121:国を背負う者
国王ルドルフがいまだ戻って来ず、【ヴィクトリアス】では王侯貴族らが今後の対策などを会議を開いて話し合っていたが、そのほとんどが不毛な言い争いだった。
国王の失策はそれを支えていた者の仕業だと言い、責任のなすりつけ合いをする輩、その責任をこともあろうに金で解決しようとしてくる輩、これを機に自分が上に立ち権力を掴もうとする輩など、誰もが保身と権欲に染まってしまっていたのである。
だが王不在で、国の危機が訪れている今、いつ他国が攻めてくるか分かったものではない。
もし上に立ち、負けた時の責任を考えると、簡単にリーダーとして立候補することは憚られた。
上には立ちたい。権力は行使したい。しかし失敗はしたくない。責任は負いたくない。そんな思いが会議の内容を意味の無いものにしている。
しかし国民にも噂が流れ不安が広がっている。
事情を知っている兵士などは、いつ国に『魔人族』たちが襲ってくるかと恐怖してびくついていた。混乱が混乱を呼び、国は傾き始めていたのだ。
そこへ会議室の扉を開けて入って来た者がいた。
皆の視線を一気に受けながらも、堂々たる立ち振る舞いで話し合いばかりで一向に動かない者たちに鋭い目つきで怒号を放つ。
「いつまでこのような不毛な議論をしているつもりだっ!」
それはギルドマスターであるジュドム・ランカースだった。
ジュドムは、これが国を支える貴族かと怒りに震え歯を鳴らしている。
「ぶ、無礼だぞ!」
「今は話し合いの最中で……いや、お前はジュドム・ランカース?」
貴族たちがジュドムの存在に気づき固まる。
「貴様! 国王様はどうした! 貴様がいて何故国王様を連れて帰って来れなかったのだ!」
「そ、そうだそうだ! 仮にも国を背負うギルマスなら何よりも優先すべきなのは王の命だと分かっているはずであろうが!」
「これだから戦うことしかできない能無しは困るんだ!」
口々に好き勝手なことを言ってくれている。
だがジュドムはそんな言葉に対して怒りを感じてはいない。このような状況下の中、それでもまだ他人のせいにする彼らの態度が気に食わないのだ。
カッと目を開いたジュドムは、右足を上げて床を叩くように勢いよく下ろす。
――ドンッ!
瞬間、その衝撃の中心から波紋のように衝撃が広がり部屋を大きく揺らした。足腰に自信の無い者はそれだけで腰を抜かしたように倒れ込む。
「な、何を……っ!?」
誰かがそう呟くのが聞こえる。
「……尋ねる」
ジュドムは皆々に視線を向け口を開く。
誰もがポカンとなってジュドムを見つめている。
「この国の傾きを直す気がお前らにはあるのか?」
「も、もちろんじゃないか!」
「そ、そうだ! この国を支えているのは我々力を持つ貴族だぞ!」
「そもそもこの会議のどこが不毛だと言うのだ! 国を思ってこうして話し合っているのだぞ!」
それぞれに言い分があるのだろうが、そのどれもに説得力など微塵も感じない。
「情報は届いているんだろ? 国王が変貌したことを」
その言葉に皆は押し黙る。沈黙は肯定とみなす。
「なら大臣ほか、主だった隊長格もその場で殉職したのも承知なのだろうが」
「…………」
「今この国は大きく傾いている。それをお前らは立て直すためにこうして話し合っている……と言ったな?」
「そ、そうだ……」
「なら何故何も指示を出さないっ! 兵士たちは動揺して浮足立ち、国民も皆不安に包まれてる! こういう状況だからこそ、お前らが率先して立ち上がり皆を導かなければならないんじゃねえのかっ!」
ほとんど全ての者がジュドムの気迫に当てられて目を逸らしている。
「こんな小せえ部屋で小言を言い合って、それで何が変えられんだっ! 国を背負って立ってる誇りが少しでもあんのなら、そのか細い腕を民のために振るったらどうだ!」
まさしく正論。
誰も何も言い返せず、ただただ額から汗を噴き出せることしかできていなかった。
