122:アヴォロスと占い師
オーノウスに《太赤纏》の訓練法を教えてもらう約束を得た日色だったが、今オーノウスは国政関係でアチコチを飛び回っている立場にあり多忙を極めているとのことなので、なかなか個人的に教授できる時間が取れないらしい。
仕方無く彼に落ち着いた時間が取れるまでは自主的に巻物を見て学ぶしかなかった。
しかし改めて巻物に書かれてある内容を見てみると、ほとんどが絵で描かれてあり、オーノウスしか分からないであろう言語で説明が書かれている。
そこで普通の者ならオーノウスに聞けるまで待つのかもしれないが、日色には便利な《文字魔法》がある。『解明』という文字を使って、何が書かれてあるのか暗号化されている文字を読み解いていく。
これでもしかしたらオーノウスに聞かなくても大丈夫かと思ったが、そんなに甘くなかった。
一応書かれている文字は読めるようになったのだが、何とも読解が難解というか、あまりも抽象的で精神論的な説明だったため理解に苦しむ。
例えば一番最初に書かれている《赤気》の生成方法について、これは日色にはもうできているので必要無いのだが、そこにはこう書かれてあった。
『自分の生気と魔力をグルグルさせてギュッとする。注意するのは気を抜かないこと。もし気を抜くとバチッとなり元に戻る。コツはダラリと力を抜いてグルグルしている間はピンと背筋を伸ばす』
…………子供か!
一番最初に思ったことはそれだった。擬音というか、抽象的表現が多過ぎて全く真意を読み取れないのだ。まるで子供が書いたかのような説明文だった。
(あの顔でこの文章力はギャップがあり過ぎるだろ……)
精悍な狼の顔をした獣イケメンのオーノウスを思い嘆息してしまった。礼儀や立ち居振る舞いは問題無いし、人当たりも良い。それなのに何て残念な欠点だ。
「これはアレだな。下手に解釈しない方がいいかもしれんな」
他のもこんなふうに書かれてはいるのだが、何となく伝えたいことは分かるのだ。だがそれを実行しようにも、間違っていたら意味が無いので、結局はオーノウスに聞く必要があるということである。
日色は部屋で巻物を開き溜め息を漏らしていると、そこへニッキとカミュがやって来た。
二人はどうやら意気投合したようで、暇があれば手合せしたり、ミカヅキも交えて外へ遊びに行ったりしているらしい。
「師匠、その巻物読めたのですかな?」
彼らにも巻物のことは言ってある。
リリィンなどは「今の強さに満足せずに向上心を持つとは、さすがはワタシの配下だ!」と喜んでいたが、ニッキとカミュは巻物の内容に興味を持った。
しかし読めないことを説明すると、ガックリと肩を落とす。
カミュはともかく、ニッキはまだまだ普通の魔力コントロールでさえ覚束無いのに《赤気》などもってのほかだと言うと、さらに落ち込んだ。そんな彼女を慰めるカミュを見ていると、二人は兄妹……姉妹に見えた。
ニッキの問いに対して、読むことはできたが理解できないと言うと、
「むむむ、やはりオーノウス殿に聞かれた方が良いということですかな?」
彼女の言う通りそれが最も効率が良いのだが、今オーノウスは【獣王国・パシオン】に行っている。
彼は獣人の血を引いていて、獣人界出身ということもあり、『魔人族』の使者として務めを果たしているらしい。
故に彼が帰ってくるまでは、《フォルトゥナ大図書館》で時間を潰そうかと考えていた。
「そういや赤ロリたちは帰って来たか?」
今リリィンは、シウバとシャモエ、それにミカヅキの三人を伴って彼女の所用に付き合わせて国外へ出ている。
どうせ日色は図書館の本を読んで満足するまで国にいるのだから、その間に自分のするべきことをすると言って出て行った。
まあこの国に来た彼女の目的がそもそも、この国の近くにある知り合いと会うことだし、今回もその知り合いに会いに行ったとのことだ。
「まだですぞ!」
「そうか」
「……ヒイロ……暇?」
それまで置物のように動かなかったカミュが口を開く。
「暇じゃない。まだ読んでいない本が…………アレだけある」
