謝ったら負け
「ホンネ」を謝罪する小物の話。
「自民党を支持しないなら予算をカット」
「予算を地元に持って来れるのは自民党だけ」
高市改造内閣の新農林大臣・簗和生。いつも通りの自民党節がリークされ、最初は否定も「録音テープ」の公開で、発言の撤回と謝罪を行う。
高市早苗氏が「私の大事なヤナちゃん」と宣伝し、選挙区では敗北も比例でわざわざ復活させた男。そこにきて、これであるが、筆者からすれば「なぜ謝ったんだ?」。
故・安倍晋三氏がモリカケ問題などをズンドコ節で逃げ切ったように、高市早苗氏もサナエトークン問題から逃げ切り。疑惑が事実であったとめくれた後も開き直れば、今の国民はそれを許容する(三歩あるけば忘れる鳥頭)。それが分かっているのに、謝罪をしてしまうというのは、どうにも「小物感」が拭えない。
開き直って、恥知らずに振舞えないのであれば、最初から権力には近づかない方が身のため。中途半端が一番やけどをする。謝罪さえしなければ、裏金を貯め込もうとも復活できるのが今の政権の売りなのに、謝ったら、それはもう敗北である。
すでに大半の国民は「公正であること」には、無感覚で「そういうもんだよね」と調教済みでもある。なんとなくの好きか嫌いか、気分だけで議員は選ばれ、迷惑系や暴露系、炎上系ユーチューバー(アジテーター)が続々と当選する時代。「自分は公正で正義を貫く」なんて指標で売り出していない限り、謝罪はもう茶番でしかない。
衆愚が極まってる現在、謝るのは本当に自分が正しいことをしていると考えている人間だけでいい。ペテン師の謝罪ほど、無意味なものもない。
「誰に対する謝罪なのか?」を考えれば、謝罪の報道も不要。謝罪の相手は、自分を起用した高市早苗氏と自らが所属する派閥で「足を引っ張ってごめんなさい」程度の話。そのベクトルは国民には一切向かっていない。




