109:白熱する第四回戦
その頃、同じフィールドでは魔軍総隊長であるラッシュバルが身の丈よりも巨大な槍を振り回していた。
その武具が向けられる対象者は――。
「ニョホホホホホ! さすがは魔軍総隊長なのですねぇ! 見事な槍捌きなのですよ!」
彼の名はユーヒット・ファンナル。
【獣王国・パシオン】に在住している研究者である。
緑色のボサボサ頭でグルグル眼鏡、そして汚い白衣をいつも身に纏い、研究のことしか頭に無い彼を皆はマッドサイエンティストと呼ばれていた。
そんな彼はララシークの兄でもあり、彼女と同じ長い耳が頭の上で揺れている。
今彼はジッと佇みながら観察するようにラッシュバルを見つめている。凶刃を避けようともせずに立ち尽くしているそんな彼の身体は、当然ラッシュバルの持つ槍で斬り裂かれた。だが不思議なことに槍は身体をすり抜けるだけで、真っ二つにはならない。
「くっ! これも偽物かっ!?」
実はラッシュバルの周囲には、驚いたことにユーヒットと思われる者……いや、者たちが幾人も立っているのだ。
「ええい! 忌々しい《化装術》よ!」
ラッシュバルが舌打ち交じりに言葉を発するのを聞いたユーヒットは、
「ニョホホホホ! いえいえ、残念ながらですね、これは《化装術》ではありませんですよ?」
「……なに?」
その声は周囲にいるユーヒット全員から発せられている。まるで実体と同じ動きをする鏡に映った鏡像のようだ。
「知りたいのですか? うんうんそうですよねぇ。知りたいという欲求は、人にとって慈しむべきものなのですからね!」
「……」
彼の頭の上に生えている長い獣耳がピコピコっと動くのを見ると、馬鹿にされているように感じて頬が引き攣る。
「ニョホホ、いいでしょう! ならば不肖このユーヒット・ファンナルが、説明してやりますですよ!」
すると突然周囲のユーヒットが消失して、少し遠くの方にいたユーヒット一人に戻った。
その彼が懐から銀色に輝く正方形の紙束を取り出す。大きさは手の平に収まるほどくらいだが、見たところ百枚以上ありそうだ。
「これはですね、《写像紙》と名付けた僕の発明なのですよ」
「……まさか魔法具か?」
「ニョホホホ! その通りなのですよ! これをこう舐めてから……」
一枚を舌でペロリと舐めた後、地面に向けて放つと、紙が突然ボコボコボコと焼いた餅が膨らむように形状を変化させていく。
それは瞬く間にユーヒットと同じ姿になった。
それを見たラッシュバルは目を見張る。
「そうか、かの『獣人族』の《発明王》とはお前のことだったかユーヒット・ファンナル」
「ニョホホホホホ! そんなに褒められたらつい調子に乗っちゃうじゃないですか! ニョホホホホ! もっと褒めてくださいですよぉ!」
上機嫌に笑っている彼を尻目に、ラッシュバルは即座に行動を起こしていた。すぐさま足に力を込めて俊足で彼の背後を取る。
「だがのうのうと自分の能力をばらすとは、油断大敵だ!」
ラッシュバルの持つ槍がユーヒットを襲う。彼はまだ気づいていないのか振り向きもしていない。やはり身体能力はそれほど高くは無いと判断できた。
このまま一撃で仕留めようと思ったが――スカッ!