「……どうせお前らのことだ。出世はしてえ、だがもし自分の采配で失敗したらと考えると、怖くて何もできねえんだろ?」
「そ、そんなわけ……ないじゃないか……」
声が完全に震えている。そう思ってましたと言っているのも同じだ。
「上には立ちたいが責任が重過ぎる。ならば誰かを矢面に立たせて、それを裏から利を掠め取ろうと必死になってる……だろ?」
「ぶ、無礼だぞ! そんなことを私たちがするわけないだろうが! そもそも国というものはそれほど弱くも無いし、こうして議論することも大事な……」
「黙れ臆病者どもぉっ!」
再び床を踏みしめ衝撃を皆に伝える。ほとんどの者は悲鳴を上げながらテーブルにしがみついている。
「何よりも優先すべきなのが国王の命と言ったな? それは違う! 何よりも真に守るべきものは国そのものだ! 国は民あってのものだ! 民のために動けずして、何を国について語っているっ!」
「ひぃっ!」
ジュドムに反論していた者が頭を抱えて尻込みする。
「ここで決めろ! 今この国のトップに立って、全ての者に指示を与えようと思う者は手を上げてみろ!」
するとその場にいる者たちは、互いに牽制し合うように顔色ばかり窺っている。やはり自ら率先して王の代わりを務めようとする者はいないようだ。
確かにこんな国の危機的状況でトップに立ち、それで国を守れなければその責任はトップに向かうだろう。それが怖いのだ。
(……これがコイツらの限界か……)
本当に悲しくなってくる。いつからこの国はこんなにも弱々しくなったのだろうか。将来を見据えた笑顔を求めるよりも、明日の小銭を得ることしか考えていない者たちばかり。
(ルドルフよ……これがてめえの作った国の現状なんだぜ……?)
変わり果てた親友の顔を思い出し歯噛みする。
バンッとテーブルを叩くと、皆がビクッと身体を震わせる始末。本当に情けない。
「お前らの気持ちは十分に伝わった。一つ言おう。…………てめえらに国を背負う資格はねえ!」
殺気にも似た覇気を迸らせ威圧する。
「自分が傷つくことを恐れてばかりじゃ、何も救えねえ! 大切なもんはなぁ! たとえ辛くて痛えことがあっても逃げてちゃ守れねえんだよ!」
もう一度、貴族たちを一人一人見回す。
「国に育ててもらったと少しでも思ってんなら、それを感謝に変えてきばろうっていう気合ぐらい見せろや愚図どもがっ!」
こんなにも貴族に対して、いち平民の身分である自分が言っているのに、少しも言い返す覇気を感じさせない彼らに怒りを通り越して呆れてしまう。
「…………それがてめえらの答えなんだな?」
それでもキョロキョロと他人を窺っている彼らを見て溜め息が零れ出る。
「…………よく分かった。てめえらは自分の家でも守ってろ。てめえらみてえなアホウでも、自分の家族ぐれえは守れんだろ。それもできねえんなら…………てめえらはもう人でもねえぞ?」
ジュドムが言い終わると、後ろから国軍第二軍隊隊長であるウェルが登場する。
そしてサッと頭を下げると、
「皆さまにご報告がございます。これは王妃さまからの伝令にございます」
何を期待しているのか、顔色を良くする者たちが出てきた。恐らく王妃が自分たちを擁護してくれるとでも思っているのだろう。
「王妃さまの厳命です。この国を背負い立って皆の指導者となるのは……ここにおられるジュドム・ランカース殿だと」
「なっ!?」
その場にいた全ての者が耳を疑うように聞き返してきたが、
「国の全権をジュドム殿に委ねることをお決めになりました。これがその書状でございます」
そうして手に持っていた紙を開いて見せる。そこには王妃のサインも書かれており、これが現実なのだと知り皆が青ざめた。
「……本当は俺よりも相応しい奴がここにいたらと思ったんだがな……」
あくまでも自分は平民だ。ギルマスという肩書があっても、手の届かないところも出てくる。だからこそ、信頼できる力を持つ貴族が上に立ってくれればと思っていた。
