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カクメイ部 〜字園奉仕メイド部〜  作者: 翡翠
第一揆 風紀は咲き乱れた
13/13

忠誠は真紅に染まりて

 程なくして帝羅の宣言は承認された。最後のAdd-on権を使ってまで、アリスを戦場へ引き摺り出すその執念に恐怖すら覚える。


「では帝羅様から対戦者の指名をお願いいたします」


「それはもちろん……九条アリス、あんたを指名する!」


 帝羅は、メイド服にヘルメットという不可解な格好をした赤い少女を指差した。やはり俺ではない。

 戦場の指揮官から一転、ただの傍観者になってしまった。

 興奮から解放された体温が室温と一体になっていく。尾を引くような熱が僅かに残った。

 

「お呼ばれしてしまったわね。しかたないわ。青葉君、私に席を譲ってくれるかしら」


「……はい、わかりました」


 そう口では言うが、足は動いてくれない。意を決して立ち上がり振り返るとアリスがいた。とてもじゃないが顔を合わせる気分ではない。

 刹那、俺は上品な紅茶の香りに包まれた。というか、アリスの腕の中にいた。ギュッと抱きしめられていた。抵抗は四方の柔らかさに吸い込まれていく。上質な生地で仕立てられたメイド服を肌で感じ、疲れた頭をまどろみが覆った。

 誰かから抱擁を受けるなどいつぶりであろうか。可愛げなんてものがこの身に宿っていた頃まで遡らねばならないだろう。愛に無自覚で、愛されることが義務だった頃の話だ。

 モノクロの記憶が紅茶色に染められていく。ティーカップに放られた角砂糖のように溶けてしまいたい。夢見心地が俺を弛緩した。


「そんな残念そうな顔をしないで。抱きしめたくなってしまうわ」


「……もう既にしてるじゃないですか」


 せめて口先だけは素っ気ないフリをする。俺にだって守らねばならない最低限の尊厳があるんだ。


「ちょっと……あんた達なにイチャついてんの!校則はどうなってんの校則は!」


 帝羅の叫びが脳内で反響し、現実に引き戻される。

 唐突に湧き上がる羞恥心が俺を突き動かし、力ずくでアリスの腕を振り解いた。


「あら、乱暴ね」


「今しがた恥が出張から帰ってきました」


 そんな俺の行為にも、アリスは嫌な顔ひとつしない。

 今まで見たこともないほど優しい微笑みさえ向けてきた。耐えられなくなって目を逸らす。

 砂糖にだって致死量があることを知らないのか、と問い詰めたくもなったがそれはそれで恥ずかしいのでやめた。

 俺らのやりとりを見かねた帝羅が口を開く。


「不純異性交遊で処罰されかねないのに、よくそんな事できるわね。呆れを通り越して感心するわ」


 帝羅が言うような不純さなど俺の中には存在していなかった。

 いや、本当に。ないものを出せと言われたって困る。


「不純?あなた、お母様に教えてもらわなかったのかしら」


 いらぬ言い訳に精を出す俺とは対照的に、アリスは毅然とした態度で言い放った。


「何かを愛でる気持ちほど純粋なものはないわ」


***


「さて、私にも対戦者指名の権利があるのだけれども───」


 もったいぶった言い方で帝羅の反応を愉しんでいる。いつもの彼女に戻ったようだ、となぜか安心した。


「もちろんあなたを指名するわ、風紀委員長さん」

 

「それはよかった。これで心残りなくあんた達を叩き潰せる」


 盤面の状況は依然帝羅が優勢を保っている。しかし全く勝ち筋がない、という訳でもない。

 代理の王となったポーンには、少数ながら護衛もついている。

 さらにこちらにはAdd-onの権利が一つ。王が逃げ切れるかは()()にかかっている。


「まずはこうかしら」


 代理王のポーンを前に進める。桃源郷ははるか先。だが辿り着けない場所にはない。

 すかさず帝羅は代理王の元に兵を送り込むが、ナイトやルークがそれを軽やかにいなしていく。

 