またも先程の偽物を攻撃したような感覚だった。
「なっ!?」
すると目の前にいたユーヒットが消える。そして身体を隠せるほどの大きさの岩の後ろからヒョッコリとユーヒットが姿を現した。
「ニョホホホホ! こう見えても僕って用心深いのですよ! 何といっても非戦闘員ですから! ニョホホホホ!」
どうやら一人に戻ったように見えたのは彼の用心深さの結果だったらしい。本体は岩の背後に隠れ、偽物がいかにも本体のように喋っていたようだ。
「こしゃくな真似を……」
「あ、でもこれも一応リスクはありやがるのですよ。使えるのは一度なのですよねぇ。消したらそれで終了~なのですよ」
「性懲りも無くご丁寧にネタばらしか? 余裕を見せるのも大概にしてもらおうか!」
槍をブンブンと振り回し始める。そしてその槍をそのままユーヒット目掛けて投げつけた。
「ウヒィィィィィィィッ!」
ユーヒットは咄嗟に横に跳んで地面に転がる。槍はブーメランのように彼の横を通り過ぎるとラッシュバルに戻って来た。
「ほう、今のを避ける程度の反応はあるか」
「い、いきなりはビックリしやがるじゃないですかぁ!」
腰を抜かしたように尻餅をつきながら叫ぶユーヒット。
だが今度は真っ直ぐ飛ばそうと思い狙いを定める。
「こ、これでっ!」
するとユーヒットは、懐から一冊の本を取り出す。
「……何だ?」
何をするのかと思って怪訝な表情をするラッシュバル。
「――《魔造判定領域》構築!」
突然その本から魔力の波動が半球を描くように広がっていく。
「何をするつもりか分からんが、これでトドメとする!」
真っ直ぐ槍を放つと、ユーヒットを仕留めんと突き進んでいく。
だがユーヒットが発した次の言葉で思わず驚愕してしまう。
「…………《キラージャベリン》よ、我が軍門に下りやがるのですよぉ《ドミナシオン》ッ!」
「なっ!? 何故私の槍の名前をっ!?」
その叫びとともに、放たれていた《キラージャベリン》が、突然本に吸い込まれていったのである。
「……ふぅ、ちょびっと漏れそうだったのですよ」
ユーヒットは心底安心したように胸を撫で下ろす。
しかしラッシュバルはそれどころではない。
「な、何をしたのだっ!」
当然の質問を怒声混じりに飛ばす。
ユーヒットがゆっくりと立ち上がると、不敵な笑みを浮かべクイッと眼鏡を上げる。そして自慢するように本を開いて見せつけてきた。
その本を見てギョッとしてしまったラッシュバル。何故なら自分の愛用の槍である《キラージャベリン》がまるでその中に閉じ込められているかのように収められていたからだ。
「ニョホホホ! 知りたい? 知りたいですか?」
「む……むぅ……」
正直言って言い方も、その存在すら苛立ちを覚えているが、気になってしまっているのも事実だ。何をされたのか分からない以上、迂闊に近づくのは危険だと本能が叫んでいる。
「ニョホホホ! ならば説明してやりますですよ! やはり知識欲はすんばらしいのですぅ!」
本当に態度が鬱陶しいと思いながらも、今度は静かに説明を聞くことにした。
「この本、何だか分かりますですか?」
それが分からないから聞いたのだと叫びたかったが沈黙を守る。
「ニョホホ! これはですね、《ドミナシオン》と名付けた本なのですが、ある領域に存在する物体のコントロールを得ることができるものなのですよ。そしてコントロールできれば、こうして《ドミナシオン》の中に封じることが可能なのですよ! ニョホホホホ!」
「領域……? そうか、先程の魔力は……」
半球上に広がった魔力領域のことを言っている。
「まあ、領域はせいぜい半径二十メートルほどなのですが、その中にある物体全てがコントロールできるわけじゃないのですよ」
「何だと?」
「あくまでもコントロールできるのは、無生物であり、この本に書かれてある内容を示すものだけなのですねぇ」
「…………いや、待て。それなら不可思議なことがある。私の《キラージャベリン》はこの世にただ一本のはず。今回の決闘の為に許可を得て持ち出した家宝の一つだ。何故その《キラージャベリン》のことを知っている? その名前と説明が書かれていなければコントロールできないのだろう?」