日色はイヴェアムにあてがわれた部屋で暮らしているのだが、そのベッドに座り左手の方に視線を向ける。そこには五、六冊積み重なった本がある。
一応これも《深度5》の本なのだが、イヴェアムに一度見せて持ち出しの許可を取っているものなので大丈夫だ。それでも禁書の一部でもあるので、他人には見せないようには言われていた。
だから一応『禁読』と書いた文字を一冊一冊に発動させて読めなくさせている。
もし誰かが持ち運んでも、自分の魔力を辿ればどこにあるかは感知できるのでイヴェアムも許可を出しているのだ。
これは圧倒的信頼感から成せることだろう。しかしそれでも一応本を置いて外出する時はイヴェアムに一言言う必要はあるのだが。
「街……行こ?」
「街? 何しに?」
「たまには……ヒイロとゆっくり見て回りたい」
どうやら散歩の勧誘を受けているようだが、隣にいるニッキもこちらの返答に期待してワクワクしている。
「……面倒だ。散歩なら二人で行ってくればいいだろうが」
ニッキは一見して分かるように意気消沈する。だがカミュは相変わらずの無表情で、
「ヒイロと……行きたい」
「いや、だからオレは本を……」
「行きたい……ね?」
「そ、そうですぞ!」
カミュはニッキを味方に加えて迫ってくる。二人の純真な瞳がこちらを追い詰めてくる。
「…………ダメ?」
「う~師匠~」
二人は意固地になっているのか、諦めずに食いついてくる。このままでは本もゆっくり読めないと判断する。
それにもうすぐ夕食だが、たまには街で食べるのもいいかもしれないと思った。最近新商品を仕入れた食べ物屋があると噂に聞く。
ここ毎日、城のコックであるムースンの作った料理を堪能させてもらってはいるが、気分を変えて外で食事も良いかもしれない。
広げていた巻物を閉じて懐へと収めるとベッドから下りる。
「行くのはいいが、迷子になっても探さんぞ」
「……うん!」
「やったぁですぞぉ!」
二人は本懐を遂げたような勢いで嬉しそうに破顔した。
※
薄暗い洞窟の中、だがそこは異様な青い光が周囲を照らしている。
光の原因は四つの青い巨石だった。植物が持つ根っこのようなものが石を絡み包んでいる。その石から洞窟内を照らす青い光が放たれていた。
そして洞窟に相応しいとは思えないものがちょうどその空間の中心ほどにある。
それは王が座るような玉座である。そこに座っている一人の少年が、思い立ったように立ち上がると、隣に控えていた白髪の女性が声をかけた。
「どうされたのですかアヴォロス陛下?」
少年の名はアヴォロスといい、元魔王という肩書を持っている。
先日『魔人族』と『獣人族』が決闘して、結果的に同盟を結んだことを知り、それを成した妹であるイヴェアムに激励の言葉と、ある宣言をするために彼女たちの前に現れたのだ。
「うん、ちょっと出かけてくるよ」
女性の名はヴァルキリアといい、アヴォロスには05号と呼ばれている。
「お供致しますか?」
「ううん、けど転移するからイシュカを連れて行くね」
「分かりました。お気を付け下さい」
「大丈夫だよ。懐かしい……友人に会ってくるだけだから」
05号は恭しく頭を下げると、それに応えるように片手を上げるとその場から去って行った。
※
ここは【ヴィクトリアス】。『人間族』の王国である。
居住区のとある場所、隠れるような隅角にポツンと小さな小屋のような家があった。決して望んで住みたいと思わないほど小さな、そしてかなり年季の入った建物である。
周囲も草が生い茂り、もう何年も手入れなどされていないことは一目瞭然だ。まるで廃屋。そんな小屋に一人の老婆が住んでいる。
彼女は街の大通りで占いが終わると、食糧を買い込んで小屋へと戻るのだ。
そこでひっそりと時間を過ごすのだが……。
いつものように買ってきたパンを食器に乗せて、グラスにミルクを注ぎ込み、ギシギシと音の鳴る椅子に腰かけると。
「こんな所にいたなんてね」
子供のような甲高い声が背後から聞こえ、ハッとなって振り向く。そこには声だけで感じた通り子供が立っていた。
