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夏休みと帰郷 その一

セミが朝早くからミンミンジワジワと鳴いている。

社会人は関係なく汗を流しながら働いているが、子供たちは夏休みの宿題を放ってプールや海、お祭りキャンプと遊ぶのに忙しい。

そう、世間は夏休みである。


例年なら、夏休みは実家に帰って家の手伝いをして、地元の友人と遊ぶのが常である。

が、今年はレオがいる。

アンジェリーナも気まぐれだが頻繁に家に来る。

私の手料理はそれなりに気に入ってくれたらしい。こちらの料理が珍しいというのもあるかもしれないが。

レオを一人置いていくのも何となく不安だし(絶対ついてくると言うだろうな・・・)、実家に連れて行くのもどう説明したらいいものかと悩む。

結局この夏休みは実習や課題があるから帰れない、と理由をつけて連絡をしようとした矢先。




『もしもし、雛子?』


「あ、お母さん」


携帯に着信があり、画面を見ると母親からだった。


『夏休みに入ったのよね。いつごろ帰ってこれる?』


「あー・・・そのことなんだけど・・・」


今年は帰れない、と言おうとしたが、母親の一言で言葉を飲み込んだ。


『それがね、おじいちゃんがぎっくり腰になっちゃったのよ』


「ええ!?大丈夫なの?」


『ただのぎっくり腰だもの。でも暫く安静にしとかないといけないのよね。だから、できるだけ早めに帰ってきて、手伝ってほしいの』


「・・・・分かった」


そういうことなら帰らないわけにはいかない。

問題はレオをどうするか、だ。

ちらりとリビングで本を読んでいるレオを見やる。

来るだろうなぁ・・・絶対。


「ねぇ、お母さん。一人家に連れて行ってもいい?私がそっちにいる間、泊めてほしいんだけど」


『いいわよ。彼氏?』


「違う!!」


反射的に出た大きな声に、レオは僅かに目を見開いてこちらを見ていた。
















新幹線と電車を乗り継いで、久しぶりの故郷の空気を吸い込んだ。

ちなみに両方合わせて片道六時間である。腰が痛い・・・。

飛行機と言う手もあるが、なにぶん学生なものでそんな贅沢できるようなお金は無い!


「ここがヒナコの故郷か」


隣に降り立ったレオが、小さな駅を物珍しそうに見ていた。


「そ。何もないけどね」


実際さほど大きな町ではないので、目立った観光地なども無い。

海にも面しているので、大きな海水浴場ほどではないが、夏の間は海水浴客で少しにぎやかになる。

同じように電車を降りた家族連れやカップルたちが、大小の荷物を持って海へと向かって行った。


「何もないことはないだろう。ヒナコの生まれ育った町だ。空気も澄んでいて、良い場所だ」


まぁ確かに、都会の喧騒と比べればかなり空気は澄んでいるだろう。

潮の香りもするけれど。

駅は坂の上にあるので、家の間から太陽がキラキラと反射している青い海が見えた。


「海の色も同じなんだな」


レオがぽつりと呟いた。


「――あっちが懐かしい?」


そう聞くと、レオはあっさりと「少しな」と答えた。


「帰りたくなったんじゃない?」


「いや」


即答ですかそうですか。

うーん・・・ずるずるとレオと一緒に居る時間が長くなってきたけれど、それもそろそろどうにかしなければ・・・。



それにしても、道中目立って仕方がなかった。

都会なら外国人はそれなりにいるのだが、有名な観光地はともかく、田舎の方に行くと外国人は非常に目立つ。

しかもレオだ。

至る場所で女性の視線が痛かったですよ。

私が少し離れただけで女性に逆ナンされてたからね。あと、どっかの事務所にスカウトされてた。




「さて、こっから少し歩くからね」


そう言うと、さりげなく荷物を奪われた。せっかくなので好意に甘えることにする。自分一人が手ぶらでなのは気分的に嫌なので、お土産の紙袋は持ったけれど。


アスファルトの照り返しの熱気にうんざりしつつ、できるだけ日陰に寄り添いながら歩いていく。

私の家兼お店は海からは反対側に駅から二十分ほど歩いた先にある。

母親と祖父には「海外からの留学生で、日本の一般家庭にホームステイしてみたいという理由で連れいくことになった」と言ってある。

若干苦しいが・・・。

友人の唯にはかなりしつこくレオのことを聞かれたけれど、正直に事実を話すと頭のかわいそうな人になってしまうので、他の学校の留学生を一時的に預かっているという説明をした。


「はいはい、そういうことにしといてあげるわ」


と生暖かい目で見られた。絶対誤解されてる・・・。

それ以上ごまかせなかったから仕方ないじゃないか!!