ユーヒットの言う通りなら、《ドミナシオン》に《キラージャベリン》の説明が書かれていなければ、先程のように本に吸収することはできない。
だが家宝である《キラージャベリン》の存在を知っているのは家族だけのはず。
戸惑いを隠せないラッシュバルの問いに、ユーヒットは楽しそうにニコッと口元を歪める。
「《キラージャベリン》……その柄は《ゴドヴィウス鉱石》で作られてあり、三叉に分かれている刃はマークィスドラゴンの牙を加工して作られている……別名《獣殺しの槍》と呼ばれる槍なのですよね?」
「……っ!?」
まさしく的を完全に射た説明だった。何故家族でもない者がこうも詳しいのか疑問に思うのは当然だ。
「な、何故それほど詳しいのだ? いや、誰かに聞いたのか?」
家族と親しいわけがないと思うが、その家族の誰かに聞いたという理由しか思いつかない。
「いえいえ、見ただけでピンときやがっただけなのですよ?」
「…………は?」
今ユーヒットは何を言ったのか? どうも聞き違いをしたようだと思いもう一度同じ質問をぶつけてみたが、
「ですから、ここでそれを初めて見て、こうして戦う前に《ドミナシオン》に書き記しただけなのですよ」
誰かに聞いたわけではなさそうだ。なら何故そんなことができたのか。彼の言う通りならば、ここで初めて《キラージャベリン》を見て、これが《キラージャベリン》だと判断して本に書き込んだということだ。
だが門外不出だったこの槍のことを何故知っているのだと疑問が浮かんでくる。
「ニョホホホ! 戸惑いやがっているようですが、言葉の通り一目見て解釈しただけなのですよ?」
「…………?」
「その黒光りして独特な波紋を浮き上がらせている柄の形状を見て、《ゴドヴィウス鉱石》で作られているということは推測できましたし、その刃も同様です。チラッと見ただけで分かりました。翡翠と琥珀を混ぜたような薄黒い刃、それに光を受けても反射をしないその稀少特性はマークィスドラゴンの牙の特徴そのものです。そして遥か昔に作成された《獣殺しの槍》が、遠い魔界の地へ渡ったという文献を読んだことがあります。その形状が《キラージャベリン》と酷似しやがってるんですよねぇ。恐らく遥か昔、あなたの祖先が魔界に渡った《獣殺しの槍》を大切に保管していたのじゃないですか? ちなみにですけど、その《獣殺しの槍》が《キラージャベリン》と呼ばれたという文献も残ってますよ? まあ、時間が経ち過ぎてほとんど風化してましたが、いや~一応目を通しておいて良かった良かった! ニョホホホホ!」
とんでもないことをさらりと言ってのけるユーヒットに対して、呆気にとられた様子で固まっているラッシュバル。
「もしかしたらあなたは、門外不出の槍などと思っていやがったのかもしれませんが、それはあくまでもあなたの祖先が手に入れやがってからのお話しなのですよ。その前の情報は、確実にこの世のどこかには存在しやがるのですからねぇ」
それにしてもだ。一目見ただけでその性質までも見抜く眼力もそうだが、その知識量にも驚愕する思いだった。
「さすがは不世出の天才――《発明王》ということか」
今度は皮肉では無く素直に感心した。
「しかしやはり馬鹿みたいに説明をしたのはどうかな。たとえ槍を失ったとはいえ、お前の実力は魔法具頼りのみ。それでどうやって私に勝つつもりなのだ?」
あくまでもユーヒットがしていることは防御一辺倒である。攻撃をしないのであればこちらにダメージは無い。それに魔法具についても、馬鹿正直に説明をしたことで、その対処だって考えれば思いつく。
ユーヒットは自分で自分を追い詰めていることを理解しているのかと正気を疑ってしまう。
「ニョホホホ! それは仕方ありませんねぇ。だって僕は武人ではなく、ただの研究者ですから!」
「…………」
「それにです、僕の役目はレニオン様が、相手との対決でご決着なされるまで、あなたを足止めしておくことなのです。ですのでぇ、別に勝てなくても負けなければ良いのですよぉ。ニョホホホ!」
その言葉に苛立ちを憶えた。
「ほほう、ならば本気になった私を、武人でもないお前が止められると? 負けない戦いができると?」
「ニョホホホ! そう言ったのですが、聞いていやがらなかったのですか?」
プチンと頭の中で何かが切れた。
「ならば早々に散らしてやろうっ!」