しかし老婆はこれ以上開かないというくらい目を見張り硬直していた。
「ずいぶん探したよ。まさか人間王のお膝元にいるなんて思わなかったけど」
老婆は諦めたように目を閉じて軽く息を吐き出す。そしてゆっくりと目を開け言葉を絞り出す。
「よくここが分かったもんさねぇ…………アヴォロスや?」
彼が元魔王アヴォロスだということは承知している。そしてここにやって来た目的も大よそ見当はついていた。
老婆がアヴォロスの背後に付き従っている黒衣のローブの存在を確認する。
「それが今のお前さんの駒かい?」
部下とは言わない。この男が人を駒のようにしか扱えないことは百も承知だからだ。
すると彼は楽しそうに笑うと、
「紹介しようかい?」
うんざりするほど胡散臭いその笑顔。もう見たくなどないと思っていたが、ここで捕まったのなら下手に動かない方が身のためだと老婆は考える。
「いいや、そんなことより要件を言ったらどうだい?」
「フフフ、相変わらずせっかちだね。こうして久しぶりに会えたんじゃないか。昔話に花でも咲かせようとは思わないのかい?」
「そんな話をしに来たのかい?」
「…………ちぇ、ユーモアが分からないのは頂けないねぇ」
大げさに肩を竦ませて溜め息を吐くアヴォロス。そして彼はもう一度確かめるように周囲を見回す。
「しかし、《先見》のアリシャともあろう者が、よもやこんなむさ苦しい所に隠れ住んでいるとはね……」
「その名で呼ぶでないさね。もう使ってはおらん」
「……そうか、そうだね。今はこう名乗ってるんだったんだね………………マルキス・ブルーノート」
「…………」
「それにしても、君が書いた本、アレは何だい? 余も一応目を通したけど……何の冗談だい?」
それまで感じなかった殺気が、まるで針のように全身を刺してくる。思わずゴクリと喉が鳴るが、フッと殺気が止む。
「おっと、ごめんごめん。つい……ね。だってあの本、とても酷いよね。まるで主人公を馬鹿にしたような書き方だ」
「…………」
「君が何のつもりでアレを書いたのかは分からないけど、他にもいろいろ書いてるよね? いつから君は部外者になったんだい? あの事を知っている確かな生き残りのはずなのに」
アヴォロスの目が細められる。まるで獲物を追い詰めて、後は狩るだけという意思が伝わってくる。
「……別に部外者を気取っとるわけではないさね」
「へぇ」
「あの事を知っているからこそ、ワシはペンを手に取っただけの話さね」
「何の意図があって?」
「話すとでも?」
「黙っていられるとでも?」
またもアヴォロスから息詰まるような殺意が飛んでくる。思わず腰が引けるようになるが、負けじとガッシリと足で床を掴む。
しばらく睨み合いが続き、アヴォロスは呆れたように頭を横に振る。
「やれやれ、強情なのは昔とちっとも変らないか」
「それはコッチのセリフさね。こんな老婆に向ける魔圧ではないさね」
「アハハ! 何を言ってるのさ! 老婆なのは見た目だけだろうに」
「…………」
「いつまでそんな醜い姿をしているのさ。それにその喋り方も。それとも今更恥ずかしくて素顔を見せられないのかい?」
マルキスはジッとアヴォロスを見つめると、観念したように目を閉じる。
そして懐から何かを取り出して口に含んだ。すると驚いたことに、シワシワだった肌から艶のある瑞々しい肌へと変化していく。
白髪だった髪の毛も生気を取り戻していくかのごとく、美しいダークブルーを備えた色へと変色していった。身長もすらりと伸びていき、スタイル抜群の女性がそこに現れたのである。
若返り、と一言では表せないほどの変わり様だった。老婆だった先程の姿からは想像もできないほどの美貌と若さを兼ね備えたポニーテール美人が誕生した。
そんなマルキスを満足気に見ているアヴォロスは、パチパチと手を叩く。
「うんうん、やはり君はその姿じゃないとね。それでこそだ」
「…………」
「それでこそ、かつてアイツと余が一目を置いた女性だね」
「……言っておくけど、求婚はお断りよ」
透き通るような美声が室内に響く。