と、ふつふつと考えながら歩いていると、見慣れた小さな店が見えてきた。


「あれがそうなのか?」


「うん」


赤いレンガ造りの、少し洋風な外観の小さな店だ。

ランチタイムは終わっているし、今日は後は休みにすると言っていたはず。

「CLOSE」の札はかかっているが、この時間なら片づけをしているところだろう。



――カランカラン。


入口のドアを開けると、ベルの音が店内に響く。

ひんやりとしたクーラーの冷気が全身を冷やす。


「ただいまーお母さん?」


誰もいない店内を見回すと、奥の調理場から声が聞こえた。


「あら、おかえりなさい、雛子。思ったより早かったのね」


ひょいとカウンターの向こうからお母さんが顔を出した。手に布巾を持っているので、お皿でも拭いていたのだろう。


「暑かったでしょう。入ってらっしゃい」


入口で止まっていた私は、レオを促すように店内に招いた。

お母さんの目が驚いて見開かれたのが解る。


「まぁ・・・彼が雛が言ってた人?」


「うん。彼はレオ・ルーデンス。レオ。この人が私の母親の小鳥遊美和子」


「初めまして。レオ・ルーデンスと言います。ヒナコさんにはいつもお世話になってます」


おや。珍しく初対面の人間なのに勇者時の営業スマイルじゃない。あれ胡散臭かったんだよなぁ・・・。

というかヒナコさんって何。


「あらあらまあ。ご丁寧にどうも。雛子の母です。そんなに畏まらなくても良いのよ?ウチの子ったら融通が利かないし、迷惑かけてしまってるんじゃないかしら」


迷惑かけられてるのは私だよ!!とつっこみたいのをぐっと飲み込む。


「いえ。彼女にはいろいろと助けられています」


「ならいいんだけど・・・あら、ごめんなさいね。私ったらお客様に椅子も勧めずに。丁度休憩時間だし、座って頂戴。アイスティーでいいかしら」


レオはお礼を言って窓際のテーブルに座った。

私も向かいに座る。


久しぶりのお店の中は変わっていない。

創業当時、拘って揃えたという、北欧で作られたテーブルと椅子。

古めかしい、カチコチと鳴る壁掛け時計に、至る所に飾られた花瓶と花。

けっして華美ではないけれど、落ち着いた雰囲気が小さい頃から大好きだった。


「お待たせ」


お母さんがアイスティーをレオの前に置き、私と自分の分も置いて座る。


「ありがとうございます。頂きます」


「どうぞ。お口に合えばいいんだけど」


ストローで一口飲むと、懐かしい味が広がる。

ダージリンやアッサムなど、定番のアイスティーは当然あるが、創業当時からある店のオリジナルブレンドティーが私は一番好きである。


「初めての味です。美味しいです」


「ありがとう。美味しいって言ってもらえるのが一番だわ」


どうやらレオも気に入ったらしい。


「お母さん。おじいちゃんは大丈夫なの?」


カラカラと氷をストローでかき混ぜながら私が聞くと、お母さんはあっさりと頷いた。


「大丈夫よ。病気じゃないもの。でもお医者さまからは一週間は安静にしておくようにって言われてるから、家で寝てると思うわ」


それなら安心である。

ホッとした私だったけれど、次の言葉で危うくアイスティーを吹き出しそうになった。


「ところで、レオ君って呼んでいいかしら?二人は付き合ってるの?」


「ゴフッ!!」


き、器官に入った・・・!!


「何やってるのよ」と言いながらお母さんは私の背中を摩っているが、貴女のせいですよ貴女の!!


「大丈夫か?ヒナコ」


心配してくれているレオに頷きながら、じろりとお母さんを睨み付けた。


「げほっ・・・だからっ付き合ってないってば!電話で言ったじゃない」


「本当にそうなの?」


私を無視してお母さんはレオに聞いた。


「そうですね。ヒナコさんと俺が恋人かと言うと、まだ違うという答えになるでしょう。ただ、俺が彼女に好意を寄せているのは事実です」


「まあ!やっぱり!?」


ちょぉおおお!!なんてことを言ってるんだ!!


「雛子ってば、こんな素敵な男性に好きだって言われているのに、本当にまだ付き合ってないの?」


「いやいやいや・・・ちょっとお母さん・・・」


「ごめんなさいね。このこって昔から意地っ張りだし素直じゃないから・・・。彼氏の一人できたことも無いし」


「ちょっと!余計なことを言わんでよろしい!!レオも!」


というか人を置いてけぼりにして話を進めるんじゃない!


「今はまだ違いますが、いずれきっとそうなります」


どっからくるんだその自信は。

もうツッコミも疲れましたよ・・・。


それは別にいいんだけど、「いつかウチの息子になってね」ていうのはやめてお母さん。

どうして本人を置いてけぼりにしてそんなに話が飛躍するんだ。

レオも「はい」と頷くんじゃない!!



後で会わせたおじいちゃんもレオのことを気に入ったらしい。

おじいちゃんはレオと酒盛りしながら異様に盛り上がっていた気がする。

短時間で何でなんだ。そりゃあまあ良い人ではあるだろうけどさ。

勇者ということを除いても、レオの人柄は人を自然と惹きつけてしまうらしい。

というか腰が痛いのにお酒なんて飲んで大丈夫なんだろうか。

しかもおじいちゃんはレオのことを「坊主」と呼んでいた。元勇者に坊主って・・・しかも外人だよおじいちゃん・・・。

レオは全く嫌そうじゃなかったけどね・・・。



暫く過ごす実家での生活を考えると、私はため息しか出なかった・・・・・・。









「ちょっっお母さん!!小さい頃のアルバム引っ張り出してくるのやめて!!」


「どうして?見て見てレオ君。この写真、雛子ったらお気に入りのワンピースをこけて泥だらけにしちゃって、大泣きしちゃったのよー」


「懐かしいのう。ああ、これは保育園の発表会で森の動物Aをやった時の写真だ。一人だけ踊りの向きが左右間違っていたんだったなぁ」


「へぇ。ヒナコはやっぱり昔から可愛かったんですね。あ、これは?」


「これは丁度澄まして写真撮ろうとした瞬間くしゃみが出て変な顔になってるのよ。すごいタイミングだったわ」


「これは年長の時か。おねしょをしてしょげ返っている写真だな」


「お願いします。もうまじで勘弁してください!!!!!」



わりと本気で泣きそうになった。

小さい頃の古傷を抉り出さないでください。



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