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カクメイ部 〜字園奉仕メイド部〜  作者: 翡翠
第一揆 風紀は咲き乱れた
9/13

作戦会議《ティータイム》

「あら、随分といい顔つきになったわね。少し怖いぐらいよ」


 カクメイ部の部室--その一角に設けられた特等席で、アリスは楽しげに目を細めた。

 先程までいたあの凍てついた外階段が嘘のように、この部屋は彼女を祝福するような陽光で満ちていた。

 その温度差が、慣れないことをした俺の身を蝕んでいく。


「……そりゃどうも、おかげさまで委員長様には嫌われてしまったようですが。とりあえず帝羅との決闘を取り付けてきましたよ」


 俺は投げやりに言った。


「お見事でしたよ、青葉様。帝羅様の心にあれほど鮮やかな火を灯すとは」


「焔、お前……見てたなら少しは加勢してくれても良かっただろ」


「そのようなことは命令されていませんでしたので」


「…」


「いつの間にかずいぶん仲良くなったようね。部長としてうれしいわ」


 彼女は満足げに俺たちを見つめた。そのまなざしは、かつての景色を懐かしむようなものであった。だが、その郷愁は瞬き一つの間に消え去る。彼女はスッと背筋を伸ばし、室内に漂っていた穏やかな空気を鋭い緊張感へと塗り替えた。


「さぁ、作戦会議(ティータイム)にしましょうか」


***


 カチャリ、と磁器が触れ合う音が会議の開始を告げる鐘のように響いた。


「一つ質問してもいいですか」


「なにかしら」


「決闘って具体的にどんなことするんですか?」


 俺の問いに、アリスはティーカップを口元へ運ぶ手を止め、意外そうに片眉を上げた。


「私にいわれるまま、決闘のことも知らずにあの暴君に果たし状を渡しに行ったの?」


「行かなかったら何をされるか分かったものじゃないですからね」


「それもそうね」


 アリスはクスクスと喉を鳴らした。全然笑い事じゃないんたが。


「決闘の内容は私たちが決めるものではないわ。それは中立組織である『決闘局』が双方の適性や状況を鑑みて決定する。…けれどルールが一つだけあるの、対戦する双方は種目に関する『要望』を一つだけ提出できるという」


「要望?」


「ええ。あの子はおそらくボードゲーム、その中でも『チェス』を要望してくるでしょうね。前回もそうだったわ」


 アリスは一枚の紙を机の上に置いた。おそらくは、その要望とやらを書くためのものだろう。


「今から決める事は、その要望の内容について。その為にあなたにあの子の弱点を探らせたのよ」


 仕切り直しと言わんばかりに、アリスは手を叩いた。


「さて、青葉君。帝羅小鞠の弱点は見つかったのかしら」


「弱点…ですか。正直なところ明確なモノは見つかってません。でも…」


「でも?」


「何度か帝羅と会って気づいたことがあります。それは、帝羅は自分のしている事こそ正しいと思っている、ということです」


 周りに反対されようとも作った制服規定。今回の風紀規定もそうだ。例え相手が生徒会長であろうとも、決して自分を曲げない。

 それは自身の正当性を信じていなければできない事だ。


「けれど裏を返せば、自分の正しさを否定されることに耐性がないということでもあります。だからこそ、挑発にも乗りやすい」


 踊り場の一件。俺の安っぽい煽りなんて無視して風紀規定にのっとってメイド部を解体すれば良かったはず。

 だが、帝羅はそうしなかった。出来るはずもなかった。

 『暴君』が『暴君』たる所以。たとえ世界に一人だけになろうとも、自分に仇なす者は力でねじ伏せる。肯定は遅れてやってくる。今までそうしてきたのだ。


「そこに付け入る隙があると思います」


「ふふ、上出来よ」


 その不適な笑みは稀代の悪女のようで、可愛らしい悪戯を企む幼子のようだった。

 アリスはスラスラとペンを走らせ、己の願望を成就せしめん為の要望で白紙を飲み込んでゆく。

 いや、これは要望などではない。決定事項だ。彼女が書き記した瞬間、それは抗いようのない未来へと変貌を遂げる。

 時間にして十秒足らず。俺は呼吸することも忘れてその光景を見ていた。

 

「こんなところかしら」


 アリスがペンを置く。カチャリ、という硬質な音が、止まっていた俺の時間を動かした。

 彼女は書き上げたばかりの紙を、指先で俺の方へと滑らせる。

 そこに書かれた端正な文字列は、再度俺の秒針を止めた。


『チェスをするなら、赤い駒を用意して』


***


 作戦会議(ティータイム)も終わり、アリスも青葉も居なくなった室内でひとり後片付けをする姿があった。

 なんの不満もなく課せられた仕事を淡々とこなしていく。音もなく任務を遂行する様は、まるで誰にも見つかってはいけないスパイのようであった。

 テーブルを拭き、冷めた紅茶を迷いなく流しに捨てる。

 ひと通りの清掃を終えると、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面を叩く無機質な音だけが、静まり返った部室に響く。

 通話ボタンを押す前に周りに誰もいないことを確認する。斜陽で切り取られた部室の暗がりにひとり。

 これから始まるのは、誰にも認知されてはならない秘匿の回線。

 耳元で繰り返される無機質なコールは三度目で途切れた。


(ひじり)です。アリス様と帝羅様が決闘することとなりました」


 できるだけ声を抑え、最低限の情報のみを伝える。


「…様、今回の決闘については…」


 電話の向こうの主に指示を仰ぐ。


「…は…引き分けでなくてもいい…ただ…」


 ノイズ混じりの声が、焔の鼓膜を震わせる。


「決して負けないように…」


 その言葉を最後に通話は切れる。繋がりを失った焔は陽の当たらぬ暗がりにひとり佇んでいた。

 彼はこの場に居るはずもない主に向かって深々と頭を垂れた。

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