突如地面から亀裂が走り、そこから水でできた巨大な蛇が三匹も出現した。
「――ブルーバイパーッ!」
三匹の蛇は、獲物を丸飲みしようとするように大きく口を開く。そしてそのままユーヒットに向かって行く。
「こ、これならどうですっ! その力を振るうがいいです――《リベラシオン》ッ!」
慌てた様子で声を発すると、持っていた《ドミナシオン》から青白い光が迸り、突然その中から水色のマントが出現する。
そしてユーヒットはそのマントで身体を覆ったと思ったら、マントごと食べようとしていた蛇たちが、そのマントに触れた瞬間、バチィンッと弾かれたようにただの水に戻り、地面へと飛び散った。
「んなっ!?」
無論その光景にラッシュバルは信じられない面持ちで見つめてしまう。
「な、ならばこれならどうだっ!」
今度はラッシュバルの前方の大地に亀裂が横に大きく走り、そこから勢いよく水が噴出する。
「我が水の極致を受けてみよ! ――タイダルウェイブッ!」
高さ三十メートルはあろうかというとてつもない巨大な津波がユーヒットに襲い掛かる。このまま津波に飲み込まれれば、普通は大量の水の圧力で押し潰されてしまう。
――ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
容赦無く津波はユーヒットに向かうが、彼はマントで全身を覆ったまま地面に伏せている。
「そのまま圧死するか、それとも水の中で窒息死するか《発明王》よっ!」
そして津波が彼を飲み込もうとしたその時――――――――――バチィィィィィィィィンッ!
またもそのマントに触れた瞬間に弾かれることになった。津波はまるで巨大な壁にぶつかったかのように弾け、瞬く間に水が消失していく。
「…………何事だコレは……っ!?」
そう言葉が漏れるのは仕方の無いことだった。明らかに常人なら必死間違いない攻撃をしたはずだった。それなのにユーヒットにダメージどころか、マントにすら傷一つつけられていない。
するとマントからひょっこり顔を出したユーヒットが笑みを浮かべる。
「ニョホホホ! 残念でしたねぇ! しかし落ち込むことはないのですよ! これはそういうマントなのですから! ニョホホホ!」
そしてまたも彼の説明という自慢が始まる。
そのマントは《水絶》と名付けた水魔法を無効化する効果を持った魔法具の一種なのだそうだ。ただし効果発動中は動けず攻撃もできないといった制限がある。
「何とも不可思議な魔法具ばかりを……」
忌々しく睨みつけながら呟く。
「ニョホホホ! そ~れぇ~っ!」
今度は手に持った何かを口元に当てたと思ったら、空高く放り投げた。それはキラキラと光りを反射している。しかもかなりの数だった。
それが地面へと落ちると、形を変え、ユーヒットになった。
「また《写像紙》とやらか」
ユーヒットは《写像紙》を使う条件である、唾液を含ませ上空へと投げつけたのだ。その数は百枚以上は確実にあった。
「さあ、本物はど~れでしょうかねぇ~?」
楽しそうに口角を上げながら言うと、イライラしていることが一目で分かるように顔を歪めているラッシュバル。しかしすぐに戒めるように顔を引き締めると、
「ふん、本当にまともに戦うつもりなどないようだな。ならば私も優先するべき戦いをするとしよう」
そう言うと、クイッと踵を返す。
「あれれ? どうしやがりました?」
「お前は戦うつもりなどないのだろう? ならば私がわざわざご丁寧に相手をしてやる義理などない。私はこのままオーノウス様のご助力になりに行かせてもらう」
そう言うと、そのまま歩き出した。どうやらユーヒットを倒したいという私情は捨てて、オーノウスの援護に向かうことを決めた。その方がより勝利を得やすくなるからだ。
実際にユーヒットがどこまで強いか、オーノウスに指示を受けて戦ってはみたものの、こうして相手が本気で相対する気が無いのなら、いつまでも付き合っているよりは援護に向かった方が全然良いと判断した。
ラッシュバルの言葉を聞いたユーヒットは、笑顔を崩したが、すぐにまたニヤッと楽しそうに笑う。
「それはさせませんですよ? その力を振るうがいいです――《リベラシオン》」
《ドミナシオン》が光り……そして――――――――――ブシュッ!
