「休むと罰が当たる」と育てられた私に、旦那様が「今日の仕事は昼寝だ」と命じました
「今日の仕事は昼寝だ」
朝食の席で、旦那様がそう言った。
私は、手に持っていた帳簿を、危うく取り落とすところだった。
「……ひる、ね、ですか」
「そうだ。昼に寝る。昼寝だ」
旦那様――ユリウス・ヴェルナー公爵閣下は、紅茶の杯を置いて、私の顔をじっと見た。
氷の公爵、と社交界で呼ばれている人だ。
銀色の髪に、薄い青の目。表情はほとんど動かない。
「ですが、今日は月末の締めで、使用人のお給金の計算と、冬支度の発注と、それから客間のカーテンの繕いが」
「全部、家令にやらせる」
「家令のハンスさんは、もうお年で」
「ハンスは君より四十年長く、この家の帳簿をつけている」
壁際で、白髪の家令が、深々と頭を下げた。
私は、帳簿を胸に抱えたまま、言葉を失った。
「それに」
旦那様は、少しだけ目を細めた。
「君は今朝、階段で二度つまずいた」
見られていたのだ。
顔が熱くなった。
「あれは、少し、寝不足で……」
「少し?」
「……四時間は、寝ております」
「嫁いでからの一月、毎晩か」
私は、答えられなかった。
旦那様は立ち上がり、私の手から、そっと帳簿を抜き取った。
「命令だ、ミレイユ。今日の仕事は、昼寝だ」
給仕をしていた侍女のロッテが、なぜか小さく拳を握った。
厨房の扉の陰で、料理長が大きく頷いている。
家令のハンスさんは、いつの間にか私の帳簿を両腕に抱えていた。
皆、待っていたのだろうか。この命令を。
「あの、でも……私が昼寝などしていたら、旦那様のお役に立てません」
「役に立つために、嫁いできたのか」
「はい。母が、そう申しておりましたので」
旦那様は、ほんの少しだけ眉を寄せた。
「では、夫として言う」
低い声だった。
「役に立たなくていい。今日は、ただ寝ていろ」
◇
私、ミレイユ・ヴェルナーは、ローウェン子爵家の長女として育った。
「休むと罰が当たるのよ」
それが、母の口癖だった。
子爵家は、裕福ではなかった。
父は領地のことに疎く、母は社交に忙しく、妹は体が弱いということになっていた。
十歳の頃から、家の帳簿は私がつけた。
十二歳の頃から、使用人が辞めるたびに、その分の仕事も私がした。
朝は誰より早く起きて、夜は誰より遅く寝た。
疲れて座り込むと、母は眉をひそめた。
「ミレイユ。休むと罰が当たるのよ。あなたが怠ければ、この家が傾くの」
だから、私は休まなかった。
休み方を、知らなかった。
一度だけ、帳簿の前で眠ってしまったことがある。
十三歳の冬だった。
三晩続けて、父の商談のための書類を写していた。
ペンを握ったまま、気づいたら朝になっていた。
その日、父の商談は破談になった。
「ほら、ごらんなさい」
母は、私の肩を掴んで言った。
「あなたが居眠りなんてするから、罰が当たったのよ」
商談が破談になった理由は、相手方の都合だったと、後で知った。
けれど、そのときの私は、母の言葉を信じた。
眠ったら、悪いことが起きる。
休んだら、誰かが不幸になる。
それから私は、机の前で眠らないように、膝に針を置いて書類を写すようになった。
公爵家から縁談が来たときも、母は言った。
「公爵家の帳簿を任されるなんて、名誉なことよ。しっかり働きなさい。あちらで怠けたら、すぐに追い返されるわ」
だから、私は嫁いだその日から働いた。
夜明け前に起きて、厨房の在庫を確かめる。
昼は帳簿をつけ、使用人の配置を見直し、空いた時間で古いカーテンを繕う。
夜は、旦那様が寝室に下がったあとも、灯りの下で書類を読んだ。
公爵家の人たちは、皆、困った顔をしていた。
私は、自分の働きが足りないからだと思っていた。
家令のハンスさんが、帳簿を引き取ろうとしてくれたことがある。