しかしここにいる者に任せようにも、全く信頼などできない。
「悲しいな……てめえらも初めは国のため、民のために奮闘する貴人だったはずなのにな……」
表情に陰りを見せるが、すぐに引き締め直して踵を返す。そして背中越しに彼らに向かって最後の言を放つ。
「国は俺が何とかしてやる。それが俺の国への感謝だ!」
そのまま部屋を出て行くジュドムを黙って見つめることしかその場にいる者はできなかった。ウェルもまた軽く頭を下げると去って行った。
それからジュドムは、自分の信頼できる仲間たちを集めてまずは国の守りを固めることにした。自らが率先して街に出て国民たちに真実を告げる。
本来なら混乱を避けて話すべきではないのかもしれないが、貴族たちが信じられない以上、少しでも国民たちには危機感を持ってもらいたかった。
もし危険が迫れば自分が命を懸けても守ると決めているが、それでも全てを守れると自惚れているわけではない。だからこそ、民たちもできることは自分でしてほしかった。
民たちができないことを自分がする。
それは彼らの不安を少しでも取り除けるように導いてやること。城に引きこもり指示だけを出すのではなく、こうやって顔を皆に見せて指示を出すことが重要なのだと思っている。
民たちも、そんなジュドムの姿勢に、最初は戸惑っていたものの、徐々に信を置けるようになっていた。
考えてみれば、ジュドムはこうした有事の際は、いつも前戦に立ち皆の標になっていた。だからこそジュドムは信頼できると皆は感じているのだ。
そして兵士たちも、その見事な統率力に感嘆を覚え、ウェルとともにジュドムの期待に応えようと動いてくれていた。
(ルドルフ……お前が何を考えてたのか知らねえが、国は俺が殺させねえからな)
決意を込めた瞳を空へと向けていた。
※
そこは薄暗い地下室であり、周りを照らす光は天井に設置された弱々しい光玉のみだった。
その淡い光は、ほとんど真下しか照らしてはいない。まだ外は昼だというのに、そこには外からの光など届かない。
夜でも昼でも室内の明暗に変化は皆無だ。それほど大きな部屋ではないが、五つある棚には書物や文献などがギッシリと詰まっている。
その光が照らされているちょうど真下には、棚を背に本のページを捲る丘村日色の姿があった。
日色の周囲には乱雑に積み重ねられた本の山が出来上がっており、埃が舞っているのも気にせず日色は一心不乱に集中している。
そしてパタンと本を閉じ山の一番上に置くと、別の山からまた一冊取って新たに表紙を開いていく。
「ふむ、どれもこれも興味深いものばかりだ。面倒だったが戦争に参加しただけはあったな」
ここは【魔国・ハーオス】にある知識の宝庫である《フォルトゥナ大図書館》の地下室である。元々ここの本を読むために国まで来たと言える。
この《フォルトゥナ大図書館》は、無論一般人にも開放されてはいるのだが、閲覧制限のある書物も多々ある。
その制限を分かりやすく《深度1》~《深度5》までに区分けされてあり、《深度5》は王族の限られた者にしか閲覧できないとされている。読むためには必ず閲覧許可証が必要になる。
この《深度5》に収められている書物を是非読みたいと考えていた日色は、ある日リリィンと出会って、彼女と交渉した。
彼女はコネを使い《深度5》にある書物を読めるように取り計らってくれるということになっていたののである。
しかしひょんなことからこの国で魔王であるイヴェアムと出会い、戦争参加の対価として閲覧許可証を提示した。
リリィンに頼るよりも確実だと思った日色はこれをチャンスとして戦争に参加し、見事閲覧許可証を手に入れることができたというわけだ。
いろいろゴタゴタが起きてしまい、今まで図書館に入れなかったが、決闘が終わって『魔人族』の英雄と称された日色は、こうしてゆっくりと趣味を満喫する自由を得たのだ。
