第一森人に出会っ・・・・・た?
ただ今絶賛森で迷子である。
現実逃避の為、ちょっとRPG風に考えてみる。
職業、学生。
特技、料理。家事一般。
装備、布の服。
武器、木の棒。
た、頼りねぇえええええ!!
周りはどう見ても魔の森って感じの場所だ。
鳥が飛べばびくっとし、草木が揺れるとびくっとし、挙句木の幹に躓いて叫ぶ自分にびくっとする。
幸い、変な生き物に襲われて命の危険にさらされるようなことには今のところなっていない。
何故か進もうとした先で、いきなり見知らぬ生き物がぐわっと飛び出してきて驚かされるが、方向を変えると全く何も出てこないというパターンが多いことに気付いた。その繰り返しなので、何となく何も出てこない方へと足を進めていると、生き物の気配はするけれど、どこか遠巻きに見られている、といった感じだ。
それにしても、疲れと共に次第に思うことは暇である、という現実だ。
行けども行けども似たような木ばかりなので、ちっとも進んだ気がしない。
かれこれ何時間歩いているだろう。
幸い足元は履きなれたスニーカーなので足が痛いということは無いが、さすがに疲れは襲ってきている。田舎育ちのもやしっなのですよ私は。なのであまり体力には自信が無い。
以前旅をしていた時は一日歩きどおしなんて日常茶飯事だったが、みんな見目麗しい外見とは正反対に、私とは比べ物にならないくらい体力馬鹿であった。
レオや騎士はともかく、聖女様なんて、深層の令嬢って風貌なくせに疲れた様子一つ見せなかったのは素直にすごいわーと感心した。
神官のアイツも本ばっか読んでる見た目もやしのくせに意外に体育会系だった。そして見たくも無いのにうっかり見えてしまった上半身(事故。そう、あれは事故だったんですよ)は意外に筋肉がついていた。人を見かけで判断してはいけないとしみじみ思ったものである。
私は普通(ここ強調)の人間なので、意地で旅していたけれど、何度レオにお世話になったか・・・。しょっちゅう負ぶわれていたり、限界まで歩きすぎて貧血を起こして気が付いたら周りの氷点下の白い眼とレオの心配そうな顔が側にあったなんてことは日常茶飯事であった。
ただ、後から気付いたことだが、皆体力回復の魔法をこまめにかけていたらしい。涼しい顔しながらズルしおって・・・。
ちなみにレオは私に密かに魔法をかけようとしたが、なぜか効かなかったらしい。どうも私は魔法というものと相性が悪かったようである。
あの時は毎日が嫌でたまらなくて、元の場所に戻りたくて仕方なかった。
どうして私だったのか。
どうしてこんな目に私が会わないといけないのか。
勝手に望んでもいないのに異世界に飛ばされ、その先では髪と目の色のせいで理不尽な目に逢うことが多々あった。色んな意味で身の危険を感じたことは一度や二度などではない。
そんな中、レオだけは何故か私を守ってくれていた。
『ねえ。レオはどうして私を守ろうとするの?気を遣うのも疲れるだろうし、義理とかそういうんだったら別にいいんだけど』
一度聞いたことがある。
・・・・思えば何でそんな投げやりにひねくれた言い方をしてしまったんだろうと今更に思う。あの時はかなりやさぐれていたんですよ私・・・。我ながら子供っぽい言い方をしたものだと思う。
すると、少年と青年の境目の年齢だったレオは笑って言った。
『気を遣うとか、義理とか、そういうのではないよ。俺は俺がやりたいようにするって、あの時決めたんだ。何があっても、ヒナコを守る。誰かに言われたわけではないし、俺自身が決めたことだ』
私より年下のくせに、レオはこの頃から精神年齢が大人だった。
そして密かにうっかりときめきそうになったのは本人には秘密である。
だって異性に「守る」なんて言われたのはレオが初めてで、その後もレオだけだし、あいつも見目はかなり良いので普通の女子ならときめかないはずはない。うん。
かといって、す、好きだから(ええいっ恥ずかしい!!)と言って自分の故郷を捨ててまでどうして私の側へ来ようと思ったのか未だにわからない。
レオならどんな地位でも女性でも選り取りみどり、選び放題だろうに、なんで平凡な私なんだ。
人の好みをどうこう言うつもりは無いが、本気でレオの趣味を疑ってしまいたくなる。
相変わらず何故か朝起きたら抱きしめられて寝ているし(それで起きない自分が嫌になる・・・)、微妙な空気にふいになった時に絆されそうになってあからさまに空気を変えてみたりと、うやむやにしたままこの微妙な関係を続けているのもどうにかしなければと思っているのも事実だ。
まぁ・・・今回実家に来て、思いがけず父親が帰ってきて子供の用に癇癪を起して飛び出してしまった私を見て、さすがにレオも呆れただろう。
戻ったら改めて、レオともう一度今後のことをちゃんと腰を据えて話し合わなければ。
でも。
「・・・戻れるのかな・・・」
思わずついて出た言葉。
そして私は足を止めてしまった。
どうしよう。考えないようにしていたのに、ぽろりと出てしまった言葉に怖くなる。
以前こちらに来たときは、巫女として神様(結局会ったことはないけれど)に喚ばれたから戻ることができたけれど、今回はおそらく違う。
今いるこの場所が、実は以前来た世界では無かったらどうしよう?