「奥様、それは私の仕事でございます」
「いえ、ハンスさんはお休みになってください。私がやりますから」
料理長が、夜食を運んでくれたこともある。
私は、食べながら書類を読んだ。
何を食べたのか、覚えていない。
旦那様も、一度だけ言った。
「無理をするな」
「無理はしておりません。慣れておりますから」
旦那様は、それきり何も言わなかった。
けれど、それからというもの、私が夜更けに灯りをつけていると、廊下の向こうで、旦那様の書斎の灯りも消えなかった。
◇
自室の寝台に、私は横になっていた。
まだ、太陽は高い。
窓の外から、庭師が枝を払う音が聞こえる。
廊下を、侍女たちが行き来する足音がする。
皆が働いている時間に、私は寝台にいる。
――休むと罰が当たるのよ。
胸の奥が、ざわざわした。
目を閉じても、眠れるはずがなかった。
頭の中で、今日やるはずだった仕事が、勝手に並び始める。
給金の計算。冬支度の発注。カーテンの繕い。
それから、明日の献立の確認。
起き上がりかけたとき、扉が小さく叩かれた。
「奥様。失礼いたします」
侍女のロッテだった。
私と同じ年の、そばかすの可愛い娘だ。
腕に、何かを山ほど抱えている。
「湯たんぽです。それから、ラベンダーの匂い袋と、羽根の枕をもう一つ。料理長から、蜂蜜入りの温かい牛乳も」
「そんなに、たくさん」
「旦那様のご命令です。『ミレイユが眠れるものは、全部持っていけ』と」
ロッテは、手際よく湯たんぽを毛布の中に入れ、枕を整え、匂い袋を枕元に置いた。
それから、窓のカーテンを半分だけ引いた。
部屋の中が、ふわりと柔らかい明るさになった。
「あと、庭師のおじいさんには、今日は南の庭だけにしてもらいました。こちら側は、明日やるそうです」
そういえば、枝を払う音が、いつの間にか遠くなっていた。
「……ロッテ。皆さん、お仕事の邪魔になっていませんか」
「なっていません」
ロッテは、きっぱりと言った。
「奥様が来てから、私たち、仕事がなくて困ってたんです。奥様が全部先にやってしまうから」
私は、目を丸くした。
「困らせて、いたのですか」
「はい。とても」
ロッテは、少しだけ笑った。
「だから今日は、私たちに仕事をさせてください。奥様のお仕事は、寝ることです」
ロッテが出ていくと、部屋は静かになった。
湯たんぽが、足先を温めている。
ラベンダーの匂いが、ほんのりと漂う。
温かい牛乳を一口飲むと、蜂蜜の甘さが、喉の奥に落ちていった。
それでも、眠れなかった。
体は重いのに、目だけが冴えている。
天井の模様を、何度も数えた。
時計の針が進む音が、やけに大きく聞こえる。
一刻。
皆が働いている一刻を、私は無駄にしている。
母がこの部屋を見たら、何と言うだろう。
罰が当たる。
怠ければ、追い返される。
眠ったら、何か悪いことが起きる気がした。
とうとう、私は寝台を抜け出した。
せめて、カーテンの繕いだけでも。
裁縫箱を抱えて、そっと扉を開ける。
廊下に、家令のハンスさんが立っていた。
「奥様」
「……ハンスさん」
「どちらへ」
「あの、少しだけ、客間のカーテンを」
「客間のカーテンは、今朝、仕立て屋に出しました」
ハンスさんは、穏やかに微笑んだ。
その後ろから、料理長がひょいと顔を出した。
「奥様、まだ起きてらっしゃったんですか。牛乳、もう一杯お持ちしましょうか」
「い、いえ」
「じゃあ、お部屋へどうぞ。旦那様から、奥様が出てきたら丁重にお戻しするよう言われてるんで」
二人に挟まれるようにして、私は部屋へ戻された。
裁縫箱は、いつの間にかハンスさんの腕の中にあった。
寝台に戻って、私は毛布を頭までかぶった。
この屋敷の人たちは、どうして、こんなに私を休ませたいのだろう。
◇
どれくらい経っただろう。