あの運命を決める闘いからもう一週間ほど経過したが、あれからイヴェアムに聞いた限りだと先代魔王のアヴォロスの宣言はどうやら真実のようだった。
無論イヴェアムは最初からアヴォロスの言うことを疑ってはいなかった。彼ならばそういうことをしても不思議ではないからと。
だが裏付けも無しに決めつけるのは尚早だという意見も持っていた。
だから念入りに調査した結果、アヴォロスは各大陸から一癖も二癖もある人物を傘下にして、虎視眈々と世界征服の計画を練り上げていることが判明したようだ。
(あのガキはアレだな、テンプレ魔王だな)
まさか実際に誰かの口から世界征服をするという言葉を聞くとは思わなかった。
世迷いごとのようなセリフを、ああも恥ずかしげも無く言うということは、彼の言は一片の揺らぎも無い本気だということだ。
(……あのテンプレ魔王のせいで、これから面倒になりそうだ)
せっかく『魔人族』と『獣人族』が手を取り合うことになり、リリィンの夢が一歩実現に近づいたというのに、ここでまたイレギュラーだとは、つくづくこの世界は退屈しないと感じる。
(ま、今は向こうも戦力補強やら、戦争の準備やらに忙しそうだし、まだ戦争が起こることはないだろう。それに魔王も動いてるし、何かあれば知らせてくるはずだ)
アヴォロスが目立った動きをしているという話は聞かないので、今はまだ沈黙を続けるつもりなのだろう。
あの決闘を邪魔もせず静かに見守っていたのは、こちらの戦力を確認するためなのだろう。そうして勝利を計画できたと判断した時、再び告知してくる。
(いや、あのテンプレ魔王のことだ。告知などせずに急襲してくる可能性もあるか……」
あんなザ・魔王みたいな存在が、礼儀正しく戦争の告知などするはずも無い。
(まあ、だから魔王だってそのことを考えて日々警戒を怠ってはいないが……)
それでも針の穴に軽々と糸を通してくるかもしれない。
一応あれから『獣人族』と情報を密に交換しているそうだが、向こうは向こうでアヴォロスの仲間に国を襲われ大変なことになっているらしいし、満足のいく話し合いなどはできていないとのことだ。
日色は本をパタンと閉じると、左側に置いてある巻物のように巻かれてある書物に目を向ける。
「一応さらりと目を通したが、役に立ちそうなのはコレだけか……」
そう思いその巻物を手に取る。サラサラと中身を露わにしていくと、
「……熱血は本来柄じゃないんだが」
そう呟きながら再び巻物を元に戻し、懐へと収める。一応持ち出し許可も得ていた。無闇に他人に見せないという条件付きだが。
この《深度5》の部屋には垂涎ものの知識が豊富にあった。思わず目移りしてしまい、どれから読めばいいか興奮を覚えるほどだ。
中にはこの世界の成り立ちなどを伝えたものや、過去の勇者たちの伝記、古代魔法の数々が記されてあるものなど多種多様な門外不出ばりの書物ばかりだった。
さすがは国が秘匿する禁書などが収められてある場所だと舌を巻いた。だが日色は、一つどうしてもあることを記されてある書物を探していた。
そしてその書物が、懐に収めた巻物だった。これからの自分に必要なものだと判断し、それを探していたのだ。
(一応読みはしたが、実行しなければ何とも言えないな……)
とりあえずは目的のものは手に入った。だがまだここの知識を完全には制覇できていない。これほどの知識に囲まれ幸せを感じてる日色だが、突然ここに向かって来ている気配を感じた。
(誰だ……? ここには許可された者しか来れないはずだが……)
許可されたのは日色だけだ。だからリリィンたちが来れるはずはない。ということは魔王関係の人物だと判断できる。
しかし一応警戒を怠らないようにゆっくりと立ち上がり、たった一つの入口に鋭い視線を向ける。
カツカツカツと、床を冷たい音が響いている。そしてその誰かが目に入って来た。