全くまた違う場所で、言葉も通じなかったら?
誰にも会えず、このまま森の中で一人きりだったら?
二度といつもの日常に戻れなかったら?
怖い。
見知らぬ場所で、一人だという現実と、何もわからないという不安。
辺りも次第に薄暗くなってきており、間もなく夜になる。
縋るものも何もなく、本当に一人だ。
レオが側に居てくれた時は、こんなに不安になることはなかった。
恐怖はあったけれど、どこか安心感があった。
いつも、側にいてくれたから。
本当に一人きりになって、どれだけレオが自分に安心感を与えてくれていたかということを気づかされた。
ぽたり、と足元に何かが落ち、見下ろすと土が雨が降ったように点々と濡れていた。
いや、雨ではない。
私が泣いているんだ。
頬に手を当ててみると、いつの間にかぽろぽろと涙が出ていた。
「う・・・・」
一度流れ出したら止まらなくなった。
怖い。
一人は、嫌。
誰か―――――・・・・。
「レオ・・・・レオ・・・・っ」
思い浮かんだのは、レオだった。
―――レオだけだった。
「・・・ふ、ぇ・・・・・レオ・・・助けて・・・っ」
こんな時にレオに助けを求めるのなんて、都合がいいのは解っていた。
けれど、もう一歩も動けなくなって、座り込んで子供みたいに泣きながらレオの名前を呼ぶしかできない。
いつもは大人ぶって、背伸びして、人には頼らず自分でどうにかしようとする私。
でも、実際の私は人に弱みを見せるのが苦手で、ひねくれていて、周りの人に―――――レオの優しさに甘えている、ただの大人ぶったちっぽけな子供だった。
私は小さな子供みたいに膝を抱えて、レオの名前を呼びながら泣いていた。
―――――――夢を見ていたみたいだった。
誰かが優しく、頭を撫でている。
小さい頃、眠っているときお母さんが頭を撫でてくれていた時、感じていた安心感。
暖かくて、思わず側にあった温もりにぎゅうっと抱きつくと、ソレが僅かに強張ったような気がしたけれど、何となく気持ちが良かったのでそのまますり寄ってしまう。相手も戸惑っていた様子だったけれど、逡巡した後背中を優しく叩いてくれた。
それにしても、いつの間に私はベッドに入ったんだろう。
夢うつつに、ぼんやりとした頭で考える。
・・・・・ん?
ベッドにしては下がごわごわしている気がする。というか地面みたいに硬い。
そして被っている布団も薄い。
何より、空気がやけに外みたいに澄んでいる。
外。
森・・・・・。
そして抱きついているものは明らかにヌイグルミのような柔らかさではない。
あれ、私、森で迷ってたんじゃなかった・・・・け?
次第に頭がクリアになってきた。
泣き疲れて、いつの間にか眠っていたのだろう。
・・・・冷や汗が密かに流れる。
抱きついているものは、明らかに人間・・・・しかもレオではない誰かだ。
こ、怖っ!!
さっきまでとはまた違う怖さがある。
けれど、このままこうしているわけにもいかない。
恐る恐る、目を開ける。
辺りは暗い。
陽はすっかりと落ちていて、ぼんやりと淡い光だけがふわふわといくつか浮いている。
思ったよりも近くに、少年の顔があった。
十二、三歳くらいの金髪碧眼の、かなりの美少年だ。
驚いたように、男の子は目を見開いて私を見ていた。
私もかなり驚いていた。
というか、二人して固まっていた。
今の状況も忘れたまま、私は混乱していた。
相手も同じだろう。
・・・・・とりあえず、第一森人に出会えた、の・・・かな?
「え・・・と、こんばんは・・・・?」
最初について出た言葉は、こんな間抜けな台詞だった。