「くっ……鬱陶しい。それなら───」


 帝羅は自軍のポーンを敵地の最奥へ集結させる。目的はプロモーション。

 最弱の兵士達は次々に最強のクイーンへと成り上がっていく。

 後退こそ出来ないが、王への攻撃の場合のみ固定砲台となってその破壊力を発揮する。


「これだけいれば十分ね。覚悟しなさい九条アリス!逃亡なんて絶対させない!」


 挟撃の輪がじりじりと閉じていく。このままでは代理王が落ちるのも時間の問題だ。


「九条先輩!何か手を打たないと逃げ切りなんて不可能ですよ!」


 そんなこと当人が一番理解していると分かってはいても、逸る気持ちを抑えられず口出ししてしまう。

 その瞬間アリスの手が止まった。楽団の指揮者が静止の合図を送ったかのように、世界から音が消えた。

 あぁ怒らせてしまったか。こんな大事な局面でアリスの心を乱すような事をしてしまうなんて……

 

「青葉君、それに風紀委員長さん。あなた達何か勘違いしているようね───」


 その声に怒りはない。

 それどころか、これから起こる何かに思いを馳せているようだった。

 

「逃げ切りなんて情趣のない勝ち方をするつもりはないわ!」


 あまりに傲慢で横柄で尊大で高飛車な宣言。だが、それを口にすることを許される人間が存在するらしい。


「さぁ傾けましょう───王政を!その忠誠ごと!」


 アリスは暴君に向かって宣言する。


「『Add-on』」


 高らかに手を掲げ、この場の全員の心を揺さぶるような指を鳴らした。

 それはまるで───解放の鐘の音。圧政に耐えかねた民衆に救いと導きを与えるもの。

 それに気を取られ、宣言の内容までは聞き取れなかった。


 突如代理王を背後から狙っていたナイトも、ビショップも、クイーンさえも、足元から真紅に染まっていった。

 俺は何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くす他なかった。


「なっ…なによこれ!どうしてあたしの駒達がっ…」


 白色に占領されていた盤面が、血が滲むように赤に侵略されていく。

 

「私の宣言が聞こえなかったのかしら?」


 アリスはティーカップに満たした愉悦を味わうように、帝羅の戦慄を聴いていた。


「『盤上の動けない駒は相手の駒になる』」


「そ、そんな馬鹿げたルール認められるはずないじゃない!」


「何を言っているのかしら?本来ゲーム終盤で動けなくなるような駒は存在しないわ。その点で公正よ」


 駄々をこねる幼な子をなだめるようにアリスは語る。


「それこそ───()()()()()()()()()()()がなければ無意味なものよ」

 

 帝羅が最初に追加した『後退禁止』のルール。決闘を早く終わらせようとしたそれが、帝羅にとって最悪の場面で現れてしまった。


「最後まで私と踊ってくれるかしら?」


「ッ……!」


 暴君は声にならない激昂を駒にぶつけた。荒々しい手つきで寝返ったナイトを蹴散らす。

 だがこれが精一杯。盤上は無常にもアリスの優位を告げている。


「そんな粗暴な態度ではダメよ。またあなたの駒が逃げ出すわよ」

 

 そこから始まったのは一方的な蹂躙であった。

 アリスの指揮によって、寝返った駒達は元同胞達を打ち倒していく。振り上げた剣に慈悲も情けもない。

 盤上の白いシミを余すことなく消し去りながら敵地へと進軍していく。戦火は燃え広がり、あたり一面は緋に包まれた。

 揺らいだ忠誠心は紅の革命家によっていとも容易く塗り替えられてしまった。

 配下は次々に姿を消していき、最後に残ったのはただ一人。

 

 「嘘よ……こんなの嘘よ……」


 かつて自分を崇め奉った民衆を探すように戦場を彷徨う。さながら酩酊者の足取りのようで見ていられない。

 やがて現実を受け入れ、失意の沼へと沈んでいく。

 無抵抗な人間を討ち取るのは造作もない。それが最弱で代理の王であろうとも───

 孤独な王は、己の血潮で鮮紅に染まった。

あと3話ぐらいでこの章は終わる予定

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