驚くことにユーヒットがメスで自分の腕を突き、そこからは当然のごとく血が流れ出る。だがそれと同時に、ラッシュバルの動きもピタリと止まってしまう。
(な、何だ……足が動かない!?)
早くオーノウスのもとへ向かわねばならないのに、その先へと行こうとすると足が動かなくなる。思わず一歩後ずさるが、
(後ろには下がれるのか?)
前には進めないが、ユーヒットがいる背後に向かって進むことはできるようだ。
「……何をした?」
ゆっくりと振り向いてユーヒットを睨みつける。
どうせまた何かしらの魔法具を使ったのだろうと思ったが、ユーヒットが血を流しているのを見て目を見開く。無論百人以上のユーヒットが同じ行動をとっているので不気味さがアップしている。
「ニョホホホ! すみませんがですねぇ、レニオン様のお言いつけは守らせてもらいますですよ?」
つまり足止めは続行するということだ。しかしそのことと、血を流したことがどのように繋がっているのか。
「コレ……何でしょ~か?」
ユーヒットが足元を指差した。そこには砂時計が置かれていた。そして魔力でできたような青白い球体状のものが、その砂時計を覆っている。
「……何だそれは?」
「コレは《縛り時計》なのです。その名の通り、この砂が落ち切るまで、ある一定の空間から出られないようになっていやがるのですよ」
「また厄介なものを……」
正直もううんざりするような思いだった。
まるで不気味なおもちゃ箱のような奴である。
「ニョホホホ! まあ発動するには血が必要だったのですが、ニョホホ、すこ~し刺し過ぎちゃいましたかね?」
ポタポタと地に落ちていく血を見て、なかなか放置しておけないほどの傷だと推測できた。しかし今はオーノウスのもとに向かうために一刻も早く《縛り時計》を破壊する必要がある。
すぐさま大地を蹴って間を詰めると、握り潰そうとして触れようとするが、バチバチバチィッと、触れた瞬間に魔力が放電現象を起こしたようになり、そのせいで手に火傷を負った。
「……ちっ」
「ニョホホホ! 破壊するのは難しいのですよ! さあ魔軍総隊長殿、もう少しだけ、僕の余興に付き合って頂けたら嬉しいのですがねぇ」
これは予想以上に面倒な相手だと思い舌打ちをする。だがこの相手をどうにかしなければならないのもまた事実だ。
(すいませんオーノウス様、まだ時間がかかりそうです)
申し訳なく思いながら、ユーヒットを倒すために魔力を放出していく。
※
額からは夥しいほどの汗が流れ落ち、手に持っていた剣はその半ばから真っ二つに折れている。激しく息を乱しながらも目の前に無傷で立っている敵を睨みつけるのは【獣王国・パシオン】の第二王子であるレニオンだ。
「いまだ《転化》も完全には使い切れていないようだな」
腕を組みながら精悍な顔つきでレニオンを見つめる《魔王直属護衛隊・序列四位》のオーノウスの言葉を聞き、舌打ちを返す。
「へっ、勘違いしてんなよ。ここからが本当のリベンジの始まりだ!」
レニオンを中心にして暴風が生まれる。オーノウスは警戒し足を踏ん張る。そして段々とレニオンの身体が薄緑色に変色していく。
「ほう、全身《転化》が可能だったか」
「だから言ってんだろ! ここからだってな!」
「今までは様子見ということか。ずいぶん余裕なのだな」
「…………うるせぇ」
実はレニオンの全身《転化》は条件を有するのだ。
それは気分の高揚とともに、戦闘状態をある一定以上保つ必要があるのだ。本来ならそのような条件などないのだが、そこはまだ未熟なレニオンだということだ。
しかし一度発動すればかなりの時間《転化》を維持し続けることが可能になる。
「行くぜ犬野郎っ!」
「……こちらも参るぞ」
二人は一挙に間を潰すと激突する。レニオンは手に持った壊れた剣を投げつけたと思うと、そのまま跳び上がり蹴りを食らわせる。
オーノウスは紙一重で飛んでくる剣をかわしながら、レニオンの足を掴もうとする。
「ムダだぁっ! ――《打風爆》っ!」
瞬間、レニオンの身体が爆発したように弾ける。
「ぬおっ!?」
レニオンの体から生まれた爆風により、その場から凄まじい勢いで飛ばされていき、大岩に激突する。
その岩に磔になった直後、その目前に風のように突然現れるレニオン。
「まずは前回の礼だぁっ!」
右拳に力を込めるとそのままオーノウスの腹に目掛けて突き出した。
「ぐぅっ!?」
大岩を破壊しながら、一撃を受けたオーノウスは吹き飛んでいく。すると今度はその背後にレニオンが出現する。
「おらあっ!」
今度はサッカーボールを蹴り上げるようにオーノウスを上空へと飛ばした。
「そぉれっ! もう一つだっ! ――《打風爆》っ!」
身体を回転させて、踵落としを空へ吹き飛んできたオーノウスに向けて放った。
――ドガガガァァァンッ!
