィン自身も十分に反則魔法の持ち主には違いないのだが、そこを突っ込む者は誰もいなかった。


「あ、いやちょっと待てよ……ヒイロ、貴様はその……やってくれるのか?」

「……別に構わないぞ。それにアイツにも借りがあったからな。ここでそれを返しておく」


 アイツというのはクゼルの娘であるウィンカァのことである。どんな貸し借りが二人の間にあったのか分からないが、日色が納得している借りだということはそれなりに大きなものなのだろう。


「そうだな……ここは魔界だし、『魔人族』にしておくか」


 日色がそう言いながらクゼルに視線を向けるが、


「え? えっと……何をしようと……?」


 当然他の者がこれから日色がすることに気づいてもクゼルには理解できないだろう。


「クゼル」

「リリィンさん……」

「いいから動かずにジッとしていろ。面白いことが起こるからな」


 子供が何かを企むように口角を上げる。しかし彼は不安気に視線をシウバに向ける。まるで助けを求める小動物のような顔つきだった。


「ノフォフォフォフォ! 大丈夫でございますよ! すぐに済みますから!」

「あ、あの、できれば説明を!」

「フッ、貴様たち、奴を抑えよ!」


 リリィンが指先をクゼルに向けると、


「え? あ、あのあなたたち何を!?」


 彼が逃げないように左腕をニッキ、右腕をミカヅキ、そして羽交い絞めをするのはカミュだ。


「やれっ! ヒイロ!」

「……何もこんなに大げさにする必要はないと思うが……まあ、それじゃ」


 日色は『変化』という文字を書いて、それをクゼルに向ける。


「え……あの……一体それは……」


 クゼルの戸惑いを無視して文字を放出。そして彼の額にピタッと張り付く。

 すると彼を暖かな青白い光が包む。

 それほど時間はかからず光は次第に薄まっていき、その光の中からは――。


「うむ、見事な『魔人族』だなクゼルよ! クハハハハ!」

「え? え? えっと……?」

「これをクゼル殿」


 シウバは困惑に挙動不審状態になっている彼に手鏡を手渡す。彼も何が何だか分からず、とりあえず手に取り、恐る恐る自分の顔を確かめていく。


「…………はい?」


 ………………………………

 …………………………

 ……………………

 ………………


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 そこに映っていたのは、薄紫の髪色に耳が尖り浅黒く肌が変色。