また、扉が叩かれた。
今度は、低い声だった。
「入るぞ」
旦那様だった。
私は慌てて起き上がろうとした。
旦那様は、片手でそれを制した。
「そのままでいい。……眠れないのか」
「……申し訳ございません」
「謝ることではない」
旦那様は、寝台の脇の椅子に腰を下ろした。
手には、分厚い本を一冊持っている。
「旦那様、お仕事は」
「今日は休む」
「え……」
「私の仕事も、今日は昼寝だ。ただし、寝るのは君だ。私は、君が寝るのを見張る」
それは、どういう仕事なのだろう。
旦那様は、本を開いた。
表紙には、『北方街道の石畳の補修に関する考察 第三巻』と書いてあった。
「……それは」
「宰相府から回ってきた報告書だ。この国でいちばん退屈な本だと、私が保証する」
旦那様は、淡々と読み始めた。
「第一章。石畳の目地の幅について。北方街道における目地の幅は、従来一寸五分とされてきたが――」
低い声だった。
抑揚がなくて、平らで、どこまでも静かな声。
「――冬季の凍結による膨張を考慮すると、二寸とするのが妥当であり――」
本当に、退屈な本だった。
目地の幅が、一寸五分か二寸か。
それで何が変わるのか、私にはさっぱり分からない。
なのに、旦那様の声を聞いているうちに、体の芯が、少しずつ緩んでいった。
「――第二章。砕石の粒の大きさについて――」
誰かが、私のそばにいる。
私が何もしていないのに、怒らずに、ただそこにいる。
まぶたが、重くなった。
「……旦那様」
「何だ」
「眠ったら、罰が、当たりませんか」
本をめくる音が、止まった。
しばらく、旦那様は何も言わなかった。
それから、大きな手が、私の額にそっと置かれた。
「当たらない」
静かな声だった。
「当たるとしたら、それは私が引き受ける。だから、寝ろ」
額の手が、温かかった。
私は、目を閉じた。
「……もう少しだけ、ここにいてください」
言ってしまってから、驚いた。
誰かに、何かを頼んだのは、いつ以来だろう。
「ああ」
旦那様の声が、少しだけ柔らかくなった気がした。
「第三章。排水溝の勾配について――」
その先は、もう聞こえなかった。
◇
目を覚ますと、部屋が橙色に染まっていた。
夕方だった。
私は、ぼんやりと天井を見上げた。
体が、驚くほど軽い。
頭の中の霧が、すっかり晴れている。
毛布は、肩までしっかり掛け直されていた。
湯たんぽは、いつの間にか新しいものに替えられている。
枕元の小卓には、冷めないように蓋をした杯が置いてあった。
杯の下に、小さな紙が何枚も挟まっていた。
『奥様、よく眠れましたか。湯たんぽは二回替えました。ロッテ』
『給金の計算、冬支度の発注、すべて済んでおります。ハンス』
『夕食は、奥様の好きな茸のスープです。起きたら、温め直します。料理長』
『北側の茂みは、明日きれいにします。庭師』
一枚ずつ読むたびに、胸の奥が、きゅっとなった。
そして、寝台の脇の椅子で、旦那様が眠っていた。
膝の上に、あの退屈な本を開いたまま。
片方の手は、毛布の上の、私の手に重なっていた。
――ずっと、いてくださったのだ。
私は、そっと身を起こした。
窓の外では、夕陽が庭を照らしていた。
庭師が手入れしなかった北側の茂みも、いつもと同じように、そこにあった。
屋敷は、傾いていなかった。
誰も、怒っていなかった。
何も、悪いことは起きていなかった。
私が半日眠っている間に、世界は、何一つ壊れなかった。
「……あ」
気がついたら、涙がこぼれていた。
どうして泣いているのか、自分でも分からなかった。
悲しいのではなかった。
ただ、胸の奥で、ずっと固く結ばれていた何かが、ほどけていくのが分かった。
十歳の私が、帳簿の前で眠い目をこすっていた夜。
十二歳の私が、熱があるのに井戸の水を汲んでいた朝。