オーノウスは攻撃を受けて、そのまま地面へと落下し激しい衝撃音を響かせる。周囲には土煙が漂う中、ようやく借りを返せたかと笑みを浮かべるレニオンがいた。
「へへ、どうだ? これが俺様の力だ!」
土煙の中にうっすらと見える影が静かに立ち上がる。パラパラと小石や土がその影から地面へと落ちていく音が聞こえてくる。
次第に煙が晴れていき、そこに立っているであろうオーノウスを見て、レニオンはギョッとなる。
「……バカな……っ!?」
何故ならオーノウスの体に刻まれたはずの傷が、見る見るうちに塞がっていくのだから。
打撲傷や擦り傷が、シュゥゥゥと音を立てて治癒していく。その光景はまさしく治癒魔法を自らにかけているようなものだった。
「……それで終わりか?」
「……っ!?」
何事も無く平然とそう言い放ったオーノウスにレニオンは苛立ちで歯を鳴らす。
「テメエ……『魔獣』のはずだよな? 何で治癒魔法を使いやがるんだ!」
「ん? ああ、これは治癒魔法などではない」
「……何だと?」
「俺がどうして《魔王直属護衛隊》という地位にまでなったか知っているか?」
「……?」
レニオンは眉をひそめる。当然その理由は知らない。
「無論身体能力で他の者よりも勝っていたという事実もある。しかしな、それだけでは『魔獣』である俺にはとても《魔王直属護衛隊》にはなれなかった。幾ら友であるアクウィナスの推薦だとしてもそう簡単ではない」
オーノウスの話に少し興味が惹かれたのか黙って聞いている。
「だが俺には、この異常なまでの回復力があった」
「回復力……だと?」
「そうだ。俺は生まれつき通常では考えられないほどの回復能力が備わっていたのだ。だから俺は、このタフな身体を使ってもらおうと魔王様に進言した。この命がある限り、魔王様の命を守る盾になると」
「…………」
「魔法は使えないが、俺の戦闘能力とこのタフさで《魔王直属護衛隊》になったのだ。だから一つ教えておいてやろう」
「……?」
「あれくらいの攻撃では、何度やっても俺の死には永遠に届かんぞ?」
「ぐっ!」
射殺さんばかりの視線をオーノウスにぶつけると、レニオンは瞬時に彼の懐へと侵入し、またも《打風爆》を使用してオーノウスを吹き飛ばそうとするが――ドガッ!
