12:温泉で小休憩
晴れ渡った空の下、聞こえてくるのは三人分の足音。
ジャリジャリと砂混じりの地面を踏みしめて、それなりに勾配のある坂をひたすらに突き進んでいた。
ここは【ロギ山岳】と言って、冒険者でも一人ではあまり近寄らない場所である。その理由としてモンスターの多さが挙げられる。
それほど強くはないモンスターばかりが、それこそ目眩がするくらいの数で押し寄せてくる。
熟練者にとって、大して経験値にもならない弱小モンスターを、手間暇かけていちいち相手するのには面倒さと体力消費などを天秤にかけても得るものが少ない。
かといって初心者には、数多くのモンスターに加え、見た目とは違いかなり入り組んだ地形のせいで迷う可能性が大いにあり厳しい。
とても軽い気持ちで入れる場所ではないのだ。
そんな誰もが敬遠する山岳へ今、三人の人物が、ある物を探すためにやって来ていたのである。
「おい、ホントにこの山にあるんだろうな?」
もうずいぶん登ってきたせいか、少し疲れを感じている日色が、目の前を歩く旅仲間の一人であるアノールドに不信感を乗せた言葉をぶつける。
そんなアノールドは自信たっぷりな様子だ。
「おう、この前の借りでお前に美味えもんを食わせてやるって言ったんだ。料理人の端くれである以上、妥協はしねえ」
日色は無料働きはしない。必ず何かしらの対価を要求し、自分の納得のいくものであれば、それを依頼料として手を貸すというギブアンドテイク思考の持ち主だ。
アノールドは、腕の良い料理人だ。異世界グルメの知識に乏しい日色は、彼の知識や腕を利用し、毎日美味いものを食べられるということをメリットとして、現在旅仲間としてともにしている。
「で、でもおじさん。さっきからスライムやゴブリンたちがウヨウヨ出てくるだけだよ?」
「安心しろミュア! 目的のものはもっと先にある!」
「ホントにあればいいがな」
「ヒイロお前な、そんな身も蓋もねえこと言うなっての!」
しばらく三人はそうして歩いていると、ミュアが何かを気にするようにキョロキョロと周囲を見回している。
そこへアノールドが尋ねてきた。
「どうしたミュア?」
「え、あ、その……何か変なニオイがしない……かな?」
ミュアが鼻をクンクンとさせている。
「へ? そうか?」
アノールドも同じように嗅覚を集中させている。
確かに彼女の言ったように変わったニオイが漂ってきた。しかもかなりの刺激臭で、思わず顔をしかめてしまう。
「な、何だこの強烈なニオイは……?」
日色も鼻に手をやりながら周囲を見回す。
だがアノールドの目が次第にキラキラと輝き頬が緩み始める。何か喜ぶべきことを発見したような顔つきだ。
「コイツは……おい、行くぞ!」
「え、おじさん!?」
アノールドがサッとミュアの手を引いて一目散に駆けていく。それを見て日色は軽く溜め息を吐く。このニオイを追うのかと思い肩を落とす。
このまま放置していくわけにもいかず、仕方無く鼻が曲がりそうなニオイを我慢しながら後を追って行った。
そうして大きな岩の密集地帯に入って行った日色たちは、今目の前にある光景にそれぞれ感動を憶えていた。
「アハハ! や~っぱそうだったな!」
「ふわぁ~、そっかぁ、このニオイだったんだぁ」
「なるほどな、これは硫黄のニオイだったってことか」
三人の目に映るのは、天然の温泉だった。湯気が空へと立ち昇り、熱気が肌に伝わってくる。
それに温泉発見の感動で、いつの間にか先程顔をしかめるほどの嫌なニオイだったものが、今では気にならない……というか完全に忘れてしまっていた。
そして三人が三人とも、考えていることは同じだった。
「うし、入るか!」
「うん!」
「まあ、悪くは無いな」
三人の顔が綻んでいる。
この暑さで汗もかいたし、サッパリできるのは幸運だった。
「ミュア、この袋に湯浴み着が入ってるから着替えな」
「うん、わかった!」
そう言ってアノールドから袋を受け取ると、ミュアはキョロキョロと辺りを見回して大きな岩陰に入って行った。
「よし、俺たちも準備をってもう脱いでんのかよぉ!」
アノールドに構わず日色はその場でもう服を脱いでいた。眼鏡も外して準備万端だ。
「ま、まあいいけどよ。ミュアもいるんだから前だけは隠せよな」
そう言いながらアノールドが袋からタオルを取り出して投げ渡してきた。
それを日色は落とさずに受け取り腰に巻くと、湯に近づいていく。まずは右手をゆっくりと湯の中に沈めていき湯加減を調べてみる。
「……少し熱いが、この程度なら」
体感温度で43、4度くらいだろう。普通の風呂よりも若干熱いが、これくらいなら問題無いと思い、ゆっくりと足を入れていく。
やはり熱いなと少し歯を噛みながらも止まらず身体を湯に預けていく。
「……はぁ~」
全身が浸かったところで思わず息が零れ出る。
温泉は人生で初めての経験だったが、これほど気持ちの良いものなら何度でも味わいたいと心から思った。
少し周りを見たが、モンスターの姿は見えない。もしかしたら硫黄のニオイが強烈過ぎて近づいて来ないのかもしれない。
「おお~っ! ミュア~! お前は何てプリチーなんだぁ!」
突然馬鹿丸出しの声が聞こえた。
鬱陶しいなと思いながら、アノールドの視線の先を見ると、そこには――。
「……ぁぅ……その……あ……あまり見ないでほしいよぉ」
何故か紺のスクール水着を着用したミュアがいた。両手を胸の前で構えて、ふとももを擦り合わせモジモジしている姿が映る。その表情も恥ずかしいのか赤く染め上がっている。
「いやいや、もうサイッコウッ! さすがは天使! おお~マイエンジェル~!」
親バカというより、鼻息を荒くしているアノールドの存在が、もうただの変態にしか見えなかった。するとミュアはチラリと日色に視線を向けてくる。
「ん?」
彼女がこちらを見ていたのに気づいた日色が視線を合わせる。突然彼女はサッと目を逸らし、またチラチラこちらを見てくる。
(……何だ?)