「いやいや、今更そんなことしないよ。だって幾ら外見が若いからって、君も立派なお婆ちゃんだからね。余は若い娘が好きだし」
「あら、女性に向かってお婆ちゃんなんて言う人が若い娘を捕まえられるとでも思ってるのかしら?」
「ん~こう見えても結構モテるんだよ? 知ってるでしょ?」
「貴方こそ外見だけでしょうが」
「アハハ! 痛いとこ突かれたなぁ~」
アヴォロスは外見だけなら老若男女を惹きつける魅力はあるのだ。しかし性格が見事に破綻している。
「さてマルキス……要件を伝えようか。余とともに来てほしい」
「お断りよ」
「アハハ! 断られるとは思ったけど、少しは考えてくれることを期待したのに」
「たとえ殺されても貴方とともにあることなどできないわ。それは昔言ったはずよ?」
「…………」
「貴方があの望みを叶えたいと言う限り、私は賛同することはできないわ」
キリッとした表情でマルキスは言い放つ。するとアヴォロスは笑みを崩し、真面目な顔で口を動かす。
「どうしてもかい?」
「ええ、どうしてもよ」
「納得できるのかい? こんな世界でも……君は」
「もう二度と悲劇は繰り返したくないのよ」
マルキスの決意を感じたのか、アヴォロスは「そう……」と言うと、少しだけ表情に陰りを見せた。
「私は私なりにできることをするわ。それが……償いでもあるから」
「…………たとえここで殺されても……かい?」
「ええ」
「ならこの国全ての命を天秤に掛けると言ったら?」
ここにいる国民全員が人質だと、冷酷な笑みを浮かべて言葉を投げかけてくる。しかしマルキスは少しも動揺は見せない。
「それでもよ」
意思は揺るがない。
「………………はぁ」
するとアヴォロスは何を思ったか、急に踵を返し部屋を出て行こうとする。
本当にこのまま国民を始末しに行くのかと、さすがに顔を強張らせたマルキスだったが、
「……これから戦争を始める」
「……え?」
ピタリと足を止めて急に何を言い出したのかと思いキョトンとなるマルキス。
「世界全土を巻き込んだ戦争をね」
「あ、貴方やはりまだ……っ!」
アヴォロスは背中を向けたまま語る。
「憶えておくといいよマルキス……いや、アリシャ」
「……?」
「世界は必ず余が手に入れる」
「……アヴォロス」
そして再び足を動かそうとするが、またもその前に言葉を向けてきた。
「君をここで殺しても良かったけど。君には間違いを正してもらいたいからね。余の方が正しかったと。だから最後まで君には生きていてもらうことにした」
そして顔だけ少しマルキスの方へ向ける。
「じゃあねアリシャ、久しぶりに楽しかったよ。会えて良かったかどうかは別だけど」
「アヴォロス……」
「君に正解を見せてあげる。楽しみに待ってるといい」
それだけ言うと、アヴォロスは黒衣の人物とともに部屋から去って行った。
静寂だけが支配するその場で、マルキスはドッと押し寄せてきた疲労感で脱力する。
よろめきながら椅子へと座った。
全身にはビッショリと冷たい汗をかいている。これほどの緊張を覚えたのは久しぶりだった。
ミルクを一気に飲み喉を潤すと、「アヴォロス……」と小さく呟く。
「貴方のやり方じゃ……駄目なのよ……」
だがそんな憂いを込めた思いは誰にも届きはしなかった。
※
日色はニッキとカミュの三人で国を見て回っていた。そろそろ夕食時なので、ここらで美味い食べ物屋でも見つけよう。
だが日色は考えが甘かった。自分がこの国でどういう扱いを受けている存在なのか、まだハッキリと自覚などしていなかったのだ。
「あ、英雄様だっ!」
「ホントかよ!」
「アレがヒイロ様かっ!」
街へ出ると、あちこちから指を差される。
「おお~さすがは師匠ですぞ! 愛弟子として鼻が高いですぞ! えっへん!」
「ヒイロ……人気」
ニッキは自らの師匠の人気ぶりに自慢気である。カミュは相変わらずの無表情ではあるが。
このままだとわらわらと鬱陶しいくらいに国民たちが集まって来そうなので、仕方無く日色はニッキの首根っこを掴むと、
「とにかくまずは人気の無いところに行くぞ!」
「うぐっ……ぐ……ぐるじいですじょぉ……っ!?」