「……アンタは……!」
そこに現れたのは、《魔王直属護衛隊》の《序列四位》に位置するオーノウスだった。
狼のような顔をした『魔獣』である彼が、こんな暗がりに姿を見せると、どこのホラーかと思ってしまう。
少し警戒したものの、彼から敵意など感じられないので、恐らく魔王からの呼び出しか何かだと判断して尋ねてみた。
「何か用か?」
すると彼は勿体付けたように少し間を開けて、
「少しお主に聞きたいことがあってな」
どうやら魔王からの呼び出しではないらしい。
実際のところ、彼が何を聞きたいのか粗方予想がついていた。というよりもこちらも彼には聞きたいことがあったのでちょうど良かった。
「しかし、よくもまあ散らかしたものだな」
呆れたように室内を見回して、雑然とした状況に溜め息を漏らしている。
「こんなもの、すぐにどうとでもなる」
魔力を両手の人差し指に集中し、
『書物』に『整頓』
と書いて、すぐさま発動させると、床に散らばっている書物が勝手に動き棚へと戻って行く。そんな光景を唖然とした表情で見つめているオーノウス。
しばらくして、先程の光景が嘘だったかのように周囲は整頓されていた。
「…………お主には驚かされるばかりだな」
感嘆の息を吐き、キョロキョロと整理された本棚を見つめる。
「そんなことより、何が聞きたいんだ?」
「あ、ああそうだったな」
すると彼は真面目な顔をして、
「お主、《赤気》を使えるのか?」
やはりその質問だったかと確信を得る。
「そういうアンタも……だろ?」
オーノウスが決闘の時に見せた赤いオーラ、アレは間違いなく日色がレオウード戦で見せた《赤気》と同質のものだった。
「……やはりそうか。驚いたぞ、まさかお主のような若者が体得しているとは……」
「……オレもアンタに聞きたいことがあったんだ」
「何だ?」
「アンタは《赤気》を自由自在に使いこなせているように見えた」
「…………」
「《赤気》はかなり扱うのに神経を使う。魔力コントロールに自信があるオレでも《赤気》を自由に扱うことはできない」
《天下無双モード》になってようやくといったところなのだ。
「それはそうだろう。元々《赤気》は俺のようなハーフが得意としている業だ。魔法も《化装術》も使えない半端者。そんなハーフにも、誰にも負けない特技が存在した。それが《赤気》を使った戦闘方法――――――《太赤纏》だ」
「たい……しゃくてん……?」
ハッとなって懐から取り出した巻物に目を向ける。そこでオーノウスもまた目を見張り声を上げる。
「ほう、それを手にしているということは……体得しようとしているのか《太赤纏》を」
その巻物にはこの世界の言語で確かに《太赤纏》と明記されてある。
「アンタ、コレを知ってるのか?」
「当然だ。それは俺がここに収めたものなのだからな」
その答えには正直驚いた。中身は簡単に言えば、数々の《赤気》を使った戦闘方法が書かれてあった。
だがかなり主観的な文章だったので、分かりにくい部分が多々あったのだ。
だから《赤気》のことを知っているであろうオーノウスから情報を得ようと思っていたのだが、まさかこれを書いた本人が目の前にいるとはさすがに考えてなかった。
「だがそうか、アンタがこの巻物を……」
そこで日色は少し溜めてから口を動かす。
「その《太赤纏》とやら、詳しく聞かせてくれ。無論報酬は払う」
日色の探し物は《赤気》を使った戦闘方法が書かれてある書物だったのだ。
オーノウスがその理由を尋ねてくる。
「何故学びたい? お主は十分に強いと思うが?」
「……簡単だ。オレは少し自惚れていただけだ」
不機嫌そうに言葉を吐く。そんな自分をジッとオーノウスは見つめてくる。
「自惚れ……か。嫌味にしか聞こえんが?」
確かに彼にしてみればそうだろう。ハッキリ言って日色の実力は、誰もが認めざるを得ないくらい高い。あの獣王レオウードも拳で叩き伏せたのだ。嫌味に聞こえても仕方が無い。