何か言いたいことでもあるのかと思い眉を寄せる。
ミュアはゴクリと喉を鳴らし、緊張した面持ちだ。
「あ、あの……そのぅ……ヒ、ヒイロさん?」
「何だ?」
「えっと……その……へ、変じゃないです……か?」
どうやら自分のスクール水着姿におかしいところはないかと聞いているらしいが、むしろ嵌まり過ぎてしまっていて言葉が無いくらいだ。一部の人たちには垂涎ものかもしれない。
「変じゃないだろ。むしろ似合い過ぎだ」
「ふぇっ! あ、あああああのあのあの、その……ありがとう……ごじゃいましゅ」
まだ湯に浸かってもいないのに、十分温まったかのようにまるで茹でダコにして湯気を出す彼女を見て、
(噛んだな……それにしてもスクール水着が似合うと言われて喜ぶとは…………文化の違いだな)
今まで読んだ本の中や、周りにいた女性は、子供でも大人扱いをされたがっている者がほとんどで、小学生が着用するようなスクール水着が似合うと言って、怒ることはあっても喜ぶことは無かった。
(というか、スクール水着がこの世界にあることがビックリだ……)
ミュアに対して、淡々と感想を述べただけの日色だったが、
「あわわわわ! に、似合ってるって言われたよぉ~! ど、どどどうしよう! ヒイロさんの顔まともに見られないよぉ~」
褒められたと勘違いしたミュアは顔に両手を当てて、誰にも聞こえないほどの呟き声で悶えていた。
それを見たアノールドは射殺さんばかりの睨みを日色に向けている。
「ミュアは可愛い! ミュアは可愛いんだが…………納得いかねえ……」
アノールドも日色がミュアの可愛さを褒めたと思っているので、ミュアの可愛さを認めたことは納得できても、ミュアが日色の言葉で一喜一憂している姿に納得がいかないみたいだ。
「なあ」
「何だよちきしょう!」
日色が声をかけただけなのにアノールドは何故か涙目になっている。
「アイツの着ているスクール……いや、湯浴み着だったか、アレはここではメジャーなものなのか?」
「は? アレか? 結構メジャーなはずだぞ。何でも過去によ、この世界に召喚された勇者が考案したって話だしな」
「…………マジか?」
「おうマジだ。名前は《スクミズ》で、俺は湯浴み着って言ってるが、本来は海に入る時に着るやつらしいな」
だが海は危険な生物がいるので、ほとんどの者は海水浴などを嗜んだりしないとのこと。だから水着で使われるよりは、こういった湯浴み着で扱われる場合が多いらしい。
(それにしても…………過去に召喚された勇者は何やってるんだ……?)
まさか異世界に来てスクール水着を作り出すとは……それよりももっと生産的なものがあったはずだ。
そんなことを思うが、間違いなくその勇者は地球出身だということは理解できた。何となく引っ掛かりは覚えたが、今はこの素晴らしい楽園を堪能しようと身を任せる。
(はぁ~気持ち良いな……)
それからしばらく温泉に心を預けまったりしていた時だ
――――――――――――――――チャポン。
岩の上から小石が落ちてきたのかと思い、自然に視線がそちらに向かう。そして何気無く岩の上を見上げてみると、そこには誰かが立っていたので確認するために目を細める。
(……誰だ?)
ちょうど逆光になっていたことと、眼鏡を外していたせいか、その人物の顔をハッキリと確認できずにいた。遠くを見るような感じでジッと見つめていると……。
ヒュゥゥゥ~……………………………………ジャポォ~ン!
その誰かが頭から湯に落ちてきたのである。
「な、何だぁっ!?」
アノールドも突然湯に落ちてきた何かに驚き声を上げた。
同じくミュアも目を大きく見開き怯えたように固まってしまっている。
そしてしばらくして湯の中からプカプカと浮き上がってきた人物を見つめる。身長から察するに明らかに子供のように思えた。
「………………誰?」
アノールドは手に大きな槍を持ったその子供を見て思わず呟いていた。