「……分かった」
ニッキは首が締まり悲惨な表情になっていたが、お構い無しにその場を突破していく。
何とか誰もいない路地に入り、ひと心地がつけた。
(ったく、いちいち面倒だなこれから)
仕方無く日色は『変化』の文字を使って人間から『魔人族』に変化した。しかもお得意の『インプ族』ではなく、今度はカミュと同じ『アスラ族』に変わった。
赤いローブも目立つので変色させて青いローブに変化させる。これでどこからどう見ても国を救った丘村日色だとは判別できないに違いない。
「おお~カッコ良いですぞ師匠!」
「…………一緒……ヒイロと一緒」
ニッキは締まっていた首を擦りながらも、嬉々として声を上げている。そしてカミュは何故か嬉しそうに頬が緩んでいた。
「よし、これなら問題無いだろう。それじゃ飯屋を探すぞ?」
再び路地を出ると、ほとんどの者が日色を探しているようだった。彼らにとっては英雄が街を徘徊していたのでとりあえず挨拶をしておきたいというところなのだろう。
何人かに日色を見ていないかという質問を受けたが、どうやらこちらには気づいていないようでホッとする。適当にどこかへ行ったと言うと、その後を追いかけるように皆が去って行った。
(まるでアイドルを見つけたオタク集団だな……)
あの大人数で押し寄せられるなんてゾッとすると思い身震いした。
だがこれでようやくのんびりと散策できると思い周囲を窺うと、気になる店を発見する。
そこは日本で言うとジャンクフード的なものを売っている店だ。
《フワフワ焼き》
と書かれてある。何やら香ばしい良い香りが漂ってきたので、足が自然とそちらに向かった。
見るとちょうどたこ焼きのような丸い物体が、風船のように糸を垂らしてフワフワと浮いている。
「コレは何だ?」
日色の問いに、客が来たと思い喜んだのか手をパンと叩いて笑顔を浮かべる店主。
「おお、らっしゃい! 【魔国】名物《フワフワ焼き》、一つどうだい?」
江戸っ子のような親父が活きの良い声を張り上げている。
「名物? 美味いのか?」
「もちろんだっての! この《フワフワ焼き》は《フワンポポ》っていう花を油で揚げたものだ。もちろんコレにかかっているタレは俺の秘伝ダレだけどな!」
「ほほう、一つもら……」
するとクイクイッと背後で服を引っ張られる。見てみると、カミュとニッキが、まるで主人にねだる犬のように目をキラキラさせていた。どうやら彼らも食べたいらしい。
「……親父、三つ……いや六つくれ」
どうせ二つくらい一人で食べるだろうと判断してそうした。
「よっしゃ、450リギンだが支払いはどうする?」
「ギルドカードでも行けるか?」
そうして手元に光の粒子がカードの形を成していく。
「おおいいぜ。んじゃそこの台に乗せて譲渡してくれ」
見るとカウンターの上に銀の灰皿のような入れ物が置かれてあり、そこに一枚のカードが入っている。
そこに自分のカードを重ねるように置くと、450リギン譲渡許可と念じる。これでつつがなく支払いが終了するはずだ。
「……よし、確認OKだ! ほらよ!」
親父はカードを手に取り目を通す。どうやら確認が取れたようで、こちらに《フワフワ焼き》を手渡してきた。
本当にガスの入った風船のようで、糸を持つがそのままプカプカと浮いている。
「あ、ちなみに糸も飴でできてるから食えるぜ!」
なるほどと思い、とりあえずチビチビ食べるのもなんだから、一気にパクリと口の中に納めた。
サクサクとした衣が香ばしく、上品な花の香りが漂ってくる。しかも中からは甘い蜜がトロリと流れ出てきた。
(コレは美味いな……子供に人気が出そうだな)
そう思いながらニッキの方を見ると、やはり頬を上気させて美味しそうに頬張っていた。しかも二個一気に口に入れてだ。
「子供だな……ってかお前もか二刀流!?」
「んむお?」
驚いたことにここにも子供がいた。ニッキと同じように二つを口に入れているカミュ。
(ま、まあいいけどな)
日色も残り一つの《フワフワ焼き》を食べようと口を開いた瞬間のことだ。
――ササッ!