疲れて座り込むたびに聞いた、母の声。
――休むと罰が当たるのよ。
当たらなかった。
罰なんて、どこにもなかった。
「……ミレイユ?」
旦那様が、目を開けた。
私の顔を見て、すぐに身を乗り出す。
「どうした。悪い夢でも見たか」
「いいえ。……いいえ」
私は、首を振った。
涙が止まらなかった。
「何も、起きませんでした」
「……何?」
「眠っている間に、何も、悪いことが起きませんでした」
旦那様は、少しの間、黙って私を見ていた。
それから、私の手を、両手で包んだ。
「起きたことなら、一つある」
「……何ですか」
「君の顔色が、少しよくなった」
旦那様は、親指で、私の目尻の涙をぬぐった。
「それだけだ。それで十分だ」
私は、旦那様の手に額を押しつけて、声を殺して泣いた。
旦那様は、何も言わずに、ずっとそうさせてくれた。
窓の外で、夕陽がゆっくりと沈んでいった。
その夜の夕食は、いつもより少しだけ賑やかだった。
ロッテは、私の顔を見るなり「顔色がいい!」と叫んで、侍女頭に叱られた。
料理長は、いつもより一品多く料理を出した。
家令のハンスさんは、給金の計算も冬支度の発注も、全部終わらせていた。
「奥様がお休みの間に、何も困ったことは起きませんでしたよ」
ハンスさんが、にこにこしながら言った。
私は、旦那様を見た。
旦那様は、黙ってスープを口に運んでいた。
「明日からも、昼に一刻は寝ろ」
「……毎日、ですか」
「毎日だ。命令だ」
旦那様は、それだけ言って、また黙った。
けれど、耳の先が、ほんの少しだけ赤かった。
◇
その三日後、母が公爵家を訪ねてきた。
「ミレイユはどこ? すぐに呼んでちょうだい」
玄関の広間に、母の甲高い声が響いた。
私は、ちょうど昼寝をしている最中だった。
旦那様は、あれから毎日、昼食のあとに一刻だけ昼寝をするよう、私に命じていた。
ロッテと料理長と庭師と家令が、その一刻を守るために、毎日なぜか張り切っている。
後で聞いたところによると、母を出迎えたのは、旦那様本人だったそうだ。
「妻は、今、昼寝中です」
「ひ、昼寝?」
母は、目を見開いたという。
「まあ、なんてこと。昼間から寝ているなんて。あの子に、怠けるような育て方はしておりません。すぐに起こしてくださいませ。実家の帳簿のことで、急ぎの用があるのです」
「帳簿?」
「ええ。あの子がいなくなってから、どうにも数字が合わなくて。あの子なら、一晩で直せますから」
旦那様は、表情を変えずに言った。
「それは、ローウェン子爵家の仕事でしょう。公爵夫人の仕事ではない」
「ですが、あの子は昔から――」
「夫人。あなたは娘に、休むと罰が当たると教えたそうですね」
母が、言葉に詰まった。
「では伺いますが。娘を嫁がせたあと、子爵家には、何か罰が当たりましたか」
母の顔から、さっと血の気が引いたという。
娘が休まず働いていたから、子爵家は回っていた。
娘がいなくなって、帳簿は狂い始めた。
罰が当たったのは、休んだ娘ではなく、休ませなかった家のほうだった。
「どうしても帳簿が合わないのなら、腕のいい会計士を紹介しましょう。もちろん、費用は子爵家持ちで」
旦那様はそう言って、家令に扉を開けさせた。
「本日は、お引き取りを。妻の昼寝の邪魔は、公爵家の業務妨害です」
◇
その話を、私は昼寝から目覚めたあとで、ロッテから聞いた。
ロッテは、旦那様の口調を真似しながら、身振り手振りで話してくれた。
「業務妨害です」のところで、料理長と庭師が、廊下でこっそり拍手をしていたらしい。
私は、笑ってしまった。
笑いながら、少しだけ泣いた。
その日の午後、私は書斎の扉を叩いた。
旦那様は、机の上の書類の山に埋もれていた。
目の下に、うっすらと影ができている。
考えてみれば、当たり前だった。
