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夏休みと帰郷 その二


夏休みといえば観光客。お客さんのかき入れ時である。

商売繁盛。結構結構。


ちなみに私の実家であるお店『小鳥亭』は小さいながらも旅行雑誌に載っている。

なので、長期の休みなどには遠方からのお客さんもちらほらと訪れ、多少なりと客足も伸びる。

そう。例年ならば。




「いらっしゃいませ」


料理を運びながら、新たにやって来たお客さんに声をかける。


「申し訳ございません。ただ今満席でして、一時間ほど待っていただけなくてはならないんですが・・・。連絡先を教えて頂ければ、手前にお呼びすることもできますが如何いたしましょう」


せっかく来てくれたお客さんに謝りながら、私は順番待ちのボードを差し出す。


「一時間・・・結構かかるのね。どうする?」


友達同士で遊びに来ているのだろう。

私より少し年上の女の人たちが、顔を見合わせて相談を始めた。


今年は多少、どころではなかった。

正直目が回る。


お客さんがたくさん来るのは嬉しいことだけど、さすがにここまで混んだことは私が知る限り一度も無かった。

しかも見渡した店内の八割は若い女性ばかり。残りの二割は家族連れ。

いつも店にきてくれている常連さん達は気を遣ってくれたらしく、あまり来ていない。


すみません、店が通常運転になればサービスします。


どうしてこんな状況になっているのかというと。

そうですよ・・・原因は彼ですよ・・・。

ちらりと見やる視線の先。


「お待たせ致しました。本日のランチになります」


にこりと勇者スマイルで接客業をソツなく行っているのは元勇者のレオである。

日本人離れした均整のとれたモデル張りの長身に、そんじょそこらじゃめったに直にお目にかかれないような整った顔立ち。人当たりの良い微笑み(ただし営業用)。

七分丈の白いシャツに黒いタイ。黒のズボンに、下だけの黒いエプロン。

いつの間に調達してきのか、ちゃっかりと店の制服姿である。

スタイルいいと何を着ても様になるって正直羨ましい・・・・。


注文を取りに行ったり料理を運んだりしているとき、私が担当の時とレオが担当の時との反応差が雲泥の差である。

私の時は用件だけ済ませてすぐに自分たちの世界に入り込むのに、レオが行くと夢でも見ているように顔を赤らめたまま後姿さえも追っているのだ。

中にはレオが近くを通るたびに水のおかわりを頼んでいる女性もいる。

外国では日本と違って水も注文しなければ出ない所もあるらしいが、今だけそれをウチもやってみたら売上が超アップかもしれない。まぁそんなことはしないけどね。

中にはレオに「この後遊びに行きませんか?」と声をかけたり、私にレオのことを聞き出そうとする猛者もいる。

「仕事中なので申し訳ございません」と営業スマイルでかわしているが。

売上が上がるのはいいが、正直自分の営業スマイルが強張っていないかという気がしてきた。

常時笑顔のままのレオが正直すごいと思った。

さすが慣れてるな!!


・・・・・内心はともかく。


レオは仕事に文句ひとつ言わないし、お母さんともおじいちゃんとも関係は良好だ。

けれど、二人の目が無い時、アパートでいた時のようにスキンシップを取って来るのでどうにかならないものかと思う。

ああ、さすがに目が覚めたら隣にいるってことはないですよ!部屋別だし。





なぜレオが店で接客を行っているかというと、それはお母さんの一言から始まった。






「せっかくだから、レオ君もウチの店で接客してみない?」


実家に戻って早々、私は店の手伝いとして駆り出されることになっていた。

その間レオにはおじいちゃんの話し相手にでもなってもらおうかと思っていたのだけれど。


「ああ、それはいい考えだな。どうだ、坊主。やってみるか?」


「そうですね。泊めてもらっている礼もしたいし、やらせてください」


「ええっ本当にすんの?」


勇者に給仕させるってどうなのよ。

まぁ二人はレオをただの留学生だと思ってるだろうけどさ・・・。


あっさりとレオが店を手伝うことは決まってしまった。

そして現状に至る。



まぁでもとりあえず、商売繁盛実に有難いことである。


そんな風に日常が平穏に過ぎていくだけだと思っていた。






―――――あいつが現れるまでは。











嵐のようなランチタイムが終わり、お客さんもようやく一段落した。

貼り付けている笑顔の表情筋が若干引き攣りそうになってきていたので、休憩に入れるのが大いに有難い。


「お疲れ様、二人とも。遅いけれど昼食を準備するから少し待っていてね」


「はい」


「あっお母さん!私オムライス食べたい!」


手を上げてリクエストする私に、お母さんは苦笑しながら「はいはい」と言った。

ウチで出しているオムライスは二種類。

中身は同じチキンライスだけれど、外の卵は薄くしっかりと焼いた物と、ふわふわとろとろ半熟の卵の物。

ちなみに私は薄く焼いた方のオムライスが好きである。

食べれないこともないんだけど、半熟ってちょっと苦手なんだよね・・・。


料理ができるまで、私は入り口前に打ち水をするために外に出た。

殺人的にキツイ日差しがじりじりと皮膚を焼く。


「暑いから中にいていいよ?レオ」


「手伝う。二人でやった方が早いだろう」


「じゃあお願いする。ありがと」



一旦店の前の掃除をした方が良いだろうと思い、私はレオに箒を渡して店の裏手にホースを取りに回った。蛇口も裏である。


長いホースをずるずると半分引きずりながら表に戻っていると、話し声が聞こえた。

レオと、もう一人男の人の声。


それが聞こえた瞬間、私は嫌な予感がした。


「まさか・・・・・・」


表に戻ると、レオと世界で一番見たくない人間の姿が見えた。

お客さんと思ってレオは入店を断っている様子だ。



「申し訳ないですが準備中なので・・・」


「大丈夫だよ。だって僕は・・・・!!ああっ雛子!!」


くたびれた服にぼさぼさの頭。無精髭。使い古された鞄はボロボロで、所々ほつれている。

丸い眼鏡にはヒビが入っている。

満面の笑みを浮かべてぶんぶんと手を振る男。



「っっなんであんたがいるのよっ!!?」


思わず叫んだ私に、男はへらりと笑いかけた。


「何でとはひどいなぁ、雛子。それにあんたじゃなくてお父さんじゃないか。久しぶりだね。元気だったかい?」


「・・・・・お父さん・・・?」


普段あまり驚かないレオが珍しく驚いているようだったけれど、今の私にはそれに気づく余裕が無かった。



小鳥遊創平。


私の父親で、世界で一番大っ嫌いな人間だった。




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