突然目の前を影が走ったかと思えば、右手に持っていた《フワフワ焼き》が消えていた。
「なっ!?」
これは一大事だと思いキョロキョロと見回すと、建物の上に犯人を見つけた。小さなリスザルのような生物であり、手には先程日色から奪った《フワフワ焼き》を持っていた。
「……キキ?」
ふてぶてしそうに笑うサルに、日色の額は青筋だらけになってしまった。そしてあっかんべ~的な挑発する態度を取ると、颯爽とその場から去って行く。
「し、師匠……?」
「ヒ、ヒイロ……?」
二人は明らかに怒のオーラを醸し出している日色から距離を取りつつ呟くように声をかけるが、
「…………フフフフフフフ」
突然暗黒笑いを始めた日色をニッキとカミュは、喉を鳴らしながら強張った様子で見ている。
「良い度胸だ泥棒猿、オレの楽しみを奪った礼をしっかりしてやるよ」
日色は地面を蹴ると、そのままサルを追って行った。
後に残されたニッキとカミュは呆然と見送ることしかできなかった。
日色は自らの《フワフワ焼き》を強奪されたリスザルを追って気づいたら国外まで出てきていた。
「ちっ、あの泥棒猿め! 逃げられると思うなよ!」
なりふり構わずに『探索』の文字で追尾する。すると目の前に現れた青白い矢印は一本の木を指した。
「……キキ?」
またも人を小馬鹿にしたように笑みを浮かべるサルに対し、どんどん怒りのボルテージを上げていく。
「覚悟しろよ小動物、食物連鎖の餌食にでも……ん?」
すると何故かこちらに向かって跳んできた。
「馬鹿か? だが好都合だ!」
瞬時に『捕縛』の文字を書いて向って来るサルに向かって放つ。
そのままサルにぶつかりそして――――――――バチンッ!
突然文字が弾け飛び霧散した。
「なっ!?」
だが驚いているのも束の間、サルが顔に跳び乗って来て鋭い爪で頬をかくと、顔を踏み台にしてそのままバック転をして地面へとスムーズに着地する。
「痛つつ……」
顔を引っ掻かれ思わず顔面に手をやるが、そこで初めて気づく。…………眼鏡が無い!
バッと顔を上げてサルの方を見ると、いつの間にかその小さな頭の上に眼鏡をかけてほくそ笑んでいた。
しかも今まで手に持っていた《フワフワ焼き》をパクリと食べてしまったのだ。
「…………フフフフフ、そうか……なるほどなるほど……」
このサルにはどうやらお説教だけではなく、お仕置きも必要なようだ。
「絶対にお前をこんがり焼いてやる!」
そこでサルはビクッと肩を震わせる。こちらが本気で怒りを覚えていることを察したのだろう。身構えるように身体をこちらに向けながら後ろへと下がっていく。
「逃がすかよ」
もうサルを捕まえることだけしか考えていなかった。
『電気』と『堅牢』
するとサルの足元から電気でできた牢が出現し、すぐさまサルを生け捕ることに成功した。
「さあ、その電気に触れてみろ。サルの丸焦げのできあがりだ」
そうなれば眼鏡も悲惨なことになるのだが、もう眼鏡のことはすっかり忘れていた。だがサルは体を回転させると、そのまま回転力を備えた尻尾で電気に攻撃した。
――バチンッ!
まただった。またいとも簡単に魔法が弾かれたように消失した。
「…………なるほどな」
日色は口を一文字に結ぶと再び、文字を書いていく。
『針』
今度は地面に向けて放ち、地面からサルに向かってサボテンのような針が次々と生まれる。
(このくらいなら避けられるだろ?)
何かそう確信するものがあった。そしてサルは少しも焦りを見せずに軽やかにかわしていき、そのまま空へと跳び上がる。
「やはり避けたな。ならこれで!」
『大地』と『堅牢』
今度は『電気』から『大地』と文字を変えた。
大地は盛り上がり、そのまま上空にいるサルを包むようにして捕縛した。そしてようやくそこでサルは焦りを見せ始めた。
小さく鳴き声を上げながら丸い牢の中を行ったり来たりしている。
「……どうした? さっきみたいに消さないのか?」
「キキ!」
「無理だろうな。だってお前は――」
続きを言おうとした時、突然サルの近くの空間に亀裂が走った。
思わず警戒を最大にして身構える。
何が起きようとしているのかジッと見つめていると、そこから出てきたのは――――――――――――真っ白な蛇だった。