突如オーノウスが少し下がると地面に向けて拳を突き入れた。肩の近くまで腕が沈み込む。これを楔のようにして、爆風に吹き飛ばされないようにしたのだ。
そして弾かれた風がもとの形に……レニオンという個体に戻っていく。
オーノウスはその瞬間を狙っていたのか、腕を勢いよく引き抜くと、
「元に戻る時に隙ができるっ!」
すぐさま詰め寄ってきたオーノウスがレニオン目掛けて腹に掌底を放つ。
襲ってくる激痛にレニオンは顔を歪めつつ後ろへと吹き飛んだ。
「ぐ……が……っ」
一瞬にして息が肺から消えていき、目の前が真っ白になるほどの一撃だった。《打風爆》の使用後は確かに無防備になるのが弱点だ、見事にそこをつかれてかなりのダメージを受けてしまった。
しかしそこでハッとなり腹を押さえながら立ち睨みつける。
「ど、どういうことだテメエ……? なん……で……俺を殴れる?」
レニオンは今《転化》している。故に風そのものになっているといってもいい。普通に考えて風を殴ることはできない。攻撃するためには魔法を使うか、魔法の力を宿した武器を使う必要がある。単純な物理攻撃では《転化》した相手を傷つけることはできない。
しかしよくよくオーノウスの身体を見て言葉を失いかける。そこに立っていたのは間違いなくオーノウスなのだが、彼の全身を覆うように赤色のオーラが発現しているのだ。
「な……んだソレ……?」
当然魔力でないことは分かる。何故なら魔力の色は青白いからだ。身体から魔力を放出して攻撃すれば、確かに《転化》にも少なからずダメージは与えられるがかなり効率は悪い。
今受けた威力と、赤い魔力のようなものを見て困惑してしまうのは無理も無かった。
「……もし興味があるのなら、この決闘が終わり、同志になった時に教えてやろう」
――ヒュンッ!
「え?」
まるで転移でもしたかのようにオーノウスが目の前から消失する。そして即座に感じた右腕の焼けつくような熱感。それは誰かに掴まれている感覚を感じて注意を向けると、
「これで終わりにしようか」
目を光らせた獰猛な獣がそこにいた。
「うおっ!?」
腕を引っ張られたと思ったら、ピタリともう片方の手が、掌底の形でレニオンの腹部に触れる。何をするつもりなのか分からないが、もう一度《打風爆》を使って逃れようとした時、
「遅い!」
火傷しそうなほどの熱を掴まれている右腕と腹部に感じる。
「――《熱破掌》っ!」
「ごほぉうぅっ!?」
突如レニオンの背中に赤い衝撃が突き抜け、それと同時に身に着けているものの背中の部分が破裂したように弾かれた。
背中からシュゥゥゥっと湯気が立ち昇り、そのままレニオンは膝が崩れ落ちる。
「がぁ……う……っ」
ドスッとそのまま地面へと俯せに倒れてしまう。
「ぐ……く……そぉっ……!」
レニオンは必死に身体を動かそうとするが、全く力が入らずそれどころかドンドン力が抜けていってしまう。
いつの間にか《転化》も解けているようで、そんなレニオンを冷ややかにオーノウスは見下ろしている。
「その若さでここまでの実力を身に着けるとは恐れ入る。だがこちらも負けるわけにはいかんのだ。すまないな」
レニオンは腹部と背中が熱されているかのような熱さを感じながら、悔しさで歯を噛み締め唇まで切っていた。
「……悔しいか?」
何も言い返さず、全身を震わせている。それにその目からは確かに涙が流れ出ている。同じ相手に負けたことがこれほど悔しいとは思わなかった。
しかも言い訳の余地などない完膚無きなまでに叩きのめされたのは、レオウード以来のことである。
もしかしたら自身の父親と同等の力を備えたオーノウスの力を知って、胸の奥では嫉妬と悔恨が渦巻いている。
「ぐっそ……くそくそ…………くそぉ……」
そんなレニオンの様子を見てオーノウスは静かに目を閉じると、
「お主はまだ若い。まだまだ強くなれる可能性を秘めている。今回の戦いで心を折るか、それともさらに飛躍するかはお主次第だ」
「…………」
「……フッ、それにお主とはまた戦ってみたい」
その言葉に少しだけ眉を動かすレニオン。
何故だろうか、ほんの少しだけ痛くて苦しかった胸が楽になったような気がした。
「だがその時は、父親を越えて来い。楽しみに待っているぞレニオン」
「…………ちっ」
しばらく沈黙が場を支配する。
そしてゆっくりとレニオンは口を動かした。この言葉だけは、たとえ虚勢だとしても言っておかなければならないと思って。
「―――――次は必ず勝ってやる」
「……ああ」
「…………まいった」
こうして第四回戦の勝者が決定した。