 額から小さな角が三つも生えている『魔人族』の姿だった。

 美しかった黄色い髪や、その上にピョコンと位置していた獣耳、そして臀部にあったフワフワ毛を宿していた尻尾の存在は見事に消失していた。


「クハハハハ! 存外似合うではないかクゼルよ!」

「ええ、もうどこから見ても立派な『魔人族』ですな!」


 リリィンとシウバは楽しそうに笑みを浮かべているが、依然現況を把握できずにクゼルは固まっている。


「……こ、これはまさか…………ユニーク魔法……ですか?」

「ほほう、やはり分かったか。まあ、詳しく聞きたければヒイロにでも聞くがいい。素直に答えるとは思えんがな!」


 クゼルは彼女の言葉通り日色に顔を向ける。


「ん? とりあえずその姿はたとえ魔法無効化されても元に戻ることはないから安心しろ。元に戻る時はオレが解除するから言えばいい」

「え、えっと……わ、分かりました」


 クゼルもとりあえずは、これで外に出ても問題が無いことを知って、安堵することにしたようだった。



     ※



 城へ戻った日色たちだが、その中には新たな仲間であるクゼルの姿は無かった。

 彼が言うには、【シャンジュモン洞窟】に作った住処を片づける必要があるので、しばらく時間がほしいとのこと。

 リリィンも別段急いでいるわけではないので、身辺の整理が終わったら城へと顔を出すように言っておいた。


 その旨を魔王であるイヴェアムに伝え、クゼルがやって来たら日色たちにあてがわれている部屋へ案内してくれるように頼んでおいた。


 リリィンは上手く事が運んだのでかなり上機嫌で城へと帰還していた。

 それはそうだろう。自分だけでは恐らく不可能だったクゼルの勧誘を、たった一日で成すことができたのだから言うことはないはずだ。

 シウバに酒を用意させ、グビグビと浴びるほど飲む幼女は、何ともシュールなものだったが、その後にパタリと眠ってしまった彼女を見てやはり見た目通りに子供だなと思った。


 翌日、頭が痛いからと魔法をねだってくる幼女の要求を無論二つ返事で断り、日色はある場所へと向かう用事ができたとシウバに言う。


「どちらへ行かれるのでございますか?」

「ああ、ちょっと【獣王国】にな」


 シウバは少し驚いた様子を見せたが、詳しいことは何も聞かず静かに送り出してくれた。余計な詮索をしないという点では、シウバはかなり優秀な人材と言える。

 ミカヅキとニッキは、シャモエと一緒に街に買い物に出かけた。

 リリィンは二日酔いでぶっ倒れて、その看病でシウバは拘束。故に今自由に動けるのは日色とカミュ、そしてテンの三人……いや二人と一匹だった。


 テンはともかく、カミュは留守番していろと言ったが、頑なについて行くというので仕方無く同行を許可した。

 そのまま魔王イヴェアムの元へ行くと、彼女は執務室でアクウィナスと話をしているとのこと。


 扉の前に侍女に案内されて、彼女がノックをして日色が来たことを知らせる。中から入室を許可する声が届き、日色とカミュ、そしてテンは部屋内に入って行く。


「どうしたヒイロ? 先程のクゼルという者の件ならシウバ殿からすでに窺っているが?」


 そう言うイヴェアムの顔を久しぶりに見た。どこか疲れが見え隠れしている。

 今は獣人との《恒久同盟》を進めている段階のはずだ。一応口約束的には決闘の場で得ることはしたが、互いの国を行き来して、同盟に関する政治的な問題などに対処しているはずだ。


 その問題に彼女は慌ただしく日々を過ごしており、ほとんど寝る間もなく仕事をしていると聞いた。

 気丈に振る舞ってはいるが、薄い化粧の下にはやはり完全には疲労を隠し切れていなかった。

 しかし今が大事な時期なのも確かだ。『魔人族』の政治に関わるつもりもないし、部外者である自分が口を出すようなことでもない。

 だからそのまま見て見ぬ振りをして、本懐を告げることにする。


「その話じゃない。しばらくオレらは【獣人国】へ行ってくる」

「……そうなのか? 何しに……って聞いても教えてはくれないのだろうな」


 日色の性格を理解しているのか、返事を見越して聞くのを諦めたように肩を竦めている。


(オレってそこまで秘密主義者だと思われてるのか?)


 そう簡単に先読みされて諦められるのは、こちらとしては余計な手間が無くなり助かることもあるが、どこか釈然としないものも感じる。


「いや、一応ここに世話になってるんだ。それに自分の立場も少しは理解してる。だから行く理由くらいは言うぞ? まあ、大した理由じゃないが」


 日色たちは今、魔王城にある大部屋を借りて生活している。

 無論イヴェアムから是非と言われたからに他ならないのだが、毎日ムースンの作る美味な食事や風呂なども堪能させてもらっていることから感謝を覚えていないわけではないのだ。