「オレは満足していない。バトルジャンキーを目指すつもりはないが、どうやらオレは……死ぬわけにはいかないみたいだからな」
先日、シウバと風呂で会った時の会話を思い出して苦笑する。
「いや、オレ自身、まだ死にたくはない。だからコレが必要なんだ。魔法だけに頼らない力がな!」
※
オーノウスは目の前の黒髪少年である日色の発言を聞いてつい頬が引き攣ってしまった。あれだけの実力を収めているというのに、まだ未熟だと、不完全だと言う。
正直最初は本当に嫌味だと思ったが、彼が真にそう思っていることは目を見て理解できた。
確かに彼は強い。だがそれは彼の特異な魔法によるものが大きい。確かにレベルも高いだろうが、彼は異世界人でも人間であり、身体能力はそれほど高いとは言えない。
その証拠にもし魔法が一切使えない状態であの決闘に挑んでいたら、彼はここにいなかった可能性だってあるのだ。
だから彼は魔法だけに頼らない力を得たいと言ってきた。その考えには思わず敬服するような思いだった。
誰かを倒すために力を得るのでも、その力を誇示して悦に至りたいという理由でも無い。ただまだ死にたくないから。
あまりにも単純な答えであり、だがそれは確実に真理だと感じて感嘆した。
(本当に面白い少年だ)
真っ直ぐに見つめてくる自分の欲望に忠実な少年を見ていると、ついつい肩入れをしたくなってくるから不思議だ。
(これも少年の魅力ということか……?)
実際彼の言う通り、これから魔法を使えない状況に陥るような場面があるかもしれない。そんな中、彼にできるのはレベルの高さにものを言わせた力押しになるだろう。
しかしそれでは限界が訪れる。何故なら身体能力だけで渡っていけるほど簡単な世界ではないからだ。それを彼もよく理解しているのだろう。
だからこそ魔法ではない力であり、魔法の如き力を持つ《太赤纏》を身に着けたいと思っているのだ。
それならば例え魔法を封じられていても戦いの選択肢が広がる。それに彼には『魔人族』を勝利に導いてくれた借りもある。
(明確に言って、《太赤纏》は未知の力であり、扱う者を選ぶ。それにその力を悪用されれば、それこそとんでもない事態も招く。しかし……)
ジッと日色の目を見つめて、フッと頬を緩める。
(この少年なら大丈夫だろうな)
自分が仕える王が信じ、親友が信じ、民たちが英雄と持て囃す存在なら。いや、何よりも自分自身が彼を気に入っている。
「……いいだろう。しかし一つ言っておこう」
日色は聞き洩らさないように耳を傾けてきている。
「確かに《赤気》を使えるお主だが、必ずしも《太赤纏》を体得できるとは限らない」
「……そうなのか?」
「ああ、本来はハーフの特有たる業だからな。そもそも魔法や《化装術》の代替品として生まれたような産物でもある」
「なるほどな。つまりハーフでないオレは、その業を使えない可能性があるということか……」
少し表情に陰りが増す日色。
「そうだ。資質があっても、バランスを取るのが非常に難しい業だ。ハーフの場合、身体の中には二つの種が存在しているから、生まれながらにして二つの力を合成させる業と相性が良いのだ」
「納得だな」
そもそも《赤気》は生命力と魔力を絶妙に混ぜ合わせることで生み出す力だ。それだけでもかなり繊細な力のコントロールが要求される。
「だから修練したとしても体得できるとは限らない。それでも挑むか?」
「当然だ」
全く迷うことなく返答してきた。本当に真っ直ぐな心根を持つ者だと理解させられる。
「……分かった」
その言葉に日色は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そ、それじゃ!」
「ああ、俺の知っている限り伝授してやろう」
この少年がどこまで行くのか、どこまで昇っていくのか見てみたいと思った。