私の昼寝を見張るために、毎日一刻ずつ仕事を抜けて、その分を夜に取り戻しているのだ。
ロッテが、そう教えてくれた。
「どうした、ミレイユ」
「旦那様」
私は、背筋を伸ばした。
声が震えないように、一度だけ息を吸う。
「今日の旦那様のお仕事は、昼寝です」
旦那様の手から、ペンが落ちた。
「……何?」
「命令です。……妻からの」
旦那様は、長いこと私を見ていた。
それから、ゆっくりと、口の端を上げた。
氷の公爵が笑うのを、私は、初めて見た。
「……誰に教わった」
「旦那様にです」
◇
それから半刻後、私たちは、庭の大きな菩提樹の下にいた。
ロッテが敷物と毛布を運び、料理長が温かいお茶を持たせてくれた。
庭師は、遠くのほうで、音を立てないように草むしりをしている。
家令は、書斎の前に「閣下、昼寝中」の札をかけたそうだ。
旦那様は、私の膝を枕にして、目を閉じていた。
「……落ち着かない」
「眠れませんか」
「仕事が頭から離れない。昼に寝るのは、慣れていない」
「旦那様も、ですか」
「私も、だ」
旦那様は、目を閉じたまま言った。
「父が亡くなってから、休んだことがない。休めば、領地の誰かが困ると思っていた」
私は、息を呑んだ。
この人も、同じだったのだ。
「嫁いできた日から、君がいつ眠っているのか、ずっと気になっていた」
「……気づいて、いらしたのですか」
「夜中に灯りがついているのを、毎晩見ていた。君が消すまで、私も消せなかった」
旦那様は、少しだけ目を開けて、私を見上げた。
「似た者同士だな」
「……はい」
私は、旦那様の前髪を、そっと指でよけた。
眉間に、いつも寄っている皺がある。
きっと、何年も寄ったままなのだ。
「では、似た者同士で、一緒に休みましょう」
「……命令か」
「はい。妻からの命令です」
旦那様は、小さく笑って、また目を閉じた。
「では、何か読みましょうか」
「何を」
私は、膝の横に置いておいた本を手に取った。
『北方街道の石畳の補修に関する考察 第三巻』。
「第四章。路肩の縁石について」
旦那様が、吹き出した。
吹き出して、それから、私の膝の上で肩を震わせて笑った。
私は、かまわずに読み続けた。
旦那様の真似をして、低く、平らに、どこまでも静かに。
「――縁石の高さは、従来四寸とされてきたが――」
やがて、膝の上の重みが、少しずつ深くなっていった。
旦那様の息が、ゆっくりと、規則正しくなっていく。
私は本を閉じて、旦那様の銀色の髪を、そっと撫でた。
菩提樹の葉の間から、午後の光がこぼれている。
風が、草の匂いを運んでくる。
遠くで、鳥が鳴いた。
皆が働いている時間に、私たちは、木の下で休んでいる。
旦那様の寝顔は、思っていたよりずっと幼く見えた。
眉間の皺が、すっかりほどけている。
この人にも、休んでいいと言ってくれる人が、必要だったのだ。
私は、旦那様の手に、自分の手をそっと重ねた。
これからは、私が言おう。
毎日でも。
命令でも。
――今日のお仕事は、昼寝です、と。
◇
それから十日ほどして、実家の父から手紙が届いた。
公爵閣下に紹介された会計士が、子爵家の帳簿を見てくれたこと。
母が社交に使っていたお金が、思っていたよりずっと多かったこと。
妹の体が弱いというのは、医者に言わせれば、ただの夜更かしだったこと。
手紙の最後には、ぎこちない字で、こう書いてあった。
『お前に任せきりにしていたことを、今になって知った。
すまなかった。
どうか、そちらでは、よく眠ってくれ』
父が私に謝ったのは、生まれて初めてだった。
私は手紙を畳んで、引き出しの奥にしまった。
それから、昼寝の時間になったので、寝台に横になった。
その日は、すぐに眠れた。
罰は、まだ一度も当たっていない。
(了)