 それに幾ら政治には関与しないといっても、自分は決闘で『魔人族』を勝利に導いた立役者であり、英雄ともてはやされていることも理解している。

 そんな自分がたとえ同盟国でも違う国へと行くのだから、その理由くらいは言うのが筋だとは思っているのだ。


「そ、そうなのか?」


 意外そうに何度も瞬きをして目を見張るイヴェアム。隣にいるアクウィナスは相変わらず一切の動揺を見せてはいないが。


「ああ、行く面子はここにいる二人と一匹だ」

「おいヒイロ! 俺も一人って数えてくれっての!」


 日色の肩に乗っているテンが突然喋ったのでイヴェアムはキョトンとしている。

 そう言えば彼女に精霊と契約したことは言ってなかった。


「な、な、何なのその動物?」


 当然イヴェアムは吃驚してしまっているが、


「…………精霊だな。ヒイロ、もしかして契約したのか?」


 さすがのアクウィナス。一目で精霊と見極めたばかりか、契約したことまで見抜いてきた。


「まあな。コイツは黄ザルのテンだ」

「いや、そんな二つ名で呼ぶのはお前だけだし!」

「何を言う。呼びやすいだろうが、黄ザル」

「…………もう、それでいいや。よろしくな、魔王ちゃんたち……」


 日色の頑なに崩さない姿勢に反抗する意味が無いことに気づいたのかガックリと肩を落としながらも挨拶だけはした。


「け、契約って……ヒイロはどこまで……いや、もう何も言わない方がいいかも……。そ、それで? 向こうへ行く理由だが……」

「実は鍛冶師の件だ」

「ああ、クゼルという者の?」

「そうだ。その鍛冶師に会ったら、伝えてほしいと言われててな」

「……誰にだ?」

「元旅仲間だ」

「……ああ」


 イヴェアムは、決闘の場で日色と仲良くしていたアノールドたちのことを思い浮かべたのか頷いている。


「そうか、伝えるだけか?」

「……いや、そうだな。ちょうどいいから獣王に一つ、借りを返してもらおうか。聞いてもらえるとは思えん話でもあるが……」

「…………む、無茶はしないでよ?」


 咄嗟に口調が変わるイヴェアムだが、


「するわけないだろ? オレを何だと思ってやがる」


 実際に日色の規格外ぶりを知っているからこその忠告なのだろうが、自覚の無い日色に対し、イヴェアムは溜め息を吐くことしかできなかったみたいだ。


「だがヒイロ、今向こうは大変なことになっているのは知っているか?」

「大変なこと?」


 彼女から【獣王国・パシオン】が、二人の黒衣の人物に襲われたことを教えてもらった。

 そしてその人物たちは、恐らくアヴォロスの手の者だということも……。


「なるほどな。いろいろ動き出してるってわけかあのテンプレ魔王は」

「テ、テンプレ……? ま、まあとにかく向こうはそんな状況だから、あまり下手な行動をとらない方がいいかもしれん」


 確かにそんなことがあったのなら、今【パシオン】はピリピリしているだろう。少しの刺激でも過剰に反応してくるかもしれない。


「ま、まあヒイロのことは向こうの兵士たちも知っているから大事にはならないかもしれないが、それでもな……何せ国を襲ったのは獣人と……人間らしいから」

「人間?」

「ああ、だから同じ『人間族』であるヒイロも、良い顔はされないだろうしな。行くならできれば魔法で変化した方が良いだろう」

「……なるほどな、情報感謝するぞ魔王」

「ああ。まあお前のことだから心配は無さそうだが、それでも気を付けてな」


 小さく頷きを返し踵を返そうとした時、イヴェアムから明らかに溜め息が漏れた。

 それは年頃の娘が出すようなものではなく、まるで仕事に追われストレスを溜めた中年オヤジのそれのように感じた。

 ピタリと足を止めた日色はササッと軽く文字を書くと、そのままイヴェアムに文字を放つ。

 アクウィナスは最初から気づいていたのか止めようとせずにただ黙って見ているだけだった。



     ※



「えっ!? な、なに?」


 自分に魔力の塊が命中し慌てるイヴェアム。目の前には指先を突きつけている日色の姿があった。

 これは彼の仕業だと判断した瞬間、身体を優しい光が包む。

 すると全身に心地良い感覚が過ぎる。

 冷えた身体に温かいスープを飲んだ時のような、身体の奥からジワジワッと熱が広がっていく感覚。

 その穏やかな熱が全身に行き渡り、まるで夢の中にいるような浮遊感を感じた。 

 そこは春の陽気に当てられ、気持ちの良い風に包まれているかのようだ。

 周りでは動物たちが幸せそうに野を駆け巡り、空は一寸の曇りも無い晴れ晴れとした天を表していた。


(何だろう……とても気持ちいいわ……)


 光に包まれながら、イヴェアムの意識は静かにホワイトアウトしていった。



      ※



「感謝するぞヒイロ」


 アクウィナスが机に伏して眠っているイヴェアムを見ながら声を発した。


「我々が休めと言っても聞かず、ずっと働き詰めだったからな」

「そうだろうな。化粧でも誤魔化せていないぞ、目の下の隈」

「……確かに今は様々な問題が浮上し大事な時期だが、体を壊されても迷惑だったところだ」

「気にするな。さっきの情報の対価としてくれてやっただけだ」

「フッ、そういうことにしておこう」


 日色の『快眠』の文字で気持ち良さそうに眠っているイヴェアムを、優しい目で見つめているアクウィナス。それはまるで父親が娘に向けるもののような感じがした。


「アンタも、王を支えるんだろ? だったら倒れないように躾けるんだな。無茶までならいいが、度を越えて無理をさせるようじゃ、側近としては失格だぞ?」

「……耳が痛いな」


 日色はもう用がなくなったと言わんばかりに、今度こそ部屋から出て行こうとする。


「ヒイロ、感謝する」

「……二度も言うな」


 パタンと扉が閉まり、室内にはアクウィナスと寝息を立てている少女一人になった。


「アイツは認めないだろうが、もうすでにお前は『魔人族』にとってかけがえのない存在になっている……いや、この眠り姫にとっても……だな」


 静かな呟きが室内に響くが、それは寂しいものではなく、優しく温かいものを含んだ声音だった。







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